欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活...

16
食と緑の科学 第73号 15-29(2019) はじめに 我が国は,世界的にも類例の少ない食育基本法を制定して, 国民の食に関する意識向上と健康の増進を政策的に図って きた.現在,知識から実践への移行が図られた食育政策の第 2期が終了して,第3期に入っている.他方で,食育政策は 一定の成果を挙げているものの,学校教育の取り組みにやや 偏りがちといえる(例えば,内藤・佐藤,2010).食育の社 会的な広がりと定着を図るためには,企業活動における食育 の位置づけを高めることが,今後の食育政策の展開にとって も重要な論点と考える.企業における食育の取り組みに対す る調査研究に関しては,食育政策開始前後に企業の食育の可 能性と意義を論じた清水(2004)や清水(2006)をはじめと して,食育政策の開始後(2008年)に食品産業を対象に内閣 府でごく概況的な調査が行われている(内閣府,2008).そ の後,食育教材としての観点からの研究がなされている(櫻 井ほか,2012;櫻井ほか,2013). しかし,その後の展開を踏まえた企業による食育活動につ いては,本格的な調査・研究が石田ほか(2017;2018)や櫻 井ほか(2017)および大江ほか(2018)で行われるようになっ てきている.しかし,海外,特に我が国と同様に歴史的な食 文化を有する欧州における食育政策については,断片的な情 報が伝わっているものの,その概要は,戸川(2016)を除い てほとんど我が国では紹介されていない.戸川(2016)は, フランスにおける小学校の食育の取り組みを紹介している. 総説 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動 ―イタリア・フランス・フィンランドを対象として― 大江靖雄 Claude Origet du Cluzeau 2 Adriano Ciani 3 Leena Rantamäki-Lahtinen 4 大学院園芸学研究科 COC Conseil, France Biosphera Scientific Cultural Association, Italy University of Helsinki, Finland Food education policy in three European countries and attitudes of food industry and stakeholders: France, Italy and Finland Yasuo Ohe 1 , Claude Origet du Cluzeau 2 , Adriano Ciani 3 , Leena Rantamäki-Lahtinen 4 Graduate School of Horticulture COC Conseil, France Biosphera Scientific Cultural Association, Italy University of Helsinki, Finland Abstract This paper investigates food education policy and the attitudes of food industry and related bodies in France, Italy and Finland. The study was undertaken through interviews with subjects who are involved in food education in the government and food industry and food education related bodies. The result revealed that policy makers commonly recognize the importance of food education, which is shaped by nationality. The French approach is most practical, with focus on providing information and changing peopleʼ s behaviors. The Italian approach emphasizes the modern Mediterranean diet. The Finnish approach primarily looks at school lunch programs. Compared to Japan, the commercial food industrial sectorʼs attitudes in these countries are more marketing oriented and more involved with environmental CSR activity. Policy makers in Europe keep distance from the commercial food industry sector regarding food education issues to ensure that government policy is independent from the influence of the private interests of private firms. Keywords food education, corporate social responsibility CSR, European countries, food industry, food and health キーワード:食育,企業CSR,欧州,食品企業,食と健康 連絡先:[email protected] tel/fax:047-308-8916 doi :10. 20776/S18808824- 73-P15 15

Upload: others

Post on 07-Aug-2020

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

食と緑の科学 第73号 15-29(2019)

はじめに

 我が国は,世界的にも類例の少ない食育基本法を制定して,国民の食に関する意識向上と健康の増進を政策的に図ってきた.現在,知識から実践への移行が図られた食育政策の第2期が終了して,第3期に入っている.他方で,食育政策は一定の成果を挙げているものの,学校教育の取り組みにやや偏りがちといえる(例えば,内藤・佐藤,2010).食育の社会的な広がりと定着を図るためには,企業活動における食育の位置づけを高めることが,今後の食育政策の展開にとっても重要な論点と考える.企業における食育の取り組みに対する調査研究に関しては,食育政策開始前後に企業の食育の可

能性と意義を論じた清水(2004)や清水(2006)をはじめとして,食育政策の開始後(2008年)に食品産業を対象に内閣府でごく概況的な調査が行われている(内閣府,2008).その後,食育教材としての観点からの研究がなされている(櫻井ほか,2012;櫻井ほか,2013). しかし,その後の展開を踏まえた企業による食育活動については,本格的な調査・研究が石田ほか(2017;2018)や櫻井ほか(2017)および大江ほか(2018)で行われるようになってきている.しかし,海外,特に我が国と同様に歴史的な食文化を有する欧州における食育政策については,断片的な情報が伝わっているものの,その概要は,戸川(2016)を除いてほとんど我が国では紹介されていない.戸川(2016)は,フランスにおける小学校の食育の取り組みを紹介している.

●総説

欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動―イタリア・フランス・フィンランドを対象として―大江靖雄1・Claude Origet du Cluzeau2・Adriano Ciani3・Leena Rantamäki-Lahtinen4

1 大学院園芸学研究科2 COC Conseil, France3 Biosphera Scientific Cultural Association, Italy4 University of Helsinki, Finland

Food education policy in three European countries and attitudes of food industry and stakeholders: France, Italy and FinlandYasuo Ohe1, Claude Origet du Cluzeau2, Adriano Ciani3, Leena Rantamäki-Lahtinen4

1 Graduate School of Horticulture2 COC Conseil, France3 Biosphera Scientific Cultural Association, Italy4 University of Helsinki, Finland

Abstract This paper investigates food education policy and the attitudes of food industry and related bodies in France, Italy and Finland. The study was undertaken through interviews with subjects who are involved in food education in the government and food industry and food education related bodies. The result revealed that policy makers commonly recognize the importance of food education, which is shaped by nationality. The French approach is most practical, with focus on providing information and changing peopleʼs behaviors. The Italian approach emphasizes the modern Mediterranean diet. The Finnish approach primarily looks at school lunch programs. Compared to Japan, the commercial food industrial sectorʼs attitudes in these countries are more marketing oriented and more involved with environmental CSR activity. Policy makers in Europe keep distance from the commercial food industry sector regarding food education issues to ensure that government policy is independent from the influence of the private interests of private firms.

Keywords:food education, corporate social responsibility (CSR), European countries, food industry, food and healthキーワード:食育,企業CSR,欧州,食品企業,食と健康

                                 連絡先:[email protected]    tel/fax:047-308-8916doi:10.20776/S18808824-73-P15

15

Page 2: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれまで明らかにされていない. そこで,本研究では,特色ある食育教育を実施する欧州諸国で食に対する国民的関心の高いイタリア,味覚教育を行うフランス,そして口腔衛生や屋外体験教育を行うフィンランドを対象として,政府食育担当部局,食品企業,食品団体,NPO等への聞き取り調査から,その取り組みの実態と企業側の意識を明らかにして,我が国における今後の食育の政策的課題を展望することを目的とする.

研究方法

 イタリア・フランス・フィンランドの欧州3か国を対象として,関係機関への各国の食育政策の概要について,現地カウンターパートの協力を得て訪問聞き取り調査および文献調査により把握する.調査期間は,2015年から2017年に及ぶ3年間である.具体的な調査日は,それぞれの箇所で述べている.対象国の食育政策および民間企業の取り組みの概要について調査した結果は,以下のとおりである.

フランスにおける調査結果

政策当局(1) フランスは豊かな食文化を有する国として,国内での食に対する関心も決して低くはない(Brand et al., 2017).フランスにおける食育政策の概要について,現地協力者の協力を得て,教育・高等教育・研究省(Ministére de Lʼéducation Nationale, de Lʼenseignement Supérieur et de la Recherche)およびその管轄下の食育の実施機関の国立健康予防教育研究所 INPES (Institut National de Prévention et dʼéducation pour la Santé)を訪問して,聞き取り調査を行った結果は,以下の通りである(調査日2016年2月4日~6日,現地協力者C. O. C.コンサルタントClaude Origet du Cluzeau氏).まず,教育・高等教育・研究省での訪問先は健康・社会活動・安全性局(Bureau de la santé, de l̓action sociale et de la securité) Véronique Gasté 局長およびHenri Cazaban次長である.フランスの食育は,保健省,農業食料森林省および教育・高等教育・研究省の3省が共管している.2001年より,フランス国民栄養健康プログラム(PNNS)が開始されている.その目的は,食と健康に関して国民意識を高めて,予防的な行動を啓蒙することにある.なおINPESは,2017年に他の二つの健康関係の機関と統合され,健康に関する領域を包括的に所管する組織INPES SANTE PUBLIQUEとして,活動を続けている. これは,特に食と健康に関する取り組みの場として重点が置かれている学校現場では,ドラッグ,飲酒,妊娠,性的疾患をはじめとする食育以外でより深刻な健康に関する問題

も多く発生している.このため,これらの問題を包括的に扱う部署が必要となっているためである.つまり,学校教育においては,食育は主として健康との関連で論じられている.それは,上記のように生徒の健康に関する多様な問題がフランス社会,特に都市部で生じていることが反映されている.こうしたことから,フランスでは食育単独での法的なフレームワークはないが,2011年の健康に関する規制の7つの柱の一つとして位置づけられている.3歳から10歳までの保育~小学生段階では,栄養の問題はすべての科目に含まれている.11歳から18歳までのカレッジおよび高等学校までは,科学と生物科目で栄養教育の観点が盛り込まれている.また,体育科目では,肥満の問題が取り上げられている.また,高等学校では,地域の状況に応じた健康と市民意識という観点も取り入れ,分権化した取り組みもなされている.また,高等学校では,各校に看護師が配置されており,小学校とも連携して,特に思春期の性問題・家庭内暴力などの深刻な問題にも対処している.このため,2016年9月より,健康教育ポートフォリオとして,食と栄養,性教育,アルコール・ドラッグ・インターネットなどの中毒の課題を統合化したプログラムとして実施することが決定されている.このうち食事では,朝食の摂取と休み時間に果実をとることが推奨されている. 大学に関しては,すでに独立した大人としての扱いになり,食育の取り組みはないが,アルコールの大量消費やネット依存など,中毒の予防のためのSNSによる啓蒙活動を行っている. いずれにしても,総体として重視されているのは,単なる知識の伝達や指示ではなく,自分の責任で社会に存在する様々な誘惑にいかに抗することができるようになるかであり,そのための心理的スキルや社会的スキルを身につけることに力点が置かれている. 企業との協力関係については,教育を監督する官庁であるため,特定企業との関係を持つべきではないという認識を示している.企業側からは,学校と食育に関して協力したいとの申し入れは少なくないが,上記の主旨から企業のPRに使用されたりすることを警戒している.しかし,現在食に関する広告には,すべてPNNSの規定で「manger bouger」という標語を示すことが義務づけられている.これは,食べるmangerと動くbougerを組み合わせた「食べたら体を動かす」という意味で,食と健康との関連性を簡潔に言い表し,韻を踏んでいて大変覚えやすく,フランス国民であれば,誰でも知っているPNNSを象徴する標語となっている. 次に,INPESでの聞き取り調査結果を述べる.対応者は,Jennifer Davies氏とJuliette Serry氏である.INPESは教育・高等教育・研究省の管轄下にある組織で,食と健康に関する教育の普及活動を行っている.その点で,食育の普及を図る上で重要な役割を果たしている.「manger bouger」の標語に関する活動,websiteの管理運営もここで所管されている.PNNS

食と緑の科学 第73号16

Page 3: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

が開始されて10年を超え,PNNSで提唱されている1日5種類の野菜・果実の摂取の原則を国民の74%が知っており,毎日30分の運動の原則については92%が知っている.一定の成果は出ているといえるものの,他方でこの二つの原則を実際に実施している国民の割合は42%と半分に満たない.つまり,知識から実践への移行をいかに円滑に進めるかが重要な課題となっており,そこにINPESの役割があると考えている.単に知識を付与するのみでは課題の解決にはつながらないため,実際の行動に導く能力を高めることが重要と考えており,そのために有効と考えているのが,インターネットの活用 に よ る 普 及 活 動 で あ る.2004年 か ら ス タ ー ト し たmangerbouger.comはその代表例である.現在力を入れているのが,2013年から開始した,炊事の用意を支援するために料理のレシピをwebsiteで公表するLa Fabrique à Menus (英訳menu making factory) である. フランス料理の基本は,本来,前菜(スターター),主菜(メインコース),チーズ,そしてデザートの4コースであるが,現在チーズはデザートと一緒にされることが多くなっていることから,通常3コースが基本とされている.この3コースを基本として,季節の食材を考慮して,バランスのとれた毎日の献立を考える支援ツールがこのLa Fabrique à Menusである.伝統的には,フランスでも料理は家庭で伝承されてきたことは同様である.しかし,社会の変化により家族構成も大きく変化しており,家庭内での伝承は次第に困難となっていることが背景として指摘できる. そこで,そのwebsiteでは,毎日異なるメニューで,それぞれに実際のショッピングリストもついており,利用者がわかりやすくかつ実際に使いやすいように非常に工夫がされている.例えば,作る人数,昼食用か夕食用か,20分以内で調理可能な料理メニューを選択して見ることができる.また,宗教にも配慮して,豚肉抜きの料理メニューも公開している.季節性を踏まえ総計で2千以上のメニューが公表されており,いずれも栄養ガイドラインに基づいて,動物性脂肪や糖分・塩分の削減,そして炭水化物,野菜や果実の適切な摂取ができるよう配慮されている.さらに,一般の利用者からの提案も受け入れて,毎月4件ほどの新たなメニューも公表されている.その結果,かつて月10万件だった利用数が,現在では40万件となっており,大変人気を得ている.買い物時に利用可能な様に,スマートフォン向けのアプリも提供していることが,強力な促進要因となっている.メニューの開発,広報用のチラシやプログラムの制作など,各専門分野から参加するメンバーをコーディネーターが全体調整を行い,チームとして取り組んでおり,わかりやすい情報提供を可能としている. このように,利用者が実際に使い易くするための努力がなされているのは,あくまで利用者に,バランスのとれた食事

を作ることが難しいと思わせずに,自信を与えることを目的としているからである.トップダウンで単に制限するのではなく,利用者と協力しながら日常の行動の中から習慣づけを図る具体的な提案を含めた様々な工夫がなされていることは,我が国の食育にとっても重要な示唆を与えているといえる. ただ,私企業との連携については,公的機関としての中立性を守る立場から否定的である.その背景には,大手の食品企業による非常に強力なロビー活動がある.フランスの食品企業には,世界的な企業も少なくなく,そのロビー活動も活発である.特に,私的企業部門とのコンフリクトが生じている領域は,食品の成分表示の点である.例えば,ソフトドリンクに含まれる糖分の量は,かなりの量であるにも関わらず,表示が義務付けられておらず,公表をしたがらないことは,その一例である.そうした理由から現在の表示はわかりづらいため,2017年から,食品表示として,緑,黄色,オレンジの3段階で健康に良いかどうかの表示の義務づけを検討している. 以上の調査では,教育・高等教育・研究省関係の機関を聞き取りしたため,食品企業による食育活動は把握できなかった.フランスの食品企業は世界的な大企業もあり,政治的な影響力が大きいため,政府側の警戒感も強いといえる.

政策当局(2) フランスにおける第2次調査として,農業食料森林省(Ministère Del̓agriculture Del̓agroalimentaire Et De La Forèt)の食育政策の担当責任者Servane Gilliers van Reysels氏および,フランス最大の乳業メーカーのDanone財団の事務局長へ聞き取り調査した(2016年9月26日).本調査には,現地カウンターパートC. O. C.コンサルタントClaude Origet du Cluzeau氏の協力を得た.農業食料森林省では,食料政策に関する内容を規定する全 国 食 料 プ ログ ラム(National Food Programme; Programme National pour Lʼalimentation = PNA)を策定し,2010年より初めて食料政策が農業食料森林省の政策に取り入れられた.農林水産業の近代化には,食の観点いわば消費者サイドへの視野の広がりが必要不可欠との判断からである.PNAは,記述した保健省のPNNS(国民栄養健康プログラム)と整合的で密接に関係している.両者の問題意識は共通しているが,PNNSが健康や栄養面の諸問題を重視しているのに対して,PNAは食の持つ社会文化的な側面を重視しており,所管省庁の担当分野の違いが反映されている.若年層に向けた食育は,その中の重要な柱となっている.以下,その詳細について報告する. PNAは,私企業,地方政府,およびNPOなどの市民組織との連携で作成されたもので,国は関係者の主体的な参加を促すためのファシリテーターとしての役割が期待されている.この点で,日本の食育基本法と主旨が類似している.このため,食料政策は,農業食料森林省が中心となり関係省庁との

17大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 4: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

調整が図られている.PNAには,ユネスコの世界無形文化遺産となったフランス料理(2010年認定)は,歴史,文化,人々のライフスタイルをも規定するフランス社会文化の不可欠の要素であるという認識が基本にある.この点が食を栄養面や機能的側面に限定しがちなアングロ・サクソン文化とは異なる特徴と認識されている.この点は,和食が世界無形文化遺産に登録された日本とも共通する. その問題意識は,特に若年世代に向けられている.スナック類やインスタント食品の普及による調理機会の減少や,衣服や携帯電話への支出による食費の減少傾向が若年世代で顕著であり,正しい食習慣を身につけることが,その後の人生にとっても重要となっていることを踏まえ,学校での食育は極めて重要な意味を持つと認識されている.もう一つの課題は,社会的な格差の拡大である.フランスでは,大人の12%が食料を十分確保できていないとされ,フードバンクなどの食料支援活動が拡大しており,390万人がそうした支援の利用者と見積もられている(2013年現在).さらに問題なのは,こうした貧困層では肥満者の割合が高いことである.年間世帯所得で900ユーロを下回る世帯での大人の肥満率は,世帯所得5,300ユーロを超える世帯の3.6倍に達している.その結果,貧困層では,野菜・乳製品・果物などの摂取が少なく,糖尿病や高血圧患者が多くなっている.以上から,社会的格差は,食のみならず健康の格差にも繋がっている事実がみられる. 現在,PNAは1期の実績に関して評価が行われ,食料・農業・農村審議会(CGAAER)や国立食料審議会(CNA)の提言により,より簡素化,重点化される方向で2014年10月に改正され2017年まで実施されている.改正されたPNAでは,4つの重点課題が設けられている.次に,その内容についてみていこう. 第1の重点課題は,社会的公正の実現である.ここでは,先述した貧困層への食料支援に関して,公的な食料支援(institutional catering)による質的・量的な充実が意図されている.EUの貧困層を対象とした支援と協調して,栄養面と衛生面で高品質な食料を,最も支援が必要な階層(the most deprived)を支援することや,農業生産者からミルクや鶏卵などの寄付行為の拡大,食品産業界との連携による提供食料品の栄養面での改善,そして刑務所における食事内容の改善を司法省と連携して行うこと,さらには受刑者の食品産業への就職のための実習制度の充実などが取り組みとして挙げられている. 第2の重点課題は,若年層への食育である.正しい食事の仕方,食文化を学ぶことが就学前の時期から必要であり,学校では,一緒に食事をすることの重要性も学ぶ必要がある.さらには,食品産業での就職を支援する知識の習得や実習もこの課題に含まれている.実際の取り組みで重点化されてい

るのは,デジタル時代に対応した教育ツールの開発であり,食育の教材もそうしたデジタル化へ移行することが進められている.学校での休憩時間に果実を食べることや,食堂で食事中の会話を楽しむことも推奨されている.また,農家や食品産業への訪問や,体験菜園などの取り組みも効果的として挙げられている.さらには,国際的な視野で食文化の多様性を学ぶことも進められている.最後は,キャリア教育としての食品産業やレストランなどの飲食業への興味を喚起することである. 第3の重点課題は,食品ロスの問題への取り組みである.フランスでは,一人当たり年間20kgの食品廃棄を出していると推計されている.さらに,そのうち7kgはパッケージのまま食べられることなくパッケージのまま捨てられている.総量にすると,小売り部門で230万トン,飲食部門で160万トンの食品廃棄がなされている.こうした食品ロスは,予算,原材料,エネルギー,労働力の無駄を生み出しており,2013年に食品ロスの削減憲章が農業食料森林省により公布され,2025年までに食品ロスを半分にすることが目標として設定されている.具体的には,一番目の課題と関連する取り組みで,これまで廃棄されてきたまだ利用可能な食品を,フードバンクなどを通じて,食料を必要とする人々へ分配する取り組みを拡充することが取り組まれている. 第4の重点課題は,地域の食文化の保全と振興を図ることである.フランスの食文化は多様な地域性を有してきた.それは,地域の誇りともなっているものの,グローバリゼーションの広がりの中で,一部では失われつつある文化遺産ともなっている.そこで,大統領は,2017年までに飲食業で使用する食材の40%を地元産でまかなうように目標を設定している.フランスの飲食業は,地域経済にとって重要な役割を果たしており,この点で生産者と飲食業の連携を一層図り,食品産業も含めた地域のサプライチェインの安定的な構築を図ることが必要と認識されている. 以上から,PNAによる食料政策における重点課題の取り組みをみてきた.これらは現代的な食に関する課題といえる.食育も重要な課題として位置づけられているが,より幅広い視点から現代の食料問題に対処しようとしているといえる. 日本で関心の高い味覚教育(taste education)については,有名なシェフがTVプログラムなどで取り組んでいる.日本では,フランスの食育政策としてこの点ばかりが強調されるきらいがあるものの,実際にはフランスの食育政策として実施されている訳ではない点を留意する必要がある.なお,フランスの民間ベースの取り組みについては,Fleury Michon(2017)がある.政策当局としては,こうした有名シェフによる味覚教育の意義は認めるものの,多くの生徒を対象にする学校給食には向いているとはいいがたい.むしろ授業で年間9時間行う果実や野菜のにおい,味,触感を教える教育プ

食と緑の科学 第73号18

Page 5: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

ログラムの方が効果的と考えている.この授業は,学校ごとのカリキュラムにより上記上限時間内で週1回ないし月1回実施されている.この授業により,子供たちの意識変化が生じて,おやつにスナックより果実をもって来るようになる効果が生じている.同様に野菜に対する意識の変化もみられる.給食の料金は,所得水準に応じて生徒の父兄に賦課されているが,貧困世帯には賦課されない.

食品企業の財団 次に,企業の財団の食育に関する活動をみてみよう.聞き取り調査は,現地カウンターパートC. O. C.コンサルタントClaude Origet du Cluzeau氏と共に,乳業メーカーのダノンが設立したCarosso財団の事務局長Guilhem Soutou氏に対して行った(2016年9月27日).Carossoはダノン社の創業者の名をとっている.現在の主な活動内容は,芸術と食料を通じた持続的社会の実現に向けた支援事業であり,ダノン本社の企業活動とは直接の関連性はない.食育関連の活動では,持続性を主旨に多様な活動をしているが,子供の肥満対策のプログラムを100校14,000人の児童を対象にしてスペインのカタロニアで3年間実施した.また教員に向けた2日間の研修会を実施して教材の提供を行っている.一例として,隠れた砂糖の量に関する知識を得ることなどが取り上げられている.同財団は,飲食店における有機農産物の使用率を20%,地元産農産物の利用率を40%に引き上げるという生態学者らによる法案に賛同したが,上院で否決されている.

イタリアにおける調査結果

政策当局(1) イタリアにおいて,ウンブリア州政府担当者(Chiara Menaguale氏)とイタリア食育計画に策定に長年関わっている INRAN(Istituto Nationale di Recerca per gli Alimenti e la Nutrizione 国立食料栄養研究所)研究者(Laura Rossi博士)に対して,同国の食育政策の概要について,現地協力者とともに聞き取り調査を実施した(調査日2015年9月4日および2016年1月25日,現地協力者:ぺルージア大学Adriano Ciani教授).その結果は,以下のとおりである. まず,イタリアの食育政策は,1979年より第1期のガイドライン(Linee Guida per una Sana Alimentazione Italiana:英訳Guidelines for Italian Healthy Nutrition:イタリア健康栄養に関するガイドライン)計画が開始され,特に食と健康との関連に重点が置かれている.国が策定する食育政策は,1期ほぼ10年間で,10年ごとに改訂がなされている. その際,食料消費に関する動向調査が行われ,調査結果で明らかにされた食料消費行動で改善すべき点への対応策が計画に反映されることになる.本調査は,INRANが担当しており,

その食育政策の経過をたどると,第2期が1987年,第3期が1997年に開始されている.そして,第4期は2003年から開始されている(INRAN, 2009).調査時点で,次期計画に向けて作業が進められている.食育政策は,複数の省の共管となっている点は日本と同様である.具体的には,農業食料森林政策省(Ministero delle politiche agricole amimentari e forestali),教育研究省および経済発展省である.なお,INRANは,農業食料森林政策省の所属研究機関であったが,2015年1月よりイタリア政府の経済危機対策として,農業・食料関係の研究機関を集約化したCREA (Centro di Recerca per gli Alimenti e la Nutrizione=食料・栄養研究センター)と呼ばれる大きな研究組織の一つのセンターとして統合化されている.我が国の国立農林研究機関の統合化と同様な再編といえる.イタリアの食習慣は,戦後大きな変化を遂げてきた.戦後の高度成長は,地域差を残しながらも,伝統的な不飽和脂肪酸を含むオリーブ油を多用し,豆類,粗製粉の穀類によるパスタと野菜・果実およびチーズ,ワインを中心とした食事から,肉類とバターなどの動物性脂肪摂取の増加をもたらした.特に南部は,戦前は貧しく,月2回程度と肉の摂取は少なかった.しかし,戦後は肉類消費と動物性脂肪の摂取が増加していく.これは 伝統的な地中海食文化から,「西欧化」が進展していることを意味している.これに対して,北部ではバター使用頻度がより高かったが,戦後次第に地中海型への指向を強めていく. アメリカ人の生物学者Ancel Keysにより初めて確認され,命名された地中海型食事が健康に良いという経験的事実は,Keys が1958年から開始した7カ国比較研究(Greece, Italy, Spain, South Africa, Japan, and Finland)により,心臓疾患と食事との関係から明らかにしたものである.この大規模な国際比較研究で,初めて地中海型食事の効用が明らかにされた.その後,Ancel と妻の化学者Margaret Keysによる著書"How to Eat Well and Stay Well the Mediterranean Way"(Keys and Keys, 1975)は1975年に刊行後ベストセラーとなり,地中海型食事の効用を普及することに大きな貢献をし,北部においても地中海型食事の普及を後押ししたといえる.しかし,戦後一貫して増加した肉類や動物性脂肪の摂取による成人病の増加傾向がみられることを踏まえ,対策を講じることが,イタリアにおける食育政策の重要な眼目となっている. したがって,この点から政府では,伝統食である健康食としての地中海型食事を重視しており,伝統的な品種や食材の生産方法を守ることが重要と考えている.また,特定の栄養成分のみの補給や制限ではなく,食文化としての総合性を保つことが重要と考えている.例えば,肉類を取る場合,サラダや付け合わせ野菜(contorno)を組み合わせることで,食文化としての一体性と適正な栄養バランスを維持することができる.つまり,サプリメントの補給など要素還元的な方法のみでは,長期的な食と健康の維持は両立しないと考えて

19大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 6: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

いる.地中海型食事への回帰といっても,現代のライフスタイルに合致した現代的な地中海型の食事のあり方が必要である.具体的には,貯蔵や輸送技術の進歩で,より安全で多様な食材を活用した健康的な食事を取ることが現代ではより容易になっている.こうした点で,現代的な地中海型食事を普及させることが重要である.Rossi氏によると和食も地中海型食事と並び,健康食と考えられている. 現在,各地の小学校では,後述するように1年に1回,国の予算とイタリア最大の農業団体のCordilettiの協力で,1週間野菜と果実を提供するプログラムが行われているが,一般に小・中学校では学校給食制度がないため,その実施の体制は十分とはいえない.しかし,経済危機によるイタリア社会の経済格差は拡大しており,貧困家庭ほど安価なジャンクフードへの依存度が高くなるため,大人のみならず子どもの肥満の割合が高く運動量も少なくなり,食と健康に関する問題が深刻化している. こうした現状の課題を踏まえて,次期の食育計画では,次の2点について重点課題と考えている.第1点目は,子供の肥満防止,第2点目は,特に子どもの野菜果実の摂取量の増加,特に子どもの糖分摂取量の削減である.しかし,大人や高齢者への対応は限られており,これらの世代で必要な塩分摂取量の削減や,糖尿病や循環器系疾患への予防的措置は,北欧諸国に比べて遅れているとの認識を持っている. こうした認識は,食育に関したEU内のネットワークがあることで,各国での課題や取り組み経験が互いにシェアされていることで促進されており,食育推進に大きな意義を持っている.具体的には,sustainable foodを略したsusfood (https://www.susfood-era.net/home)は,EU内の16ヶ国25機関が参加するネットワークで,科学的エビデンスの蓄積と情報の共有を図り,持続的な食のあり方を生産から消費まで視野に入れて探るためのネットワーク組織である.このような国際的な食育に関するネットワーク組織の意義は大きいと思われる.

政策当局(2) 農業食料森林政策省を現地カウンターパートAdriano Ciani教授と共に訪問し,農業食料森林政策省の食育政策の担当者であるClaudia Pasquale氏とMaria Pollastrone氏に聞き取り調査を行った(2016年7月14日).Pollastrone氏は,教育研究省からの出向者で,元は中学校教諭であった.これは,実施している食育プログラムが以下に述べるように,学校を対象としているため,学校関係機関との関係を考慮しているためである.聞き取り内容は,全般的な国民の食に対する意識と地域性および,担当している具体的な食育プログラムの内容などである.現在,実施している食育プログラムは,EUのプロジェクト「学校で果物を食べよう(Frutta nel Scuole)」で,小学生(6歳から11歳)を対象として,EUの26ヶ国で実施されて

いる.思春期前の学童へのこうした教育が効果的と考えられ,2008年から実施されており,プログラムの内容を更新しながら継続されている.その目的は,肥満対策にある.イタリアの場合,上述のとおり地域的には北部に比べて,南部での肥満が多い傾向にある.これは,南部では摂取する食事の量が多いためである.これは,特に南部では貧困状態が長く続き,伝統的に国内外への移民が多かった.このため,戦前まで栄養状態が悪く,この栄養不足の記憶が人々の中にあり,そのため過食になる傾向があるため,結果として肥満状態に至ることが少なくない.これに対して,北部は,経済活動も活発で最も所得水準が高く,健康意識も高い. 食育政策は,農業食料森林政策省と主に教育研究省が担当しているが,特に常設の協議会などの組織はなく,プロジェクトごとに,関係省庁間の連携が取られている.本「学校で果物を食べよう」プロジェクトにおいても,教育研究省,保健省および農業食料森林政策省間での連携が取られている.また本プログラムの実施には州政府の参加が必要不可欠であり,調整役は,農業食料森林政策省の研究機関のCREAが担当している.2016年度までは,企業も参加していた.2017年から私企業の参加はなくなり,食育の実施機関としてCREAのみの参加となる.企業の参加を求めない理由は,企業は腐敗に弱いので,腐敗追放の主旨からとのことである.腐敗の多いイタリアならではの理由といえる. 「学校で果物を食べよう」プログラムは,季節に応じて36種類の果実と野菜を摂取することを目指している.本プログラムは,学校からの申請を受けて,EUからの補助金および国家予算により,学校側の経費負担はなしで実施される.2015年度は,合わせて学童数140万人の申請があったが,予算の制約のため105万人に対して実施した.実施計画はEUの承認を経て実施されている.2017年度は,経済危機の対応策として国家予算の削減のため,本プログラム予算も削減対象となっている. 実際には果実と野菜10種類を提供することで,午前か午後の授業の一環として行われており,給食でのプログラムではない.なお,通常イタリアの学校では,保育所など除いて,給食サービスは実施されていない.本プログラムの目的は,子供の食に関する意識のみならず行動を変えることを目的としている.その内容は,11月から5月までの36週で,週一回程度の授業を行う.使用する果実と野菜の選定は,農業食料森林政策省で行なう.同省が例えば,シシリー・オレンジを指定すると,提示された条件の下で私企業の入札により決定する.プログラムに参加するか否かは学校側の考え方により,自主的な判断で申請を行う.課題は,食材の輸送や準備の問題があることである.例えば,スイカを提供しようとすると,スイカを切らなくてはいけない手間があるため,教師にはあまり喜ばれない.食材には,加工食品も含まれ,ジュー

食と緑の科学 第73号20

Page 7: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

スやムースは無添加の100%の果汁のみが認められているが,ドライフルーツは,砂糖が添加される場合が多いので,不可となっている. 本プログラムの資金の主要部分は,EUが提供している.これまで予算の変動はあるが,重大なものではない.参加国間でこのプログラムに特化した国際コンソーシアムのような組織はない.2016年度で650万ユーロの予算となっているが,学童一人当たりでは6ユーロと予算額は少ないので,将来の食に対する意識と行動を変えるため伝えるメッセージが重要と考えている. 2018年度より,EU側での本プログラムの変更が計画されており,これまでの果実と野菜に加えて牛乳も加えられることになっている.イタリアでの本プログラムの課題としては,場当たり的な対応がなされ一貫性に欠けている点を指摘できる.この点は,イタリアにおける他の諸政策とも共通する課題であり,体系化されたプログラムの実施が必要といえる.

食品企業 食品企業活動が活発な中部のウンブリア州とマルケ州の食品企業への聞き取り調査をAdraino Ciani教授と共に行った(2016年7月15日~16日).一つ目は,イタリア最大規模のオリーブ油製造会社で,イタリアで売上高第6位の食品企業となっているFarchioni社である.本拠は,ウンブリア州にあり,1780年創立の伝統的食品企業で9つの農場を所有し1,600haを耕作している.基本方針は,自社ブランドでの商品のみを販売するというものである.製粉業から始まり,80年前からワイン製造を始め,現在はビールとオリーブ油の4製品が基幹製品となっている.取引相手は,9割がイタリア国内の大手のスーパーマーケット(カリフールやスパーなど)であるが,これらの量販大手のプライベート・ブランドの製品は,製造していない.現在アジア市場,特に中国や韓国市場の開拓を進めており,日本にも進出している.そのため,こうしたアジア市場の拡大で売り上げは,大きく伸びている.特に,中国ではビール製品の市場拡大が急速である.このような状況のため,海外への市場拡大のマーケティングに力を入れており,食育プログラムへの取り組みは,時折の工場見学の受け入れなどを除いて,制度化されているものはない.以上から,調査した伝統的なイタリア食材製造の大企業では,海外市場,特にアジア市場への展開に注力しており,その販売戦略の構築に余念が無く,食育への関心は高いとはいいがたい. 二つ目は,1963年創立の乳製品製造の酪農家出資による協同組合企業であるマルケ州のTreValliである.従業員数は200名ほどの中規模の企業で,主にマルケ州内を市場としている地域企業である.地域市場を有しているため,食育に対しての取り組みも熱心に行われてきた.12年前には,食に関する

教育と学校と企業との連携という狙いで,100クラスの小学生を工場見学に受け入れた(総数は2千人以上).また,1年間の乳牛のオーナー制も実施した.5年前にも,マルケ州の小学校生徒を工場見学に受け入れた.さらに,2年前からAlimosという食育活動を行うNPOと組んで,「牛乳の学校(Scuola di latte)」という食育活動を,マルケ州と南隣のアブルッゾ州を対象に小学校へ栄養士を派遣して実施している.対象は,小学生と教員である.教員も対象にするのは,教員の知識とコミュニケーション能力を高めることが児童への教育の効果を高める上で重要と考えているからである.過去2年間で6,600人の生徒が受講した.これは,先述したEUの「学校で野菜を食べよう」プログラムが乳製品へ拡大することの先取りでもある.乳製品は,地中海食文化の一環を形成している重要な食品であるものの消費が低迷しており,その正しい知識を普及することが必要である. もう一つの特徴は,有効な教材が食育の効果を高めるために必要と考えており,Alimosと共同で教材の開発を行って,学校に提供していることである.一例として,利用しやすいビデオや絵本などの制作を行っている.生徒の対象年齢は5歳から11歳で,EUプログラムと同じ年代である.その効果については,教員に対して評価を依頼しており,10点満点で8.3の評価を得ている.イタリア国内で,乳製品に関する食育としては,取り組みが進んでいる例といえる.Trevalliは,本プログラムの実施に関してAlimosに年間10万ユーロを支払っている.課題としては,日本でも同様な点が指摘されているが,教員が忙しいため,食育プログラムへの参加の動機付けをすることが難しい点である.日本のように食育プログラムは義務ではないため,動機付けを高めることが,より困難といえる.以上のように,地域市場に依存するTrevalliが実施する食育プログラムは,自らの製品を活用して子供の世代からの囲い込みという観点での地域の市場へのマーケティング活動としての要素もかなりみられるものとなっている. 三つ目の事例は,1960年に設立されたウンブリア州の酪農組合の乳業会社であるGrifo Latteである.先のTreValliと同様に,ウンブリア州という地域市場に依存している従業員数160人の中小規模の企業である.同社は,同州で消費される牛乳の6割のシェアを占めており,州内で消費者の高いローヤルティを有している.Grifoとは,ライオンの身体と鷲の頭部を持つ想像上の動物で,州都ペルージアの守り神であるため,ウンブリア州の消費者にとって,地域のアイデンティティにもつながるシンボルであることから,親しみやすいことも高いローヤルティの一要因と考えられる.食育関連活動では,以前から学校の工場見学を受け入れている.そこでは,牛乳製造の過程や牛乳パックの意味を説明している.また,創業以来継続している同社の主催する乳牛の共進会では,希望する小学校の参加を可能にしている.また,スポーツ活動

21大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 8: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

のスポンサーも務めている.対象スポーツは,ランニング,サッカーおよびバレーボールで,栄養の正しい摂取を広める機会と考えている.食育活動のスポンサーも含めて,マーケティング部門が担当している.マーケティング予算は,年間50万ユーロとなっている.課題として,Grifo Latteは,州レベルでは最も大きな乳業会社であるものの,他の州と比べると小規模といえる.ウンブリア州は小さく,州内の市場のみでは規模の経済性が作用しない.そのため,生産コストが高い.100%ウンブリア産の牛乳は高くても購入してもらえるが,他の州では知名度も低くそれは可能ではない.しかし,他地域の乳業メーカーとの競争も激しくなってきており,消費者のローヤルティを高める製品も必要となっている.こうした観点で,企業の地域におけるポジションを保つためにも,マーケティング活動が必要であり,学校を対象とした食育活動も将来の消費者ローヤルティを高めるための活動と位置付けられている. 以上の二つの地域市場を有する中小規模の乳業メーカーの食育活動は,地域の消費者のローヤルティを高めるためのマーケティング活動としての位置づけが濃厚である.

食品企業団体 ローマに本部を構えるイタリア産業協会(Confindustria)傘下の食品業界で組織する食品産業協会(Federalimentari)をAdriano Ciani教授とともに訪問し,食育を担当するDau Agnese 氏に聞き取り調査を行った(2017年9月11日). 食品産業協会は,ワイン業界,コメ製品製造加工業界をはじめとして15の食品業界団体で構成されている.9人以上雇用する115社の食品加工企業がメンバーとなっている.主要業務は,GDPの8%を生産しているイタリア食品業界の利益増進を図るため,イタリア議会やEU議会へのロビー活動を行うことである.その会長は,4年間の任期で企業経営者から順番制で選出され,現在は食肉業界出身者が就任している.主な活動は,2年おきにイタリア食品博覧会(Food Exposition in Italy)を開催して,イタリア食品のPRと取引促進を図ることである.現在10名の専従職員で運営され,1名が食育領域も担当している. 現在,イタリア食品産業は,製品の高品質化への移行期にあり,その迅速な移行を図ることが重要と考えている.その中で,安全性をはじめとする食品に関するマスコミ報道は,大げさに扱われることがあり,その結果消費者も過大な反応を取ることになる.その対策として,消費者に食品に関する正確な情報を伝えることが必要であり,ここに食育の意義があると考えている. 10年前から保健省との食品製造に関する協定で,健康志向の高まりから減塩,減糖質,減脂肪分,増食物繊維の方向での食品提供が求められているが,同じ味で安全な代替物を探

すことが難しくなっている.会員企業の協定への参加への意向をみると,酪農乳製品業界は参加したが,ヨーグルトのみで,チーズ・バターは対象外となっている.また食肉加工業界では,サラミ業界は不参加となっている.これは,製品の特性上,減塩や減脂肪分への対応ができないからである.対応としては,例えば塩分の多い生ハムを毎日食べないことを指導することとなる.ただ,現在の食の問題は,一つの食材だけの問題ではなく,生活全般の問題としてとらえることも必要である.例えば,イタリア国内では,北部は健康意識が高いのに対して,南部ではその意識が低く肥満が多い.これは,所得水準に加えて地域の食文化も影響していると考えられる. 実施している具体的な食育関連の活動としては,第1にEUの規制に基づく栄養面と安全面のモニタリングの順守を企業に広報することである.第2に保健省・教育研究省・農業食料森林政策省および経済開発省の4省との連携プログラムで,食品業界の重要性についての認識を普及することである.企業側の関与は自発的なもので強制ではない.イタリアの政治は不安定であり,新政権とのやりとりにはその都度神経を使っている.また,世論は,とかく食品業界に厳しいので,食品業界の重要性のアピールは必要不可欠と考えている.第3は,教育研究省との協定(2016年)により,食品産業協会が毎回100名の中学校教員に食品の安全性などの研修コースを提供するもので,ミラノ・ローマ・ナポリの三都市で実施している.最終的には,こうしたプログラムを,カリキュラムに入れることを目標としているが,まだ実現はしていない.このほか,学校教育においてCivic education という知識を行動につなげ,良き市民を育成する目的で行われている日本の道徳に近い授業があり,学校ごとに自主的にテーマが決められている.これは週一回の授業で,統合カリキュラムとして実施され,環境や性に関するテーマが多く,食育はまだ取り入れられていない.学校教育における食育の必要性は,イタリアでは高いといえる. 第4に企業を社会にオープンにするApertamenteという取り組みも2016年より実施している.これは食品製造業の現場に,学校の生徒などを招く取り組みで,農業食料森林政策省と教育研究省の共同のプログラムとなっている.これは,製品を売る目的で行われるものではない.これまで二年ごとに11月の二週間のみの取り組みだったが,企業によりその期間休業していたり,繁忙期であったりするため,こうした制約をなくして,いつでも二週間連続して受け入れ可能となった.現在35社に増加しており,EUプログラムと連携して大学生が企業訪問するための旅費の支援もなされている.受け入れ対象は,消費者団体やメディア関係者,そしてEU議会議員にも拡大している.受け入れ先の企業は,大企業が多いということでもない.大企業は,自社単独で自己完結してできるた

食と緑の科学 第73号22

Page 9: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

め連携の必要性がないためと思われる.一例として,ウンブリア州の穀物生産販売商社で大地から食卓までをスローガンにしているGruppo Grigiは,この活動に熱心に取り組んでいる. 第五に,WTOの栄養改善の10年プログラム(decade action on nutrition)の一環として,保健省からの参加要請があり,肥満や飢餓による栄養不足への企業のアクションプランの策定への取り組みが開始されている.本件は国連のSDGs(持続的開発目標)とも関連しており,同協会は,持続性と食料安全保障,および栄養と健康の二つの領域に関与している. 以上,同協会は,20年前から食育活動を実施してきたが,効果の点においてその結果は良好とはいいがたいと自己評価している.公的部門との連携により,より効果が発揮できると考えている.しかし,イタリアの公的部門は,組織の効率性が悪いので,その関係のあり方に留意する必要がある.また,現在議論となっているFood Taxの導入については,反対の立場を取っている.

食育実施団体 ミラノで食育活動を行う民間団体Food Education Italy (http://www.foodedu.it/en/p)をAdriano Ciani教授とともに訪問し,事務局長のCristiano S. Navarra氏に聞き取り調査を行った(2017年5月3日).同団体は,2011年に設立され,6名の職員で運営されている.事務所は経費節約のため,栄養アドバイザーである会長個人の事務所を使用している.Navarra氏自身は,大学での非常勤講師の経験を有しており,食への理解醸成に関する活動を行ってきた.Navarra氏は,栄養面のみの要素還元的な視点ではなく,学際的な視点から食の問題をとらえる必要があると考えて,この団体を設立している.その活動は,4つの柱からなっている.一つ目は,食育に関する相互学習のためのオープンで恒常的なデータベースを構築しweb上で公開している.これは,出版コスト削減の目的もある.二つ目は,食育は多方面にわたる関係者が関わるため,それぞれの専門的な立場からの関与はあっても,相互の調整はなく,整合性もなかった.そのため,せっかくの努力が無駄となることも少なくない.その対策として,関係者の共通の理解のための研修プログラムを提供することが必要である.三つ目は,学校や一般に受け入れ可能な食育のプログラムを開発することである.共通の理解が必要でそのためのガイドラインを作成することが重要と考えている.学校教育者の関与を図ることは実際には難しい.学校教育のシステムの中に位置づけるように教育研究省と協議をしている.四つ目は,以上の主旨を広めるための刊行事業である.電子版による食育に関するブックレットを刊行している.食育には学際的接近が不可欠で,学校の各教科で取り入れることが可能である.例えば,カロリー計算など数学的接近も可能である.食育に

は,全体性,多面性と継続性が必要である.しかし,現在のイタリアの食育にはこうした点に課題がある.また,各州で独自の食育政策を実施しており,国の政策との整合性がとれていないことも少なくないが,その調整は困難である. 以上から,同団体の主要な役割は,コーディネーターとしての機能を果たすことであることが理解できる.実際に行っているプログラムについて述べると,シシリーのカターニア市の小学校で実施している貧困層家庭を対象としたプログラムがある.児童の60名の母親・祖母が参加しているが,その父親のほとんどは刑務所で服役中である.本プログラムは,社会から疎外されがちなこうした貧困層家庭を対象に社会の一体性(social cohesion)を確保する目的で行われている.本プログラムでは,食品安全性,食材の選び方,そしてコーチングセッションによる心理的な側面へのケアなどをキッチンで実習しながら学ぶものである.本プログラムの継続を,地元の2校から依頼されている. また,イタリアの大手テレビ局Raiのジャーナリストに対して,食の安全性,食の品質問題など食の基本知識についてレクチャーを行っている.これは,報道者が何も知らずコピーアンドペーストで報道することを危惧しているためである.食育は,技術的な接近のみではなく,文化的な接近が必要と認識している.また,本団体が活動を行うにはパートナーを常に持つことが重要で,行政は常に独立を保つことが必要である. 現在の課題は,財政基盤にある.この点は,NPO一般が直面する共通の課題といえる.このため,外部のプロジェクトを得て独自のプロジェクトの財源を確保している状況にある.また,ICT技術の急速な進展によるデジタル化への対応が,能力的に十分できていないことも課題である. 先述した"Frutta nel Scuola"プログラムの取り組みは,非常に良いが問題も有している.Navarra氏は,本プログラムのアドバイザリー委員会の一員でもあった.本プログラムの総予算は,4千万~5千万ユーロで,うち5~6百万ユーロが食品流通業者に配分されている.これは,食育の効果を左右する有効な食育戦略を策定するために行われているが,実際のプログラムは学校教育とは無関係に行われることも少なくなく,食育の主旨とうまくかみ合っていないため,補助金のバラマキに終わっている感が否めず,実施面での効果には,課題が少なくない.このため本団体は,本プログラムには,距離を置いている. このほか,前述したイタリア食品産業協会(Federalimentari)との連携である.具体的には,一つは食育を担当する教員を対象とした食育プログラムの実施であり,もう一つは一般消費者や学校の生徒を食品企業に受け入れるオープン化の取り組みである.具体的には,北部のロンバルディア地域のパン・製菓の職人協会と教員とのマッチングを行い,食育を行

23大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 10: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

うための現地レベルでのプラットフォームの構築を進めている. 今後の方向性については,web上での食育のトレーニングシステムを構築して,修了証書を発行することを構想している.食育のトピックは幅広いため,学際的連携を意識しながら,主要項目について,現状を踏まえた目標を設定して,20時間以内での終了が可能な研修プログラムで,すでに40のモジュールを作成している.

フィンランドにおける調査結果

文献収集による食育政策の概要 フィンランドにおける食育政策の概要について把握するため,ヘルシンキ大学において食育に関するセミナーを実施した(2015年9月5日,現地協力者:Leena Latinen Rantamaki博士).また,在日フィンランド大使館フィンランドセンター所長への聞き取り調査(2015年10月21日,Merja Karppinen博士)を行うとともに,食育研究者および行政部局の紹介をお願いした.しかし英文で公開されている情報は限られており,この点で情報収集の範囲に制約が少なくない.そこで,上記のセミナーおよび大使館で得た情報を踏まえるとともに,フィンランドの学校給食に関する英文websiteと関連論文の紹介を受け,その結果から得られた情報を報告する.資料は,同国教育文化省の食育政策担当責任者のMarjaana Manninen氏と担当者のPaula Paronen氏より,提供を受けた. フィンランドの食育の基本は,学校給食制度にある(Finish National Board of Education, 2008; Lintukangas and Palojoki, 2016).日本においても,その認識はあるものの,日本におけるよりも学校給食制度に対する重要性の認識は強いものがある.それは,フィンランドが無料の学校給食制度に関する大変長い歴史を有しているためである.同国では,1913年に学校給食への公的助成が開始され,第2次大戦中の1943年には,1948年までに各自治体で小学校に無料の学校給食制度を導入することが義務づけられた.その後,無料給食制度は,次第に中学校レベルにも拡大し,1979年には大学食堂にも補助が行われるようになった. したがって,フィンランドでは1948年に小学校で無料の学校給食制度が全国的に成立して以来,法的規定により小学校と中学校で現在も継続されている.多くの文献でこのことが述べられており,フィンランド人が誇る食育政策の柱となっていることを理解できる.学校給食は,良質の栄養を取り適切な食習慣の確立に重要な教育的ツールと位置づけられている.献立は,暖かい食事,サラダ,パン,ミルクが基本となっている.それにより,野菜・果実,ベリー類,全粒パン,低脂肪牛乳の摂取を増やすことにつながることが意図されている(Finish National Board of Education).なぜなら,これら

の食品は,フィンランドの伝統的な食品と考えられており,伝統的な食品は安全で健康的であるとの認識がある.フィンランドの食文化は,森林の恵みから成立しているといわれる.多様なベリー類やきのこ類,そして狩猟で得られる獣肉は,その基本要素と考えられており,こうした森の恵みを給食にも取り入れて,フィンランドの食文化の継承を図ることも意図されている. 2008年には,全国学校給食のガイダンスが改正され,学校給食の質の向上と,おいしく食べることと適切な食習慣の習得に力点が置かれるようになった.公的機関の調査によると,中学校(12⊖15歳)のうち,給食を毎日食べている割合は71%で,1日3回の食事のうち学校給食は,一日のエネルギー摂取量の3分の1を供給することが期待されているものの,3分の1近くの生徒は,すべての給食を完食しているにも関わらず,給食から得る必要なエネルギー摂取は20%のみにとどまっているとの指摘がなされている.つまり,思春期前期の若い世代で家庭での食事の取り方に課題があることを示唆している.これは本人の食事の摂取行動の問題と社会的格差拡大による問題と,二つの側面を有していると考えられる. もう一つ食育政策の柱として重要な役割を果たしているのは,家庭科(home economics)である.家庭科は,15歳から16歳で必修科目とされている.その中で,食と栄養に関して重要とされているのは,栄養に関する知識や健康的な食事の仕方,食品の品質や安全性,食事の作り方の基本,献立の計画,さらにフィランドの食文化と伝統食などの知識と素養を習得することである. さらに,2001年から,それまでは体育科目の一部として位置づけられていた健康教育(health education)が独立した必修科目として導入された.生徒は15歳から16歳の段階で,健康と病気および安全性との関連について,健康教育で学ぶことになっている.食と栄養に関する項目では,食品アレルギー,健全で栄養バランスのとれた食品の選択について学んでいる.いずれも思春期の若者の行動を念頭に置いている項目設定ということができる. これらの科目は,生徒にも人気が高く,かつ他の基本科目の習得とカリキュラム上で競合することはないように配慮されている.この科目間の統合化が上手くはかられている点は,OECDの調査でフィンランドが数学,科学の科目の成績において世界でトップとなっているという広く知られた事実の背景の一つとも考えられる. このように,フィンランドの食育政策は,学校教育を中心として良好な成果を上げているといえるが,課題がないわけではない.一つは,ジャンクフードと呼ばれる健康に悪影響のあるスナック類の消費が広がっていること,そして学校の自動販売機でもそれらのスナック類が販売されている割合が依然として高いことである.二つ目は,経済危機の影響で

食と緑の科学 第73号24

Page 11: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

自治体の財政状況が厳しさを増しているため,その影響が給食経費の削減という形で現れており,無料給食制度の存続や給食の質の低下のみならず,教育予算の削減による教育の質の低下が深刻な課題となってきている.例えば,フィンランドで発見されたキシリトールは,学校教育でも活用されてきたことで,これまで虫歯の少ないフィンランド人であるが,学校予算の削減で,虫歯が増えることも危惧されている.財政事情が逼迫する中で,無料でかつ健康的で安全な給食制度の継続に関しては,国民的な議論の的になっているが,長い歴史を有する無料の給食制度が国民的伝統として高く評価されおり,未来への投資という点での重要性は,変わらないとする見方も有力である. 以上,フィンランドの食育政策の中核をなす無料の学校給食制度を中心にその概要を把握した.

政策当局(1)・NPO フィンランドにおける調査は,首都ヘルシンキで国立教育委員会(Finish National Board of Education)の担当者Mariaana Manninen氏(2016年9月8日),および食育活動の担い手でもあるNPO Ruokatieto のTiina Lampisjärvi氏(2016年9月9日)に対して,食育政策および食育活動への取り組み状況について聞き取り調査を行った. まず,国立教育委員会では,主管の教育文化省(Ministry of Education and Culture)と連携して,フィンランドにおける教育のガイドラインとなるカリキュラム(National Core Curriculum for Basic Education) を作成している.現行のカリキュラムは,2014年から実施されており,2016年10月より,新カリキュラムへ移行する.その中で食育関係として,学校給食(school dining)が重要な位置付けにあることは,すでに述べたとおりである.給食は,単に食事の摂取のみではなく,仲間と一緒に食べることで,社会性の育成や食文化の理解醸成にとっても重要であることが強調されている.これまで食育を明確に位置づけている教科は,Home Economicsで,社会性や消費者教育の観点での教育が行われてきた.食育の取り組みに関しては,しばしば関係省庁間でのチームで取り組まれることが少なくないが,固定的な協議会のようなものではない.関係する官庁は教育文化省,農林省,および社会省で,大学機関も加わっている.給食への提言などをまとめているのは,国立栄養会議(National Nutrition Council)で,栄養面からの提言を行っている.新カリキュラムでは,上述したように食育の位置づけがより明確にされて,従来の栄養教育重視に比べてさらに幅の広い観点が盛り込まれている.しかし,これは,教師にとっては,初めての経験となるため,有効な教材の開発・制作が必要となっている. 次に,NPO Ruokatieto (英名FINFOOD)で聞き取り調査を行った.本組織は,フィンランドの食文化の普及やフィンラ

ンド産の農産物の消費拡大を目的とした広報活動を主要業務として,小学校の栄養教諭であったManninen氏により1993年に設立された.生産者団体,食品企業や小売業者など300の団体が会員となり,その会費が運営予算の7割を占めている.残り3割の予算は,農林省のプロジェクトなどでまかなわれている.本組織は,女性4名で運営されている.食育に関する活動については,2015年度から2年間の農林省のプロジェクトを担当して,ウェブ・ベースでの食育教材の開発を行っている.具体的には,フードチェインへの理解を促進するために,教員が利用できるクイズ形式のビデオを制作している.これらのデジタル教材は,無料で公開している.ビデオは,フィンランドの食文化にとって重要な5つの食材(肉・魚・ミルク・穀物・野菜)について制作している.また,その効果を高めるためにプレイング・カードも作成している.これは,上述した新カリキュラムに対応した教材の提供を行うことを念頭に置いたものである.教材の内容は,学年レベルに応じて制作されている.一例を挙げると,7学年から9学年(13歳から16歳)を対象とした食に関するクイズで,どのように食事を皿に盛るかという点を学ぶことになる.フィンランドでは,皿の右側半分には野菜を盛り,左上半分にはタンパク質である肉・魚を盛り,左下半分に炭水化物であるポテト・ライスなどを盛り付けるという原則があり,このことを学ぶことになる.そのほか,ベリーなどの伝統的な食材を題材として,いつの季節にどの作物が該当するかなど季節性を考えさせることも行っている.食育は,多様な側面があるため,多様な知識を与えることが重要といえる.教材はクイズ形式であるため,点数評価も可能となっている. このほかの食育に関する活動として,生産者団体や食品企業と協力して開催している食に関するイベントFood Fairで,環境や動物福祉に配慮した料理のコンテストを行い,賞を提供している.現在,食育関連のプロジェクトに関して,農林省からの仕事が減っており,教員向け教材開発は,事業予算の面からも重要性を増している.

政策当局(2) ヘ ル シ ン キ 市 内 の フ ィ ン ラ ン ド 農 林 省(Ministry of Agriculture and Forestry, Finland)を訪問して,食料部の食料政策担当者のユニット長であるAnna-Leena Miettinen氏に聞き取り調査を行った(2017年11月8日).同農林省は職員数260名で,そのうち食料部は100名の職員を擁する最も大きな部となっており,農畜産の生産,食品安全性などの食料政策,農村開発,金融などの分野を所管している.現在,欧州共通農業政策(CAP)見直し(CAP2020)で食料政策と食品安全性の問題が統合化されたことにより,それに準じたフィンランドの新たな食料政策が2017年度より開始された. 食育に関しては,既述のとおり外部の団体に補助金を支給

25大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 12: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

して,幼稚園を含めた学校向けの教材の開発を行っている.また,学校給食に加えて,若い母親の食に関する意識の向上を図ることも重要な課題と認識している.ベリーやきのこ類を沢山取るバルティック海型食事(Baltic Sea Diet)は,伝統的食材の重視という点で地中海型食事と相通じるところがある.その中心となるのは,学校給食であり,食に関する知識やよりよい食を選択できる能力を意味する「food sense」を養うことが重要である(Janhonen, 2016).それが食育の目標である.現在は,食料の無駄な廃棄の削減,食肉および塩分摂取量の低減が必要であり,グルテン・フリー,ラクトース(乳糖)・フリーなどイノベーションによる新たな食品も登場してきているが,より自然に近い食材を用いた食事をする機会を増やすことが重要と考えている.また,食育を各教科と結びつけることで,多面的に食育の効果を発揮できると考えている.

食品企業(1) 同国最大の乳業メーカーValioの副社長Lasee Lintilä氏を訪問(2016年9月9日)した.Valioは110年の歴史を有する国内の酪農協同組合の出資による企業である.2016年時点で4人の酪農家が取締役会のメンバーとなっている.乳酸発酵の研究成果で1945年にノーベル化学賞を受賞したヘルシンキ大学教授Artturi Ilmari Virtanenも,Valioに在職していた経験がある.企業理念としては,消費者,従業員,酪農家,乳牛の厚生を最大化することとしている.その具体例として,「健康な牛から高品質な牛乳が生まれる」とのキャッチコピーを掲げている. こうした輝かしい歴史にもかかわらず,Valioは現在苦境に直面している.かつては,国内の乳製品市場の6割を占めていたが,現在の市場シェアは18%へと大きく低下して2割を割り込んでいる.その理由は,国際的な競争の激化であり,海外の大手メーカーの国内市場への参入による.輸出市場は,隣国のスエーデン,デンマークおよびバルト三国が中心となるほかロシア,米国,そして新興市場として中国がある.ロシア市場は,隣国として1980年代から輸出市場であり,同社はEU最大のロシアへの輸出企業の一つであった.しかし,ロシアのクリミア併合に対するEUの制裁措置で,ロシアとの取引が禁止となり,3億ユーロにも上るロシア市場を失うことになり,大きな経済的なダメージを受けた.こうした苦境への対応策としても,会社の方針として,年間80もの新製品の開発を行い新規市場の開拓の努力を行っており,革新的な企業精神は失っていない.現在,力を入れているのは,乳糖不耐症対応のラクトフリーの乳製品開発である.また,そうした新製品を活用した料理レシピの開発も行い,webで公開している. 教育的な側面では,職業教育の一環としての酪農教育の重

要性を伝統的に重視しており,研修生としてValioで働いてもらうことで酪農教育にも貢献していると考えている.これに対して,食育に関しては,EUの衛生に関する規制から,一般消費者や子供を工場見学に受け入れることはしていない.したがって,食育活動には,積極的に取り組んでいるとはいいがたい.消費者への接近は,あくまでもマーティングの観点から行われているといえる.長い歴史を有するValioは,フィンランドの酪農乳業の発展に大きな貢献をしてきたことは疑いえない.こうした歴史を食育に反映できるだけの素材を有しているValioが,その豊かな資産を十分に食育に生かしていないのは,経済的に困難な時期とはいえ残念といえる.

食品企業(2)および食育関係者 次に,フィンランドで最大のチョコレート製造業の企業であるFazerで同社が行っている学校給食サービスの事業について,ヘルシンキ市内の本社で担当部署Food Servicesの上級マネジャーErja Sulanne氏,同部長のMarianne Nordblom氏および同上級栄養士のHeli Diaz氏に聞き取りした(2017年11月8日).同社の給食事業は,幼稚園を含む学校給食,社員食堂,病院食,高齢者介護施設を対象としている.学校給食は同国内で公立・私立合わせて60施設に及んでおり,一日30,000食以上を供給している.このほか,他のスカンジナビア諸国でも同様の食事サービスを提供している.無料の学校給食は,既に述べたとおり,1948年に無料化が開始され同国における食育の基本となっているが,近年は外国人の流入などに対応して,メニューの多様化・国際化が次第に進んできており,肉では100%が鶏肉となっている.現在,これまでの学校給食の食堂(school canteen)を学校レストラン(school restaurant)と呼ぶように変更を進めている.その背景には,多様な観点から学校給食を位置付けるという主旨がある.学校給食の一食当たりのコストは平均0.8ユーロである.私立学校の場合は,少し高く平均1ユーロである.毎月のメニューの設計は,保護者・生徒を含む学校関係者の連携で決定されている.近年の給食の質は向上しており,保護者世代が自分たちの時代と比べて,驚くことが少なくないという.今後の方向性としては,食に関する問題に,企業家精神,気象変動,食品廃棄物などの課題を織り込むことも有効と考えている. 2017年11月9日,フィンランド学校給食ネットワーク(the Finnish School Meal Network)会長のSini Garam氏,2016年度訪問したNPO RuokatietoのMinttu Virkki氏および現地カウンターパ ー ト のKiristiina Janhonen氏 と と も に 私 立 小 中 学 校the Oulunkylä schoolで,同ネットワークのセミナーに参加して,意見交換と日本の食育の現状についての報告を行った.また,給食事業者のFazerの子会社のAmicaの同校担当者に聞き取りし,給食の状況の把握と給食の体験を行った.フィンランドの学校給食は,食堂が校舎内に設置され,時間により,小学

食と緑の科学 第73号26

Page 13: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

生と中学生の時間が区切られている.教員は,食堂内にある別室において教員同士で給食を取っている.このため,日本のように,教室で給食を取りながら,教員と生徒が一緒のテーブルで歓談することはない.メニューには,サラダ,ミートボール,パン,牛乳などで,準備が比較的容易なものといえる.また,グルテン・フリーのパンや,ミートボールに代わるベジタリアン向けのベジボールも提供されている.

考察―我が国への示唆―

 フランスの食育政策の概要について,関係機関へ聞き取り調査した結果から,食と健康および食文化を重視していることが判明した.この点は,我が国とも共通している点である.特に重点を入れているのは,実際的な観点で,単なる知識の普及ではなく,実践を支援するための具体的なメニューや食材買い物リストなどをwebsiteや携帯アプリからアクセスを可能とする様な努力が払われている.その際,フランス料理の伝統の3コースを守ることも重視されている.その背景には,貧富の差の拡大により,ジャンクフード・ファストフードによる低所得層の肥満問題の深刻化も要因の一つとして挙げられる.この点の取り組みは,かなり革新的といえるもので,食育のテーマごとのパンフも易しい言葉で,かわいいキャラクターを用いた工夫がなされており,こうした食育の実際性を高めるという点での工夫は,我が国においても有益な示唆を与えるものと考える. 日本で注目を浴びているフランス料理界の食育であるが,政府の政策的には,料理界との直接的なつながりはない.しかし,フランス料理界の重鎮などをはじめ食育への関心が高く,自ら積極的に関与して,関係者とのネットワークを形成して国民の食および食文化に対する意識高揚を図っている.特に,フランスでは,その洗練された食文化を背景に料理界の影響力は国内のみならず国際的にも大きいことから,料理界のこうした行動は食育としても影響力は,小さくないといえる. 次にイタリアでは,1979年から食育政策が開始され,食と健康との関連性を重視しているとともに,地方色の多様な地中海型食文化への思い入れが強い.それは,単に食文化への愛着という点のみではなく,地中海型食事のメリットが科学的な評価により立証されている点が反映されている.さらに,現在経済危機による社会的な格差の拡大により,低所得層の安価な脂質が多い食事への依存による健康の悪化も懸念されており,この面での対応が必要な状況となっている.イタリアの食育の経験は,伝統的な和食からの食事の変化を経験した我が国と同様な経過をたどっていることから,我が国の食育の展開にとっても重要な示唆を与えるものといえる. EUプログラムの一環として,小学校での(Frutta nelle

Scuole:学校で果物)野菜と果実の提供が行われているが,学校給食制度が一般に実施されてないので,十分とはいいがたい.また,乳製品製造,オリーブ油製造,パスタ製造のメーカーを訪問調査した結果(ウンブリア州・マルケ州),地域市場を有する乳製品メーカーが最も地域社会との食育活動に積極的であることが判明した.食品業界団体であるイタリア食品産業協会では,食品安全性に対する消費者およびマスコミの過剰反応に対処するため,食育活動を行うことで,食品産業に対する正しい理解に繋がることを期待し,企業の工場などを外部に開放する活動を実施している.これは,CSR活動と言うよりも,消費者の正しい理解につなげることを意図しているという点で,販売戦略により近いともいえるが,販売戦略そのものではなく,CSRと販売戦略のグレーゾーンの活動と言うことができよう.総じて,学校教育の現場との連携は,まだ十分なされているとはいいがたい.こうした食育実施上の課題を克服する上で,NPOは学校側と企業や政策当局,そしてマスコミとをつなぐコーディネーターの役割が果たせるといえる. 最後に,フィンランドの食育も,健康的である伝統的なフィンランド食文化への現代的な回帰という点が重要視されている.特に,フィンランドで重要視されているのは世界で最初に無料で実施した学校給食で,基本教育カリキュラムで位置づけられ,10代の思春期の生徒を対象に,家庭科で料理の技能の基礎を習得させたり,健康科目を独立科目として学ばせ,食と健康との関連性についての意識を高めることを狙っている.そのために,NPOと協力して教材開発にも取り組んでいる.ねらいは,食に関する知識やよりよい食を選択できる能力を意味する「food sense」を養うことが重要とされている. 企業側の最大の乳製品メーカーでは,衛生面でのEUの規制があり工場見学の受け入れはしておらず,むしろ,酪農の職業教育・大学教育に力を入れている.フィンランドで最大のチョコレートメーカーで,給食サービスの最大の企業では,給食サービスの重要性は,社会的格差の拡大や高齢化の進展などから,その必要性は高まっていると考えている.特に学校給食では,学校食堂(School Canteen)から,学校レストラン(School restaurant)という呼称への転換を提唱している.これは,単に給食の場としてではなく,社会性の育成や環境問題など社会的課題とリンクすることで,食を通じた多様な視点の育成につなげていくことが人材教育の場として重要と考えているからである. 以上,欧州3ヶ国の食育政策と企業の取り組みの調査結果から,共通の特徴と国ごとの特徴を有していることが明らかになった.それらは,以下のように整理できる(表1).我が国との共通性は,食の問題に関して,国民の特に健康の側面から,食育の必要性を認識している点である.また食育に

27大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 14: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

単に栄養面の知識だけではなく,社会性の育成や環境問題,そして自らの食文化への理解など幅広い視点での接近を図ろうとしている点も共通している.異なる点は,食育をより普及実践につなげるために,覚えやすいキャッチフレーズを設けていることや具体的なレシピなどをネット上で提示していることである.この点は,我が国においても今後検討する余地があると考える.

む す び

 本調査結果から,欧州3ヶ国における企業の食育活動に関しては,食育は教育活動の一環であるとの認識から,教育機関が行うべきとの考え方が強いことや,食品企業の規模が大きく,国民生活に及ぼす影響力も大きいため,警戒感が我が国に比べて大きいことを指摘できる.また,企業側も純粋なCSRとしてよりも,消費者ローヤルティの向上を意図する販売戦略や企業イメージ向上の戦略の一環として,食育活動を行っている. 国別の特徴として,学校給食に食育の重点を置いているフィンランドの食育関係者で共有されるFood Sense (食の感覚)という考え方は,興味深い.これに対して,フランスは,学校給食も実施しているが,我が国と同様に所得水準に応じた低減措置はあるが基本的に有料となっている.また,移民層を始め所得格差が拡大しているため,「Manger Bouger」(食べたら,運動)という食育標語を考案して普及したり,低所得階層向けの20分程度で料理できる買物リスト付きのレシピをweb上で公開している.知識のみではなく,生活の中での実践に重点を置いている点は,非常に示唆に富んでいる.イ

タリアでは,地中海型食事の現代的復権という位置づけで,食育の基本政策のガイドラインが作成されているが,保育所等を除いて小・中学校では基本的に給食制度がないため,この点で食育政策の実施の場が限られており大きな制約がある. 総じて,企業の食育活動は,自社製品を活用したりすることもあり,純粋なCSR活動と販売戦略の中間にあるグレー領域に位置づけられる活動といえる.また,企業の食育活動は,企業戦略の観点から行われるため,一企業で完結しがちな点に特徴がある.しかし,企業による食育は,学校教育とは異なり,より実際的な観点で,より親しみやすく理解しやすいコンテンツを提供していることなどに特徴がある.この点からも,学校教育における食育と相互に補完できる余地は大きいといえる.したがって,政策当局としては,NPOなどの仲介役を挟み情報交流の場や人材育成の場の設定など関係企業のネットワーク化を図ることや,食育の効果の客観的な評価などで,企業の食育活動への参入を促す環境整備を行うことが求められる. 最後に,残された課題として,中小規模の企業による食育事例の分析が十分できなかったことが挙げられる.特に,新たな製品開発などのプロダクト・イノベーションとの関係は,十分解明できなかった.これらの点については,今後の課題としたい.

付  記

 本研究は,農林水産政策科学研究委託事業「日本と欧州諸国企業における食育外部性のエビデンスと政策支援課題の解明」(平成27年度~29年度)により実施した海外調査の内

表1 欧州3ヶ国と我が国の食育政策の特徴比較

項 目 フランス イタリア フィンランド 日 本

主所管官庁(他省と共管) 教育・高等教育・研究省 農業食料森林政策省 教育文化省 農林水産省(2016年より)

実施根拠フランス国民栄養健康

プログラムイタリア健康栄養に関

するガイドラインフィンランド教育要領 食育基本法

重視する食文化仏の食文化の3コース

(前菜・主菜・デザート)地中海型食文化 バルチック海型食文化 和食文化

特 徴 実生活での実践重視小学校で果物と野菜の提供プログラムなど限定的

学校給食重視学校教育からさらに企業などへの広がりを意図

給食の実施(小中校) 原則有り(有料補助有) 原則なし 無料で実施 原則有り(有料)

主要標的層学校給食・青少年一般

家庭・高齢者小学生 学校給食

学校給食・一般家庭・全世代

関連キャッチフレーズ(標語)

Manger Bouger (食べたら身体を動かそう)

Frutta nelle Scuole (学校で果物をとろう)

Food Sense* (食に関する感覚) *非公式

特になし

食と緑の科学 第73号28

Page 15: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.

容をまとめたものである.また,フィンランド現地調査で協力をいただいたヘルシンキ大学Kristiina Janhonen博士に感謝申し上げます.

引用文献

Brand, C., Bricas, N., Conaré, D., Daviron, B., Debru, J., Michel, L., Soulard,

C-T. (2017) Construire des Politiques alimentaires Urbaines: Concepts et

Démarches Versailles: Quæ éditions.

Finnish National Board of Education (2008) School Meals in Finland:

Investment in Learning, Helsinki.

Fleury Michon (2017) Manifeste Por le Manger Mieux Paris: Porte-plume

éditions.

INRAN (2009) Linee Guida per Una Sana Alimentazione Italiana, Instituto

Nationale di Ricerca per gli Alimenti e la Nutrizione (INRAN), Rome.

石田貴士・大江靖雄・櫻井清一(2017)食品企業の食育活動の役割とその効果―マヨネーズ教室を受講した児童の保護者に対するアンケート調査の分析―.食と緑の科学HortResearch 71:29-35.

石田貴士・大江靖雄・櫻井清一(2018)食品企業による食育活動の効果と家庭の属性の関係性―マヨネーズ教室受講児童の母親に対するアンケートデータをもとにした定量分析―農業経済研究,89:351-356.

Janhonen, K. (2016) Food education: From normative models to promoting

agency, Learning, Food, and Sustainability: Sites for Resistance and

Change, New York: Palgrave Macmillan, 93-110.

Keys, A. and Keys, M. (1975) How to Eat Well and Stay Well: the

Mediterranean Way, New York: Doubleday.

Lintukangas, S. and Palojoki, P. (2016) School Dining in Finland: Learning

and Well-being, Porvoo: BOOKWELL.

大江靖雄・石田貴士・櫻井清一(2018)我が国企業のCSRとしての食育への意識と行動―企業1,000社へのアンケート調査結果から―,食と緑の科学HortResearch 72:39-60.

櫻井 誠・磯部由香・平島 円・吉本敏子(2012)食品関連企業の提供する食教育資源に対する教員の意識.三重大学教育学部

研究紀要63:111-117.

櫻井 誠・磯部由香・吉本敏子(2013)企業の食育イメージと食教育教材の分析.三重大学教育学部研究紀要64:135-141.

櫻井清一・石田貴士・大江靖雄(2017)食品企業が取り組む社会貢献型CSR活動―食育に着目して―.農業経営研究55(2):99-104.

清水亜紀(2004)企業は食育をどう受け止めるのか?農業と経済

70(12):84-93.

清水みゆき(2006) 食品関連事業者による食育への貢献.農林業問題研究42(3):274-280.

戸川律子(2016)フランスの小学校における食文化を取り入れた食育の多様な試み,現代の食生活と消費行動,農林統計出版,175-190.

内閣府(2008)食品関連事業者における食育推進に関する実態調査結果の概要,1-11.

内藤重之・佐藤 信編著(2010)学校給食における地産地消と食育効果,筑波書房.

和文抄録

 それぞれ特徴ある食育の取り組みを実施している欧州のフランス,イタリア,フィンランドの3ケ国について,食育政策の概要と各国における食品企業のCSR活動としての取り組み状況を,聞き取り調査により明らかにした.イタリアでは,地中海型食事の復権が健康維持に重要と考えられ,フランスでは,具体的な消費者の行動を変えるべく,スマートフォンを前提とした,献立レシピを買い物リスト付きで公開している.フィンランドでは,世界で最初に学校給食を実施した国であるため,現在でも学校給食が食育の中心をなしている.総じて,食品企業の食育は,その多くが企業の広報活動としての位置づけで,よりマーケティング活動に近い形で実施されており,環境教育活動が欧州企業のCSRとして明確に位置付けされている点と比べると,対照的といえる.

29大江・Origet du Cluzeau・Ciani・Rantamäki-Lahtinen:欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活動

Page 16: 欧州3ケ国における食育政策と食品企業等の食育活 …...しかし,欧州の食品企業等による食育への対応状況はこれま で明らかにされていない.