活性酸素による血管内皮細胞傷害:メカニズムの解明と対策 -...

4
活性酸素による血管内皮細胞傷害:メカニズムの解明と対策 旨:活性酸素による血管内皮細胞の傷害は虚血再濯流による臓器障害の発生に関連 が深い.活性酸素による細胞傷害には細胞内におけるシグナル伝達が関与するとされてい るが,われわれはヒト血管内皮細胞を用いて活性酸素による細胞傷害に対し,細胞内シグ ナル伝達を遮断するプロテインキナーゼ抑制剤,またカルシウム措抗剤の効果について検 討した.ヒト臍帯静脈内皮細胞に対してプロテインキナーゼ抑制剤,カルシウム措抗剤を 前投与し,過酸化水素水およびヒポキサンチンとキサンチン酸化酵素で活性酸素傷害を与 え,生存細胞数を測定した.さらに培養液中のカルシウムイオンの有無による細胞傷害に ついても検討した.活性酸素によって細胞質および核の縮小化がおこり,2時間で80%が 細胞死に至った.使用したカルシウム桔抗剤,プロテインキナーゼ抑制剤はすべて活性酸 素による細胞死を有意に抑制し,また,カルシウムイオンの有無による検討ではカルシウ ムイオンを含まない培養液で有意に細胞死誘導が抑制された.これらのことから,活性酸 素による内皮細胞傷害には細胞内シグナル伝達およびカルシウムイオンの細胞内流入が関 与しており,それらの反応を阻止するプロテインキナーゼ抑制剤,カルシウム措抗剤は活 性酸素によっておこる虚血再濯流傷害を抑制しうることが示唆された. (日血外会誌7 : 581-584, 1998) 索引用語:血管内皮細胞,活性酸素傷害,カルシウム拮抗剤,プロテインキナーゼ抑制剤 はじめに 活性酸素による血管内皮細胞の傷害は虚血再潅流に よる臓器障害の発生に関連が深い1).活性酸素による 細胞傷害はアポトーシスのひとつとされ,細胞内にお けるシグナル伝達の結果として細胞死が誘導される2). また,培養肝細胞に活性酸素を加えると細胞内カルシ 昭和大学藤が丘病院外科(Tel : 045-974-6361) 〒227-8501 横浜市青葉区藤が丘1-30 2 昭和大学医学部生化学(Tel : 03-3784-8116) 〒142-0064 品川区旗の台1-5-8 受付:1997年9月1日 受理:1998年3月30日 ウムイオン濃度の上昇,細胞内サイクリックAMPの 減少などがみられ3),細胞傷害がおこることも報告さ れている.われわれはヒト血管内皮細胞を用いて活性 酸素による細胞傷害に対し,細胞内シグナル伝達を遮 断するプロテインキナーゼ抑制剤,またカルシウム桔 抗剤の効果について検討した. 材料,方法 1.ヒト血管内皮細胞 ヒト臍帯静脈よりコラーゲナーゼ(l mg/m/)を用い て採取し,ヘパリン(100μg/m/)と内皮細胞増殖因子 (30μg/m/)を添加した10%血清入りRPMI-1640で 35 山口 真彦1 志村 浩l 葛目 正央l 松宮 彰彦1 中野 浩1 松本 匡史1 畑山 年之l 熊田 馨1 坂上 宏2 竹田 稔2

Upload: others

Post on 30-Jan-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 活性酸素による血管内皮細胞傷害:メカニズムの解明と対策

    要  旨:活性酸素による血管内皮細胞の傷害は虚血再濯流による臓器障害の発生に関連

    が深い.活性酸素による細胞傷害には細胞内におけるシグナル伝達が関与するとされてい

    るが,われわれはヒト血管内皮細胞を用いて活性酸素による細胞傷害に対し,細胞内シグ

    ナル伝達を遮断するプロテインキナーゼ抑制剤,またカルシウム措抗剤の効果について検

    討した.ヒト臍帯静脈内皮細胞に対してプロテインキナーゼ抑制剤,カルシウム措抗剤を

    前投与し,過酸化水素水およびヒポキサンチンとキサンチン酸化酵素で活性酸素傷害を与

    え,生存細胞数を測定した.さらに培養液中のカルシウムイオンの有無による細胞傷害に

    ついても検討した.活性酸素によって細胞質および核の縮小化がおこり,2時間で80%が

    細胞死に至った.使用したカルシウム桔抗剤,プロテインキナーゼ抑制剤はすべて活性酸

    素による細胞死を有意に抑制し,また,カルシウムイオンの有無による検討ではカルシウ

    ムイオンを含まない培養液で有意に細胞死誘導が抑制された.これらのことから,活性酸

    素による内皮細胞傷害には細胞内シグナル伝達およびカルシウムイオンの細胞内流入が関

    与しており,それらの反応を阻止するプロテインキナーゼ抑制剤,カルシウム措抗剤は活

    性酸素によっておこる虚血再濯流傷害を抑制しうることが示唆された.

    (日血外会誌7 : 581-584, 1998)

    索引用語:血管内皮細胞,活性酸素傷害,カルシウム拮抗剤,プロテインキナーゼ抑制剤

    はじめに

     活性酸素による血管内皮細胞の傷害は虚血再潅流に

    よる臓器障害の発生に関連が深い1).活性酸素による

    細胞傷害はアポトーシスのひとつとされ,細胞内にお

    けるシグナル伝達の結果として細胞死が誘導される2).

    また,培養肝細胞に活性酸素を加えると細胞内カルシ

    昭和大学藤が丘病院外科(Tel : 045-974-6361)

    〒227-8501 横浜市青葉区藤が丘1-30

    2 昭和大学医学部生化学(Tel : 03-3784-8116)

    〒142-0064 品川区旗の台1-5-8

    受付:1997年9月1日

    受理:1998年3月30日

    ウムイオン濃度の上昇,細胞内サイクリックAMPの

    減少などがみられ3),細胞傷害がおこることも報告さ

    れている.われわれはヒト血管内皮細胞を用いて活性

    酸素による細胞傷害に対し,細胞内シグナル伝達を遮

    断するプロテインキナーゼ抑制剤,またカルシウム桔

    抗剤の効果について検討した.

             材料,方法

     1.ヒト血管内皮細胞

     ヒト臍帯静脈よりコラーゲナーゼ(l mg/m/)を用い

    て採取し,ヘパリン(100μg/m/)と内皮細胞増殖因子

    (30μg/m/)を添加した10%血清入りRPMI-1640で

    35

    山口 真彦1   志村 浩l   葛目 正央l   松宮 彰彦1

    中野 浩1   松本 匡史1   畑山 年之l   熊田 馨1

            坂上 宏2   竹田 稔2

  • 582

    120

    100

        0   0   0   0   0

        00

    CD

    -^

    OJ

    」OI-X)119M/SI|80

    「¬H2 02 (-)

    匯∃H2 02 (+)

    120

    100

       0   0   0

       00

    CO

    -^

    」OlX)119M/S|180

    0   0

    CM

    日血外会誌 7巻4号

          0 10-7 10'6 10'5 10'4          0 10-7 ‘X0‘6 10`5 10‘4

            ペラパミル(M)                 ニカルジピン(M)

    図1 活性酸素(H202 : 400μM, 2hr)内皮細胞傷害に対するベラパミル(A),ニカル

       ジピン(B)の効果(n=4).

    培養した.実験にはコンフルエントの第2~5継代の内

    皮細胞を使用した.

     2. 活性酸素傷害に対する薬剤の効果

     6穴プレートに調整した内皮細胞にカルシウム措抗

    剤(ベラパミル,ニカルジピン)を前投与し,30分後

    に過酸化水素水(400μM)を用いて活性酸素傷害を加

    え,2時間後生き残った細胞をトリパンプルー染色法

    で検討した.また,培養液中のカルシウムイオンの有

    無による細胞傷害の程度を比較検討した.プロテイン

    キナーゼ抑制剤(H-7,ゲニスタイン,ハービマイシン

    A)の効果については前投与した後,ヒポキサンチン

    (250μM)とキサンチン酸化酵素(100U)を用いて活

    150

     00    50

     1

    UOI-X)||9M/S||80

    「¬H202(-)

    [≡コH2 02 (+)

                    Ca2+[-l ニカルジピン

    図2 活性酸素(H202 : 400 μM, 2hr)内皮細胞傷害に対す

    るCa2゛を含まない培養液(Ca2・←[-]),ニカルジピン(1

    μM)の効果(n=5).

    性酸素傷害を与え,2時間後の生存細胞数を測定した.

     なお,ハービマイシンAのみジメチルスルフォキシ

    ドで溶解し,実験にはそれを1,000倍希釈して用い,他

    の薬剤は培養液で溶解し,実験に使用した.

     すべての値は平均値土SEで表示し,2群間の比較は

    Mann一Whitney u testにて検討し. p

  • 1998年6月

    80

    6 0   40   20

     (4701-X)||SM/SI|90

    山口ほか:活性酸素による内皮細胞傷害:機序と対策

    く<<。>’^」。q-U

    [コHX+XO(-)

    巨回HX÷×○(4・)

    」-工

    入や以ぃK.川Jや

    図3 活性酸素(ヒポキサンチン(HX)とキサンチン酸化

    酵素(XO)投与後2時間)内皮細胞傷害に対するハービマ

    イシンA (0.1μM), H-7 (50μM),ゲニスタイン(50μM)

    の効果(n=5).

    の毒性を2.5時間でみたところ, 100μMのニカルジピ

    ンでは細胞数の減少が認められたが,他の薬剤では認

    められなかった.

              考  察

     活性酸素による内皮細胞傷害は細胞内カルシウムイ

    オン濃度の上昇4)を伴い,カルシウムイオンを含まな

    い培養液やカルシウム措抗剤で有意に抑制されること

    から,その機序としてカルシウムイオンの細胞内流入

    が関与しており,またプロテインキナーゼ抑制剤が活

    性酸素傷害を有意に抑制したことから,活性酸素傷害

    の発生機序として細胞内シグナル伝達の関与が示唆さ

    れ,活性酸素による内皮細胞傷害はいままで活性酸素

    による細胞傷害の機序とされてきた酸化による細胞膜

    傷害から直接細胞死へ至るのではなく,段階的な細胞

    内変化を経て細胞死に至るアポトーシスの要素を含ん

    でいることが推察された.これらのことからカルシウ

    ム措抗剤やプロテインキナーゼ抑制剤は活性酸素によ

    っておこる虚血再濯流傷害を抑制しうることが示唆さ

    れた.活性酸素による内皮細胞傷害にカルシウムイオ

    ンの細胞内流入が関与し4),カルシウム措抗剤は傷害

    を抑制する5)ことはすでに報告されているが,この内

    皮細胞傷害に対するプロテインキナーゼ抑制剤の抑制

    効果やシグナル伝達の関与については新しい知見であ

    583

    り,いままでの報告としては内皮細胞内シグナル伝達

    に対する過酸化水素水投与の作用としてトロンビンな

    どの刺激によるシグナル伝達の阻害作用6)などがみら

    れる.

     ベラパミルによる細胞傷害抑制効果はニカルジピン

    より低かったが,これはそれぞれの薬剤のカルシウム

    チャンネルに対するブロック作用機序の違い7)による

    と思われる.ベラパミルは刺激により開いたカルシウ

    ムチャンネルを通って細胞内に存在する受容体と結合

    し,カルシウムチャンネルをブロックするため,あら

    かじめ刺激によってチャンネルが開放されていること

    が必要で本実験のように刺激のない前投与では効果増

    強は期待できないが,ニカルジピンは細胞外の受容体

    と結合してカルシウムチャンネルをブロックするため,

    チャンネルの開放が必要なく前投与により,より効果

    的にカルシウムチャンネルがブロックでき,このよう

    な細胞傷害抑制効果の違いがみられると思われた.ま

    た,図2ではカルシウムイオンを含まない培養液と二

    カルジピン投与とに有意差がみられることから,ニカ

    ルジピンは細胞外から内へのカルシウムイオンの流入

    を阻止するだけでなく,細胞内のシグナル伝達時にお

    こるカルシウムイオンのプールから細胞質内への放出

    も抑制しているのではないかと考えられる.

     H-7はプロテインキナーゼCの抑制,ゲニスタイン

    はチロシンキナーゼのATP結合部位にATPが結合

    するのを競合的に抑制し,いろいろなチロシンキナー

    ゼをひろく可逆的に抑制するが,ハービマイシンAは

    数種のチロシンキナーゼを変性させ不可逆的に抑制し

    て,特定のチロシンキナーゼに関しては完全に抑制す

    る.ハービマイシンAが低濃度(0.1μM)で有意な傷

    害抑制効果を示したことから,活性酵素による細胞傷

    害にはハーピマイシンAの作用する特定のチロシン

    キナーゼが関与していると思われる8).臨床的に使用

    可能なプロテインキナーゼ抑制剤の開発(特にチロシ

    ンキナーゼ抑制剤)は活性酸素傷害を含めた細胞内シ

    グナル伝達によっておこる病態の治療に有用であると

    考えられる.

              文 献

    1) Inauen, Wo Payne, D・ K・,Kvietys, P. R. et al.:

      Hypoxia/reoxygenation increases the permeabil-

      ity of endothelal cell monolayers : role of oxygen

    37

  • 584

       radicals. Free Radic. Biol. Med., 9: 219-223,

       1990.

    2) Ratan, R. R・,Murphy, T,H, and Baraban, J,M・ :

       Oxidative stress induces apoptosis in embryonic

       cortical neurons. J. Neurochem., 62 : 376-379,

       1994.

    3) Nakano, H・, Monden, MoUmeshita, K. et al. :

       Cytoprotective effect of prostaglandin 12 anal-

       ogues on superoxide-induced hepatocyte inj ury・

       Surgery, 116 : 883-889, 1994.

    4) Franceschi, D., Graham, D., Sarasua, M. et al.:

       Mechanisms of oxygen free radical-induced cal-

       cium overload in endothelial cells. Surgery, 108 :

       292-297, 1990.

    5) Mak, I. To Boehme, P. and Weglicki, w. B,:

    日血外会誌 7巻4号

       Protective effects of calcium channel blockers

       against free radical-impaired endothelial cell

       proliferation. Biochem. Pharmacol・,50 : 1531-

       1534, 1995.

    6) Vercellotti, G. M., Severson, S. P., Duane, P. et

       al.: Hydrogen peroxide alters signal transduction

       in human endothelial cells. J. Lab. Clin. Med.,

       117 : 15-24, 1991.

    7) Catterall, W・ A・ and Striessnig, J.: Receptor sites

       forCa2 c゙hannel antagonists. Trends Pharmacol.

       Sci.,13 : 256-262, 1992.

    8) Levitzki, A. and Gazit, A.:Tyrosine kinase inhi-

       bition: An approach to drug development. Sci-

       ence,267: 1782-1788, 1995.

    Oxygen Radical-Induced Vascular Endothelial Cell

    Injury: Its Mechanism and Prevention

    Masahiko Yamaguchi1, Hiroshi Shimura1, Masao Kuzume1, Akihiko Matsumiya1,

    Hiroshi Nakano1, Tadashi Matsumoto1, Toshiyuki Hatakeyama1,

    Kaoru Kumada1, Hiroshi Sakagami2 and Minoru Takeda2

    1 Department of Surgery, Showa University Fujigaoka Hospital

    2 Department of Biochemistry, Faculty of Medicine, Showa University

    Key words: Endothelial cell,Oxygen radical injury, Calcium channel blockers, Protein kinase inhibitors

    Vascular endothelial cell (EC) injury by oxygen radicals (OR) plays an important role in the

    development of ischemia/reperfusion organ injury. OR-induced cellinjury has been reported to be induced

    as a result of intracellular signal transduction. Moreover, it occurrs with a rise of intracellular free calcium

    levels. Therefore, we tested the effectsof protein kinase inhibitors or Ca2+ channel blockers on OR-induced

    EC injury.

    Cultured human umbilical vein ECs were exposed to OR (H2O2 or hypoxanthine+xanthine oxidase

    reaction product) 30 min after addition of protein kinase inhibitor (H-7, genistein, herbimycin-A) or Ca2+

    channel blocker (verapamil, nicardipine). Surviving cell numbers were counted using the trypan-blue dye

    exclusion method.

    By 2hr after addition of 400//M H2O2, 80% of ECs were fatally damaged, with shrinkage of

    cytoplasm and nuclei. All protein kinase inhibitors and Ca2+ channel blockers used in the study

    significantly inhibited EC injury induced by OR, especially herbimycin-A and nicardipine inhibited EC

    injury at the lowest dose of 0.1 //M. Additionnally Ca2+ free media also significantlyinhibited OR-induced

    EC injury.

    The data suggest that OR-induced EC injury develops as a consequence of intracellular signal

    transduction which is blocked by protein kinase inhibitors, and is also caused by extracellular Caz+ influx

    which is inhibited by Ca2+ channel blockers. Results indicate that ischemia/reperfusion organ injury

    provoked by oxygen radicals may be prevented by protein kinase inhibitors and Ca2+ channel blockers.

    (Jpn. J. Vase. Surg., 7: 581-584, 1998)

    38

    page1page2page3page4