がん化学療法に附随する 消化器症状への対応...94 95 はじめに...

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Page 1: がん化学療法に附随する 消化器症状への対応...94 95 はじめに がん化学療法における悪心・嘔吐以外の消化器症状と して,消化管粘膜障害による下痢や口内炎は代表的な症
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がん化学療法に附随する消化器症状への対応

下痢,便秘および重篤な消化管症状への対応

後藤 歩,小栗 千里,光永 幸代,市川 靖史

小林 規俊,前田 愼,遠藤 格

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早発性下痢発現 遅発性下痢発現

脱水症状・電解質異常

発熱・腹痛等の感染徴候

補液管理 抗生剤投与(広域スペクトラム)または必要に応じてG-CSF 製剤

アトロピン硫酸塩予防投与0.25 ~ 1.0mg投与前に点滴静注

早発性下痢発症の可能性

遅発性下痢発症の可能性 (表 1参照)

イリノテカン使用患者

〈予防投与〉センノシド 眠前 12mg/ 日を 2日間または半夏瀉心湯 7.5g/ 日を 3日間 

対策

注意点

予防

発現

対策

注意点

予防

発現

フローチャート1:下痢の対応

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・セルフケア教育・十分な水分摂取・適度な運度・緩下剤

〈薬剤介入〉 ・緩下剤  マグミットⓇ  ・大腸刺激性下剤  プルゼニドⓇ  ラキソベロンⓇ

・原因薬剤休止・変更・十分な水分摂取

・新レシカルボン坐剤Ⓡ ※肛門部や直腸粘膜の傷害に注意

・グリセリン浣腸(慎重投与)

注意!消化管狭窄病変による便秘治療での刺激が腸管穿孔の原因 となるため,予防が重要。

便秘の原因(表2参照)

便秘発現

重篤な便秘発現

発現予防 対策

注意!・便秘は予防が重要!・便秘による腹部の膨満感や停滞感や悪心の増強より,QOL低下や経口摂取不良を引き起こす ・重篤な便秘を放置すると,麻痺性イレウスや腸穿孔の原因となる

フローチャート2:便秘

・口腔内の衛生管理指導・イソジンガーグルⓇ・刺激物を避けた食事・クライオセラピー:  フッ化ピリミジン系

・原因薬剤休止・疼痛コントロール・口腔内の保清

・原因薬剤投与中止・変更・粘膜破綻部からの感染症に注意

口内炎発現

重篤化

口内炎の原因(表3参照)

予防 発現 対策

・保湿・栄養介入(食形態・栄養経路)

対症療法主体

フローチャート3:口内炎

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確定 確定

腹痛・急性腹症

消化管穿孔 腸管閉塞

身体所見(腹痛,腹部膨満,嘔吐など)

腹部X線,CT

早急な外科的穿孔部位の切除と腹腔内の洗浄※一時的な人工肛門増設の検討

治療:イレウス管挿入(腸管の減圧)・イレウス管

消化管悪性腫瘍腹膜播種 抗がん剤の自律神経障害による蠕動低下抗がん剤投与後の高度下痢に伴うイレウス

・イリノテカン・ベバシズマブ・イマチニブ・消化管悪性リンパ腫 

治療

画像診断

患者背景

疑い

治療

画像診断

予防

疑い

注意!:化学療法中の消化管穿孔では不良な全身状態に加えて,骨髄抑制による白血球減少を合併している場合が多く,経過が重篤で致死的な状態へ進行することも予想される。

フローチャート4:消化管穿孔,腸閉塞の診断の流れ

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はじめに

がん化学療法における悪心・嘔吐以外の消化器症状として,消化管粘膜障害による下痢や口内炎は代表的な症状である。また,近年の分子標的治療薬の併用により,消化管穿孔などの重篤な消化器症状も認められるようになっている。

本章では粘膜障害およびそれ以外の重篤な消化器症状について述べる。

下痢1)フローチャート1

下痢は,その発生機序から,主に①抗がん剤投与直後から発現する早発性下痢と,②抗がん剤投与後24時間以上経過してから発現する遅発性下痢に分類される。

特に,抗がん剤による遅発性下痢は,多量の水様便が突発して始まり,そのままの性状の便を頻回に繰り返すこ と が 多 い。24時 間 以 内 に4回 以 上(NCI─CTCAE grade2以上)発現する場合は,抗がん剤の有害反応である可能性が高いために注意が必要である。さらに,人工肛門増設患者は軟便が常態であることから,下痢の発見が遅れることもしばしばみられる。そこで,便性状を常に注意させて,排便量が増加して水様性へ変化した場合は注意するように指導する。

24時間以内に7回以上の水様便(grade3以上)を認

めるときは(人工肛門増設患者は多量の水様便),ほとんどのケースで脱水や腸管粘膜の傷害を合併しているため,速やかな対処が必要である。

1 早発性下痢への対応◆早発性下痢の特徴

①一過性:多くは投与当日~翌日までに消失②抗がん剤によるcholinergicsyndrome(コリン様症

状)により消化管の副交感神経が刺激されて腸管蠕動が亢進するため

③発現強度は重篤ではないが,患者にとっては不快④抗がん剤の他のコリン様症状も附随する場合あり(患者の不快はさらに増す)

⑤コリン様症状を発現する代表的な抗がん剤:イリノテカン

◆早発性下痢の予防アトロピン硫酸塩を0.25~1.0mgをイリノテカン投与

前に,予防投与として15~30分で点滴静注する。イリノテカン投与中にコリン様症状が発現した場合は,症状に応じてイリノテカンの投与中もしくは投与後に同様の用法・用量で追加する。

2 遅発性下痢への対応◆遅発性下痢の特徴

①抗がん剤投与後,数日~14日ほど経ってから発現

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する場合もあるので,絶対にさける。経口抗がん剤・点滴製剤などの剤型にかかわらず,以下のような治療を行う。

(1)ファーストライン(止痢剤)①Grade2以上の水様性の遅発性下痢が発現した場

合:速やかに高用量ロペラミド療法を行う。 ロペラミド4mgを経口投与し,その後は2mgずつを2時間毎に(夜間は4mgを4時間毎に)投与して,初回の内服開始から12時間後まで投与を継続させる。

②Grade1の下痢の場合:ロペラミド1mgを速やかに内服させて経過観察する。 その後は1回1mgのロペラミドを1日2回内服させて,下痢の消失を確認した12時間後まで内服させる。

ロペラミド内服開始から2日間たっても下痢が消失しない場合は,アヘンチンキなどに切り替える必要がある。注1:アヘンチンキ内服1回0.5mLを1日3~4回経口投与。注2: 一般的な下痢で行う,乳酸菌製剤の投与は抗がん剤による

下痢に対して単独では有効性に乏しいことに注意。

(2)輸液腎機能や心機能および体液貯留の状況に応じて,必要

十分な輸液と電解質補正を行う。(3)発熱・腹痛などの感染徴候

広域スペクトラムの抗菌薬を点滴静注により追加投与

することが多い②原因:抗がん剤やその代謝物が腸粘膜上皮の絨毛を

萎縮,脱落することによる。表1に下痢を起こしやすい抗がん剤を示す。

③発現頻度・期間:頻回で数日以上に及ぶ④要注意点:重篤な感染症を合併し,致死的な症状と

なりうる。◆治療

フッ化ピリミジン製剤やスニチニブ,ソラフェニブなどの経口抗がん剤を内服中に下痢が発現した場合は,まず原因と疑われる抗がん剤の内服を中止する。その後に,症状消失した場合は,主治医の診察のうえで内服再開を判断することが重要である。患者の自己判断で内服を再開させることは,症状の再燃から重篤な症状へ進行

 表1  遅発性下痢を起こしやすい薬剤

フルオロウラシル,他フッ化ピリミジン製剤

イリノテカン塩酸塩水和物 シタラビン

ドセタキセル エルロチニブ

シスプラチン ゲフィチニブ

メトトレキサート ソラフェニブ

ドキソルビシン スニチニブ

エトポシド イマチニブ

マイトマイシンC セツキシマブ

アクチノマイシンD パニツムマブ

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して,感染症の重篤化を防ぐ。骨髄抑制が合併している場合は,保険承認用法・用量どおりにG─CSF投与を追加する。◆イリノテカンによる遅発性下痢への予防

遅発性下痢の原因となる腸管内の活性代謝物を停滞させないことが予防となる。そこで,投与日および翌日の眠前にセンノシドを投与することが望ましい。この他,半夏瀉心湯の投与も下痢の予防に有用であることが報告されている。

また飲水にアルカリ飲料水を摂取(pH7以上の飲用水を1000~1500mL/日)することで,下痢をある程度抑えることが報告されている。

投与薬剤 用法・用量センノシド

(プルゼニドⓇ)12mg/1回眠前(CPT─11投与日と翌日)

半夏瀉心湯 7.5g/日分3を3日分(CPT─11投与3日前から)

アルカリ飲料水 1000~1500mL/日を5日間程度(CPT─11投与日から)

※ CPT─11=イリノテカン

便秘1)フローチャート2

がん化学療法の経過中に便秘が発現する頻度は比較的高い。患者は症状発現により腹部の膨満感や停滞感や悪

心の増強を訴えて,QOL低下や経口摂取不良を引き起こす。また,重篤な便秘の持続を放置すると麻痺性イレ

遅発性下痢の原因は抗がん剤自体やその代謝物が腸粘膜上皮の絨毛を萎縮,脱落させることによる。投与後数日から14日ほど経ってから発現する場合が多い。頻回で持続期間も数日以上となることから,腸内細菌叢の変化や粘膜の防御機構の低下を引き起こすため,骨髄抑制の時期と重なった場合は重篤な感染症を合併して致死的な症状となることもあるので注意が必要である。

遅発性下痢の原因と症状Column 15

イリノテカンによる早発性下痢は,そのカルバミル基がアセチルコリンエステラーゼを阻害し,過剰となったアセチルコリンがムスカリン受容体に結合することでコリン様症状が引き起こされることによる。一方,遅発性下痢は,イリノテカンの活性体であるSN─38が肝臓においてグルクロン酸抱合をうけ,SN─38Gへ変化して胆汁に排泄され,そのSN─38Gが消化管でβグルクロニダーゼによりSN─38へ変化して再吸収される際に腸管粘膜を障害して引き起こされる。そこで,不要となった腸管内の代謝物を速やかに便から排泄させるために,投与翌日に排便を促すことが下痢の予防として最も重要となる。本剤は下痢を起こす代表的な抗がん剤であるが,重篤な下痢の

後に難治性の麻痺性イレウスを引き起こす場合があるので,下痢の管理をまず十分に行う必要がある。

イリノテカンによる下痢Column 16