分娩前乳房炎検査マニュアル - pref.miyazaki.lg.jp · (平成19~21年度...
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分娩前乳房炎検査マニュアル
宮崎県畜産試験場
はじめに
乳牛の乳房炎は、治療および休薬期間中の生乳廃棄による経済的損失を伴うこ
とから牛群の健康管理上で最も重要な疾病です。一般に、泌乳中の乳房炎は分娩
後に感染し、発症すると考えられてきましたが、近年の研究で、分娩直前の乾乳
期に感染し、その後泌乳期で顕在化することが明らかになっています。また、乾
乳期における乳房内の新規感染率は泌乳期よりも高く、特に乾乳直後と分娩直前
のリスクが高いことが報告されています。乾乳直後は、乾乳日に抗生物質の乳房
注入が広く実施されることから、前乳期や乾乳直後の乳房内感染に対して一定の
治療や予防効果が認められています。しかし、その抗菌活性は乾乳後期まで持続
しないため、分娩前の乳房内感染に対する予防対策は不十分です。このため、分
娩前の乳房内感染を早期診断し、発症を予防する技術の開発が求められています。
そこで、畜産試験場では、分娩前に乳汁を採取し、分娩前の乳汁性状とPLテス
ターによる乳房炎陽性反応との関係、分娩前の乳房炎治療の効果および分娩前乳
汁採取が乳牛に及ぼす影響について試験を実施し、これらの試験を踏まえた分娩
前乳房炎検査マニュアルを作成しました。本マニュアルが県内酪農家で広く活用
され、乳房炎防除の一助になれば、幸いです。
平成24年7月11日
宮崎県畜産試験場長 2
1.県内の乳房炎発症状況・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
2.分娩前乳房炎検査とは・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
3.乳汁採取法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
4.分娩前乳汁性状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
5.分娩前の乳汁スコア・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
6.分娩前の乳汁スコアと乳房炎との関係・・・・・・・・・・ 11
7.分娩前の乳房炎陽性状況・・・・・・・・・・・・・・・・ 12
8.分娩前乳房炎検査結果と分娩時乳房炎検査との関係・・・・ 14
9.分娩前の乳房炎治療の効果・・・・・・・・・・・・・・・ 15
10.分娩前乳房炎検査の継続と分娩前乳房炎の発生状況・・・・ 17
目 次
3
(平成19~21年度 家畜共済事業実績表から抜粋)
(頭)
1.県内の乳房炎発症状況
2.分娩前乳房炎検査とは?
県内の乳用牛における乳房炎発症は、乳用牛の疾病の中でも多く認められ、発症
頭数は毎年5,000頭以上であり全疾病中の40%以上を占めています(図1)。
図1 乳用牛における主要疾病の推移
乳房炎の乳房感染リスクが最も高まる分娩前に乳房炎感染を発見し、早期
治療による分娩時の乳房炎発生を低減するための検査です。
分娩前検査
慣 行
乾乳
乾乳
検査 分娩
検査 分娩
分娩前 検査
生乳出荷
生乳出荷
検査
4
採取前のディッピング
拭き取り
前搾り
乳汁採取
スコア判定
スコア4
(アメ状・初乳様/半透明)
陰性
ディッピング
(終了)
スコア3(水状・初乳様)
スコア2(水状・牛乳様)
スコア1(水状・水様)
PLテスト
陰性
ディッピング
(終了)
陽性
治療
ディッピング
(終了)
3.乳汁採取法 1)分娩前乳房炎検査の流れ
5
2)分娩前乳房炎検査の手順
①搾乳前にディッピング
②紙やタオルで分房についた汚れを拭き取る
☆紙やタオルは分房ごとに新しいものに変える
③乳汁採取前の前搾り
④PLテスター用のシャーレに乳汁を採取
7
⑤乳汁スコアの判定
粘性や色から乳汁スコア4~1を判定
⑥PLテスターによる検査
8
⑦後ディッピングで終了
9
4.分娩前の乳汁性状
分娩予定日10日前に採取した乳汁について、粘ちゅう性や色の違いから
4種類に分類しました。
粘ちゅう性
あり なし
初乳様 牛乳様 水 様
スコア4(アメ状)
粘性は強くシャーレを傾けても流れません。色は初乳様です。
(未経産牛では色が薄い場合もあります)。
スコア4 スコア3 スコア2 スコア1
10
スコア3(初乳状)
粘性はなくシャーレを傾けるとすぐ流れます。色は初乳様です。
スコア2(牛乳状)
粘性はなくシャーレを傾けるとすぐ流れます。色は牛乳様です。
スコア1(水様性)
粘性はなくシャーレを傾けるとすぐ流れます。色は透明です。
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5.分娩前乳汁スコアの状況 分娩予定日10日前に乳汁を採取した291分房の乳汁性状を表1に示しました。
乳汁スコア4を示す分房が最も多く約40%を占めました。
乳汁スコア 検査分房数 割合(%)
4 110 37.8
3 87 29.9
2 56 19.2
1 38 13.1
表1 分娩前の乳汁と乳汁スコアとの関係
次に、経産牛および未経産牛の違いが乳汁性状に及ぼす影響を示しました。
乳汁スコア4を示す分房は、経産牛(検査分房数:203分房)で50%以上となったが、未経産牛
(検査分房数:88分房)で10%以下となりました。
表1-1 経産牛から採取した乳汁と乳汁スコアとの関係
乳汁スコア 検査分房数 割合(%)
4 102 50.2
3 62 30.5
2 19 9.4
1 20 9.9
表1-2 未経産牛から採取した乳汁と乳汁スコアとの関係
乳汁スコア 検査分房数 割合(%)
4 8 9.1
3 25 28.4
2 37 42.0
1 18 20.5
12
6.分娩前の乳汁スコアと乳房炎との関係 分娩前に検査した分房の乳汁スコアと乳房炎との関係を表2示しました。
乳房炎陽性反応を示した分房は、スコア4で1%以下となったが、スコア1で60%以上となりま
した。
乳汁スコア 検査分房数 分娩前検査時
陽性分房数 割合(%)
4 110 1 0.9
3 87 20 23.0
2 56 25 44.6
1 38 24 63.2
表2 乳汁スコアと乳房炎との関係
次に、経産牛および未経産牛の乳汁スコアと乳房炎との関係を示しました。
経産牛において乳房炎陽性反応を示した分房は、スコア4で1%となりましたが、スコ
ア1では85%となりました。未経産牛においては、スコア4で乳房炎陽性は認められませ
んでしたが、スコア1では40%以上の分房が乳房炎陽性反応を示しました。
乳汁スコア 検査分房数 分娩前検査時
陽性分房数 割合(%)
4 8 0 0.0
3 25 5 20.0
2 37 16 43.2
1 18 7 38.9
乳汁スコア 検査分房数 分娩前検査時
陽性分房数 割合(%)
4 102 1 1.0
3 62 15 24.2
2 19 9 47.4
1 20 17 85.0
表2-1 経産牛における乳汁スコアと乳房炎の関係
表2-2 未経産牛における乳汁スコアと乳房炎の関係
分娩予定日10日前の乳房炎検査において、乳汁スコア4を示す分房で乳房炎陽性を示す割
合は低いものの、スコア3で約20%、スコア2で約40%、スコア1で約60%と乳房炎陽性を
示す割合が高まりました。このことから、分娩前乳汁の乳汁スコアから乳房炎陽性を推測
することができます。
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7.分娩前の乳房炎陽性状況 1)分娩前に乳房炎陽性反応を示した頭数
分娩予定日10日前に乳汁を採取した延べ74頭の乳房炎陽性状況を表3に示しました。
検査述べ頭数(頭)
乳房炎陽性頭数(頭)
乳房炎陽性率(%)
全体 74 36 48.6
経産牛 52 24 46.2
未経産牛 22 12 54.5
分娩予定日10日前に乳房炎陽性反応を示した乳牛は、経産牛で約45%、未経産牛で50%
以上を示しました。このことから分娩前からすでに乳房炎を発症していると考えられます。
2)分娩前の乳房炎陽性反応に関係する要因
①分娩月が及ぼす影響
分娩月と分娩予定日10日前乳房炎検査時の乳房炎陽性状況との関係を表4に示しました。
表3 分娩予定日10日前乳房炎検査時の乳房炎陽性頭数
表4 分娩月と分娩前検査時の乳房炎陽性頭数との関係
分娩月 検査頭数 陽性頭数 陽性率(%)
4-5月 4 2 50.0
6-7月 9 7 77.8
8-9月 17 12 70.6
10-11月 16 4 25.0
12-1月 17 9 52.9
2-3月 11 2 18.2
分娩前検査時における乳房炎陽性頭数は6月~9月に最も多く、検査した乳牛の70%
以上が乳房炎の陽性反応を示し、暑熱の影響を受けたものと考えられます。
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②前泌乳期の乳房炎治療歴の有無が及ぼす影響
前泌乳期の乳房炎治療歴の有無が分娩前乳房炎陽性反応との関係を表5に示しました。
表5-1 前泌乳期の乳房炎治療の有無と分娩前乳房炎陽性反応を示した頭数
既往歴 検査頭数 陽性頭数 陽性率(%)
なし 22 9 40.9
あり 30 15 50.0
表5-2 前泌乳期の乳房炎治療の有無と分娩前乳房炎陽性反応を示した分房
既往歴 検査分房 陽性分房 陽性率(%)
なし 141 26 18.4
あり 62 16 25.8
前回の泌乳期に乳房炎治療を行った乳牛のうち、分娩前乳房炎検査で陽性反応を示
した頭数は約40%、分房は20%以下でした。一方、乳房炎治療を行わなかった乳牛の
うち、分娩前乳房炎検査で陽性反応を示した頭数は50%、分房は25%となりました。
このことから前回の泌乳期における乳房炎の発症の有無が分娩前乳房炎陽性反応に及
ぼす影響は小さいと考えられました。
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8.分娩前乳房炎検査結果と分娩時乳房炎検査との関係 分娩前乳房炎検査を行った251分房について、分娩時の乳房炎陽性反応を調べました。
表6 分娩前乳房炎検査結果と分娩時乳房炎検査結果との関係
分娩前検査結果 分娩前検査分房数 分娩時乳房炎
陽性分房数
分娩時乳房炎
陽性率(%)
陰性 221 2 0.9
陽性 30 13 43.3
分娩予定日10日前の乳房炎検査が陽性を示した分房では、分娩時の乳房炎陽性率が
40%以上を占めています。一方、陰性を示した分房では、分娩時の乳房炎陽性率は1%
以下であり、分娩前の乳房炎検査によって分娩時に新たに乳房炎を発症する可能性は、
低いと考えられます。
次に経産牛および未経産牛における結果を示します。
分娩前検査結果 分娩前検査分房数 分娩時乳房炎
陽性分房数
分娩時乳房炎
陽性率(%)
陰性 161 0 0
陽性 19 9 47.4
分娩前検査結果 分娩前検査分房数 分娩時乳房炎
陽性分房数
分娩時乳房炎
陽性率(%)
陰性 60 2 3.3
陽性 11 4 36.4
表6-2 未経産牛における分娩前乳房炎検査結果と分娩時乳房炎検査結果との関係
表6-1 経産牛における分娩前乳房炎検査結果と分娩時乳房炎検査結果との関係
分娩前乳房炎検査で陰性を示した分房において、経産牛では分娩時に乳房炎陽性反応
を示した分房は認められませんでした。一方、分娩前乳房炎検査で陽性を示した分房に
おける分娩時乳房炎陽性率は、経産牛で約半数を占め、未経産牛で約35%であり、分娩
前検査で陽性を示した分房が分娩時も乳房炎陽性を示す割合は経産牛で高いことがわか
りました。
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9.分娩前の乳房炎治療の効果 1)分娩前の乳房炎治療の有無が分娩時の乳房炎発症に及ぼす影響
分娩前10日前乳房炎検査を行った分房のうち、陽性反応を示した40分房に対して分娩
前検査終了後に乳房炎治療を行いました。乳房炎の治療は泌乳期用乳房炎軟膏を1分房
に対し1回行いました。
表7 分娩前治療からの経過日数が乳房炎治癒率に及ぼす影響
分娩前治療日からの経過日数
1~2日 3~6日 7~10日 11日~
検査分房数 12 9 13 6
陽性分房数 11 1 1 1
治癒率(%) 8.3 88.9 92.3 83.3
分娩前治療後1~2日目に分娩した場合の乳房炎治癒率は10%以下となり、分娩前の乳
房炎治療の効果は認められませんでした。しかし、3日目以降に分娩した場合の治癒率は
80%以上となり、治療効果が認められました。
次に、治療効果の現れる分娩前治療後3日目以降について、分娩前治療を行った場合
(治療区)と治療を行わなかった場合(放置区)に分娩時の乳房炎発症へ及ぼす影響を
調べました。
分娩前 検査分房数
分娩時 陽性分房数
陽性率(%)
治療区 28 3 10.7
放置区 30 13 43.3
表8 分娩前治療の有無が分娩時の乳房炎発症に及ぼす影響
分娩前検査で乳房炎陽性反応を示した分房に対して乳房炎治療を行った場合、分娩時の陽
性率は約10%となったが、放置した場合には陽性率40%以上となりました。このことから、分
娩前に乳房炎治療を行うことで分娩時の乳房炎発症を低減できることが示されました。
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2)乳汁スコアと分娩前乳房炎治療との関係
分娩前の乳汁スコア別の治療効果を示しました。
放置区
検査時 陽性分房数
分娩時 陽性分房数
陽性率(%)
- - -
5 2 40.0
15 7 46.7
10 4 40.0
表9 乳汁スコア別分娩前乳房炎治療の有無と分娩時陽性分房との関係
乳汁 スコア
治療区
検査時 陽性分房数
分娩時 陽性分房数
陽性率(%)
4 2 0 0.0
3 9 0 0.0
2 7 2 28.6
1 10 1 10.0
3)分娩前治療の有無が生乳生産に及ぼす影響
分娩予定日10日前の乳房炎検査により、乳房炎陽性反応を示した乳牛36頭について、分
娩前治療の有無が生乳出荷に及ぼす影響を表10に示しました。
分娩から生乳出荷までの日数は治療区で2日間短縮され、搾乳牛1頭あたりの廃棄乳量は
治療区で▲90kg減少した結果、乳代の損失額は治療区で▲13,049円、放置区で▲20,962円
となり、約8,000円の差額となりました。
頭数 分娩から生乳出荷までの日数
廃棄乳量(kg/頭) 損失額(円/頭)
治療区 19 10 ▲ 117.9 ▲ 13,049
放置区 17 12 ▲ 207.7 ▲ 20,962
表10 分娩前治療の有無が生乳出荷までの日数、廃棄乳量および乳代の損失額に及ぼす影響
乳汁スコア3、2および1における分娩時の乳房炎陽性率は、放置区よりも治療区で低
くなりました。分娩前の治療において、乳汁スコア4および3で分娩時に乳房炎陽性反応
を示した分房は認められませんでした。一方、乳汁スコア2および1で分娩時に乳房炎陽
性反応を示した分房が認められました。このことから、乳汁スコアは、分娩前の乳房炎
の病状の程度と関係があるものと推測されました。
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10.分娩前乳房炎検査の継続と分娩前乳房炎の発生状況 平成21年度から23年度にかけて分娩前乳房炎検査を行ってきた3年間の分娩前乳房炎発
生率を表11に示しました。
表11 分娩前乳房炎検査時の乳房炎発生率の年度別推移
検査頭数 乳房炎陽性頭数 陽性率(%)
平成21年度 27 16 59.3
平成22年度 21 7 33.3
平成23年度 21 9 42.9
分娩前乳房炎検査を始めた平成21年度に乳房炎の陽性反応を示した乳牛は約60%を
占めていましたが、2年目以降において、分娩前に乳房炎の陽性反応を示した乳牛は
半分以下となりました。このことから、分娩前乳房炎検査による乳房炎陽性分房への
早期治療によって、分娩前の乳房炎陽性頭数は減少する可能性が示されました。
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<参考>乳房炎陽性分房の判定基準
分娩10日前に採取した乳汁は、PLテスターの反応および乳汁中凝固物(ブツ)の観察し、
次の①~③のいづれかにあてはまったものを乳房炎陽性分房と判定した。
①PLテスターによる反応が凝集±以上かつ色調+以上
②PLテスターによる反応が凝集+以上かつ色調-以上
③乳汁中凝固物が+以上
凝集±・色調+
凝集+・色調+
凝集++・色調+
凝集+++・色調+
凝集+++・色調++
ブツ+
ブツ++
ブツ+++
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