西澤憲一 - agri-biz.jp

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52 農業経営者 2007年 9月号 西 3 4 2 40 生産者の防除暦をケーススタディと し、農薬メーカーや指導機関の担当 者で構成される専門家集団が、より 有効な防除を検討、提案する。 第25回 ドリフト低減ノズルには 浸達性薬剤の使用が効果的!の巻 レタス 【2006年実績】 ■作物:レタス ■品種:ウィザード、サマーランド、 ラプトル、スパーク ■苗:自家育苗 ■面積:1ha ■定植:4~8月 ■収穫:6~10月 ■ 土壌消毒:なし ■ 農薬散布方式: ■悩んでいる病害虫:ナモグリバエ、 オオタバコガ、斑点細菌病、すそ枯病 長野県上田市 西澤農園 西 1 2 5 0 m 今月の被験者 標高1200mを越える菅平高原は、もともと養蚕や種馬鈴薯、キャベツ栽培な どを行なってきましたが、現在はレタス栽培が主流になっています。うちの農 場は、昭和初期に父親が開拓移住して始めたもので、私が2代目。2.5haの圃 場のうち、1haでレタスを、1.5haでフレッシュハーブを栽培しています。レ タスは元来、菅平の気候に適した作物で、非常に作りやすかったのですが、数 年前から新手の害虫が増え、防除にも余計に気を遣うようになりました。特に 一昨年前あたりから現れたナモグリバエは、これからも脅威になりそうです。 使 15 20 使 西澤憲一▲標高1250mの西澤氏の圃場。

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Page 1: 西澤憲一 - agri-biz.jp

52農業経営者 2007年 9月号

まあ静かなもんだったんです。

病害虫の顔ぶれが変わってきた

ということですか?

西澤

はい。まず3〜4年前にオオ

タバコガが大発生しまして。それに

追い討ちをかけるように、2年前に

はナモグリバエが出るようになりま

した。ここで40年以上農業を続けて

いますが、害虫相がこれほど劇的に

変化するというのは驚きですね。標

生産者の防除暦をケーススタディとし、農薬メーカーや指導機関の担当者で構成される専門家集団が、より有効な防除を検討、提案する。

研 究 室 第25回

ドリフト低減ノズルには 浸達性薬剤の使用が効果的!の巻

レタス 編

【2006年実績】

■作物:レタス

■品種:ウィザード、サマーランド、

ラプトル、スパーク

■苗:自家育苗

■面積:1ha

■定植:4~8月

■収穫:6~10月

■ 土壌消毒:なし

■ 農薬散布方式:

■悩んでいる病害虫:ナモグリバエ、

オオタバコガ、斑点細菌病、すそ枯病

長野県上田市 西澤農園

薬剤リストを作成し

ローテーションを適正管理

専門家(以下専)菅平といえば、高

原野菜のメッカですね。私はラグビ

ーとスキーでもお世話になりました。

西澤 うちの圃場で、標高は125

0mほど。冷涼な気候はレタス栽培

にぴったりで、数年前までは特に大

きな問題になるような害虫もなく、

今月の被験者

標高1200mを越える菅平高原は、もともと養蚕や種馬鈴薯、キャベツ栽培などを行なってきましたが、現在はレタス栽培が主流になっています。うちの農場は、昭和初期に父親が開拓移住して始めたもので、私が2代目。2.5haの圃場のうち、1haでレタスを、1.5haでフレッシュハーブを栽培しています。レタスは元来、菅平の気候に適した作物で、非常に作りやすかったのですが、数年前から新手の害虫が増え、防除にも余計に気を遣うようになりました。特に一昨年前あたりから現れたナモグリバエは、これからも脅威になりそうです。

高が高いだけに、病害虫の種類も少

なく、安心していたのですが……。

病害虫が急に多発する理由は

様々です。気温の変化や降雨の多少、

連作による病害虫密度の増加、周辺

作物の変化、土壌状況、使用農薬の

変化やリサージェンス、品種間差な

ども考えられます。ナモグリバエの

場合、平均気温が15度から20度で最

も密度が高くなり、より低温では生

育が遅く、より高温では寄生蜂の活

動が活発になり密度が低下すると言

われています。気象条件の変化で、

ナモグリバエの発生に最適な条件に

なった可能性が考えられます。

それと最近使用され始めた農薬の

中に、寄生蜂など天敵に悪影響をお

よぼしているものがないかも気にな

西澤憲一氏

▲標高1250mの西澤氏の圃場。

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53 農業経営者 2007年 9月号

ります。以前なら合ピレ系や有機リ

ン系がそうでしたが、西澤さんの防

除暦でも最近は使われていないよう

なので、この数年の間に多用した剤

が天敵に影響を与えていないか、あ

るいはナモグリバエに薬剤抵抗性が

付き始めていないか、普及センター

や試験場に確認した方が良いでしょ

う。特にネオニコ系は心配です。

ところで現在、どんな対策をとら

れているのですか?

西澤

葉の中に潜り込むナモグリバ

エは初期防除が大事ですので、定植

時には必ずアクタラ粒剤5をまくよ

うにしています。また、自家育苗し

ていますので、育苗のハウス内に黄

色の粘着シートを設置して、密度を

高めないように努めていますね。ナ

モグリバエは春先(5月頃)からい

きなり発生の山があるので、ヒヤヒ

ヤしますよ。

専 防除暦を見ますと、ナモグリバ

エ対策として使われている薬剤は現

状もっとも効果が期待できる組み合

わせになっているので、よく情報収

集されているなと感じました。

西澤

オオタバコガの場合は、増え

てくる夏場に普及センターの発生情

報をよく聞いて、タイミングを逃さ

ないように叩いています。

専 防除回数が少ないので問題ない

かもしれませんが、同一剤の連用よ

■表1 西澤憲一氏の薬剤リスト(ローテーション候補)

使用時期 回数制限 農薬名 用途 成分系 効果を期待する病害虫

定植時 1回 アクタラ粒剤5 殺虫剤 ネオニコチノイド系 アブラムシ類、ナモグリバエ

21日前まで 5回 キノンドーフロアブル 殺菌剤 有機銅 軟腐病、斑点細菌病、腐敗病

14日前まで 3回 ロブラール水和剤 殺菌剤 ジカルボキシイミド系 菌核病、すそ枯病、灰色かび病

4回 ベンレート水和剤 殺菌剤 ベンゾイミダゾール系 菌核病、すそ枯病、灰色かび病

3回 ダコニール1000 殺菌剤 有機塩素系 すそ枯病、べと病、ビッグベイン病

2回 アグリマイシン100 殺菌剤 抗生物質 腐敗病

2回 ランネート45DF 殺虫剤 カーバメート系 アブラムシ類、オオタバコガ、ヨトウムシ、ナメクジ類

3回 パダンSG水溶剤 殺虫剤 ネライストキシン ナメクジ類、ナモグリバエ

3回 サイハロン水和剤 殺虫剤 ピレスロイド系 アブラムシ類

3回 オルトラン水和剤 殺虫剤 有機リン系 オオタバコガ、ヨトウムシ

7日前まで 3回 バリダシン液剤 殺菌剤 抗生物質 すそ枯病

1回 トップジンM水和剤 殺菌剤 ベンゾイミダゾール系 菌核病、灰色かび病、ビッグベイン病

4回 アミスター20フロアブル 殺菌剤 ストロビルリン系 菌核病、灰色かび病、ビッグベイン病

2回 コテツフロアブル 殺虫剤 その他 ナモグリバエ、オオタバコガ、ヨトウムシ、ハスモンヨトウ

2回 アドマイヤーフロアブル 殺虫剤 ネオニコチノイド系 アブラムシ類

5回 DDVP乳剤50 殺虫剤 有機リン系 アブラムシ類、ヨトウムシ

3日前まで 2回 ハクサップ水和剤 殺虫剤 ピレスロイド系、有機リン系 アブラムシ類、オオタバコガ

3回 スピノエース顆粒水和剤 殺虫剤 その他 オオタバコガ、ヨトウムシ

3回 ベストガード水溶剤 殺虫剤 ネオニコチノイド系 アブラムシ類

2回 ハチハチ乳剤 殺虫剤 その他 ナモグリバエ

3回 アファーム乳剤 殺虫剤 その他 ナモグリバエ、オオタバコガ、ハスモンヨトウ

前日まで ― ジーファイン水和剤 殺菌剤 炭酸水素塩、無機銅 腐敗病

― バイオキーパー水和剤 殺菌剤 微生物 軟腐病

― ボルドー 殺菌剤 無機銅 斑点細菌病、腐敗病

2回 フェニックス顆粒水和剤 殺虫剤 ベンゼンジカルボキサミド系 オオタバコガ、ハスモンヨトウ

2回 マブリック水和剤20 殺虫剤 ピレスロイド系 アブラムシ類

■表2 西澤憲一氏の2007年の防除暦 回数 使用時期    農薬名 用途     成分系 効果を期待する病害虫 希釈倍率(倍) 混用 使用量(リットル/10a) 備考

1回目 4月20日 アクタラ粒剤5 殺虫剤 ネオニコチノイド系 アブラムシ類、ナモグリバエ ― 1株あたり0.5g

キノンドーフロアブル 殺菌剤 有機銅 軟腐病、斑点細菌病、腐敗病 1000 100 家庭用スプレーで散布

2回目 5月10日 ロブラール水和剤 殺菌剤 ジカルボキシイミド系 菌核病、すそ枯病、灰色かび病 1000 ○ 200

パダン SG水溶剤 殺虫剤 ネライストキシン ナメクジ類、ナモグリバエ 1500 ○

ハチハチ乳剤 殺虫剤 その他 ナモグリバエ 2000 ○

3回目 5月20日 バリダシン液剤 殺菌剤 抗生物質 すそ枯病 800 ○ 200

アファーム乳剤 殺虫剤 その他 ナモグリバエ、オオタバコガ、ハスモンヨトウ 2000 ○

4回目 6 月 1日 バリダシン液剤 殺菌剤 抗生物質 すそ枯病 800 ○ 200

アファーム乳剤 殺虫剤 その他 ナモグリバエ、オオタバコガ、ハスモンヨトウ 2000 ○

トップジンM水和剤 殺菌剤 ベンゾイミダゾール系 菌核病、灰色かび病、ビッグベイン病 1500 ○

※2007年3月15日に播種、4月20日に定植、6月12日に収穫した圃場での例。

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54農業経営者 2007年 9月号

りはローテーションの方が良いので、

3回目と4回目は別の剤を使うべき

でしょうね。たとえば、4回目のア

ファームをスピノエースにするなど

が考えられます。

西澤

そうなんですが、レタスに適

用がある農薬は意外と少ないんです。

スピノエースはナモグリバエに効果

はあっても適用がないし。メーカー

にはレタスへの適用作物拡大や害虫

種の追加、収穫前日数を短くするこ

とを望みたいです。

専 アブラムシ対策はどうですか?

西澤

アブラムシは極力密度を高め

ないように初期の頃から叩くように

しています。20年くらい前にはスト

ライプのマルチがいいとか聞いてや

ってみたけど、あんまり効果はなか

ったですね。最近は、いい農薬がど

んどん出てきているから大丈夫です。

この防除暦でも最初のアクタラとハ

チハチで効果が出ています。

専 防除暦を見ますと散布回数はか

なり少なめですね。

西澤

これは今年の春作の例で、病

害虫が増えてくる夏以降は、回数も

増えますね。ただ、概ね5回くらい

の散布回数にしています。

専 特に効果を感じている剤はあり

ますか?

西澤

それはわかりませんが、使用

時期や回数の制限を自分なりに整理

して、別表のような薬剤リストを作

成し、ローテーションを組む際の参

考にしています。防除暦は生産者に

よって違いますが、地域の後継者グ

ループの仲間で会合をやっています

から、そこで情報交換しています。

専 病気のほうはいかがですか?

西澤

すそ枯病や、斑点細菌病が厄

介ですね。斑点細菌病が一番怖いか

な。大雨が降った後とか、葉っぱが

痛んでいる時なんかに広がることが

ある。秋口が多いですね。

専 作物の病害はほとんどが真菌類

(カビ)によって引き起こされるので、

細菌病用の農薬は極端に少ないです

ね。オリゼメート粒剤の定植前施用

は、効果が持続すると認識していま

す。散布剤ではZボルドーなど無機

銅剤が主になります。防除暦ではバ

リダシンの連用になっていますが、

薬剤抵抗性が付きやすい剤なので、

収穫前日数のこともありますが3回

目はダコニールなど予防剤が良いと

思います。

他品目が心配なドリフト

各種アイテムで拡散を防止

西澤

とはいえ、ドリフトの問題で

収穫前日数は気になるんですよね。

専 フレッシュハーブも栽培されて

いますよね。

西澤

フレッシュハーブはSBとの

契約栽培です。イタリアンパ

セリ、チャービル、ディール、

タイムの4種類を生産してい

ますが、こちらの病害虫もレ

タスとだいたい同じですね。

コナガもつくし、ハスモンヨ

トウやウワバ、アブラムシも

出る。ただ困ったことに、ハ

ーブ類は登録農薬が少ないん

です。もし隣の圃場の薬剤が

ドリフトしてくると、ひっかかって

しまう心配があります。

専 適用がなくても、残留基準値が

高ければ問題はないです。たとえば

イタリアンパセリは農薬登録作物と

してはパセリに含まれますが、パセ

リに登録のないスタークルやコテツ

でも、残留基準値は大きな数字を持

っています。そのあたりも気にして

もらえればと思います。ドリフト問

題には特別な対策をしていますか?

西澤 ブームスプレーヤのノズルは

ドリフト低減ノズルに交換しました。

ノズルは1個2000円で、私のブ

ームスプレーヤの場合は60個交換し

ましたから、全部で12万円くらいか

かりましたね。

専 低減ノズルの効果は?

西澤 ミスト状ではなく、いわゆる

ジョウロのように散布してしまうの

で、防除効果は弱まっているかもし

れません。これでは葉の裏について

ナモグリバエ対策にアクタラを使用。ナモグリバエの食害を受けたレタスの

葉。初期防除が肝心だ。▼育苗ハウス内に黄色の粘着テープを設置し、ナモグリバエの密度を低減させる。

▼▼

Page 4: 西澤憲一 - agri-biz.jp

55 農業経営者 2007年 9月号

○新たな病害虫発生の理由は様々。

天敵に悪影響をおよぼす薬剤の

使用も、新たな害虫を生み出す

要因に。

○低減ノズルや専用ネットの使用

で、ドリフト予防を徹底しよう。

低減ノズルを使用する際は、浸

達性の高い薬剤が効果的。

○長すぎず短すぎず、適正な栽培

期間を心がけることで、病害虫

に強い作物に育つことも。

いる虫は叩けませんからね。逆に散

布回数を増やすことも検討する必要

があると思っています。

専 葉裏への付着性はやや劣るので、

浸達性がある農薬の方が向いている

と言われています。浸達性とは、葉

のかかった部分の周辺や裏側に農薬

が移動する(浸達する)ことです。

今回の防除暦でしたらパダンやバリ

ダシンが該当します。

西澤 あと、同じレタスでも生育ス

テージはそれぞれ違いますから、た

とえば収穫直前の圃場の隣では、「収

穫2週間前まで」の薬剤は使いませ

ん。さらに、うちの場合は畑の縁に

ドリフト防止ネットを張っています。

できるだけ薬剤を吸着しやすい素材

の専用ネットがあるんです。高さ

2・5mのパイプを打ち込んで、それ

にネットを張りめぐらせていく。長

さ300mで40万円くらいしました。

もちろん無風の日を選んで散布する

ようにもしています。

専 そのほか注意していることはあ

りますか?

西澤 作物って、日数をかけて作っ

たものは、病気になりにくいし、虫

もよりつかない気がするんです。栽

培期間が短くなればなるほど栄養が

良すぎちゃうわけだから、病害虫に

やられやすい。肥料を大量に入れて、

農薬を撒いて、短期間で収穫するの

が効率的だろうけど、自分は60日間

が栽培目安の作物なら60日間で収穫

できるようにやっています。

ほかに感じる点としては、ここ40

年で土壌が随分かわった。菅平は昔

から家畜の糞尿とか有機肥料を使う

ところで、10aあたり2tくらい入

ってるんです。自分は牛堆肥とかキ

ノコの廃オガを今は使っています。

昔は菅平全体が酸性土壌だったけど、

今は逆にペーハーが高くなりすぎて

問題かもしれないですね。

専 そういったことも、冒頭の害虫

相の変化と関係があるかもしれませ

んね。

▲ドリフト防止ネット。薬剤を吸着して拡散を防ぐ。

道を挟んで右側が西澤氏の圃場。左側のレタス畑からのドリフトを防ぐために、道沿いにネットを張る予定だ。

丸山製作所のブームスプレーヤを使用。トラクタの腹下も散布できるよう、後部にノズルを増設した。