11-18 『女王』対談 田中芳樹...

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特別対談 田中芳樹×香山二三郎151

出会い、そして衝撃!

│まずは連れ

城じようさんとの出会いをお聞か

せください。

田中 最初にお会いしたのが一九七七年

十一月。六本木にある「六本木」という

名前の料理屋で行われた「幻げ

影えい

城じよう」(

偵小説専門誌)の第三回新人賞のお祝い

の席でした。お店に早めに到着してしま

い心細く待っていたところに、凄く大人

の雰囲気を漂わせた温厚そうな方が現わ

れ、「遅れました、僕、連城三み

紀き

彦ひこ

です」

ととても気さくな感じで声をかけてくれ

ました。それが最初です。そして隣に座

った連城さんが「賞金くれるんだよね、

何に使おうかな?」とお話しされ、私が

「もらえるだけで感激」なんて雑談をし

ていたところ、後からいらっしゃった編

集長の島し

崎ざき

博ひろしさんが言った言葉が「賞金

のことだけど、あれ払っちゃったら、う

ちつぶれるから」。あっけにとられてい

たんですが、島崎さんがトイレにたった

すき

に、連城さんが苦笑しながら「とんで

もないところにきちゃったね」っておっ

しゃって……連城さんはほんとに紳士的

で、年下の僕にも敬語を使って下さり、

これから仲良く付き合っていただけそう

だなと思ったことを覚えています。

│新人作家としては、衝撃の一夜でし

たね。

田中 最初がそれだったので、その後大た

抵てい

のことには驚かなくなりました。ここ

はすごい業界だなと(笑)。

香山 「幻影城」新人賞を飾ったのは

錚そう

々そう

たるメンバーでしたね。

田中 第一回新人賞の小説部門・佳作に

は泡あ

坂さか

妻つま

夫お

さんや田た

中なか

文ふみ

雄お

さん。第二回

の評論部門・佳作には栗く

本もと

薫かおるさんや友と

成なり

純じゆ

一んいちさん。それに小説部門の特待生みた

いな扱いで竹た

本もと

健けん

治じ

さんがいます。栗本

さんが竹本さんと友成さんを助す

さん格か

んのごとく左右に従えて、「六本木」に

威風堂々と現れた光景を覚えてますよ。

香山 まさに女王!

│その中で連城さんと一番仲がよかっ

たのが田中さんでしょうか?

田中 連城さんは竹本さんともお付き合

いがありましたし、とくだん僕が一番と

いう感じではありませんでした。ただ何

かと気軽にお話できる相手だったのかな

と思います。

152

ブラックジョークがお好き

田中 連城さんから「急で悪いけど風邪

をひいて体調が悪くなったものだから、

そっちに行かせてもらっていい?」とい

う電話がかかってきたことがあります。

アパートに布団を敷いてお迎えしたんで

すが、居場所を文藝春秋に伝えてしまっ

たそうで、連城さんが一眠りなさった枕

元に担当編集者がいらっしゃいました。

その方が言った言葉が「今日は無理なよ

うですから明日は十枚、明あ

さつて

後日は七、八

枚書いていただくと何とか間に合うんで

すよ」。僕は蔭か

で聞いていて、ますます

とんでもない業界だなと思いました。こ

れは大体三十年くらい前の話なんです

が、今年三月に行われた、連城さんを偲

ぶ会で「お久しぶりです。あの時の編集

者が私です」と声を掛けて下さった方が

いらっしゃいました。作家の中な

村むら

彰あき

彦ひこ

んでした。

香山 中村さん、声が大きいから偉そう

に見えたんですかね(笑)。

田中 だから言えなかったんですが、中

村さんがドアを閉めた途と

端たん

に連城さんが

跳ね起きて「田中さん、編集者ってのは

ああいうやつらなんだよ」って(笑)。

香山 私の場合、一九八二年か三年の初

夏でしょうか。銀座で映画の試写会があ

り、その後にお茶を飲んだのが初めてで

す。そのときの連城さんはジャケットの

袖そで

をまくって、ハンカチであおぎながら

「暑い暑い」と言っていたんですが、そ

の姿がすごく爽やかな感じでした。その

後に連城さんが文芸評論家の関せ

口ぐち

苑えん

生せい

んと意気投合して、東京に出て来られ

て、しばらく付き合いが続きました。当

初は田中さんみたいな濃い関係ではなか

った(笑)。

田中 濃いというか共犯というか……。

香山 連城さんとの付き合いが深くなる

のは東京にいらっしゃってからですね。

そういえば、こんな話がありました。夜

中までお酒を飲んで、始発までどこかで

休もうという話になり、ちょうど近くに

あった田中さんの仕事場に行きました。

深夜だから田中さんはいらっしゃらなか

ったんですが、連城さんはどんどん部屋

の中に入っていくんですよ、こっちが大

丈夫かと心配していると、台所でラーメ

ンを作り出して……。田中さんとは気の

置けない関係なんだなとそのとき、感じ

ました。

特別対談 田中芳樹×香山二三郎153

田中 連城さんは紳士でいらしたけど、

実はけっこうブラックジョークがお好き

でしてね。『幻影城の時代 

完全版』と

いう本が二〇〇八年に講談社から出まし

たでしょ。原稿を書くのが正直面倒だな

と思ったんですが、「幻影城」のみんな

が集まって書くならと、せっかくなので

お引き受けしました。ところが本が出来

上がってから泡坂さん、田中(文雄)さ

ん、栗本さんと続けて亡くなってしまい

まして。その後、僕が連城さんにお会い

したときに、あのときは面倒だと思った

けど、こうなってみるとあの本を作って

いただいてよかったと申しましたら、連

城さんはニヤッと笑って、「田中さん、

それ順番が違うよ。あの本に書いた作家

が次々と死んでいくんだよ」だなんて。

連城さんが愛した漫画・映画

│連城さんと小説の話で盛り上がった

ことはありましたか?

田中 実は滅め

多た

に小説の話はしませんで

した。ちなみに今作のことで言えば「今

度、卑ひ

弥み

呼こ

と邪や

馬ま

台たい

国こく

の話を書くんだ

よ」とおっしゃるから、「歴史小説です

か?」と聞きましたら、「そうじゃない

んだけどね」という話があったくらいで

す。一番多かったのは映画の話ですね。

漫画やアニメの話もちょっと出ました

よ。連城さんは『金田一少年の事件簿』

や『名探偵コナン』を読んでいらっしゃ

ったのですが、もっと何かいいミステリ

ー漫画はないかと聞かれ、『Q.E.D.

証明終了』を紹介しました。法の

月づき

綸りん

太た

郎ろう

さんが帯に推薦文を書かれるほどの傑作

漫画で本当に面白いんですよ。

│連城さんからはどのような感想があ

りましたか?

田中 「すごくよくできていて、トリッ

クとか伏線とか、小説だと書けないよう

なところを絵で巧みに表現してあるね」

とおっしゃってました。アニメはそれほ

どご覧にならなかったのですが、例外が

ひとつあって『名探偵ポワロとマープ

ル』。DVDを全巻さしあげたところ、

とてもお気に入りになられて、「あのア

ニメを流しっぱなしにして原稿を書いて

いるんだよ」って電話でおっしゃったの

を思い出します。原作に忠実で品良く作

られていて、子供向けの作品なだけに殺

人の場面とか死体を露骨に出さないんで

すね。そこがいいとおっしゃってまし

た。連城さんはホラーはお好きだけどス

154

プラッターは全然ダメでしたから。

│連城さんは他の媒体から影響を受け

て作品をご執筆されていたということは

あったのでしょうか?

香山 

映画の影響が大きいと思います

が、ある作品をストレートに模倣すると

いうことはされなかった。

田中 映画と言えば僕が紹介して喜んで

いただいたのは『回転』(原作/ヘンリ

ー・ジェイムズのホラー小説『ねじの回

転』)や『ラインの仮橋』でした。僕の

感触では連城さんはアメリカ映画よりヨ

ーロッパ映画のほうがお好きだった気が。

香山 連城さんが東京に出て来られた時

期と私が香ホ

港コン

映画にはまっていた時期が

重なっていまして、香港映画が面白いで

すよと強引に観せたりとか、一緒に香港

に行って観たりしましたね。小説につい

ては深く話したことがなかったので、い

ろいろと突っ込んで聞いておけばよかっ

たなと悔いが残っています。その頃は自

分がペーペーでいつも奢お

ってもらってい

たので偉そうなことが言えなくて……。

作家人生を変えさせられた作品

│連城作品を初めて読まれたときはど

のような感想をもたれましたか?

田中 「戻り川心中」を読んだときには、

とてもじゃない、こういう人とは張り合

えないと思いました。栗本さんにも同じ

ようなことを感じたんですけど、今考え

てみると原稿料も賞金もない「幻影城」

でしたが、そこでデビューできてよかっ

たなと思います。自分よりすごい人たち

がワラワラいて、変にうぬぼれたりせず

に済んだのはそのおかげです。自分には

自分の道があるからそれを探し出してい

かなきゃと殊勝なことを考えていました。

│ということは、実はミステリーを書

いてみたいという思いも?

田中 いや、他の方が書いたすごいもの

を読むと、この分野には自分の出る幕は

ないと思う気た

質ち

なんです。誰も書いてい

ないようなところに自分の生きる道を探

そうというふうに。

香山 田中さんがもしミステリー系の作

品で成功していたら、『銀河英雄伝説』

が世に出て来るのはもう少し後になって

いたということですね。

田中 おっしゃるとおりです。まあ何か

がブームになってから書くのはもう遅い

と思います。実は僕には博ば

打ち

打ちの素質

があるのかもしれませんね。『アルスラ

ーン戦記』については、スペースオペラ

は『銀英伝』で書いちゃったし、ヨーロ

ッパ的世界を舞台にしたチャンバラもの

では栗本さんの『グイン・サーガ』が始

まっていましたから、誰も書かないとい

うところでなぜかペルシャを選んじゃっ

たんですね。ライトノベルを含めて今の

ところペルシャ舞台のものはないですか

ら、鳥なき里のコウモリですね(笑)。

│「幻影城」の凄さをあらためて認識

しました。

田中 編集長の島崎さんが鬼コーチで、

プロの作家を育てるということに情熱を

かたむけていらっしゃって、いろいろと

教えていただきました。

│伝説の編集者である島崎さんの連城

さん評が気になったのですが、何かお聞

特別対談 田中芳樹×香山二三郎155

きになられたことはありますか?

田中 「連城三紀彦は凄い、こんな新人

は見たことがない、処女長編の『暗色コ

メディ』だけはうちの社で出す」とおっ

しゃってました。まあ出た途端にすぐ倒

産してしまいましたが(苦笑)。

│香山さんと連城作品との出会いは?

香山 初めて読んだのは「戻り川心中」。

これは凄いと思いました。連城さんの著

作リストを見ると分かるんですが、作家

活動の序盤から傑作を連発されています

よね。お付き合いするようになって間も

なく『夜よ鼠たちのために』『運命の八

分休符』などが出版され、凄いなと思っ

ているうちに『宵待草夜情』で吉川英治

文学新人賞、『恋文』で直木賞をとられ

て、まさに破竹の勢いでした。ちなみに

「私の叔父さん」という短編には関口さ

んや私が名前を変えて出ています。ミー

ハー的に喜んでいましたけど、今考える

ととんでもないことをさせてしまったな

と反省しています。

│徐々に恋愛小説の傾向が出てきまし

たが。

香山 八〇年代後半に入ってミステリー

から足を洗って恋愛小説にというお話が

あり、ショックを覚えた記憶があります。

田中 どうしてこんな心理が書けるのだ

ろう、どうしたらこんな形容詞を考えだ

せるのだろうかとか、拝読するたびに、

何であのとき自分が連城さんと同時受賞

なんかできたんだろう、と、不思議にな

りましたね。

│恋愛小説の道へと進むきっかけは具

体的に何かあったのでしょうか?

田中 とくにきっかけというのはなかっ

たのでは。「戻り川心中」の頃には作風

は完成していたと思います。

香山 昨年十月に出た「週刊現代」イン

タビュー「わが人生最高の10冊」を見る

と、取り上げている作品にミステリーが

意外と少ないんですよね。連城さんはア

ルベルト・モラヴィアがお好きで、ミス

テリー趣向のない文学的なものも書いて

みたいという欲求が昔からあったんじゃ

ないかな。ただ話を捻ひ

ってミステリーに

しちゃう天才的なところがあったから、

恋愛小説を書いているつもりがついミス

テリーに。

田中 ベスト10の中に井い

上うえ

靖やすしの『射程』

があるというのは非常に納得ですね。男

が女に惚ほ

れこんだらここまでやるのか、

という心理に説得力があるというところ

が、連城さんの作品と共通しているなと

156

思います。ここまで身も心も捧げて、そ

れが人生すべてだったというところに納

得がいきました。そういうものを書ける

人はいるでしょうけど、それを読み手に

納得させられるという人は少ないでしょ

うね。

香山 恋愛小説家になるとおっしゃった

後も結構ミステリーは書かれているんで

すよ。その中で驚いたのは『黄た

そがれ昏のベル

リン』という長編です。普通、地の文の

場面転換のときは改行したり一行あきに

したりして分かりやすくしますが、この

作品ではそれがほとんどなく場面が途中

で変わっていくんです。連城さんに質問

したら、サルトルをちょっと頂いたって

ことでした。『嘔お

吐と

』だったかな。そう

いう実験もたまにやられていました。

連城作品オススメの一冊

│連城作品を読んだことのない方へオ

ススメするとなれば?

田中 もし自分は書き手として天才だと

思っているアマチュアの人がいたら、黙

って『戻り川心中』を渡しますね。

香山 

文藝春秋から出た『小さな異邦

人』という最後の短編集もすごく出来が

いい。一番新しいものから入っていただ

くのも良いと思います。長編だったら

『私という名の変奏曲』。連城さんはセバ

スチアン・ジャプリゾの『シンデレラの

罠』がお好きで、これは凄くトリッキー

な話なんですが、それを髣ほ

髴ふつ

させるのが

『私という名の変奏曲』。一人の女が七人

の男女から順に殺される、七回殺され

る、どうしたらそんなことができるんだ

という離れワザに挑んだ作品。離れワザ

的な仕掛けは以降の作品でも出てきます

し、今回の『女王』でも駆使されていま

すね。

ついに解禁となる幻の超大作

│邪馬台国、南北朝、関東大震災、東

京大空襲、現代と、時を超えたミステリ

ー大作『女王』にどのような感想を持た

れましたか?

田中 序章を拝読したときに「これはど

うなるんだろう?」と驚きました。SF

作家であれば、タイムトラベルが出て来

るんだろうなと予測がつくんですが、連

城さんの作品は絶対そうならないという

ことが分かっているので、じゃあどうな

るんだろうか、どこへ連れて行かれるん

だろうかと思いました。

香山 実は「小説現代」で連載が始まっ

たときに序章だけは読んだんですよ。ま

あトンデモない話だなと。これがどうな

ったら邪馬台国と卑弥呼の話になってい

くんだろうと思いましたが、まとまって

から読もうと考えていました。それから

十五年以上待つことになるとは予想して

いませんでしたが、全体をあらためて読

んで、もしかしたらこの作品にヒントを

与えたのは田中さんじゃないかと思った

んですよ。いろんな邪馬台国論争の元と

なった「魏ぎ

志し

倭わ

人じん

伝でん

」は書名ではなく『三

国志』の一部ですよね。中国の視点から

見ると日本の論争と違うんだよと、もし

かしたら田中さんが連城さんにお話しさ

れたのではないかと推理しまして。

田中 おそれいります、それは買いかぶ

特別対談 田中芳樹×香山二三郎157

りですね(笑)。ただ「魏志倭人伝」と

いう題名の本は存在しないんですよ、と

いうお話をしたことはあります。

│『女王』の見どころをあげていただ

けますでしょうか。

田中 卑弥呼が主人公に燃える花の枝を

押し付ける、というシーンは読んでいて

戦せん

慄りつ

したと言ってもいいくらいです。そ

の他にも連城さんの死生観の一端をよく

表している部分があって、これが十何年

も前に書かれたものとは思えないくら

い。とにかく、お読みになった方それぞ

れがご自分だけのたいせつな場面を見出

してくだされば、とても嬉う

しいです。

香山 まず序章で驚いてほしいですね。

連城さんのファンである作家の真ま

山やま

仁じん

んが出だしの一行が本当に凄いとおっし

ゃっていましたが、その後も惜しげもな

く反転技が繰り出されます。また邪馬台

国の場所については畿き

内ない

説と九州説に分

かれています。それを連城三紀彦は作品

のなかでどう決着をつけているのか誰し

もが気になると思いますが、この作品に

は面白いアイデアが使われている。さら

に舞台となっている京都、吉野の風景描

写。登場人物たちの内面と呼応させてい

るかのように濃密です。普通のミステリ

ー系作家とは違う、天性の描写力が堪能

できます。

│歴史に造詣が深い田中さんの目から

見て、歴史的描写や謎解きなどはいかが

でしたか?

田中 

この手があったのかと驚きまし

た。「水行十日陸行一月」という邪馬台

国への距離に関する謎の文章に、実際の

専門家たちはいろいろな説を唱えていま

すが、その曖あ

昧まい

なところを焦点にミステ

リー的な組み立てをすると、とても説得

力のある説ができるんだなと凄みを感じ

ました。

香山 女王という言葉はストレートにと

れば卑弥呼のことですけど、支配する女

の怖さみたいなものもタイトルから滲に

出ているのではないかと思います。

│歴史だけでなく、殺人事件や男女の

話などが複雑に絡んで、いろんな想像が

膨らみますね。

香山 戦後生まれの男なのに東京大空襲

の記憶があるというところでドッキリさ

せて、しかも診断した精神科医も空襲当

日にその男に会ったというくだりから、

どんどんドライブがかかっていきます。

あのドライブのかけ方は唯一無二。

田中 『女王』をぜひ読んで、読書の醍

醐味というものを肌で感じていただけれ

ばと思います。