地方自治体を取り巻く潮目の変化と 新たに求められる3つの …...0 特集...
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特集
地方自治体を取り巻く潮目の変化と新たに求められる3つの技術
~自治体自身が価値ある「地域資源」であり続けるために~
株式会社野村総合研究所事業革新コンサルティング部 川越 慶太
○ はじめに
過去�0 ~ ��年の間に自治体の仕事は
随分と様変わりしたのではないだろうか。
市町村合併、PFI、指定管理者、民営化、
交付税改革、起債制度の見直し、公益法人
制度の改革、政府系金融機関の改革、公営
事業の民営化や独法化など、数十年に一度、
あるいは制度開設以来と言われるような大
変革が次々と起こっている。
業務の現場からは「対応が追いつかな
い」、「次にどのようなことが起こるのか見
当がつかない」といった悲鳴も聞こえてく
る。
ただ、自治体を取り巻く様々な動きを俯
瞰して観察すると、このようなことが同時
多発的に起こっているのは偶然ではないこ
とが分かる。地方自治体は大きな意味での
「潮目の変化」を迎えている。
○ 地方自治体を取り巻く環境変化
地方自治体を取り巻く「潮目の変化」を
理解するために、先ずはその背景にある経
済社会環境の変化について概観したい。な
お、経済社会環境の変化については既に
様々な議論がなされているので、本稿では
筆者が特に重要と考える2点について簡単
に記述する。
①市民ニーズの高度化・多様化・・・行政
業務の範囲設計、意思決定の仕組み、事業
実施の方法等を抜本的に見直す必要が生じ
ている
市民ニーズの高度化・多様化が指摘され
始めてからずいぶん時間が経っているが、
こうした動きに自治体が十分に対応してい
るとは言い難い。むしろ対応が後手に回る
ケースが後を絶たないようにすら見える。
なぜか?筆者は、市民ニーズの高度化・
多様化という環境の変化に対し、自治体自
体の変化が不十分であったからと考える。
逆に言えば、この環境変化は単なる施策や
事業の変更・工夫ではなく、行政業務の範
囲設計、意思決定の仕組み、事業実施の方
法など、行政の定義やあり方を根本から変
革することを求めている、と考えるのであ
る。
やや乱暴ではあるが、民間企業との比較
をしてみよう。顧客ニーズの高度化・多様
化に対応するため、ある種の企業では規格
品大量生産モデルから多品種少量生産モデ
ルへの転換を進め、そのために企業自身も
大きくその姿形を変えてきた。例えば、顧
客の意向を把握するマーケティング手法の
緻密化やIT等を活用した顧客接点の充実
(CRM)。生産・流通工程においてはセル
生産の導入や物流機能の再編、意思決定機
能の分権(ダウンサイジング)、専門性を
高め機動的に事業を行うための外部サービ
スの活用拡大・企業グループ再編(子会社
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の再編・専門分化/売却・買収等)。資産
の証券化や資金調達方法の多様化等様々な
財務・資本政策の実施、内部統制や企業ガ
バナンスの再設計、これらの動きに適切に
対応するための雇用・人事制度の変革等々。
つまり、民間企業では高度化・多様化す
る顧客ニーズに応えるために、作るべき商
品やサービスの設計方法から、生産・流通
の構造、その担い手、財務、ガバナンス、
人事制度まで、あらゆる企業の仕組みを革
新してきたのである。
こうした企業に比べると、自治体の「変
化」はまだまだ小幅・外形的かつ歩みの遅
いものに留まってきたと言わざるを得ない
だろう。
②厳しい財政状態の継続・・・一般会計上
の節約とは異なるB/S*1 の構造的な
建直しを連結財務の観点から行う必要が
生じている
景気の回復により、税収減に歯止めがか
かった自治体も出てきているが、国・地方
を問わず公共セクターの財政は極めて厳し
い状態が続いている。総務省によれば、平
成�6年度の地方財政の借入金残高は�00
兆円を突破し、借入総額は増え続けてい
る。また、その地方財政を支えている国に
おいても、国債残高は�00兆円を突破し、
縮減されたとはいえ本年度も�00兆円近
い借換債が発行されている。国も、地方が
借りているお金のほぼ半分に相当する額を
毎年借り換えなくてはならないほど切羽詰
まっているのである。
もちろんこの間に自治体では事業費や経
費の節減、人件費の削減など身を切る努力
を続けてきた。しかし財政状態は大きくは
改善していない。その要因として財務の規
律が働きやすい企業や家計とは異なり、自
治体の支出は政策的な必要性によって押し
上げられ易いという特殊性や、議会・市民
の危機感の希薄さを指摘することもでき
る。しかし同時に、巨額の借入金というB
/S上の問題に対して人件費や経費の縮減
といったP/L*� 上の対応が前面に打ち
出される一方、投資の削減はB/S上の問
題を解決するには小幅過ぎた、という構造
的な問題が放置されてきたことも事実であ
る。
こうした状況を生み出した遠因として、
従来の財政分析が一般会計単独の収支に主
眼をおいていた点や、借入金の管理の視点
が公債費比率のように年度単位の資金の出
入把握が中心で、借入総額と財政規模を直
接比較する視点が弱かった点なども指摘で
きる。しかし、最近になって、前者の問題
は実質公債費比率の導入で一定の改善がな
され、後者の問題についても起債自由化や
公有資産の売却・流動化、破綻法制など様々
な議論が始まっている。
こうした方向で議論が進めば、今後自治
体の財務については一般会計単体ではなく
公営企業会計等を含めた連結の議論が中心
となろうし、借入の規模は財政規模とのバ
ランスで評価・管理されることとなろう。
そして、そのような視点が主流となれば、
自治体の財政問題を解決するためには、一
般会計上の支出縮減のみならず、思い切っ
た連結B/S上での財務施策が打たれる
ことが不可避との議論も増えることになろ
う。
○地方自治体を取り巻く3つの潮流
前述の環境変化の中で地方自治体は大き
な「潮目の変化」を迎えているが、その方
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向性は次の3点に整理できる。
①判断(政策企画)と執行(実務)の分離
より多様化・高度化するニーズに効率的
に対応するためには、きめ細かく迅速で柔
軟な事業実施が欠かせない。また、厳しい
財政状況の中で高いコストパフォーマンス
を発揮することも必須要件である。今、こ
うした要請に対応するため、公共セクター
では「判断と執行を分離する動き」が加速
している。従来は政策と執行の分離を行っ
ても執行機関は公社や公益法人、または公
営企業会計のように会計と担当組織を「区
分」した自治体がこれを担うことが多かっ
た。しかし、近年では実務提供は純粋な民
間企業等が競争の中で行う形に変化してき
ている。
必要な部分には公的に資金負担のサポー
トを行う一方、実務は民間企業等が担うこ
とでコストパフォーマンスやサービスの
質・きめ細かさ・柔軟さを競う、という方
法論を大胆に導入したケースとしては介護
保険制度の創設が記憶に新しい。ただし、
学校教育へのバウチャー導入や統計業務、
窓口業務等の外部委託解禁の議論も同じ文
脈で捉えることができ、そういう意味で判
断と執行の分離の流れは継続・拡大してい
ると言えよう。
②公共概念と非営利概念の峻別
①とほぼ「対」になって車の両輪のごと
く拡大しているのが「公共概念と非営利概
念の峻別」である。
これまで、我が国では「公共の仕事は非
営利で行われるべき」との考え方が根強く
あったが、各種法制度の変更もあり、両者
はようやく峻別されるようになってきた。
近年増加しているバスやガス事業の売却・
民営化や、PFI・指定管理者導入の動き
はその典型例と言えよう。
こうした動きが加速してきた背景には、
公営企業の財政問題やインフラ投資一巡と
いったタイミングの問題も指摘できるが、
公的組織と民間企業との間にある組織の柔
軟性やイノベーションのスピードの差も大
きな要因としてあげられる。多様化する市
民ニーズに柔軟・迅速かつコストパフォー
マンス高く対応する力、それらをさらに自
律的に向上させていくスピードや力量にお
いて公的組織は民間企業等に大きく水をあ
けられてしまっているし、その差は広がっ
ているように見える。こうした状況が、公
的なサービスを営利企業に任せても構わな
いとする世論を後押しし、公共概念と非営
利概念の峻別を加速させている。
③判断単位の現場化
組織の意思決定ルールの側面では、高度
化・多様化する市民ニーズに柔軟・迅速に
応えようとする動きは、企業が規格品大量
生産モデルから多品種少量モデルへ移行し
た時と同じような「現場分権」の動きを誘
発する。戦後の食料や住宅ニーズのように、
全国で同じものが求められていた時には、
国が政策を立案、各種の政策金融を動員し、
自治体や特殊法人・公益法人がその実行を
担う、という形が効率的であった。しかし、
これからは地域それぞれの実状に応じて政
策・事業の内容は様々なバリエーションを
持たなくてはならない。その際には、むし
ろ政策立案者が現場の実状や変化を理解し
て政策に反映させるPDCAサイクルの回
転速度やその柔軟性が重要となる。そして、
その実現のためには意思決定の単位を小さ
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く現場に分権していくことが有力な手段と
なる。
したがって、これからも国から地方へ
の分権や税財源の委譲は一層進むであろ
うし、地方自治体の内部においても組織内
分権や組織のフラット化が進むと考えられ
る。ここで言う分権やフラット化とは、単
に係長を廃止してグループリーダーを置く
などの「形だけ」のものではなく、任用や
予算に関する権限配分、決裁ルート・決裁
権者・決裁範囲等の再構築を伴う抜本的な
ものである。例えば、自治体によっては地
域ごとのコミュニティ施策担当・組織を強
化するとともに、地域ごとに「款」を起こ
して一定の議案提案を任せるなど施策立案
の方法の抜本的な構造改革を検討している
ところもある。このような仕事の進め方や
考え方を市民との接点を持つ「現場」中心
に切り替え、仕事の流れを作り替えること
こそが判断単位の現場化の典型事例であ
る。
以上3つの動きは、厳しい財政制約の中
で多様化・高度化する市民ニーズに応えて
いく自治体の立場を考えると、必然的な流
れとして今後も継続するものと考えられ
る。
○ これからの地方自治体に求められる3つの技術・・・自治体自身が価値ある「地域資源」であり続けるために
ここまで、地方自治体を取り巻く環境変
化とその中で起こり始めている「潮目の変
化」について概観をしてきた。こうした流
れの中で、従来自治体が担ってきた業務の
領域が減るのは確実である。しかし、見方
によっては、今後自治体に期待されている
役割は、むしろより新しく難しい部分が中
心になりつつあるとも言える。こうした変
化の中で自治体自身が引き続き価値のある
「地域資源」であり続けるためには、より
新しく難しい課題を解決することで地域に
おける独自の存在価値を発揮し続けなくて
はならない。
こうした視点から、これからの地方自治
体に求められる技術として筆者が特に重要
と考えるものを3点指摘したい。
①業務(再)設計の技術(BPR技術)
本稿で繰り返し述べた通り、市民ニーズ
の多様化や財務状態の改善を大胆に進める
ためには、自治体業務の範囲設計や進め方、
組織、制度を大きく変えていく必要がある。
また、政策の企画と執行の分離が進む中で
は「官」のみならず、実際の執行を担う民
間企業等をも含めた社会サービス提供の全
体構造の設計が重要になる。これを「業務
の(再)設計の技術(BPR技術)」と呼
びたい。なお、BPRとはビジネス・プロ
セス・リエンジニアリングの略で、企業の
組織・意思決定プロセス・管理の仕組みを
業務プロセス最適化の視点で再構築するも
のである。90年代に企業経営の改革手法
としてもてはやされたものだが、ここ数年、
新しいビジネスに対応するための「攻めの
BPR」とも言うべき取り組みが先進企業
を中心に展開されてきている。これと同様
の動きは自治体にも見られ始めている。
BPRを進めるためには、現在の業務の
分析手法、組織横断で改革を断行する意思
決定の体制など多くの技術・ノウハウを必
要とする。残念ながら大半の自治体でこれ
らの技術・ノウハウは外部のコンサルタン
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ト等を用いることで賄われている。しかし、
自治体が業務を自律的にバージョンアップ
させ続けるためには、業務のプロセスを再
設計する力は常時必要である。今後の自治
体経営のための基本技術として「BPR技
術」の基礎的な部分は組織に定着させてお
きたいものである。
②プロジェクトマネジメントの技術(PM
技術)
プロジェクトマネジメントは、大規模プ
ラントや事業実施の際に用いられる概念だ
が、ここでは、民間企業等のパートナーに
期待通りの仕事をさせるための契約法務や
管理のノウハウを指す。具体的には、業務
の発注方法(範囲・期間・官民の役割・リ
スクの分担、受注事業者選定方法等)、契
約の技術(契約書・仕様書・SLA*� など
の記述方法等)、モニタリング技術(業務
の成果の補足、問題やリスクの早期把握の
仕組み、不正不適切な行為の察知・是正方
法、そのための報告や監査のルール等)な
どがこれにあたる。
これまで自治体でのPM技術は、道路・
港湾等のハードインフラ建設の場面で導
入・発展されてきたが、近年ではPFI
や指定管理者制度の導入により、業務委託
の場面でもその重要性が認知され始めてい
る。
しかし一方、未だに多くの自治体で「判
断と執行概念の分離」や「公共と非営利概
念の峻別」等の流れの中で自治体の役割が
変化している、という状況を意識せずに単
なる「コスト縮減のための業務委託」が拡
大されている。十分なプロジェクトマネジ
メント対策がとられないまま野放図に拡大
された委託業務では、業務のブラックボッ
クス化や自治体による業務の適切性・価格
の妥当性等に関する判断能力の低下が起こ
り、将来適切な委託業務マネジメントが困
難になる懸念がある。
こうした問題を未然に防ぐ意味で、プロ
ジェクトマネジメント技術の向上は極めて
重要かつ充実余地の大きい喫緊の課題であ
る。
③P/LとB/Sをバランスさせる財務の
技術(財務の技術)
厳しい財政状態が続く中、起債の協議制
移行や税財源の移転、破綻法制議論の高ま
りなど、これからの自治体は迅速・柔軟な
事業の展開とともに、財政状態の維持・改
善についてもこれまで以上に明確に結果責
任を負うことが求められる。
前述した通り、自治体財務のコントロー
ルは一般会計中心の単体主義から企業会計
や特別会計等を含めた連結管理へ、年度ご
との財政規模と償還額のバランス重視の発
想から、財政規模と負債総額のバランス重
視へと変化していくべきであり、そのよう
な問題意識は徐々に市民権を得てきている
ように見える。
今後は、年度の収支(P/L)と、資産
や負債等(B/S)のバランスをいかに改
善するかが重要になり、支出の改善策のみ
ならず資産や負債の持ち方・処理の仕方に
様々な方法論が活用されることとなろう。
実際に、自治体の財政担当者のところには、
国内外の金融機関から様々な形での資金調
達や負債の加速処理の提案が持ち込まれて
いるし、財政制度的にも徐々に風穴があき
つつある。
こうした中で、今後は自治体においても
資産等の流動化や新たな資金調達手法の導
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入など財務の技術は極めて重要な手段にな
ると考えられる。実際、既に一部の自治体
では様々な試行やノウハウの蓄積に着手し
始めている。
○ 結び
議論が多方面に及んだが、ここに示した
BPRの技術、プロジェクトマネジメント
の技術、財務の技術は、今後自治体が地域
の活力を高めるための各種の施策を立案し
実行する上で必要不可欠なものと考える。
これらの技術を十二分に修得し、前向きに
活用出来るようになることで、自治体自身
が地域経営の「知的資源」として引き続
き重要な役割を担って行くことを期待した
い。
*�B/S(Balance sheet=貸借対照表):ある時点に於ける事業体の財務状態を表したもの。企業会計であれば資産・負債・資本の状態が示され、地方公共団体では資産・負債・純資産の状態が示される。
*�P/L(Profit and Loss Statement=損益計算書):ある一定期間(通常は1年間)の事業体の収入・支出の状況を表したもの。*�SLA(Service Level Agreement=サービス品質保証制度):受注者がサービスの品質を保証する制度。具体的なサービ
ス品質の保証項目や、達成水準、それらを実現できなかった場合のペナルティ等について受注者と発注者で合意し、それを契約に含める。
寄 稿 者川越 慶太(かわごえ けいた) [email protected]
株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント
専門は公組織経営、公法人改革、PPP設計 など