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CASE STUDY No. 1 鉄欠乏性貧血を呈した小腸腺癌の犬の1山陽動物医療センター 森下啓太郎 CURRENT CASE STUDY 小動物臨床血液学症例集

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Page 1: 小動物臨床血液学症例集 CASE STUDY - power-vets.jp · case study no.1 鉄欠乏性貧血を呈した小腸腺癌の犬の1例 山陽動物医療センター 森下啓太郎

CASE STUDY

No.1 鉄欠乏性貧血を呈した小腸腺癌の犬の1例山陽動物医療センター 森下啓太郎

CURRENT CASE STUDY

小 動 物 臨 床 血 液 学 症 例 集

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鉄欠乏性貧血を呈した小腸腺癌の犬の1例

犬の消化管腺癌は、消化器型リンパ腫についで二番目に多い消化管腫瘍であり、高齢での発生が多く、雄のほうが雌に比べ罹患率が高いという特徴がある。症状は発生部位によって様々だが、一般的に胃や十二指腸における発生の場合には嘔吐、小腸に発生した場合は体重減少、大腸の場合には血便、しぶりを呈することが多い。これらの消化器症状に比べ発生頻度は低いが、慢性炎症や消化管出血によって貧血を呈する場合もある 2, 3)。

これらの症状は非特異的であり、一般的な胃腸炎との鑑別が難しい。また消化器症状が間欠的である場合も多く、対症療法を継続してしまい診断に至るまで数週間から数ヶ月を要することもある 1)。

今回、重度の貧血を呈していた犬において、貧血の分類を的確に行うことで小腸腺癌と診断し治療に至った症例を経験したのでその概要を報告する。

はじめに

山陽動物医療センター

森下 啓太郎

紀州犬、雄(未去勢)、3歳5ヵ月齢。4ヶ月前に元気消失、食欲不振を主訴に他院を受診したところ貧血を指摘された。増血剤などの対症療法

を行うも改善が認められず、また原因も不明であったため本院に来院した。今までに数回嘔吐が認められており、本院に来院する2週間前から黒色便を呈していた。

●身体一般検査所見体重 22.35 kg(BCS=2)と軽度の削痩が認められ、

可視粘膜は蒼白であった。

●血液検査所見重度の非再生性小球性低色素性貧血が認められ

た。他院で処方された鉄剤を内服していたため血清鉄は正常範囲内であったが、血液塗抹では菲薄赤血球、標的赤血球、奇形赤血球が認められたため鉄欠乏性貧血と診断した。また総蛋白、アルブミン、グロブリンおよびコレステロールが低値であり、蛋白喪失性腸症も併発していると考えられた。(Table.1, Fig.1)

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症   例

CURRENT CASE STUDY

RBC 288×10⁴ /μLPCV 14 %Hb 4.1 g/dLMCV 46.5 flMCHC 30.6 pgRet <1 %Plat 12.6×10⁴ /μLWBC 17100 /μL Band 171 /μL Seg 14022 /μL Lym 1197 /μL Mon 342 /μL Eos 1368 /μL

TP 4.0 g/dLAlb 2.2 g/dLGlb 1.8 g/dLALT 16 IU/LAST 24 IU/L ALP 34 IU/LTCho 107 mg/dLGlu 111 mg/dLTBiL 0.3 mg/dLBUN 23.4 mg/dLCre 0.8 mg/dLFe 156 μg/dLTIBC 263 μg/dL

Table.1 血液一般検査および血液化学検査所見

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小動物臨床血液学症例集

Fig.4 腹部超音波検査 小腸

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●腹部X線検査所見胃内に小石と思われる X 線不透過物があり、腸管に軽度のガス貯留を認めた。(Fig.2, 3)

●腹部超音波検査所見小腸の一部に5層構造が消失した直径

約3cm の混合エコー性の腫瘤病変を認め、近位腸管の管腔内には少量の液体が貯留していた(Fig.4)。超音波ガイド下でFNA を実施したが、細胞成分は採取されなかった。また腹腔内リンパ節の腫大はなく、肝臓や脾臓にも異常はみられなかった。

Fig.1 初診時血液塗抹所見

Fig.2 腹部 X 線写真 VD 像 Fig.3 腹部 X 線写真 LR 像

青:菲薄赤血球、緑:標的赤血球、赤:奇形赤血球が認められた。

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以上の所見から、小腸における腫瘤性病変が消化管出血の原因である可能性が高かったため外科的切除を実施した。腹部正中切開し消化管を腹腔外に露出させたところ、小腸の一部に弾力性のある腫瘤を認め、近位腸管は拡張していた。腫瘤を含む腸管を十分なマージンをとって切除し、端端吻合を実施した。摘出した腫瘤は直径約 28mm で、周囲組織との癒着はなく、粘膜面に軽度の出血斑を認めた(Fig.5, 6)。腫瘤の細胞診では、大小不同で複数の核小体を持つ上皮系細胞集塊が認められた(Fig.7)。病理組織学的検査では腺癌と診断

治療および経過され、腫瘍細胞は粘膜下組織から筋層間、漿膜面近傍にまで増殖していた(Fig.8)。症例の PCV 値は第 2 病日の手術前に輸血したことで 21%にまで上昇し、その後も鉄剤の内服によって徐々に上がり、第 32 病日には 38%まで回復した。TP は第 10病日には 6.2 g/dl まで回復した。症例は現在手術後 14 ヵ月経過しているが、腸間膜リンパ節や肝臓への転移所見はなく良好に経過している。

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Fig.5 摘出した腫瘤 漿膜面 Fig.6 摘出した腫瘤 粘膜面

Fig.7 細胞診所見 (× 400) Fig.8 病理組織学的検査所見 (× 200)

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小動物臨床血液学症例集

本症例は、当院に来院した時点では黒色便の稟告を得たが、貧血は 4 ヶ月前から認められているのに対し嘔吐などの消化器症状は顕著ではなかった。Paoloni らの報告では、腸管腺癌の犬 21 例において、71%が嘔吐、47%が下痢を呈していたのに対し、貧血は 33%とやや頻度は低い 3)。しかし本症例のように明確な消化器症状に先行して重度の貧血が存在する場合もあり、原因不明の貧血として治療されるケースもあるため注意が必要である 1)。その理由として、消化管出血は間欠的であることが多く、病態が進行するまで飼い主が便の色の変化に気づかないことが挙げられる。本症例の場合、血液検査で貧血が明らかとなった段階でその分類を適切に行っていれば消化管出血を疑うことが可能であったと考えられる。

鉄欠乏性貧血は、消化管、泌尿器、生殖器からの慢性失血や大量のノミ寄生によって起こる。血液検査所見として、小球性低色素性貧血、血小板増多(出血による反応)、血清鉄低下、TIBC 増加(ヒトや猫では増加、犬では正常)、貯蔵鉄低下がある。再生像は初期には亢進するが次第に低下していく。血液塗抹では菲薄赤血球、標的赤血球、奇形赤血球が認められる 5)。本症例の場合、鉄剤の内服により血清鉄は正常範囲内であったが、血液塗抹所見から鉄欠乏性貧血と診断した。また発症から経過が長いため再生像は認められず、同様に血小板数も減少していた。鉄欠乏性貧血と診断した場合、消化管からの出血を疑い腫瘤病変の有無を確認するが、単純 X 腺検査では腫瘤病変の検出率は低いため、超音波による腹部全体の精査が必要となる 3)。超音波検査において、消化管腫瘍の 99%は正常な消化管に認められる 5 層構造を消失し、非腫瘍性疾患では逆に 88%が 5 層構造を維持していたとの報告がある 4)。消化管出血を疑う症例では、層構造が消失した腸管部位がないか腹部全体を精査することで早期診断につながると考えられる。

考   察1)ComerKM: Anemiaasafeatureofprimary

gastrointestinalneoplasia,Compend contin educ pract vet,12,1990,13-19.

2)CrawshawJ,BergJ,SardinasJC,EnglerSJ,RandWM,OgilvieGK,SpodnickGJ,O'KeefeDA,VailDM,HendersonRA: Prognosisfordogswithnonlymphomatous,smallintestinaltumorstreatedbysurgicalexcision,J Am Anim Hosp Assoc,34,1998,451-456.

3)PaoloniMC,PenninckDG,MooreAS: Ultrasonographic and clinicopathologic findings in 21dogswithintestinaladenocarcinoma,Vet Radiol Ultrasound,43(6),2002,562-567.

4)PenninckD,SmyersB,WebsterCR,RandW,MooreAS: Diagnosticvalueofultrasonographyindifferentiatingenteritisfromintestinalneoplasiaindogs,Vet Radiol Ultrasound,44(5),2003,570-575.

5)下田哲也: 臨床家のための血液病アトラス, インターズー.

参考文献

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後 記編 集

今年の夏は、とても短かったですね。みなさまはどのような夏を過ごされましたか?

夏になると思い出しますが、我が家にはキャバリアのヘンリーくんがいました。みなさまもご存知のとおり、キャバリアは毛の長いワンコです。なので、彼らにとって夏は本当に辛い時期。そんな時期、うちの子は、まるで

宇宙遊泳をしているような格好で玄関のタイルにベタっと毎日寝そべっていました。そんなぐったりしている様子をみて、「クーラーつけるからリビングにおいで!」と声をかけてあげると、ダンボのような長い耳を揺らしながらうれしそう

に一目散に走ってきて、クーラーの下でリラックスしていた姿が目に浮かびます。残念ながら、ヘンリーはキャバリアの遺伝性慢性心臓弁膜症である、僧帽弁閉鎖不全によって 3 年前にお星様になりました。こういった病気をはじめ、少しでも動物の医療に役立つ充実した情報をみなさまにお届けできるよう、編集局一同 努力して参ります。

また、みなさまのご意見・ご感想などございましたら、お気軽にお聞かせください!

今回号よりリニューアルしました「CASE STUDY」を、今後ともご愛顧いただきますようよろしくお願いします。

(あひるの隊長)

Informationシスメックスからのお知らせ

●シスメックスアワード動物臨床医学会共催の「小動物臨床血液

研究会」が主催する血液関連の症例検討において優秀な発表に授与される「シスメックスアワード」。

数ある優れた症例報告の中から、麻布大学 獣医学部内科学第ニ研究室 木村 志野先生が「犬の骨髄線維症の血液および臨床的特長」で受賞をされました。

●ランチョンセミナー鹿児島大学 臨床獣医学講座内科学分野

准教授 遠藤 泰之先生をお招きし、「バベシア戦線北上中。~症例から見る犬のバベシア症の診断~」の演題でご講演いただきました。

セミナーは事前申し込みですでに定員に達していたにも関わらず、キャンセル待ちをされる方も大勢いらっしゃり、定員をはるかに上回る参加者で、関心度の高さがうかがわれました。

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昨年参加させていただいた「第29回動物臨床医学会年次大会」(2008年11月14日(金)~16日(日))のレポートです。

学会参加レポート

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神戸市西区室谷 �-�-� 〒���-����Tel ���-���-����

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小動物臨床血液学症例集 CASE STUDY   ����年 ��月発行No.1

古紙パルプを配合した再生紙を使用しています。