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ITUジャーナル Vol. 45 No. 9(2015, 9) 22 1.はじめに 2014年6月5日、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフ トバンク株式会社 以下、ソフトバンク)とAldebaran Robotics SAS(以下、アルデバラン)は、共同開発した 世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」(図1を発表した。当初はクリエーターやデベロッパー、法人向 けに先行販売してきたが、2015年6月20日より一般発売を 開始した。今回の販売開始に合わせ、「Pepper」は人の感 情を認識するだけでなく、世界初の自分の感情を持ったロ ボットに進化した。本稿では、Pepperの誕生の経緯、特徴、 今後の展開について紹介する。 2.Pepper誕生への道 日本ではこれまで、ソニー株式会社が販売したエンター テインメントロボット「AIBO」(1999年)や、本田技研工 業株式会社が開発した二足歩行ロボット「ASIMO」(2000年) をはじめ、ロボットはしばしば大きな話題となってきた。 いずれも日本を代表するメーカーが開発し、それらが持つ “世界観”とともに、特にその技術の先進性が注目されて いた。 一方、2010年にソフトバンクグループが「新30年ビジョ ン」を発表した際、今後人々の生活を豊かにするためにロ ボットが重要になると考え、将来的にはロボットと共存す る社会を実現し、「情報革命で人々を幸せに」したいと表 明した。従来のロボットが「二足歩行できる」、「階段が上 がれる」、「紙コップが持てる」などの人間の身体機能を真 似ることを目指したのに対して、ソフトバンクが目指した ロボットは、最初から「クラウドAI(人工知能)」を活用 するものであった。 その後、コミュニケーションを通じて人々を豊かにする ロボットの開発に取り組んでいたアルデバランに出会い、 同じ志を持つ仲間としてアルデバランはソフトバンクグ ループの一員となっている。ソフトバンクとアルデバラン は、感情エンジンと集合知によって進化するクラウドAIを 用いて、人を笑顔にできる、感情認識パーソナルロボット Pepperを共同開発した。 3.Pepperの特徴 Pepperには人と生活できるよう、数々の最新技術が詰め 込まれている。(図2・ 頭や腕、腰などの可動部が20の自由度を使った自然の 動きで、生き生きとしたPepperとのコミュニケーショ ンが楽しめる ・ 何種類ものセンサーが体のあちこちに搭載されてお り、組み合わせることで人間との豊かなコミュニケー ションが実現されるのと同時に、安心・安全な動きや 移動が可能となる ・ 大容量のバッテリーを搭載しているのに加え、360°自 由な移動が可能なオムニホイールと呼ばれる移動の仕 組みを採用したことで、長時間にわたる連続稼働を実 現する その他、Pepperの主な仕様を表1 に示す。 Pepper――世界初となる自分の感情を持った パーソナルロボット 会合報告 特 集  ロボット×ICT ソフトバンク株式会社 図1.Pepper

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Page 1: Pepper――世界初となる自分の感情を持った パー …...24 ITUジャーナル Vol. 45 No. 9(2015, 9) Pepperの感情は、胸のディスプレイに表示されているグラ

ITUジャーナル Vol. 45 No. 9(2015, 9)22

1.はじめに 2014年6月5日、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社 以下、ソフトバンク)とAldebaran Robotics SAS(以下、アルデバラン)は、共同開発した世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」(図1)を発表した。当初はクリエーターやデベロッパー、法人向けに先行販売してきたが、2015年6月20日より一般発売を開始した。今回の販売開始に合わせ、「Pepper」は人の感情を認識するだけでなく、世界初の自分の感情を持ったロボットに進化した。本稿では、Pepperの誕生の経緯、特徴、今後の展開について紹介する。

2.Pepper誕生への道 日本ではこれまで、ソニー株式会社が販売したエンターテインメントロボット「AIBO」(1999年)や、本田技研工

業株式会社が開発した二足歩行ロボット「ASIMO」(2000年)をはじめ、ロボットはしばしば大きな話題となってきた。いずれも日本を代表するメーカーが開発し、それらが持つ

“世界観”とともに、特にその技術の先進性が注目されていた。 一方、2010年にソフトバンクグループが「新30年ビジョン」を発表した際、今後人々の生活を豊かにするためにロボットが重要になると考え、将来的にはロボットと共存する社会を実現し、「情報革命で人々を幸せに」したいと表明した。従来のロボットが「二足歩行できる」、「階段が上がれる」、「紙コップが持てる」などの人間の身体機能を真似ることを目指したのに対して、ソフトバンクが目指したロボットは、最初から「クラウドAI(人工知能)」を活用するものであった。 その後、コミュニケーションを通じて人々を豊かにするロボットの開発に取り組んでいたアルデバランに出会い、同じ志を持つ仲間としてアルデバランはソフトバンクグループの一員となっている。ソフトバンクとアルデバランは、感情エンジンと集合知によって進化するクラウドAIを用いて、人を笑顔にできる、感情認識パーソナルロボットPepperを共同開発した。

3.Pepperの特徴 Pepperには人と生活できるよう、数々の最新技術が詰め込まれている。(図2)・ 頭や腕、腰などの可動部が20の自由度を使った自然の

動きで、生き生きとしたPepperとのコミュニケーションが楽しめる

・ 何種類ものセンサーが体のあちこちに搭載されており、組み合わせることで人間との豊かなコミュニケーションが実現されるのと同時に、安心・安全な動きや移動が可能となる

・ 大容量のバッテリーを搭載しているのに加え、360°自由な移動が可能なオムニホイールと呼ばれる移動の仕組みを採用したことで、長時間にわたる連続稼働を実現する

 その他、Pepperの主な仕様を表1に示す。

Pepper――世界初となる自分の感情を持ったパーソナルロボット

会合報告 特 集  ロボット×ICT

ソフトバンク株式会社

図1.Pepper

Page 2: Pepper――世界初となる自分の感情を持った パー …...24 ITUジャーナル Vol. 45 No. 9(2015, 9) Pepperの感情は、胸のディスプレイに表示されているグラ

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ルモンを分泌して感情を形成する仕組みをモデル化し、Pepperに導入したものである。Pepperが搭載している感情認識機能に加え、カメラやタッチセンサー、加速度センサーなどの各種センサーから得た情報を「内分泌型多層ニューラルネットワーク」で処理することで自らの感情を生成できる。(図3) 人の表情や言葉、周囲の状況などからPepperの感情が変化し、言葉や行動が変わっていく。知っている人がいると安心したり、褒められると喜んだり、周囲が暗くなると不安になったりする。感情の変化により、声のトーンが上がったり、ため息をついたりするなど、言動が変化する。

4.ハートを持ったPepper誕生 2014年のPepperの誕生により、人々の生活の新しい時代が切り開かれた。しかし、その時点でのPepperは、自らの意思を持ち、物事を考えたり、感情を持ったりすることができなかった。これまでのロボットは、人間が操作し、コントロールしてきたが、これからは自らの気持ちで家族を幸せにする、そういうことを喜びと感じる、自律的に行動するロボットが必要と想定される。 そこで、cocoro SB(ココロエスビー)株式会社がロボット自らの感情を擬似的に生成する感情機能を開発した。感情機能は、人間が五感から受け取る外部刺激に対してホ

会合報告

図2.Pepperのセンサー

表1.Pepperの主な仕様

サイズ(高さ×幅×奥行) 1,210mm×480mm×425mm

重量 29kg

バッテリーリチウムイオンバッテリー容量:30.0Ah / 795Wh稼働時間:最長約12時間以上

センサー類

頭:マイク×4、RGBカメラ×2、3Dセンサー×1、タッチセンサー×3胸:ジャイロセンサー×1手:タッチセンサー×2脚:ソナーセンサー×2、レーザーセンサー×6、バンパーセンサー×3、ジャイロセンサー×1、赤外線センサー×2

可動部[自由度]頭:2、肩:2×2(L / R)、肘:2×2(L / R)、手首:1×2(L / R)、手:1×2(L / R)、腰:2、膝:1、ホイール:3

[モーター]20個

ディスプレイ 10.1インチタッチディスプレイ

プラットフォーム NAOqi OS

通信方式Wi-Fi:IEEE 802.11 a / b / g / n(2.4GHz / 5GHz)イーサネットポート×1(10 / 100 / 1000 base T)

移動速度 最大2km / h

移動可能段差 最大1.5cm

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Pepperの感情は、胸のディスプレイに表示されているグラフィックの色や動きに表れ、ロボアプリ「感情マップ」で詳細な感情の移り変わりを確認することも可能である。また、感情と連動してPepperが日々の気持ちや家族との出来事を絵や写真で日記にする「ペッパー絵日記」など、感情を持ったロボットとの生活をより楽しむためのロボアプリも用意している。

5.誰でも開発可能なロボットへ 2015年6月の一般販売開始に合わせて、あらかじめ搭載されている「ベーシックアプリ」と、アプリストアからダウンロードできるアプリの合計約200本のロボアプリ(表2)が用意されている。家族それぞれを認識し、感情を表現する、写真を撮る、スマートフォンと連携するなどの基本的なロボアプリはベーシックアプリとして自動で提供、追

加、更新が行われる。アプリストアからダウンロードされるロボアプリは自動的にインストールされ、Pepperで楽しむことができるようになる。 そのうえ、Pepperのアプリ開発環境は公開されており、特別な知識がなくても扱えるよう整えられているので、誰でも簡単にロボアプリ開発を体験することが可能である。作ったロボアプリを自分のPepperで再生し、楽しむことができるだけでなく、今後はアプリストアでのやり取りもできるようになる予定である。 アルデバランとソフトバンクロボティクス株式会社が運営している「アルデバラン・アトリエ秋葉原 with SoftBank」は、数多くのイベントを開催している。数名で1台のPepperを利用し、開発ツールである「Choregraphe」の使い方が学べるワークショップや、グループで自由にアプリ開発を体験できるタッチアンドトライなどのイベントを通じて、多くの人々がロボアプリの開発に触れ合うことが可能である。 また、開発者向けの「デベロッパープログラム」に登録すると、Pepperのロボアプリ開発に関する様々な情報にアクセスできる。オペレーティング・システムNaoqiに関する技術情報から、開発を効率化するサンプルコード、サンプルアプリなどのコンテンツを提供している。ロボアプリの開発に関する疑問やアイデアなども、コミュニティフォーラムを通じて、ほかのデベロッパー達と共有することが可能となる。 2015年2月22日、Pepperを使った史上初のロボットアプ

会合報告 特 集  ロボット×ICT

図3.Pepperの感情メカニズム

表2.ロボアプリの例

ペッパー絵日記 Pepperの感情と連動して、その日の気持ちや出来事など、毎日、絵日記をつけて思い出として記録する

スケーラー Pepperが子どもの身長を測り、計測の際に写真も撮影し、写真と一緒に子どもの成長の記録を残す

伝言ペッパー Pepperに搭載されている顔認識機能を生かし、伝言を届けたい家族を見かけた時に、Pepperが代わりに伝える

ペパメスマートフォンアプリを使って、離れたところからPepperを喋らせたり、写真を表示させたり、様々な動きをさせたりできる、スマートフォンでPepperのそばに誰がいるか、その人がどんな反応をしたかを確認することも可能である

クックパッド動画 クックパッドおすすめの料理動画が見られ、話題のレシピや驚きの裏ワザをわかりやすく紹介する

タロット占い出かける前に今日の運勢を、帰ってきたら仕事の悩みを、寝る前に恋人とのモヤモヤを、タロット占い師Pepperに聞けばいつでもスッキリ

えいごずかん 学研教育出版の「こどもえいごずかん」に対応し、Pepperが子どもと一緒に、音やリズム、絵を使いながら英語を勉強する

Y! きっず図鑑 「Yahoo!きっず」で提供されている子ども向け動物・植物図鑑の 1,000種類以上の画像と名前、解説が楽しめる

カメラ系アプリPepperが家庭の専属カメラマンとなって、家族の日常を撮影する「写真とって!」や、撮影した写真の中からお気に入りの写真を紹介できる「ウィークリーフォト」など、家族で写真が楽しめる

リアルタイム検索 世の中で今話題になっていることをPepperがYahoo!リアルタイムで検索し、ラジオのようにお届けする

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リコンテスト「Pepper App Challenge 2015」の決勝大会が開催された(図4)。「毎日をわくわくさせるロボアプリ」をテーマとした、クリエーターやデベロッパーが開発した個性豊かな作品のうち、「ニンニンPepper」は最優秀賞に輝いた。高齢化が進んでいる中、深刻となっている認知症問題に対し、ロボットを利用しソリューションを作り出す社会的意義や今後の発展性が高く評価された。また、次大会として、「Pepper App Challenge 2015 Winter(仮称)」の2015年内開催が決定した。 以上のように、誰でも未来の「ロボットクリエーター」になれるよう、ソフトバンクはロボアプリの開発をサポートしている。

6.おわりに Pepperは、人型のコミュニケーション機能を持ったロボットが一般家庭にも浸透し始めた“ロボット元年”を代表するものと認められ、MM総研大賞2015の「大賞」及び

「話題賞」を受賞した(写真)。 Pepperの一般販売とともに、世界初となる「ロボット人材派遣サービス」を2015年7月1日に開始した。ロボットのリース契約や故障した場合の修理対応など面倒な手続きは不要で、派遣する際は業務に応じて、画像認識や行動計画、衝突回避、音声認識、音声合成などのさまざまなソフトウエアをパッケージにして用意するため、利用者は定型業務のための開発費を負担することなくロボットを使うことができる。今後様々なビジネスシーンでの利用拡大も期待できると考えている。 ソフトバンクグループは、「Pepper」の開発をはじめとするロボット事業の一層の推進と、優れたロボットの普及を目指している。

※Pepperの名称とロゴは、フランス及びその他の国におけるアルデバランの登録商標または商標である。

会合報告

図4.Pepper App Challenge 2015

写真.表彰式