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Residential Tales 2 3 仕事が一段落した薄暮 の頃、打 合せ室にスタッ フが集まって、軽く夕食を とりながら歓談。ガラス戸 を全開にすると、風が涼 を運んでくれる。 武蔵野色濃 かでやかな住宅街がる 浜田山このから らす 建築家 二宮晴夫 さんが昨年アトリエ兼自邸完成 させましたそこにはまいの 良好関係提案らしを向上 させるための創意工夫機能的でコンパクトな空間デザインなど プロならではのアイデアが 随所されていますResidential Tales TOKYO, HAMADAYAMA 浜田山 杉並区 東京都

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Residential Tales

23

仕事が一段落した薄暮の頃、打合せ室にスタッフが集まって、軽く夕食をとりながら歓談。ガラス戸を全開にすると、風が涼を運んでくれる。

武蔵野の緑が色濃く残り、静かで穏やかな住宅街が広がる浜田山。この地で幼い頃から暮らす建築家・二宮晴夫さんが、昨年、アトリエ兼自邸を完成させました。そこには、街と住まいの良好な関係を育む提案や、暮らしを向上させるための創意工夫、機能的でコンパクトな空間デザインなど、プロならではのアイデアが

随所に施されています。

Residential Tales TOKYO, HAMADAYAMA

オープン

スタイルで

光と風と人を招く

浜田山

杉並区東京都

Residential Tales

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井戸のある中庭を挟んで両側に建っているのが、アトリエ兼お住まい。奥に見える母屋も、中央のガラス戸を開けると、奥庭まで風が抜ける。

アトリエ内部。照明は天井に付けず、間接照明を採用。

建築家・二宮晴夫さん。設計事務所アトリエハルを主宰している。

かつて診療所で使っていた窓をアトリエで再利用。

杉並区浜田山は、都内でも高い人気を誇る街

のひとつ。駅周辺には店やスーパーなどが多数あっ

て活気にあふれていますが、ほんの数分も歩けば

閑静な住宅街へと街の表情は変化します。そん

な落ち着いた街並みの中に、一瞬、オープンカフェか

と勘違いしてしまいそうな建物が現れました。こ

の開放的な空間を擁する建物が、建築家・二宮晴

夫さんのアトリエ兼お住まいです。

二宮さんは幼少の頃からこの場所で育ち、住宅

メーカーで開発・設計の仕事に携わっていた時期

を除けば、設計事務所を構える現在に至るまで、

ほとんどの時期を浜田山で過ごされています。

「私が小さい頃は、駅から少し歩いただけで畑

が広がっているような、静かでのどかな場所でし

た。今は畑こそ減ってしまいましたが、善福寺川や

神田川が近くに流れていて公園が広がっていた

り、住宅街にも緑が感じられたり、親しみやすい

商店が多かったりと、暮らしやすい街に変わりあ

りませんね」と二宮さん。

かつて二宮さんのご両親は診療所を開業されて

いて、ここには診療所とお住まいを兼ねた建物が

建っていました。お仕事を引退されたご両親のた

めに、「より快適な家に住んでもらいたい」という

想いからお住まいを設計したのが約11年前。その

母屋を敷地奥に建てたことで、空き家となった診

療所を奥様と暮らすお住まいとして使い、その一

部をアトリエとして使われていたそうです。

「母屋を南側に建てたときから、将来は手前の

建物も建て直そうと考えていました。その頃か

ら、おぼろげに構想が頭の中にありましたが、具

体的に設計に着手したのは約6年前。それから

も他の仕事で中断しながら進めていたので、結局

5年かかって完成しました」

11年前に建てた母屋も、1年前に設計した家

も、共通して意識したのが、光と風です。

「ここは奥行の深い敷地だったこともあって、ど

の部屋にも光と風を入れるために中庭を採用し

ました。エネルギー効率の面からいえば、中央に建

物を寄せたほうがいいのですが、小さいながらも

中庭をつくり、中庭に面して大きな開口部を設

けることで、明るさと通風が確保できました」

スタッフの方々も、「窓を開けていると気持ちが

いい」と声を揃えます。風に揺れる葉音が聞こえ

たり、季節の変化を肌で感じられたり、愛猫が自

由に出入りしたりと、心地よい時間の流れる日

常を楽しんでいらっしゃるご様子です。

この家を設計するにあたって二宮さんが重視し

たこと。それは、街との関係性です。

「現在は法規上で用途地域が定められていて、

その土地に建てられる建物の用途が決まっていま

す。生活環境などを考慮しているからなのです

が、私個人の意見としては、もう少し様々な用途

が混じってもいいのではないかと思うのです。最近

はITの普及などにより、働く場所と住む場所

が同じというSOHOも増えてきていますしね」

そしてもうひとつ、戦後の日本の住宅はブロック

塀などで囲うことが多く、街に対して閉鎖的な

印象を与えやすい、と二宮さんはおっしゃいます。

「敷地を塀で囲って守るという建物のあり方

は、武家屋敷に端を発しているものなのでしょう。

これも暮らしやすさを形にしたひとつの方法では

愛着ある場所に

仕事場と住まいを創造

街に対して住まいを開き

暮らしても歩いても楽しい街に

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等のサイズを測り、冊数を数えて、すべてがうま

く納まるように設計したとおっしゃいます。

さらに驚く試みが、冷暖房。なんとアトリエには

エアコンがありません。

「冬は温水温風式の床暖房、夏は敷地内の井

戸水を利用した輻射冷房を使っています。冬は

裸足で過ごすと気持ちいいほど温かいのですが、

真夏の暑い時期は少々辛かったので、今年は改良

しようと考えています」と楽しそうに話します。

他にも、芝生やハーブを植えて屋上を緑化した

り、打合せ室の床に芝生を植えたり、漆喰の色や

質感にこだわったりと、試行錯誤を重ねてより良

い手法やデザインを追求されています。

「今度はこんなことをしたいとか、こうすれば

もっと良くなる、といったことをスタッフと話し合

うのも楽しいですね」

朝早い時間には、スタッフの方が植栽の手入れ

ありますが、他のアプローチもあるのではないかと

感じていたのです。そこで、自分の家では、『住まい

が街に対してどれだけ開けるか』ということを実

際に試みました」

完全なお住まいではなく、アトリエというパブ

リックなスペースを兼ねていたことや、自邸であっ

たことから、「できるだけ大胆に開いてみた」とおっ

しゃいます。

そうして設計されたのが、このお住まい。奥行の

深い敷地形状を生かし、道路際の前庭から中庭、

奥に建つ母屋を経て最奥部の奥庭までを緑でゆ

るやかにつなげて、懐深い陰影のある表情を創出

しています。

「内と外との区別を減らすことで、住む人と

街行く人がさりげなく顔を合わせたりすれば、

もっと驚きや出会いが生まれて、さらに暮らしが

豊かになるのではないでしょうか」

そんな建築家としての社会に対する提案も、こ

の建物は示してくれています。

建築家が手がけた自邸ということで、「街に対

して開く」というコンセプト以外にも、ユニークかつ

実験的な試みが随所に見られます。ひとつは、壁

面収納棚です。

「ほぼすべての部屋の壁面に設けているもので

すが、実は、縦方向の板は構造躯体の一部。これに

横板を造り付けることによって、棚として活用し

ました。このように、あらかじめインテリアまで

トータルに考えて設計すると、機能的でまとまり

のある空間になります」と二宮さん。

特にアトリエは、所有するすべての本やカタログ

アイデアを形にするべく

自らの家で研究・実験も

土間仕様の台所には、アイランド型のキッチンを設置。広くて機能性が高いので、スタッフも家族もゲストも気軽に使える。

壁面収納には、採光・通風のための窓が設けられている。

階段下のスペースは、一部に引き出しを備え付けて、収納として活用。

板の間の食堂。日当たりがよく、床暖房も入っている。

床に芝生を植えた打合せ室。右の壁面には猫階段がある。

土壁は、本田匠さんの手によるもの。

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二宮さんと奥様が暮らすプライベートスペース

は、アトリエ真上の独立した空間。1階台所脇の

階段を上り、中庭と打合せ室を見下ろす渡り廊

下を進んだ先に位置しています。この半屋外の渡

り廊下が、空間的にも心理的にもワンクッションと

なって、オンからオフへ、オフからオンへとスムーズに

チェンジしてくれるようです。

室内は、玄関を入った中央部分に水まわりやク

ローゼットなどが集約されていて、その両側に2つ

の居室が位置するムダのない構成。行き止まりの

ない回遊式の動線で、床に段差がなく、トビラも

最小限に抑えられていて、とても機能的です。

「妻も私も小ぢんまりしているほうが好きで、

究極を言ってしまえば生活スペースはワンルームで

いいと思っているくらいなのです。この空間も、水

まわりのコア部分は壁を天井まで立ち上げない

で箱のようにデザインし、全体は大きな1つの空

間として捉えられるように設計しました」

確かに天井面を見ると、途切れることのない1

つの面を成していて、反対側の居室に居ても相手

の気配が感じられそうな不思議な空間になって

います。

現在は、中庭に面した南側の居室をリビングと

して使い、北側の居室を寝室として使われている

そうですが、光の具合がちょうどいいほうで読書

をしたり、季節によって寝る部屋を変えたりもす

るのだそう。2つの居室に確かな性格づけはせ

ず、フレキシブルに使いこなすという柔軟な発想は、

「用途や機能を混在させることで活性化させ、豊

かさを創出したい」という二宮さんの設計思想に

通じているようです。

をしている姿も目撃。飽くなき探究心と日頃の

メンテナンスが、心地よい空間を生む秘訣なのか

もしれません。

平日の大部分の時間をスタッフの方々と一緒に

働くための場所、そして別の設計事務所で仕事

をされている奥様とオフの時間を過ごす場所。こ

の建物は、その2つの機能を備えていますが、意

外にも、使う人を特定しない空間が多く設けら

れています。

「1階のアトリエと2階のプライベートスペース

はそれぞれ専用の空間ですが、それ以外は職と

住の機能が交じり合う場所として、スタッフも家

族も使える空間にしています」

それが、道路に面した開放的な空間の打合せ

室、土間仕様の台所、板の間に卓袱台を置いた食

堂、2階のライブラリ。台所の食器や調理器具

は、壁の棚に収納されていて、一目でどこに何があ

るかがわかるため、誰にとっても使いやすくなって

います。

「機能が複合化することで、空間を効率よく

活用できますし、たとえ使う時間が重ならなく

ても、空間を通して温かい交流が生まれると思い

ます」

仕事の関係者やお知り合いの方などを招いて

パーティを催すことも多く、台所では数人が同時

に作業したり、井戸のまわりに人が集まったり、

デッキに座って話に夢中になったりと、ゲストもス

タッフも自由に楽しんでいるのだそう。どうやらこ

の家のあらゆる場所が、人との輪を育む装置の

役割を果たしているようです。

2階のライブラリ。壁は漆喰塗り、カウンターは漆喰の磨き仕上げに。奥の小上りは仮眠スペースにもなる。

屋上緑化で、屋根の一部をハーブガーデンに。

[設計]◉建築―アトリエハル(http://www.ha-ru.co.jp/) ◉構造―なわけんジム ◉照明―スパンコール ◉外構―アトリエハル+オフサイドプランニング[施工]◉建築―藤孝建設 ◉土壁―本田匠 ◉外構―川上秀+ワークショップ

◉敷地面積―455.95㎡/137.92坪◉建築面積―134.95㎡/40.82坪◉延床面積―176.33㎡/53.34坪

壁が天井まで立ち上がっていないコア部分は、箱のようにも見える。

玄関を入ると、コンパクトなキッチンがある。

コンパクトながら機能的な空間水まわりや収納などの生活必需機能を中央にまとめたプライベートスペース。回遊式の動線になっているので、効率よく移動できます。居室入口の引戸は、左右どちらの通路を閉じることも可能。

北側の居室は、現在、寝室として使用。 プライベートスペースとライブラリを結ぶ渡り廊下。中庭に面した南側の居室。

空間の機能を複合化させると

自然に人が交流する

シンプルで使いやすい

プライベートスペース

建物外観。手前の道路際まで芝生を植えている。

1F

2Fプライベートスペース拡大図

N

台所

食堂

デッキ

打合せ室

前面道路

アトリエ

玄関

玄関

ライブラリ

プライベートスペース

居室本棚

本棚

収納収納

収納

収納

ランドリー

引戸

引戸

オープンクローゼット

居室

玄関

入口トイレ

渡り廊下

母屋

井戸中庭

奥庭

前庭

浴室

吹抜

吹抜

洗面所

キッチン

屋上緑化

屋上緑化

喧噪から離れて、人の顔が見える街・浜田山へ。豊かな緑とおだやかな空気、ゆったり流れる時間がここにある。Town Area HAMADAYAMA

◉緑あふれる二宮邸。道を挟んだお向かいの

家々も植栽豊かで、ところどころに背の高い

赤松がそびえ立ち、自然に恵まれた浜田山ら

しい景観を見せています。

◉浜田山や高井戸一帯の鎮守として親しまれ

ている下高井戸八幡神社も、緑まぶしい神田

川沿いの遊歩道のすぐ近くにあります。禰ね ぎ

の齋藤明比古さんの子供の頃の浜田山は、ま

だ住宅など数えるほどで、周囲は農家と畑ば

かりだったそうです。「昔からの住人と、新しく

移り住んできた人たちとの気持ちを結ぶのも

神社の役目。新住人の方にもぜひお祭りの御

神輿かつぎに参加してほしいですね」と齋藤

さん。毎年、9月の第4土日の祭礼には、浜田山をはじめ4町会の御神輿が勢揃いし、地域の絆を深めます。

◉浜田山のおだやかな空気に惹かれてこの街

に移ってきたこだわりのお店も少なくありま

二宮邸の近くにある銭湯《浜の湯》。アトリエハルのスタッフも時々汗を流しにくる。

浜田山の鎮守、下高井戸八幡神社。9月の祭礼には4町会の神輿が宮入し、100軒もの露店が境内に並ぶ。

ヨーロッパのヴィンテージを中心にした《ネックレス ネックレス 》のテーマは“素敵な生活感 ”。アクセサリーを楽しむように、インテリアにもビーズやリボンを取り入れて自分流のアレンジを工夫する人が増えてきたという。左のヴィンテージの布地を張ったフレームは、好みのリボンやビーズをアレンジして楽しんだり、アクセサリーを置くトレー代わりにもなる。

アイアンの手すりやガラスのテーブル、クラシック音楽。セカンドリビングのような空間が落ち着けるカフェ《バニラ豆 》。1Fは豆腐や豆腐の創作惣菜が買える《仙豆庵 》。アイスクリームや寒天に特製のゆば乳を使用した豆かんは夏の人気メニュー。

歩道から一段下がった場所にあるカフェ《バスケットクラブ》。厨房も外から眺められるようになっている。下北沢から浜田山に移転してテイクアウトのお客が多くなったという。それでも週末になればカフェを楽しむ常連でいっぱいに。

地元民に愛される小さなパン屋さん《ムッシュ ソレイユ》。パンは国立の工房から届けられる。焼きたてのパンが到着する時間になると次々にお客が訪れる。

せん。装飾素材の専門店《ネックレス ネックレス》は3年前に渋谷から移転してきました。「渋谷の頃と比べてお客様の年齢層が幅広くなり

ましたね。うちのお客様は1時間2時間かけてじっくりと選ぶのを楽しむ方が多いのですが、

お一人お一人とゆっくりお話しできるようにな

りました」と髙木文子さん。なかには、編みか

けのセーターやお気に入りのコートを店に持

参して、それに合わせるリボンやボタンを選び

にくる常連さんもいるとか。そんな心豊かな

ひとときも住宅街の浜田山らしい光景です。

◉下北沢で25年営業してきたカフェ《バスケットクラブ》が浜田山にやってきたのは2008年。「個人経営の店ががんばっているこの街で、

お客様の顔を見ながら、本当に自分の好きな

ことをやりたかったから」とオーナーパティシ

エの遠藤和靖さん。移転してまだ1年ですが、すでに熱心なファンに支持されています。

◉豆乳や豆腐製品を使ったスイーツカフェ

《バニラ豆ビーンズ

》も、浜田山の新しいくつろぎのス

ポットとして愛されています。「ご自宅のリビ

ングの延長のような感じでゆったり過ごして

いただければ」と店長の河上朋之さん。

◉「浜田山のお客様や商店街はほんとうにあ

たたかいんです」と力を込めて話すのは、フ

ランスパンとフランス菓子の《ムッシュ ソレイユ》代表、竹内勉さん。常連のお客様が、レジ

に立つ若いパン職人に優しく声をかけ、応援

してくれるそうです。「小さなお店なのでレジ

でお待たせしてしまうこともあるのですが、あ

わてないでゆっくりやりなさいと待ってくださ

る。職人たちも自然にお客様の顔や好みのパ

ンを覚えるようになるし、厨房でお客様の顔

を思い出して励みにしています」。お互いの顔

を見ながらのんびり言葉をかわしあうゆとり

こそ、浜田山の魅力なのです。

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