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1 第1部 授業研究シンポジウム 世界の家庭科における授業研究 ~良い授業を創るために指導計画から評価まで 教員同士でどのように協働していくのか~

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第1部 授業研究シンポジウム

世界の家庭科における授業研究

~良い授業を創るために指導計画から評価まで

教員同士でどのように協働していくのか~

Page 2: 第1部 授業研究シンポジウム 世界の家庭科における授業研究ww1.fukuoka-edu.ac.jp/~kaseika/kishin/pdf/ReportJap_pp1-32.pdf · 応用、分析、評価について把握するスキルや実践スキルの向上を重視しているとしている

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家庭科教育における授業研究—アイルランドの視点—

キャサリン・マクスウィニィ

セントアンジェラス大学,アイルランド

はじめに

家庭科の授業研究に関するシンポジウムと国際会議を兼ねたこのイベントでスピーチを

する機会をいただき、また日本に招待いただき感謝の意を表する。家庭科教師の専門知識

の向上に関し、家庭科の専門家の方々による意見交換の機会に喜んで参加する。このプレ

ゼンテーションではアイルランド式の家庭科授業研究における質の向上について、概要を

説明する。

まず、家庭科のカリキュラムにおける概要、教育方法の伝統、評価、現在教師間で実施

中の合同実務について説明する。概要では我々の今日の活動内容における近況を説明し、

今後の授業研究の国際連携を後押しする。次に、家庭科における授業研究を実演するにあ

たり、実演に関する研究活動の概要を実施する。具体的に、北アイルランド(NI)とアイ

ルランド共和国(RoI)の家庭科教師との提携プロジェクトを参考に説明する。最後に家庭

科やその他の授業における研究活動から得られた結果を専門知識として報告する。

家庭科のカリキュラム

アイルランドのジュニアサイクルにおける家庭科のシラバスでは、食物と調理技術、消

費者、社会と健康、資源管理、家事と繊維に関する 5 種類の研究内容を軸に授業内容を組

み立てている。生徒は育児やデザイン、工作、裁縫などの分野についてもプロジェクト活

動として部分的に行う。プロジェクト活動では、前記の軸となる研究内容をそれぞれ集中

して詳しく学習できるよう、生徒を後押しする。例えば、育児は社会や健康の研究に関連

し、デザインや工作は資源管理に関連し、家事や裁縫は繊維の研究に関連する。ジュニア

サイクルにおける家庭科のシラバスでは論理的な家庭科教育を行う。家庭科は若者が将来

どのような生活をしながら生きて行くのかを直接認識するための科目である。重視すべき

点として、家庭やコミュニティの両面において人間が将来成長しながら生活してゆく中で

欠かせない発達がある。いくつか参考となる長所の内容を挙げる。

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シニアサイクルにおける家庭科のシラバスでは軸となる項目を必修項目とし、3 種類のテ

ーマから 1 つを選択する選択項目に分けて授業を進める。食物については、最終筆記試験

と食物に関する実習としてプロフォルマ式の仕訳帳を作成し成績を評価する。繊維、ファ

ッション、デザインの項目を選択した生徒については実習内容を評価する。家庭設計、家

庭管理または社会研究の項目を選択した生徒については筆記試験の結果を 80%、食物に関す

る授業の成果を 20%考慮して評価する。繊維、ファッション、デザインの項目を選択した生

徒については筆記試験の結果を 70%、食物に関する授業の成果を 20%、選択した課題の成績

の 10%を考慮して評価する。シニアサイクルの家庭科において重要視すべき論理的根拠、目

的、目標を分析することで、シニアサイクルの学生が地域社会や国際社会、家族で生活す

る上で欠かせない知識を身につける。ひとりひとりが独り立ちし、家族に対する思いやり、

身近な環境や遠隔環境を意識する点について特徴付けながらシラバスを作成している。こ

のような環境で資源を維持することが現代の家庭科教育における課題であり、個人や家族

の幸福を参考に学習する。

家庭科授業における教授法・学習方法について

アイルランドにおける近年の家庭科教育に関する研究では、専門家が問題解決に加え、

応用、分析、評価について把握するスキルや実践スキルの向上を重視しているとしている

(マクスウィーニー2014)。家庭科教師の多くはアクティブラーニングや生徒主体の授業

などの幅広い方法論を取り入れるよう取り組んでいる。前述の手法は高次学習の発達と関

連し、取り組みは学習プロセスや価値の向上を重視して設定している。アイルランドにお

ける家庭科教育では、問題となる学校の事情、教師の「情熱」、生徒の能力や授業のプロ

グラムに応じ、高次学習と低次学習に授業内容が分類されることが実証されている(マク

スウィーニー2014)。その一因として低次学習が選ばれ、「授業の進行スピートを上げ、

理解したい部分がわからなければ、我々がその理解すべき部分を生徒に説明する必要があ

る」としている(マクスウィーニー2014,p.196)。ジュニアサイクルの期間におけるプ

ログラムはセカンダリスクール全体における卒業プログラムよりも重要視され、結果とし

て low-stakeassessment(日々の学習診断を目的とした評価)をジュニアサイクルにおけ

る最終目標として課すことにつながる。対照的に、high-stakeassessment(学力向上を目

的とした、試験を中心に成績をつける評価)では直接的な授業(実習など)や「(試験な

どによる)成果」を基準値として重視し、卒業レベルの学力を満たしていることを確認し、

「テストや授業態度などによる結果」を重視した評価内容となっている。さらに、教科の

論理的側面を応用して従来の「直接授業」に取り入れることで、低次学習を実現する。手

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短に説明すると、家庭科の教師は実践的な学習やアクティブラーニングを家庭科の授業に

取り入れることで、有意義な学習内容によりスキルの向上が可能になると考えているが、

直接的な授業方法についても試験による評価基準を準満たしているかについて検査する上

では実用的と考えている(マクスウィーニー2014,p.196)。

家庭科教師による授業内容を計画の方法、授業の実施に必要な情報を共有しながら

連携する方法について

家庭科教師のほとんどは学科内部の教師と連携して職務を遂行し、計画的に教科内容や

方針などを考える。一般的に学校当局では、教師と学科は読み書き、基本的な計算能力や

発達教育を組み合わせるなど、指導の面における発達を重視する。学校の計画は視察団な

どよる視察や学校全体の評価による方針やフィードバックをもとに実施し、教師の多くが

一般的な計画(すなわち学科全体で考えた計画方針)に基づいて職務を遂行する。しかし、

家庭科教師のほとんどが独自の授業計画を作成しているため、教師が計画通りに実行でき

るよう専門的な支援が多少必要となる。

家庭科授業の評価について

アイルランドの家庭科教育事情における授業の評価の実施は様々で、最近では、わずか

ではあるが累積的な評価を使用している家庭科教師が多い(マクスウィーニー2014)。多

くの家庭科教師が累積的評価と形成的評価の両方の要素を評価の実施に取り入れているが、

授業内容の強化が期待される評価方針を取りそろえた形成的評価を採用する教師が多い。

家庭科教師の中には、評価はテストの点数により行い、「教師は評価方法にあまり自主

性をもたない方がよい」という考えをもった教師も存在した(マクスウィーニー2014,

p.193)。本研究において、我々が考察する内容に関連した興味深いコメントが 1 件あった。

それは教師次第という内容であり、「このインタビューの中でも極めて重大な内容であり、

教育とは何であり何が重要かについて改めて考えさせられた」(マクスウィーニー2014,

p.193)。

面白い回答(マクスウィーニー2014,p.193)として、形成的評価を取り入れる理由と

して、視察団が形成的評価の使用を要求しているからであるといった以下の内容も参考に

したい:

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「実際に視察団は形成的評価の実施を推奨しているが、教師がその評価方法を使用した

いのか、使用したくないのかについては視察団側の問題ではないと考える。評価方法の内

容を変える必要がある場合、教師もそれに応じてより高度な研修や教育を受ける必要があ

るということだ。」

実践的に形成的評価を使用する家庭科教師は形成的評価の基準について忠実に授業を進

めなくてはならず、生徒のニーズに沿って指導方法を調整する必要がある。より議論する

必要があり、アイルランド事情において家庭科教師は試験結果を累計的に評価し、なおか

つ既存の科目評価設計を最優先に考慮し、生徒が家庭科における目的・目標を満たし取り

組んでいたか否かについて判断する必要があると考えている。

家庭科教師の専門性向上について

アイルランドにおける教師の一般的な実務は、特にカリキュラムが変わり新しくなった

場合において「職務を通じて」専門的能力の開発を日常的に行うことである。近年、専門

家は授業による教育により生徒が学習するよう改善する取り組みを行う場合において、授

業研究の価値を模索している。指導者と生徒、指導の背景とは対照的に、授業研究のプロ

セスにおいて重要な部分は仲間同士での取り組みという点である。その重要な特徴として、

授業研究では自己的・総合的に内省し、指導技術や経験事例をシェアしながら実験的に取

り組む。

家庭科の背景において、授業研究での実務的な活動は少ない。議論すべき点として、授

業研究を行う SCoTENS プロジェクト(SCoTENS2012)ではセイント・アンジェラ大学、ク

イーン大学、スライゴやベルファストの各地から専門家が集まり、授業研究技術の応用の

第一人者として、アイルランドにおける家庭科教師の専門的能力開発を率先して行ってき

た。2012SCoTENS(StandingConferenceonTeacherEducationNorthandSouth、南北

教師教育常設会議)の会報に研究成果が記載されている。本研究は北アイルランド(NI)

とアイルランド共和国(RoI)の両国において、2 校のセカンダリスクール(日本で言う中

学・高校)を対象に、専門知識を最新の取り組み方法に取り入れながら分析する目的で実

施してきた。本研究では以下の 2 種類の質問を行った:

・授業研究では学校全体で連携して効率的に教師の育成を行うことができているか?

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・教育法を改善する要因と障壁をつくる要因にはどのようなものがあるか?また授業研究を

通して結果的にどのような知識を生み出すことができるか?

プロジェクトは学年度毎に実施し、カバン州(RoI)やベルファスト州(NI)の各校から

スライゴやベルファストの大学までの様々な教育機関が参加し、お互いの学校を訪問する

などの行事を計画的に行い、連携的に活動している。学校や団体はそれぞれの学習研究プ

ロジェクトのテーマを決め、それぞれの学校や教師が関心をもつ内容をテーマとし、ベル

ファストの学校は 1 チーム 3 名の教師で 2 チームに分かれ、学習評価(AfL)と読み書き能

力の開発をテーマに授業研究を進めた。読み書き能力開発チームを対象に、演劇、歴史、

社会科(AfL チーム)、英語や地理などの教科の授業を各学年に実施した。カバン州(RoI)

の教師は家庭科教育をテーマとし、教育学的かつ微生物的に考察し、合計で 6 年間の授業

(6 年目はセカンダリスクールの上級学年)をもとに研究を実施してきた。

プロジェクトの実行

本プロジェクトに参加する教師はテーマの課題に明確に取り組み、チームの基本原則と

してお互いを信頼し、守秘義務を守り、専門性をもち、お互いを尊敬し、耳を傾け、リス

クを背負い、改善を受入れ、批評を建設的に行い、積極的に課題に取り組んでいる。授業

の形式は以下の 3 項目を踏まえて構成している:1)学習の意図、2)学習における関連性・

有効性、3)実演強化。教師は研究者として、生徒や過去の授業のディスカッションテンプ

レートによるフォーカスグループについて質問や問題を設定し、研究グループの教師間で

共有する。

研究結果

教師により収集したデータから、授業内容の改善を平等に行い、協力的な心遣いで実施

しているかなどに関する授業方法の有効性について確認した。教師はプロジェクトにやり

がいと達成感をもって取り組んでいた。良い授業を協力し合いながら共有することがとて

も大切であり、この取り組みではプロジェクトの参加者全員が仲間として連携して専門知

識を開発することが有効的としている。参加した生徒についても、生徒の視点からフィー

ドバックを行い評価することができ、有意義であった。

その他の専門知識の開発方法とは対照的に、教師は基本的な取り組みで授業研究を行う

のがよいと考えていた。専門知識の開発が規則的でなおかつ効果が限定的なモデルを使用

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するのではなく、柔軟性をもち継続的に機能するものが適していたと考えられ、生徒自身

も他の方法と区別して重点的に取り組んでいた。

教えることについて改めて実感した教師は計画実行した教育方法を用いたことで、授業

の実務スキルを改善した。授業研究は様々な点において授業の実務に影響を与える。例え

ば、採用した教育方法や指導方法を授業研究で観察した結果、教育方法について生徒のフ

ィードバックを受けたことにより、実際の授業においてより大きく反映させながら授業内

容を改善する機会を得ることができた。

授業の評価に生徒を参加させることにより、教師の専門性と実践力を効果的に向上させ

るため、より有意義な授業研究となった。生徒を参加させることにより、教師が授業の実

務に関する専門知識をより基礎的に強化させるのに役立ち、同時に生徒自身も授業の当事

者であることを認識しているため、生徒の学習という面を意識して常に授業を行うことが

重要である。

授業研究における難点として観察の問題が挙げられているが、教師全員が価値のある経

験であると認識し、ためらいながらも楽しさを実感しながらに参加していた。このように

本研究では、教師が観察されているということではなく、教師の指導や学習のプロセスが

生徒にどのような効果をもたらすのかという点を早い段階で重視してきた。

良い授業を行う場合、自己評価と内省が極めて重要であると広く認識され、観察と授業

を分析することにより、授業研究におけるサイクルを部分的に構築させるため、自己評価

や内省を行う場合の重要なスキルを発展させる上で極めて重要な手段と言える。

チームと連携して作業することが有効的で楽しい経験になると考えている。他の科目や

授業で実施している授業内容を教師間で共有することについて、研究結果からも極めて重

要かつ有効的であるとされている。教師自身もグループ内で専門知識開発に関する情報源

を共有する機会をより必要としている。これは、教師が授業を自力で行うという従来の方

法とは対照的である。

問題点と課題

本プロジェクトの参加者全員が教師同士で連携する時間と新しいアイデアを産み出す時

間を体験することができ、よい課題となった。別の課題として、授業のパフォーマンスが

低く不適切な可能性が高い場合、生徒が自意識過剰になってしまうといった点が浮上し、

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これを防ぐためには生徒に研究の目的を的確に伝える必要があったが、この課題に対して

教師は時間をかけて授業の段取りをより的確に把握してきた。

結論

授業研究は教師の育成の面で、仲間意識をもって取り組む上で効果的で、教師自身の内

省をサポートする。指導方法を改善する上では建設的な方法であると考えられ、教科を通

じて授業による教育を改善することにより、同時に指導上、教育上の課題を見つけること

ができた。プロジェクトでは教育への取り組み、課題の取り組みに欠かせない情報や授業

計画などを実験的に使用する機会を教師に与え、大学の研究による支援が必要になる場合

もあり役立つとされた。結果的に、授業研究における重要な特徴として、研究において生

徒の参加が有効的であった。

2012 年の授業研究プロジェクトの成功を受け、アイルランドの家庭科教師が教師同士で

授業研究を実施するメリットについて議論するようになり、グループを学校内で形成する

ようになった。現在のプロジェクトの目標は指導実務、生徒の学習、組織的発達の強化で

あり、状況などに応じて授業方法を変えることが可能なように環境を整え、学校間のコミ

ュニティを大きくし、最適な指導実務を模索しながら蓄積と普及させることである。また

プロジェクトの目的として「指導実務のコミュニティ」を学校内においても発展させ、教

師が連携しながら家庭科の指導実務を改善させることを目指す。

参考文献

McSweeney, K 2014, ‘Assessment practices and their impact on home economics education in

Ireland’, PhD thesis, University of Stirling, Scotland,

https://dspace.stir.ac.uk/bitstream/1893/21804/1/Thesis%20Kathryn%20McSweeney.pdf

McSweeney, K., Gardner, J. (PI), Galanouli, D., & Magee, M. (2012) Exploring Japanese Research

Lesson Study as a Model of Peer-to-Peer Professional learning. Available at:

http://scotens.org/site/wp-content/uploads/Scotens-Report-FINAL-.pdf

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「家庭と消費者の学習(HomeandConsumerStudies)」における

学習研究(授業研究)—スウェーデンの事例—

カリン・ヤルメスコヴ

ウプサラ大学,スウェーデン

本稿では、スウェーデンの「家庭と消費者の学習(HCS)」における教師の協同による教

授法の開発について論じる。これを行うには、まず科目HCSについてと、スウェーデンのHCS

教師の状況、及び日本の「授業研究(lessonstudy)」と類似した方略である「学習研究

(learningstudy)」について述べる必要がある。

「家庭と消費者の学習」のカリキュラム

現在「家庭と消費者の学習(HCS)」と呼ばれている家庭科の科目は、スウェーデンで長

い歴史を持っている。それは1880年代に女子対象の科目として導入され、1962年には男女

共修の必修科目になった。シラバスの最新の改訂版は2011年に作成された。生徒は9年間の

義務教育の間にHCSを合計118時間学習する。科目の中では最も少ない配当時間である。授

業時間は地方自治体あるいは学校で決定されるため、HCSが教えられている学年は多様であ

る。一般的な状況では、6,8,9学年で教えられ、授業時間は60〜120分である。また、教室

や利用可能な設備は、特別に設計された設備の整った教室から、教師がコンロや水道を利

用できない状況まで様々である(Lindblom,2016)。

「家庭と消費(HCS)」のシラバスの構成について説明していきたい。

まず、目的は、以下の4つとなっている。

・生徒に、家庭や家族の中での日常生活の管理能力を身につけさせる

・日常生活と持続可能な開発との関係について生徒に認識させる

・日常の選択と行動を評価するためのツールを生徒に提供する

・生徒に自分自身や他人の世話ができるようにさせる

次に、中心となる考え方は、健康、経済、環境であり、「家庭と消費者の学習」におい

て持続可能な開発を具体的に実行する方法と、持続可能な開発における3次元要素(社会、

経済、生態学)に対する考え方を身につけることである。

中心的な内容は、(1)食物、食事と健康、(2)消費と個人財政、(3)環境とライフス

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タイルの3つの分野である。歴史的に内容を振り返ると、内容領域が狭められてきたこと

がわかる。食物はいつも中心的な内容だが、掃除や洗濯などの家事は、1900年代後半のシ

ラバスと比較して今はあまり注目されていない。

成績評価は、AからFの6段階評価で、AからEを合格とし、Aを最高評価としている。E、C、

Aのそれぞれの成績において基準となる知識を必須知識とし、6年次と9年次の修了時に評価

される知識である。

例えば、6年次、E評価の場合、以下が必須知識である。

・生徒は食事の計画・準備を行い、必須事項を「ある程度」取り入れながら食事に関する

課題を遂行することができる。課題において、料理を「基本的な」安全性かつ機能性を

考慮しながら方法、食料、道具を使用できる。作業手順とその結果を「簡単に」考察す

ることができる。また、「簡単に」食事のバリエーションやバランスを論理的思考で考

慮することができる。

・生徒は消費と個人財政の関連性を「簡単に」ではあるが論理的に応用し、商品について

反復的に学習し、商品の価値を環境や健康への影響を考慮しながら比較することができ

る。また、「簡単に」広告と消費者情報間に生じる違いを論理的に応用することができ

る(HCSsyllabus2011)。

HCSの教師は、最初に教材を計画し、シラバスに基づいて学ぶべきものを学ばせ、ごくわ

ずかな時間で学生の知識やスキルを評価できるようにするという細心の注意を要する任務

を担っている。もちろん、時間と教室の設備に関する総合的な状況は重要であるが、教師

の知識も非常に重要である。先生方と議論するとき、次のような特に重要な問題が強調さ

れている。

・授業時間が短い

・計画時間がほとんどない

・食料品の買い物、生徒の評価や文書化、教室のメンテナンスなどの作業に時間がかか

りすぎる

・評価システムが否定的な意味で教授に影響を与えている(理論的な授業がより多くな

っている、教師は学生の学習プロセスではなく評価に焦点を当てている)

・議論し協力する同僚の不足

HCSの教師が自分の教授法を発展させることを助ける試みはほとんど行われていない。

HCSの教師ネットワークが夕方や昼に小さな会議やディスカッションを開催しているが、州

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レベルでは、PISAなどの国際的評価の科目である数学、自然科学、スウェーデン語のよう

な科目に焦点が当てられている。スウェーデン国立教育庁は、過去数年にわたって多くの

科目について何らかの評価をしてきたが、HCSは省略された。これは、HCSとそれを教える

教師にとって大きな問題である。

HCSの教師の専門性の開発

HCSを教えることは、しばしば孤独な使命である。小規模な科目であるため、科目を教え

る教師が学校に1人しかいないことも珍しくない。前述のように、いくつかの地域では、教

師が自分たち自身で、あるいは自治体の学校運営の助けを借りて、HCS教師のネットワーク

を組織して、専門性の開発と科目の開発をしている。スウェーデンでは「授業研究」の方

法は足場を得ていない。しかし、同様の方法がいくつかの地域で実施されている。この方

法は「学習研究」と呼ばれている。Eriksson(2013)によると、これらの2つの協同開発方

法には、次のような共通の機能がある。

・出発点としての、指導と学習の状況に関する課題がある

・教師間(および研究者)間での連携がある

・研究者の観点である

・学習状況のデザインの改善をする

・詳細な課題から生まれた体系的な観察をする

エリクソン(Eriksson,2013)は、「授業研究」では授業開発において広い範囲を網羅

しているが、「学習研究」では特定の内容を学習するための最良の状況を開発することを

意図している点が中心的な違いの1つであると述べている。さらに、「学習研究」において

は、学習理論である、バリエーション理論(例えば、Lo&Marton,2012;Brante&Brunosson,

2014を参照)が、授業デザインと学習状況分析の基礎として使用される。

バリエーション理論の観点から見ると、生徒は世界の理解(自然の態度)についてすで

に形成されている状態で授業にやって来る。これは、しばしば、教師が教えようとしてい

る科学的概念と矛盾するので、学習の障害になる可能性がある。教師は、生徒の自然な態

度を認識し、生徒が自然な態度をより科学的な理解へと発展できるように、どのような教

え方をするかを検討する必要がある(Lo&Marton、2012)。教師は、生徒の学習が可能に

なるように、様々な方法で特定の内容を扱わなければならない。これは、2人のHCSの教師

が参加した研究調査において行ったことである(Mårtensson&Pardue,2016)。

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HCSにおける学習研究−その事例

2人のHCSの教師は、レシピに従った調理の際の台所用品の選択について、生徒が学ぶこ

とを目的とした学習研究を実施した。最初の段階は、シラバスを研究し、目標を立てるこ

とであった。彼らは、まず料理に関する知識要件に焦点を当てた。第6学年では、生徒は以

下のことができるようになるべきとされている。「食事を計画し準備し、食事に関連する

他の仕事を行い、活動の必要条件に適応させてこれを行う。生徒は基本的に機能的かつ安

全な方法で、調理方法、食材、道具(器具)を使うことができる。・・・」

第2段階は、予備テストを実行することであった(レッスン1)。これを行った時、教師

はレシピと評価表を見せ、それ以上は何も指導せず、調理実習を始めた。生徒たちは、ペ

アを組み、レシピに沿って作業し、二人で協力して問題を解決しながら調理を行った。そ

の後、生徒たちは個人別に評価シートを記入した。予備テストから収集したデータを反映

して、教師たちは1つの具体的な教授方略を使って授業(レッスン2)を計画した。この場

合、教師はレシピを大声で読んで調理実習を始めた。生徒たちは1つの作業ごとにどのよう

な道具を使うべきかを選択した。それから、生徒たちは調理を始める前にすべての食器と

食材を用意してから調理を開始した。授業の最後に、生徒たちは評価シートを個別に記入

した。授業後、授業の録画を見ながら、教師たちは授業を振り返り、生徒の学習プロセス

を改善するために必要ないくつかの問題や重要な側面を見つけた。教師たちは、さまざま

な形式の情報(書面および口頭)を使用することにより、学生の調理器具使用に対する認

識の違いが示されていることに気づいた。レシピは最も重要なツールとして認識され、さ

らに、情報と説明がより明確になり、生徒たちが器具の確認とロック解除に積極的に参加

する必要があることを教師たちは認識した。この後、教師たちは授業の改良版を作成した

(レッスン3)。この中で教師はレシピを読み上げ、生徒は以前と同じように調理器具を選

択した。しかしこの授業では、教師はレシピシートの一番下に「器具の欄」を提示した。

生徒はその欄に使用する器具とその使用法を記入してから、調理を開始した。調理と試食

の後に個人評価シートに記入した。振り返りの後、3つ目の授業変化が行われた(レッスン

4)。そこでは、食器の説明や議論を行わず、食材を生徒に渡し、教師が調理の段取りをひ

とつずつ実演しながら、それに合わせて生徒が段階毎に真似をしながら調理を進行した。

他のレッスンと同様に、授業終了時に評価シートを個別に記入した。

教師がこの一連の授業で得た結論は、レシピシートの下部にある「器具の欄」を使用し

てレッスン3で使用された方略が最も成功したということである。生徒はレシピを注意深く

読んで、調理器具と調理方法の関連性を認識し、自主的に作業をした。この授業に参加し

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ていた教師の一人は、この研究プロジェクトの終了後もこの授業方法を引き続き使用して

いると語っていた。

結論

教師たちにとっては、授業力の開発に協力に対するニーズがある。これは教師が望むも

のであり、以下のスウェーデン国立教育庁が自然科学の学校開発プロジェクトを記述した

文章においても、同僚による学びが成功への鍵として認識されている。

「教員の教科専門知識と教訓的スキルを強化するために、学校は、同僚による、長期的、

構造的能力開発のための態勢を作る必要がある。教科授業における同僚との学び、他の学

校との公式的な協力、自治体の学校開発を通じて、教師は生徒の学習の状況を改善するこ

とができる。(www.skolverket.se)」

「授業研究」や「学習研究」の使用は、そのような同僚による学びを構造化する方法に

なり得る。Brante&Brunosson(2014)は、「学習研究」プロジェクトに参加している教師

が、子どもたちがどんな学びを提供されているかに気づき、それが実際どのように学習す

るかに影響を与えていることを説明している。教師たちは、また、特定の内容を提示する

にはいくつかの方法があることを認識し、彼らの行動を変えて、授業計画に反映すれば、

教授や生徒の学習を向上させることができることを学んだ。

ストックホルム大学のIngerEriksson教授のリーダーシップの下、「学習研究」プロジェ

クトに参加した経験を共有してくれたストックホルムのSofiaskolanのHCS教師Carol

Pardue先生に感謝します。

References

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förutsättningarföreleversmöjlighettillmåluppfyllelse.(Englishtitle:The

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「栄養と食品科学(NutritionandFoodScience)」の授業

に関するレッスン・スタディ

アンジェラ・ホ

セラングーン・ガーデン・セカンダリースクール(SGS),シンガポール

はじめに

本発表では,シンガポールの「栄養と食品科学(NFS)」におけるレッスン・スタディと

授業でのプロジェクトの概要を紹介する。具体的には,NFS のカリキュラムの概要,レッ

スン・スタディの実施と評価,外部パートナーとの連携についてである。特に,レッスン・

スタディの過程と実際について説明する。レッスン・スタディは教室での実践に根ざし,

生徒のニーズに基づく,特に教師に関係する営みである。この過程は,教師が実践者と研

究者の両方として機能する専門家であることに気づかせてくれる。本報告では,教師がグ

ループ内で共有している専門知識を活用し,生徒のための授業をどのように改善するかに

ついてのアイデアを生かす方法に焦点をあてて述べる。

プロジェクトの概要

毎年,私たちの生徒は,さまざまな地域社会と関わるプログラムを通じて,教室を超え

た学習に着手している。これにより,生徒は将来の準備のために,ライフスキル,価値観,

そして 21 世紀型コンピテンシーの体験学習に夢中になる。同時に,生徒は,健康的な生

活を支持することを通じて社会に還元したり,そうした活動に対し共感する学校の価値観

を生かす場を提供される。

全体として「NFS を地域社会に浸透させる」というテーマは,ACTIVE@SGS の枠組みと

密接に関連している。この枠組みは,すべての健康関連プログラムにとって重要である。

生徒たちは,興味や情熱,活き活きと暮らしたいという欲求のもと,教えられた内容を理

解した後,他者に影響を与え,友人や家族,社会にとって活動的で健康的なくらしを促し

たいとの希望をもってさまざまな学校活動に参加し,健康的なライフスタイルの選択肢を

選びとっていく。

ACTIVE@SGS は 3 層で,シンガポールの中学校の 4 段階で構成されている。3 つの層は,

知ること,生きること,そして先導することである。4 つの段階は,年齢に応じた活動で

構成されている。管理計画,カリキュラム,教育と学習の実践,生徒の日常のルーチン,

そして生徒活動の一部からなる。

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第 1 段階は,中等学校 1 年生 13 歳のための段階である。すべての 1 年生は,中等学校入

学時に「食と消費者の教育(FCE)」を受ける必要がある。学期の終わりには,彼らはライ

フスタイルプログラム(LSP)に参加する。1 期のLSP は 2 つの要素,すなわち 2 日間の

スポーツ・フォー・ライフ・プログラムと,クラス対抗の健康的なサンドイッチづくりコ

ンクールで構成されている。「LSP のためのスポーツ」プログラムを通じて,1 期の生徒は,

日常生活の中で生徒が取り組みにくいアーチェリーなどの活動を含む様々なスポーツ活動

を行う。この内容は,これまでに行ったことのないスポーツを通じて生徒の積極的な生活

への関心を広げるのに役立つ。また,スポーツ教室に属していなくても,中学校で楽しく

できるスポーツを見つけるのに役立つ。二つ目の内容である健康的なサンドイッチづくり

コンクールは,生徒が健康的なサンドイッチについて学習し,試してみる機会を提供する。

生徒は自らの創造性を発揮し,サンドイッチを完成させるためにチームで作業し,作品を

審査員に紹介する必要がある。競争を通じて,生徒は学校の一員として自信を持ってサン

ドウィッチを作り,自分の料理レシピを家族や友人と共有し,愛する人に健康的な食事の

重要性を教えることを奨励される。生徒はまた,例えば「私の健康的な食事」のような栄

養ツールや,サンドイッチに使われる様々な食材に含まれる栄養価についても学び,それ

を友人や関係者と分かち合う。こうした取り組みは,学校を健全な学習環境にし,生徒,

親,コミュニティの持続可能な健康習慣を促す。このプログラムは,ACTIVE@SGS の「知

ること,生きること」の 2 つの層を実現する。2 番目の段階は,2 年生で,この段階では全

2 年生が,1,2 年生で学んだことをコミュニティに適用する必要がある。FCE の授業を通じ

て,彼らは内容の知識を適用し,家族にやさしい健康レシピを作成する必要がある。ここ

では SingaporeKindnessMovementco と協力している。外部のパートナーとの連携により,

生徒は学習を深めることができるだけでなく,「知ること,生きること,先導すること」に

よって共感を広げることができる。3 番目の段階は,3 年生のためのものである。FCE を学

ぶ 3 年生の生徒はすべて,シンガポールの TOUCH 糖尿病学会とシンガポールの住宅・開発

委員会との連携により実際の体験を通して学習する。これらの 2 つの外部パートナーは,

組織された健康活動を通して生徒が近隣の住民に手を差し伸べることを可能にする。これ

は生徒活動の学習として授業計画に組み込まれている。最終段階は,4 年生および 5 年生向

けで,食品や栄養関連の活動に関心を示した生徒は,SunriceCulinaryInstitute での実

習に参加することができる。これにより,生徒は 3 つの段階で学んだことを適用しながら,

生徒,親,コミュニティの健全な習慣を維持し促進する。

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表 1「栄養と食糧科学(NFS)」を地域社会に浸透させるためのプログラム一覧

レベル 内容 実施年

Sec1 健康なライフスタイルキャンプ 2015–現在Sec2 “シンガポール親切運動による健康的な

レシピ”のためのオンラインレシピづくり2014–2015

Sec3 “シンガポール TOUCHDiabetes”とのコラボレーション

2015–現在

ヘルスケア部門のコミュニティプロジェクトのためのシンガポール住宅開発委員会(SingaporeHousingandDevelopmentBoard:HDB)とのコラボレーション

Sec4and5 SunriceCulinaryInstitute でのインターンシップ

2015–現在

コミュニティと連携した「栄養と食糧科学(NFS)プログラムの目的と目標

プログラムの目的/目標は次のとおりである。

・科目および教育内容に関する知識のレベルを上げる

・生徒の視点からの学習課題を設定し理解する

・生徒の学習と長期的な発達のために目標を設定する

・教師と生徒の利用可能な授業計画/資源の質を向上させる

・教師の専門的力量を向上のためにコミュニティや他の学

習機関との協働を促す

一般的な教育方法について議論する研修会やセミナーとは対照的に,レッスン・スタデ

ィは授業という現場における実践的な内容について議論する。進行型の議論を積極的に行

い,教師が生徒への指導内容,目標や課題点に応じてより適切に授業内容を調整しながら

授業を行う。(21 世紀型スキルを取り入れる)

プログラムの強化を通し,生徒は以下のことができるようになる。

・実際の仕事を経験し,「食品と栄養」の理論と実践を統合し,異なる分野で必要とされる

スキルを認識する

・キャリアの関心事や仕事の価値と生活の目標を特定して探求する

・学業やキャリアの目標を達成するための努力において,継続的な改善と生涯学習の必要

性を理解する

私たちの生徒は学校でも家庭でも支援される。保護者は,地域のプログラムに参加して,

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子供が教育と 21 世紀スキルを効果的に得られるよう導く。私たち教師は,健康と栄養学

の関連知識をもって生徒を導くことが求められる。

「健康と栄養の改善」を教えるための指導と学習のアプローチ

レッスン・スタディは,外部団体と協力して生徒の学習に付加価値を与える前に,教師が

FCE の授業を計画する上で重視する重要な枠組みである。レッスン・スタディは授業調査の

一種であり,教師間で連携しながら計画,授業,観察しながら授業の結果を共有する。レッ

スン・スタディグループには協力しながら授業と学習内容を改善したいという意思を持った

教師が複数所属する。多様な視点から知識を開発する目的で,レッスン・スタディグループ

は 1 グループあたり 3 名から 6 名までで構成するのが最適である。チームの構成は教師のレ

ッスン・スタディに対する関心や中心となるテーマに応じて決め,一般的に参加者は学科や

科目毎にグループ分けされる。

レッスン・スタディの目的は次のとおりである。

1)教科と教育的内容に関する知識のレベルを向上させること

2)生徒の視点から学習に関する課題点を特定し,把握すること

3)生徒の学習や長期的発達のための目標を設計すること

4)利用可能な授業計画や情報源に関する質を向上させること

5)専門的開発のための連携を促すこと

レッスン・スタディは 5 ステップで構成されている。

1.目標設定:学習目標では授業の土台となる,指導や観察の「理由」を考える。チーム

では生徒と学習目的について議論するところからスタートし,レッスン・スタディでは一

般的に知能,心理的行動,性格の質などの面において発達・学習することを第一目標とし

ている。しかし,授業では学問的な目標を中間目標として考える。例えば,NFS の授業では

教科を通じた生徒のスキル向上を重視しており,この点を広い意味での発達目標とし,セ

クションごとに狭い範囲で見た場合,食事による病気などの知識を向上するなどの目標が

ある。

2.計画:本校のレッスン・スタディチームでは,従来の指導方法や今後の指導方法に

ついて情報を共有するところから始まり,授業での活動や課題,演習などの様々な授業内

容についてのメリットを議論・考察するのが一般的である。生徒の学習を重視しながらも,

教師が従来の教育方法や実際に目の前で直面した課題などをテーマとし,知識として蓄え

る。過去の経験や個人の取り組みを参考にしながら,チームで設定した学習目標を生徒が

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達成するように授業内容を設計する。

3.授業研究:授業の準備にあたり,チームでは生徒がどうすれば目標に向かって学習し,

学習目標を達成できるかについて証明しながら最適な授業方法について考える。チームで

は生徒の反応を想定して作成した観察ガイドラインを作成し,生徒からどのようなことを

見取り把握できるかという点について判断する。

4.分析と修正:ここでは,チームの教師 1 名が実際に授業し,その他の教師がこの授業

に参観しながら生徒の学習内容,考え,生徒の関わり方について観察しながらその場で行

われている内容をとらえ,把握する。

5.反映:チームではレッスン・スタディの内容を資料としてまとめ,レッスン・スタデ

ィへの取り組みからどのような成果と課題を得たかについて記録し,その後のレッスン・

スタディサイクルに生かす。

本校では NFS の教師 4 名によりレッスン・スタディチームを構成し,チームのメンバー

は週に 1 回,最長 1 時間のミーティングを実施している。メンバーは授業を実施する上で

の問題点をコンセプトやトピックとして話し合う。この話し合いでは学校カリキュラムや

教育省のシラバスを確認しながら実施している。学習目標は生徒の実施が特に難しく,科

目や学科で特に重要とされるトピックやスキルを軸に設定する。ミーティングのうちの 2,

3 回は授業で指導する内容が授業活動,課題,演習の内容が異なる場合においてどのような

メリットを持つかを議論する。

レッスン・スタディは教師間のコミュニケーションを強化する。教師は,生徒に適切に

反応したり,より援助的な方法でクリティカルなフィードバックを返すことができる。こ

れは目標や教育実践,および教師間での生徒の学習の相互理解をはかる。このように,授

業デザインを通して生徒の授業への関わりが改善されている。デザインされた授業は結果

に示されているように,21 世紀コンピテンシー(21CC)を改善もした。

コミュニティへの参加,コミュニティと学校での実践を共有すること,パートナー

の関与

この分野における生徒の学習に付加価値を付けるために,私たちは,高等教育機関や保

護者,卒業生,関連産業との提携プログラムを確立することにより,コミュニティでの経

験だけでなく,生徒主体の学習経験をデザインした。

ワークアタッチメントプログラム(実習や訪問/見学)

SunriceCulinaryInstitute との連携:16 歳から 17 歳までの「食品と栄養」の履修生

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を対象としたこの実習は,職業訓練プログラムである。期間は 5 週間で,期間中,生徒は

500 ドルの払い戻しを受ける。SunriceCulinaryInstitute での研修後,SAKAESushi,Cathay

Cineplex,Hans,EighteenChefs などの料理店で見習いする機会が与えられる。この実習

プログラムは,教室で学んだ「食品と栄養」の理論を共有する現実の場となる。これは 21

世紀型コンピテンシーフレームワークで望まれる「能動的学習における自己主導性,批判

的思考,コミュニケーションと情報のスキル」のような価値を育むものである。

コミュニティ経験

1)シンガポール住宅開発委員会(HDB),よき隣人プロジェクト(GNP):2015 年以来,GNP

は,コミュニティにアイデアを提案し,健康な食事を通して地域の人々の交流を促す場を

提供している。毎年,ハンナラ党の主催するこのプロジェクトを通じて,1 万人以上の住

民が近隣の人々をよりよく知るようになった。本校の生徒は,健康な食生活のためのサン

ドイッチづくりコンクールへの参加を通じ,創造的なアイディアを出している。本校は,

2016 年にコミュニティと青少年のカテゴリーでトップ 3 の最も優れたプロジェクトの 1 つ

に選ばれた。若くて勇気のある SGSians として,地域のためのチームの努力は,より親し

みやすく健康的な地域を創造することに大きく貢献している。

2)TOUCHDiabetesSingapore との連携:15 歳の生徒達は,授業による課題により生徒

は科目スキル(研究,分析,応用)をマスターし,協力して,食事計画ガイドラインを使用

しながら糖尿病に効果的な食事を決める。シンガポールの公共団体である TOUCHDiabetes

と連携しながら,ミニ研修会を実施して糖尿病に関する教育を受け,ICT による情報を使い

ながらレシピを作成する。これらのレシピは,シンガポールの全公立病院や診療所に送ら

れる雑誌に掲載される。こうした学習機会は,生徒が市民社会に関わっていくことを可能

にする。この学習は,シンガポールの首相が糖尿病との戦いを宣言したことで大きな影響

を与えている。この学習は,生徒が教室で取得した栄養の知識を実際の生活の文脈に適用

する場になっている。

共有のためのオンラインの場

糖尿病に効果的なレシピを考え作成することで,生徒はメディアによるプラットフォー

ム https://kindsville.kindness.sg/を使用しながら学習で得た知識や情報を掲載する。

学校をベースとした場

健全な生活習慣キャンプは,健康的な生活を学んで試す機会を提供する。チームでサン

ドイッチを完成させ,作品展示のコンテストを通じて,生徒は自信を持ち,学校の友人や

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家族と自分の料理レシピを共有し,愛する人と健康的な食事を分かち合う重要性を学ぶ。

実践共有の場

本校の全ての FCE 教師は,生徒の学習と思考を支援する授業活動を改善するためのワー

クショップや研修会に参加している。他の学校から学んだことを,私たちは自らの学校で

実践してみる。多くの実践を重ねてプログラムは認知され,2 年ごとに開催される全 FCE 教

員が参加する研修会において私たちの実践は参加者から肯定的なフィードバックを受けた。

プログラムの精査と評価の仕組み

本校では,実施されている授業の学習成果と価値を確認するため,グループ協議と調査

を実施している。

表 2「健康と栄養」プログラムで得られた成果

レベル プログラム 「健康と栄養」プログラムの成果

Sec1 健康なライフスタイルキャンプ 中学校における最も優れたプログラムに認定されました。

Sec2 “シンガポール親切運動による健康的なレシピ”のためのオンラインレシピづくり

全生徒が,地域社会の取り組みに対する表彰を受けました。

Sec3 “シンガポール TOUCHDiabetes”とのコラボレーション

ヘルスケア部門のコミュニティプロジェクトのためのSingaporeHousingandDevelopmentBoard(HDB)とのコラボレーション

生徒たちは,2016 年に行われた健康サンドイッチ制作を通じて,健康的な食事に関するコミュニティアウトリーチプロジェクトの「最も優れた若者部門」で受賞しました。昨年,このプロジェクトを実施するために1000 ドルの資金が寄付されました。加えて,生徒による活動の成果が認められ2017 年には 5000 ドルの資金を得ました。

Sec 4and5

SunriceCulinaryInstitute でのインターンシップ

生徒達は,本校の選ばれた生徒に贈られる“優秀実習”賞を得ました。

生徒,学校,より広範なコミュニティに対するプログラムのメリット/インパクト/

成果

1)関係機関への影響

生徒の年齢層でも,大勢の人々に影響を与えることができる。例えば,低学年の生徒は,

実習プログラムに参加できないにもかかわらず,SKM レシピなどのオンラインの手段や両親

とのレシピの共有を通して関係者に影響を与えることができる。多くの協力機関は,生徒

にもっと多くの機会を提供することに大きな関心を示している。一連のデータは,より多

くの産業パートナーがカリキュラムをつくり,仕事への取り組みプログラムに参加したり,

学校と協力してより多くの学習機会と場を提供する上でより積極的な役割を果たす可能性

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を示唆している。

応用的な学習による成果の向上は,外部との連携が生徒の学習に付加価値をもたらすこ

とを示している。外部連携を通して,生徒が習得したスキルを適用し,対象内容の知識(食

と栄養)を応用して食事と健康の関係をみることができるようにする内容を提供する。

2)生徒への影響

外部パートナーとの連携は,生徒の多様な関心とニーズに対応するための生徒中心の学

習体験を通して,学習に付加価値をもたらす。効果は,「食品と栄養」「食品と消費者教育

(FCE)」のカリキュラムが,情報に基づく選択を行ったり,地域社会への健康的な生活を

分かち合う助けとなったと回答した生徒の割合の高さに反映されている。

また結果は,ワークプログラム(SunriceCulinaryInstitute の実習)やコミュニティ

体験(例:HDB)を通じて体験学習に関心を示す生徒の割合が高いことを示している。

3)親への影響

親の 60%は,教育や地域社会へのアウトリーチプログラムを通じて子どもを支えること

に大きな自信と知識を示した。保護者は,親のためのコミュニティプログラムへの参加を

通じ,シンガポールの子供たちを支援できると確信している。親や保護者はそのようなプ

ログラムに参加することに関心を示しており,彼らのためのより多くのプログラムを含め

る必要性を示している。

4)学校への影響

私たちはさまざまなプログラムを通じて,生徒が生涯のスキル,価値観,将来の準備の

ための 21 世紀型コンピテンシーの体験学習に没頭できることを目指している。同時に,

これは,健康的な生活への地域社会の影響に対する共感の学校価値を生徒が社会に還元し

て生かす場を提供している。

持続可能性と未来のための計画

私たちの今後の計画は,コミュニティ経験やワークアタッチメントプログラムに関連し

た学習経験のレパートリーをつくるために,より多くの外部関係者と連携することである。

私たちは生徒の創造性を促すよう努めている。現在,シンガポールの生徒は,創造性を発

揮できる十分な機会がない。より多くの機会を得れば,長期的には生徒達が将来的に生じ

る健康上の問題に対処できる食品を作り出すことができる。学習の拡大には,商工会議所

(TAC)や公的機関,組合,企業,役員,労働者,学者,教師,両親などの関わりを含む新

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たな連携が必要である(例えば,血中コレステロールや血糖値を下げるアイスクリーム)。

これからも健康メッセージを主張していく計画である。

謝辞

授業実践は栄養食品科学部門長 NandiniChatterji と栄養と食品科学(NFS)担当の Noreen

MNor,Ms.ItaPratojanuri,Ms.AmirahTalib との協働により行ったものである。本報

告にあたり,協力下さったことに感謝します。

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日本における家庭科のレッスン・スタディ

―その可能性と今後の課題―

荒井紀子

大阪体育大学教育学部, 日本

はじめに

日本の教師にとって授業研究はごく身近なものである。私的なグループのみならず、学

校ごとや市町村の地域レベルから県や全国レベルまで公的な研究制度や組織団体があり、

多様な形態で授業研究がなされている。その一方で、世界的に見ると日本のような授業研

究はあまり見られない。日本で発刊されている教科ごとの教育雑誌には様々な授業案や実

践事例が掲載されているが、この種の雑誌を他国で目にすることはほとんど無い。

そうしたなか、1990 年代に入りアメリカの教育学会を中心に、日本型の授業研究が教師

と授業の質を向上させる有益な方法として注目されるようになった。

その発端となったのは、J.W.スティグラー、J.ハイベルトにより 1999 年に発刊された

調査報告書「ティーチング・ギャップ」である。このなかで日本、ドイツ、アメリカの3

か国の数学教育について比較検討がなされ、日本の子供たちの数学の成績のよさは、授業

の質を上げる教師の協働的な授業研究がその背景にあることが指摘された(Stigler,

Hiebert,2007)。その後、2000 年に入り、国際学会において、日本の数学における授業研

究の実態と教育効果についての発表が相次いだこともあり、授業研究はレッスン・スタデ

ィとして世界的に認知されるようになった。その後、アメリカの教育学者 C.C.ルイスら

により、レッスン・スタディを授業の質的向上や子供の学習効果の側面からのみ捉えるの

でなく、教員の授業力の向上や意識改革、さらに教員同士の学び合いの組織化という点か

らその意義や可能性を評価する論説がなされるようになり、この視点からの研究や理論化

が進められた。2006 年には、WorldAssociationofLessonStudies(WALS)が設立され、

現在、この組織が世界的なレッスン・スタディの推進基地となって、米国、ヨーロッパ、

日本、東南アジアを中心に活発な研究交流がなされている。

なお、家庭科教育の分野で考えると、レッスン・スタディに関わる世界レベルの研究交

流は行われておらず、それに関わる文献もほとんどない。本稿では、日本の家庭科教育に

おけるレッスン・スタディの展開の過程と特徴について概要を述べるとともに、創造的な

レッスン・スタディに内在する要素について検討していきたい。

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1レッスン・スタディとそのサイクル

レッスン・スタディの示し方は国や組織、個人により多少の違いはあるが、活動を4つ

のステップからなるサイクルと捉える考え方は広く共有されている。例えば C.C.ルイス

らは、レッスン・スタディを「実際のクラスの授業について、内容や教え方を調査検討し、

より良い授業を創るために教師が協働して行う一連の授業研究のサイクル」と定義し、全

体を次のようなステップで説明している(Lewis,Perry&Friedkin,2012)。

a 目標設定と授業計画

・生徒の学習目標を定め、授業の計画を協働して行う

b 授業の実施と記録の採集

・ひとりが授業をし、他の仲間は、生徒の思考や学び方、活動の様子を記録する

c 授業の省察と討議

・授業のデータを省察し共有する

・どこを改善したらよくなるのかを考える

d 授業の改善と統合

・授業を改善し再実施する

・授業計画や生徒のデータ、省察を含む報告書を作成する

ここで想定されるのは、ひとりの教師ではなく、授業者とそれを取り囲む複数の仲間で

ある。授業計画、授業参観と記録作成、省察とその改善、全てを協働作業として行う。生

徒へ目を向けながら、より良い授業を志向する探究型のサイクルを協働で行うことにより、

教師とその仲間は授業力をつけていく。

2 日本の家庭科教育の特徴

日本の家庭科におけるレッスン・スタディについて詳述する前に、まず家庭科の特徴に

ついて整理しておきたい。2017 年に改訂された小学校、中学校の学習指導要領、および高

等学校の改訂の方向性をみると、特徴は大きく以下の3点にまとめることができる。

〇日本の家庭科は、小学校、中学校、高等学校を通して男女必修で学ぶ教科である。学

年と時間数については、5~6学年(小学校)で 115 時間、7~9学年(中学校)で

87.5 時間、10~11 学年(高等学校)で、70 時間ないし 140 時間である。

〇学習内容は、生活の営みにかかわる学習(食、被服、住居、消費や環境、生活設計や

生活経営)と、個人や家族などひとに関わる学習(保育、高齢者、福祉)からなり、

家庭生活に関わる内容を包括的に含んでいる。

〇獲得させたい資質・能力は、知識・理解(日常生活に関わる知識・スキルの獲得とそ

の活用)、思考・判断・表現(生活の中から問題を発見し課題を解決する力)、学びに

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向かう人間性(人と共生し持続可能な生活を主体的に営む力)―であり、これらの力

を総合的に備えた生活者の育成を目指している。

表1 家庭科の授業時間と内容、獲得能力

学校段階 授業時間(学年) 内 容 能 力

小学校

60(5 年)55(6 年)

・家族、家庭・食物、被服、住居・消費、環境

・日常生活の知識・スキル・生活への関心・意欲・家庭生活への理解、協力・環境への関心、理解

中学校

35(7 年)35 (8 年)17.5(9 年)

・家族、家庭・幼児の発達・食物、被服、住居・消費、環境

・日常生活の知識・スキル・生活自立への理解と関心・幼児の発達への理解と関心・消費と環境への理解と実践

高等学

70 (10 年)~140(11 年)

・家族、家族関係・人の一生と発達・青年期の自立とジェンダー・保育、高齢者、福祉・食物、被服、住居・生活経営、経済・消費・環境

・日常生活の運営と知識・スキル・家庭と地域・社会における 協力と共生、ジェンダーへの理解・消費と環境への主体的な かかわりと実践

3 日本の家庭科におけるレッスン・スタディ

家庭科は、第二次世界大戦後の 1947 年に誕生した。それ以前の家父長制のもとでの良妻

賢母教育「家事・裁縫科」とは一線を画し、新しい民主的な家庭を築く力を育む教科とし

て、社会科とともに新設された。

その後の足取りをレッスン・スタディの視点から捉えると、まず 1950 年代以降、全国規

模の公的、私的な家庭科組織が設立され、家庭科の研究や教師の研修の場が整えられてい

った。また、1960 年代以降、それらの組織ごとに、家庭科の学習内容や授業の研究、授業

公開などがなされるようになった。特に公的な組織においては、年ごとに大会を開催し、

公開授業の授業案や実践記録をまとめた報告書や書籍が発行されるようになった。

戦後の日本において授業研究が盛んにおこなわれてきた要因としては、以下の点が挙げ

られる。第一は、日本の公教育の拘束性に由来するものである。学習指導要領が法的拘束

性を有しており、これに基づく教育を普及させるために組織的に授業研究がなされるとい

う側面がある。公開授業を通して多くの教師が授業方法を学び、公的な家庭科の教員組織

がその運営にかかわっている。その一方で、これらとは別の視点から、内容や方法をクリ

ティカルに検討し、新たな価値や授業の在り方を模索する場として授業研究を位置付けて

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いる私的な家庭科団体もある。さらに、生徒主体の授業に視点を当て研究する少人数の自

主的なグループや私的な授業研究組織も多数存在する。教師は、様々な組織や団体に所属

し、あるいは自由な立場で仲間と活発に議論し、授業研究を行なってきている。それらを

通じて、結果的に多様な教育視点が共有され、すぐれた授業実践が生み出される土壌がつ

くられているとみることができるだろう。

日本においてレッスン・スタディが実施されている主だった研究組織について、公的な

ものから私的なものへと順に整理すると以下のようになる。

①全国小学校家庭科教育研究会、②全日本中学校技術・家庭科研究会、③高等学校家

庭科教育研究会、④全国高等学校長会家庭部会、⑤都道府県や市町村の教育センターや

家庭科研究会、⑥全国家庭科教育協会(ZKK)、⑦大学附属小・中・高等学校、⑧日本家

庭科教育学会、⑨教職員組合家庭科分科会、⑩家庭科教育研究者連盟、⑪自主的授業研

究グループ

これらの組織や団体、グループにおける家庭科のレッスン・スタディは、その統括団体

や研究の性格、内容・方法によって、次の3つのタイプに分けて考えることができる。

A 学習指導要領(スタンダード)の普及としてのレッスン・スタディ

・公的組織化のもとで年次大会の開催と授業公開がセットで行われている。ここでは大

会が開催される県の指導主事や校長がリーダーシップをとって開催校教員の授業準

備に他校教員が参加し、レッスン・スタディを行っている。

B 研究的な取り組みとしてのレッスン・スタディ

・全国の教員養成大学附属学校の教員は毎年開催の授業研究大会において授業を公開し、

その準備として大学教員や他校教員とレッスン・スタディを行っている。また日本家

庭科教育学会など研究者や教師の研究組織において、統一テーマによる授業研究や授

業実践報告会なども行われている。

C 自発的な教師集団によるレッスン・スタディ

・学校内で、他教科教員との連携による継続的なレッスン・スタディや、近隣、広域の

家庭科教員仲間、あるいは研究者との連携による自由なレッスン・スタディも様々に

取り組まれている

図1は、これら各タイプについて、縦軸に私的から公的、横軸に自由度のレベルをもと

に大まかにポスティングしたものである。

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図1 日本のレッスン・スタディの構造 (出典:文末に記載)

4 創造的なレッスン・スタディを構成する要素

日本においてレッスン・スタディは、前述のように、その目的や関連する組織、公私の

性格などにより、様々な形をとるが、ここで再度、レッスン・スタディが何を目指すのか

を確認しておきたい。レッスン・スタディは、冒頭で述べたように、授業者とそれを支援

する共同研究者が、よりよい授業づくりを目指して、4つのステップ(①目標設定と授業

計画、②授業の実施と記録、③授業の省察と討議、④授業の改善と統合)を踏み、授業づ

くりに取り組むことを指している。ここでは、授業者と支援者が「協働」して取り組むこ

と、「対等」な関係で十分に討議を深めることが大きな意味を持つ。また教師と支援者の授

業力の向上という視点から見ると授業研究は単発で終わるのではなく「継続」することが

望ましい。ここでは、この3点を、よりよい授業づくりを実現する為のレッスン・スタデ

ィの核となる3つの要素として掲げておきたい。

協働性・・・授業の計画から実施、省察までのステップを、授業者と支援者が一貫し

て協力して取り組む

対等性・・・授業者と支援者は対等な関係において、各段階の議論を率直に行う

継続性・・・単発で終わるのではなく、継続してレッスン・スタディのサイクルを積

み上げていく。これを実現するには、システムとしての継続性とともに、

教師自身の継続的な取り組みが必要である。

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レッスン・スタディに取り組む教師の多くは、その手ごたえについて、「自分一人では考

えつかない授業の切り口やアイデアを得られた」「思わぬ授業の視点に気づいた」と語って

いる。また、授業に支援者たちが立ち会うことで、「一人ではとらえきれない生徒の反応や

つぶやきを知ることができる」「授業後の省察の中で、多くの改良点に気づき、授業力のパ

ワーアップを実感できる」など、授業の構成、内容、授業効果などについて多くに示唆と

発見が得られることを挙げている(荒井・高木・綿引、2013)。こうした教師の手ごたえや

授業力の向上は、上記の、授業者と支援者とが対等な関係性のもとで、協働的な取り組み

を行えた時、特に1回限りでは無く継続的に行えた時に、より確実なものになると考えら

れる。

創造的なレッスン・スタディを実現するうえで重要なもうひとつの観点は、レッスン・

スタディの4つのステップの内、特に授業構想段階(ステップ1)のプロセスを丁寧に踏

むこと、及び、授業の省察を十分に行うことである。授業目標を焦点化し、導入からまと

めまでの生徒の思考の流れに注目しながら、授業内容を組み立て、探究方法を組織するな

ど、授業計画の段階で、授業者と支援者が、協働して授業を構想することが重要となる。

同時に、実際に授業に支援者が立ち合い、教師の発問にたいする児童生徒の反応、時間配

分、教材の有効性などを複数の目で見て、授業後にともに省察することは、授業の質を向

上させるうえで大きな要素となる。

5 レッスン・スタディの成果

レッスン・スタディが目指す「より質の高い」授業とは、子どもの興味関心や成長段階

に応じて、子どものより深い探究的学びを実現する授業である。子どもにとって楽しく、

集中して取り組むことができ、結果として知識や技術が無理なく身につく授業と言い換え

ることもできる。こうした授業づくりの試みは、子どもの質の高い学びを保証するととも

に、教師個人および教師集団としての成長を支え、結果として教員の授業力の向上に資す

ることにつながる。成果については以下の点からまとめることができるだろう。

□生徒の学習力、学力の向上

・授業が改善されることで、生徒がより深く考え、知識やスキルを吸収できる

□授業者の授業力の向上

・仲間との協働の議論を通して授業を俯瞰的、相対的にみることができる

・レッスン・スタディのサイクルの繰り上げにより、授業の質を上げることができる

□協力者の授業理解力の向上

・協働の議論を通して授業への理解が深まる

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図2は、a からdまでの各ステップを踏むレッスン・スタディのサイクルを繰り上げて

いくことで、教師の授業力がパワーアップするという相互の関係を図示したものである。

すでに述べたように、授業者と支援者が対等かつ協働的な関係の下で、特にステップ a(目

標設定と授業計画)とステップc(授業の省察と討議)を丁寧に深く行うことが、授業の

質を上げていくうえで重要である。

図2 授業サイクルの繰り上げと授業力の関係

6 レッスン・スタディにかかわる教師のディレンマと課題

レッスン・スタディの最も大きな難点は、教師の負担の大きさである。日本の場合、日

常の業務においても生徒指導、各種行事、クラブ活動、事務的作業などで、教師の多忙さ

は他国に比べても大きく、近年問題視されている。多忙な中、肝心の教材研究や授業準備

の時間を短縮せざるを得ない状況が報告されている。実際、レッスン・スタディに関わる

家庭科教師への面接調査においても、意欲や熱意はあっても、時間外の研究活動の難しさ

を訴える声が聴かれる(Kishi,etal.2016)。

学校現場において、教師が授業のための教材研究をしたり、教師仲間や支援者とレッス

ン・スタディに取り組んだりすることの重要性について教師間や管理職で共通理解を図る

こと、また、それを可能とする時間的、予算的、環境的な条件を整えていくことが必要で

ある。

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結 論

レッスン・スタディは、教師が、授業の計画や省察を仲間と対等な立場で協働的に行う

ことができる時、また授業研究のサイクルを継続的に積み上げていくことができる時、よ

り一層、授業力を向上させることができる。そうした視点から、様々な私的、公的なレッ

スン・スタディを改めて見直し、組み換えや改善を図り、活性化を目指すこと、それを可

能とする条件を整えていくことが、今後の授業研究の課題であると考える。

引用・参考文献

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論と実践の螺旋型連関とアクション・リサーチを中心に―.日本家庭科教育学会北

陸地区会 30 周年記念誌編集委員会編.生活を考え創る.166-180

Kishi,N.,Suzuki,M.,Arai,N.,Hane,Y.,Imoto,R.,Isshiki,R.,Kamei,Y.,Kanzawa,

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Stigler,J.W.,Hiebert,J.(2007).TheTeachingGap:BestIdeasfromtheWorld’s

TeachersforImprovingEducationintheClassroom.FreePress.

図表の出典

表1、図2は本稿が初出

図1:以下の初出を一部加筆・変更して作成

Kishi,N.,Arai,N.,Imoto,R.,Kamei,Y.,Hane,Y.,Isshiki,R.,Suzuki,M.,

Kanzawa,S.(2017).AstudyofJapaneseLessonStudyinHomeEconomics.

InternationalJournalofHomeEconomics,Volume10,Issue2

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