第3節 職業教育及び生涯学習における情報教育 第3 第3節 職業教育

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図 1 知的障害者用マニュアル「仕事とパソコン」 69 3 3 3 3 3 節 職業教育及び生涯学習における情報教育 3 職業教育及び生涯学習における情報教育 職業教育及び生涯学習における情報教育 1. 知的障害養護学校の職業教育における配慮点 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領の知的障害養護学校高等部の職業に関する各教科・ 科目の項の中にも情報機器の使用についての記述があります。たとえば,普通教科「職業」では その目標を「勤労の意義について理解するとともに,職業生活に必要な能力を高め,実践的な態 度を育てる。」とし,1段階には「(7)職場で使われる機械や情報機器等の簡単な操作をす る。」,2段階には「(7)職場で使われる機械や情報機器等の操作をする。」と記しています。 専門教育に関する各教科ではより具体的な記述があります。たとえば,家政では「(3)生活 に関連する職業で使用する各種の器具や機械,コンピュータなどの操作に必要な知識と技術を習 得し,安全に実習をする。」,農業では「(3)農機具や簡単な機械,コンピュータなどの操作に 必要な知識と技術を習得し,安全に実習をする。」,工業では「(3)各種の工具や機械,コン ピュータなどの操作に必要な知識と技術を習得し,安全に実習をする。」,流通・サービスでは 「(3)コンピュータなどの事務機器,機械や道具の操作に必要な知識と技術を習得し,安全に 実習をする。」と,各業務の分野におけるコンピュータ等情報機器の活用について学ぶことが書 かれています。 前述の新「情報教育の手引」においても「職業教育における課題として簡単な入力作業や機器の コントロール,OA機器の操作などを教えることにも大きな意義がある。」と述べられています。 さて,職業教育として「情報」について学習する上で,生徒がこれまで慣れ親しんできた「個 人の楽しみとしてコンピュータを使うこと」に加えて 「仕事でコンピュータを使うこと」を学ぶ必要がで てきます。「仕事」としてコンピュータを使うために は,「仕事のルール」があり,それに従って使用する ことで,円滑な業務が可能になります。この場合, 「コンピュータを使った豊かな表現力」より「迅速 で正確なデータ処理」が必要とされます。職業教育 として「情報」カリキュラムを実施している学校で は生徒にパソコン検定受験を勧め資格習得をめざし ている学校もあります。コンピュータ等情報器機の 一般普及が進んだ現在では,パソコン検定の初級合 格のレベルでは必ずしも就職に有利とはいえないで すが,合格を目標とした系統的な学習を通してコン ピュータの基本的な操作を正確に行うことができる ようになり,それが職場でコンピュータを「仕事の 道具」として活用する態度の育成につながれば,就労 1 1 )知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点 )知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点 )知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点

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図 1 知的障害者用マニュアル「仕事とパソコン」

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第3節 職業教育及び生涯学習における情報教育第第第3第333節 職業教育及び生涯学習における情報教育3節節 職業教育及び生涯学習における情報教育節 職業教育及び生涯学習における情報教育

1. 知的障害養護学校の職業教育における配慮点

 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領の知的障害養護学校高等部の職業に関する各教科・

科目の項の中にも情報機器の使用についての記述があります。たとえば,普通教科「職業」では

その目標を「勤労の意義について理解するとともに,職業生活に必要な能力を高め,実践的な態

度を育てる。」とし,1段階には「(7)職場で使われる機械や情報機器等の簡単な操作をす

る。」,2段階には「(7)職場で使われる機械や情報機器等の操作をする。」と記しています。

 専門教育に関する各教科ではより具体的な記述があります。たとえば,家政では「(3)生活

に関連する職業で使用する各種の器具や機械,コンピュータなどの操作に必要な知識と技術を習

得し,安全に実習をする。」,農業では「(3)農機具や簡単な機械,コンピュータなどの操作に

必要な知識と技術を習得し,安全に実習をする。」,工業では「(3)各種の工具や機械,コン

ピュータなどの操作に必要な知識と技術を習得し,安全に実習をする。」,流通・サービスでは

「(3)コンピュータなどの事務機器,機械や道具の操作に必要な知識と技術を習得し,安全に

実習をする。」と,各業務の分野におけるコンピュータ等情報機器の活用について学ぶことが書

かれています。

 前述の新「情報教育の手引」においても「職業教育における課題として簡単な入力作業や機器の

コントロール,OA機器の操作などを教えることにも大きな意義がある。」と述べられています。

 さて,職業教育として「情報」について学習する上で,生徒がこれまで慣れ親しんできた「個

人の楽しみとしてコンピュータを使うこと」に加えて

「仕事でコンピュータを使うこと」を学ぶ必要がで

てきます。「仕事」としてコンピュータを使うために

は,「仕事のルール」があり,それに従って使用する

ことで,円滑な業務が可能になります。この場合,

「コンピュータを使った豊かな表現力」より「迅速

で正確なデータ処理」が必要とされます。職業教育

として「情報」カリキュラムを実施している学校で

は生徒にパソコン検定受験を勧め資格習得をめざし

ている学校もあります。コンピュータ等情報器機の

一般普及が進んだ現在では,パソコン検定の初級合

格のレベルでは必ずしも就職に有利とはいえないで

すが,合格を目標とした系統的な学習を通してコン

ピュータの基本的な操作を正確に行うことができる

ようになり,それが職場でコンピュータを「仕事の

道具」として活用する態度の育成につながれば,就労

(((111)知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点)知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点)知的障害養護学校の職業教育及び生涯学習における配慮点

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に役立つと考えられます。

 また,職域拡大の観点からも知的障害者がコンピュータ等を活用した業務に従事できるように

ことは有益です。一部の企業では特例子会社を設置し,社員名簿や名刺の作成,ユーザーはがき

等各種データ入力業務を行うところもあります。知的障害者も手順を整理し,わかりやすい作業

を用意することで,事務仕事も容易にできるようになります。

 障害者職業総合センターでは知的障害者の職場におけるパソコン利用を支援するためのマニュ

アル「仕事とパソコン」を開発・発行しています。このマニュアルは「仕事」としてコンピュー

タを使う観点から作成されており,職業教育に活用されています。

2. 知的障害養護学校の生涯学習における配慮点

 コンピュータ等情報器機は「生活の道具」として一般社会に浸透してきました。たとえば,携

帯電話は高機能化し,従来の電話の機能だけでなく,コンピュータとしての機能が盛り込まれて

います。「携帯電話の使用」を課題にあげる学校も少なくありません。私たちが生活していく上

で何らかの形で情報器機を利用することになりますが,便利さとは裏腹に使いすぎによる高額の

使用料請求,不特定多数に送られる詐欺メールや誘惑メールなど様々な危険もはらんでいます。

高度情報通信ネットワーク時代における生きる力として携帯電話やコンピュータ等の情報器機と

どうつきあっていくかを学ぶことは大きな課題です。

 コンピュータはほぼ5年周期で新しいOSが発表され,その操作も大きく変わってきました。

学校で学んだ操作も,すぐに古くなってしまいます。同時に情報器機を悪用した犯罪も巧妙化し,

様々な危険も生じてきました。生涯学習の場においても新たな機能や問題について学ぶ機会を用

意することが必要でしょう。知的障害養護学校の青年学級や,地域の生涯学習の場においてもこ

ういった内容が取り扱われることが期待されます。

 また,キャッシュカードやクレジットカード等の電子マネーも普及し,多様な「金銭」の形態

が利用されるようになりました。卒業後,一般就労した生徒は,ごく普通に携帯電話を持ち,給

料は銀行振り込み,キャッシュカードでおろして使うようになっているでしょう。電話代や電気

代など様々な支払いはコンビニを利用し,高額な買い物はクレジットカードで分割払いをするこ

ともあるでしょう。これらの金銭の収支を管理することは知的障害のある生徒にとって容易なこ

とではありません。電子マネー等については従来の学校教育でも行われてきた「お金の使い方」

を適用するのがよいでしょう。以前から,レシート等をノートに貼り,自分が使ったお金を管理

する習慣をつける学習が行われてきました。クレジットカード等電子マネーも必ず使用を表す書

類がもらえます。これらをチェックし記録する習慣をつけることで,様々な形態の金銭の使用に

対応できるようなるでしょう。自分で使用できるコンピュータがあるのならば,表計算ソフト等

で管理するのもいいでしょう。毎月の収支をチェックすることで,長期にわたっての金銭管理が

できるようになります。こういった習慣は「友達のいいところを見習おう」という場を設けるこ

とで,普及が期待されます。保護者も含めた青年学級の場で取り扱われるといいでしょう。

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事 務 販 売      通 信 技能工等      その他  合 計卒業年度

分 類

東京都教育庁指導部調べ:分類も原資料のまま

平成13年度

平成14年度

平成15年度

4

7

10

25

23

25

1

2

1

8

0

4

15

23

23

116

128

115

45

28

46

214

211

224

農林・農林・ 漁業   漁業

サービスサービス職業  職業

71

1.就業支援という視点

 東京都立南大沢学園養護学校高等部産業技術科は軽度知的障害の生徒に職業自立を目指す教育

を行う学科ですが,平成8年の開校時から,ワープロソフトの操作指導を行ってきました。企業

就労には基礎的な情報処理能力が役立つと考えてのことでした。それから7年がたち,知的障害

者の事務系職種への就業がクローズアップされてきました。それに伴い情報処理能力に関するス

キルアップが注目を浴びています。この動きは,特に首都圏において顕著です。本稿では,南大

沢学園養護学校産業技術科での教科「情報」の指導内容の一端を紹介し,企業就労を円滑にする

ための知的障害者への「情報」指導について整理してみたいと思います。

 障害者の企業就労を促進するために,企業には障害者の法定雇用率が定められています。知的

障害者の雇用に適した現業部門をもたない企業では,従来は雇用納付金を支払うことによってこ

の障害者雇用義務を免れてきました。しかしここ数年,企業の社会貢献(CSR: Corporate Social

Responsibility)という面が重視されるようになり,企業の側から障害者雇用の可能性を探る動

きが出てきました。その際,特に人事担当者から目の届きやすい,事務部門での雇用がまず検討

されています。また,特例子会社についても,設立の条件が緩和されたこともあり,知的障害の

ある人を特例子会社に雇用したい,そのうえで特例子会社に事務関係の補助的作業を委託した

い,という希望も増えています。外資系企業の場合には,法令上特例子会社を設立することがで

きないため,直接事務部門で知的障害者を雇用できないかどうか,企業の側から養護学校へ協力

の依頼が投げかけられるようになってきています。

 毎年7月に東京都教育庁がまとめている公立学校統計調査の進路状況調査編によると,都立知

的障害養護学校を卒業して企業就労した方々の中では14年度に7名,15年度は10名の方が事務系

の職業に就労したとのことです(表1)。まだまだサービス業への就業者数が大多数を占めては

いますが,今後の就業先の変化を予感させるものがあります。

(http://www.kyouiku.metro.tokyo.jp/toukei/toukei.html)

(((222)職業教育と「情報」)職業教育と「情報」)職業教育と「情報」

表1 都立知的障害養護学校高等部卒業者の職業別就業者数

-東京都立南大沢学園養護学校における実践事例--東京都立南大沢学園養護学校における実践事例-東京都立南大沢学園養護学校における実践事例東京都立南大沢学園養護学校における実践事例南大沢学園養護学校における実践事例-東京都立南大沢学園養護学校における実践事例-

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 南大沢学園養護学校産業技術科は開設以来7回,112名の卒業生を送り出していますが,現在

確認できたところでは5名の卒業生が事務系の作業に従事しています。5名の職種は,医薬品製

造卸2名,運送業2名,電機メーカー特例子会社1名です。業務としては,

・総務部で文書作成を含む補助的作業

・経理部で全国営業所から集まる支出伝票の集計と表計算ソフト入力

・配送伝票の番号(半角英数字)を入出庫管理ソフトで入力(2名)

・親会社・関連会社からの発送品のあて先・伝票番号をコンピュータで入力

などに従事しています。そのほか,事務系職種と呼ばれる仕事には多様なものがありますが,

「メール作業」と言われる社内でのメールの仕分けと配達,および「ファイリング」と言われる

新聞や雑誌等で企業の製品名や企業活動に関わるキーワードが含まれる記事を切り抜いて保存す

る作業,などが代表的な作業とされています。

 週1コマのワープロソフト指導として始まった南大沢学園養護学校産業技術科での情報処理の

指導は,現在は教科「情報」として週2コマの授業で行われています。教育委員会への届け出で

は平成15年度から教科として扱われていますが,校内では平成12年度から教科としての扱いを開

始しました。教科のねらいとしては,

1 職業生活に必要なワープロソフト,表計算ソフトの基本的な利用方法の習得をはかる

2 コンピュータなどを利用した情報の収集・処理・発信について,必要な知識・技能・態度

   の習得をはかる

の二本立てとしています。

 産業技術科は卒業後に企業就労を目指す知的障害のある人たちが,都内全域から選抜されて入

学している学科です。大部分の生徒が心障学級からの進学者ですが,一部に普通学級からの進学

者も含まれます。応募倍率としては,学年16名の定員に対して,例年ほぼ3倍程度で推移してい

ます。毎年定員を満たすよう入学者を決めているため,入学年度によって生徒の様子はかなり異

なっています。おおむね7割以上の生徒が,中学校までにコンピュータを使った学習を経験して

きています。大部分の生徒がローマ字を学習したことがあり,高等部入学後に復習することによ

ってローマ字入力ができるようになります。7割程度の生徒が携帯電話を持っており,その半数

以上の生徒が日常的に電子メールの送受信を行っています。自宅に自由に使用できるコンピュー

タのある生徒は少なく,有る生徒と無い生徒とではコンピュータ操作の習熟度にはかなりの差が

あります。

 本稿では職業教育がテーマですので,ねらいの1にしぼって話を進めます。ねらいの2に関し

ては別の機会に発表したもの(平澤,2002)がありますので,そちらをご参照ください。職業学

科での指導ですので,企業での利用環境を念頭において指導計画を立てています。

 生徒がコンピュータを利用する際には,ユーザー名とパスワードを入力しユーザー認証を受け,

許可されたフォルダに許可された方法でアクセスする,というクライアント=サーバ型のネット

ワーク環境です。そのほか,作業環境を整えるということで,正しい作業姿勢をとりデータホル

ダーを使用する,休憩時間には目をしっかり休める,コンピュータなどの機器は共有物であり私

物ではないので,おたがいに気持ちよく使えるためにはどのようなマナーが必要か考える,等々

です。

Page 5: 第3節 職業教育及び生涯学習における情報教育 第3 第3節 職業教育

図1 ワープロ検定模擬問題の入力

73

2.ワープロソフトの指導

(1)検定模擬問題の入力練習

 ワープロの指導については,「履歴書に記入できる資格を取得しよう」をキャッチフレーズに,

全国商業高等学校協会のワープロ実務検定4級取得をひとつの目安として指導しています。この

ワープロ実務検定4級の試験と

いうのは,入力速度問題と文書

作成問題の2つが出題されま

す。入力速度問題では,10分間

で200文字の原稿を正確に入力

できること,文書作成問題では,

1ページ20行程度のビジネス文

書を15分間で正確に作成できる

ことが要件です。入力速度は生

徒によってかなりのばらつきが

あり,1年生のあいだに4級の

水準をクリアしてしまう生徒もいます。この上の級となりますと,3級では300文字,2級で500

文字,1級では800文字となっています。一方で,3年間では4級の水準に達しない生徒も少な

からずいますので,それぞれの段階に応じた目標設定の必要が生じてきます。そこで,校内では

4級の下に等級を30字刻みで独自に拡張し,「校内ワープロ検定」と名付けて毎学期末に校内独

自の検定を行っています。30字刻みといいますのは,4級の問題文が210文字の文章で出題され

ますので,180文字を正確に打てれば5級,150文字で6級,120文字で7級,90文字8級,60文

字9級,30文字10級と定めています。

 校内検定では文書作成の問題は設定してはいないのですが,卒業後に就業先でワープロソフト

を利用して作成する文書は圧倒的にビジネス文書ですから,ビジネス文書の一般的な書式,たと

えば日付・あて先・発信者名・タイトル・本文などの位置,スタイルなどについての知識を整理

しながら,実際に文書を作る学習に取り組んでもらっています。この過程では,印刷原稿だけで

なく手書き原稿を入力する練習,入力後に文書をみずから画面上で点検する練習,印刷して点検

する練習や,提出した印刷物を修正するための基本的な校正記号の意味なども指導しています。

(2)読めない漢字を入力するための工夫

 以上がワープロソフト指導の主な内容ですが,知的障害の方々ですので,漢字の入力がスムー

ズにいかないという問題があります。大人だったら簡単に読めるような字が,「読めない=入力

できない」ということです。ところがコンピュータというのは便利にできていまして,漢字をよ

く知らなくても,求める字を画面上に出すことさえできれば大丈夫という道具です。そこで,以

下のような指導を心がけています。

 まず,原稿は読むな,と言っています。「読むな」という言い方は極端に聞こえますが,原稿

を全部理解できなくてもかまわない,という趣旨です。とにかく原稿と同じ文字を画面上に出す

ということを最優先で考えます。読めなくてもいい,画面に出すことが大事というと,国語の先

生からはおしかりを受けそうですが,要は従来の教科指導とはちがう視点に立つことが大事とい

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表2 校内ワープロ検定級別人数

2004年度3学期末現在

1級

2級

3級

4級

5級

6級

7級

8級

9級

10級

合計

1

2

4

2

1

3

1

1

15

5

4

2

2

1

14

2

3

6

2

1

1

1

16

0

2

4

13

10

5

4

3

2

2

45

1年 2年 3年 合計

74

うことです。文章の入力時に,読めない字はどんどん飛ばして入力します。たとえば4級問題

210文字では,おおよそ半数はひらがなで占められています。ですから,読めない漢字は飛ばし

てでもひらがなを追って文章末まで入力し,時間が余っていれば振り返って,読めなかった字を

画面上に出す工夫をします。もちろん同じ漢字であれば,別の読み方をしてでも画面に出せさえ

すればよいということなので,いろんな工夫を勧めています。たとえば「塗装」という熟語を

「とそう」という「読み」で入力することができなくても,あきらめてはいけません。「塗」は

木工の授業で習った「塗料」の「塗」だと気付けば,「塗料」と画面に出力してから,「料」を

消してやればいい,「装」は「装置」と打てば入力できる,そんな工夫で結果として「塗装」が

入力できていれば大丈夫です。

 漢字には部首と旁から成り立っている字があり,旁が独立した漢字の場合,字の音読みが漢字

全体の音読みと同一であるという例が多くあります。これは中国後漢の許慎がその著書『説文解

字』で説いた漢字の成り立ち6通りのうちの一つ,形声という仕組みによるものです。形が部首,

声が旁に相当するので,声が同じならば音が同じなわけです。たとえば「標」という字の場合に,

「きへん」に「票」と書くわけですが,旁にあたる票の字の音がそのまま標の字の音になってい

ます。ですから,「標準」という熟語を「ひょうじゅん」と読むことができなくても,「標」を

「ヒョウ」と読むことがわかれば,「ヒョウ」の変換候補の中から「標」を探し出すことはでき

るでしょう。「準」は「準備」と打てば画面に出せるでしょう。同様に,「楽譜」の「譜」とい

う字も「普通」の「普」が「フ」と読めれば,「譜」も読めるということになるのです。

 それでも歯が立たなければ,最後はIMEパッドの手書きアプレットを活用します。字が読め

ず,部首や旁がわからなくても,とにかくマウスを使って漢字の字形をなぞることができれば,

求める字に近いかたちの変換候補を提示してくれます。その中から選べば求める漢字を画面に出

してくれますので,かなり時間はかかりますが,まったく読めない漢字でも,確実に画面に出す

ことのできる仕組みです。ここまでできれば,もはや

画面に出せない字はありません。

(3)支援の手立て

 先に学期末ごとに校内ワープロ検定を行っていると

記しました。昨年度3学期末の,各学年の級別の分布

状況によると,かなり習熟している人が多く,2級相当

の人もふたりいました(表2)。2級相当ということ

は,10分間で500文字しっかり打てるということです。

1級の800文字にチャレンジはしたけれど,そのライ

ンには届かなかったというレベルです。一方で10級の

人が1年と2年にひとりずついます。ひとりは五十音

表が頭に入っていないという人です。この人は,五十

音表を見ながら入力作業を行ってもよいということに

しています。先ほどから「ローマ字入力」が前提のよ

うに話を進めてきてしまっていますが,それは記号な

どの入力時に「ローマ字入力」に慣れていた方が有利

だろうという予想のもとに「ローマ字入力」を勧めて

つくり

つくり

つくり

せい

けいせい

せい

けい

Page 7: 第3節 職業教育及び生涯学習における情報教育 第3 第3節 職業教育

ワープロ検定練習結果

75

いるわけで,必ずしも「ローマ字入力」を強制しているわけではありません。中学校までの段階

で「かな入力」しか経験がない,という人もいます。1年生の段階では「ローマ字入力」にチャ

レンジしてもらいますけれども,1年間やってみてどうしても「ローマ字入力」がしっくりこない

という人には,それでは「かな入力」でやりなさいと柔軟に対応するようにしています。また,

時間はかかるんだけれども自分は「ローマ字入力」にこだわりたいという人もいますので,そう

いう人には,「じゃあ,ローマ字表を見ながらがんばりなさい」と指導していますし,必要に応

じて放課後個別にローマ字の指導をしたりするようなこともあります。

 ほかに入力が困難な例として,漢字の読みとりにつまづく生徒がいます。ひらがなは読めるけ

れども,漢字が出てくると認知的に受け付けなくなってしまう。比喩的に表現すると,漢字が視

野に入ってこないという様子です。できるだけひらがなだけを拾って最後まで入力するよう助言

しています。また,上下左右の認知が曖昧で,キーボードの位置が頭に入らないという生徒がい

ます。これに対しては,JISキーボードではなくてひらがなキーボードを提案しています。この

ように一人一人への対応は様々です。ワープロ入力の速度だけが評価対象ではありません。今で

きていることを伸ばすように心掛けたいと思っています。

 2年生,3年生になると,表計算ソフトの基本的な利用方法についても指導を行っています。

ワープロの入力速度問題は授業のたびに10分間の練習を行っていますが,入力できた文字数を各

自表計算ソフトの表に入力しています。そしてグラフ化し,自分の力の伸び具合が視覚的にわか

るようにしています。さらに,校外学習等では交通費,食事代,おみやげなどの購入費用を小遣

い帳に作成していて,事後学習の一環として表計算ソフトのワークシートに入力しています。そ

れから修学旅行のおみやげ買いのシミュレーション学習にも活用しています。修学旅行に行く際

には事前に入念な事前学習をして,その時に目的地周辺の名産品とかおみやげ品とかを生徒があ

らかじめ調べますが,授業ではたとえば4日間で1万円のお小遣いを持って行ったとして,名産

品やおみやげを買ったとすると,いくら使って残金はいくらになるのか,ということを表計算ソ

フト上で仮想の買い物をしてみます。その際に,4日間の残金をもっとも残さず使い切るために

は何が買えるのか,何はあきらめなければならないのか,などと表計算ソフト上でシミュレーシ

ョンさせてみると,生徒たちはおもしろがって授業に臨みました。身近な数字等について,いろ

んな題材を見つけて表計算の学習に利用できるといいと思います。

 上のグラフは現在私が受け持っている2年生の入学以来の入力速度練習の記録です。1年次は

機器操作とキーボードへの習熟,ローマ字の復習などを中心に指導しておりましたので,まだ

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サンプル数が少ないのですが,同じ生徒でも漢字の難易によって入力できる文字数にもかなり差

が生じています。一時期200文字から飛躍的に伸びているのは,それまで全員4級の問題を入力

していたのを,10分間210文字のレベルはクリアしてしまった生徒が現れ始めましたので,そう

した生徒には3級の問題を与えたところ,3級の上限まで近づいた,一人はさらに2級問題の域

まで到達している,というところです。一方でかなり低迷している生徒もいますが,こちらはロ

ーマ字の五十音表が定着していない生徒で,放課後にローマ字に関して週一回の個別の指導を行

っています。

3.今後の課題

 最後に,今後の課題について記します。できるだけ企業内での使用を見越した指導を心がけて

いますが,そのことは企業での利用形態の模倣を意味するわけではありません。細かい作業内容

は企業や職場ごとに異なるため,職場の利用実態についての情報を集めながら,全体指導に生か

せるよう精選していく努力が必要です。

 指導環境の整備と授業の展開は車輪の両輪であり,指導したい内容は自分で指導環境を準備し

なければいけない,というのが情報の今のありようです。指導事例を情報発信しながら,実践内

容を磨いていきたいと思っています。

謝辞:本稿作成のための資料収集にあたり,都立南大沢学園養護学校高等部産業技術科

   同僚の市村たづ子教諭にお世話になりました。感謝いたします。

参考文献 平澤 鋼「ネットワークを活かす情報指導」『発達の遅れと教育』2002年3月号

日本文化科学社

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表1.各学年の主な学習内容

1 学 年              2 学 年

・現代社会とコンピュータ・コンピュータの起動と終了・ワープロソフトの起動と終了・ローマ字によるひらがなの入力・ファイルの保存とフロッピーディスクの役割・保存したファイルの読み込み・カタカナおよび漢字への変換・漢字かな交じり文の文節変換・ページの設定・文書のレイアウト・文字飾り・罫線の使い方・文書の印刷

・フォルダの作成とファイルの保存・描画ソフトの起動と終了・描画ソフトによる図形の描き方・スキャナによる画像の取り込み・画像の加工(着色,装飾)・年賀状の製作・コンピュータ・ネットワークとインター ネットの仕組み・ブラウザの使い方・ポータルサイトを利用した情報の検索方法・検索した情報の整理と保存・インターネットと個人情報の保護・電子メールのマナー・電子メールの送受信

77

1. 本校の概要

 本校は,高等部のみの知的障害養護学校であり,全寮制という形態をとっています。比較的軽

度の知的障害のある生徒が中心であり,生徒数は145名(平成17年度)です。教育課程は普通科

ですが,生徒は5つの職業コース(工芸,機械,窯業,クリーニング,被服)のいずれかに属し

ており,職業教育に重きを置いたカリキュラムをとっています。

2. 本校の情報教育

(1)教科「情報」の授業

 情報の授業は1・2年生のみで週1回,45分です。1クラスの人数は9~10名であり,授業内

容は主に次のとおりです(表1)。

 各学年の大きな目標としては,1年生ではローマ字入力に慣れることと簡単な文書が作成でき

ること,2年生では画像を含む文書(年賀状など)が作れるようになることとインターネットに

よる情報のやりとりができるようになることです。このような具体的目標を達成する過程におい

て,学習指導要領に書かれている教科「情報」の内容が習得できるように配慮しています。授業

(((333)高等養護学校における取組)高等養護学校における取組)高等養護学校における取組

-福岡県立養護学校「福岡高等学園」における実践事例--福岡県立養護学校「福岡高等学園」における実践事例-福岡県立養護学校「福岡高等学園」における実践事例福岡県立養護学校「福岡高等学園」における実践事例「福岡高等学園」における実践事例-福岡県立養護学校「福岡高等学園」における実践事例-

Page 10: 第3節 職業教育及び生涯学習における情報教育 第3 第3節 職業教育

図1 「情報」の授業の様子

図2 年賀状の生徒作例

78

では教科書も使用しますが,教師の自作プリントを使って解説し,実習するという方法もとって

います。(図1)

 情報の授業では,日本語の入力はすべて「ローマ字入力」としています。生徒によってはわか

りやすい「かな入力」に慣れていて,そちらを使おうとする者もいますが,ローマ字による入力

は英語の学習の補助にもなると考え,全員に「ローマ字入力」を課しています。写真1に見られ

るように,生徒用のディスプレイの近くにスタンドによってローマ字かな対応表が見られるよう

にしてありますが,各クラスの半数以上の生徒がこの表にほとんど頼らずに入力することができ

ます。逆に,1年次終了時点でも1文字ずつこの表を見ながらでないと入力できないという生徒

もクラスに1名ずつくらいの割合でいます。

 日本語入力の練習は,手書きの文などを見ながらそれを決められたページレイアウトで入力し

ていくようにしています。入力練習用の手書き文として1年生は「ことわざ絵本」(岩崎書店 

A5版),活字ではありますが2年生は「早おぼえ四字熟語」(小学館 B6版)を使っています。

それぞれいろいろなことわざや四字熟語の意味の説明と用例がわかりやすく書かれており,この

ような題材を使うことも一般常識や国語の学習の補助になると考えています。

 また,文書作成については,それが単なる練習だけにならないように,何らかの形ある結果と

して生徒が手にできるようにと考えています。そのために1年生の3学期には,卒業する3年生

に宛てたメッセージカードを作ります。一人一人の生徒がそれぞれ親しかった3年生に向けて

「ありがとう」「卒業おめでとう」という気持ちを込めたカードを作ります。そして卒業式の日

に,このカードを自分の手で3年生に渡します。2年生は2学期に年賀状を作ります。年賀状は

年賀ハガキに印刷し,冬休みに持ち帰って使えるようにしています。(図2) どちらもそれを

作るには,それまでに授業で習ったスキルを総合的に使わなければなりませんし,メッセージカ

ードや年賀状を作りながら新たなスキルも身につけていきます。

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 インターネットによる情報検索の練習においても,「日本で2番目に高い山は?」「小泉首相の

誕生日は?」などの課題だけでなくアイドル歌手やテーマパーク,サッカーや野球のプロチームの

Webページの検索など生徒が興味をもっているテーマを選択させて検索の練習をしています。

 授業のほかに希望者には年1回,日本情報処理検定協会の日本語ワープロ検定3級および4級

を受けさせています。希望者は合わせて毎年10名前後で,検定前の1週間ほど放課後の時間を利

用して模擬試験的な練習をします。合格者は例年4級で3割程度,3級で1割程度です。

(2)昼休みのコンピュータ室利用と部活動

 生徒用コンピュータが置いてあるコンピュータ室は,原則的に毎日昼休みに開放しています。

生徒は思い思いに自分の好きなWebページを見たり,あるいはゲームを楽しんでします。昼休

みにコンピュータ室を開放するときには教員1名が必ずつくようにしています。また,本校のイ

ンターネット環境は県の教育センターを通しているので,いわゆる有害情報はフィルタリングさ

れていて生徒の目には触れないようになっています。しかし,このようなフィルタをかける前か

ら,生徒たちは互いに牽制しあい性的描写のあるようなサイトなどにはアクセスしたことはあり

ません。

 また本校にはパソコン部があり,コンピュータ室の広さとコンピュータの台数に制限があるた

め希望者全員を受け入れることはできませんが,毎年多くの入部希望があります。部活動において

は,文化祭の前を除き顧問は特別な指導はしていません。ここでも生徒は思い思いにコンピュー

タを使い,顧問が援助するのは生徒から使用法の質問が出たときやコンピュータがフリーズして

しまったときくらいです。

3. 職業教育という視点からの現状と課題

 平成16年度に福岡地区で開かれた2回の障害者雇用促進面談会には,延べ94社が参加し,求人

は合わせて156件に及びました(第1回と第2回の重複を含む。以下の数字も同様)。そのうち

「必要な経験等」として「コンピュータがある程度使える」ことを求めたものが58件(37%)あ

りました。

 「本校の概要」にも述べたように本校には5つの職業コースが置かれていますが,どのコース

の実習室にも生徒用のコンピュータは設置されていませんし,各コースで行われている職業専門

の授業と情報教育との間には,現在のところ意識的なつながりはありません。しかしこれからは

職業専門の授業の中に,コンピュータ等の情報機器を使う実習を組み入れていかなければならな

くなるでしょう。

 たとえば,窯業コースの釉薬の調合に表計算ソフトを利用するとか,材料の原価から製品の販

売価格を割り出すことなどに利用できるでしょう。あるいはほかの養護学校などではすでにやって

いることかもしれませんが,授業でつくった製品をインターネット販売することも考えられます。

4. 生涯学習という視点からの現状と課題

 社会の情報化はこれからも加速的に進んでいきます。インフラストラクチャーとハードウェアの

面からも,情報のやり取りはますます手軽で日常的なものになっていくでしょう。裏を返せば,

ゆうやく

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それらを有効に使えなければ,日常生活にも不便な思いをするようになるわけです。もちろん誰

もが使えるように,特別なスキルを必要としないスタイルのシステムが開発されていくのでしょ

うが,学校教育の現場がそれについていくのは大変です。

 現に本校生徒の3分の1にあたる47名の生徒が自分用の携帯電話を持ち,寄宿舎と家庭との行

き来の間に利用しています。携帯電話に絡む犯罪に巻き込まれる青少年が増えていますが,本校

の授業の中ではまだ携帯電話の利用上の注意などは扱っていません。電子メールのやり取りとい

うことで言えば,コンピュータでも携帯電話でも同じようなものかもしれませんが,生徒のよう

すを見ていると携帯電話を使うときの方が気軽な感じがします。もっと言えば警戒心が薄れてい

るように感じます。

 2年生の授業では,インターネットを使った情報収集の方法やその整理と保存について学習し

ます。また,電子メールの送受信も生徒どうしで実習します。一方で,「情報」の授業の最後に

あたる2年生の3学期には,情報化社会のダークサイドについても触れます。インターネットを

使った詐欺や出会い系サイト,巧妙な個人情報の収集にひっかかることのないように注意を促し

ますが,彼らが卒業したあとどこまで自己防衛できるか自信はありません。

 これからの情報化社会は,関わらなければ不便だし安易に関わると痛い目を見るという,本校

の生徒たちにとってはやっかいなものになっていくのでしょう。

 つい先日本校では,PTAの協議に基づいて,生徒たちに「生徒どうしが学校・寄宿舎で,住

所・電話番号・メールアドレスを教え合うことを禁止する」というルールを課しました。もちろ

ん,保護者を通せば住所や電話番号などのやり取りはまったくかまわないとしています。しかし

それでも,他人との円滑なコミュニケーション能力を培うべき年代の生徒たちにこのような規則

を課すことは,あるいは健全な成長の妨げになるという考えもあるかもしれません。このことに

ついての保護者の考えもさまざまです。しかし,これから生徒たちが仲間入りしていく社会では,

個人情報を安易に漏らせば大きなリスクを負うことになることも事実です。情報化社会を生きて

いくために,いまは少しショッキングに聞こえても「他人のものも自分のものも個人情報はきち

んと守る」という姿勢を身につけなければならないのだと思います。