2011-i 文献レビュー「政治的リーダーシップ」
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1.目的
ある組織が長期的な課題解決に向かって動く場合、リーダーが組織や社会の将来的ビジョンを提示することで構成員の支持や協働を得るという方法がある。
環境、エネルギーそして経済を基軸要素に将来社会の設計を図る低炭素社会政策は、組織(この場合国内社会)の現在から将来にわたるあり方を示す「ビジョン」と、組織の方向性に変化を与える「リーダーシップ」の担うところが大きい。
本調査は、上記の性質を持つ日本の低炭素社会政策を念頭に置き、政策過程における「ビジョン」・「リーダーシップ」に関する先行研究を概観するものである。
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2.報告の構成と文献の対応
①リーダーシップなき民主主義の質的問題 文献:足立幸男『持続可能な未来のための民主主義』2009年。
②組織管理論におけるリーダーシップとビジョン 文献:Manasse, A. Lorri (1985) “Vision and Leadership: Paying Attention to Intention”
③政府間交渉におけるリーダーシップ 文献:Young, O. (1991) “Political leadership and regime formation” Underdal, A. (1994) “Leadership Theory: Rediscovering the Arts of Management”
④国内政治過程におけるリーダーシップ 文献:蟹江 憲史『地球環境外交と国内政策―京都議定書をめぐるオランダの外交と政策』2001年。
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3.レビュー
①リーダーシップなき民主主義の質的問題 足立幸男『持続可能な未来のための民主主義』2009年。
環境・エネルギー分野の持続可能性への危機意識をもとに、政治学・公共政策学的観点から民主主義の質的問題を指摘。
【非理想的な民主主義の問題の指摘】
民衆の利害が直接的に反映する民主主義体制下では、現在世代の民衆の近視眼的選好により中長期的利益に反する政治決定がなされる。
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3.レビュー ①リーダーシップなき民主主義の質的問題
【報告者考察:混沌状態で路を示すリーダーシップ】
民主主義は現状では中長期的展望に基づく決定を出すことは困難。何らかの変化を必要とする。
将来ビジョンの提示によるリーダーシップの発揮が、変動の要因となると考える。
「混沌状態」では近視眼的・場当たり的決定がなされざるを得ないが、何らかの形で遠望的な方向性を持ったリーダーシップを発揮することができれば、沈滞状態からの打開が実現する。
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3.レビュー
②組織管理論におけるリーダーシップとビジョン 文献:Manasse, A. Lorri “Vision and Leadership: Paying Attention to Intention
組織管理論的観点から、基本的な組織におけるリーダーシップとビジョンについて分析し定義づける。
【組織の方向性を変えるリーダーシップ】
リーダーシップは組織の方向性の変動を起こして発展的存続を導くための組織運営上の要素。
リーダーは複合的なビジョンを備えることが必要であり、それは組織の方向性や構成員の姿勢へ反映する。
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3.レビュー ②組織管理論におけるリーダーシップとビジョン
【報告者考察:国内政治アクターへの応用】
国内政治では、 「組織」→国内社会、「リーダー」→有力政治アクター。
ビジョンを構築するには、有力政治アクターが
社会の中での自らの特性を認識(要素3)した上で
現状の社会システムを的確にとらえ(要素1)、
アクター自身の哲学に基づいた将来像を設定し(要素2)、
それらを結びつけて提示し構成員の納得を得る(要素4)
という経緯が考えられる。
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3.レビュー
③政府間交渉におけるリーダーシップ 文献:Young, O. (1991) “Political leadership and regime formation” Underdal, A. (1994) “Leadership Theory: Rediscovering the Arts of Management”
環境国際交渉の実例から、交渉アリーナで発揮されるリーダーシップの類型を抽出し、理論化。
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3.レビュー ③政府間交渉におけるリーダーシップ
【ヤングのリーダーシップ分類】 1. 構造的リーダーシップ:自国の影響力を利用 2. 起業家的リーダーシップ:交渉スキルによる仲介 3. 知的リーダーシップ:課題解決のアイディアを提供
【ウンダーダルのリーダーシップ分類】 1. 一極的行動によるリーダーシップ:率先垂範 2. 強圧的リーダーシップ:利益誘導 3. 政治的・知的要素を含んだ手段的リーダーシップ:診断
交渉結実のためには、それぞれの局面に対応したリーダーシップが複合的に発揮されることが必要
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3.レビュー ③政府間交渉におけるリーダーシップ
【報告者考察:将来設計・社会ビジョン政策への応用】
これらの“戦術的”リーダーシップは、「低炭素社会政策」のような将来設計・社会ビジョンを伴う国内政策に応用できる。
“ビジョンの力を中心とする”:「知的リーダーシップ」
“多面的な利益をもたらすビジョンの立案”: 「起業家的リーダーシップ」
“権威ある主体がビジョンを提唱”: 「政治的・知的要素を含んだ手段的リーダーシップ」
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3.レビュー
④国内政治過程におけるリーダーシップ 文献:蟹江 憲史『地球環境外交と国内政策―京都議定書をめぐるオランダの外交と政策』2001年。
気候変動政策に国民の関心が集中し長期的な政策計画が実現したオランダの政策経緯を分析。
【オランダ内政の経緯】 1988 王立研究所による環境調査報告書発表 (著者は国家としての科学的知識に基づいた対応であることを強調)
1989 環境問題が重要争点となる総選挙 積極派が勝利 新内閣により、「国家環境政策計画」導入 (著者はこれをもって国民的コンセンサスの発端とする)
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3.レビュー ④国内政治過程におけるリーダーシップ
【報告者考察:ビジョン・リーダーシップの視点からの解釈】
この経緯は、
「環境問題への危機意識が リーダーシップを待望する状況を生み、
権威ある機関の報告が それを国家的課題として認証することとなり、
政府は『国家環境政策計画』、各党はそれぞれの環境公約という形でビジョンに基づくリーダーシップの発揮を試み、
総選挙での勝利により 『国の環境政策』総体としてリーダーシップが備わった」
と解釈できる。
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4.考察
【「ビジョン提示型施策」の重要性の高まり】 近視眼的になりがちな状況下の民主主義体制において、構成員を中長期的利益の方向へ導くのが「ビジョン」・「リーダーシップ」。中長期の発展的展望を示し、そこに構成員の意識、支持、行動を導く。
【ビジョン・リーダーシップの要点】
〔ビジョン〕提唱者の価値観の普遍性や洞察力の深さ
+科学的知見 多面的な利害の考慮 発信者の権威
〔リーダーシップ〕
課題に対するポジティブなとらえ方
社会の広範な構成員への受容
政治プロセスでビジョンを実現する決定を導く
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4.考察
【政治的実現可能性】 そのようなビジョンが実際に 世論の盛り上がり、政治的アジェンダ化、国政選挙の争点化 を経て政治上に実体化するのは、相当な好条件の重なった場合のみ。 「ビジョン」・「リーダーシップ」は一気呵成に成立・実現するものではなく、段階的な注力を要求するものではないか。 ビジョン自体絶えず更新を重ねていくことが、リーダーシップも応用を重ねながら好機をとらえ拡大することが、政治上での実体化のための王道と考える。
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5.文献リスト
[1]足立 幸男 編著『持続可能な未来のための民主主義』ミネルヴァ書房、2009年。
[2]Manasse, A. Lorri (1985) “Vision and Leadership: Paying Attention to Intention” Peabody Journal of Education (0161-956X)1985-10-01. Vol.63; Pp.150-173.
[3]Young, O. (1991) “Political leadership and regime formation: on the development of institutions in international society”, International Organization 45, 3, Summer 1991: Pp.281-308.
[4]Underdal, A. (1994) “Leadership Theory: Rediscovering the Arts of Management”, I. William Zartman ed. (1994) INTERNATIONAL MULTILATERAL NEGOTIATION: Approaches to the Management of Complexity, Jossey-Bass Publishers.: Pp.178-197.
[5]蟹江 憲史『地球環境外交と国内政策―京都議定書をめぐるオランダの外交と政策』慶応義塾大学出版会、2001年。
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