日本企業における bpo...

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1 日本企業における BPO 利用拡大に向けて 取引費用理論とケイパビリティ理論の観点から中央大学 総合政策学部 政策科学科 学籍番号: 06W1404018K 水野 史彬 <要約> 近年 BPOBusiness Process Outsourcing)と呼ばれる、主に総務・経理・人事といったバックオフ ィス業務やコールセンター業務のアウトソーシングが注目を集めている。欧米企業が自社の競争力 強化の手段として積極的に BPO を活用している一方で、日本企業においては十分に活用されて いるとは言い難い。BPO の発展段階をコストと便益の両面に着眼しながら分析を行う事で、発展段 階をより正確に説明、理解する事を試みる。その上で、日本企業における BPO 普及を妨げる原因 を特定し、BPO 活用を促進する政策を検討する。 キーワード:企業境界、取引費用理論、ケイパビリティ理論 <目次> 1. はじめに 1-1. 問題意識と研究目的 1-2. 本稿の構成 2. BPO の概況 2-1. BPO とは 2-2. オフショアリングと BPO 2-3. 日本企業による BPO 活用状況 3. 理論的枠組みの提示 3-1. 企業境界の決定の問題 3-2. 取引費用の経済学 3-3. 取引費用理論 3-4. ケイパビリティ理論 3-5. 本稿の理論的枠組み 4. 理論分析 4-1. BPO 進展の理論的背景 4-2. 日本における BPO 普及の阻害要因 5. 政策的提言 5-1. グローバルスタンダードの推進 5-2. 業界団体の設立 2009 年度 丹沢安治ゼミナール卒業論文

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日本企業における BPO 利用拡大に向けて ―取引費用理論とケイパビリティ理論の観点から―

中央大学 総合政策学部 政策科学科

学籍番号: 06W1404018K

水野 史彬 <要約> 近年 BPO(Business Process Outsourcing)と呼ばれる、主に総務・経理・人事といったバックオフ

ィス業務やコールセンター業務のアウトソーシングが注目を集めている。欧米企業が自社の競争力

強化の手段として積極的に BPO を活用している一方で、日本企業においては十分に活用されて

いるとは言い難い。BPO の発展段階をコストと便益の両面に着眼しながら分析を行う事で、発展段

階をより正確に説明、理解する事を試みる。その上で、日本企業における BPO 普及を妨げる原因

を特定し、BPO 活用を促進する政策を検討する。

キーワード:企業境界、取引費用理論、ケイパビリティ理論 <目次> 1. はじめに

1-1. 問題意識と研究目的

1-2. 本稿の構成

2. BPO の概況

2-1. BPO とは

2-2. オフショアリングと BPO

2-3. 日本企業による BPO 活用状況

3. 理論的枠組みの提示

3-1. 企業境界の決定の問題

3-2. 取引費用の経済学

3-3. 取引費用理論

3-4. ケイパビリティ理論

3-5. 本稿の理論的枠組み

4. 理論分析

4-1. BPO 進展の理論的背景

4-2. 日本における BPO 普及の阻害要因

5. 政策的提言

5-1. グローバルスタンダードの推進

5-2. 業界団体の設立

2009 年度 丹沢安治ゼミナール卒業論文

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1. はじめに

1-1. 問題意識と研究目的

「グローバル化」というキーワードが注目を集めて久しい。情報通信技術の発達は情報流通に

おける距離の壁を克服した。今や世界中の国々がネットワークを通じて結ばれ、我々を取り巻く環

境は大きく変化を続けている。ジャーナリストであるThomas L. Friedmanが 2005年に出版した『The

World Is Flat: A Brief History Of The Twenty-first Century(邦題:フラット化する世界)』では、情報

通信技術の発達によって変質するグローバリゼーションの姿が克明に描かれ、同書は全米で 300

万部を超えるベストセラーとなった。私が BPO(Business Process Outsourcing)を研究テーマとして

取り上げたのも、この本から大きな衝撃を受けた事に起因している。情報通信技術の発達により、

かつては企業内部で行われる事が当然と考えられていた業務も外部委託が可能になった。その内

容は多岐にわたり、データ入力といった単純なものから研究開発に関わる高度なものまで、国内外

問わず外部委託が進んでいる。特に国外へのサービス業務の外部委託は、「オフショアリング」とい

うキーワードとして近年大きな注目を集めている。欧米企業が賃金格差を利用したコスト削減や、

国外の優秀な人材の活用といった、いわば「グローバルな適材適所」を進める事で大きな成果を上

げているのに対し、日本企業はそのような取り組みに積極的とは言い難い。日本語という言葉の壁

など、欧米企業と比較してオフショアリング活用の為に克服すべき課題は多いが、「グローバルな

適材適所」は、少子化に伴う人材の枯渇に直面する日本企業には大きな意味を持つものであると

考える。

本稿の問題意識を簡潔に述べれば、第一に何故 BPO は普及・拡大しているのか、第二に何故

日本企業には BPO の普及が遅れているのか、という二点に集約される。前述の問題意識を踏まえ、

研究目的は第一に BPO の発展段階を明らかにする事、第二に日本企業における BPO 普及を妨

げる原因を特定し、BPO 活用を促進する政策を検討する事と定める。

1-2. 本稿の構成

本稿は以下のように構成される。まず第二章において BPO の概況を説明する。BPO やオフショ

アリングといった用語の定義を行うとともに、日本企業によるBPOの利活用が遅れているという事実

をデータを用いて示す。第三章では、本稿の依拠している取引費用の経済学やケイパビリティ理

論といった学説を提示した上で、分析の視点を示す。第四章では BPO の進展を前章で提示した

理論的枠組みを用いて分析を行う。コスト削減の面ばかりが強調されるBPOであるが、コストと便益

の両面に着眼しながら分析を行う事で、BPO の発展段階をより正確に説明、理解する事を試みる。

その上で、日本企業と米国企業の比較を通じて、日本企業における BPO 普及を阻害する要因を

特定する。最後に、第五章において前章で導き出された阻害要因を打破する為の政策的提言を

行う。

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2. BPO の概況

2-1. BPO とは

BPO(Business Process Outsourcing)とは、文字どおりの解釈を行えば自社業務を外部の専門業

者にアウトソーシングする事と捉える事ができる。この定義では一般的なアウトソーシングとの違い

は曖昧である。経済産業省が2008年6月に発表した「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会

報告書」によれば、BPOとは「総務・経理・人事業務において、非コア業務のビジネス・プロセスをIT

の活用などにより外部へアウトソーシングすること 1

本稿において BPO とは経済産業省の定めた定義を踏襲し、「総務・経理・人事等の間接業務に

おける非コア業務のアウトソーシング」と定める。

」と定められている。近年話題に上るBPOとは、

このようにコールセンターやバックオフィス業務を中心とした企業の情報システムを利用して行われ

る業務のアウトソーシングを示す事が多い。BPOは段階を踏みながら進展してきた(図表 1)。まず

BPOの前段階として、企業の情報システムの企画、開発、運用に関するアウトソーシングであるITO

(Information Technology Outsourcing)の普及があった。ITOの進展に伴いアウトソーシングされる

業務の範囲は拡大し、情報システムを用いて行う業務処理自体もアウトソーシングされるようになり

(=BPO)、その範囲は多岐にわたるようになった。BPOは一般的に非コア業務を中心に行われるが、

現在では研究開発などの、より付加価値の高い分野にも拡大している。これはKPO(Knowledge

Process Outsourcing)と呼ばれている。

1 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書」p.1

BPO(Business Process Outsourcing) バックオフィス業務やコールセンターなどの非コア業務プロセスを対象とした

アウトソーシング

ITO(Information Technology Outsourcing) ソフトウェア開発やシステムメンテナンス業務などに関するアウトソーシング

KPO(Knowledge Process Outsourcing) R&D やデータの収集や分析などの高付加価値業務プロセスを対象としたア

ウトソーシング

[図表 1] アウトソーシング対象業務範囲の拡大

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2-2. オフショアリングと BPO

オフショアリングとは、広義的には国内で供給されていた財やサービスを,海外から供給される

財やサービスに代替する事 2

オフショア先に選ばれる国としては、インドと中国が有名である。2009 年にコンサルティング会社

のA.T. Kearneyが発表した「The 2009 A.T. Kearney Global Services Location Index」において両国

は魅力的なオフショア先として 1 位と 2 位に順位付けされている

と定義される。この場合、製造業の生産工程の国外移転や海外から

の調達もオフショアリングに含まれる事になるが、近年注目を浴びているのは専らサービス業務の

国外委託である。本稿においてもオフショアリングとは「サービス業務の国外委託」という意味で用

いる。また、オフショアリングを利用したBPOの事を「オフショアBPO」と定める。

3。オフショアBPOにおける委託相

手国選択基準は、語学とコストが重要な選択ポイントになっている 4。同じ漢字文化圏に属する事

から中国には日本語を話せる人材が多く 5

、インドでは英語が準公用語であるため、日本企業は中

国と、欧米企業はインドと関係を構築しやすいと考えられる。

2-3. 日本企業による BPO 活用状況

欧米企業が競争力強化を目的として積極的にBPOを活用しているのに対し、国内ではそのよう

な動きはいまだ乏しい 6。IT専門調査会社IDC Japanの 2009 年 11 月の発表によれば、2009 年度

の国内BPO市場規模はおよそ 9,775 億円と予測されている 7。同社が同年 9 月に発表した 2009 年

度国内ITサービス市場規模がおよそ 5 兆 1,257 億円 8

であることを考えると、国内BPO市場はまだ

発展段階にあるといえる。経済産業省が 2008 年に東証一部上場日系企業を対象に実施したアン

ケート調査からも、BPOの普及が進んでいない現状が読み取れる。調査結果によれば、BPOを活

用している企業は総務・経理・人事部門で 35.6%、経営企画部門で 46%程度である(図表 2,3)。オ

フショアBPOに限定すると、さらに活用度は低下する。総務省が 2007 年に実施した国内上場企業

を対象としたアンケート調査によると、オフショアBPOを実施している企業はわずか 2%にとどまって

いる(図表 4)。

2 U.S. Government Accountability Office(2006),“OFFSHORING: U.S. Semiconductor and Software Industries Increasingly Produce in China and India” p.4 3 A.T. Kearney(2009),“The 2009 A.T. Kearney Global Services Location Index”. 4 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」p.28 5 2009 年 日本語能力検定の海外における総受験者数約 19.7 万人のうち、中国における受験者数が約 13 万人(66.3%)と最も

多い。 6 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書」 p.1 7 IDC Japan(2009)「国内ビジネスサービス市場予測」(http://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20091112Apr.html) 8 IDC Japan(2009)「国内産業分野別 IT サービス市場規模予測」(http://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20090907Apr.html)

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[図表 2] 業務アウトソーシング実施の有無(3 部門)

検討もしていない

90.5%

無回答 2%

行っている 2% 今後行う予定 0.6%

行う事を検討中 5%

[図表 3] 業務アウトソーシング実施の有無(経営企画部門)

[図表 4] オフショア BPO の実施状況(N=357)

出所: 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書 資料編」p.27

出所: 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書 資料編」p.27

出所: 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」p.23

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3. 理論的枠組みの提示

3-1. 企業境界の決定の問題

BPO は行うべきか、あるいは行わない方が良いのか。行うのであれば資本関係のある関連会社

に業務を任せるのか、あるいは資本関係の無い BPO 受託業者に任せるのか、はたまた新たに

BPO 受託業者とジョイント・ベンチャーを設立し、そこに委託するべきであろうか。このような問題は、

企業がどのような場合に活動を内部で行い、どのような場合に活動を委託、または共同で行うのか

を検討する「企業境界の決定の問題」と捉える事ができる。企業は企業境界の決定において 3 つ

の統治形態を有する。一つ目は市場取引、二つ目は企業組織、三つ目は中間組織である(図表

5)。企業境界の決定は、統治形態の選択と考える事ができる。

市場取引では、取引の管理は市場で決定された価格に基づいて行われる。一方で、取引の管

理が一企業の内部で完結するものが企業組織である。中間組織とは市場取引と企業組織の中間

に位置する形態である。具体的には分社化やパートナー企業との戦略的提携が当てはまる。戦略

的提携には①業務提携、②業務・資本提携、③ジョイント・ベンチャーの三つがある 9

提携は、この二者の中間に位置する。

。①業務提携

とは契約を通じて企業間の協力を管理する事である。②業務・資本提携とは契約の補強のために

提携パートナーの所有権に投資する事である。(株の持ち合い等)③ジョイント・ベンチャーとは提

携パートナー企業が共同で新たに企業を設立する事である。この三つの中では①業務提携は市

場取引に近い形態であり、③ジョイント・ベンチャーは企業組織に近い形態である。②業務・資本

9 ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【下】全社戦略編 競争優位の構築と持続』p.7

市場取引 中間組織 企業組織

[図表 5] 取引の統治形態

ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続』p.8 を基に作成

①業務提携

②業務・資本提携

③ジョイント・ベンチャー

戦略的提携 分社化

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3-2. 取引費用の経済学

企業境界の決定の問題に有力なアプローチの一つとしてRonald H. Coaseによって提唱され、そ

の後Oliver Eaton Williamsonによって発展を遂げた、取引費用の経済学(Transaction Cost

Economics)がある 10

取引費用の経済学は、限定合理性と機会主義を前提条件としている

。取引費用とは市場取引を行う際に発生するコストである。①取引相手を探索

するコスト、②契約を締結するための交渉コスト、③契約の履行を監視、強制するコスト、といったも

のが取引費用に当てはまる。取引費用の大きさは、不確実性や複雑性、資産特殊性の度合いによ

って決定される。この取引費用と企業組織内での管理費用との比較により、最適な統治形態が選

択され、企業境界が決定される。以下では、取引費用の経済学の依拠する前提条件を示す。 11

関係特殊資産への投資も機会主義的行動を引き起こす要因となる。関係特殊資産とは、ある特

定の取引を行う為に投資した資産であり、当事者間の取引では有益であっても、他の取引におい

ては無益になってしまうような資産である。取引相手は他の取引へ転用が困難である事に付け込

み、譲歩を迫ってくるかもしれない。例として、部品メーカーが特定の製品専用に設計した部品を

取引相手に納入しているとする。取引相手は専用の部品が他の製品に転用出来ない事を利用し

て、部品の納入価格の値下げを迫ってくるかもしれない。資産の特殊性が高いほど、取引相手の

交渉力を高める事になり、機会主義の脅威は高まる。投資を行う経済主体が、機会主義を恐れる

事で投資に積極的でなくなり、適正な投資が行われなくなる事をホールド・アップ問題という。

。限定合理性とは、人間

は意図として合理的であろうとするが、その合理性は限定的である事を意味する。機会主義とは、

自己の効用の極大化を目的とした悪徳的な行動である。限定合理性の仮定の下では情報収集や

予測、測定には限界があり、経済主体間での情報の偏在が生まれる。ある経済主体は、別の経済

主体が情報を持っていない事を利用し、相手を騙してでも利益を得ようとするかもしれない。契約

によって経済主体間で取り決めを行い、機会主義的行動の抑制を試みたとしても、全ての不確定

要素を織り込んだ契約を締結する事は不可能である。不確実性や複雑性が高いほど契約はより不

完全なものになり、機会主義の脅威が高まる事になる。

3-3. 取引費用理論

取引費用理論は、取引費用(以下TC)と企業組織内での管理費用(以下MC)を比較する事によ

って最適な統治形態を導き出す。取引費用理論の根底にある命題は、「機会主義の脅威が経済

取引の属性の大部分を決定し、経済主体は機会主義的行動を抑制するコストが最も低い統治形

態を選択する」事である 12

10 ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続』p.9

。前節で述べたように、機会主義的行動の脅威は①その経済取引にお

ける資産特殊性の度合い、②その経済取引における不確実性と複雑性の度合いによって決定さ

れる。そして、①資産特殊性が高いほど、②不確実性や複雑性が高いほど、機会主義的行動の脅

威が高まる。一般的に、市場取引よりも企業組織の方がより広範囲の潜在的な機会主義的行動を

管理出来る事から、資産特殊性が高く、不確実性や複雑性が高い取引ほどTC > MCとなり、統治

11 スィッツェ・ダウマ、ヘイン・スクルーダー(2007)『組織の経済学入門』p.208 12 ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続』p.26

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形態として企業組織が選択される。企業組織には取引費用の代わりにMCが発生するが、その中

にエージェンシー費用と呼ばれるものがある。エージェンシー費用とは、従業員の怠慢を止めさせ

る為の管理業務に関わるコスト、及び怠慢を未解決のままにしておく事で発生するコストである。エ

ージェンシー費用が大きく、TC < MCとなる場合は、統治形態として市場取引が選択される。

取引費用理論は、最小のコストで機会主義的行動を抑制する事を主眼に統治形態を選択する

が、現実的には企業の境界は必ずしもコストという側面のみで決定されるわけではない。Richard

LangloisとPaul Robertsonは、以下のような取引費用理論の問題点を指摘している。経営資源のコ

ーディネーションの重要性は取引費用理論においても関係特殊資産などの概念によって認識はさ

れているが、焦点を当てているのは専ら経営資源のコーディネーションを阻害する要因、即ち機会

主義的行動の抑制であり、何故経営資源のコーディネーションが必要なのかという点についての

検討がなされていない 13

。つまり、取引費用理論は便益の側面を無視しているのである。企業は

往々にして、不確実性、複雑性、資産特殊性が高いにも関わらず、統治形態として市場を選択す

る場合がある。取引相手が優れた経営資源を保有し、その模倣の為に必要なコストが大きい場合、

取引相手と同じ経営資源を保有しようとすればコストが掛かり過ぎてしまう。即ち、企業組織内部で

行いたくても実際に行う事が困難な場合があるのだ。この場合、機会主義のリスクよりも取引相手と

協業する事で得られる便益の方が大きいからこそ、このような統治形態の選択が行われるのである。

この現象は取引費用理論単体では十分に説明する事が出来ない。次節において、「経営資源の

コーディネーションの必要性」に着眼し、企業境界を決定する論理的枠組みを提示する。

3-4. ケイパビリティ理論

ケイパビリティ理論では、ケイパビリティの補完関係に着眼し、企業境界の分析を行う。ケイパビリ

ティ理論の出発点となったのは、企業を資源の集合体として捉える事を提案した、Edith Penroseで

ある。Penroseは、個々の企業の保有する資源の異質性が戦略の選択に対して強い影響を及ぼす

と考えた。ケイパビリティとは、G. B. Richardsonによれば企業が保有するスキル、経験、知識といっ

た無形資源である。そして、この無形資源の集合体として企業をみなしている 14。Langloisと

Robertsonによると、企業は固有の本質的コア(Intrinsic Core)と補助的ケイパビリティ(Ancillary

Capability)から構成されるとする 15。本質的コアとは、持続的競争優位を獲得する上で重要な特異

なケイパビリティであり、補助的ケイパビリティとは特異ではないケイパビリティである。ケイパビリティ

理論は、ケイパビリティを企業内部で開発するか、あるいは他企業との契約を通じて外部から購買

するのか、相対的な費用の比較することによって企業境界が決定される 16

。例えば、市場における

ケイパビリティの方が企業内部のケイパビリティよりも優れている場合、市場取引を選択し、企業の

境界は縮小される。

13 リチャード・ラングロワ、ポール・ロバートソン(2004)『企業制度の理論―ケイパビリティ・取引費用・組織境界―』p.6 14 リチャード・ラングロワ、ポール・ロバートソン(2004)『企業制度の理論―ケイパビリティ・取引費用・組織境界―』p.26-28 15 リチャード・ラングロワ、ポール・ロバートソン(2004)『企業制度の理論―ケイパビリティ・取引費用・組織境界―』p.247 16 リチャード・ラングロワ、ポール・ロバートソン(2004)『企業制度の理論―ケイパビリティ・取引費用・組織境界―』p.55

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3-5. 本稿の理論的枠組み

本稿では、BPO をコストと便益の両面から検討を行う為、主に取引費用理論とケイパビリティ理

論を組み合わせたフレームワークを中心に分析を進める(図表 6)。取引費用理論にケイパビリティ

理論を組み合わせる事により、3-3 節で述べた「不確実性、複雑性、資産特殊性が高いにも関わら

ず、統治形態として市場を選択する場合」の説明も可能になる。不確実性、複雑性、資産特殊性の

高さは取引費用を増大させ、TC > MC となる。この状態では、取引費用理論の観点から見れば企

業組織を選択すべきである。ここに、相手のケイパビリティを活用する事で得られる便益を考慮する

視点を加える。コストをベースに比較する為、ケイパビリティとはコストを削減する要因と考え、より優

れたケイパビリティほどコストの削減幅が大きいとする。即ち、TC - CAPo と MC - CAPiを比較する

事になる。市場取引が選択されるという事は、TC - CAPo < MC - CAPiとなる事であり、高い取引費

用を補って余りあるほどの便益がある事から、市場取引が選択されるという状況を説明する事が可

能になる。

分析の対象に合わせ、適宜フレームワークに視点を加えていく。例えば、オフショアBPOの分析

の際には、取引費用とケイパビリティだけでなく、生産費用の観点も織り交ぜる。オフショア BPO に

関しては特に賃金格差がコスト削減の重要な点となる。この点を強調する為に、取引費用と管理費

用それぞれに生産費用(主に人件費)を加えた上で、ケイパビリティの差異を考慮したトータルコス

トの比較を行う。この枠組みでも、トータルコストが最も少ない組織形態が選択される事になる。

PCo + TC > or < PCi + MC

[図表 6] 本稿の理論的枠組み

PCo + TC - CAPo > or < PCi + MC - CAPi

PCo

PCi

TC

MC

CAPo

CAPi

… 生産費用(購買)

… 生産費用(自製)

… 取引費用

… 管理費用

… 市場のケイパビリティ

… 自社のケイパビリティ

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4. 理論分析

4-1. BPO 進展の理論的背景

BPO はどのようにして可能になり、拡大していったのであろうか。BPO とは、統治形態が企業組

織から中間組織や市場取引へ変化した事と捉えられる。取引費用理論の観点で見れば、TC が削

減され、TC > MC から TC < MC になったと考える事が出来る。アウトソーシングに関する TC を削

減した要因として最も大きな影響を与えたのが ICT(Information and Communication Technology)

の登場である。ICT は低コストで遠隔地との情報の交換を可能にした。図表 7 は資産特殊性の度

合いに応じて統治形態が変化する事を示したグラフである。ICT による TC の削減により、グラフ全

体が下方向にシフトする(図表 7 ①)。さらに、資産特殊性が高いほど頻繁なコミュニケーションが

必要になる等、多くの情報が必要になるので、ICTによるTCの削減は資産特殊性が高いほど削減

量が大きくなると考えられる。よって、下方向へのシフトに加え、グラフの左端を軸とした時計回りに

シフトさせる事で(図表 7 ②)、ICT の進展による企業境界の変化を描く事ができる(図表 7 ③)。

ICT の進展による企業境界の変化によって、かつての状況では企業組織による統治が望ましか

ったものが、中間組織による統治が望ましくなり、中間組織による統治が望ましかったものが、市場

取引による統治が望ましくなる。まさしくこれが BPO 進展の大きな理由である。間接業務に代表さ

れるサービス業務は、継続的且つ頻繁なコミュニケーションが必要とされる為、資産特殊性が高い

といえる。以前はその資産特殊性の高さから TC が高く、アウトソーシングが難しかった間接業務が、

ICT の進展により TC が削減され、企業組織以外の統治形態の選択が可能になったのである。一

般的にBPOは中間組織が用いられる。スポット契約のようにその都度取引相手を変えることは資産

取引費用

資産特殊性

③企業境界の変化

B1 *B1 B2 *B2

市場取引 中間組織

企業組織

[図表 7] ICT の進展と企業境界

①下方向へのシフト

②時計回りのシフト

アーノルド・ピコー他(2007)『新制度派経済学による組織入門 市場・組織・組織間関係へのアプローチ』p.71 を基に作成

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特殊である為に難しく、一般的に前章で示したような分社化、業務提携、資本提携、ジョイント・ベ

ンチャーといった形態を取る。

先にICTは低コストで遠隔地との情報の交換を可能にしたと述べたが、これがオフショアBPOを可

能にした理由である。生産費用と取引費用理論を組み合わせてオフショアBPOを説明してみよう。

オフショアBPOが可能な状態はPCo + TC < PCi + MCとして示す事ができる。いくらICTがコミュニケ

ーションにかかるコストを削減したとしても、地理的、また言語的な差異が無くなる訳ではない。よっ

て、オフショアBPOのTCは国内BPO受託業者にアウトソースする場合のTC、また自製する場合の

MCよりも高くなる。しかしながら、そのTCを補って余りある人件費の安さがある為に、オフショア

BPOが行われる。オフショアBPOは取引費用の高さから、中間組織の中でもより企業組織に近い形

態を選択する事が予想される。実際に、総務省が 2007 年に発表した「オフショアリングの進展とそ

の影響に関する調査研究」によれば、米国企業はオフショアBPOを実施する際、委託相手として自

社の子会社・関連会社を挙げる企業が最も多くなっている 17

ここまでは BPO のコストの側面のみに注目したが、便益の面でも検討を行う。生産費用、取引費

用理論、ケイパビリティ理論の観点から BPO が選択される状況とは、PCo + TC - CAPo < PCi + MC

- CAPiとして示す事ができる。生産費用は一般的には PCo < PCiとなる。何故ならば、市場の BPO

受託企業は複数の企業から受託した業務を集約する事により、規模の経済性を享受出来るからで

ある。PCo < PCiであっても、PCo + TC と PCi + MC を比較した場合に、TC の大きさから PCo + TC >

PCi + MC となる結果が出たとしよう。この状況でも BPO が行われる場合がある。それは BPO による

便益が大きく、(PCo + TC) - (PCi + MC)で表されるコストを補ってあまりある便益がある場合であ

る。本稿のフレームワークはトータルコストの比較をしている為、ケイパビリティはコストを削減する要

因と定めた。PCo + TC > PCi + MC という条件でも、ケイパビリティが優れている場合には PCo + TC

- CAPo < PCi + MC - CAPiとなり、BPO が選択される。

それでは PCo + TC - CAPo < PCi + MC - CAPiを達成するようなケイパビリティ CAPoとは何であろ

うか。前述の「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」は、BPO の目的及び実際に

得られた効果に関する米国企業へのアンケート調査の結果を載せている(図表 8,9)。コスト削減効

果に関しては、本稿の分析的枠組みにおいては PCo + TC と PCi + MC の比較によって表現できる。

CAPo に相当するのは、コスト削減効果以外の「国内人材の補完」「コア・コンピタンスへの集中」「業

務のスピードアップ」「業務プロセスの見直し・改善」といった項目であろう。

「国内人材の補完」は、少子化に直面する国にとって魅力的な点であろう。少子化は、長期的に

考えれば質・量ともに国内の人材の確保を次第に困難にしていくからである。「コア・コンピタンスへ

の集中」に関しては、BPO によって生まれた余剰人員の削減や、自社のコアの部分に余剰人員を

割り当てる事で達成できる。例えば、経費の処理といった定型的なノンコア業務に割いていた人材

を、専門性を伴う業務や意思決定業務に割り当てる事が可能になる。さらに、「業務プロセスの見

直し・改善」を通じて効率性が高まることにより、「業務のスピードアップ」が可能になる。また、業務

の可視化が進む事により、内部統制の強化にも寄与すると考えられる。このように、PCo + TC < PCi

17 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」p.25

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[図表 8] 米国:海外への BPO に取り組んだ目的(3 つまで)(n=128)

[図表 9] 米国:海外への BPO による効果(n=128)

+ MC という状況であったとしても、上記のようなケイパビリティが価値を見出されるのであれば、PCo

+ TC - CAPo < PCi + MC - CAPi となり、BPO が選択されるのである。

出所: 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」p.25

出所: 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」p.27

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4-2. 日本企業における BPO 普及の阻害要因

第二章において、日本企業による BPO の利用は活発ではない事を示した。それでは、日本企

業における BPO の普及を阻害する要因は何であろうか。日本企業と米国企業の比較により、原因

の特定を試みる。最初に生産費用と取引費用理論の観点から分析を行う。

米国企業は中間組織、日本企業が企業組織を選択している状況、即ち米国企業はPCo + TC <

PCi + MC、日本企業はPCo + TC > PCi + MCとなっている状況を、前節で用いた資産特殊性の度

合いと企業境界の関係を示すグラフに示すと、図表 10 のようになる。ここから、日本企業は米国と

比較して、BPOの対象になる間接業務の資産特殊性が高い事が把握できる。それでは日本企業

の間接業務の資産特殊性を高めている要因とは何か。日本企業におけるBPO普及を妨げる要因

として、調査会社ガートナー・ジャパンの足立裕子氏は、業務ノウハウが属人的であることを指摘す

る 18。日本企業はOJTによる業務知識の取得に代表されるように、職務が細かく定義されていない

場合が多い。また、企業独自の方法に固執するケースが散見される。具体例としてERPのようなパ

ッケージソフトウェアを導入する場合、日本企業は既存の業務プロセスに適合させる為のカスタマ

イズ作業の量が欧米企業よりも多くなると言われている 19

18 ジェトロ(2008)『インドオフショアリング―拡がる米国との協業』p.110

。業務プロセスが定義されていない事、独

自仕様に固執する事は資産特殊性を高める原因となると考えられる。何故ならば、BPO受託業者

にとって独自仕様で固められた業務を引き受ける事は、他へノウハウや情報システムの転用が難し

い業務を引き受ける事、すなわち資産特殊性の高い資源への投資となるからである。資産特殊性

が高い場合、適正な投資が行われないホールド・アップ問題を招く事になる。即ち、BPO受託業者

が日本企業のBPO引き受けを敬遠する状況を生んでしまうかもしれない。さらに、前節において

「BPO受託業者は複数の企業から受託した業務を集約する事により、規模の経済性を享受出来

19 小林慎太郎(2005)「海外アウトソーシングの日米比較による日本企業の課題」『NRI パブリックマネジメントレビュー』p.7

取引費用

資産特殊性 米国企業 日本企業

市場取引 中間組織

企業組織

[図表 10] 資産特殊性と企業の境界

アーノルド・ピコー他(2007)『新制度派経済学による組織入門―市場・組織・組織間関係へのアプローチ―』p.71 を基に作成

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る」と述べた。独自仕様で固められた業務プロセスでは、BPO受託業者は規模の経済性を生かす

事ができない。このような場合、BPO受託業者に任せる事で得られるはずのコストメリットPCi - PCo

が小さくなってしまうのである。この事から、米国企業はPCo + TC < PCi + MC、日本企業はPCo +

TC > PCi + MCといった状況が生み出されると考えられる。ここから分かるように、日本企業による

BPO活用を推進する為には、第一に間接業務の資産特殊性を低めなければならない。具体的に

は業務プロセスが定義されていない事や独自仕様に固執する事に対するアプローチを行わなけ

ればならない。

続いて、ケイパビリティ理論の観点から分析を行う。前章において、PCo + TC > PCi + MCであっ

たとしても、PCo + TC - CAPo < PCi + MC - CAPiとなるようなCAPoの存在を示した。具体的には、

「国内人材の補完」「コア・コンピタンスへの集中」「業務のスピードアップ」「業務プロセスの見直し・

改善」「委託先の専門性の活用」といったものが挙げられた。しかしながら、日本企業においてBPO

のケイパビリティに対する認識は十分であるとは言い難い。日本企業による成功事例がまだ少なく、

不確実性が高いという事も普及を阻む要因であろう。さらに、日本企業に共通する商習慣も影響を

与えている。例えば、「コア・コンピタンスへの集中」に関しては、米国企業は雇用が流動的である

為、BPOによって生まれた余剰人員を柔軟に扱う事が出来る。それに比べ、日本企業は雇用が硬

直的である為、BPOによって生まれた余剰人員の処遇を如何にするかが問題になってくる。BPO =

リストラというイメージが影響し、日本企業はBPOを行う際、シェアードサービスにとどまる事が多い。

シェアードサービスとは、自社グループの間接部門を集約した企業を新たに設立し、そこにBPOを

行う事で、コストの削減を図る手法であるが、オフショアBPOと比較すればその効果は限定的であ

る。加えて、日本企業の間接部門は他部門と比べてコスト意識が低く、業務毎にどの程度コストが

掛かっているかを意識する事が少ない 20

一方で、日本企業に大きな価値を見出されうるケイパビリティも存在する。例えば「国内人材の補

完」は、日本企業にとって、魅力的な点であろう。国際連合が 2008 年に発表した世界の人口推計

によれば、2005 年から 2010 年の合計特殊出生率において、日本は主要国首脳会議(G8)中最低

の水準である(図表 11)。少子化が招く国内人材の枯渇に対して、海外の人材の活用を可能にする

オフショア BPO は有効なアプローチであろう。また、「業務プロセスの見直し・改善」といった項目も、

業務プロセスが定義されておらず、コスト意識の低い日本企業にこそ大きな効果が生まれると考え

られる。以上のように、コスト削減以外にも BPO 導入により得られる便益は存在する。しかしながら

その認識は十分であるとは言えない。日本企業による BPO 活用を推進する為の第二の課題として、

そのような潜在需要を顕在化させる必要がある。

。その為、BPOの導入によりコストの削減を達成できたとし

ても、その効果が実感されにくい。

20 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書 資料編」p.27

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国・地域 合計特殊出生率 日本 1.27 ドイツ 1.32 ロシア 1.37 イタリア 1.38 カナダ 1.57 イギリス 1.84 フランス 1.89 アメリカ合衆国 2.09

5. 政策的提言 日本企業による BPO 活用を推進する為には、第一に間接業務の資産特殊性を低める、第二に

潜在需要を顕在化させる政策が必要であると述べた。これらの課題を解決する為の具体的な政策

として以下の二つを提示する。

5-1. グローバルスタンダードの推進

国による会計基準の変更といった制度設計が、BPO 普及の契機になると考えられる。例えば、

2006 年に成立した金融商品取引法、所謂 J-SOX 法では、企業に評価対象となる業務を文章化し、

内部統制の整備状況及び運用状況を評価する事を求めている。今まで属人的であった業務が文

章化される事で、BPO 対象業務の特定及び業務の切り出しが容易になる。また、業務の文章化を

通じて非効率な業務が明らかになり、「業務プロセスの見直し・改善」の必要性が認識されるかもし

れない。「業務プロセスの見直し・改善」を推し進める中で、企業グループ内での業務の標準化な

どの取り組みが進められると考える。企業の内部統制や会計基準を国際基準に合わせる事は、企

業に対して制度対応の為のコストを強いる事になるが、長期的に見れば、企業の透明性・信頼性を

高め、価値を向上させていく事に繋がると考えられる。今後とも国際基準に追随していく事が求め

られるであろう。

5-2. 業界団体の設立

企業に対する BPO に関する情報提供や導入支援を目的とした業界団体の設立も有効であると

考える。前章において、BPO には導入するに値する便益がある事を指摘した。コスト削減効果に限

らず BPO 導入によって何が変わるのか、積極的に企業側に発信していく事を通じ、潜在需要を喚

起していく必要がある。また、企業が実際に BPO を導入するに当たり、業務の標準化やアウトソー

シング対象業務の範囲の設定、アウトソーシング先の選定など、直面する課題は多い。そのような

課題に対して一括した支援が行える事が望ましい。その為に、業界団体にはBPO事業者に限らず、

コンサルティング企業やシンクタンク、情報サービス企業といった幅広い業界の参加が望まれる。

[図表 11] 主要国首脳会議(G8)参加国の合計特殊出生率(2005-2010)

United Nations Department of Economic and Social Affairs(2008),“World Population Prospects: The 2008 Revision”.pp.35-39 を基に作成

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<参考文献> 1. A.T. Kearney(2009),“The 2009 A.T. Kearney Global Services Location Index”.

2. United Nations Department of Economic and Social Affairs(2008),“World Population Prospects:

The 2008 Revision”.

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4. アーノルド・ピコー他(2007)『新制度派経済学による組織入門―市場・組織・組織間関係への

アプローチ―』丹沢安治他訳、白桃書房

5. 青木昌彦、安藤晴彦(2002)『モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質―』東洋経済

新報社

6. 海野惠一(2008)『本社も経理も中国へ―交通費伝票は中国で精算する―』ダイヤモンド社

7. 木原仁(2008)「ケイパビリティアプローチによる企業境界の考察―最近の医薬品産業の動向を

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8. 経済産業省(2008)「BPO(業務プロセスアウトソーシング)研究会報告書」

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10. 小林慎太郎(2005)「海外アウトソーシングの日米比較による日本企業の課題」『NRI パブリック

マネジメントレビュー』2005 年 2 月、第 19 号

11. ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【上】基本編 競争優位の構築と持続』岡田正大訳、

ダイヤモンド社

12. ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続』岡田正大

訳、ダイヤモンド社

13. ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論【下】全社戦略編 競争優位の構築と持続』岡田正大

訳、ダイヤモンド社

14. ジェトロ(2008)『インドオフショアリング―拡がる米国との協業』ジェトロ

15. スィッツェ・ダウマ、ヘイン・スクルーダー(2007)『組織の経済学入門』丹沢安治他訳、文眞堂

16. 総務省(2007)「オフショアリングの進展とその影響に関する調査研究」

17. 総務省(2007)「情報通信白書平成 19 年版」

18. 武石彰(2003)『分業と競争―競争優位のアウトソーシング・マネジメント―』有斐閣

19. 丹沢安治(2009)「中国におけるオフショアリング・ビジネスの展開」『中国経営管理研究』2009

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20. デイビッド・ベサンコ他(2002)『戦略の経済学』奥村昭博他訳、ダイヤモンド社

21. トーマス・フリードマン(2006)『フラット化する世界(上)』伏見威蕃訳、日本経済新聞社

22. トーマス・フリードマン(2006)『フラット化する世界(下)』伏見威蕃訳、日本経済新聞社

23. 中島伸彦、能勢幸嗣(2009)「プリンシプルのあるビジネスプロセス・アウトソーシング─中長期

戦略に基づく価値創造型の間接業務とは―」『知的資産創造』2009 年 9 月号、pp.48-61

24. 夏目啓二(2006)「グローバリゼーションとオフショア・アウトソーシング」『社会科学研究年報』

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17

第 37 号、pp.1-16

25. 野村総合研究所(2009)『IT ソリューションフロンティア』2009 年 7 月号

26. 牧野昇(1997)『アウトソーシング―巨大化した外注・委託産業―』経済界

27. 矢野亮(2009)「次世代シェアードサービスが果たすべき役割―全社業務改革の推進を目指

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28. リチャード・ラングロワ、ポール・ロバートソン(2004)『企業制度の理論―ケイパビリティ・取引費

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29. 渡邊達雄(2007)『企業変革のためのアウトソーシング BTO―業務と組織のイノベーションを目

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30. Accenture「グローバル CFO 調査にみるこれからの財務・経理部門の役割」

http://www.accenture.com/Countries/Japan/Research_and_Insights/By_Subject/Finance_and_Pe

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31. IBM「特集―アウトソーシングの考え方―」

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(情報最終確認日 2010 年 1 月 6 日)

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http://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20091112Apr.html

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http://www.jees.or.jp/jlpt/jlpt_result_2009_1.html

(情報最終確認日 2010 年 1 月 6 日)