技術試験衛星Ⅷ型 (ets-Ⅷ)の 運用終了につい...
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技術試験衛星Ⅷ型 (ETS-Ⅷ)の運用終了について
宇宙航空研究開発機構理事 山本静夫
衛星利用運用センター技術領域主幹 藤澤達也
平成29年2月14日
資料33-2科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会宇宙開発利用部会(第33回)H29.2.14
はじめに(報告の骨子)
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技術試験衛星Ⅷ型(ETS-VIII)は、大型静止衛星バス技術及び大型展開構造物についての技術実証を行うとともに、災害者救援活動の支援等に役立つ移動体通信技術の基盤技術を実証することを目的に開発され、平成18年12月18日H-IIAロケットにより種子島宇宙センターから打ち上げられた。
ETS-VIIIプロジェクトは、平成22年1月8日に3年間の定常運用を終了し、所期の目標を達成したことを宇宙開発委員会(平成22年6月2日)に報告した。
定常運用終了後、後期利用運用を継続し、平成28年12月18日に軌道上運用10年を達成した。
後期利用運用では、ETS-VIIIと同プロジェクトの中で技術開発した小型携帯端末を用い、災害発生時における衛星通信技術の利用実証実験を実施するとともに、東日本大震災では、被災地に衛星通信環境を提供し、被災者救援活動の支援等に貢献した。
今般、衛星運用に使用する推薬も残りわずかとなったことから、軌道上運用10年の達成を機に静止軌道からの離脱を行い、適切に衛星運用を終了したことを報告する。
本日の説明内容は以下のとおり。
1.ETS-VIIIの概要2.後期利用段階における利用の成果3.定常運用期間を含む衛星運用の結果4.まとめ
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衛星構体
大型展開アンテナ
(19m×17m)
40m
40m
衛星測位用アンテナ
軌道上大型展開アンテナ展開画像
軌道上太陽電池パドル展開画像
移動体通信用地上端末
1.ETS-Ⅷ衛星の概要
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(2) 搭載実験機器
移動体通信・放送実験機器 大型展開アンテナ反射鏡部(LDR) 移動体通信・放送用実験機器 大型展開アンテナ給電部(LDAF)
• 給電部放熱パネル(RPNL) 中継器部
• S帯コンバータ部(SCNE)• オンボードプロセッサ(OBP)• パケット交換機(PKT)
フィーダリンク装置 高精度時刻基準装置(HAC) 高精度時刻比較装置(TCE) 打上げ環境・展開モニタ装置(LEM) 技術データ取得装置(TEDA) 展開ラジエータ搭載実験機器(DPR)
注: 青字下線の実験機器は、情報通信研究機構(NICT)、次世代衛星通信・放送システム研究所(ASC)、日本電信電話株式会社(NTT)の開発担当機器
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1.ETS-Ⅷ衛星の概要
(1) 主要諸元
質量 : 約3トン(軌道上初期) 発生電力 : 7,500W以上
打上げ日 : 平成18年12月18日 打上げロケット : H-IIAロケット204型
軌道 : 静止軌道(146°E) 設計寿命 : ミッション機器 : 3年 バス機器 : 10年
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1.ETS-Ⅷ衛星の概要
(3)定常運用におけるミッション達成基準と達成状況 (平成22年6月2日の宇宙開発委員会で報告済み)
達成度*1 開発項目 達成基準 達成状況
レベル1(30%)
大型衛星バス 3トン級静止衛星バスが、システムとして正常に動作すること。
・イオンエンジンを除き左記基準を達成・開発成果は海外を含め静止衛星6機に活用
レベル2(10%)
測位ミッション 各機器の機能・性能が正常であり、3年間にわたり基本実験を実施できること。
・左記基準を達成・搭載レーザ反射器が国際標準に認定および準天頂衛星初号機の設計変更に貢献
レベル3(30%)
大型展開アンテナ 大型展開アンテナが正常に展開すること。
・左記基準を達成・電気性能も正常であり、ビーム形状再構成技術を実証
レベル4(30%)
移動体衛星通信ミッション
各機器の機能・性能が正常であり、3年間にわたり基本実験を実施できること。
・S帯給電部受信系以外は機能・性能の正常動作を確認、当初計画の実験形態ではないが、測位用アンテナを代替として、地上側での対応によりPIM特性*2以外の実験項目は全て実施・基本実験成果を基に国土地理院をはじめとして、協定等を締結して実証実験を実施
レベル5 (運用期間の延長)(国外における利用実験)
3年以上運用し、国内外の機関、研究者の参加を得た利用実験を実施できること。
・左記基準を達成
*1:ミッション達成度:宇宙開発委員会 ETS-VIII分科会(平成12年11月)で認定された「達成度に基づく評価基準」より*2:大電力照射によりアンテナ鏡面で発生する高調波(PIM:passive Inter-Modulation)の給電部受信系への影響評価
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後期利用段階の運用計画(平成22年6月2日 宇宙開発委員会報告資料抜粋)
平成22年度も引き続きNICT、利用実験実施協議会が実験を行う。
JAXA、NTTは定常段階において予定されていた実験をすべて行い、所定の成果を挙げて開発目的を達成したことから、実験は行わない。
2.後期利用段階における利用の成果
後期利用段階の実績
平成22年度は、NICT及び利用実験実施協議会19機関のうち、5機関(大阪府立大学、明治大学、首都大学東京、JAMSTEC、電気通信大学)が実験を実施。なお、利用実験実施協議会の実験は平成22年度で終了。
平成23年1月よりETS-VIIIの運用をNICTに移管。NICTにて運用及び実験を継続。
平成23年3月の東日本大震災において、岩手県、宮城県より要請を受けた文部科学省の依頼を受け、JAXAは被災地支援を実施。
平成24年12月、NICTによる実験及び運用終了。東日本大震災の被災地支援を踏まえ、ETS-VIIIの通信技術が災害時において有効な貢献手段であることから、 JAXAは衛星の運用を引き継ぎ、防災利用実証実験を開始。
次ページ以降に東日本大震災での支援状況と、それ以後にJAXAが各機関と協力して実施した防災利用実証実験の成果について説明する。
2.後期利用段階における利用の成果
岩手県における災害対策支援・通信システム概念図 宮城県における災害対策支援・通信システム概念図
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2.1 被災地における衛星通信環境の提供
東日本大震災時に通信回線網が使用不可となった被災地(岩手県大船渡市、大槌町、宮城県女川町)に対して、ETS-VIIIの小型アンテナを設置。衛星回線による通信環境を提供し、災害時の被災者救援活動の支援等に貢献した。これらの実績により、地上回線が復旧する間、衛星通信を利用した回線が簡易に確
保できれば、災害時に有効であることを実証した。
2.2 防災・減災に資する基本技術の確立
JAXAは、ETS-VIIIによる東日本大震災支援の経験を生かし、発災時における衛星通信技術の利用の有効性を実証する為、 下記の実証実験を防災機関や大学等と共同で実施した。
また、災害発生時に迅速に被災地の支援するために支援体制維持のための訓練を定期的に実施してきた。
各実証実験、災害対応訓練の概要を次ページ以降に示す。( )内は共同実験機関
(1) 津波・地殻変動観測ブイシステムの開発(JAMSTEC、東北大学)(2) GPS津波計による早期津波警戒システム(東大地震研、高知高専、NICT、日立
造船)(3) 災害対応センサデータの伝送実験(土木研)(4) 災害NPOと連動した災害対応訓練(愛知ネット)
2.後期利用段階における利用の成果
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(1)津波・地殻変動観測ブイシステムの開発
津波検出用の水圧計及び地殻変動観測用の音響装置を沖合に展開し、洋上で取得したデータを陸上基地局へ伝送する方法として、小型端末による衛星通信が可能なETS-VIIIを用いた伝送実験を実施。
GPS測位計を準天頂衛星に対応させるとともにETS-VIII基地局の冗長化を図り、リアルタイム伝送における運用方法を検証した。
(2)GPS津波計を用いた津波早期警戒システム
準天頂衛星とETS-VIIIを用いて室戸岬沖に設置されたGPS津波計ブイにおける精密測位データの伝送実験を実施。精密測位技術と衛星通信技術を組み合わせることで、津波警報システムの機能向上を目指した実験として実施。実験の結果、「防災等に資する情報通信衛星」に対する基本要求が整理された。今後は商用通信衛星を利用して研究が継続される予定。
関東エリア
北海道エリア
九州エリア
精密暦
生成・配信
データセンター(東京)
GPSデータ
マスター・コントロール・
センター(筑波)
精密暦
LEXデータVPN
国土地理院
電子基準点
精密暦
LEX信号精密暦
LEX信号
測位結果
測位結果
測位結果ETS-Ⅷ基地局
(大阪)
ETS-Ⅷ基地局
(筑波)
インターネット
サーバー(高知)
海上ブイ
(室戸岬沖約35km)
インターネットで津波、
波浪、潮汐のデータを
配信
みちびき ETS-VIII
2.後期利用段階における利用の成果
(3)災害対応センサデータの伝送実験
通信手段確保が困難な活火山火口付近での火山噴火に伴う大量降灰等の災害監視データをETS-VIII経由で配信する実験を実施。災害の発生予測や減災に効果的であること
を実証。また、基地局の運用(データ取得)は、九州
地方整備局の協力を得て、現システムの課題及び将来的な利用ニーズの抽出を行った。
(4)災害NPOと連動した災害対応訓練
災害時の地球局運用における大きな課題の一つが、無線従事者の資格を有する地球局操作要員の確保である。災害発生の際、迅速に体制を整え、被災地
支援を実施するため、災害時に自治体等への支援を行うNPO(愛知ネット)と共同し、無線従事者の資格を有するNPO要員に対して定期的にETS-VIII地球局の操作訓練を実施。
北岳
昭和火口
有村川流域
有村川3号砂防堰堤
南岳
有村
黒神
ETS-Ⅷ
外付アンテナ
(1.2m)
土木研究所
大規模土砂災害対応センサ
超小型通信端末
制御基地局
九州地方整備局
(九州防災・火山技術センター)
観測データ
観測データ
観測データ
鹿児島県桜島
(有村、黒神)
2.後期利用段階における利用の成果
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2.3 情報通信研究機構(NICT)通信実験への協力
NICTは、大型展開アンテナを搭載する衛星のビーム安定化に資する研究開発として、「次世代衛星移動通信システムの構築に向けたダイナミック制御技術の研究開発」を進めており、衛星アンテナから地上に照射されるビームの形状(フットプリント)を 計測するシステムのプロトタイプを開発。
ETS-VIIIの信号を送信して本計測システムの動作検証を実施しており、JAXAはETS-VIIIの運用を実施することによりNICT通信実験を支援。
ETS-Ⅷ
アップリンクダウンリンク
送信局(筑波)
計測局
サーバ装置
鹿嶋
送信周波数2.6575GHz
受信周波数2.5025GHz
HACアンテナ(1m 、パラボラ)
大型展開アンテナ(電気開口径13m)
1.2m
実験系の構成図
2.後期利用段階における利用の成果
可搬型計測局 12局(26年度開発2局、27年度開発10局)固定型計測局(5局)
サーバ装置
開発したフットプリント計測システム
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3.1 大型静止衛星バス技術の開発成果ETS-VIIIで開発された静止軌道上3トン級静止衛星バス技術の成果及び軌道上運用
実績は、我が国の衛星製造メーカの標準静止衛星バスに適用され、気象衛星「ひまわり」や準天頂衛星等の多くの衛星に採用(計12機)されているとともに、商用市場においても国内外からの受注(シンガポール、トルコ、カタール含め計5機)に繋がっている。
3.定常運用期間を含む衛星運用の結果
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ETS-VIIIのバス技術を用いた衛星は、いずれも順調に運用されており、品質・信頼性は世界トップレベルの評価を受けている。今後更なる飛躍が期待されており、衛星製造メーカは、第2回宇宙開発利用大賞総務大臣賞(平成28年3月)を「国産静止衛星プラットフォームDS2000による商用市場展開」にて受賞。
三菱電機(株)提供
3.2 軌道上10年にわたる衛星バスの評価平成18年12月18日から平成28年12月18日の軌道上運用10年間を通じた各サブシス
テムの運用状況は以下のとおり。
(1) バス機器を構成する主要サブシステム通信系、推進系(イオンエンジンを除く)、姿勢制御系等、衛星バスを構成する各サブ
システムは、10年間を通して、機能・性能に問題なく、適切に維持されていた。
(2) 推進系(イオンエンジン)評価衛星の軌道保持制御(南北制御)に使用するイオンエンジンは、定常運用期間中の平
成20年1月にA系の電源装置が、平成21年7月にB系の電源装置が故障し使用不可となった。いずれも電源装置内の制御基板のICの故障と推定している(宇宙開発委員会で報告済み)。なお、イオンエンジン故障後は、二液式スラスタ(22N)を用いて軌道保持制御を実施。
3.定常運用期間を含む衛星運用の結果
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(3) 発生電力評価発生電力は、10年間を通して予測値を上回っており、衛星負荷電力に対して十分な
マージンを有していた。以下に発生電力のトレンドグラフを示す。なお、図中のEOL付近における実測値の急激は変化は、推薬温存のためにパドルオ
フセット運用を実施したことに伴う発生電力低下であり、機器の劣化や不具合によるものではない。
6500
7000
7500
8000
8500
9000
9500
10000
10500
2006/12 2007/12 2008/12 2009/12 2010/12 2011/12 2012/12 2013/12 2014/12 2015/12 2016/12 2017/12
発生電力
[W]
実測値 予測値
パドルオフセット運用開始
パドルオフセット角度変更
3.定常運用期間を含む衛星運用の結果
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(4) 大型展開アンテナ及び太陽電池パドルの状況軌道上運用10年後の大型展開アンテナ及び太陽電池パドルの状況確認のため、搭
載カメラによる撮影を試みたところ画像取得に成功した。10年後においても、大型展開アンテナ及び太陽電池パドルの変形や破損等、大きな
変化がないことを確認した。
3.定常運用期間を含む衛星運用の結果
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(1) 軌道離脱運用
平成28年12月19日より軌道離脱を開始。国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)の基準に基づき、静止軌道より近地点高度を約340km上昇させ、離心率を0.003以下に調整。
(2) 残推薬排出運用
平成29年1月1日より残推薬排出を開始。解析により39.92㎏を排出したことを確認。残推薬量推定誤差41.47㎏の範囲内であり、運用開始以降、高い精度で推薬管理できていたと判断。
(3) 停波運用
平成29年1月10日 15時25分(JST)に送信機オフを実施し停波完了。その後、衛星からの送信がないことを確認。
0.00
20.00
40.00
60.00
80.00
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2016/12/15 2016/12/20 2016/12/25 2016/12/30 2017/1/4
近地点高度差(km)
時刻(UTC)
近地点高度差
目標高度(+310km)
ETS-VIII軌道(近地点高度)の静止軌道との差
0
20
40
60
80
100
120
140
2016/11/21 2016/12/5 2016/12/19 2017/1/2 2017/1/16
推定残推薬量[kg]
日付
ノミナル
推定誤差(+3σ)
推定誤差(-3σ)
残留推薬(無効推薬)47.7kg
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3.3 軌道離脱・停波運用実績
3.定常運用期間を含む衛星運用の結果
技術試験衛星Ⅷ型(ETS-VIII)は、バス設計寿命10年を達成し、大型静止衛星バス技術の信頼性を実証した。
ETS-VIIIに搭載されたミッション機器を用いて技術開発された大型展開アンテナや移動体衛星通信システム技術は、様々な利用実証実験を通じて、将来の防災・減災に資する基本技術の確立に貢献するとともに、東日本大震災では被災地において被災者救援活動の支援等に貢献した。
ETS-VIIIで開発した大型静止衛星バス技術は、我が国の衛星製造企業の標準バスとして気象衛星や測位衛星などの静止衛星(計12機)に適用されるとともに、商用市場においても国内外からの受注(シンガポール、トルコ、カタール含め計5機)に繋がっている。
ETS-VIIIの技術成果、利用成果として182件の論文が発表されている(平成29年2月6日時点でScopusに掲載されているもの)。
ETS-VIIIの10年の運用で得られた知見・技術を活用し、 JAXAは関係企業と連携し、今後必要となる静止衛星技術を取り入れた次期技術試験衛星の開発に着手する。特に、開発の早い段階から企業の参画を得て、商業衛星市場における国際競争力が確保されるよう取り組んでいく。
4.まとめ
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