ロシアにおける自然エネルギー活用の展望...出所:irena, "remap 2030 renewable...

5
1 ロシアにおける自然エネルギー活用の展望 自然エネルギー財団上級研究員 尾松亮 ロシアは、北極海沿岸からオホーツク海沿岸まで多様な自然環境に膨大な自然エネルギー資源 を有する。 本レポートでは、ロシアでの自然エネルギー活用の現状と推進の取り組みを紹介する。それに 際して特に、日本と隣接したロシア極東地域における自然エネルギー発展の展望を、同地域の地 理的、制度的特徴を踏まえて検討する。 1:ロシアにおける自然エネルギーポテンシャル 国際機関の報告書によれば、ロシア国内には風力発電、太陽光発電など自然エネルギーのポテ ンシャルの高い地域が多い。風力に関して言えば、50 メートルの高さで風速が 8m/秒を超える適 地が、北極海沿岸から極東のサハリンやカムチャツカまで広がる 1 (図1)。 図1:The Average wind speed at a height of 50m 出所:IRENA, "REmap 2030 Renewable Energy Prospects for Russian Federation" 2 さらにロシア南部には、日射量に恵まれた地域が多い。気候の温暖な南西部の黒海沿岸だけで 1 世界中を送電網でつなぎ各地の自然エネルギーの共有を目指す国際非営利組織 GEIDCO の報告書"GEI Backbone Grid Research" (2018 March)は、世界で最も風力発電ポテンシャルの高いエリアの例として、サハリン、 オホーツク海、カラ海等ロシア沿岸のエリアを挙げている。 2 IRENA, " REmap 2030 Renewable Energy Prospects for Russian Federation ", 2017, P.80.

Upload: others

Post on 28-Jan-2021

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

  • 1

    ロシアにおける自然エネルギー活用の展望

    自然エネルギー財団上級研究員

    尾松亮

    ロシアは、北極海沿岸からオホーツク海沿岸まで多様な自然環境に膨大な自然エネルギー資源

    を有する。

    本レポートでは、ロシアでの自然エネルギー活用の現状と推進の取り組みを紹介する。それに

    際して特に、日本と隣接したロシア極東地域における自然エネルギー発展の展望を、同地域の地

    理的、制度的特徴を踏まえて検討する。

    1:ロシアにおける自然エネルギーポテンシャル

    国際機関の報告書によれば、ロシア国内には風力発電、太陽光発電など自然エネルギーのポテ

    ンシャルの高い地域が多い。風力に関して言えば、50 メートルの高さで風速が 8m/秒を超える適

    地が、北極海沿岸から極東のサハリンやカムチャツカまで広がる1(図1)。

    図1:The Average wind speed at a height of 50m

    出所:IRENA, "REmap 2030 Renewable Energy Prospects for Russian Federation"2

    さらにロシア南部には、日射量に恵まれた地域が多い。気候の温暖な南西部の黒海沿岸だけで

    1 世界中を送電網でつなぎ各地の自然エネルギーの共有を目指す国際非営利組織 GEIDCOの報告書"GEI

    Backbone Grid Research" (2018 March)は、世界で最も風力発電ポテンシャルの高いエリアの例として、サハリン、

    オホーツク海、カラ海等ロシア沿岸のエリアを挙げている。 2 IRENA, " REmap 2030 Renewable Energy Prospects for Russian Federation ", 2017, P.80.

  • 2

    なく、ロシア極東およびシベリアの南部にも太陽光発電に適した地域が帯のように広がっている

    3。

    そして極東のアムール河流域や、シベリアのバイカル湖周辺には豊富な水力資源があり、水力

    発電に活用されている。2018 年 1 月現在、ロシア全体の発電設備容量の約 20%を水力が占め、

    極東エリア4では 38.5%(約 3.7GW)、シベリア・エリアでは 48.7%(約 25.3GW)に達する5。

    2:「再エネ容量オークション」を通じた風力・太陽光発電の推進

    ロシアでは 2008 年独占電力企業 RAO UES の解体にともない、発電部門と送電部門は切り離

    され、発電部門(原子力を除く)については外資を含む民間企業の参入が可能である。国営企業、

    ロシア民間企業、外資企業などに競争をさせ、効率的に電源投資を進めることを狙った改革であ

    る。2018 年現在、ロシアで比較的大きな発電設備容量を保有する企業に Evrosibenergo(19.5GW)、

    E.On(約 11.3GW)、Enel(約 9.4GW)などの民間企業もある6。

    しかし、近年まで水力を除く自然エネルギー分野への投資は低調であった(2018 年 1 月現在、

    設備容量で風力は全体の 0.06%、太陽光は 0.22%)。政府が定めた目標も、「2020 年までに発電電

    力量に占める割合 4.5%」という控えめなものに過ぎない7。民間企業からの発電部門への投資が

    増えたとはいえ、これまでは主に火力発電への投資に偏っていた。

    このような状況においてロシア政府は 2013 年以降、「再エネ容量オークション」制度を導入し、

    自然エネルギー分野への投資促進を図っている。ここ数年のオークションでは、風力・太陽光の

    プロジェクト認定規模が増えている8。

    この「再エネ容量オークション制度」では、政府が資本コスト上限を定め、その上限以内で入

    札した投資プロジェクトがオークションを通じて選定される。

    この「再エネ容量オークション」で申請件数が多い場合、より低い資本コストを提示したプロ

    ジェクトから採用されることになる。認定されたプロジェクトの実施者は、長期間(15 年間)設

    定された資本コストに基づく容量支払いを受けることができる。卸売市場に参加する需要家は、

    月間のピーク需要実績に基づいて一定の負担金を支払い、それを原資に認定プロジェクトへの「容

    3 同上 P.80. これらの地域の太陽光発電ポテンシャルは Level of Isolation 4.5~5kWh/㎡ per day と評価されてい

    る。

    4 ロシアでは、給電指令所の管轄地域ごとに「極東統合エネルギーシステム」「シベリア統合エネルギーシステ

    ム」などの区分がなされる。本レポートでは地理上の「極東」「シベリア」と区別して、「極東エリア」「シベリ

    ア・エリア」と呼ぶ。 5 СО ЕЭС, "Отчет о функционировании ЕЭС России в 2017 году", 2018.

    6 参考までにロシア全体の発電設備容量は 240GW、国営原子力企業ロスアトムは 27.9GW を保有。

    7 なおこの目標では、25MW 以上の大規模水力発電所は除外しており、水力発電を含めればこの目標はすでに達

    成されている。

    8 この再エネ容量オークションは、2011 年の電力法改正によって導入が決められ、2013 年 5 月 28 日の政府決定

    No449 によって具体的な仕組みが定められた。

  • 3

    量支払い」が行われる。2013 年のオークションでは、太陽光については、2014 年以降稼働予定の

    落札プロジェクトの資本コスト(CAPEX)が 3.58 $/W(2017 年以降稼働の場合で 3.4$/W)と

    設定されていた。これは他国での同時期の太陽光プロジェクトの投資コストの 2 倍近い設定であ

    るという9。

    ロシアで「容量オークション制度」は、もともと火力発電や原子力発電に対して、予備力・供

    給力を市場に提供する見返りとして、容量支払いを保証する仕組みとして導入された。同様のメ

    カニズムを活用して創られたのが、この再エネ容量オークションである。なお他の電源が給電指

    令に対する迅速な発電による対応(Readiness to generate)を条件に容量支払いを受けるのに対

    し、太陽光・風力の場合変動電源であるため、逆に抑制(Curtailment)指示への対応が条件と

    されるという違いがある。

    この「再エネ容量オークション」では、太陽光、風力、小水力(25MW 未満)の三つのタイプ

    の自然エネルギープロジェクトのみが対象となる。2013 年に制度がスタートして以来、2013 年

    ~2017 年まで年 1 度のペースでオークションが開催されてきた。2015 年までは太陽光発電に偏

    っているが、2016 年以降、風力発電認定容量が伸びていることが分かる(図 2)。

    図 2:2013 年-2018 年のオークションによる認定容量(2018 年 9 月現在)

    出所:BNEF,“Russia Doubles Renewables Project Pipeline”, 21 June 2017 他を基に作成

    風力プロジェクトの落札者を見ると、Fortum、Enel などの外国企業および、近年事業多角化を

    図る国営ロスアトムの子会社(“NovaWind“2017 年 9 月設立)が認定容量を増やしている。応札

    条件には厳しい現地生産基準(2019 年以降風力で 65%、太陽光で 70%)があるが、Fortum、

    Vestas 等の欧州企業がロシア現地生産を開始したことで風力分野でも応札規模が増えた。ロスア

    トム社も近年 Largerwey(オランダ)協定を結び、風力設備のロシア現地生産を進めている。太陽

    光部門では、中国企業 Amur Sirius 傘下の企業が太陽光発電設備のロシア国内生産を行い、オー

    クションでの認定容量を伸ばしてきた。

    2018 年のオークション終了時点での総認定容量は風力が 3.3GW、太陽光が 1.85GWの規模に

    9 BNEF,“Russian solar revolution get off to a fast start”, 25 September 2013, P.1.

    400505

    280

    0

    520

    148.5105 51 35

    610

    1651

    853

    505 577365

    610

    2221

    1041

    0

    500

    1000

    1500

    2000

    2500

    2013 2014 2015 2016 2017 2018太陽光 風力 小水力 合計

    単位:MW

  • 4

    とどまる。しかし国内での設備生産基盤が整いつつあり、今後のオークションで太陽光・風力の

    認定容量がさらに増えていくものと期待できる。

    3:ロシア極東における自然エネルギー発展の展望:国際協力、電力輸出の可能性

    上述のオークション参加企業が活動しているのは、モスクワ州やウリヤノフスク州などロシア

    の西部である。

    豊富な風力・太陽光発電の適地を有するロシア極東でも、同様のやり方で自然エネルギー導入

    量を伸ばしていくことはできるのだろうか。結論からいうと、極東でオークションによる投資を

    推進することは制度上難しい。

    ロシア電力制度上の例外として、ロシア極東連邦管区の大部分には国営電力会社(ルスギドロ

    社)の独占事業地域(隔離電力ゾーン)が設定されている(図 3)10。このゾーンは、ロシアの他

    の地域と基幹送電線がつながっておらず(非同期運用)、発電企業も一社独占であり、電力卸売市

    場も存在しない。

    図 3:ロシア電力市場制度上のゾーン区分

    出所:各種情報を基に作成

    この地域は人口密度も極めて低く(1.01 人/㎢)、発電事業者の新規参入、市場競争が期待でき

    ないため、電力の安定供給に国営企業一社が責任を持つ旧来の制度が温存されている。このため、

    ロシア西部のようにオークションで投資を募ることもできない。膨大な自然エネルギーの資源を

    持ちながらも、多様な企業からの投資が進まないという矛盾を抱えてきた。

    この地理上、制度上の特徴をふまえ、ロシア極東での自然エネルギープロジェクトは大きく分

    けて二つの方式で進められている。一つは、基幹送電線の届かない地域で地産の自然エネルギー

    を分散型電源として開発する方向性。これらの地域ではディーゼル燃料を長距離輸送して発電す

    るため、発電コストが高く、環境汚染の問題もある。分散型自然エネルギーの活用により、発電

    コスト、大気汚染問題が同時に解決できるものと期待されている。一例として極東の北部、サハ

    共和国では燃料代替を目的に自然エネルギーの導入が進められてきた。2015 年には1MW 級の

    10 ウラジオストクなどを含むロシア極東連邦管区の南部は電力市場制度上「非価格ゾーン」とされ、「隔離電力

    エリア」と区別される。極東南部の「非価格ゾーン」では発送電分離がなされているが、市場価格が地方政府に

    規制されており、ここでも卸売市場における支払を前提としたオークション制度はない。

  • 5

    太陽光発電所が稼働し、2018 年 2 月には NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合

    開発機構)の風力発電実証事業がスタートした11。

    二つ目は、人口の少ない極東地域(全体で約 629 万人)では使いきれない自然エネルギーを、

    日中韓など隣接するアジア諸国向けの輸出電源として開発・活用する方向性である。この輸出電

    源としての自然エネルギー活用には、すでに実績もあり、さらに複数の計画が検討されている。

    極東南部アムール州のゼヤ水力発電所(設備容量 1,330MW)からは、中国東北部黒竜江省へ国

    際連系線を通じた電力輸出が行われている。毎年 3,000GWh 強の電気がロシアから、黒竜江省に

    送られている。これは輸出元アムール州の発電電力量 14,604GWh(2017 年)の約 2 割に相当し、

    電力輸出により自然エネルギーを有効活用する実例となっている。

    さらに中国の国営送電会社「国家電網」とロシアエネルギー庁は、サハリン島北部に 25~50GW

    の大規模な風力発電所を建設し、中国や日本に輸出する計画を検討している12。同庁は、日本への

    電力輸出を想定してサハリン島および周辺部に 3~10GW 規模の風力発電所を建設する計画も検

    討してきた13。

    このようにロシア極東では、アジア諸国との共同事業、輸出電源としての活用が自然エネルギ

    ー推進の要として位置付けられている。

    まとめ

    ロシアが国内各地で自然エネルギーの開発を進めるなら、多様な自然条件に応じた技術開発の

    経験を蓄積することができる。近年、Vestas、Fortum 等の外資企業の技術を導入し、ロシア各地

    で風力・太陽光プロジェクトが進められていることは、電力改革や再エネ容量オークション制度

    の一つの成果といえる。

    しかし人口が少なく、国内の需要地から離れたロシア極東では内需向けの自然エネルギー開発

    は進みにくい。ロシア極東ではアジア諸国との隣接という地の利を生かし、日中韓と連系した自

    然エネルギー開発および活用が必要である。

    この極東地域が有する水力および風力の資源は、近隣のアジア諸国におけるエネルギー需給に

    も影響を与えるだけの潜在力を持つ。欧州の国際電力取引では、ノルウェイが豊富な水力発電容

    量を活用し、欧州全体に安価でクリーンな電気と調整力を提供してきた。ロシアも、極東・シベ

    リアの豊富な水力資源、極東の風力資源を組み合わせ、アジアの電力市場にクリーン電源と調整

    力を提供することが可能だろう。

    11 NEDO は 2018 年 2 月 27 日(現地時間)、ロシアのサハ共和国政府およびルスギドロ社との間で、風力発電シ

    ステムを含むエネルギーインフラ実証事業に関する協力覚書(MOC)を締結し、実証事業を開始した。寒冷地仕

    様の風力発電技術で、実証期間は 2021 年まで。

    12 2014 年 9 月にロシアエネルギー省と SGCC が締結した契約に基づき、FS は 2015 年末までに完了した。その

    結果の一部が、“Result of Russian-Chinese Investigation of the Wind Resources at the Russian Arctic and Far East Regions

    for Joint Exploitation”(2016 年 3 月)において公表されている。

    13 РЭА, "Интеграционные энергетические проекты на Евразийском пространстве", 2017.