骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する 新しいリン酸カルシウム材...

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背景・目的 内容・方法 結果・成果 骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する 新しいリン酸カルシウム材料の骨誘導 網塚 憲生[北海道大学大学院歯学研究科/教授] 田村 正人[北海道大学大学院歯学研究科/教授] 山本 恒之[北海道大学大学院歯学研究科/准教授] 長屋 徳雄[北海道バイオシステム株式会社/代表 取締役] 小島 新潟大学大学院医歯学総合研究科/助教] 我々は、ある種のリン酸カルシウム材料が骨再生の足 場だけではなく、オステオカルシン、オステオポンチン など Ca 結合性蛋白を吸着し骨芽細胞の分化を効率よく 誘導する可能性を見いだした。本研究では、 Ca 結合性骨 芽細胞分化誘導蛋白を保持・維持することで、骨芽細胞 前駆細胞(または間葉系細胞)の走化性・定着・分化誘導 を促進し、良好な再生骨を誘導できるリン酸カルシウム 性材料の開発を目的とした。また、既存のリン酸カルシ ウム補填剤の効果実験(step 1)とそれを基にした新補填 剤の開発・工夫(step 2)の 2 つのプロセスに分けた。 リン酸カルシウム性材料である β TCP と合成型ハイ ドロキシアパタイト(HA)などでは Ca 溶出度が異なる。 そこで、申請者らは、リン酸カルシウム性材料として、 ①合成型ハイドロキシアパタイトという Ca 溶出性の低 い材料、② Ca 溶出の高い β TCP 材料に分類し、オステ オポンチン・オステオカルシンなどの Ca 結合性基質蛋 白の保持能力、および、骨芽細胞分化・骨基質合成能力 の解析を計画した(step 1)。これを基に、「骨芽細胞分化 誘導蛋白を保持する新しいリン酸カルシウム材料」を開 発することが最終目標である(step 2)。しかし、 step 1 が動物実験であることから半年間を費やしてしまった ため、 step 2 の実施は来年度以降を考えている。 Step 1 の実験方法 実験方法としては、ラット頭頂骨に浅い骨窩洞を形成 後、 β TCP (オスフェリオン:オリンパス社製)顆粒を充 填してから吸収性プレートで被覆した。骨窩洞における 新生骨について、オステオポンチン、オステオカルシン と言った骨基質蛋白、アルカリ性フォスファターゼ ALP:骨芽細胞)、酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ TRAP:破骨細胞)などの組織化学解析を行った。 (1)Ca 結合性骨基質蛋白の維持・保持性について 組織観察を行うと、 HA 充填群および β TCP 充填群 ともに、窩洞底から徐々に新生骨が形成されていったが、 β TCP 群のほうが観察初期(2 週)において骨形成量が多 く、また、後期(12 週)においては、より多くの β TCP 骨補填剤が骨基質に置換されることで、速やかに量が減 少する傾向が認められた。 (下図:左はハイドロキシアパタイト充填群、右はβ TCP 充填群を示す。上段:術後2 週、中段:術後4 週、下段: 術後 12 週) 以下に示すように、骨基質蛋白であるオステオカルシ ンとオステオポンチンの局在を免疫組織化学的に検索 すると、これら蛋白は β TCP の内部にまで浸透し術後 12 週まで維持されることが明らかとなった。 11

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Page 1: 骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する 新しいリン酸カルシウム材 …noastec.jp/kinouindex/data2010/pdf/01/S07.pdf背景・目的 内容・方法 結果・成果 骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する

背景・目的

内容・方法

結果・成果

骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する新しいリン酸カルシウム材料の骨誘導網塚 憲生[北海道大学大学院歯学研究科/教授]田村 正人[北海道大学大学院歯学研究科/教授]山本 恒之[北海道大学大学院歯学研究科/准教授]長屋 徳雄[北海道バイオシステム株式会社/代表

取締役]小島 拓[新潟大学大学院医歯学総合研究科/助教]

我々は、ある種のリン酸カルシウム材料が骨再生の足場だけではなく、オステオカルシン、オステオポンチンなど Ca結合性蛋白を吸着し骨芽細胞の分化を効率よく誘導する可能性を見いだした。本研究では、Ca結合性骨芽細胞分化誘導蛋白を保持・維持することで、骨芽細胞前駆細胞(または間葉系細胞)の走化性・定着・分化誘導を促進し、良好な再生骨を誘導できるリン酸カルシウム性材料の開発を目的とした。また、既存のリン酸カルシウム補填剤の効果実験(step1)とそれを基にした新補填剤の開発・工夫(step2)の2つのプロセスに分けた。

リン酸カルシウム性材料である β―TCPと合成型ハイドロキシアパタイト(HA)などでは Ca溶出度が異なる。そこで、申請者らは、リン酸カルシウム性材料として、①合成型ハイドロキシアパタイトという Ca溶出性の低い材料、② Ca溶出の高い β―TCP材料に分類し、オステオポンチン・オステオカルシンなどの Ca結合性基質蛋白の保持能力、および、骨芽細胞分化・骨基質合成能力の解析を計画した(step 1)。これを基に、「骨芽細胞分化誘導蛋白を保持する新しいリン酸カルシウム材料」を開発することが最終目標である(step 2)。しかし、step 1が動物実験であることから半年間を費やしてしまったため、step 2の実施は来年度以降を考えている。

Step 1の実験方法実験方法としては、ラット頭頂骨に浅い骨窩洞を形成

後、β―TCP(オスフェリオン:オリンパス社製)顆粒を充填してから吸収性プレートで被覆した。骨窩洞における新生骨について、オステオポンチン、オステオカルシンと言った骨基質蛋白、アルカリ性フォスファターゼ(ALP:骨芽細胞)、酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRAP:破骨細胞)などの組織化学解析を行った。

(1)Ca 結合性骨基質蛋白の維持・保持性について組織観察を行うと、HA 充填群および β―TCP充填群

ともに、窩洞底から徐々に新生骨が形成されていったが、β―TCP群のほうが観察初期(2週)において骨形成量が多く、また、後期(12週)においては、より多くの β―TCP骨補填剤が骨基質に置換されることで、速やかに量が減少する傾向が認められた。(下図:左はハイドロキシアパタイト充填群、右はβ―TCP充填群を示す。上段:術後2週、中段:術後4週、下段:術後12週)

以下に示すように、骨基質蛋白であるオステオカルシンとオステオポンチンの局在を免疫組織化学的に検索すると、これら蛋白は β―TCPの内部にまで浸透し術後12週まで維持されることが明らかとなった。

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これに対して、ハイドロキシアパタイト(HA : Boneject)補填剤では、術後1週では骨窩洞表層のHA顆粒にオステオポンチンなどの吸着は認められなかった。2週後に同部位のHA顆粒が陽性反応を示すが、その表層のみに陽性反応が観察されるだけであった。(右図参照)

(2)β―TCP 骨補填剤を充填した場合の骨改造骨形成を担う骨芽細胞のマーカー酵素であるアルカ

リ性フォスファターゼ(ALP)と破骨細胞のマーカー酵素である酒石酸抵抗性酸性フォスファターゼ(TRAP)の二重染色を行うことで、骨形成と骨吸収による骨改造を解析した。2週後では、多数の ALP陽性を示す骨芽細胞がβ―TCP顆粒上に局在し、同時に TRAP陽性破骨細胞も局在したことから、活発な骨改造(骨吸収と骨形成)が誘導されていると推測された。この現象は4週後および8週後でも観察されるが、β―TCP顆粒の量が減少すること、また、β―TCP顆粒状に新生骨が置換されてゆくことが観察された。また、全てのサンプルで、β―TCP補填剤に間葉系細胞(骨原性細胞)が定着しており、経時的にALP陽性骨芽細胞へと変わっていた。

まとめ1)オステオポンチンやオステオカルシンは、β―TCP顆粒の内部にまで浸透・局在しており、それは術後12週まで持続した。

2)充填初期では、骨芽細胞系細胞を含めて多くの細胞密度が上昇しており(細胞増殖亢進)、骨原性細胞が窩洞上部のオステオポンチン・オステオカルシン陽性β―TCP顆粒まで侵入していた。

3)多数の破骨細胞が β―TCP上に定着・吸収しており、その後に骨芽細胞が骨改造によって、骨基質を添加すると考えられた。

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今後の展望

考察β―TCPは骨組織の組織液中に存在しているオステオ

ポンチン・オステオカルシンを吸着・維持すると考えられ、それにより間葉系の骨原性細胞が速やかに侵入しβ―TCPに定着すると推測された。これに対して、HAは骨芽細胞系細胞が移動・定着してからこれらの蛋白を局在させてゆくと考えられる。従って、β―TCPのほうがこれら骨基質蛋白の吸着能が高く、それによって骨芽細胞系細胞の定着・骨形成を速やかに誘導できることが強く示唆された。また、β―TCP顆粒上に定着した骨芽細胞系細胞が破骨細胞形成を誘導することで骨吸収が可能となり、引き続いて骨形成が誘導されることも推測された。また、β―TCPは HAに比べると、骨基質に置換されやすいと考えられる。以上、β―TCPは HAに比べて、骨再生能が高いと考えられる。

今回の研究(step1)では、溶出性のリン酸カルシウム(β―TCP)が安定型のハイドロキシアパタイト(HA)よりも Ca結合性骨基質蛋白(オステオカルシン・オステオポンチン)の高い吸着性・保持性を有することが明らかとなった。オステオカルシン・オステオポンチンは骨芽細胞の接着・分化など骨基質合成に必要な基質環境を与えることが知られており、これらの蛋白を吸着する材料が望ましいと考えられる。本研究においてコラーゲン線維が含まれておらず、コラーゲン線維を織物状にシートにした構造に β―TCPなどで石灰化したバイオマテリアルが有用なのではないかと考えており、当初、予定したstep2として実施したい。

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