ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析 システム:sigal · fujitsu.51, 5,...

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FUJITSU.51, 5, pp.297-302 (09,2000) 297 登坂正喜(とさか まさき) テクノロジ開発統括部シミュレー ション技術開発部 所属 現在,高速伝送回路技術とシグナル インテグリティ検証システムの開発 に従事。 須和田 誠(すわだ まこと) テクノロジ開発統括部シミュレー ション技術開発部 所属 現在,高速クロック回路,高速伝送 シミュレーションの開発に従事。 高周波電気信号を正しく伝送するためには,様々なノイズの影響を考慮した設計が必 要になり,設計段階でその影響を考慮した精度の高い解析の要求が高まってきた。ま た,高速大容量データ転送を実現するための新たなバス方式である「同時双方向伝送」 も出現し,設計段階での伝送シミュレーションによる良否判定実現の要望が出てきた。 今まで提供してきたノイズ解析システム(SIGAL)は,タイミングを考慮した解析など精 度の高い解析が受け入れられ,多くの装置に適用されてきたが,今回,高周波に対応し た高精度なノイズ解析だけでなく同時双方向伝送解析にも対応した新機能を開発した。 この新機能は,ギガヘルツ領域の高周波信号解析では波形歪みの大きな要因となる表 皮効果の解析,さらにはアイパターン解析を取りいれた差動信号伝送解析,三値論理の 同時双方向伝送の信号解析を可能とし,より高精度な解析を実現した。本稿では,今回 開発した新手法による解析時間の大幅短縮化,ジッタやスキューを含めたアイパターン 解析,三値論理伝送解析について解説する。 あらまし あらまし あらまし あらまし あらまし Abstract ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析 システム:SIGAL For accurate transmission of high-frequency signals, various effects of noise must be analyzed precisely and the analysis results must be reflected in the design of transmission equipment and systems. Also, bi- directional simultaneous communication has been introduced as a new bus system to transmit a large amount of data at high speed. Accordingly, there is a need to verify transmission circuits by simulating transmission in the circuit design stage. Fujitsu s existing noise analysis system “SIGAL” can perform highly accurate analysis of noise levels and timing and has already been widely applied to many transmission devices and systems. Fujitsu has developed a new function for SIGAL that supports analysis of bi-directional simultaneous communication circuits as well as highly accurate analysis of noise in high-frequency transmission. The new function enables the user to analyze the following: the skin effect, which is a major factor of waveform distortion during high-frequency signal transmission in the gigahertz band; differential signal transmission circuits with eye pattern analysis incorporated; and bi-directional simultaneous communication signals based on ternary logic. This paper describes the analysis features of the new function, for example, the large reduction of analysis time, eye pattern analysis covering jitter and skew analysis, and transmission signal analysis based on ternary logic. Line Noise Analysis System “SIGAL” for Gigahertz Transmission

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Page 1: ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析 システム:SIGAL · fujitsu.51, 5, (09,2000) ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:sigal 299 mcmの波形解析シミュレーションを見積もると解析時間

FUJITSU.51, 5, pp.297-302 (09,2000) 297

登坂正喜(とさか まさき)

テクノロジ開発統括部シミュレーション技術開発部 所属現在,高速伝送回路技術とシグナルインテグリティ検証システムの開発に従事。

須和田 誠(すわだ まこと)

テクノロジ開発統括部シミュレーション技術開発部 所属現在,高速クロック回路,高速伝送シミュレーションの開発に従事。

 高周波電気信号を正しく伝送するためには,様々なノイズの影響を考慮した設計が必要になり,設計段階でその影響を考慮した精度の高い解析の要求が高まってきた。また,高速大容量データ転送を実現するための新たなバス方式である「同時双方向伝送」も出現し,設計段階での伝送シミュレーションによる良否判定実現の要望が出てきた。今まで提供してきたノイズ解析システム(SIGAL)は,タイミングを考慮した解析など精度の高い解析が受け入れられ,多くの装置に適用されてきたが,今回,高周波に対応した高精度なノイズ解析だけでなく同時双方向伝送解析にも対応した新機能を開発した。 この新機能は,ギガヘルツ領域の高周波信号解析では波形歪みの大きな要因となる表皮効果の解析,さらにはアイパターン解析を取りいれた差動信号伝送解析,三値論理の同時双方向伝送の信号解析を可能とし,より高精度な解析を実現した。本稿では,今回開発した新手法による解析時間の大幅短縮化,ジッタやスキューを含めたアイパターン解析,三値論理伝送解析について解説する。

 

 

あらましあらましあらましあらましあらまし

Abstract

ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:SIGAL

For accurate transmission of high-frequency signals, various effects of noise must be analyzed preciselyand the analysis results must be reflected in the design of transmission equipment and systems. Also, bi-directional simultaneous communication has been introduced as a new bus system to transmit a largeamount of data at high speed. Accordingly, there is a need to verify transmission circuits by simulatingtransmission in the circuit design stage. Fujitsu’s existing noise analysis system “SIGAL” can performhighly accurate analysis of noise levels and timing and has already been widely applied to manytransmission devices and systems. Fujitsu has developed a new function for SIGAL that supports analysisof bi-directional simultaneous communication circuits as well as highly accurate analysis of noise inhigh-frequency transmission. The new function enables the user to analyze the following: the skin effect,which is a major factor of waveform distortion during high-frequency signal transmission in the gigahertzband; differential signal transmission circuits with eye pattern analysis incorporated; and bi-directionalsimultaneous communication signals based on ternary logic. This paper describes the analysis featuresof the new function, for example, the large reduction of analysis time, eye pattern analysis covering jitterand skew analysis, and transmission signal analysis based on ternary logic.

特    集�Line Noise Analysis System “SIGAL” for Gigahertz Transmission

Page 2: ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析 システム:SIGAL · fujitsu.51, 5, (09,2000) ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:sigal 299 mcmの波形解析シミュレーションを見積もると解析時間

FUJITSU.51, 5, (09,2000)

ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:SIGAL

298

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ま え が き

 ネットワーク機器やパソコンに代表される情報機器の

高周波化の進展は目覚しく,メガヘルツ領域から新たに

ギガヘルツ領域に到達しつつある。それに伴い,プリン

ト基板の配線パターンを伝送する高周波電気信号も様々

なノイズの影響を考慮した信号解析が求められている。

 高周波領域(ほぼ300 MHz以上)での伝送波形に影響を

及ぼす代表的なものに表皮効果がある。これは,プリン

ト基板の配線パターンに高周波電流が流れるとパターン

導体の表面に電流が集中する現象であり,結果的に抵抗

成分が大きくなって波形歪みを起こさせる。周波数が高

くなればなるほど(信号の立ち上がり,立ち下がりが高

速になるほど周波数成分が高くなる)その影響は大きく

なり,波形歪み(なまり)となって遅延時間の増大や動作

周波数に上限が生ずる。また,高速信号伝送で使われる

差動信号伝送方式では,有効データがどれだけ確保され

ているかを表わす,いわゆるアイパターン解析が重要で

ある。このアイは,大きければ大きいほど余裕がある

が,様々な要因で小さくなってくる。小さくなる要因に

は,駆動素子内部での電源ノイズや配線パターン間のク

ロストークノイズなどで発生する位相ゆらぎ(ジッタ)や

差動信号間の位相ずれ(スキュー),ランダム信号の符号

間干渉などがあり,高周波化に伴い,ますますアイが小

さくなることから装置が誤動作する懸念が増大してい

る。さらには,従来の二値論理のバス伝送方式とは概念

が異なり,両方向から同時に信号を送る三値論理の同時

双方向伝送の装置適用が計画され,早期機能追加が必要

となった。

 従来のSIGAL(1), (2)では,100 MHz程度までの波形解析に

使われてきたが,そのままの方式では表皮効果が考慮さ

れていないため,遅延時間が小さく計算されるという問

題があった。またアイパターン解析を可能とした差動信

号伝送解析や同時双方向伝送方式への対応など早急な機

能向上が待たれていた。表皮効果を考慮する解析では,

精度低下を最小限に抑えながら解析時間の大幅な短縮

化に焦点を絞り,また差動信号解析ではジッタやス

キュー,符号間干渉を含んだアイパターン解析の実現

に,さらには新しい伝送方式概念である同時双方向伝送

では三値論理伝送解析機能を実現し,新機能として

SIGALに組み込んだ。

 本稿では,高周波解析の新手法についてその内容を説

明し,つぎに差動信号のアイパターン解析,最後に同時

双方向伝送について述べる。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○表皮効果を考慮した伝送解析

● 表皮効果の顕在化

 一般的なプリント基板の配線パターンでの周波数に対

する実効抵抗を図-1に示す。例えば,300 psの立ち上がり

立ち下がり時間の信号には,1GHzを超える周波数成分

が含まれ,直流抵抗比で実効抵抗が約9倍となる。この

ため,表皮効果による高周波数成分の減衰が引き起こす

波形なまりや信号振幅の減少を無視できない。とくに,

バックプレーンを経由するような長距離の伝送で顕著と

なる。

● 実配線モデルの課題

 SIGALの解析エンジンとして使用しているTCS(注1),

HSPICE(注2)のような回路シミュレータでは,表皮効果を

考慮した解析(以下,表皮解析)を行うために,HSPICEで

w-elementと呼ばれる有損失伝送線路エレメントを使用す

る。伝送線路の特性は配線の仕様(配線幅,配線GAP)に

よって変わるため,実配線をモデル化する場合には,配

線の仕様が変化するところで区切った複数のw-elementで

モデル化する。このため,平行配線部分のモデル化にお

いて配線方向の変化点(曲がり部分など)で予想外に配線長

の短い,微小なw-elementがモデル化される場合がある。

HSPICE,TCSによる計算手法では,この微小w-element

の通過ディレイがシミュレータ内部の解析時間刻みと定

義され,かつ微小w-elementの数が多いほど,解析時間が

かかる問題がある。図-2のような曲がり配線が多くなる

微細配線のMCM(Multi Chip Module)では,数十μm程度

の微小w-elementが多く生成される。最小w-elementが

15μmの場合,解析ステップは0.1 psとなり,このまま

配線パターンの断面�

100 µm

35 µm

30��

25��

20��

15��

10��5��0

実効抵抗(直流抵抗比)�

周波数�

1 MHz 10 MHz 100 MHz 1 GHz 10 GHz

図-1 表皮効果による配線抵抗の周波数依存性Fig.1-Frequency dependence of line resistance due to skin-effect.

(注1)富士通研究所が開発した高速,高精度な回路シミュレータ(注2)Avant!社製回路シミュレータ

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MCMの波形解析シミュレーションを見積もると解析時間

が約3,000時間(S-7/300U Ultra SPARC 300 MHzによる)と

予想され,実用的でない。

● 配線モデル化新手法の開発

 この膨大な解析時間を短縮し,実用的なシミュレー

ションを可能とするため,以下の処理フローによる最適

な配線モデル化手法を開発した。

(1) 表皮解析対象ネットの抽出

 解析精度を保つために限界となる実効抵抗値(以下,判

別実効抵抗値)を設定し,以下の条件を満たすネットを抽

出し,表皮解析対象とする。

 総配線実効抵抗値 ≧ 判別実効抵抗値

対象外ネットは,従来のRLCモデル(注3)とする。

(2) 微小w-elementの抽出

 ディレイが小さいw-elementから順に実効抵抗値を累積

し,累積値が判別実効抵抗値以下となるw-elementすべて

を抽出する。

(3) 微小w-elementの削減と混在配線モデルの作成

 抽出されたw-elementをRLCモデルへ変換し,解析時間

増加の原因となる微小w-elementをなくす。そして,w-

elementとRLC混在の配線モデルを作成し,解析する。

 このような手法で作成されたw-elementとRLCの混在配

線モデルにより,MCMのシミュレーションの解析時間見

積もりは約3,000時間から約11時間と短縮でき,実用レベ

ルに達した。

 表皮解析なし(すべてRLCモデル),表皮解析あり(すべ

てw-element),表皮解析あり(本手法)の解析波形を図-3

に示す。すべてw-elementで解析した場合と本手法で解析

波形が一致しており,精度劣化がないことが分かる。ま

た,表皮解析ありと表皮解析なしの波形を比べると,表

皮解析ありによる波形なまりが正しく表現されている。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○差動信号伝送解析

● 伝送波形解析

 差動信号解析では,二つの信号(ポジティブ側差動信号

とネガティブ側差動信号)を解析し,これら二つの信号の

差分を計算して差動信号として表す。実際の装置では,

スキュー(注4),ジッタ(注5),符号間干渉(注6)による波形ひず

みを持つ伝送波形となるが,今までのSIGALでは,これ

らの波形ひずみを考慮した解析はできていなかった。

● シミュレーション手法

(1) スキュー解析

 駆動素子から出力される差動信号には,少なからずス

キューが存在する。SIGALでは,これら二つの信号に任

意の位相差を与えることで,スキュー解析を可能とした。

(2) ジッタ解析

 高周波伝送で使用する駆動素子は,信号源としてPLL

(Phase Locked Loop)技術を内蔵した素子がほとんどであ

る。PLLは,一般的に大きなジッタを持っており,出力

信号波形には,ジッタが重畳した波形として出力されて

くる。このジッタは,後述するアイを小さくする要因で

あるため,高周波伝送解析では無視できない。SIGALで

は,解析された差動信号波形へ任意のジッタを加算する

ことで,ジッタ解析を可能とした。

(3) 符号間干渉解析

 データ伝送では,データパターンの違いにより,符号

間干渉によるノイズが発生し,波形をひずませる。これ

も後述するアイを小さくする要因となる。このため,

SIGALでは任意のデータパターンとその繰返し回数,デー

微小w-element

微小w-element

図-2 MCMの曲がり配線部のモデル化で発生する微小w-elementFig.2-Minuteness w-element of MCM.

図-3 表皮解析有無における500 MHz伝送のシミュレーション波形

Fig.3-Simulation waveform of 500 MHz transmission line with andwithout of skin analysis.

(注3)抵抗,インダクタ,キャパシタ成分で記述した配線モデル(注4)信号間の位相差

(注5)波形のゆらぎ(注6)ランダムパターンにおいて,それぞれのデータ幅の信号が干渉し

あうこと

    

1.60�

1.40�

1.20�

1.0�

800.0 m�

600.0 m�

400.0 m�

200.0 m

1.50 n 1.750 n 2.0 n 2.250 n

時間(s)�

2.50 n 2.750 n 3.0 n

電圧(volt)�

表皮解析なし�

表皮解析あり(すべてw-element)�表皮解析あり(本手法)�

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ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:SIGAL

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タ幅を設定できるランダムパターン解析を可能とした。

(4) アイパターン(注7)解析

 図-4(a)のように,スキュー,符号間干渉を含んだラン

ダムパターン解析波形において,差動信号をUnit Interval

(1データ幅)ごとに重ね合せて書き,さらにジッタを加

算することで,図-4(b)のようにアイパターンとして表示

する。SIGALでは,アイ判定領域を設定することによ

り,アイパターン判定を可能にした。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○同時双方向伝送解析

● 同時双方向伝送方式

 近年のハイエンドサーバ機では処理性能の向上のため

に,CPU,主記憶,入出力ポートの接続にクロスバス

イッチを採用する例が増えている。クロスバスイッチ方

式では,クロスバスイッチとCPU,主記憶,入出力ポー

ト間をそれぞれ1対1接続する。一般的な双方向伝送で

は時分割で伝送方向を切り替えるため,性能向上のため

には高周波化またはバス幅の拡大が必要となる。一方,

片方向伝送方式では1本の伝送路で同時に上り下りの

データ転送ができないため,信号本数が2倍必要とな

る。このため,どちらの方式を採ってもボード上の配線

設計の複雑化が課題となっている。

 これに対し,同時双方向伝送方式では,1対1接続さ

れた1本の伝送路で同時に双方向に信号を伝送する方式

であり,一般的な双方向伝送方式と同じ動作周波数,信号

本数で2倍の処理性能を得ることができる。このため, (3), (4)ハイエンドサーバ機を中心に適用され始めている。

 同時双方向伝送方式の基本的な動作を図-5に示す。同

図-4 アイパターン判定方法Fig.4-Method of judging eye pattern.

アイ�アイ判定領域��

Unit Interval

(a) ランダムパターン解析波形 (b) アイパターン判定

(注7)ランダムパターンをUnit Intervalごとに同一画面上に重ね合せて書いたもの

図-5 同時双方向伝送の動作Fig.5-Simultaneous bi-directional signaling technology.

素子A��

①+②� ②+①�素子B��送信データ�

受信データ��

Rout��

補正回路��

Rout��

補正回路��

Rout : 出力抵抗�Z0 : 特性インピーダンス��

①�

②�

送信データ��

受信データ��①�

②�

-

+

-

+

Z0

1.20�

1.0�

800.0 m�

600.0 m�

400.0 m�

200.0 m�

0�

-200.0 m0 10.0 n 20.0 n 30.0 n

時間(s)�

40.0 n

電圧(volt)�

ネガティブ側�差動信号�ポジティブ側�差動信号�

差分計算による�差動信号�

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ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:SIGAL

301

時双方向伝送では,伝送路の両端の素子Aと素子Bが同じ

伝送路に送信データを出力する。図-5では素子Aが送信

データ①を,素子Bが送信データ②を出力している。伝送

路上の信号は双方の素子の出力①と②が重なり合って三

値論理の信号となる。伝送路の遅延時間によって信号の

重なるタイミングが異なるため,当然,伝送路の素子A側

と素子B側での波形は異なる。各素子が信号を受信すると

きには,自分の出力した信号に応じた補正信号を生成

し,伝送路上の信号から差し引くことによって,相手側

から送信された信号を再生し受信する。図-5では素子A

が,素子Bから送られてきたデータ②を再生している(素

子B側も同様)。また,信号の反射を防ぐために伝送路の

特性インピーダンス(Z0)と素子の出力抵抗(Rout)を整合

させることが必須である。これは,反射が発生すると反

射波形をあたかも相手が送信した信号であるかのように

誤認識してしまうためである。

● SIGALの対応

 SIGALではこうした同時双方向伝送の伝送波形解析を

可能にするため,以下の機能強化を図った。

(1) 伝送路の両端の素子モデルに任意のパルス列を任意

の位相を持って与える。

(2) 伝送路上の三値論理信号に加え,素子内部で再生し

た受信波形の両方で伝送波形の評価を可能とした。

 なお,先に説明した図-5に示されている解析波形が

SIGALでの解析結果である。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○適 用 事 例

 富士通では,設計上流から下流の各設計段階にわたる

ノイズ対策設計の重要性を認識し,スーパーコンピュー

タからパソコンまでの幅広い情報処理機器の基板設計に

SIGALを活用してきた。設計上流段階で仮想配線ベース

の波形解析により,配線長,配線GAPなどの配線戦略を

立て,これに基づいて基板を設計し,基板設計完了後

は,実配線データを取り込んだ網羅的なノイズ解析を行

い,最終的なノイズの検証と配線設計へのフィードバッ

クを行っている。

 高速レイヤ3スイッチ「SR8800スイッチングルータ」に

おけるバックプレーン上の高速シリアル伝送(1.06 GHz差

動信号伝送)においてSIGALによるノイズ検証を実施し,

フィードバックを行った。設計前の事前検証により試作

機評価でのトラブル発生を防ぎ,開発期間の短縮に貢献

した。SIGALの解析波形を図-6に示す。このほかに,IA

サーバ「PRIMERGY(プライマジー)」シリーズの高周波基

板設計の短期開発にも大きな効果を上げている。

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○今後の展開

● 設計上流での配線戦略検討機能の充実

 高速,高密度な基板の短期開発のためには,設計上流

段階での適切な配線戦略立案がキーポイントとなる。従

来は,SIGALで解析した結果,NGと判定された場合に,

どこをどのように修正すればよいかは設計者のスキルに

依存していたため,カット&トライを繰り返し,配線戦

略立案に時間がかかる場合があった。この期間を短縮

し,かつ的確な配線戦略の立案ができるように,NGの場

合の対策を計算式や富士通のノウハウに基づいてアドバ

イスする機能を充実させていく予定である。

(a) 高速シリアル伝送の解析波形(1.06 GHz)

図-6 解析波形Fig.6-Simulation wave form.

(b)高速レイヤ3スイッチ「SR8800スイッチングルータ」

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ギガヘルツ時代の伝送線路ノイズ解析システム:SIGAL

302

● 精度向上

 波形シミュレーションにおいて精度の向上は永遠の課

題である。今後の精度向上へ向けて,以下の機能を開発

中である。

(1) 電源ノイズ,同時スイッチングノイズ解析

 電源ノイズとは,素子の消費電流が基板やパッケージ

の電源供給ラインを流れる際に発生する電源変動ノイズ

である。同時スイッチングノイズは,出力回路の同時ス

イッチングにより,自分自身の伝送波形だけでなく,ほ

かの入出力回路にも影響するノイズである。どちらも素

子の動作速度の高速化と消費電流の増加に伴い,顕在化

してくる。

(2) ビア,コネクタ,パッケージの高精度モデル化

 伝送路を構成する要素として,プリント基板の配線パ

ターンのほかに,ビア,コネクタ,パッケージが挙げら

れる。1GHzを超える動作周波数においては,これらの

モデル精度が最終的な波形の精度に大きく影響する。

(3) Sパラメタ(注8)による伝送線路解析

 これからの高周波領域においては,現状のw-elementに

よる計算手法では,伝送線路の振る舞いを正確に表現で

きなくなるためSパラメタベースの計算手法の導入が必要

となる。

(注8)高周波回路の反射や損失,位相を表すパラメタ

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○む  す  び

 従来からの「タイミングを考慮した精度の高いノイズ

解析」に加え,高周波信号伝送で問題となる表皮効果を考

慮した解析,差動信号伝送解析,同時双方向伝送解析を

可能とし,より高精度な解析を実現した。実際の装置設

計において設計フローの中にSIGALを活用したノイズ対

策設計を組み込むことで,設計期間の短縮に大きな効果

を上げている。今後も設計上流での対策としてアドバイ

ス機能の充実や解析精度向上に取り組んでいく。

参 考 文 献

(1) 山下ほか:高密度プリント板ノイズ解析システム:

SIGAL.FUJITSU,50,6,pp.399-404(1999).

(2) 登坂ほか:ICAD/PCB for Windowsを用いたパソコン設計

におけるノイズ対策適用事例.電子材料,37,10,pp.72-76

(1998).

(3) 石橋:クロスバ・スイッチに同時双方向伝送方式を採用.

日経エレクトロニクス,735,pp.163-171(1999).

(4) M. Haycock et al.:A 2.5Gb/s Bi-directional Signaling

Technology. Hot Interconnects V Symposium Record,pp.149-

156,August 1999.