今月の視点 視界不良が続く国際金融情勢 · 今月の視点...

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今月の視点 視界不良が続く国際金融情勢 ─ 欧州政治、中国、米利上げは今年の3大リスク ─ みずほ総合研究所 調査本部 本部長代理兼市場調査部長 長谷川克之 日本経済 日本経済 円安によって製造業の国内回帰は進むか? 円安によって製造業の国内回帰は進むか? 財政 財政 長期的な持続性を高める財政運営を 長期的な持続性を高める財政運営を ─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─ ─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─ アジア動向 アジア動向 拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資 拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資 ─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─ ─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─ ロシア動向 ロシア動向 厳しい状況が続くロシアの乗用車市場 厳しい状況が続くロシアの乗用車市場 ─ 政府による支援策も力不足 ─ ─ 政府による支援策も力不足 ─ 海外通信 海外通信 インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか 今月のキーワード 今月のキーワード 種類株式 種類株式 日本経済 円安によって製造業の国内回帰は進むか? 財政 長期的な持続性を高める財政運営を ─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─ アジア動向 拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資 ─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─ ロシア動向 厳しい状況が続くロシアの乗用車市場 ─ 政府による支援策も力不足 ─ 海外通信 インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか 今月のキーワード 種類株式

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今月の視点

視界不良が続く国際金融情勢─ 欧州政治、中国、米利上げは今年の3大リスク ─

みずほ総合研究所 調査本部 本部長代理兼市場調査部長 長谷川克之

日本経済日本経済円安によって製造業の国内回帰は進むか?円安によって製造業の国内回帰は進むか?

財政財政長期的な持続性を高める財政運営を長期的な持続性を高める財政運営を─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ── 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─

アジア動向アジア動向拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ── 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─

ロシア動向ロシア動向厳しい状況が続くロシアの乗用車市場厳しい状況が続くロシアの乗用車市場─ 政府による支援策も力不足 ── 政府による支援策も力不足 ─

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日本経済円安によって製造業の国内回帰は進むか?

財政長期的な持続性を高める財政運営を─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─

アジア動向拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─

ロシア動向厳しい状況が続くロシアの乗用車市場─ 政府による支援策も力不足 ─

海外通信インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか

今月のキーワード種類株式

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本資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。 本資料はみずほ総合研究所が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その正確性、 確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。

みずほリサーチ August 2015

みずほ総合研究所のホームページでもご覧いただけます。http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/research/

今月の視点   視界不良が続く国際金融情勢─ 欧州政治、中国、米利上げは今年の3大リスク ─

日本経済  

円安によって製造業の国内回帰は進むか?

財政  

長期的な持続性を高める財政運営を─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─

アジア動向  

拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─

ロシア動向  

厳しい状況が続くロシアの乗用車市場─ 政府による支援策も力不足 ─

海外通信  

インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか

今月のキーワード  

種類株式

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可能性がある。ユーロ圏の決済システムからギリシャが離脱する際の課題も多い。そうした法律面、実務面での諸問題に鑑みれば、現時点でのユーロ圏離脱は現実的ではないと考えざるをえない。ユーロ圏離脱は債務交渉において切られた交渉カードに過ぎず、しょせん、ブラフの域を出ないものであったものだと推測される。

仏の顔も三度まで

しかし、従来はタブー視されていたユーロ圏離脱が、今般の債務交渉では公然と議論されるようになった。その結果として、「ユーロ圏からは離脱するが、EUの枠組みには残る」ケースを前提とした法律面、実務面での課題と向きあう気運が生じつつあるように見られる。支援の条件としてギリシャに課された緊縮策はかなり厳しい内容だ。緊縮策がギリシャ経済を更なる疲弊に追い込み、債務の返済能力を削ぐ可能性は低くない。債務の返済条件は緩和されるが、債務削減が認められていない中では、債務水準の持続性には疑問が残る。ギリシャ国内の政治情勢も流動的だ。再度、解散総選挙に至るシナリオもない訳ではない。ギリシャの先行きが厳しい状況は何ら変わっていないのだ。そして、支援は第3次が最後になるだろう。それはユーロ圏離脱という選択肢が現実的に整備されるまでの時間稼ぎでしかないかもしれない。問題はギリシャ一国だけのものではない。欧州統

「二度あることは三度ある」という。2010年、2011年に続き、第3次ギリシャ支援策が7月13日未明にまとまった。総額約820~860億ユーロ、期間3年の支援が実施される。それにしても怒涛の1カ月であり、難産の末の支援合意である。一度は決裂した債務交渉。先進国初、そして過去最大規模の国際通貨基金(IMF)融資の返済不履行。20日間に及ぶ銀行休業。まさかの国民投票実施とギリシャ国民による予想外の緊縮否決。国際金融市場が固唾を飲み、一喜一憂したギリシャ劇場と言える。もっとも、筆者には支援継続は筋書通りのエン

ディングであったように思えてならない。欧州連合(EU)の現行法ではユーロ圏からの離脱

に関する明文規定がなく、離脱しようにも法的に可能か疑わしい。ユーロ圏離脱のためにはEUからの脱退が必要との見方すら存在するが、地政学的にも要衝に位置するギリシャがEUから離脱することは、国際政治力学からは許容されるものではない。ギリシャのクレタ島スーダ湾にある空軍基地は北大西洋条約機構(NATO)にとっても戦略的に重要な拠点である。ロシアにギリシャを支援するだけの体力があるかは別として、EUと決別したギリシャがロシアの支援を仰ぐことを米国は強く警戒している。また、仮にユーロ圏からのみの離脱が可能となったとしても、現状では金融法務や金融実務上の諸問題に対する解が用意されていない。ギリシャが係る対外的な契約は、準拠法やユーロ圏離脱の方法によりその取り扱いが変わり、世界中で訴訟が発生する

みずほ総合研究所 調査本部 本部長代理兼市場調査部長 長谷川克之

視界不良が続く国際金融情勢─ 欧州政治、中国、米利上げは今年の3大リスク ─

この夏、2つのショック、すなわち、ギリシャ危機と中国株急落が世界の金融市場を襲った。ギリシャ支援は問題先送りの感が強く、中国株は不安定な値動きが続いている。欧州、中国情勢次第ではあるが、年内に米国が利上げに転じる可能性も高まっている。引き続き海外情勢は波乱含みだ。

 今月の視点

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との見方が一般的ではある。しかし、レバレッジも効かせる形で、株式投資が幅広い層で、それもかつてない規模で広がったことを考えると過小評価は禁物だと思われる。株式時価総額の変化を見た場合、300兆円以上(直近安値時点では500兆円弱)の資産が吹き飛んだ計算である。より警戒すべきは、これまでの構造改革路線、自由化・国際化路線への影響である。基本的には従来の路線が踏襲されると見るが、来年度からの第13次5カ年計画の議論が始まる重要なタイミングであるだけに、改革と安定のバランスをめぐる習政権のスタンスを注視する必要があろう。中国は金融危機後に急膨張させたバランスシートの調整圧力に直面している。McKinsey Global Instituteによれば、2007年に7.4兆ドルであった中国の債務残高は2014年第2四半期には28.2兆ドルにまで、企業部門、金融部門を中心に急拡大している。GDPに対する比率では約160%から約280%への拡大となり、尋常ではない。金融機関の預金準備率はいまだ10%台の後半、また、貸出基準金利(政策金利)は5%弱であり、伝統的な金融政策の発動余地は引き続き大きい。また、財政状況も現時点では比較的健全と評価される中では金融・財政面での政策発動余地は大きく、中国経済はソフトランディングに向かうというのがメインシナリオだ。しかし、中国経済が抱える構造的な問題を勘案すれば、株価の上値にはおのずと限界があると考えられる。

米国の利上げが近づいているが...

米国に目を転じると、底堅い経済回復が続いており、現状での国内経済情勢のみを考えれば、9月の利上げの可能性が高い。前回米国が利上げに転じたのは2004年。欧州、中国ともに本質的な脆

ぜい

弱じゃく

さを内包している中での11年ぶりの米利上げは、新興国も含めた国際金融市場にとって新たなショックとなる可能性がある。もっとも、欧州や中国の情勢、そして急速に進むドル高の影響次第では利上げの先送りも十分考えられる。ドルの通貨としての価値を示す実質実効レートの上昇ペースは前年比20%と過去最高に近い。利上げの行方を占う上では、為替動向からも目が離せない。

合の深化に向けた動き、これまでは不可逆的だと考えられていた動きが滞り、揺り戻しが起こる可能性が拭えないことこそ問題である。今や欧州の随所で、反EU/反ユーロの懐疑派の声が高まりつつある。小さな蟻が掘った一つの穴が原因で強固な堤が崩れることを蟻の一穴という。GDPではたかだか2%程度のギリシャという蟻(ドイツ人に言わせれば、ギリシャは蟻ではなくキリギリスなのだが)の一穴が共通通貨ユーロの信認に与える影響は小さくないのではないか。

宴のあと:中国株バブルの崩壊

ギリシャ危機以上に国際金融市場を震撼させたのが中国株の急落だ。上海総合株価指数は、6月12日の5,166ポイントから7月8日の3,507ポイントまで、わずか1カ月弱で30%以上の歴史的な下げを記録した。株価対策の総動員から、株価は一度は下げ止まったものの、引き続き不安定な値動きとなっている。社会不安を惹

じゃっき

起しかねない株価下落を阻止することは無理からぬことだが、それにしてもなりふり構わぬ対応ぶりである。年金基金や機関投資家マネーの市場への投入、国有企業や金融機関等に対する株式売却禁止、新規株式公開(IPO)凍結、そして極めつけは公安部による空売り取り締まりなど、強権的な対策が打たれている。しかし、株価の持続的回復は見込み薄だろう。信用取引残高はピークからは低下しつつも、対時価総額比率では3%超と、いまだ高いと評価される。売買停止銘柄も少なからず残っているようだ。バリュエーション面での割高感が払

ふっ

拭しょく

された訳では必ずしもない。ちなみに、ハイテク銘柄などのベンチャー企業で構成される創業板指数の株価収益率(PER)はいまだ90倍台の高水準で推移している。株価対策の持続性にも疑問がある。振り返れば、日本も何度も株価対策に手を染めてきた。バブル崩壊以降、株価急落局面ではPKOと揶

や ゆ

揄された株価維持政策を繰り返し、また、株式の買い取り機関も設立した。株価対策は、一時的な需給調整としては一定の効果もあるが、企業のファンダメンタルズから乖

かい

離り

した株価の維持は困難であるというのが日本の教訓だろう。中国で懸念されるのはまず実体経済への影響である。株価変動に伴う資産効果は中国では大きくない

今月の視点

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2015年入り後から国内回帰の事例が増加

2012年度後半以降の円安進行に伴う国内生産コ

ストの相対的な低下によって、製造業の国内回帰が

どの程度見込まれるかが注目されている。

各種報道によれば、円安長期化の可能性が高まって

きたことで、製造業の国内回帰の事例が徐々に増加し

ている模様である。「国内回帰」というキーワードを含

む新聞記事数を集計すると、2013~14年はほとんどの

月で50件未満にとどまったのに対し、2015年に入って

からは100件を上回る状況が続いている(図表1)。報道

内容をみると、家電や自動車、電子部品などの分野で、

国内への生産移管や国産部品の調達増、国内拠点の生

産能力増強などの動きが出ているようだ(図表2)。円

安によって国内生産コストが相対的に下がっている

ことや海外部品の調達コストが増加していることが、

国内回帰の動きを後押ししているとみられる。

マクロ的には国内回帰の動きは見られず

こうした国内回帰の動きは、既存工場の稼働率引き

上げにとどまるか、工場新設を伴うかで、国内経済へ

のインパクトには大きな差があると考えられる。既存

工場の稼働率引き上げにとどまる場合は、国内サプラ

イヤーへの生産波及効果は見込めるものの、設備需要

生産コスト(人件費+中間投入コスト)を国際比較すると、円安によって日本と新興国とのコスト差はある程度縮小した模様である。ただし、立地拠点の選択にはコスト以外の要素もあり、マクロ的に海外投資重視の傾向は変わらないだろう。円安頼みでなく新規産業分野の開拓により内外拠点双方の成長を図ることが重要だ。

 日本経済

円安によって製造業の国内回帰は進むか?

●図表1 「国内回帰」に関する新聞記事数(件)

(月)

(年)

(注)「国内回帰」というキーワードを含む記事数。検索対象は国内新聞  (地方紙や専門誌を含む)。(資料)日経テレコンより、みずほ総合研究所作成

0

300

1 2 3 4 5 6 7 8 91011121 2 3 4 5 6 1 2 3 4 5 67 8 91011122013 2014 2015

50

100

150

200

250

●図表2 国内回帰に関連する主要な動き

主に国内工場の

稼働率引き上げ

パナソニックエアコン、洗濯機、電子レンジなどの中上位機種の一部について中国から日本に生産移管(2015年春以降発売の新製品の一部)

キヤノン複写機やカメラの高価格帯製品について、国内生産比率を3年程度で4割から6割に引き上げ

日産米国の生産能力ひっ迫を受け、北米向けSUVを国内(および韓国)で増産

国内投資

積み増し

TDKスマートフォンや自動車向け電子部品の工場を国内に新設

ソニー画像センサーについて国内拠点の生産能力を増強

国内調達率

引き上げ

日産新型車(2016年度モデル)から国産部品の採用を拡大

ホンダ2015年2月発売の新型車で国内調達比率を従来の計画より引き上げ(約65%⇒約8割)

(資料)各種報道などより、みずほ総合研究所作成

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や新規雇用を含めた波及効果は限定的になる。

図表2をみると、個別企業の中には、工場新設を伴

う形態での国内回帰も出てきているが、そうした企

業は少数派だ。国内生産設備の稼働率がリーマン・

ショック前に比べて依然低水準にある中で、そもそ

も工場新設を伴うような国内回帰は起こりにくいと

いう事情があるのだろう(図表3)。

また、日本企業による海外投資意欲が低下した様

子もうかがえない。経済産業省の「海外事業活動基本

調査」や「海外現地法人四半期調査」で海外設備投資比

率の動きを確認すると、2010年度以降上昇傾向が続

いている(図表4)。2014年度に上昇の動きが一服した

が、これはタイやインドネシアでの投資奨励策を利用

した大型投資一巡の影響が表れたとみられ、円安に伴

う国内回帰の影響が顕在化したわけではない。

実際、2007年に発表されたタイの第1次エコカー

投資奨励策では、生産開始後5年以内に生産規模を

年間10万台に引き上げれば、法人税免除などの税制

優遇が受けられるため、日系5社(トヨタ、ホンダ、日

産、三菱、スズキ)はこぞって設備投資を増やした。足

元の動きは、この奨励策に伴う投資拡大の動きが一

巡した結果とみることができる。また、インドネシア

でも、2013年にローコスト・グリーンカー政策導入

により大型の増産投資が相次いでおり、設備投資の

増幅を大きくしたとみている。

事実、海外設備投資比率の四半期推移(みずほ総合

研究所による季節調整値)をみても、2014年後半以

降は持ち直しに転じており、大型投資一巡などの特

殊要因を除けば、海外投資比率の上昇トレンドは維

持されていると言えそうだ。

円安により、日本と新興国との生産コストの差はある程度縮小

以上のように、現時点では工場新設を伴う国内回

帰は、個別企業の事例としてはみられるものの、大き

な流れとはなっていないのが現状だ。

一方で、日米における金融政策の方向性の相違(金

融緩和を続ける日本に対して、米国は利上げに転じ

る予定)などを理由に円安が一段と進めば、国内回帰

の動きが広がるのではないかとの期待もいまだ根強

い。果たして、さらなる円安で国内回帰の動きは広が

るのだろうか。

まず、これまでの円安による国内生産コストの変

化を確認するため、日本・米国・中国・メキシコの4カ

国について、単位生産コスト(実質産出1単位当たり

の生産コスト)を比較した。単位生産コストのうち、

人件費の部分(単位労働コスト)だけをみると、日本

は円安によって低下したとはいえ、中国などの新興

国と比べると依然として割高である(図表5左)。

日本経済

●図表3 製造工業の実稼働率(%)

(年度)(注)実稼働率ベース(稼働率指数に基準年(2010年)の実稼働率(76.7%)をか

けて計算)。(資料)経済産業省「鉱工業指数」より、みずほ総合研究所作成

65

90

1997 98 99 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 142000

70

75

80

85 リーマン・ショック前と比べると依然低水準

海外事業活動基本調査ベース海外現地法人四半期調査ベース(資本金1億円以上、従業者50人以上)

●図表4 海外設備投資比率の推移(%)

(年度)(注)海外設備投資比率=海外現地法人設備投資額÷(海外現地法人設備投資額

+国内法人設備投資額)。(資料)経済産業省「海外事業活動基本調査」、「海外現地法人四半期調査」、  

財務省「法人企業統計」より、みずほ総合研究所作成

0

35

1987 89 91 93 95 97 99 2001 03 05 07 09 11 13

5

10

15

20

25

30

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もっとも、図表5右に示す通り、部品などの中間投入

コストまで含めると(単位労働コスト+単位中間投入

コスト)、日本と新興国とのコスト差はある程度縮小

しており、円安基調が続けば、生産コストの面から国

内回帰の動きが広がっていくとみることは可能だ。

立地拠点の選択には、コスト以外の要因が大きく影響

ただし、企業が国内拠点を選択する理由は、生産コ

ストだけではない。研究開発やマザー工場としての

優位性なども重要な要素である。実際、日本政策投資

銀行が2014年度に行ったアンケート調査では、「大

部分を国内に残す方針とする部門」として、「研究開

発」や「マザー工場」との回答の割合(最大5項目まで

の複数回答)が50%以上となっているのに対して、

生産コストの影響を大きく受ける「量産」との回答は

30%未満と相対的に少ない。

また、海外投資を行う際のポイントをみても、生産

コストが占める比重は低くなってきている。2013年

度の海外事業活動基本調査では、海外投資の決定ポ

イントとして「海外の現地需要」との回答の割合(3

項目までの複数回答)が約70%に上るのに対して、

生産コストに関連する「良質で安価な労働力」との回

答は20%強にとどまっている。

今後も海外投資増加のトレンドは変わらず。国内での新規産業創造が重要に

以上をまとめると、円安基調が続く中で、国内製造

拠点拡充の事例は今後も出てくるとみられるが、大

きな流れにはなりづらいとみている。また、海外需要

の取り込みを図る上で、日本企業の海外投資を重視

する姿勢も変わらないだろう。

そうした中、国内の製造業に求められるのは、円安

だけに頼らない国内拠点の充実・高度化である。具体

的には、国内拠点の研究開発やマザー工場としての

機能を高めると同時に、新規成長分野を開拓してい

くことが重要だ。次世代自動車や高速鉄道、航空機な

どの交通・インフラ関連や医療機器関連などが、市場

規模や国内経済への波及効果などの観点から有望な

候補となろう。こうした新規産業分野において世界

的なデファクトスタンダードを確立し、国内外の需

要を取り込むことで、国内拠点と海外拠点双方の成

長を図っていくことが求められる。

みずほ総合研究所 経済調査部

主任エコノミスト 徳田秀信[email protected]

 

●図表5 単位生産コストの水準の国際比較(輸送機械)

(単位生産コスト、ドルベース)

(年)(注)1.単位労働コスト・単位中間投入コストはドルベース 。  2.単位労働コスト=(労働コスト(各国通貨ベース)×為替レート)÷(購買力平価(基準年で固定)×実質産出(各国通貨ベース))。単位中間投入コストも同様の計

算式。購買力平価と実質産出の基準年は2005年とした(以上の計算式はHooper and Larin(1989)「International comparisons of labor costs in manufacturing」を基にしている)。

(資料)Timmer (ed)(2012)「The World Input-Output Database (WIOD):Contents, Sources and Methods」、Inklaar and Timmer (2012)「The Relative Price of Services」、OECDより、みずほ総合研究所作成

0.00

0.18

1995 97 99 2001 03 05 07 09 11 13 15

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

為替変動のみを反映した機械的延長

中間投入コストも含めると、新興国とのコスト差もある程度縮小した可能性

0.02

0.04

0.06

0.08

0.10

0.12

0.14

0.16

中国日本米国メキシコ

為替変動のみを反映した機械的延長

円安で労働コストは低下したが、新興国とは依然大きな差

単位労働コスト 単位労働コスト+単位中間投入コスト(単位生産コスト、ドルベース)

(年)

0.0

1.2

1995 97 99 2001 03 05 07 09 11 13 15

中国日本米国メキシコ

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財政健全化計画の概要

財政健全化計画は、骨太方針2015の一部に盛り込まれる形で公表された(図表1)。同計画は経済・財政再生計画と名づけられ、最初に安倍政権の基本的な考え方が「経済再生なくして財政健全化なし」であることが示された。そして、経済再生と財政健全化の二兎を得ることを目指し、高い経済成長率の実現とともに財政健全化のために必要な歳出削減や公共サー

ビスの効率化を行うこととされた。2020年度の基礎的財政収支(PB)黒字化目標達成のために10%を超える消費税率の引き上げは行わない、という安倍首相のこれまでの見解どおり、財政健全化計画には新たな消費税増税は盛り込まれなかった。ただし、2017年4月に実施予定の、消費税率の8%から10%への引き上げについては、財政健全化計画のなかにその実施が明記された。今回の財政健全化計画の内容は、2020年度のPB黒字化目標とそれに対する各種歳出削減策の列挙に

長期的な持続性を高める財政運営を─ 骨太方針2015における財政健全化計画の評価 ─

政府は、2015年6月30日に「経済財政運営と改革の基本方針2015」(以下、「骨太方針2015」)の一部として新たな財政健全化計画を閣議決定した。未曽有の政府債務を抱える日本にとって、財政健全化計画の重要性は論をまたない。本稿では、新たな財政健全化計画の概要を示すとともに、それが日本財政を持続的なものにするために十分なものであるかどうかを吟味する。

財政

●図表1 経済・財政再生計画(抜粋)1.財政健全化目標 ⑴ 2020 年度の基礎的財政収支(PB)の黒字化 ⑵ 債務残高の対GDP比の中長期的な引き下げ2.集中改革期間と中間評価 ⑴ 計画期間の当初 3年間(2016 ~ 18年度)を「集中改革期間」と位置づけ、「経済・財政一体改革」を集中的に進める。 ⑵  2018年度において、目標に向けた進捗状況を評価する。改革努力のメルクマールとして、2018年度のPB赤字対GDP比1%

程度を目安とする。 ⑶ 2018 年度までの一般歳出の実質的な増加を 1.6 兆円に抑える。3.主な歳出削減策 ⑴ 社会保障関連費  ・高齢化相当分(1.5 兆円程度)に抑えられている過去 3年間の基調を 2018 年度まで継続する。  ・ 後発医薬品に係る数量シェアの目標値は、2017 年央に 70%以上に、2018 ~ 20 年度末までの間のなるべく早い時期に

80%以上にする。2017 年央において、進捗評価を踏まえて 80%以上の目標達成時期を具体的に決定する。 ⑵ 社会資本整備等  ・PPP/PFI 手法を活用しコスト抑制を図る。  ・主要な改革については、2018 年度までの集中改革期間中に進める。 ⑶ 地方行財政改革・分野横断的な取り組み等  ・別枠加算や歳出特別枠といった危機対応モードから平時モードへの切り替え。  ・国庫支出金等の見直し、地方創生を効果的に進めるための新型交付金の創設。

(資料)「経済財政運営と改革の基本方針 2015」(骨太方針 2015)より、みずほ総合研究所作成

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集約されると言ってもよい。PB黒字達成後の債務残高の対GDP比の引き下げについては、目標と言えるようなものは示されていない。新たな試みとしては、2016~18年度の当初3年間を「集中改革期間」と位置づけ、「経済・財政一体改革」を集中的に進めること、そして2018年度において2020年度のPB黒字化目標達成に向けた進捗状況を評価することがある。集中改革期間における改革のメルクマールとして2018年度においてPB赤字の対GDP比を約1%にするという目安が設定されたことから、これが達成されない場合には新たな歳出抑制策や増税策が検討されることになろう。PB目標自体は過去の自民党政権の目標を引き継ぐものであり、また年初頃には2020年度のPB黒字化は難しいとの見方もなされていたことから、2020年度のPB目標が維持されたこと自体は、財政健全化を進める政府の前向きな姿勢を示すものと解釈できる。しかし、目標達成に向けた計画の内容からは、それが楽観的な見通しに基づくものであり、長期の財政健全化への視点が欠けているといった問題点も浮かび上がる。

楽観的な経済見通し

今回の財政健全化計画の策定にあたって最も注目されたのは、2020年度のPB黒字化目標をどのように達成するかという点であった。具体的には2020年度に見込まれる9.4兆円のPB赤字をどのように削減するかであり、政府・与党内の議論ではこの点を巡って最後まで意見が対立した。当初財務省側が歳出削減のみでPB黒字化を主張したのに対して、経済財政諮問会議の民間議員が歳出減で5~6兆円、歳入増で4~5兆円のPB赤字解消を提言した。その後、経済成長による増収を想定して、財務省が想定する金額よりも小さい歳出削減によって増税なしにPB黒字化が実現するとの見通しが立てられることになった。高い成長率に立脚して財政健全化計画が策定されてしまったため、財政健全化の実現性に不安が残る結果となった。

長期の視点で財政を捉えよ

今回の財政健全化計画には、財政健全化に関する

長期的な具体策が示されていないという問題もある。人口高齢化に伴う社会保障費増大の影響は今後大きくなるため、2020年度のPB黒字化が達成されても日本の財政問題が解決するわけではない。厚生労働省によれば、2012年度から2025年度にかけて医療費は1.5倍、介護費は2.3倍に拡大する。財政を長期に安定化させるためには、2020年度以後もPB黒字を持続させることが必要であり、そのためには社会保障改革と消費税率引き上げが避けられない。こうした長期の課題について、今回の財政健全化計画では何ら回答が与えられていない。また、長期の財政健全化ということになると、成長率と金利の関係が逆転し、政府の利払い費が増加する点も考慮に入れなければならない。足元では、長年にわたる低金利政策と近時の超金融緩和の影響を受けて、金利は成長率を大きく下回っており、その結果PBが赤字でも政府債務の対GDP比が低下している。これに対して、成長率と金利の関係が逆転すると、たとえPB均衡が実現されたとしても債務の対GDP比は上昇してしまう。

避けられない痛みを伴う改革

PBを均衡させるという政策は、金利と成長率が等しいことを前提とすれば、政府債務の将来への先送りを意味し、政府債務の対GDP比を全く低下させない政策である。このため、PB均衡という財政健全化の第一の目標を達成するだけでは、真の意味で財政健全化に取り組んだことにはならない。PB均衡は政府債務を発散させないための最低限の条件であり、今回の財政健全化計画の策定過程で激しく議論されたのは、そうした低いハードルをクリアする方策についてのみである。今後は、長期の視点で財政を捉え、社会保障改革や増税など痛みの伴う改革をどのように進めるかを考えていく必要がある。

みずほ総合研究所 政策調査部

主任研究員 鈴木将覚[email protected]

 

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カンボジア、ラオスともにタイプラスワン型の投資が主軸

カンボジア、ラオス、ミャンマー(以下CLM、図表1)では、日本からの直接投資が2010年までほとんどなかったが、2014年には合計で417億円に達した。ASEAN主要6カ国と比較すると、第6位のフィリピン向け(543億円)に迫るまでに4年間で拡大した。2014年は、CLMの中でカンボジア向けが294億円と最大で、ミャンマー向けが113億円、ラオス向けが10億円だった。業種別では今のところ非製造業向けが多く、今後の製造業の進出を見越して金融業や会

計事務所などが先行して進出している。製造業の直接投資についても、カンボジア向けが最大である。ワイヤーハーネスなどの労働集約的な電気機械産業がその中心であり、タイの日系企業がカンボジアに生産拠点を移管または拡張するタイプラスワン型の投資事例が確認される。この背景には、タイで賃金が上昇しており、今後も少子高齢化の進展に伴う人手不足により賃金上昇が続くと予想されることがある。このため、相対的に賃金が安く、南部経済回廊でつながるカンボジアにタイから労働集約的な工程の移管が促されている。ラオスでもタイプラスワン型の直接投資がみられる。現地の日本人商工会議所の製造業会員は今年3月に30社ほどで、ほとんどがタイプラスワン型の進出である。カンボジアよりも賃金が安く、タイと東西および南北経済回廊でつながり、言語もほぼ同じことが、タイからラオスに進出するメリットである。ラオスに進出する日系製造業の特徴は、現地雇用が100~500人の中小規模が多いことだ。ラオスの人口は690万人で、カンボジアの5割弱、ミャンマーの1割強に過ぎず、労働力に制約があるため大企業は進出しにくいという事情がある。

ミャンマーではタイプラスワン以外の投資が増加

ミャンマーでは、商都ヤンゴン郊外で年内に開業

7月4日、日本とメコン地域(カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム)の首脳会議が東京で開かれ、さらなる関係強化の方針が打ち出された。本稿では、メコン地域の中でも日本企業の新たな投資先として注目されるカンボジア、ラオス、ミャンマーに焦点を当て、日本からの直接投資動向について製造業分野を中心に考察する。

アジア動向

拡大するカンボジア、ラオス、ミャンマーへの直接投資

─ 投資拡大のカギを握るタイプラスワン戦略の成否 ─

●図表1 メコン新興3カ国と経済回廊

(資料)みずほ総合研究所

タイ

ラミャンマーミャンマー

カンボジア

ダウェー

ティラワ

オスラミャンマーオス

南北経済回廊

南部経済回廊

東西経済回廊

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するティラワ経済特区(SEZ)への進出を中心に、日本の製造業投資が増え始めている。これまでは、産業団地、電力、水道といったインフラの不足が製造業進出の障害となっていたが、初のSEZとなるティラワでは必要なインフラが整備されているからだ。2014年5月にティラワへの入居予約受付が開始されて以来、13カ月で進出決定企業は44社に上った。44社のうち、日系企業が24社と半分以上を占める。自動車関連、電子部品、化学、建材、梱包資材など、多様な日系企業が名乗りを上げている。ティラワへの投資目的は、カンボジアやラオスでの投資とは対照的に、タイプラスワン型ではない。経済回廊のミャンマー内ルートは未完成で、しかもティラワはタイとの国境から約500キロメートル離れている。こうしたタイとのアクセスの悪さが、タイプラスワン型の投資が進まない要因とみられる。むしろ、タイに限定しない世界各地への輸出や、CLM最大の人口5千万人を擁するミャンマーの国内市場開拓を目的とする進出企業が多い。7月の日本メコン首脳会議では、日本がミャンマーとタイと共にダウェーSEZの開発に協力する覚書に署名した。ダウェーSEZは2万ヘクタールで、ティラワの8倍に及ぶアジア最大級の工業団地計画である。タイ国境から130キロメートルに位置し、バンコクから経済回廊の延伸も計画される。工期は10年程度と見込まれるが、ティラワと異なりダウェーはタイプラスワンの生産拠点になると期待される。ミャンマーでは、今年11月から議会と大統領選挙

が予定される。軍政から民政に移行する過程で行われた前回2010年の選挙では、国民的人気の高いアウン・サン・スー・チー党首の国民民主連盟(NLD)がボイコットし、軍を基盤とする連邦団結発展党(USDP)が勝利して、テイン・セイン大統領が就任した。今回はNLDも参加予定であり、USDPと決着をつける。元々はNLD優勢との見方が多かったが、ティラワ開発などの成果で与党も支持を集めており、票読みは難しい状況となっている。もっとも、どちらが勝利しても、民主化が後退して投資環境が悪化することはないとみられる。USDPは与党として民主化を進めてきた経緯があり、NLDも民主化を標榜する政党であるからだ。

タイとの連携の成否が今後の投資のカギ

今後も日本からCLMへの直接投資は拡大する方向にあると見込まれるが、留意点が2つ挙げられる。第一は、ミャンマー通貨チャットが、2014年秋以

降に対ドルで1割強も下落していることだ。ミャンマーでは経済発展に伴う内需拡大で輸入が増加している。国際収支統計の公表は遅れているが、経常赤字は直接投資等の資本流入を上回って拡大しているとみられる。チャット安対策として、ミャンマー中央銀行は、5月にドルの銀行引き出し額を制限した。進出企業はドル建てでビジネスを行うのが一般的なため、事業環境への影響がないか注視する必要がある。カンボジアとラオスの通貨は今のところ安定しているものの、両国はミャンマー以上の経常赤字を抱え、通貨下落のリスクは排除できない。CLM各国とも、為替相場を安定させるため、内需の過熱を防ぐ抑制型の金融財政政策が求められよう。第二は、タイが周辺国との国境の自国側に、10カ所のSEZを設置する計画を打ち出していることだ。国境SEZでは投資への恩典が与えられ、CLMから安価な労働力を受け入れることも認められる。このため、タイの国境SEZは、労働集約型製造業の投資先として、CLMと競合するとの見方がある。そしてタイにCLMの労働力が吸収される場合、CLMでは人手が不足して賃金は上昇するおそれがある。タイは、国境SEZがCLMとの連携を強化するものであり、競合するものではないとしている。実際に、カンボジアに近い国境SEZに関して、両国で共同開発する方針が明らかにされている。ただし、その共同開発の内容は十分に固まっておらず、競合回避のために両国のさらなる政策協調が待たれる。経済回廊の延伸やダウェー開発の進展が見込まれるミャンマーを含むCLMとタイの連携の成否が、CLM投資の拡大ペースを左右することになりそうだ。

みずほ総合研究所 アジア調査部

上席主任研究員 小林公司[email protected]

 

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厳しさを増すロシアの乗用車市場

ロシアの乗用車市場が不振の度合いを強めている。2014年の乗用新車の販売台数(249万台)は前年比10%の減少となり(図表1)、さらに、2015年1~5月の販売台数(64万台)は、前年比38%もの大幅な減少となった。月次の推移をみると、販売台数の前年割れは2014年1月から生じており、7~9月には前年比

20%を超える減少となった。その後、10~12月にやや持ち直しの方向に転じたものの、2015年1月からは再び大幅な減少となっている。こうした乗用車市場の不振には、複数の要因があ

る。まず、2014年1月から販売台数の前年割れが生じた背景としては、2013年末で自動車ローンの金利補助(詳細は後述)が打ち切られたことが挙げられる。さらに2014年から、それまで輸入車だけが課税対象となっていた自動車リサイクル税が、国産車にも適

ロシアの乗用車市場が不振の度合いを強めている。2015年1~5月の新車販売台数は、前年比4割近い大幅減となった。ロシア政府は、すでに自動車市場に対する一連の支援策を講じているが、それでも2015年の販売台数の大幅な減少は食い止められそうにない。

厳しい状況が続くロシアの乗用車市場─ 政府による支援策も力不足 ─

ロシア動向

●図表1 ロシアの乗用新車販売台数の推移

(注)小型商用車を含む。 (資料)Association of European Businesses(AEB)より、みずほ総合研究所作成

0

50

100

150

200

250

300

350(万台)

(年)▲50

▲40

▲30

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▲40

▲30

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▲10

10

20

30

1520142008 09 10 11 12 13 14 (年/月)

(万台) (前年比、%)

0 0

販売台数(左目盛)前年比(右目盛)

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用されるようになったことも影響したとみられる。また、2014年7~9月の販売台数の落ち込みについては、欧米諸国による対ロ制裁の発動を受けて、消費者の間で将来に対する不安感が広がり、自動車のような高価な耐久消費財が買い控えられた結果と考えられる。一方、10~12月、とくに12月の販売の好調さについては、当時ルーブルの急落が生じたなかで、消費者が2015年初頭から新車の販売価格が高騰すると見込んで、自動車や家電などの耐久消費財の購入を急いだためとみられている。実際、こうした駆け込み需要が一服したとされる2015年1月以降、新車販売台数の落ち込みは、2014年7~9月を上回る深刻なものとなっている。

ロシア政府による自動車市場への3つの支援策

こうしたなか、ロシア政府は自動車市場へのテコ入れに向けて、総額200億ルーブル(約4億ドル)近くに達する以下3つの支援策を講じている。第一に、スクラップ・インセンティブである。この措置は、消費者が所有している古い自動車を廃車にして新車(国産車)に買い替える際に、購入する新車の価格から一定額の値引きが行われ、その値引き分を国が支払うというもので、2014年9月から導入されている。同様の措置は2010~11年にも導入されていたが、現在のスクラップ・インセンティブは、①古い自動車を廃車にする場合だけでなく、下取りに出して新車に買い替える場合でも値引きが行われる、②個人の消費者だけでなく法人も対象になる、という2点において、以前よりも適用対象が拡大されている。値引き幅は自動車のタイプによって、また、廃車か下取りかによっても異なり、乗用車については、廃車の場合は5万ルーブル(約1,000ドル)、下取りの場合は4万ルーブル値引きされる。2014年には、同措置を利用した新車の販売台数が19万台近く(うち、乗用車は15.5万台)に達し、その値引き分の支払いに連邦予算から約100億ルーブルが支出された。2015年については、連邦予算から150億ルーブルが支出される予定である。第二に、自動車ローンの金利補助である。これは、消費者(個人)がローンで乗用車を購入する際に、ローン金利のうち、ロシア中銀の政策金利(2015年6月末時点で11.5%)の3分の2に相当する分を政府が

補助するというものである。同様の措置は、2009~11年および2013年後半にも導入されていた。今回の金利補助の対象となるローンの条件としては、①購入車両が2015年に製造された国産車で、価格が100万ルーブル(約2万ドル)以下であること、②2015年4月以降に組まれたルーブル建てローンで、期間3年以内であること、などが定められている。金利補助の実施のために、総額15億ルーブルの補助金が2015年連邦予算から支払われる予定であり、ロシア産業商業省によれば、同措置を利用した乗用新車の販売台数は30万台に達すると見込まれる。第三に、リース料金の値引きに対する国家補助である。この措置は、ロシア国内のリース会社が、法人および個人に対する自動車のリース料金を値引きし、その値引き分を政府がリース会社への補助金によって補てんするというもので、2015年5月に開始された。自動車リースの活発化を通じて、リース会社による新車購入を促進させる狙いがあるとみられる。補助金支給額は、リース会社による自動車購入価格の10%までとされ、2015年中に総額25億ルーブルが連邦予算から支出される予定である。ロシア産業商業省によれば、同措置を利用した新車の販売台数は、開始後約1カ月で4,500台を超えており、年末までに3万台を超えると見込まれる。

政府見通しでも市場の2割縮小は避けられず

こうしたロシア政府による支援策にも関わらず、2015年の自動車市場の行方については、専門家の間で悲観的な見方が多くなっている。例えば、ロシアの自動車市場調査会社のAVTOSTATは、2015年の乗用新車の販売台数が、前年比で36%減少すると予測している(7月1日発表)。また、マントゥロフ産業商業相は、自動車市場への支援策の全容がほぼ固まった3月下旬に、「何も対策を講じなければ、2015年のロシアの自動車市場は前年比で50%縮小するであろう。しかし、一連の支援策の実施により、自動車市場の縮小幅を24%に抑えることが可能になった」と発言している。少なくとも年内において、ロシアの自動車市場が回復に向かう可能性は、きわめて低いと言えそうだ。

みずほ総合研究所 欧米調査部主任研究員 金野雄五[email protected]

 

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インドネシアの個人消費が減速している。実質個人消費の伸び率は、2014年1~3月期の前年比+5.7%をピークに、2015年1~3月期は前年比+4.7%まで低下した(図表)。このため、2億人を超える巨大市場の開拓を目指して進出した多数の日本企業が、思わぬ消費不振に頭を悩ませている。日本企業のシェアが大きい主要消費財の販売動向をみると、まず自動車販売台数は、2015年1~5月期に前年比▲16.6%の大幅減となった。同期の二輪車販売台数はさらに不振で、前年比▲24.7%だ。統計では把握できないが、ヒアリングによると日用品の売れ行きも落ち込み始めているという。東南アジアの地域統括拠点を設置する企業が多い当地でも、インドネシアの消費不振がいつまで続くのか、いつ高い伸びに戻るのか、という点に関心が集まっている。

実力以上に伸びていた消費

消費が減速している理由は、ここ数年の高過ぎた消費の伸びが剥げ落ち、実力に近づいているということである、というのが現地の見方だ。振り返ってみると、2011年序盤までのインドネシア経済は、資源価格高騰に乗って、石炭、天然ガス、パーム油といった資源の輸出と資源関連設備投資を成長の原動力としてきた。ところが、その後、資源価格が下落を始めると、インドネシア中央銀行は金融緩和を積極化した。その結果、成長のエンジンが、資源輸出や資源関連設備投資から、家計による自動車購入や消費に関連する設備投資に変化した。また、燃料補助金により人為的に価格を抑えられてきたガソリンの消費も、自動車の普及と共に急増した。こうした内需拡大に伴い輸入が増え、経常収支は悪化した。そして、米国の量的金融緩和終了観測から、2013

年に資金流出圧力が高まると、経常収支悪化を伴う家計主導の成長は行き詰った。同年に金融政策は引き締めに転換、政策金利は2014年11月までに2%ポイント引き上げられた。また、燃料補助金の段階的撤廃やルピア下落によるインフレの加速も、消費を下押しした。2014年7月の大統領選挙を前に、2013年4~6月期から2014年1~3月期にかけては、政党の選

挙関連費用の支出が個人消費を下支えしたため、消費減速は回避された。しかしその後、その下支え効果が縮小すると共に、消費減速が始まった。筆者が行った現地でのヒアリングによると、需要が盛り上がらない中、コストを削減するため、企業は残業代カットや新規雇用の抑制といった動きを本格化させている。こうした雇用・所得環境の悪化により、日用品の売れ行きまでが鈍り始めたというわけだ。

小手先の対策で消費の高い伸びを取り戻すのは困難

現在インドネシア政府は、住宅ローンやオートローンの頭金規制緩和、主要国に対する観光ビザの廃止など、景気対策を本格化させ始めている。このため、消費減速は終盤にさしかかりつつあると言っていいだろう。しかし、インドネシアの個人消費が高い伸びを取り戻すためには、経済の実力を引き上げることが必要だ。経常収支赤字拡大の問題を引き起こさずに消費の高い伸びを維持するために、まずは輸出産業の育成が不可欠だろう。

みずほ総合研究所 アジア調査部(シンガポール在留)主任研究員 稲垣博史[email protected]

インドネシアの消費減速を現地ではどうみているか

海外通信 from Singapore

●実質個人消費の伸び率(前年比、%)

(年/四半期)(資料)インドネシア中央統計局

▲1

7

2010 1311 12 14 15

1

2

0

3

4

6

5

対家計民間非営利団体家計個人消費

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種類株式

Q:種類株式とは何ですかA:種類株式とは、株主の権利内容について、会社の定款で特別な条件をつけた株式のことです。会社が株式を発行する際、最も一般的な普通株式は、株主平等の原則に則り、株主の権利内容などを限定しません。一方、種類株式は一定の事項について、普通株式よりも優先的な取り扱い、あるいは劣後した取り扱いを受ける株式になります。 一定の事項は、会社法で9つ定められています(図表)。株主の主な権利である、経営参加権や利益配当請求権、残余財産分配請求権に係る事項も含まれています。例えば、剰余金の配当や解散時の残余財産の分配を優先的に受ける優先株式や優先度が後になる劣後株式はいずれも種類株式の一種です。また、いわゆる黄金株と呼ばれ、敵対的買収の防衛策として会社が利用することも可能である拒否権付株式もあてはまります。

Q:種類株式活用のメリットは何ですか

A:日本で種類株式の発行が広く認められるようになったのは、2005年の会社法制定が契機です。背景には、ベンチャー企業のように発展途上で、経営の自由度を確

保したい会社に対し、実情に合った資金調達を可能にさせるという目的がありました。また、投資家にとっても、種類株式に設定された権利内容によって、投資リスクをコントロールしながら投資ができるというメリットがあります。 もっとも、これまで日本では諸外国と比べると種類株の活用は一般的ではありませんでした。しかし、近年はロボットベンチャーのサイバーダインによる日本初の種類株式を用いた新規上場やトヨタ自動車の事実上元本保証の種類株式導入など、積極的な種類株式活用の動きが注目を集めています。サイバーダインの場合は、経営者が10倍の議決権がある種類株式を持ち、買収されにくく長期的な視点に立った経営ができる体制にしました。トヨタ自動車は、5年間は売却できない一方、その後発行価格での買い戻しを会社に請求できる権利を持つ種類株式の発行を決定しましたが、これは中長期で株式を保有する個人投資家の呼び込みに資する仕組みと言えます。

Q:種類株式の活用に問題点はありますか

A:大きく2つの問題が指摘されて

います。第一には、特定の株主による支配が継続することで、株主による経営監視機能の低下を招く恐れがあります。フランスでは、長期株主優遇による企業価値向上を目指し、株式を2年以上保有する株主の議決権を2倍にすることが定められました。しかし、権限が増大する株主にフランス政府が含まれていることもあり、会社の合理的な経営判断の妨げとなる可能性も懸念されています。第二には、既存株主に対して不利益を与える恐れが挙げられます。先のトヨタ自動車が発行を予定する種類株式についても、元本が保証される新型の株式が、普通株式と同じ議決権を持つのは不公平であるといった批判が、既存の海外投資家を中心にありました。 近年、日本では企業統治改革として、会社と投資家との間の「建設的な対話」に向けた仕組み作りが政府主導で進められていますが、種類株の活用についても、こうした対話の中で議論が活発化していくことが期待されます。

みずほ総合研究所 市場調査部

エコノミスト 大塚理恵子[email protected]

●会社法で認められる種類株式の内容と種類事 項 種類株の種類 権利内容

剰余金の配当 優先株式・劣後株式 剰余金の配当について、他の株式より優先または劣後する株式残余財産の分配 同上 残余財産の配当について、他の株式より優先または劣後する株式株主総会において議決権を行使できる事項 議決権制限株式 株主総会の全部または一部について議決権を行使できない株式譲渡 譲渡制限株式 譲渡について、会社の承認を要する株式株主から会社への取得請求権 取得請求権付株式 株主が会社に取得を請求できる株式会社による強制取得 取得条項付株式 一定の事由が生じたことを条件に会社が取得することができる株式総会決議に基づく全部強制取得 全部取得条項付株式 株主総会の特別決議により会社が全部を取得することができる株式

定款に基づく種類株主総会の承認 拒否権付株式 一定の事項について株主総会の決議の他に種類株主総会の決議が必要とする旨の定めがある株式

種類株主総会での取締役・監査役の承認 選任権付株式 取締役または監査役の選任に関する事項について内容が異なる株式

(資料)経済産業省資料などより、みずほ総合研究所作成

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ISSN 1347-2488みずほリサーチ第 161 号 2015 年 8月1日発行発行:みずほ銀行・みずほ総合研究所編集:みずほ総合研究所 TEL:03-3591-1400 製作:株式会社 白橋