ノンユニフォームサンプリング (nus) : 高分解能な...

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ノンユニフォームサンプリング (NUS) : 高分解能なスペクトルを短時間で取得 する方法 アプリケーションノート 概要 このアプリケーションノートでは、 Agilent VnmrJ 4 ソフトウェアの各種ツールを用いて、 2 次元 NMR スペクトルのルーチン測定におけるノンユニフォームサンプリング (NUS) によるデータ取得および処理について紹介します。 NUS 手法は簡単かつ確実に低分子 NMR 測定に応用でき、従来の線形サンプリング手法に匹敵するデジタル分解能を備 えた 2D スペクトルを、 2 分の 1 から 4 分の 1 の実験時間で得ることができます。また、 NUS を用いれば、従来の線形サンプリングおよびフーリエ変換 (FT) メソッドと同程度 の測定時間内で、より高分解能のスペクトルが得られます。 著者 Paul Bowyer Agilent Technologies, Inc.

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ノンユニフォームサンプリング (NUS) : 高分解能なスペクトルを短時間で取得する方法

アプリケーションノート

概要

このアプリケーションノートでは、Agilent VnmrJ 4 ソフトウェアの各種ツールを用いて、2 次元 NMR スペクトルのルーチン測定におけるノンユニフォームサンプリング (NUS) によるデータ取得および処理について紹介します。NUS 手法は簡単かつ確実に低分子 NMR 測定に応用でき、従来の線形サンプリング手法に匹敵するデジタル分解能を備えた 2D スペクトルを、2 分の 1 から 4 分の 1 の実験時間で得ることができます。また、NUS を用いれば、従来の線形サンプリングおよびフーリエ変換 (FT) メソッドと同程度の測定時間内で、より高分解能のスペクトルが得られます。

著者

Paul Bowyer Agilent Technologies, Inc.

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はじめに

一般に、NMR スペクトルの測定では、重要な実験およびスペクトルパラメータ、特に感度、分解能、測定時間のいずれかについて妥協せざるを得ない場合があります。NMR 研究の分野では、長年にわたり、NMR 固有の制約を回避し、特に多次元 NMR データ採取に要する測定時間を短縮する技術の開発が求められてきました。しかし、NMR データの記録および処理に関する手法が急増しているにもかかかわらず、現時点では依然として、NMR データの採取および処理には、使いやすさと堅牢性の優れたフーリエ変換 (FT) がもっとも広く用いられています。FT はパラメータの調整が不要で、正確な定量が可能です。また、FT の分析結果は、採用された特定のアルゴリズムの細かい条件に左右されません。

このように広く普及している一方で、従来の FT メソッドにも、入力データに比較的厳密な条件が適用されるという点で制約があります。たとえば、通常の離散型 FT では、時間領域データポイントを等間隔で配置する必要があります。欠損したデータや連続的ではないデータでは、たいていの場合、得られるスペクトル中にアーチファクトを生じます。また、離散型 FT で生成される線形が、測定データのポイント数に一部左右されるという点も重要です。そのため、少数のデータポイントに適用された FT では、図 1 に示すように、入力データの減衰やノイズがほとんど、あるいはまったくない場合でも、線形の広がりや一般的にリップルと呼ばれるアーチファクトが生じます。

そうしたフーリエ変換の欠点は、1 次元 (1D) NMR 実験ではそれほど大きな影響はありませんが、多次元 (nD) NMR テクニックではきわめて顕著になります。例として、通常の 2 次元 (2D) NMR データセットを記録するケースを考えてみましょう。従来のデータ取得法では、2D パルスシーケンスを何度も実行し、実行するたびに展開期 (t1) を直線的に増分します。有用なスペクトルを得るのに必要な t1 増分の最少数は、通常、間接次元 (F1) で必要とされる最小デジタル分解能により決まります。したがって、線形サンプリングの場合、F1 デジタル分解能が n 倍になれば、全体の実験時間も必然的に同じ倍率で増加します。記録される増分の総数は、各間接検出次元の増分数の積となるため、より高次元の実験の場合、デジタル分解能を高めるための時間面でのマイナス影響がいっそう大きくなることがあります。たとえば、4D 実験の場合、3 つの間接検出次元すべてでデジタル分解能を 2 倍にすると、実験時間は 8 倍にもなります。

近年では、多次元データセットの測定を大幅にスピードアップするための手段として、NMR におけるスパースサンプリングまたはノンユニフォームサンプリング (NUS) テクニックの開発や応用に対する関心が高まっています。NUS では、

ユーザーの定義するサンプリングスケジュールに従って、通常の線形サンプリングデータのサブセットのみが記録されます。得られるスペクトルの NUS 次元における分解能は、サンプリングした最大 t1 採取時間により決まります。NUS データセットをフーリエ変換しても、意味のあるスペクトルは得られません。生データからスペクトルを再構築するためには、特別な処理技術が必要です。近年では、最大エントロピー 1、MFT2、MDD3、CLEAN4、IST5 といった多くの NUS データ処理技術が登場しています。しかし、NUS 実験の大多数が導入されているのは、時間短縮の利点がもっとも大きい生体分子系の研究です。効率的な生体分子向けの NUS アプリケーションが数多く発表されていますが、たいていの場合、そうしたアプリケーションでは、特別な修正を施したバルスシーケンスや、特殊用途のソフトウェア、複雑な再構築スキームが求められます。

このアプリケーションノートでは、NUS 技術を低分子 2D NMR 測定へ適用することにより大きな利点が得られることを紹介し、VnmrJ 4 ソフトウェアの採取および処理フレームワークを使えば、従来の測定と変わらない簡単さで NUS の利点が得られることを説明します。

図 1. 従来の FT では、線形は使用する時間領域データポイントの数に左右されます。

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実験手法

サンプル

この研究には、約 2 % の 2-エチル-1-インダノンを重クロロホルム溶媒に溶解させたサンプルを使用しました。

機器

NMR スペクトルは、5 mm OneNMR プローブ、ProTune、7510-AS サンプルチェンジャを搭載する Agilent 400-MR DD2 分光計を使用して得ました。すべてのデータは、サンプル温度を 25 ºC で調節して採取しました。

実験とパラメータ

線形サンプリング手法とノンユニフォームサンプリング手法で得られる結果を 比 較 す る た め に、adiabatic HSQC (HSQCAD) および zTOCSY という 2 種類のパルスシーケンスを用いて、2 対の 2D 実験を実施しました。

HSQCAD

線形サンプリング実験

• 採取 : 128 t1 増分を記録しました。各増分は、524 の複素数データポイントからなる 2 つの実数・虚数成分で構成されています。F1 および F2 のスペクトル幅はそれぞれ 20.1 および 3.5 kHz です。待ち時間を 1 秒に設定して、実験時間は 11 分としました。

• 処理 : 線形予測を用いて、t1 データを 256 の複素数ポイントに延長しました。ウィンドウ関数として適切なガウス関数を用い、t1 および t2 の両次元において、それぞれ 1k の複素数ポイントになるようにゼロフィリングしました。

NUS 実験• 採取 : 無作為の連続的 NUS を用いた以外は、すべてのパラメータを線形サンプリング実験と同じとしました。最大 t1 採取時間は、線形サンプリングのものと一致するように選択しました。サンプリング密度は 25 % と設定して、実験時間を 3.5 分としました。

• 処理 : 採取後、CLEAN アルゴリズムを用いて、128 t1 増分になるようにデータを構築して、データ処理をおこないました。その後、再構築された時間領域データセットを従来の実験と同様に処理しました。

zTOCSY

線形サンプリング実験

• 採取 : 128 t1 増分を記録しました。各増分は、524 の複素数データポイントからなる 2 つの実数・虚数成分で構成されています。F1 および F2 のスペクトル幅はいずれも 3.5 kHz です。待ち時間を 1 秒に設定して、実験時間を 12 分としました。

• 処理 : 線形予測を用いて、t1 データを 256 の複素数ポイントに延長しました。ウィンドウ関数として適切なガウス関数を用い、t1 および t2 の両次元において、それぞれ 1k の複素数ポイントになるようにゼロフィリングしました。

NUS 実験• 採取 : 無作為の連続的ノンユニフォームサンプリングを用いた以外は、すべてのパラメータを線形サンプリング実験と同じとしました。最大 t1 採取時間は、線形サンプリングの 2 倍としました。サンプリング密度は 50 % と設定して、実験時間を 12 分としました。

• 処理 : 採取後、IST アルゴリズムを用いて、256 t1 増分になるようにデータを構築して、データ処理をおこないました。

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結果と考察

VnmrJ 4 の NUS 実験設定ノンユニフォームサンプリングは、VnmrJ 4 ソフトウェアのほとんどの 2D 実験で使用できます。NUS 画面の「Enable non-uniform sampling (ノンユニフォームサンプリングを有効化する)」オプションに

「Use advanced schedule options (高度なスケジュールオプションを使用する)」のチェックボックスを使えば、不連続および加重サンプリングスケジュールを作成するオプションも利用できます (図 3)。

図 2. ノンユニフォームサンプリングの設定に用いる NUS 画面

図 3. 高度な NUS スケジュールオプション

チェックを入れれば有効化されます (図 2)。有効化されたら、あとは再構築するデータセットにおける任意の t1 増分数と使用するサンプリング密度を設定するだけです。実際に記録される t1 増分数は、サンプリング密度と最終的な増分数の積になります。

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NUS データ処理ツールは、「Process (処理)」タブの「Default (デフォルト)」パネルから使用できます (図 4、パネル A)。

現時点では、VnmrJ 4 は CLEAN および IST の両 NUS アルゴリズムをサポートしています。デフォルトの NUS 処理は、数回のクリックだけで適用できます。経験

または

図 4.「Default (デフォルト)」パネルの基本的および高度な NUS 処理ツール

豊富なユーザーなら、必要に応じて、さらに高度なオプションも利用可能です。通常の 2D データセットの CLEAN 処理 (図 4、パネル B) はすぐに完了します (通常は 5 秒未満)。IST (図 4、パネル C) には通常、完了までに 1~3 分ほどかかります。

A

B C

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図 5 では、従来の均一サンプリングで測定した HSQCAD スペクトルの領域を、前述の NUS により測定したスペクトルの同じ領域と比較しています。

図 5 からもわかるように、線形サンプリングデータと同じ最大 t1 採取時間で NUS により測定したスペクトルでは、従来の手法のスペクトルに匹敵する分解能

図 5. 従来の手法で採取した HSQCAD スペクトル (左) と、NUS により測定し、CLEAN により処理したスペクトル (右) の比較。 右の図では、最大 t1 採取時間は同じですが、サンプリング密度は 25 % です。NUS データセットは、従来の手法の 4 分の 1 の時間で記録されました。

図 6. 従来の手法で採取した zTOCSY スペクトル (左) と、NUS により測定し、IST により処理したスペクトル (右) の比較。右の図では、最大 t1 採取時間が 2 倍ですが、サンプリング密度は 50 % です。どちらのデータセットも同じ時間で記録されています。

が得られています。ただし、記録に要した時間は従来の手法の 4 分の 1 程度です。

図 6 では、線形サンプリングで測定した zTOCSY スペクトルの領域を、NUS により測定したスペクトルの同じ領域と比較しています。

NUS スペクトルのほうが線形サンプリングよりも F1 次元の分解能が高いことが、明らかに見てとれます。線形サンプリングでは見られない交差ピークの微細構造が明確に示されています。どちらのデータセットも同じ長さの時間で採取したものです。

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NUS のシミュレーションNUS データの採取および処理ツールに加えて、VnmrJ 4 は、線形サンプリングデータセットで NUS スケジュールをシミュレーションするための機能も搭載しています (図 7)。このパワフルな機能を使えば、無駄な試行錯誤をおこなわなくても、データやアプリケーションのタイプに適した NUS スケジュールを設定することが可能です。

結論

このアプリケーションノートでは、VnmrJ 4 のノンユニフォームサンプリング (NUS) ツールを使えば、溶液中低分子の高分解能 2D NMR スペクトルの採取に要する時間を大幅に短縮できることを説明しています。実験時間は通常、2 分の 1 から 4 分の 1 になります。また、測定時間の延長という代償を払わずに、従来の手法よりも高分解能なスペクトルが得られることも実証されています。NUS ツールは堅牢で、ほとんどの 2D 実験に適用できます。さらに、VnmrJ 4 では NUS 測定および再構築の設定が簡単なので、線形サンプリングと同様、日常的に NUS 2D 実験を実施することが可能です。このソフトウェアを使えば、NUS はもはや、特殊で難解な NMR データ採取アプローチではなくなります。

参考文献

1. J. Sun et al., “High-resolution aliphatic side-chain assignments in 3D HCcoNH experiments with joint H–C evolution and non-uniform sampling”, J. Biomol.NMR 32, 55–60 (2005).

2. K. Kazimierczuk, W. Koźmiński and I. Zhukov, “Two-dimensional Fourier transform of arbitrarily sampled NMR data sets”, J. Magn.Reson.179, 323–328 (2006).

図 7. NUS シミュレーションパネル

3. Tugarinov et al., “High resolution four-dimensional 1H–13C NOE spectroscopy using methyl-TROSY, sparse data acquisition, and multidimensional decomposition”.J. Am Chem.Soc.127, 2767–2775 (2005).

4. Ē.Kupče and R. Freeman, “Fast multidimensional NMR: radial sampling of evolution space”, J. Magn.Reson.173, 317-321 (2005).

5. S. G. Hyberts et al., “Application of iterative soft thresholding for fast reconstruction of NMR data non-uniformly sampled with multidimensional Poisson Gap scheduling”, J. Biomol.NMR 52, 315–327 (2012).

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www.agilent.com/chem/jp

本資料記載の情報は予告なしに変更されることがあります。

アジレント・テクノロジー株式会社© Agilent Technologies, Inc., 2013Published in Japan, March 29, 20135991-2109 JAJP