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56 INNERVISION ( 30・9 ) 2015 デバイス埋め込み患者の MRI 検査にお ける安全性において,最も重要かつ評価 の困難な要因の一つは RF 磁界による発 1),2) である。発熱の指標として,従来 は主として組織における比吸収率(specific absorptionrate:SAR)が利用され,こ れが撮像条件として記載されてきた。しか し,一般に,MRI 装置のコンソールに表 示される SAR の値は RF アンプ出力電力 から算出され,実際に組織に吸収される エネルギーより大きな値として示される。 このため,組織における発熱を過大評価 することになり,検査に必要な RF 磁界の 強さ,印加時間およびデューティサイクル が低めに制限されるという問題があった。 発熱を適切に評価して安全性を担保しつ つ,検査に有効な条件を明らかにするには, SAR よりも直接的に RF 磁界を評価する 指標が必要である。このため使われるよう になったのが,有効 RF 磁界の磁束密度 ベクトルの振幅(B 1+)の一定時間内での 平均値,B1+RMS である。 本稿では,SAR ならびに B 1+RMS を解 説するとともに,両者の関係を明らかにし, デバイス埋め込み患者の検査安全性を適 切に評価するための要点を述べる。 SAR 例えば,ファントムにおいて温度上昇 を実測すれば,SAR は ……………………(1) という形で定量できる 2) 。ここに,Cはファ ントム材料の熱容量〔J/(kg・℃)〕,T は温度(℃),t は時間(s)である。しか しながら,人体を対象とした場合にはこ のような測定は行えないため,近似的方 法が必要となる。詳細は MRI 装置メー カーによって異なるが,おおむね以下の ような方法で算出された全身平均 SAR がコンソールに表示される。 ……(2) ここに,PT は RF 送信アンプ出力端で 測定した送信電力,PR は同出力端で測 定した反射電力,MI は被検者体重の入 力値である。こうして求められた SAR には,送電線やコイルにおける電力損失, 体表での電磁波の散乱などを考慮してい ないため,これら損失を被った後に体内 に入射して発熱の原因となる電力よりも 高い値を示す。さらに,この全身平均 SAR の 2 倍の値といった形で,全身最 大 SAR(全身における空間的に最大の SAR)の表示が行われる。 このように,コンソールに表示される SAR は粗い近似であり,体内での発熱 に寄与する電力を過大評価したものとなっ ている。デバイス装着患者の検査において, コンソールに表示される SAR だけを指標 に撮像条件を決定すると,安全ではあるが, 診断上十分な画像が得られないことがあ る。この問題を解決するために,最新の 国際電気標準会議(以下,IEC)規格に おいては B1+RMS なるものをコンソールに 表示することが MRI 装置に要求される ようになった 3) 1. B 1+RMS とは B 1+RMS RF 磁界の磁束密度ベクトル B 1 は, 対象核(臨床ではほぼ水素原子 1 H の原 子核)の共鳴周波数と同じ帯域で,静 磁界B 0 に垂直な平面において直線的な 変化(直線偏波),または回転(円偏波) をするように印加される。デバイス埋め 込み患者の検査では,ほとんどの場合, 全身または頭部用のボリュームコイルの 使用が条件とされ,これらのコイルでは B 1 が円偏波である。回転磁界では,時 計回りの磁界成分だけが励起に寄与す る。この成分を B1+と表して,反時計回 りの励起に寄与しない成分 B1-と区別す 4),5) 。B1+RMS とはこの B1+の 2 乗の時 間平均の平方根(root…mean…square) である。全身あるいは頭部用のボリュー ムコイルでは B1+が 95%以上を占めてお り,発熱の評価において B1-の影響は無 視して差し支えない 1) 。一方,リニア励 起を利用するサーフェスコイルなどでは B1 - RMS による発熱が無視できない。 2. B 1+RMS の決め方 IEC 規格における B 1+RMS の定義は, RF 送信コイルの実効的な中心における, パルスシーケンス動作中の任意の 10 秒 間の平均の最大値の予測値である。 〈0913-8919/15/¥300/ 論文 /JCOPY〉 1.SAR と B 1+RMS 黒田  輝 東海大学大学院工学研究科情報理工学専攻 / 千葉大学フロンティア医工学センター 体内埋め込み型医療機器が変える安全性の概念 Step up MRI 2015

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Page 1: Step up 2015 1.SARとB1+RMS - 画像とITの医療情報 ...¼ŽSARとB1+RMS 黒田 輝 東海大学大学院工学研究科情報理工学専攻/ 千葉大学フロンティア医工学センター

56  INNERVISION (30・9) 2015

 デバイス埋め込み患者のMRI検査における安全性において,最も重要かつ評価の困難な要因の一つはRF磁界による発熱1),2)である。発熱の指標として,従来は主として組織における比吸収率(specifi�c�absorption�rate:SAR)が利用され,これが撮像条件として記載されてきた。しかし,一般に,MRI装置のコンソールに表示されるSARの値はRFアンプ出力電力から算出され,実際に組織に吸収されるエネルギーより大きな値として示される。このため,組織における発熱を過大評価することになり,検査に必要なRF磁界の強さ,印加時間およびデューティサイクルが低めに制限されるという問題があった。発熱を適切に評価して安全性を担保しつつ,検査に有効な条件を明らかにするには,SARよりも直接的にRF磁界を評価する指標が必要である。このため使われるようになったのが,有効RF磁界の磁束密度ベクトルの振幅(B1+)の一定時間内での平均値,B1+RMSである。 本稿では,SARならびにB1+RMSを解説するとともに,両者の関係を明らかにし,デバイス埋め込み患者の検査安全性を適切に評価するための要点を述べる。

SAR

 例えば,ファントムにおいて温度上昇を実測すれば,SARは

  … ……………………(1)

という形で定量できる2)。ここに,Cはファ

ントム材料の熱容量〔J/(kg・℃)〕,Tは温度(℃),tは時間(s)である。しかしながら,人体を対象とした場合にはこのような測定は行えないため,近似的方法が必要となる。詳細はMRI装置メーカーによって異なるが,おおむね以下のような方法で算出された全身平均SARがコンソールに表示される。

  ………(2)

 ここに,PTはRF送信アンプ出力端で測定した送信電力,PRは同出力端で測定した反射電力,MIは被検者体重の入力値である。こうして求められたSARには,送電線やコイルにおける電力損失,体表での電磁波の散乱などを考慮していないため,これら損失を被った後に体内に入射して発熱の原因となる電力よりも高い値を示す。さらに,この全身平均SARの2倍の値といった形で,全身最大SAR(全身における空間的に最大のSAR)の表示が行われる。 このように,コンソールに表示されるSARは粗い近似であり,体内での発熱に寄与する電力を過大評価したものとなっている。デバイス装着患者の検査において,コンソールに表示されるSARだけを指標に撮像条件を決定すると,安全ではあるが,診断上十分な画像が得られないことがある。この問題を解決するために,最新の国際電気標準会議(以下,IEC)規格においてはB1+RMSなるものをコンソールに表示することがMRI装置に要求されるようになった3)。

1.�B1+RMSとは

B1+RMS

 RF磁界の磁束密度ベクトルB1 は,対象核(臨床ではほぼ水素原子1Hの原子核)の共鳴周波数と同じ帯域で,静磁界B0に垂直な平面において直線的な変化(直線偏波),または回転(円偏波)をするように印加される。デバイス埋め込み患者の検査では,ほとんどの場合,全身または頭部用のボリュームコイルの使用が条件とされ,これらのコイルではB1が円偏波である。回転磁界では,時計回りの磁界成分だけが励起に寄与する。この成分をB1+と表して,反時計回りの励起に寄与しない成分B1-と区別する4),5)。B1+RMSとはこのB1+の2乗の時間平均の平方根(root…mean…square)である。全身あるいは頭部用のボリュームコイルではB1+が95%以上を占めており,発熱の評価においてB1-の影響は無視して差し支えない1)。一方,リニア励起を利用するサーフェスコイルなどではB1-RMSによる発熱が無視できない。

2.�B1+RMSの決め方

 IEC規格におけるB1+RMSの定義は,RF送信コイルの実効的な中心における,パルスシーケンス動作中の任意の10秒間の平均の最大値の予測値である。

〈0913-8919/15/¥300/ 論文 /JCOPY〉

1. SARとB1+RMS

黒田  輝 東海大学大学院工学研究科情報理工学専攻/千葉大学フロンティア医工学センター

体内埋め込み型医療機器が変える安全性の概念ⅥStep up MRI 2015