分析力を競争優位に変える データ活用基盤のあり方 ·...

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分析力を競争優位に変える データ活用基盤のあり方 株式会社アイ・ティ・アール 代表取締役/プリンシパル・アナリスト 内山 悟志 www.itr.co.jp © 2011, ITR Corporation All rights reserved. 2 概要と論点 <概要> 多くの企業において、データや情報の共有化が推進され、分 析環境が整備されているにもかかわらず、国内企業の分析力 は国際競争の土俵に上がっているとは言い難い。そこには、越 えなければならないいくつかの壁が存在する。本稿では、情報 爆発の時代に備えて、分析力の重要性と求められるデータ基 盤のあり方について述べる。 <論点> 今なぜ、データ重視経営が求められるのか データ重視の経営を阻む要因とは何か どのようにしてデータを競争優位に活かすことができるのか

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Page 1: 分析力を競争優位に変える データ活用基盤のあり方 · 整備されたdwhや使いやすい分析ツールは、データ分析力を高める要素となるが、それだけでデータ分析

分析力を競争優位に変えるデータ活用基盤のあり方

株式会社アイ・ティ・アール

代表取締役/プリンシパル・アナリスト

内山 悟志

www.itr.co.jp

© 2011, ITR Corporation All rights reserved. 2

概要と論点

<概要>

多くの企業において、データや情報の共有化が推進され、分析環境が整備されているにもかかわらず、国内企業の分析力は国際競争の土俵に上がっているとは言い難い。そこには、越えなければならないいくつかの壁が存在する。本稿では、情報爆発の時代に備えて、分析力の重要性と求められるデータ基盤のあり方について述べる。

<論点>

今なぜ、データ重視経営が求められるのか

データ重視の経営を阻む要因とは何か

どのようにしてデータを競争優位に活かすことができるのか

Page 2: 分析力を競争優位に変える データ活用基盤のあり方 · 整備されたdwhや使いやすい分析ツールは、データ分析力を高める要素となるが、それだけでデータ分析

データ分析への関心の高まり

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「分析力を武器とする企業」トーマス・H・ダベンポート 他(著)日経BP社 2008年7月

「その数学が戦略を決める」イアン・エアーズ(著)文藝春秋 2007年11月

「分析力のマネジメント」ジム・デイビス 他(著)ダイヤモンド社 2007年1月

データウェアハウスやBIツールが普及して久しいが、ここにきてデータ分析を競争力の源泉とする動きが欧米

企業を中心に活発化している。日本はこの分野で大きく水を開けられている。

データ重視経営を求めるビジネス環境

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企業外

企業内

変動の激化 多様化・複雑化

市場の多様化

景気変動

競合状況技術革新

グローバル化M&A

組織再編

顧客ニーズの多様化

グループ経営 ガバナンス

法制度

業務革新

事業多角化リスク管理

ネット社会

変化が著しく先行きが不透明であるほど、また、ビジネスが多様化し複雑化するほど、将来を予測でき先手を打てることが競争力の源泉となる。

コンプライアンス

制度改革

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高まるイノベーションへの期待

閉塞感

長引く景気低迷

国際的な競争の激化

市場の飽和感

デフレ・スパイラルへの懸念

イノベーション

•ブルーオーシャン市場•価格競争からの脱却•新規顧客層の開拓

•新たな競争優位性の獲得

危機感

グローバル競争が激化し、不透明な経営環境においては、これまでの延長線上の戦略では成長が見込めないという閉塞感、さらにはこのままでは生き残れないという危機感から、何らかのブレイクスルーを求める経営者の意識と期待は高まっている。

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情報爆発の時代の到来

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企業が取り扱う情報やデータの量は級数的に増加している。人の手による入力だけでなく、システムログやセンサーデータのように自動的に生成されるデータがそれを増長している。

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企業はデータを活かしきれていない

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有益なものを見つけられない

捨てている蓄えているだけ

分析に足る品質がない

活用する能力がない

活用する意志がない

1 0 1 1

0 0 1 1

0 0 1 0 1 0 1 0

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0 0 1 0

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0

日々新たなデータが生成され、大量の生データが企業情報システムに保存されている。データ分析は多くの企業で取り組まれているが、これをビジネスの競争力として活かしきれている企業は少数派といわざるをえない。

もう1つの需要:サステナビリティ経営

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社会問題への対応

事業リスクの回避

安全・優良な商品・サービスの継

続的な提供

安全・優良な商品・サービスの継

続的な提供

顧客・取引先

適切な情報開示と健全な経営の維持による収益の還元

適切な情報開示と健全な経営の維持による収益の還元

株主

良好な職場環境および報酬の提供と雇用機会の維持

良好な職場環境および報酬の提供と雇用機会の維持

従業員

法令・社会的規範の遵守と地域・社会へ

の貢献と共生

法令・社会的規範の遵守と地域・社会へ

の貢献と共生

地域・社会

生物・土壌・資源等の保全と地球環境

負荷の低減

生物・土壌・資源等の保全と地球環境

負荷の低減

地球環境

サステナブルな経営

買収・倒産リスク

災害リスク

経済的リスク地球温暖化

問題

エネルギー問題

食糧問題

コンプライアンス・リスク

生物多様性問題経営理念と企業風土

コーポレート・ガバナンス

リスク管理

CSR

学習と成長を促す健全な組織運営

適切なコミュニケーションと業務プロセス

顧客・取引先との良好なリレーション

健全な収益構造と財務体質

「見える化」および「分析」のもう1つの重要なニーズの源泉として、企業のサステナビリティ(持続可能性)がある。昨今では、コンプライアンスやCSRの対応といった「守りの戦略」としてだけでなく、企業体質の改善やブラ

ンド力向上といった「攻めの戦略」の一環としても重要性を増している。

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「見える化」への取り組みとその限界

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何が起こったかを、知らない

何が起こったか、わかる

なぜ起こったか、わかる

これから何が起こるかを、予測できる

何をすべきか、わかる

企業のデータ活用の成熟度

高い

データ分析で何ができるのか

見える化

分析

「見える化」はここ数年、重要なIT戦略キーワードとして多くの企業において取り組まれていた。しかし、「見え

る化」は企業におけるデータ活用の最初の一歩に過ぎない。

「見える化」を進化させる

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何が起こったかを、知らない

何が起こったか、わかる見える化

何が起こったか、すぐにわかる

何が起こったか、詳細にわかる

何が起こったか、誰からも見える

何が起こったか、意識せず見える

「見える化」はデータ活用の最初の一歩に過ぎないが、重要な戦略であることには変わりはない。「見える化」の高度化も進めていかなければならない。何が起こったか、「すぐに」そして「詳細に」わかり、経営者から現場にいたるすべての意思決定者が同じデータ(ファクト)をもとに判断し、一丸となって迅速にアクションを起こす。

ダッシュボード

エンタープライズ・レポーティング

エンタープライズDWH 分析ポータル

エンタープライズ・サーチ

アジャイルBI

DWH高速化 ルールエンジン

「見える化」のリアルタイム化

「見える化」の詳細化

「見える化」の共有

「見える化」の自動化

Page 6: 分析力を競争優位に変える データ活用基盤のあり方 · 整備されたdwhや使いやすい分析ツールは、データ分析力を高める要素となるが、それだけでデータ分析

「見える化」を超える分析

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なぜ起こったか、わかる

これから何が起こるかを、予測できる

何をすべきか、わかる

大量のデータから法則を探す

既存のデータを分析する

実験によってデータを作る

仮説を立てて、検証する

視点を変えて…

条件を変えて…

データを変えて…

回帰分析

クラスタ分析

What-if分析

因子分析

相関係数

クラス分類

実験計画法

「何が起こったかがわかる」という「見える化」のレベルを超えて、「なぜ起こったか」「これから何が起こるか」がわかり、次にとるべきアクションとして有効である「何をすべきか」がわかるためには、分析が必要となる。

科学的実験を武器とする企業

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業種 仮説

小売業

フード・ライオンの店舗にロブスター用の水槽を設置すれば、ロブスターの売上げは増加するか

シアーズを併設したKマートの売上げは、Kマートのみの店舗フォーマットより多くなる

か 同じモール内にライバル店舗がある場合、フェイマス・フットウェアの店舗売上げは減

少するか

金融業

ウェルズ・ファーゴのATMで処理できる小切手の最適数はどれくらいか TDバンクが支店の営業時間を週40時間から60時間に増やした場合、預金残高は増

えるか どのようなプロモーションを実施すれば、PNCバンクで当座預金の口座数を、最も効

率的に増やせるか

外食 サブウェイが低脂肪サンドイッチのキャンペーンを実施したら、サンドイッチの総売上げは増えるか

Eコマース オークションにクレジット・カード決済を導入したほうが、イーベイのユーザーの入札価格は高くなるか

出典:『「科学的実験」で仮説を検証する経営』、トーマス H・ダベンポート(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー、2009年7月号)

欧米には、業種を問わず分析力を武器とする企業が現れている。さらに、社内外の既存データを分析するだけでなく、実験や試行によってデータを生成し、仮説を検証している。

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経営に「科学」と「工学」を組み込む

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実装・水平展開

展開計画

結果分析

実験・検証

仮説立案

フィードバック

科学(science)領域 工学(engineering)領域

法則の発見

モニタリング

効率的運用

パターン化

仮説検証により“成功の法則”を発見することが、経営に科学を適用することの意義であるのに対して、“成功の法則”を量産し、継続させるための仕組みをもたらすことが工学の役割であるといえる。

企業のデータ分析力を支える要素

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整備されたDWHや使いやすい分析ツールは、データ分析力を高める要素となるが、それだけでデータ分析

力を支えることはできない。データ分析力とは「データ環境」「リテラシー」「ツール環境」の3つで成り立っており、それらを下支えしているのが企業風土であると考えられる。

企業のデータ分析力

データ環境

ツール環境

リテラシー

企業風土

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データ重視の経営を阻む企業風土の壁

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• 「ウチでは昔からこうしてきた」という「常識」が幅をきかせ、その正当性が検証されない。

• 経営陣がデータや事実の裏づけのない意思決定をしても、批判されない。むしろヒラメキ型のリーダーの方がもてはやされる。

• 分析のスキルを備え、データの山から宝を掘り出そうとする人間がいない。何も思いつかない時に仕方なくやるのが分析だとされ、しかも専門知識をもたない人間が取り組んでいる。

• 「そのアイデアがよいか悪いか」よりも「それをいったのは誰か」が問題にされる。

『分析力を武器とする企業』(トーマス・H・ダベンポート、日経BP社)

トップダウンによる組織的な取り組みで先を行く欧米においても、データ分析の阻害要因として企業風土が指摘されている点が興味深い。国内企業においては、ここで指摘されたような症状によってデータ重視の経営や事実に基づく意思決定が根づかないという企業が非常に多い。

データ重視の企業風土とは

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データ重視の企業風土をもつこととは、経営者、事業責任者、現場マネージャー、現場スタッフなどが同じデータ(事実)を基に議論し、そこから仮説を立て、それをまた検証するために実行(または実験)し、その結果を分析するというサイクルを、特に大きな労力をかけずに回していける状態を意味する。

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ビジネス視点の分析ニーズ

求められる意識改革

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データ重視の企業風土を築くためには、経営層、ビジネス部門およびIT部門のすべてに意識改革が求められる。まずは、事実に基づく意思決定を行うこと、そして、その事実が企業内で唯一無二の事実であるこいとが重要となる。

データ重視経営に対する

コミットメント

データに基づく報告の習慣

データ重視経営の重要性の啓発と支援

経営視点の分析ニーズ

データ重視経営の重要性の啓発と支援

仕組みとして業務に組み込む

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データ分析を企業風土の域まで定着させるためには、特定の分析専門家が利用するだけでなく、ビジネス部門にあまねく利用されることが要件となる。そのためには、特別なスキルと、分析のための手間を必要とせず、業務の中に当たり前のように組み込まれている状態にすることが有効となる。

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分析を目標管理と評価に組み込む

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分析を根付かせるもう1つのドライバは、目標管理や業績評価と結びつけることである。目標と実績の乖離をモニタリングすることに加えて、実績値にいたった原因や、今後の動向予測を分析によって明らかにし、改善や次のアクションに結び付けていくサイクルを、個人レベルから企業レベルの各階層で回していく。

個人レベル

個人レベル

チームレベル

チームレベル

部門レベル

部門レベル

企業レベル

企業レベル

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分析力に必要な情報基盤の要件と進化の方向性

高速性 データ容量

データ鮮度

GB

TBPB

バッチ的(月次、日次)

随時(アドホック)

ニア・リアルタイム

現在の多くの企業のレベル

今後求められるレベル

企業が分析力を武器とするためには、これからのビジネス・ニーズに適合したデータ基盤が必要となる。信頼に足る大量なデータを高速に分析でき、常に変化し多様化する分析ニーズに応えられるものでなければならない。

コスト・パフォーマンスコスト・パフォーマンス

柔軟性・拡張性柔軟性・拡張性

オープン性・連携性オープン性・連携性

リアルタイム

業務フローへの組込み業務フローへの組込み

要件

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• 経営リスクの低減• CSRの向上

• コンプライアンスへの対応

結論

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企業は分析力を単なる業務効率化の手段から、ビジネス貢献のための武器へとレベルアップさせていかなければならない。さらに、企業の持続可能性の向上およびビジネス・イノベーションの創出へと結びつけることで、グローバル競争における優位性を高めていくことが求められる。

サステナビリティ経営

• 顧客価値の増大• 新規事業の創出• ブルーオーシャン市場の開拓

ビジネス・イノベーション

• 迅速な意思決定• 顧客満足度の向上• ビジネス機会の創出

ビジネス貢献

• 生産性向上• コスト削減• ペーパーレス

業務効率化