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146. ドーパミン受容体による気管支喘息抑制機構 水田 健太郎 Key words:気管支喘息,気管平滑筋,ドーパミン受容 体,アデニル酸シクラーゼ,cAMP 東北大学 大学院歯学研究科 口腔病態 外科学講座 歯科口腔麻酔学分野 気管には多種の神経伝達物質に対する受容体が発現しており,気管平滑筋の収縮・弛緩をはじめ,様々な作用をもたらす 1-4) ドーパミン受容体は G 蛋白結合型受容体であり,G s 蛋白結合型である D 1 -like 受容体 (D 1 , D 5 ) と G i 蛋白結合型である D 2 - like 受容体 (D 2 , D 3 , D 4 ) に大別される.喘息患者においてはドーパミンの吸入は気管支拡張をもたらすとされている 5) .これま でに気管を支配する遠心性神経においては D 2 -like 受容体の存在が確認されているが 6) ,気管平滑筋自体にドーパミン受容 体が発現しているかは不明である.G s 蛋白結合型受容体は,アデニル酸シクラーゼ活性の増加を介して cAMP 産生を増加さ せる.一方,G i 蛋白結合型受容体を acute activation させた場合,アデニル酸シクラーゼ活性は低下するが 7) ,G i 蛋白結 合型受容体を chronic activation させた場合には,アデニル酸シクラーゼ活性は増加する (heterologous sensitization) 8) アデニル酸シクラーゼ活性の増加は気管平滑筋を弛緩させる.以上を鑑み,本研究では(1)ドーパミン受容体各サブタイプ の気管平滑筋上での発現,(2)D 1 -like 及び D 2 -like 受容体作動薬による気管平滑筋収縮・弛緩作用とその細胞内シグナリ ング機構について検討した. 1.気管平滑筋におけるドーパミン受容体各サブタイプの同定 RT-PCR 法,Western blot 法,免疫組織化学染色により,ヒト気管平滑筋組織・細胞,モルモット気管平滑筋におけるドーパ ミン受容体各サブタイプの同定を行った. 2.ドーパミン D 1 受容体を介した cAMP 産生及び気管平滑筋弛緩作用の解析 ヒト気管平滑筋細胞におけるドーパミン D 1 -like 受容体作動薬 (SKF38393, A68930) 投与による cAMP 産生を測定した.ま たアセチルコリンにより誘発されるモルモット気管平滑筋収縮作用がドーパミン D 1 -like 受容体作動薬 (A68930) で減弱される かを Organ bath 法を用いて検討した. 3.ドーパミン D 2 受容体を介したアデニル酸シクラーゼ刺激作用の調節と気管平滑筋弛緩作用の解析 ヒト気管平滑筋細胞におけるドーパミン D 2 -like 受容体作動薬 (Quinpirole) の短時間投与 (20 min) 及び長時間投与 (60 min) によるアデニル酸シクラーゼ活性の変化を測定した.またアデニル酸シクラーゼ刺激薬 (Forskolin) によるモルモット気 管平滑筋弛緩作用が Quinpirole 前処置により増強されるかを Organ bath 法を用いて検討した. 1.ヒト及びモルモット気管平滑筋におけるドーパミン受容体各サブタイプの同定 ドーパミン D 1 及び D 2 受容体の mRNA レベル,蛋白レベルでの発現が,RT-PCR 法,Immunoblot,免疫組織化学染色に より確認された(図1). 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010) 1

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Page 1: 146.ドーパミン受容体による気管支喘息抑制機構 水 …...146.ドーパミン受容体による気管支喘息抑制機構 水田 健太郎 Key words:気管支喘息,気管平滑筋,ドーパミン受容

146. ドーパミン受容体による気管支喘息抑制機構

水田 健太郎

Key words:気管支喘息,気管平滑筋,ドーパミン受容体,アデニル酸シクラーゼ,cAMP

東北大学 大学院歯学研究科 口腔病態外科学講座 歯科口腔麻酔学分野

緒 言

気管には多種の神経伝達物質に対する受容体が発現しており,気管平滑筋の収縮・弛緩をはじめ,様々な作用をもたらす 1-4).ドーパミン受容体はG 蛋白結合型受容体であり,Gs 蛋白結合型である D1-like 受容体 (D1, D5) と Gi 蛋白結合型である D2-like 受容体 (D2, D3, D4) に大別される.喘息患者においてはドーパミンの吸入は気管支拡張をもたらすとされている 5).これまでに気管を支配する遠心性神経においては D2-like 受容体の存在が確認されているが 6),気管平滑筋自体にドーパミン受容体が発現しているかは不明である.Gs 蛋白結合型受容体は,アデニル酸シクラーゼ活性の増加を介して cAMP産生を増加させる.一方,Gi 蛋白結合型受容体を acute activation させた場合,アデニル酸シクラーゼ活性は低下するが 7),Gi 蛋白結合型受容体を chronic activation させた場合には,アデニル酸シクラーゼ活性は増加する (heterologous sensitization) 8).アデニル酸シクラーゼ活性の増加は気管平滑筋を弛緩させる.以上を鑑み,本研究では(1)ドーパミン受容体各サブタイプの気管平滑筋上での発現,(2)D1-like 及び D2-like 受容体作動薬による気管平滑筋収縮・弛緩作用とその細胞内シグナリング機構について検討した.

方 法

1.気管平滑筋におけるドーパミン受容体各サブタイプの同定RT-PCR法,Western blot 法,免疫組織化学染色により,ヒト気管平滑筋組織・細胞,モルモット気管平滑筋におけるドーパミン受容体各サブタイプの同定を行った.2.ドーパミン D1 受容体を介した cAMP産生及び気管平滑筋弛緩作用の解析ヒト気管平滑筋細胞におけるドーパミン D1-like 受容体作動薬 (SKF38393, A68930) 投与による cAMP産生を測定した.またアセチルコリンにより誘発されるモルモット気管平滑筋収縮作用がドーパミン D1-like 受容体作動薬 (A68930) で減弱されるかを Organ bath 法を用いて検討した.3.ドーパミン D2 受容体を介したアデニル酸シクラーゼ刺激作用の調節と気管平滑筋弛緩作用の解析ヒト気管平滑筋細胞におけるドーパミン D2-like 受容体作動薬 (Quinpirole) の短時間投与 (20 min) 及び長時間投与 (60min) によるアデニル酸シクラーゼ活性の変化を測定した.またアデニル酸シクラーゼ刺激薬 (Forskolin) によるモルモット気管平滑筋弛緩作用がQuinpirole 前処置により増強されるかを Organ bath 法を用いて検討した.

結 果

1.ヒト及びモルモット気管平滑筋におけるドーパミン受容体各サブタイプの同定ドーパミン D1 及びD2 受容体のmRNA レベル,蛋白レベルでの発現が,RT-PCR法,Immunoblot,免疫組織化学染色により確認された(図1).

 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010)

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 図 1. 気管平滑筋におけるドーパミン D1,D2 受容体の発現.

A. ヒト気管平滑筋組織 (Human tracheal SM) ,ヒト気管平滑筋細胞 (HASM) ,モルモット気管平滑筋組織 (GPtracheal SM) におけるドーパミン D1, D2 受容体の発現 (Western blot).B. モルモット気管平滑筋におけるドーパミン D1, D2 受容体の発現 (免疫組織化学染色).

 2.ドーパミン D1 受容体を介した cAMP産生及び気管平滑筋弛緩作用の解析ドーパミンD1-like 受容体作動薬 (SKF38393; 1µM, A68930; 1µM) 投与によりヒト気管平滑筋細胞における cAMP産生は15%程度増加し,これらの反応はドーパミン D1 受容体拮抗薬 (SCH23390; 100µM) により解除された(図 2A).またアセチルコリンにより誘発されるモルモット気管平滑筋収縮作用はドーパミン D1-like 受容体作動薬 (A68930) により用量依存的に減弱された(図 2B).

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 図 2. ドーパミン D1 受容体作動薬による cAMP生成作用と気管平滑筋弛緩作用.

A. ヒト気管平滑筋細胞におけるドーパミン D1 受容体作動薬 (A68930; 1µM) による cAMP生成増加作用 (*P<0.05,**P<0.01).B. A68930 によるモルモット気管平滑筋弛緩作用.

 3.ドーパミン D2 受容体を介したアデニル酸シクラーゼ刺激作用の調節と気管平滑筋弛緩作用の解析ヒト気管平滑筋細胞上のドーパミン D2 受容体を D2-like 受容体作動薬 (Quinpirole) で acute activation (20 min) させた場合,アデニル酸シクラーゼ刺激薬 (Forskolin; 10µM) 投与により生じるアデニル酸シクラーゼ刺激作用は抑制され,この抑制作用はGi 蛋白阻害剤Pertussis toxin (PTX; 100 ng/ml; 4hrs) またはドーパミン D2 受容体拮抗薬 L-741626 (1µM;30 min) の前処置により解除された(図 3A).一方,quinpirole で chronic activation (60 min) させた場合にはアデニル酸シクラーゼ刺激作用は促進され,この促進作用は L-741626 の前処置により抑制された(図 3B).興味深いことに,このアデニル酸シクラーゼ刺激促進作用は,PTXでは抑制されなかったのに対し,PLC阻害薬 (U73122; 5µM) および PKC阻害薬 (GF109203X; 100 nM) により有意に抑制された(図 3C 及び 3D).またモルモット気管輪を quinpirole で chronicactivation (60 min) させた場合,Forskolin 投与により生じる気管輪弛緩作用が増強された(図 3E).

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 図 3. ドーパミン D2 受容体作動薬によるアデニル酸シクラーゼ活性の変化と気管平滑筋弛緩作用.

Quinprole の短時間投与 (20 min) ではヒト気管平滑筋細胞におけるアデニル酸シクラーゼ活性は低下したのに対し(A),Quinprole の長時間投与 (60 min) ではアデニル酸シクラーゼ活性は増加した (B).この増加作用は U73122(5µM; 15 min), GF109203X (10 nM; 30 min) により抑制された (C及びD) (*P<0.05, **P<0.01, ***P<0.001compared with forskolin alone, #P<0.05, ##P<0.01).E. Quinpirole (10µM) の長時間前投与 (60 min) により,Forskolin により生じるモルモット気管平滑筋弛緩作用は増強された.

 

考 察

本研究はドーパミン受容体が気管平滑筋自体に存在することを示した初めての報告である.気管支喘息患者におけるドーパミンの吸入は気管平滑筋を弛緩させるが,この作用は,(1) 気管平滑筋上のドーパミン D1 受容体が cAMP の増加を介して気管平滑筋を弛緩させる,(2) 気管平滑筋上の D2 受容体の chronic activation によりアデニル酸シクラーゼ活性及び cAMP 産生が増加され気管平滑筋を弛緩させる,の双方の機序を介して生じることが示唆された.このうち D2 受容体の chronic activationにより生じるアデニル酸シクラーゼ活性の増加は従来の神経細胞を用いた報告では Gi 蛋白を介する反応と考えられてきたが,気管平滑筋においてはむしろ Gq を介する反応であることが示唆された.これらの結果は,各ドーパミン受容体が,気管支喘息治療における全く新たな標的となることを示唆するものである.特にD1 受容体作動薬は著明な気管平滑筋弛緩作用を有するため,臨床応用が期待できる.一方,D2 受容体作動薬は長期的には気管平滑筋を弛緩させるものの,作動薬投与初期にはアデニル酸シクラーゼ活性の減少を介して気管平滑筋収縮をもたらすことから,D2 受容体作動薬投与初期における気管平滑筋収縮の問題の解決が臨床応用上のポイントとなりうる.

共同研究者

本研究の共同研究者は,Department of Anesthesiology, Columbia University College of Physicians & Surgeonsの Charles W. Emala, Yi Zhang, および Dingbang Xu である.   

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文 献

1) Mizuta, K., Gallos, G., Zhu, D., Mizuta, F., Goubaeva, F., Xu, D., Panettieri, R. A., Yang, J. & Emala,C. W. : Expression and coupling of neurokinin receptor subtypes to inositol phosphate and calciumsignaling pathways in human airway smooth muscle cells. Am. J. Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol.,294 : 523-534, 2008.

2) Mizuta, K., Xu, D., Pan, Y., Comas, G., Sonett, J. R., Zhang, Y., Panettieri, R. A., Yang, J. & Emala,C. W. : GABAA receptors are expressed and facilitate relaxation in airway smooth muscle. Am. J.Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol., 294 : 1206-1216, 2008.

3) Gallos, G., Gleason, N. R., Virag, L., Zhang, Y., Mizuta, K., Wittington, R. A. & Emala, C. W. :Endogenous γ-aminobutyric acid modulates tonic guinea pig airway tone and propofol-inducedairway smooth muscle relaxation. Anesthesiology, 110 : 748-758, 2009.

4) Mizuta, K., Osawa, Y., Mizuta, F., Xu, D. & Emala C. W. : Functional expression of GABAB receptorsin airway epithelium. Am. J. Respir. Cell Mol. Biol., 39 : 296-304, 2008.

5) Cabezas, G. A., Lezama, Y., Vidal, A. & Velasco, M. : Inhaled dopamine induces bronchodilatation inpatients with bronchial asthma. Int. J. Clin. Pharmacol. Ther., 37 : 510-513, 1999.

6) Peiser, C., Trevisani, M., Groneberg, D. A., Dinh, Q. T., Lencer, D., Amadesi, S., Maggiore, B., Harrison,S., Geppetti, P. & Fischer, A. : Dopamine type 2 receptor expression and function in rodent sensoryneurons projecting to the airways. Am. J. Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol., 289 : 153-158, 2005.

7) Birnbaumer, L., Abramowitz, J., & Brown, A. M. : Receptor-effector coupling by G proteins. Biochem.Biophys. Acta., 1031 : 163-224, 1990.

8) Watts, V. J. & Neve, K. A. : Sensitization of endogenous and recombinant adenylate cyclase byactivation of D2 dopamine receptors. Mol. Pharmacol., 50 : 966-976, 1996.

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