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静電浮遊法を用いた高温融体熱物性計測と材料プロセッシング 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 助教授 石川 毅彦 1. はじめに 本書では、静電浮遊法を用いた研究について紹介する。宇宙ステーションやスペースシ ャトルがもたらす微小重力環境では、液体を容器を用いることなく保持することが可能と なる。この無容器状態を用いれば、容器からの不純物の混入が避けられ、高純度の材料合 成が可能となる。更に容器からの核発生が抑制され、深い過冷却状態(融点以下になって も液体状態であること)が長時間に亘って得られるため、通常の方法では測定が不可能な 過冷却融体の熱物性値の測定や、新機能材料の創製など興味深い研究が可能となる。 しかし、微小重力環境といえども残留重力やgジッターなどの擾乱があるため、工夫な しには浮遊した試料を科学的な観察に十分なほどピタリと空間に固定することはできない。 そのため、宇宙機関は様々な方法を用いた浮遊装置を開発してきた。そしてその技術は現 在地上研究にも転用され、1 G 下においても様々な試料を安定して浮遊させることが可能 となってきた。筆者らが国際宇宙ステーション(ISS)における次世代の共通実験装置候補 として研究開発を進めている静電浮遊法は、試料とその周囲に配置した電極との間に働く クーロン力を利用して試料を浮遊させる方法である。この方法は後述するとおり、技術的 な課題から他の方法に比べて開発が遅れていたが、1990 年代から急速に開発が進展した。 ここでは、他の浮遊方法との比較や浮遊原理、開発の歴史を交えて宇宙航空研究開発機構 JAXA)の静電浮遊炉を紹介する。また、これまでの筆者らの研究グループの科学的成果 及び今後の見通しについても紹介する。 2. 浮遊法の比較 まず、これまでに考案されている様々な浮遊方式(音波、ガスジェット、磁場、電磁場、 静電及びこれらの組み合わせ) 1,2) についてその特徴を簡単に紹介する。 (1)音波浮遊法(acoustic method音波浮遊法は、音圧により試料の位置を制御する方法である。チャンバー内に定在波に より安定点(音圧の谷)を作り、この安定点に試料を保持する。この方法では試料は安定 点からずれると、音圧による復元力が自動的に働くため、定在波が維持できれば試料は安 定して浮遊する。浮遊可能な試料の質量は数gであり、あらゆる種類の試料を浮遊できる。 原理的に定在波を伝える媒体としての気体が必要であるから、ガス雰囲気下での実験のみ となる(真空は不可)。浮遊液滴の形状は音圧により若干変形する。比較的簡易な制御で実 現できるため、装置構成も簡素である。Fig.1 の通り、試料周りは覆われておらず、広い観 察視野がある。

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静電浮遊法を用いた高温融体熱物性計測と材料プロセッシング 宇宙航空研究開発機構

宇宙科学研究本部 助教授 石川 毅彦

1. はじめに 本書では、静電浮遊法を用いた研究について紹介する。宇宙ステーションやスペースシ

ャトルがもたらす微小重力環境では、液体を容器を用いることなく保持することが可能と

なる。この無容器状態を用いれば、容器からの不純物の混入が避けられ、高純度の材料合

成が可能となる。更に容器からの核発生が抑制され、深い過冷却状態(融点以下になって

も液体状態であること)が長時間に亘って得られるため、通常の方法では測定が不可能な

過冷却融体の熱物性値の測定や、新機能材料の創製など興味深い研究が可能となる。 しかし、微小重力環境といえども残留重力やgジッターなどの擾乱があるため、工夫な

しには浮遊した試料を科学的な観察に十分なほどピタリと空間に固定することはできない。

そのため、宇宙機関は様々な方法を用いた浮遊装置を開発してきた。そしてその技術は現

在地上研究にも転用され、1 G 下においても様々な試料を安定して浮遊させることが可能

となってきた。筆者らが国際宇宙ステーション(ISS)における次世代の共通実験装置候補

として研究開発を進めている静電浮遊法は、試料とその周囲に配置した電極との間に働く

クーロン力を利用して試料を浮遊させる方法である。この方法は後述するとおり、技術的

な課題から他の方法に比べて開発が遅れていたが、1990 年代から急速に開発が進展した。

ここでは、他の浮遊方法との比較や浮遊原理、開発の歴史を交えて宇宙航空研究開発機構

(JAXA)の静電浮遊炉を紹介する。また、これまでの筆者らの研究グループの科学的成果

及び今後の見通しについても紹介する。 2. 浮遊法の比較

まず、これまでに考案されている様々な浮遊方式(音波、ガスジェット、磁場、電磁場、

静電及びこれらの組み合わせ)1,2)についてその特徴を簡単に紹介する。 (1)音波浮遊法(acoustic method) 音波浮遊法は、音圧により試料の位置を制御する方法である。チャンバー内に定在波に

より安定点(音圧の谷)を作り、この安定点に試料を保持する。この方法では試料は安定

点からずれると、音圧による復元力が自動的に働くため、定在波が維持できれば試料は安

定して浮遊する。浮遊可能な試料の質量は数gであり、あらゆる種類の試料を浮遊できる。

原理的に定在波を伝える媒体としての気体が必要であるから、ガス雰囲気下での実験のみ

となる(真空は不可)。浮遊液滴の形状は音圧により若干変形する。比較的簡易な制御で実

現できるため、装置構成も簡素である。Fig.1 の通り、試料周りは覆われておらず、広い観

察視野がある。

音波浮遊においては雰囲気ガスによる熱伝導により、高

温の試料から常温の浮遊チャンバー壁にかけて大きな温

度勾配が出来る。音波浮遊の最大の問題は、この温度勾配

中で定在波を維持することが非常に困難な点である。この

ため、高温の試料の安定した浮遊に大きな問題がある。こ

の理由から現在音波浮遊装置は主に低融点試料(常温で液

体)の実験に用いられている。 宇宙用の装置としては、NASA ジェット推進研究所

( JPL; Jet Propulsion Laboratory ) が 1985 年 の

Spacelab-3 ミッションに音波浮遊装置をスペースシャト

ルに搭載した。同装置は改良されて 1992 年の USML-1に搭載された 4,5)。JPL はその後もグローブボックス内に

収納できるほど装置の小型化を行い、MSL-1 ミッション

(1997 年)等を利用して継続的に水等を用いた液滴実験を実施してきている。日本は

FMPT(1992 年)において音波浮遊を利用した2装置を搭載した(Fig.2)3)。その一つの液

滴マニピュレーション実験装置(LDF)では、オイルを用いて液滴の挙動観察実験を実施

した。また音波浮遊炉(ALF)においては、ガラス試料の浮遊溶融を試みたが、上述の温

度勾配の問題から浮遊溶融中に試料位置制御が困難になり、試料がケージに付着してしま

った。

ギニエ(Guigne)社が開発している Space DRUMSTMは、高温における安定性の問題

を克服するために新しい方法を採用している 6)。この装置では、20 個の超音波トランスデ

ューサーからの超音波を直接試料の表面に当てるとともに、光学的な観察から得られる位

置情報をもとに超音波の出力を変化させるフィードバック制御を採用することによって安

定な試料の浮遊を達成しようとしている。この装置は国際宇宙ステーションへの搭載を目

指しているようである 7)。 (2)ガスジェット法(aerodynamic method)

Fig.1 音波浮遊法で浮遊す

るピンポン球 3)

Fig.2 FMPT 搭載の LDF(左)及び ALF(右)

ガスジェット法は、ノズルの先端から吹き出された高速の気体(または液体)が試料の

周りを流れる時、周辺(試料の前方及び後方)に生じる圧力差により浮力を得て、位置制

御を行う方式である。本方式は簡単な装置で実現出来、あらゆる試料種をガス雰囲気下で

浮遊させることが出来る。浮遊可能な試料の大きさは数g程度であり、浮遊液滴はガス圧

によって若干変形する。また、ノズルによっての一部が試料が隠れることは不可避のよう

である(Fig.3)。試料やガス温度に伴ってガス流量を制御する必要があるが、音波浮遊より

容易であり、高温においても安定した位置制御が可能である。 フランスではガスジェットと放射光施設を組み合わせてアルミナ等の酸化物の熱物性測

定 8-10)や液体構造測定実験 11-13)が行われている。宇宙用の装置は開発されていない。

Fig.3 ガスジェット法のノズル(左)と、浮遊の様子(右)

音波浮遊法とガスジェット法を組み合わせた浮遊装置も実用化されている。

AAL(Aero-Acoustic Levitator)14) と 名 付 け ら れ た こ の 方 式 の 浮 遊 炉 は 米 国 の

CRI(Containerless Research Inc.)社で製品化され、主に酸化物試料の浮遊溶融実験に利用

されている(Fig.4) 15-18)。

(3)磁場法(magnetic method) 磁場法は、試料の分子個々が持つ磁性を利用して、装置が発生する磁場と反発させるこ

とにより浮遊させる方法である。浮遊可能な試料種は、試料の帯磁率に依存し、金属など

帯磁率が低い試料は浮遊させにくい。試料サイズは数百gまで対応可能であり、カエルを

浮遊させた実績を持つ。雰囲気は真空/ガス雰囲気に対応可能である。装置には強磁場発

生機構が必要で運転には膨大な電気を必要とする。日本では東北大学に設置されている 19)。 最近、超伝導マグネットが作る数テスラの磁場勾配を利用してタンパク質結晶溶液等を浮

遊させて良質の結晶を育成させる技術が確立したようである 20)。この場合上述の電力コス

トの問題もないようであり、磁場法の普及も今後期待される。 (4)電磁法(electromagnetic method)

試料

ノズル

Fig.4 AAL で浮遊する試料:下方からの細い管

がガスジェットノズルであり、周囲に見えるのが

6個の音波浮遊用トランスデューサ。

電磁浮遊法は、高周波磁場により試料に誘導電流を発生させ、ローレンツ力により試料

の位置制御を行う方法である。 試料に誘導電流を発生させる必要があるため浮遊させることが出来るのは導電性の試料

に限られる。磁場により大きな力を発生できるので、kg 単位の大きな試料を浮遊させるこ

とができる(コールドクルーシブル)。高真空及びガス雰囲気に対応可能である。 浮遊のための誘導電流によって試料が加熱されて

しまう(浮遊と加熱の独立制御不可)ことや試料内

に誘導される流れにより溶融試料の変形が大きいこ

とがデメリットとして挙げられる。また、浮遊用コ

イル(Fig.5)のため、水平方向からの観察は制約を受

ける。近年、安田らにより静磁場装置と電磁浮遊炉

とを組み合わせた装置が開発された 21)。静磁場中で

は誘導電流による流れが抑制されるため、試料の変

形が軽減する結果が示されている。電磁方式はガス

ジェットや音波に比べると複雑であるが、安定点を

維持すれば高温試料の浮遊溶融が容易に実施できるため、金属の浮遊溶融には現在一番多

く用いられている 22-27)。 ドイツでは微小重力実験用の装置 TEMPUS(Tiegelfreies Elektromagnetisches

Prozessieren Unter Schwerelosigkeit)が開発され、スペースシャトルを用いた宇宙実験

が IML-2(1994 年)及び MSL-1(1997 年)において行われている 28)。また、この後継装

置が国際宇宙ステーション用に搭載予定である。 (5)静電法(electrostatic method)

試料を帯電させ、クーロン力により位置制御を行う方法である。この方法においては、

試料の浮遊のしやすさは試料の帯電のしやすさに依存する。クーロン力は小さな力である

ため、地上で浮遊可能な試料は数百 mg 程度である。高真空~加圧雰囲気に対応可能であ

るが、常圧~低真空においては電極間の放電の問題から大きな試料は浮遊出来ない。 電磁浮遊法とは異なり、浮遊と加熱は独立しており液滴形状は真球に近い。また広い観

察視野が得られる。静電方式は、他の方法と異なり安定点(ポテンシャルの谷)を作るこ

とができないため位置制御に高速のフィードバック制御を必要とする。 3. 静電浮遊法 3.1 開発の歴史

2.のとおり、静電浮遊法は、安定位置からずれが生じても復元力が働かない方式であ

るため、「絶えず試料の位置を検出し、それに応じて電場を調整する」フィードバック制御

が必要である。地上においては、重力加速度による落下を防ぐためには最低数百 Hz の高

速制御が必要となる。そのため、静電浮遊方式の概念は 1980 年に Clancy ら 29)により発表

Fig.5 電磁浮遊法のコイルと浮遊

試料

されていたにもかかわらず、その開発は高速の制御を実現するためのコンピュータや高速

高電圧アンプの開発を待たねばならなかった。ESA は 1988 年に TEXUS ロケットによる

短時間微小重力実験を行い、静電浮遊法によるリチウムシリケートガラスの浮遊溶融に挑

戦した 30)。実験は打ち上げ時に試料位置検出用の CCD がずれてしまったため失敗に終わ

ったが、これが静電浮遊炉を用いた最初の宇宙実験である。 アメリカにおいては JPL において浮遊炉の開発が精力的に行われ、その一環として静電

法の研究が行われた。1980 年代後半 Rhim らは、Fig.6 に示す 3 種類の電極構成について

地上実験及び航空機を利用した微小重力実験を実施し、技術検証を実施した 31)。但し、こ

の時点では常温での液滴浮遊にとどまり、金属等の高温融体の浮遊溶融には加熱によって

減少する電荷の補給方法の確立が必要であった。

Rhim らは 1990 年代に入って光電効果による電荷の補給について基礎的な研究を行い、

高真空の静電浮遊炉において金属試料の地上での浮遊溶融に成功した 32)。そして浮遊液滴

が真球状であるという静電浮遊炉のメリットを生かして、密度(熱膨張率)33)、比熱 34)、

表面張力、粘性係数 35)及び電気伝導率 36)の測定方法を確立した 37-40)。残念ながら NASAの方針等により JPL は静電浮遊炉の開発を中断し、地上用の静電浮遊炉は Rhim らととも

にカリフォルニア工科大学へ移り、現在金属ガラスの創製メカニズムの研究に利用されて

いる 41,42)。

現在、世界各地で使用されている静電浮遊装置は、JPL での基礎研究の成果を引き継い

だものである。宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構 JAXA)では 1990 年頃から

宇宙ステーション用共通実験装置の候補として技術開発が行われてきた。当初は JPL と独

立した研究開発を行っていたが、結果的に制御方式や電極構成は JPL の成果を踏襲した設

計となった 43)。1998 年に小型ロケット(TR-IA 7号機)を用いた微小重力実験(Fig.7)を行い、加圧雰囲気でセラミクス試料(BiFeO3)の浮遊溶融に成功したが 44)、ISS にむけ

(a)平行平板型

(c)正四面体配置型

(b)リング型

Fig.6 JPL で検討された静電浮遊炉の電極様式 31)

た技術的な課題が明らかとなった。

このため、JAXA ではこの年より地上用静電浮遊炉の研究開発を開始し、浮遊制御技術の

向上や浮遊炉を利用した研究の実施に必要な観察技術等の研究開発に着手した 45)。そして、

加圧雰囲気による酸化物の浮遊溶融や 3,000℃を超える高融点金属の浮遊溶融に成功し、現

在に至っている。

JAXA 以外では石川島播磨重工業が金属材料技術研究所(現物質・材料機構)の委託に

よりリング型電極を持つ静電浮遊炉を製作している 46)。米国では Space Systems Loral 社が JPL からの技術供与により実用静電浮遊炉1号機を製作した 47)。この装置は後に NASAマーシャル宇宙飛行センターへ譲渡され、米国の無容器プロセッシング研究者に提供され

ている 48)。ドイツでは、宇宙での電磁浮遊炉実験の地上対照実験用として JPL 静電浮遊炉

を原型とした装置の製作が報告されている 49)。

3.2 静電浮遊法 3.2.1 浮遊制御 静電浮遊法は、帯電させた試料と電極間に働くクーロン力によって試料位置の制御を行

うものであり、地上ではこの力と重力とを釣り合わせることにより浮遊を達成する。 試料の質量をm、上下の電極間電位を V、電極間の距離を L、試料の電荷量を Q とすると、

安定して浮遊する試料には、 LQVmg /= (1)

の関係が成り立つ。試料の電荷量は、金属試料で 10-10C 程度である。電極間距離 10mm で、

質量 10mg の試料の浮遊には 10kV 程度の高電圧が必要となる。 Earnshow の法則の通り、この方法ではポテンシャルの谷を作れない。つまり、試料が

所望の位置からずれても復元力は自然には働かない。従って、試料を安定して浮遊させる

ためには、試料の位置変化に応じて電極間の電位を調整するフィードバック制御が必要と

なる。この制御ダイアグラムを Fig.8 に示す。試料の位置検出はコリメートされたレーザ

ー光により試料の影をディテクターに投影することにより行う。ディテクターからの位置

情報はコンピュータに入力され、コンピュータにおいて PID 制御の計算が行われ、上下の

Fig.7 小型ロケット用静電浮遊炉

外観(左)と BiFeO3の浮遊溶融

電極間の電圧を調整する。

He-Ne LaserLens

polarizer Band pass filter

Position

Detector

Top Electrode

Bottom Electrode

D/A

converter

A/D

converterPID Calc.

PC

Side Electrodes (4)

Vz

Vx

Signal Conditioner

Signal ConditionerHigh Voltage

Amp.

High Voltage

Amp.

Sample

3.2.2 試料への電荷補給

試料にクーロン力を働かせるためには、試料が電荷を維持していることが大切であるが、

試料を加熱すると電荷は減る傾向にあり、試料の安定浮遊には電荷を補給する手段が必須

である。試料の電荷補給は以下に示す(a)~(c)により行っている。原理的には試料は正に帯

電させても、負に帯電させても浮遊させることが可能であるが、光電効果と熱電子放出の

効果が使えることから、普通は試料を+に帯電させている。 (a)電極との接触による電荷供給 浮遊開始前、試料は下電極に接触している。この状態で上下の電極間に電圧を印加する

と、試料は下電極と同じ極性に帯電する。このようにして帯電した試料と上電極間には引

力が働き、下電極とは斥力が働くため、電極間電圧を徐々に上げていくと試料は浮遊を開

始する。 (b)紫外線照射による光電効果の利用 試料に紫外線等の強力な光を照射すると、光電効果により試料表面から電子がはじき出

されるため、試料の正の電荷量を増加させることができる。 (c)試料の熱電子放出 試料が高温になると、試料表面から熱電子が放出されるため、試料は自然に+に帯電す

る。この効果は 1200℃を超えると顕著になる。高融点金属などは、これを利用して下電極

上で試料を十分加熱しておいてから浮遊を開始する方法をとり、試料の電荷量の安定と溶

融までの時間短縮を実現している 50)。 3.3 JAXA の静電浮遊炉 3.3.1 高真空静電浮遊炉 金属・半導体等、試料の酸化が問題となる試料は、高真空静電浮遊炉(Fig.9)を利用して

いる。この浮遊炉のチャンバーは直径 40 cm、高さ 40cm で、ターボ分子ポンプにより 10-5

Fig.8 静電浮遊炉における位置制御系機能構成図

Pa の真空度に到達する。また、試料の酸化を抑制するためのサブリメーションポンプも備

えている。真空チャンバー内には、Fig.9 に示す電極が配置されている。10 mm 間隔の上

下電極間に 10 kV 程度の電圧を印加して直径 2 mm 程度の試料を浮遊させる。下電極の周

囲には2個の電極が配置され、これらの電極電位の調整によって試料の水平方向の位置制

御が行われる。

下電極下部には4個のコイルが設置されており、これらのコイルにより回転磁場を作っ

て試料の回転を制御する。チャンバーは多数の観察窓を持ち、周囲に様々な装置を配置す

ることが可能である。現状の観察系を Fig.10 に示す。試料の位置検出のための He-Ne レ

ーザー及び位置センサーのセットが2組配置され、試料の3次元的な位置が検出される。

試料の加熱は、2 台の 100 W 炭酸ガスレーザー及び 500W の YAG レーザーを用いて4方

向から行う。温度測定は2台の放射温度計によって行う。試料観察用のカメラは3台配置

してある。1台は電極を含めた全体観察を行う。2台は拡大望遠レンズを備えており、試

料の拡大画像(Fig.10)が取得可能である。この2台は直交する位置に配置されており、

精密な浮遊位置や加熱レーザーの照射位置を確認している。

3.3.2 加圧型静電浮遊炉 51) Fig.10 静電浮遊炉観察系の概要(左)浮遊する溶融 Nb(直径約 2mm)の拡大画像(右)

Fig.9 高真空静電浮遊炉外観(左)と電極間で浮遊する試料(右)

酸化物など、試料の蒸発による組成変化が問題となる場合は加圧型静電浮遊炉を利用す

る。基本的な構成は、高真空静電浮遊炉と同様である。加圧型静電浮遊炉は 4.5 気圧の雰

囲気下で試料を浮遊させる。下電極中央にガスジェット浮遊炉を備えている(Fig.11)。ガス

ジェットを利用して事前に試料を十分加熱し、熱電子の放出による試料の電荷補給が十分

になった時点で静電浮遊方式に切り替える。この方法により浮遊から試料溶融までの時間

を(常温で浮遊させて徐々に加熱していく方法と比較して)大幅に短縮している。

4. 静電浮遊法を用いた高温融体の熱物性計測 浮遊法による科学利用の一つとして、通常の方法では測定が困難な高温融体の物性測定

を行っている。 航空機エンジンや発電用タービンなどの熱効率の向上には、燃焼温度の向上が必要であ

り、より耐熱性能の高い材料が望まれている。高融点金属を母材とした合金は、優れた高

温強度やクリープ特性から新しい耐熱材として期待され研究が進められている。これらの

合金は製造過程において鋳造・溶接など液体状態で取り扱われる場合が多く、歩留まりの

向上や品質の向上を目指して、これらの過程を数値シミュレーションに基づいて最適に制

御する手法が近年盛んに行われ始めた。こうしたシミュレーションを精度良く実施するた

めには、基礎データとしての熱物性値が必要である。 液体金属は反応性に富み、適切な坩堝材を選定することが困難であり、熱物性値の測定

もまた困難である。特に遷移金属は融点が高く、高温に耐えられる坩堝の種類も限られる

ため、熱物性値の測定例は少ない。また坩堝等からの不純物の混入などが誤差要因となり、

取得されているデータもばらつきが大きい。アルミナ等、高い融点を持つ酸化物に関して

も状況は高融点金属と同様である。 静電浮遊法を用いれば、こうした容器に起因する課題を解決できるため、高精度の熱物

性値の測定が可能となる。更に、この方法を用いれば過冷却状態の熱物性値という容器を

用いた方法では測定が不可能な温度領域のデータも測定できる。本章では、静電浮遊法に

おける非接触の熱物性計測法について説明した後、高融点金属及び酸化物の熱物性測定結

果について紹介する。

上電極

下電極

ガス浮遊用ノズル

試料

加熱用レーザー (a) (b) (c) (d)

Fig.11 加圧型静電浮遊炉の電極構成(左)及び酸化

物試料(CaO-Al2O3)の浮遊の様子:(a)浮遊前(b)浮遊直

後(c)溶融時(d)ガラス化

4.1 計測方法 4.1.1 密度 33)

密度は、質量を体積で割った値であり、各々を個別に計測することにより求められる。

質量は、加熱溶融した試料の重量を実験後に計量することで得られる。一方体積は、浮遊

溶融中の試料の拡大画像から求められる。静電浮

遊炉において浮遊する液体は、表面の帯電も手伝

って、ほぼ真球となる(重力のため 1%程度鉛直軸

方向に伸びているが、鉛直軸周りに対称である)

ため、画像解析により体積を求めることが可能で

ある。 実験では、Fig.12 に示す温度曲線のようにまず

融点以上の温度に保持した後、加熱レーザーの出

力を0にして試料を冷却する(Fig.12 の a 点)。

試料は輻射により冷却され、b点で凝固を開始す

る。試料温度は凝固潜熱により融点まで上昇して

一定となり、完全に凝固が終了するとまた温度が

下がっていく。a~b の間が液体状態であり、こ

の間の試料形状をビデオに記録し、画像解析を行った後に回収した試料の質量と温度デー

タとを用いて幅広い温度範囲の密度データを得ることができる。Fig.12 のタンタルの場合、

温度範囲は 380K、そのうち 300K は過冷却状態である。Fig.12 からわかるように実験デー

タは数秒で取得できるため、その間の蒸発による試料質量の変化は無視できるほど小さい。 4.1.2 表面張力及び粘性係数 表面張力及び粘性係数は、液滴振動法により測定することができる。外場がない状態で

は浮遊液滴は表面張力により球形となる。液滴振動法は2次の振動(Fig.13)を励起し、

その固有角速度ω2及び振動の減衰時間τ2を計測し、以下の基本式から表面張力γ、粘性係数

ηを算出する方法である 35)。

ω22 =

8γρr0

3 (2)

1τ2

=5ηρr0

2 (3)

ここでρは密度である。詳細は省略するが、表面

張力に関しては表面の帯電の影響及び試料液滴形状の重力によるずれの補正 35)及び試料の

回転の補正を行う 52)。 液滴振動の励起は、通常接地してある下電極に正弦波電圧を印加することによって行う。

正弦波電圧の周波数が、液滴振動の固有振動数と一致したとき、浮遊液滴は2次の固有振

動を開始する。振動開始後、正弦波電圧を0にすると、液滴振動は減衰していく。液滴振

2200

2600

3000

3400

343 344 345Time (s)

Tm

a

b

Te

mpe

ratu

re (

C)

Fig.12 溶融 Ta 急冷時の時間-温度デ

ータ

Fig.13 2次の液滴振動の様子

動の計測は Fig.14 のとおり、平行なレーザー光を試料に当ててスリット付きフォトディテ

クターに試料の影を投影して、試料の鉛直方向の直径の変化をレーザーの強度変化として

捉えることにより行う。

表面張力・粘性係数測定においては、加熱レーザーの出力を調整して温度を一定に保持

した状態で、液滴振動の励起及び振動減衰の計測を数回行い、別の温度に移ってこれを繰

り返す。幅広い温度におけるデータの取得には数十分の時間がかかるため、その間の試料

の蒸発は無視できない。このため実験中の画像を記録しておき、画像解析から(2)、(3)式で

必要な実験中の試料半径 r を求める手法をとっている。 4.2 高融点金属の熱物性計測 これまでの測定実績を Table-1 及び Fig.15 に示す。金属中最高の融点を持つタングステ

ンを含めて、2000℃以上の融点を持つ多くの金属について密度、表面張力及び粘性係数の

測定に成功している 53-67)。

La

Li181

Na

98

K64

38

Ag962

Ba727

Ta

3017Os

3033

Ir2446

Pt

1768

Au

1064

-39

Tl304

Pb327

Sr777Ca

842

Mg

Y1522

Sc

1541

Ti1668

Zr

1855

Mn1246

Tc2157

Re

3168

Fe

1538Co

1495

Rh1964

Ni

1455

Pd

1555

Cu

1085 Cd321

Zn420

Al

660

In157

Be1287

Ru

2334

Hf2233

Cr

1907

Nb

2477

K63

Rb

39

Cs29

Mg

650

Ga30

Hg

-39

I II III IV V VI VII VIII IX X XI XII XIII XIV

2

3

4

5

6Sn

232

Mo

2623

元素融点℃

温度

浮遊溶融達成 密度密度 表面張力・粘性係数

W

3422

1910V

密度

Fig.15 JAXA 静電浮遊炉における金属の熱物性値測定実績

0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6

0

20

40

-20

-40

Am

plitu

de

(a.u

.)

Time (sec)

15000

16000

17000

18000

3000 3200 3400 3600 3800 4000

Present workAllenShanerSeydelPekaev

Temperature (K)

Tm

Den

sity

(kg/

m3 )

下電極

スリット

フォトディテクタ

試料

アンプへ

正弦波電圧

上電極

レーザー

Fig.14 液滴振動計測システム(上)と計測された振動データの例(下)

密度は、表面張力及び粘性係数に比較すると浮遊法以外の方法を用いたデータが多く存

在する。パルス通電加熱法では、8000K 程度の超高温まで測定されているが、細線の試料

に瞬間的に大電流を流すこの方法は測定精度が問題である。静電浮遊法における密度測定

は精度誤差が 2%程度であり、パルスに比較して良好である。Fig.16 にタングステンの測

定結果を示す。 表面張力 浮遊法以外では Pendant Drop 及び Drop weight 法を用いた測定が行われているが、こ

れらの測定法では融点での表面張力値しか測定されていない。Fig.17 にハフニウムの表面

張力測定結果を示す。静電浮遊法では、過冷却状態を含む広い温度範囲で表面張力の測定

が可能なため、マランゴニ対流のシミュレーションに欠かせない表面張力の温度係数を精

度良く算出できる。 粘性係数

Fig.18 にニオブの粘性係数測定結果を示す。このニオブを含めて 2,000℃以上の融点を

持つ金属の粘性係数の測定はハフニウムを除いて実績がなく、静電浮遊法の有効性を如実

に示している。

4.3 酸化物試料等の熱物性計測 加圧型静電浮遊炉における酸化物試料等の熱物性測定は、まだデータが少ない。Table-2に加圧型静電浮遊炉における密度測定実績を、Fig.19 に溶融 YAG の密度測定結果を示す。

原因は、金属試料に比べて酸化物試料は帯電させにくく浮遊溶融が難しいことにある。ま

た加圧環境は、真空環境に比べて上下電極間の放電が発生しやすいため、液滴振動の励起

が難しく、表面張力及び粘性係数の測定には至っていない。これらは今後の技術開発で克

服していく予定である。

Fig.16 W の密度測定結果

0

2

4

6

8

1 0

2 3 0 0 2 4 0 0 2 5 0 0 2 6 0 0 2 7 0 0 2 8 0 0 2 9 0 0 3 0 0 0

Vis

cosi

ty (

mPas

)

Temperature (K)

Tm

NbPresent work

Present WorkAllenPetersonKostikovHS Calc.

Tm

2100 2200 2300 2400 2500 2600 2700 2800

1000

1200

1400

1600

1800

2000

Temperature (K)

Surf

ace

Ten

sion

(10

-3 N

/m)

Fig.17 Hf の表面張力測定結果及び剛体

球モデルとの比較 62) Fig.18 Nb の粘性係数測定結果

Table-1 JAXA 静電浮遊炉による遷移金属融体の熱物性測定結果

融点 密度 熱膨張率 表面張力 粘性係数 Tm ρm dρ/dT βm γm dγ/dT ηm η0 E

℃ 103kg/m3 kg/m3K 10-5K-1 N/m 10-3N/mK 10-3Pa・s 10-3Pa・s kJ/mol

Ti 1670 4.1753) -0.2253) 5.353) 1.5657) -0.1657) 4.457) 0.03357) 76.657) V 1700 5.4654) -0.4954) 8.954) Ni 1455 7.8955) -0.6555) 8.255) 1.7455) -0.2255) 7.455) 0.0755) 66.655) Zr 1855 6.2153) -0.2753) 4.453) 1.5057) -0.1157) 4.757) 0.76357) 31.857) Nb 2467 7.7353) -0.3953) 5.053) 1.9457) -0.2057) 4.557) 0.55357) 48.957) Mo 2623 9.1056) -0.6056) 6.656) 2.26 6 Ru 2334 10.7558) -0.5658) 5.258) 2.2658) -0.2458) 6.158) 0.6058) 49.858) Rh 1966 10.8259) -0.7659) 7.059) 1.9459) -0.3059) 2.959) 0.0959) 64.359) Pd 1555 10.6660) -0.7760) 7.260) Hf 2207 11.8261) -0.5561) 4.661) 1.6161) -0.1061) 5.261) 0.49561) 48.761) Ta 3017 14.8563) -0.8263) 5.563) 2.1564) -0.2164) 8.664) 0.00464) 213.364) W 3420 16.8366) -1.0866) 6.666) 2.4866) -0.3166) 6.966) 0.108 127.5 Re 3186 18.8063) -0.7563) 4.063) 2.7165) -0.2265) 7.965) 0.07965) 132.765) Ir 2446 19.5167) -0.8567) 4.467) 2.2367) -0.1767) 7.067) 1.8567) 30.067) 注:添字 mは融点での値を示す。粘性係数の温度依存性はη=η0exp(E/RT)(R はガス定数)で表した。

3900

4000

4100

4200

4300

4400

4500

1200 1500 1800 2100 2400 2700

Temperature (K)

Tm

Fig.19 加圧型静電浮遊炉による溶融 Y3Al5O12の密度測定結果

Table-2 加圧型静電浮遊炉における酸化物融体の熱物性測定実績 Nd:CaO-Al2O3 Y3Al5O12 BiFeO3 BaTiO3 Tm(℃) 1605 2169 1090 1620 ρm (103kg/m3) 286368) 409569) 674070) 404070) dρ/dT (kg/m3K) -0.1168) -0.2969) -1.3170) -0.3470)

5. 静電浮遊炉を用いた新材料創製 71-73) 浮遊法による無容器プロセッシングでは容器からの核発生が抑制されるため、深い過冷

却状態が得られる。その状態から凝固した組織は、通常の融点において凝固した組織と異

なる形態を持ち、新しい機能を持つことが期待される。合金系における浮遊法による新材

料創製の研究は、電磁浮遊炉を用いて盛んに行われてきている。静電浮遊法においても、

金属・合金系の実験が行われているが、本章では非導電性物質でも浮遊できると言う静電

法の特色を生かしたチタン酸バリウム(BaTiO3)の研究状況について紹介したい。 5.1 無容器法による巨大誘電率を持つ BaTiO3 単結晶の作製 セラミックス BaTiO3は有名な強誘電材料であり、高い比誘電率を持つため電子デバイス

(コンデンサ、圧電材等)としてよく用いられている。Fig.20 の相図に示すように、BaTiO3

には高温で六方晶と立方晶の同質多形相転移が存在している。1703K 以上では六方晶結晶

構造であり、その温度以下では立方晶のペロブスカイト構造である。

立方晶ペロブスカイト構造では、Fig.21 に示すように 393K 以下の温度で強誘電相転移を

含む三つの相転移が起こり、非常に高い誘電率が得られる。しかし、誘電率は相転移温度

付近で急に下がるなど、温度安定性に欠ける。通常、電子機器に使われる BaTiO3コンデン

サなどは、その温度特性を改善するため添加元素を混入させている。このペロブスカイト

構造系 BaTiO3の研究は 1940 年代以来たくさんの研究がなされている。 一方、六方晶 BaTiO3系は室温では準安定相として存在する。低温で二つ相転移が生じる。

誘電率の温度安定性はペロブスカイト構造系 BaTiO3によりはるかに良い(Fig.22)が、誘

電率の絶対値は数百しかなく、実用に適さない。このため、六方晶 BaTiO3系の研究報告は

非常に少ない。

(左)Fig.20 BaTiO3の疑似2元系相図 (上)Fig.21 ペロブスカイト BaTiO3単結晶誘電率

の温度依存性

この BaTiO3を過冷却状態から凝固させ、誘電特性を指標として評価した。加圧型静電浮

遊炉を用いて無容器凝固による BaTiO3の合成を行った。4.5 気圧の空気雰囲気下で重さ約

20mg の BaTiO3球状試料を浮遊溶融した後、Fig.23 に示す 3 種類の異なる冷却速度で冷却

した。 試料 BTO-A では、融点より 2050K に加熱した後、700K/s の速度で冷却した。Fig.23(a)

で示す冷却曲線から分かるように、液体は 1150K まで過冷され、その温度で凝固が開始さ

れ、大きな復熱現象(recalescence)ピークが現れている。試料 BTO-B では、BTO-A の加熱

と急冷のプロセスを 3 回繰り返し行った後、さらに Fig.23(b)に示すとおり融点近傍の

1893K までに加熱して、一定の時間を保持した後 30K/sec の速度で徐冷した。試料 BTO-Cでは、試料 BTO-B と同様な方法で加熱保持した後 300K/sec の速度で急冷した。

(上)Fig.22 六方晶 BaTiO3 の誘電率 (右 )Fig.23 加圧型静電浮遊炉における

BaTiO3 実験:3種類の冷却条件の温度プロ

フィール

Fig.24 BaTiO3の光学顕微鏡写真

Fig.25 BaTiO3 試料の誘電率:BTO-Cにおいて巨大な誘電率が見られる。

BTO-A BTO - B BTO - C BTO - B BTO - C

Fig.24 に光学顕微鏡写真を示す。BTO-A は白く不透明、BTO-B は黄色がかった透明で

あり、BTO-C は青みがかった透明である。青い色を示すのは、酸素欠損によるものと考え

ている。Fig.25 に BTO-A、BTO-B 及び BTO-C 試料の誘電率測定結果を示す。BTO-A で

は、誘電率の温度依存性は通常の固相反応法で得られた焼結試料(Fig.21)とほぼ一致し

ているが、誘電率は約2倍に増大した。これは、溶融凝固によりペロブスカイト BaTiO3

試料の密度が大幅に増加したことによると考えられる。BTO-B 試料の誘電率温度依存性は

六方晶 BaTiO3と同様であった。BTO-C 試料では、室温で 10 万以上の巨大誘電率かつ小さ

い誘電損失(室温で 0.1)という画期的な誘電特性が示された。さらにこの巨大誘電率は室

温から 70 Kの温度範囲内で緩やかに低下する優れた温度安定性も備えている。 巨大な誘電率を示す BTO-C の組織を明らかにするため、構造解析を行った。Fig.26 に

直径 1.5mm の BTO-C 試料の X 線ラウエ写真を示す。写真から単結晶のスポットがはっき

り見られ、結晶指数付けにより、測定面は六方晶結晶構造の(001)面であることが分かった。

Fig.27 は、揺動法(ω軸の揺動とφ軸の回転を同時に行う)で測定した試料(BTO-C)の X線パターンとペロブスカイトBaTiO3および六方晶BaTiO3の粉末X線パターンの比較であ

る。これらの結果から、BTO-C 試料は六方晶単結晶であることが確認された。なぜ、静電

浮遊法によりプロセスした BaTiO3 六方晶単結晶が優れた誘電特性を示すかは現在解析/

検討中である。

6. 浮遊技術の発展 浮遊技術の進展に伴い、浮遊は地上研究においても実現可能な手段として定着し始めて

おり、既存の様々な装置と組み合わせた実験も開始されてきている。 6.1 液体構造解析

放射光施設と浮遊装置を組み合わせて高温融体や過冷却液体の構造解析を行う研究は、

これまでガス浮遊法 11-13)や、電磁浮遊法 74,75)を利用して実施されてきている。筆者らは、

Fig.26 BTO-C 試料のラウエ写真 Fig.27 BTO-C の X 線回折パターン: 六方晶 BaTiO3 と一致している。

2000 年から日本原子力研究所の中性子源(JRR-3M)と静電浮遊炉を組み合わせて、固体

アルミナ及び溶融ジルコニウムの構造測定実験を実施した(Fig.28)76)。静電浮遊炉とX線

を利用した構造解析は、NASA マーシャル宇宙センターが 2003 年に TiNiZr の実験を実施

しており 77)、筆者らも SPring-8 での実験を開始したところである。こうした利用は今後も

拡大していくものと期待している。

6.2 航空機実験用静電浮遊炉の開発

静電浮遊法の技術開発はここ 10 年で飛躍的に進歩した。しかし、国内で静電浮遊炉を所

有している研究組織は5本の指に満たないこともあり、認知度/普及度が低い。また地上

用の静電浮遊炉は技術が確立したとはいえ、1 G 下で安定して浮遊溶融できるかは試料に

依存するところが大きく(試料種によっては浮遊が困難)、ユーザーが手軽に扱える装置に

はなっていない。 航空機を利用した短時間微小重力実験用静電浮遊炉を開発し、地上に比べて容易に試料

を浮遊させることを可能とし、それを広くユーザーに開放することができれば、国際宇宙

ステーションに向けた静電浮遊炉ユーザーや研究領域の拡大につながるであろう。静電浮

遊炉の航空機実験は既に IHIエアロスペース社がダイヤモンドエアサービス社の G-IIに搭

載して Zr 試料の浮遊溶融に成功しており(Fig.29)、今年度から MU-300 への搭載を目指し

た装置の小型化を進めている。国際宇宙ステーション(ISS)用の静電浮遊炉の開発は、ISSの度重なる遅延などによって進んでいないが、この遅延期間を好機と捉えて地上実験及び

短時間微小重力実験で研鑽を積み、ISS での科学成果の創出につなげたい。

謝辞 本稿の執筆にあたって IHI エアロスペース社及び余野建定博士に資料の提供をいただき

ましたことに謝意を表します。

Fig.29 航空機に搭載された静電浮遊炉

(写真提供:IHI エアロスペース社) Fig.28 JRR-3M内の中性子散乱実験

施設に組み合わせられた静電浮遊炉

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