免疫不全・免疫増殖性症候群 · 7 重症免疫不全症候群 •...

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1 免疫不全・免疫増殖性症候群 免疫不全の概要 免疫不全とは,語句の示すように,体液性及 び細胞性免疫反応をつかさどる効果因子が, 何らかの欠陥あるいは異常を示したために生 じる病変である.免疫系は生体系の恒常性を 保つために存在するわけであるから,免疫不 全状態においては,感染,自己免疫,悪性腫 瘍のいずれに対しても防御能力が低下あるい は欠損することになり,重篤な症状となるこ とが多い. 免疫不全は,原発性(表59)並びに続発性 (表510)の2種に大別される.

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免疫不全・免疫増殖性症候群

免疫不全の概要

• 免疫不全とは,語句の示すように,体液性及び細胞性免疫反応をつかさどる効果因子が,何らかの欠陥あるいは異常を示したために生じる病変である.免疫系は生体系の恒常性を保つために存在するわけであるから,免疫不全状態においては,感染,自己免疫,悪性腫瘍のいずれに対しても防御能力が低下あるいは欠損することになり,重篤な症状となることが多い.

• 免疫不全は,原発性(表5.9)並びに続発性(表5.10)の2種に大別される.

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原発性免疫不全症候群の分類

原発性免疫不全症候群は,更に

(1)T,B細胞の欠損又は機能異常に基づく原発性免疫不全症

(2)貪食細胞並びに貪食機能に関与する諸因子の異常に基づく原発性貪食機能異常症

(3)血清補体因子の異常,欠損に基づく原発性補体異常症

に分類される.

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伴性無γ-グロブリン血症

• 伴性無γ-グロブリン血症は抗体欠乏症であり,男児のみが発症する.血清免疫グロブリン値は著明に減少し,末梢血中のB細胞も著しく減少する.この病気ではpre-B細胞レベルでの増殖因子に対するレセプターの発現異常,B細胞特異的シグナル伝達系の異常,B細胞特異的な核内転写因子の欠損などの異常が起こることが報告されている.これらの症状を生じる原因遺伝子はB細胞特異的なチロシンキナーゼであることが明らかとなった.

• この遺伝子を特定するために,まず,XLA家系における遺伝子の連鎖解析が行われ,この遺伝子が染色体上のXq23.1-Xq22にあることが明らかにされた.更に詳細にその部分が解析され,原因遺伝子はagamma-globulinemia tyrosine kinase(atk)と呼称された.XLAでは,この遺伝子に点突然変異が起きており,酵素活性を消失していることが明らかとなった.この酵素はプロトオンコジーンのsrcファミリーに属する非受容体型チロシンキナーゼの一つである. Btk

X連鎖無γグロブリン血症• 1952年にアメリカの小児科医Brutonにより報告された免疫不全症.

Bruton型無γグロブリン血症とも呼ばれる.• 50万人に一人程度,先天性免疫不全症のなかでは最も頻度が高い.• 反復する難治性上気道感染・下気道感染• グロブリン製剤の補充療法が効果的• 責任遺伝子:Bruton’s tyrosine kinase (Btk)の異常1993年に同定された.膜貫通構造を持たない非レセプター型チロシンキナーゼ

• Btkの機能– B細胞の分化が初期段階で停止していることが原因(プロB細胞からプレB細胞への移行段階に異常がある)(プレB細胞レセプターやB細胞レセプターからのシグナルを細胞内へ伝達する)

– CD19/CD20陽性B細胞が著減

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図3-23

IgM増加を伴う免疫グロブリン欠乏症

• IgM増加を伴う免疫グロブリン欠乏症(XLHM, XHIM)ではCD40リガンドが異常であった.

• CD40はB細胞表面に存在し,この分子への刺激とサイトカインが存在すると,B細胞はT細胞非依存的に分化増殖し,抗体を産生できる.

• CD40のリガンドであるgp39はⅩ染色体のq26に存在し,活性化T細胞に発現される.

• XLHM患者ではgp39遺伝子に点突然変異が起き,細胞表面へ発現してはいてもCD40に結合できないことが明らかとなった.

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高IgM症候群• 反復性の細菌感染症• IgG,IgAは著減,IgMは正常から高値• 末梢B細胞数は正常• リンパ節の胚中心のメモリーB細胞減少• CD40Lの異常(XHIM),またはactivation-induced cytidine deaminase (AID)の異常(non-XHIM)

• 前者をTypeⅠ,後者をTypeⅡと呼ぶ.• CD40Lは活性化T細胞に発現

– B細胞をクラススイッチできない– 樹状細胞を活性化できないので,IL-12産生が起きず,T細胞異常も認められる

• AIDはRNA editingに関連した分子である.• 100例程度のXHIM遺伝子が解析,インターネットで閲覧可能.• Non-XHIMではグロブリン補充療法が効果的• XHIMではT細胞異常があるため,骨髄移植の対象

T細胞 B細胞

CD28 CD80

CD40L CD40

FAS-L FAS

TCR MHC-II

peptide

BCR

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重症免疫不全症候群

• 重症免疫不全症候群(SCID)は細胞性免疫と体液性免疫の両方を欠く重症疾患である.SCIDには多くの亜型が存在し,原因遺伝子もADA(アデノシンデアミナーゼ adenosin deaminase)欠損症,HLAclassⅢ欠損症,T細胞受容体発現異常,IL-2産生異常などが認められる.

• ADAはプリン代謝のサルベージ経路の酵素であり,これが欠損するとデオキシアデニンが蓄積し,デオキシATPの蓄積を生む.これにより細胞機能が損なわれるものである.

• 体内でADAが最も高いのは胸腺であり,ここでのT細胞の分化成熟異常がSCIDとなる原因であろう.

• ADA遺伝子は12個のエキソンがあり,点突然変異,スプライシング異常,欠失が認められている.本症例に対する遺伝子治療が1990年に初めて試みられた.

SCID 表1

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ADA欠損症

• プリン代謝酵素,アデノシンデアミナーゼ欠損• T,B細胞が共に欠損,もしくは著しく減少.• ADAは幼若胸腺細胞で強く発現されている.• ADA欠損によってアデノシン,デオキシアデノシンが細胞内に高濃度に蓄積,DNA複製やDNA修復を障害する.

• アデノシルホモシステイン水解酵素も不活化される.

• SCIDの約15%を占める

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X連鎖型(共通γ鎖欠損)

• IL-2受容体γ鎖の欠損– IL-2のほか,IL-4,IL-7,IL-9,IL-15受容体を構成する

• T細胞の分化異常(IL-7)• NK細胞の分化異常(IL-15)• B細胞は直接的には影響を受けない.ただし,B細胞の成熟が障害されて液性免疫も低下する.

T-B+SCID

図3-20

教科書p84中段:IL-2受容体のうち,γ鎖はIL-4,IL-7,IL-9,IL-15によっても共有されている.

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慢性肉芽腫症

• 慢性肉芽腫症(CGD)では食細胞の殺菌能が低下し,重症細菌感染を繰り返す.

• 殺菌のための機構としてNADPHを基質とする,スーパーオキシド産生系があるが,CGDではこの機構に異常がある.

• スーパーオキシド産生系は複数の成分より構成されており,症例により,複数の部位での欠損や点突然変異が認められている.

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好中球の図

分類の表

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白血球粘着異常症

• 白血球粘着異常症(LAD)は接着因子の異常症として見出された.LADで減少するのはLFA-1,Mac-1,P150.95であり,これらの分子に共通して存在するCD18分子の異常であることが明らかとなった.

• 変異部位は種々存在し,点突然変異,産生異常,タンパクの部分欠損などが認められている.

• 本症例の治療は骨髄移植によって行われたが,レシピエントの白血球機能がもともと損なわれているため,成功率は高い.また,正常なCD18分子遺伝子を用いた遺伝子治療も試みられている.

表3-4

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LADのサブタイプ

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免疫担当細胞へのウイルス感染

ビスナウイルスAIDSウイルス

乳酸デヒドロゲナーゼウイルスサイトメガロウイルス

マクロファージ

HTLV 1型,2型AIDSウイルス麻疹ウイルス

サルヘルペスウイルスヒトヘルペスウイルス6型

T細胞

EBウイルスマウスガンマヘルペスウイルス感染性ブルザルウイルス

B細胞

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宿主細胞表面のウイルスレセプター

不特定ICAM-1ライノウイルス

不特定グリコホリンAA型インフルエンザ

腸管上皮アミノペプチダーゼN伝播性胃腸炎ウイルス

神経細胞ポリオウイルスレセ

プターポリオ

B細胞CR2EB

ヘルパーT細胞CD4HIV

感染細胞レセプターウイルス

IFNγと競合TNFと競合

IFNγの機能低下

IFNγR類似体TNFR類似体IL-10類似体

粘液腫ウイルスショーブ線維腫ウイルス

EBウイルスサイトカイン

ペプチドと結合したMHC輸送を阻害

MHCの細胞表面への移行を阻害

初期タンパク質E3

マウスサイトメガロアデノウイルス

MHCクラスⅠ分子

補体活性化の阻害Fcγに結合(機能阻害)

補体制御蛋白質の類似体gE/gl

ワクシニアウイルス単純ヘルペスウイルス

補体

プロテインキナーゼの活性阻害

EBERS(小型RNA)eIF-2α類似体

EBウイルスワクシニアウイルス

インターフェロン

機構ウイルス産物ウイルス宿主の防御機構

宿主防御を撹乱するウイルス産物

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腫瘍ウイルス

乳頭腫,皮膚癌,子宮頚癌HPV16,18パピローマウイルス

DNA バーキットリンパ腫,上咽頭癌,B細胞性リンパ腫,胃癌EBウイルスヘルペスウイルス

肝癌HBVヘパドナウイルス

肝癌HCVフラビウイルス

ATL:成人T細胞白血病HTLV-1HTLV-2レトロウイルス

RNA

腫瘍ウイルス例ウイルス群(科・亜種)

AIDS• AIDSは1981年に米国で初めて報告された.当初,男性同性愛者,静注による薬物常習者,血液(製剤)受注者などから,多くの症例が報告された.しかし,現在では統計的に,必ずしも,このような傾向はない.エイズウイルスは分離された当時は種々の名前で呼ばれていた( LAV, 1ymphadenopathyassociatedvims;ARV,AIDSrelatedvims;HTLV-Ⅲ,humanTcel1 1eukemia vimsⅢ)が,現在ではHIV(human immuno deficiency virus)と統一されている.

• HIVはレトロウイルスのlentivirus群に属し,エンベロープを持っている.HIVのターゲット細胞はCD4陽性のヘルパーT細胞であり,エンべロープタンパクgp120とT細胞側のCD4抗原との結合が感染初期に重要である.HIVはヘルパーT細胞に感染し,細胞を傷害するので,免疫系のバランスが崩れ,種々の免疫異常状態をきたす.

• 細胞性免疫機能では,①末梢リンパ球数,T細胞数,CD4陽性丁細胞数の減少,②CD4/CD8比の減少,③T細胞の幼若化反応,細胞傷害活性,遅延型過敏症反応,並びに,リンホカイン産生の低下,④NK細胞活性低下,⑤LAK細胞活性低下等を来す.

• このことと関連して,抗体産生能,食細胞機能,モノカイン産生能の低下も来す.また,これらの全身的な免疫機能の低下に関連して,腫瘍(Kaposi肉腫)や感染症の発生も多い.一方,HIVに対する抗体産生が認められ,HIVに対する抗体の結合と補体の結合が起き,この複合体は食細胞により取り込まれる.HIVは食細胞の中で容易に処理されず,ここでも増殖する.発症までの潜伏期間が長いことと食細胞での貪食の関連性が注目されている.

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AIDS• 先の症例から判断できるように,エイズは性的接触並びに直接の血液・体液との接触を介して感染する.唾液,涙液等にもウイルスは存在するが,これらの感染における寄与は少ないとされている.エイズの感染検査は現在,血中抗体価の測定で行われている.抗体陽性者はエイズウイルスのキャリアーであるが,これらのすべてがすぐに発症するわけではない.エイズの発症過程は症状によって第一群から第四群に分類されている.

• エイズの治療については,すでに,AZT(3二azido-3-deoxythymidine)が臨床で用いられ,多くの物質がスクリーニングにかけられている・しかし,決定的は薬剤は見出されてはいない.免疫学的治療法として,ワクチン開発が上げられるが,HIVの表面抗原が極めて変化しやすいので,どの部分を用いることが,最も効果的か決定するのが難しい・また,免疫抑制に対する対処療法としての免疫増強剤は,HIVによるヘルパーT細胞の破壊が強力であるため,現在のところあまり有効な方法は見出されていない.

HTLV-1,2• 高月らは,南九州に多発する白血病が成人型で日本人にはきわめてまれなT細胞性であることを発見し,新たな独立疾患として成人T細胞白血病(ATL)と命名し報告した.その後,C型レトロウイルスが発見された.

• カリブ出身の皮膚型Tリンパ腫からも類似のC型レトロウイルスが発見された.

• 納,井形らは,南九州に多発する痙性脊髄麻痺がHTLV-1で起きることを明らかにし,HTLV I associated myelopathy(HAM)と命名した.

• 以上のことから,HTLV-1感染で,ATLとHAMという2種類の独立疾患が起きることがわかった.

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ATL,HAM

癌と免疫不全

• 発癌は正常状態においては,いわゆる「免疫学的監視機構」によって抑制されている.免疫不全状態では,監視が十分でなくなることから,癌発生率が高まると考えられる.事実,臨床統計学的研究から,先天性免疫不全症患者においては約70%に悪性腫瘍の発生をみており,これは,一般集団の約100倍の頻度である.同様のことは,自己免疫疾患や,免疫抑制剤治療患者においても認められている.

• 一方,免疫不全症患者では,EBウイルスやへルペスウイルス等の発癌ウイルスの感染頻度が高いこともよく知られており,このことも免疫不全症と発癌との関連性を示唆している.

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臓器移植と免疫不全(図5.5)

• 臓器移植・特に腎移植は最近高頻度に行われるようになってきた. しかし,生着率を上げるために用いられる免疫抑制療法は,ときとして免疫不全を起こし,感染症や,癌等の疾患を導きやすくなっている.

• 腎移植は,感染症を併発していないことを前提として行われるが,移植直後には,術前の慢性腎不全の病態が改善されていないうえ,免疫抑制療法を行うので,重篤な感染症を起こしやすい.特に,opportunistic infectionの形態をとり,尿路感染症,肺感染症,敗血症が発生しやすい.移植後安定期に入っても,免疫抑制剤は投与され続けるため,この原因によって種々の感染症を起こしやすい.起こる感染症は用いられる免疫抑制剤によりまちまちであり,azathioprineでは細菌感染症,Cyclosporinではウイルス感染が主体である.

慢性疲労症候群

• 慢性疲労症候群(CFS)は持続性あるいは繰り返す疲労が急激に生じ,日常生活が50%以下になる状態が6か月以上持続する疾患である.この疾患は1988年に定義され,まだ不明の部分が多い.

• しかし,患者のNK細胞活性を測定すると一様に低下していることからNK細胞の機能に障害が起きた慢性疲労免疫不全症候群(CFIDS)である可能性が高い.

• NK細胞の機能を検査したところ,IL-2に対する応答性が極めて低下していることがわかった.しかし,IL-2受容体は正常に発現しており,血中IL-2濃度も正常であるので,細胞内情報伝達に異常があるのであろう.

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免疫増殖性症候群

はじめに• 免疫細胞が種々の原因で異常増殖,例えば腫瘍化すると関連した機能が亢進あるいは抑制され,いずれにしてもホメオスターシスの破綻を生じ,免疫グロブリン異常,自己免疫現象,免疫不全症等の臨床像を導くことになる.

• これらは免疫担当細胞の分化との関連から,T細胞,B細胞,および網内系細胞のいずれに異常が出たかによって分類できる.

• さらに,各々の細胞系の中で,どのような分化段階の細胞の異常が原因であるかについては,産生された成分分析やCD抗原の発現状態等を参考に決定することができる(表5.12).

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• 癌は遺伝子の病気であり,発癌の原因となる多くの遺伝子が同定されている.

• 発癌の原因となっている遺伝子の解析の結果,それらの中には細胞の増殖に係わる経路に関連した多くの遺伝子の異常が見つかっている.

• 増殖シグナルは最終的には核内に伝達され,転写制御因子を介して増殖経路を働かせる.癌においては様々な因子の変化によって,この転写が脱制御されていることが多い.

• 脱制御は転写因子に関連した遺伝子の異常,アポトーシス制御遺伝子の異常,細胞周期調節遺伝子の異常,TCR遺伝子異常,Ig遺伝子異常,染色体分離異常,欠失,増幅などによって起こる.また,このような状況では染色体異常を伴うことが多い(表5.13,図5.6).

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急性前骨髄性白血病

•急性前骨髄性白血病(APL)の約90%でt(15;17)(q22;q12-21)の転座が見つかる.17q21にはレチノイン酸受容体遺伝子が存在し,これが転座の結果15q22に存在するPML(MYL)遺伝子に近接する.結果としてキメラタンパクが生じ,これは2か所のDNA結合部位を有することになる.これが脱制御に陥る原因であろう.

• プレB-ALL(急性リンパ芽球性白血病)の約30%ではt(1;19)(q23;P13.3)の転座がみつかる.19p13.3にはE2A遺伝子が位置し,1q23にはPRL遺伝子がある.E2Aは本来二量体形成DNAに結合するが,ここで生じたキメラタンパクは異常な転写制御をすると考えられる.

• T細胞性白血病では7q35または14qllを含む染色体の転座が観察される.7q35にはTCRβ鎖遺伝子が,14qllにはTCRα/∂遺伝子が存在する.これらの転座がTCRの発現異常を起こし,癌化させるのであろう.

• 慢性骨髄性白血病(CML)ではt(9;22)(q34;qll)のPhl転座が認められる.この転座によって生じたキメラタンパクはタンパクリン酸化能を亢進している.

• 成人T細胞白血病(ATL)はレトロウイルスであるHTLV-1の感染が原因となって起こる.ATLの発症は感染者のうち極めて少数であり,しかも長い潜伏期間の後に発症する.ATLにおいてはIL-2受容体の異常発現が認められる.原因はp40tax遺伝子がNFKBを介してIL-2Rの発現を亢進しているものと考えられている.

• ヒトヘルペスウイルスの1種であるEBウイルス(EBV)はCD21を受容体とし,これが発現しているB細胞を標的とする.EBVが原因で起こるバーキットリンパ腫では,癌遺伝子MYCの免疫グロプリン遺伝子プロモーター領域への転座に伴う発現上昇が重要であると考えられている.

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