2.民間病院の再生 -全体最適を目指した病院- 東 …42...

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42 2.民間病院の再生 -全体最適を目指した病院- 東海大学 医学部基盤診療学系病院管理学 准教授 田中 豊 東海大学病院は、神奈川県の伊勢原市にあり、裏山が丹沢で、シカとかイノシシがでる ようなところにある。私は消化器外科の医者だが、1996年ぐらいに病院の経営が、累積で 150億円、単年度予算で36億円の赤字という状況になり、企画室次長(のちのリニューアル 推進部)として赤字解消計画をつくることからはじめて、病院の再生を担当することにな った。 大赤字の病院を立て直すことになったときに、私は医療をエンジニアリングだと思って おり、全体のパーツの最適化をしていかないとプロフィットは生まれてこないという考え 方を持っていた。そしてリニューアル推進部というところで、各パーツをコントロールし ていくことに取り組んだ。 体制は、私のほかに事務が2人だけ、プランニング部隊が多くても、かえってコントロ ールしにくいので、私が主に会議に出てコントロールし、事務方には法人本部に対して上 申書をつくるなどの作業をさせた。 一方、大学が元の学術会議の会長である黒川先生を招聘して、かなり激しい学部改革を やっていた。一番典型的なものに、専任教授会を解体して、講師以上が出る拡大教授会と いうのを教授会として位置づけたことがある。また、複数教授制の導入もある。診療に熱 心でない先生が教授になると、退官までその診療科は繁栄しなくなるのでもう一人教授を 選出できる体制である。 病院は、基本的には一般産業界と同じだが、1つだけ違うのは、入荷物が壊れ物で、仮 に壊れ物は治せなくてもお金はしっかりいただくという点である。家を建ててくれと言わ れて、建たなくてもお金をいただくには、プロセスがリーズナブルであるということが、 恨みを買わない上で非常に重要である。医療の現場では、タイム・セービングであること が最も価値のあるサービスだと思っている。 【検査システムの改革】 大赤字の病院の立て直しをやっていくには、いろいろな手順があったが、私どもは、と にかく血液検査が早く出る病院をつくることを一番最初の取掛かりにした。そのうちCT とか、MRIとか、胃カメラとか、他の患者検査も当然タイムリーにできるように持って いったが、経営改善といっても、当初は赤字で新たな投資ができない状況にあり、たばこ 拾いみたいなことやっていたわけである。結果的に、この血液検査のリエンジニアリング は非常に大きなトリガーとなったといえる。

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2.民間病院の再生

-全体最適を目指した病院-

東海大学 医学部基盤診療学系病院管理学 准教授

田中 豊

東海大学病院は、神奈川県の伊勢原市にあり、裏山が丹沢で、シカとかイノシシがでる

ようなところにある。私は消化器外科の医者だが、1996年ぐらいに病院の経営が、累積で

150億円、単年度予算で36億円の赤字という状況になり、企画室次長(のちのリニューアル

推進部)として赤字解消計画をつくることからはじめて、病院の再生を担当することにな

った。 大赤字の病院を立て直すことになったときに、私は医療をエンジニアリングだと思って

おり、全体のパーツの 適化をしていかないとプロフィットは生まれてこないという考え

方を持っていた。そしてリニューアル推進部というところで、各パーツをコントロールし

ていくことに取り組んだ。 体制は、私のほかに事務が2人だけ、プランニング部隊が多くても、かえってコントロ

ールしにくいので、私が主に会議に出てコントロールし、事務方には法人本部に対して上

申書をつくるなどの作業をさせた。 一方、大学が元の学術会議の会長である黒川先生を招聘して、かなり激しい学部改革を

やっていた。一番典型的なものに、専任教授会を解体して、講師以上が出る拡大教授会と

いうのを教授会として位置づけたことがある。また、複数教授制の導入もある。診療に熱

心でない先生が教授になると、退官までその診療科は繁栄しなくなるのでもう一人教授を

選出できる体制である。 病院は、基本的には一般産業界と同じだが、1つだけ違うのは、入荷物が壊れ物で、仮

に壊れ物は治せなくてもお金はしっかりいただくという点である。家を建ててくれと言わ

れて、建たなくてもお金をいただくには、プロセスがリーズナブルであるということが、

恨みを買わない上で非常に重要である。医療の現場では、タイム・セービングであること

が も価値のあるサービスだと思っている。 【検査システムの改革】 大赤字の病院の立て直しをやっていくには、いろいろな手順があったが、私どもは、と

にかく血液検査が早く出る病院をつくることを一番 初の取掛かりにした。そのうちCT

とか、MRIとか、胃カメラとか、他の患者検査も当然タイムリーにできるように持って

いったが、経営改善といっても、当初は赤字で新たな投資ができない状況にあり、たばこ

拾いみたいなことやっていたわけである。結果的に、この血液検査のリエンジニアリング

は非常に大きなトリガーとなったといえる。

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血液検査などの検査結果が早く出るということは、大きな意味がある。昔、検査入院と

いうものがあり、入院してから検査、検査でいつになっても治療が始まらないみたいな状

況があったわけだが、それを外来でやるようにする。後で述べるように、抗がん剤の治療

とか、手術も日帰り化していくようになる。そのベースになるのは、やはりあっと言う間

に検査結果を出すこと、診断がないところに治療はないわけで、これを高速化することが

すべての始まりである。 その結果、「検査入院」はなくなり、入院期間が短縮するのでその分だけ病棟をダウンサ

イジングできる。ダウンサイジングすると看護力に余力が出てくるので、それを手術とか、

ICUとか、外来に投入していって看護力を充実させ、結果として収入アップをねらって

いくわけである。 私は、新しい病院をつくるまでの間に国内の病院だけでも約250、今日まで約400の病院

を見て回っている。いろいろな病院の問題点を把握し、失敗のポイントを徹底的に排除し

ていく方向で検討すると、結局、機器や運用、情報システム、建築を一つの頭でコントロ

ールする必要があることが分かった。そして、病床数が1,133床の東海大学病院を、ゆっく

りダウンサイジングし、 後には804床まで絞り込んでいくことになった。 人口の高齢化もあり、集中治療室に対するニーズは非常に高まっている。現在、総病床

数の10%ぐらいが集中治療室になっているが、これはさらに高まると考えている。現在、

平均在院日数は11.3日、病棟稼働率は100%前後で推移している。外来診療単価はさほど高

くはないが、入院診療単価が非常に高くて、短い期間に濃密な治療をしていることを反映

している。 人員数は、看護師を1998年から2006年までの間に250名ほどに増員しているが、労働生

産性が高まっているので、人件費比率は42%ぐらいに抑えられている。病院は大体人件費

比率50%ぐらいが損益分岐点になっているわけで、これを大きく破るということが我々の

大きな目的でもあった。 入院期間が短くなり、全体の稼働率が上がることで、今日では日本で も収益性の高い

病院という評価をもらっている。 【経営改革の視点】 現在、病院は全体に建物が老朽化し、患者がいない、医者がいない、看護師がいない、

資金がないという状態で、伊関先生がいろいろ書いておられるように、沈没寸前の病院が

日本中に満ちあふれている。私どももこれを何とかしたいと思っている。 病院の開設者別に見ると、国とか公的機関、健保組合あるいは医療法人などいろいろあ

るが、私ども経営コンサルとしては、公的病院のほうが敷居は高いと思っていたが、意外

なことに公的病院から経営改善の依頼をもらうことが多い。公営病院の独法化の影響は大

きく、ストレートにお金について理解してくれる人が増えている。 私立病院の場合、トップが腰を上げるのに結構労力がかかり、「おまえなんかに言われた

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くない」ということで、必ずしも経済原理が通用しない場合がある。一方で、トップの了

解がとれると一気にいけるという面も持っている。 厚労省は、医療費抑制に小手先の対策を打っており、依然として医療の労働生産性を上

げるという概念が病院政策には欠如している。つまり、やりやすいところをちょっとさわ

ってみているという感じで、ビジネスの本質を変えるというアプローチにはなっていない。 図表2-16 的外れな経営悪化の原因と対策 コンサル系の方たちには大変失礼だが、医療コンサル系について問題点などを整理して

みると、そもそもクライアント側に危機感が非常に乏しいとか、物の考え方がタコつぼ的

であるとか、それから業務フローが非常に複雑で、どこについてアドバイザリーの要求を

していいのかよくわからないという、クライアント側の問題もあり、その結果、アドバイ

ザリーが、例えば薬や医材を安く仕入れるとか、限定的で小手先になっている。それから、

コンサルの方は実務経験がないというか、医療者でない人が圧倒的に多いわけで、相手の

心に刺さるものがうまく整理されていない。 自治体病院へのコンサルは、レポートの厚さを求めているようで、中身はどうでもいい

としか思えない場合が多く、自治体病院のアリバイ工作のためのコンサルティングが非常

に多くなっている。 私たちは、経営陣との信頼をつくり業務工程の全体 適化、つまり労働生産性を上げて

いくことと、それから実行することに大変重きを置いて考えている。 我々としては、一種のワンストップサービスというか、ある仕事を始めたら成果につな

がるところまで短期間でやってしまうということを大きなねらいとしているが、そこでは、

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予備調査というのを非常に重視している。 図表2-17 従来のコンサルティングと決別したPwC 図表2-18 現状分析・改善施策提案・実行支援まで一気通貫

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まだ正式な依頼ではないが、我々がかかわることになりそうだと思われる場合は、予備

調査を実施して、そこで施策の仮説をつくり、外部要因分析から入ってデータ分析に時間

をかけることはほどほどにして、問題点についてのデータだけを抽出して、むしろ試作化

と実行支援に力を置き、報告書はできるだけ明快単純なものにするという考え方で取り組

んでいる。 予備調査は、まず、対象となる病院周辺のフィールドワーク、競合病院調査が非常に重

要である。また対象病院の調査では、ディシジョンメーカーの有無とパーソナリティーを

的確に把握する必要がある。中にはディシジョンメーカーの不明確な病院もある。 公開情報としてのホームページやブログは深読みすると意外と重要な情報を読み取るこ

とができる。外来受診患者様の流れを示しているホームページもあれば、病院に来るには

絶対紹介状が必要で、何度も病院に来なければならない仕掛けになっており、診察の前に

検査をするという概念が特に欠如している病院もあることなどがわかってくる。 図表2-19 予備調査により、施策・実行支援を重視し効率化

例えば新潟県のある病院からアドバイザリーを依頼されると、私どもがやるのは、まず、

ほぼ全県の主要な病院を車で走り回って見学する。このケースでは1,450キロぐらい走った。

視察する各病院の概要は既にインターネットで調べておいて、1病院大体15分から20分ぐ

らいの見学で状況を把握する。 新潟県の場合長岡市を除いて、大きな病気になると新潟市に行かざるを得ない状態で、

交通条件とか、病院と病院同士の協力関係とかが、大きなポイントになっている。

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予備調査では、対象病院の中をよく歩いてみるということが重要である。特に、朝、外

来が始まる直前から直後までいると、この病院の業務設計はどうなっているのか、あるい

はどこがボトルネックになっているかが一目瞭然になる。よくわからないのは手術室と集

中治療室ぐらいである。 問題点が把握できた時点で、できるだけ短い本格調査を行い、どんどんと施策を実施し

ていく。その施策がヒットして成果が上がっているかどうかをモニタリングしながら、そ

こで、効果が十分上がっていないものについて手を入れていく方法をとっている。 多くの病院では、入院患者様を集めたいと思っているが、私どもは外来が病院の勝負を

決めると思っている。病院には、行こうかなと思ってから診察が終わって外来から帰るま

でに、色々なボトルネックが存在している。患者様やご家族にとってはスムーズに受診が

でき、その日に結果がでるので何度も通院しないで済む病院が理想的だが、この希望にこ

たえ病院を作るのには、大してお金がかからない。 図表2-20 外来診療のBottleneck 【外来の効率化】 多くの病院、特に地域支援病院とか地域中核病院とか言われる病院が、紹介型の病院と

称して非常に弱い外来になっている。すると、外来ですぐ診断がつかず、治療を外来で行

おうと思ってもスペースがどこにもない病院になってしまう。たくさん生まれた、このタ

イプの紹介型病院の将来は大変暗いものがある。 私どもの大学病院は、大きく分けて2つの特徴を持っている。1つは、飛び込みの患者

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様で紹介状のない人をウエルカムしていること。もう1つは、予約がある場合、特に検査

の予約がある時は先に検査に行くという流れになっていることである。 実際に、病院情報システムを導入している多くの病院をみると、本来いろいろな予約機

能を持っているにもかかわらず、極めて不十分な予約しかされていない。そのため、外来

患者様の流れに混乱が生じ、患者様に無駄な動きを強いている一方、外来受付に過大な負

担がかかるのを人員を増やすことで埋め合わせている姿がよく見られる。 東海大学では、再診患者様の診察検査予約が確実に入力されているので再診受付が必要

なく、再診患者様は直接診察室や検査室へ行って頂くようになっている。また、各科外来

や検査室に機械受付を設置して受付にかかわる人件費のコストダウンと時間の節約を図っ

ている。 血液検査をしたらどうも肝機能がおかしいから、すぐ超音波をやろうとかCTをやろう

とか言われて、ちょっと30分ほどお待ちいただきますという待ち時間は、患者様にとって

は意味のある待ち時間になる。つまり、診断がつくまで待っている意味がある。よく単純

に外来診察の待ち時間を短くしようというスローガンを挙げている病院があるが、それは

正解ではないと思っていて、何度も来ないで済む病院をつくることが重要だ。 【検査高速化の効果】 血液検査がもたらす影響を、外来と入院と分けてみると、ドミノ的にかなり意外なとこ

ろまで波及していることが分かる。外来では、患者様の待ち時間が少ない、何度も病院へ

来なくて済むなど、カスタマー・サティスファクションにつながっているが、次の一歩踏

み込んだ検査のトリガーも引いていて、迅速な治療にまで展開していく。 入院の場合では、例えば薬剤の変更指示が早くできると廃棄される薬の量が減り、合併

症や薬の副作用の診断が早くなるので治療結果が良くなり入院期間が短縮されるなど、い

ろいろと効果が得られるが、さらにスタッフの残業や満足度にまで影響し、人員の確保に

も欠かせないものになっている。 多くの病院で労働組合の影響もあるのか、勤務時間についての硬直的な制度が病院経営

の効率化の足を引っ張っている。一般に血液検査室の業務開始が午前8時30分なので、病

棟で早朝に採血した検体が放置され医師が病棟へ行っても検査結果を見ることができない

外来の玄関は6時に開くが採血が始まるのは8時半とか、至るところにタイムロスが生じ

ている。この辺のところは、勤務体制の変更も含めて対応していく必要がある。

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図表2-21 検体検査の高速化はReengineeringの原点 私どもの病院は、ドクターヘリコプターを飛ばしたりして、年間1万件くらいの救急搬

送に対応しているが、緊急患者こそ血液検査の結果が早くほしいところで、寝ない病院と

して、24時間、ほぼ30分で血液検査の結果を返している。外来でも同様のサービスをして

おり、「検査の結果はまた来週」とならない体制を作っている。 血液検査の30分報告を実現するために、臨床検査技師の夜勤体制や朝の早出をつくって、

夜勤で病棟から出てくる検査を行いながら、早朝出勤でマシンの能力を上げるためのセッ

トアップをして、朝の土石流のように押し寄せる外来検査の準備をしている。朝7時出と

いうのを5人のボランティアのスタッフが始めてくれたときがあるが、これは大変な労働

負荷で、現場から総スカンになるかと心配したが、実際には大人気になった。7時に出て

くると3時に帰れる。そうすると、堂々とウイークデーにバーゲンセールに行けるとか、

テニスができるとか、子どもと一緒に遊べるとか、非常に大人気の勤務時間帯になった。 CTとかMRIなどの大型診療機器は非常に高額で、検査料で大きな収益を上げること

が困難になっており、単位時間当たりの処理能力を上げるための工夫が必要である。 単位時間当たりの処理能力が低いために夜遅くまで検査をやる病院があるが、医師がい

ない時間帯にCTやMRIを撮ると、緊急の処置をしなければいけないような病気が写真

に写る場合があって、その写真を持っていること自体が裁判所に呼ばれる準備をしている

ようなものになる。 私どものように強い救急体制を持っているところはよいが、能力が夕方以降下がってし

まうような病院で、高額診療機器を夜遅くまで運転することは極めて危険なことである。

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一方、お年寄りが増えて、心臓とか肺の病気を持つ人が大変増えている。こういう患者

様のリスクをよく評価しないと、医療事故や合併症などを起こしやすくなる。そこで、生

理検査の重要性が増してきている。心電図・肺機能・超音波などの生理検査は開業医でも

できる検査であり、現在の診療報酬体系で収益性に優れている。 また、早期の胃がん・大腸がん・食道がんはファイバースコープで治せる時代になって

おり、収益性の高い技術になっている。 つまり、血液検査を 初のトリガーとして、CTやMRIなどの画像診断や内視鏡検査

なども含めて、当日できるような診療体系をつくっていくことが外来患者様の確保に必要

であるが、単純に機械を買えばいい話ではない。運用面で予約枠のつくり方とか、細かな

ノウハウがあり、台数は同じもニーズにこたえる運用体制をつくることは可能である。 下の図に示すように、従来、例えば患者様が3回来る必要があり、一定の収入が得られ

ていたとする。これを1回で結果の出る外来にしてしまうと、再診料とか初診料とか処方

せん料が減るが、一方で業務量も減るわけで、収入のダウンの割合と業務量のダウンの割

合をみると、業務量のダウンの割合のほうがはるかに大きい。つまり、検査を1回で済ます

ことによって、外来の収益性は画期的に高まることになる。 つまり、世の中的には極めて非常識とされているが、入院の収益性を上げるのは極めて

困難だが、外来の収益性を上げる努力は豊富にできるということである。 図表2-22 その日に結果の出る外来

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【情報システムの適切な活用】 情報システムについても、多くの病院で不適切な利用がされている。極端に言うと従来

のコストにIT投資が乗っかっただけという状態になっている病院が多い。つまり、シス

テム監査というよりは、病院のワークフローにおける情報システムや役割をアセスメント

して、その利用方法をリコメンドすることによって、画期的な業務改善を図ることができ

る。 いわゆる電子カルテと画像ネットワーク(PACS)を導入する前の1,000床規模の病院

の搬送用データをみると、カルテと伝票とフィルムで病院の総搬送量の65%から70%ぐら

いを占めている。情報システムを入れるということは、これらの情報搬送のコストをゼロ

にすることが目的である。また、各種伝票の存在も会計作業の簡素化の障害になっている

ため、伝票をなくす方法を検討する必要がある。現場の端末に医事会計ソフトをインスト

ールして、直接そこに会計情報を各部署で打ち込んでもらえ、会計伝票は100%消滅させる

ことができる。各部署で、打ち込まなければいけない項目数は恐ろしく少なく、現場の負

担は想像以上に小さい。 カルテとフィルムの搬送は絶え間なく行われているのではなく、一定の時間ごとにまと

めて搬送されており、そこに時間の損失が生じていると同時に、人件費にかかっている。 画像ネットワークについても大きな失敗がたくさん見られる。例えば、放射線部門のド

クターを中心に画像のシステムを組み上げるために、いろいろなところで発生する少ない

画像データの取り込みが漏れてしまう。PACSから漏れた画像をカルテに張りつけると

か、何らかの保存媒体が必要になって、結局、フィルムを入れる袋もカルテも残ってしま

っている病院が多い。整形外科や呼吸器内科がPACSの閲覧はフィルムでなければだめ

だと言い張っている病院もまだ多くみられる。 図表2-23 カルテ・フィルムの搬送がBottleneck

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私どもは朝8時から始まる外来をやっているが、他の病院のホームページを見ると、受

付開始時間は書いてあるが、診察開始時間の書いてある病院は、滅多に見たことがない。 つまり、医者の外来への遅刻が前提になっているわけで、私どもは医師別に何時ぐらい

に業務を始めているかというのを常に観測しており、実際、驚くほど早く始めている。 朝8時外来開始を設計したねらいは幾つかあるが、外来の受付時間別に診療単価をみる

と、10時30分までに受け付けた患者様の診療単価は高い。糖尿病の疑いがあるから食事抜

きで来て採血をしましょうとか、胃カメラをやるから朝ご飯抜きとか、中身のある診療を

する人は朝禁食の場合が多いわけである。ですから、午前中が長い病院のほうが濃密な診

療ができる。患者様も決着がつくし、病院ももうかるというのが理由1である。 理由2は、外来診療開始時刻を明示していない病院が多いが、朝9時から始まると言っ

て9時から始まっているところは見たことがない。ごくまじめな数人の先生が始めている

だけで、ほとんど9時半か、どうかすると10時ぐらいになる。そうするとすぐ昼食の時間

になるので、午後からの手術の開始・終了が遅れてしまい、手術が終わるまでほかのスタ

ッフが待機していて残業代が発生し、夜遅くなると検査室のデータも出ない。午前と午後

の区切りを明確にするために、お昼ご飯が通常勤務時間の真ん中に来るようにするのが望

ましく、朝8時から外来を始めるのが 適ということである。 このように電子化を進めて外来を充実させてみると、はたと気がつくのが外来看護師業

務とは何かという問題である。それでは従来の外来看護師は、何をやっているかというと、

医師が「おーい」と言うと「はーい」と言う仕事や、診察順にカルテやフィルムの並べる

仕事、外来患者を中待ち合いから診察室へ呼込む業務などをしている。これらの業務は看

護ライセンスに値する仕事とはとても思えないために、診察ブースの看護業務を医療事務

学校の卒業生に置きかえて、看護師には各科の診療内容に合わせたトリアージ・処置の解

除・指導業務・手術の説明などに当たってもらうことにした。このことにより外来診療の

クオリティーが上がり、患者様の満足度を上げるなど、さまざまな成果が上がっている。 ここまで述べてきたような政策を打っていくと、診察だけとか、診察と薬だけなどの中

身の薄い診療は影をひそめて、中身の濃い外来診療ができる外来ができ上がる。 【事務の効率化】 さて、わが国では入院医療に対してDPCという包括支払い方式が行われている。一方、

外来診療は出来高払いである。従来型、病院では何でもかんでも入院してからやろうとい

うスタイルで、外来は単なる窓口という意味合いだった。しかし、今や外来で検査を全部

やってしまうということで、病棟の役割は手術とか集中治療とか、高度医療をやるための

場所となっており、しかも手術は外来を用いた日帰り手術も一般的になってきている。 DPCでは従来の出来高払いであった、注射・投薬・血液検査・画像診断などを包括支

払の中に含んでいる。つまり包括に含まれたということは、収入になっているのではなく

て支出になっている。そこで、このDPCで包括になっているものを外来でやると、入院

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ではコストだったものが、外来での収入となるので、病院の収益性は画期的に改善する。 DPCが求める入院医療の外来化を進め収益構造を作り変えていくと、改めてコストダ

ウンのターゲットというのは、はっきりしてくる。それは、少ない人員で運用できる外来

を作り、外来の収益性を向上させることである。ここで言う「少ない人員」とは、事務系

とかサポートサービスなどの非ライセンスの人をいかに少なくするかということである。 例えば、私どもの場合、8時から外来をやっているが、7時55分にならないと外来の入

り口は開かないように設定してある。外来待合室の入り口をあけてしまうと患者様がみえ

てしまうので、受付の人を置かなければならない。開けなければ患者様は待合に入らない

ので、早い時刻から受付要員を配置する必要がない。 外来の受付の業務をみると、受付は人が行ったり来たりする場所で、非常に複雑な業務

をこなしている。銀行の受付機で単なる受付業務を機械化してしまうと、受付の業務は大

変簡素になる。 そして、電子カルテとかPACSによって、カルテとかフィルムをなくしてしまうと、

従来の受付業務の大半がなくなり、患者様の振り分けや予約変更・保険変更などの業務を

外来受付で行えるようになる。結果として医事計算・会計をする外来のフロントの業務が

大幅に削減できるという結果になる。私どもの病院には、外来の会計に待合のイスがない。

せいぜい5分で会計が済んでしまうので、そういうものがいらなくなっている。 多くの病院では会計その他の業務に非常に人件費・委託費がかかっている。日本の医療

制度が複雑だという考えの人も多いかと思うが、少なくとも料金請求については、日本で

はわずか10種類以下しか保険の種類がないが、アメリカでは大ざっぱに言って200種類、も

っと細かく言うと2万種類ぐらいある。つまりアメリカは当日会計などというものは絶対

に成り立たない国である。病院の建物の半分ぐらいは、バックヤードで保険者とネゴシエ

ーションをする人がいっぱいいる。 それに比べると日本の保険制度は比較的単純であり、もっと徹底的に医事会計業務を削

減することが可能だと考えられる。 私どもの病院では、患者様が退院するときに、その場でお金を払わない仕掛けにしてい

る。普通は、午前中に何とか一生懸命計算して、お金を払ってから帰ってもらうわけだが、

そのために莫大な当日会計のための人員を雇っているわけで、そういうことをする必要が

ないと思っている。 外来の人の流れをみると、病院のホールに再診受付機がありこれにカードを通したにも

かかわらず、なぜか各科の外来の受付に行って、血液検査があるからあっちへ行ってくだ

さいと言われ、帰ってくると、いや、CTがまだ済んでいないと言われて、何度も検査室

と各科外来受付の間を行ったり来たりさせられる。診察室に入るころには各科カルテと各

科フィルムが集められていて、診察室に入ると「おーい」と言うと「はーい」と言う看護

師が1対1でいて、先生方のコンピューターの操作が下手なのか代行入力者までくっつい

ている病院もある。医者の説明が不十分で、オーダーがどうも信用できないというので、

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また別室に招き入れられて、看護師がチェックしているというような病院がたくさんある。 要するに、医者に対するITの教育が足りないわけで、それをいかに上手にやるか、医

者のメンツをつぶさずにやるか、それも声の大きな先生ほど下手というのは大体一般的な

傾向である。検査のある方は直接検査室へ、検査が終わったら外来の受付へ、するとここ

へ来ると患者様が外来に戻られたということがわかって、血液検査のデータがそろったと

いうのがシステムで出れば、呼び込みもピンポンと機械で呼び込めるわけで、「おーい」と

言うと「はーい」と言う人はメディカルセキュレタリーに置きかえてしまって、3ブース

に1人程度にしてしまえる。一般的な病院の外来に投入している医者以外の人数は、東海

大学では他の病院の3分の1の人員で足りている。これが大きな収益性をもたらしている。 ところが、地方では、患者様が高齢化してきて、運動能力が低いとか、耳が遠いとか、

目が見えにくいとか、理解力が低下しているとか、そういうことで血液検査室に行ったき

り迷って帰ってこないとか、問診票を書こうと思っても書けないなどの問題があり、小さ

なブースを外来の待合室に設置して採血をしている病院もあり、実に痛々しい。 入院医療の外来化は急速に進んでおり、検査は外来、インフォームド・コンセントも外

来、治療も外来でとなって、病棟は小さくなる運命にある。外来では、日帰り手術・抗が

ん剤治療・放射線治療・心臓のカテーテル検査・大腸のポリープ切除など、ありとあらゆ

るものが可能になってきている。大ざっぱに言って、外来は入院に比べて原価が安い。な

ぜならば、24時間の看護体制や当直医が必要ないし、ご飯を出さなくて済む。ベッドメイ

キングもない。何の医療をやるかにより原価構造は違ってくるが、大ざっぱに言って、外

来の原価が入院よりも高いことはあり得ないわけで、入院医療の外来化は患者様の支払額

を削減し・国民医療費を節約し・先進的な病院には高い収益性を保証している、望ましい

仕組みなのである。 【ペーシェント・フロー・マネジメント】 この国は、財政破綻のために医療費の抑制に走っている。在院日数を短くすることと、

入院医療の外来化が二本柱になっていて、さらにアメリカの在院日数短縮競争から生まれ

たイノベーションがそれを加速しているため、病床数は減少して当然のはずだが、日本で

はなかなかそうならない。「病床は畑だ」とかいって、昔一床1,000万円ぐらいでブローカ

ーが取引していた伝統というものがまだ残っている。 私どもの場合は、原価率と在院日数の関係を見てみると、広い意味の手術を行う人がほ

ぼ在院日数と無関係に黒字の傾向にあることがわかったため、病床数を1133床から804床に

ダウンサイジングした。しかし、野放図に病棟をダウンサイジングすると、入院収入が減

少して人件費だけが残り、病院としては大赤字になってしまうため、やはり入院の待ち行

列ができている状態でないと無理であり、結局、外来の繁栄しない病院は入院も繁栄しな

いというところに戻る。 予定入院のときに、「入院手続を今日していってくださいね」と言われ、受付に行くと、

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特別室がいいですかとかいろいろ聞かれるが、どういうわけで入院するのかとか、この病

気についてどういう理解をしているのか、という話は余り聞かれない。 連絡先について聞くと、「いや、おれは今携帯を切られていて、おれのアパートの隣のや

つの携帯でいい?」という人がいたとする。こういう人は入院費の自己負担分のお金が払

えるわけがない。このような社会的なリスク、つまり未収金を発生させるリスクファクタ

ーは、実は看護師の記録をよく読んでみると、よく記録されている。患者様のリスクに気

づいていないのは我々のほうに問題がある。よって、未収金の検討をしているうちに、患

者様の情報というのはできるだけ早くキャッチして、社会資源を投入して解決できる問題

については解決しておいたほうが良いとわかってきた。 ペーシェント・フロー・マネジメント(PFM)は海外にはない言葉で、私どもが勝手

につくり出した当病院のオリジナルシステムである。 初に情報を得た段階で、リスクの

高い患者様にはソーシャルワーカーを投入するなど、いろいろな対応をする必要がある。 また、外来の医師は繁忙で、どたばたしているため、患者様の既往症、例えば心筋梗塞

をやって血が固まりにくくなる薬を飲んでいるとか、患者様の身体的なリスクアセスメン

トが十分できないまま入院指示を出している場合が多い。 医師が記入した入院指示票をPFMのオフィスにファックスすると、担当看護師は電子

カルテで患者様の予習を開始する。患者様がリピーターの場合は以前に医療的なトラブル

があったかどうか、個室を利用する人かなどの情報を調べておく。さらに電子カルテでは

心電図の結果などの検査結果を総合的に閲覧することができるので、そこで患者様の身体

的なリスクのアセスメントをする。その結果、この患者様は食道がんの手術どころではな

くて、心筋梗塞の治療をやらなければだめだとかいうことがわかると、担当看護師は主治

医に連絡して患者様を外来へ戻してしまう。 初は、何でナースがそんなことをやるのかなど、PFMに対する医師の批判が相次い

だが、今や東海大学の医者はPFMがいなければ夜も日も明けないという状態になった。 病棟をみると、ナース1号用紙の作成にあたり患者様からの情報を収集すること、看護

計画を立てることが非常に大きな業務量になっており、入院患者様一人当たり約150分を要

する作業である。この作業負担が1日に入院できる患者数を決定する要因になっている。

この2つの作業がPFMで処理されると、1日に入院できる患者数は著しく増え、当病院

では、ある病棟で1日に20人入院したことがあるほど画期的な変化を起こすことができる。 一方、十分な待ち患者様がいるのに、ベッドの稼働率が92%ぐらいのところに抵抗線が

あり、それ以上病棟稼働率が向上しない病院がたくさんある。その 大の原因は診療科別

の定床数という何か江戸時代みたいな領地制度で、古い大学の医局制度が残っている。こ

れを破壊して、混合病棟化するのが第一歩である。次に重要なのが、看護力が充実してい

ることである。 東海大学ではPFMがベッドコントロールの中心になっており、日中はPFM、夜は夜

勤師長がコントロールタワーになっている。ここに話をすれば、ベッドがあるのかないの

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か即座にわかるため緊急入院患者様のベッド探しに手間取ることはなく、大変便利である。

PFMのトップは看護師長であるが、入院予定患者のリストから各病棟の師長がネットオ

ークションみたいに、自分の病棟に明日入院させたい患者様のベッドをとっていき、残っ

た患者様をPFMのトップが割り振って、入院希望の患者様の入院する病棟を決めていく

ことになっている。午後の2時過ぎにはPFMの師長が病棟をラウンドして、マルサの女

みたいに隠しベッドを摘発し、緊急入院患者様を割り振っていく。この摘発により病棟師

長の腹芸は通用しなくなり、病棟間の不公平感を一掃でき、高い病棟稼働率が保障できる

ことになる。 病棟の稼働率向上にはPFMによるベッドコントロールに加えて、患者様の退院を朝の

早い時刻にすることと、入院の患者様を午前の遅い時刻または午後にすることが重要であ

る。このようなベッド利用を実現するには入院費用の後日会計・臨時薬剤のスムーズな取

り寄せ、迅速な病室の清掃とベッドメイキングが欠かせない。 日帰り手術で病棟を使うとすると、あらかじめベッドを複数個あけて準備をする必要が

あるが、結果として病棟の稼働率が落ちる現象が起こる。そこで病棟を使わない日帰り手

術を行ったほうが合理的であるが、患者様はいろいろなところに移動することになるため、

患者様の所在と準備・手術・リカバリーなどのステータスを院内で共有するシステムが必

要になる。 今や病棟稼働率の時代から在院日数の短縮の時代を超えて、入院医療の外来化の時代に

来ている。いずれにしても、今後先進的な施設では、日帰り、または短期入院の手術とい

うのが激戦区になることがわかっている。日帰りとか短期入院というのは、ソーシャルに

もメンタルにも安定している患者様で、支払うお金も持っている。むしろ手術に関する不

安とか、あるいはリスク、心臓病はあるかないかとか、そういったことのアセスメントが

重要である。患者様の不安解消には、看護師が患者様に「もうすぐ手術ですがちゃんと禁

煙していますか」とか、あるいは「家へ帰ってから調子が悪くないですか」とかという電

話訪問が有効である。 【手術はプロフィット・センター】 手術はプロフィット・センターであるが、儲けを上げていくための一般的な対策として、

日帰り手術、診療科ごとの手術日の調整、手術室のスループット向上、一足制の採用など

様々な施策があるといわれるが、手術室の中のことばかり考えている傾向がある。 手術をしてもらいたい患者様の確保が 優先であることが忘れられがちで、先に申し上

げたように外来の繁栄がすべてに優先する課題である。 また、外科系医師の待機時間が短く、どんどん手術ができる業務設計を行わなければな

らない。今、医師のライフスタイルというのはものすごく変わってきて、クオリティー・

オブ・マイライフを重視する傾向が顕著になっていて、早く仕事を終えて家でゆっくり楽

しみたいと思う医師が急速に増加している。外科医といえば夜遅くまで仕事をするのが当

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たり前だったのを、仕事の組み立てとして朝型人間に移行させることが重要である。 医師は伝統的に縄張り意識が強く、病棟・診療機器・手術室などを自分の診療科の専用

だと主張する傾向が強いため、診療機器や手術室があくまで自分たちが無駄に待機を強い

られ、生活の質を低下させているのだと気づく病院はいまだに少ない。 手術室はどの診療科の手術でもできるものであれば、医師の待機時間は画期的に短縮で

きるのだが、残念ながら手術室については建築的な要素が大き過ぎて新築の案件でないと

どの診療科でも使用できる手術室を作るのは無理でお話にならない。次に手術の待機時間

を短縮する方法として、手術の準備と後片付けに要する時間の短縮が叫ばれているが、手

術時間そのものを短くしないと、手術の前後を短くしても意味がない。私どもは手術進捗

管理システムを使って、術者は誰で、どういう病気のどのような手術をやっているかにつ

いて、院内のだれもが知ることができるようにしている。手術の進捗を衆人環視の中に置

くと、どの医師の手術に遅刻しているとか、誰が下手かなどが誰にでもわかるようになり、

手術時間も自然に短縮するようになることを経験している。この手術進捗管理システムは、

受験競争を勝ち抜いてきた医者たちを説得するのに一番よい方法である。 手術室を過度に清潔空間だとかいわないで、いろいろな人がどんどん出入りできる一足

制を採用したほうが便利でよい。手術室に自分の靴で入ってよいことにすると、自分の靴

が汚れるのが嫌なので、手術室を汚さなくなり、掃除にかかる時間も短くて済む。ベッド

でそのまま入れるのでお迎えがすぐ来るとか、山ほどメリットが出てくる。効率化とは、

発想の転換とこうした工夫の積み重ねである。

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(補)病院のM&A

株式会社 レコフデータ 部長

吉冨 優子

病院のM&Aが公表されるケースは、これまで非常に少なく、ほとんど実態がつかめて

いないのが現状である。 私どもは、3万件のM&Aデータを持っているが、そのうち病院関連のM&Aはここに

示した18件のみで、95年以前はまず1件も出ていない(公表されていない)。2003年ぐらい

からようやく毎年連続して案件が公表される状況になっている。 ただし、いわゆるデータベースということでは、今年はまだ1件も掌握はしていない。

ただ、M&Aの仲介やアドバイザーである株式会社レコフの病院担当者に聞くと、ヒアリ

ングベースでは確実に増加しているようである。その担当者が把握しているだけでも十数

件あるという。ただ、病院経営ということでステークホルダーが多い、理事長をはじめ、

理事、それから当然、病院の先生、看護師といろいろな人がかかわるので、その病院がM

&Aで売買される等々の情報をオープンにしづらいという背景があるとみられる。 それから、経営者のほとんどは医者で、プライドが高く、売買の情報をオープンにして

ほしくないという要望もある。ただ、実態的には、M&Aの件数は確実にふえているよう

だ。 図表2-24 病院のM&A 判明件数の推移

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M&Aが増える背景としては、病院の経営環境が悪化しており、2007年の病院倒産件数

は18件あり、5年前の3倍ぐらいに増えている。また、廃院だけでなくランクを下げて19床以下の診療所に変更するなど、病院としての数自体が減っている。競争も激しくなり、

診療報酬、薬価等の改定で収益が悪化していることも吸収合併・廃院の背景にある。 それから、経営の担い手がごく一部を除いて医者ということで、事業会社の経営として

のノウハウを持っていないことがあり、経営ノウハウを持っているグループの傘下に入る

という方向性が 近は多いようだ。 また、各種病院ランキングなどが一般化してきて、病院を選別する患者の目が非常に厳

しくなり、いい病院とそうでない病院の格差がはっきりしてきたこともある。 さらに、病院の数は減ってきているとはいえ、まだ全体では過剰と言われている。事業

を展開するときに、新しい病院を開設することは極めて難しく、既存の病院を取得する方

が一番の早道であるということもM&Aの増加につながっている。加えて、経営者がこれま

ではM&Aには抵抗感があったが、それが少しずつ薄れてきていることもある。 事例を載せている4件は2007年以降に公表されたもので、1つ目は、社団医療法人同士

のM&Aで、社団医療法人啓愛会が同じく医療法人の恵生会を合併して、その恵生会が運

営している孝仁病院を引き継いでいる。啓愛会が運営する医療機関は合計7施設となった。

啓愛会などのようなグループ化が、 近は増えており、地域広域化ということで、周辺地

域の病院を傘下におさめていくのが 近の傾向である。 2番目が、北斗循環器科病院で、これは自己破産をして、債権者主導で再生中の病院を

日本 大の徳洲会が吸収合併している。日本 大のグループといっても、今この徳洲会が

運営しているのは66病院で、これは病院の中の1パーセントにも満たない。この事例では、

札幌の徳洲会病院が患者とカルテ、病床権を引き継いでいるが、土地建物は引き継がなか

ったようである。 3番目は市民病院同士の合併で、掛川市立総合病院と袋井市民病院の事例である。 これは、市をまたいでいる極めてめずらしい事例であるが、両病院とも建物が老朽化し

ており、同じ病院をつくるのであれば、経営の効率化で1つになって新しいものをつくり

ましょうということで合併したようで、2012年のオープンである。 4番目がJA栃木厚生連塩谷総合病院で、これは国際医療福祉大学が4月1日付でこの

病院の事業を譲り受けている。取得金額の半分以上は、栃木県と周辺4市町村が公費で負

担したということになっている。休止状態の救急医療体制を段階的に整備拡充して、地域

の医療体制を整備しようということである。 M&Aが増えているのは、病院経営が疲弊していることだけではなく、例えば、高度な

医療機器を持つ高機能病院の展開、全国から患者を集める専門病院の設立、あるいは逆に

地域に根ざして、病院が周辺の福祉、介護機能を取得して完結型の病院をつくるというよ

うな新しい病院経営の動きにもつながっている。

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図表2-25 近の病院M&A事例