ジオエコノミクス・レビュー vol.12 20160723

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1 ジオエコノミクス・レビュー 1 巻 12 号 実践編 今号の趣旨 2016 年 7 月 12 日、国連の裁判所が中国の主張する南シナ海の領有権を無効 とする判断を下しました。今回はその意味合いについて解説します。 中国は判決を受け入れない・・・国益に資さない限り まず、 参考文献にも挙げてありますグラハム・アリソン氏他識者が指摘しているとお り、中国がすんなりと判決を受け入れる可能性は低いでしょう。実は、国連安全保 障理事会の常任理事国は、(明確に自国の利益が確認されるようなことでもない 限り)このような国際司法判断を受け入れたことはないのだそうです。ロシアも、イギ リスも、アメリカも。中国は南シナ海のことを重要な国益として語っています。つまり、 今回の判決を受け入れることは、中国の重要な国益に反します。そのことからして も、中国が判決を受け入れる可能性は限りなく低いと考えるのが通常でしょう。 短期的には、中国は緊張と抑制の狭間で動く では今後情勢はどのように動くのでしょうか。少なくとも短期的には、緊張 と抑制の間を行ったり来たりするような状況が続きそうです。第一に緊張の 高まりが挙げられます。すでにケンタッキー・フライド・チキン等アメリカ 系企業やフィリピンに対する不買運動の兆しが見られます。また面子の観点 からも、ナショナリズムを高揚させ、判決受け入れ拒否を叫ばざるを得ない 局面もあるでしょう。 他方で中国は G20 のホスト国でもあり、あまり事を荒立てるとそこで国際 社会からの批判を浴びかねないという懸念もあります。また今回勝訴したフ ィリピンは新大統領が就任し、対話による解決の用意があるとも言われてい ご挨拶 本ニューズレターも第 12 号発行とな りました。 本ニューズレターでは最近注目を集 めている「ジオエコノミクス」的観点か ら日本企業を取り巻く政治経済情 勢を分析し、皆様のビジネス上の意 思決定の一助となれればと思ってお ります。 今回は南シナ海判決に関する見解 をまとめます。 株式会社藤村総合研究所 代表取締役 藤村慎也

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Page 1: ジオエコノミクス・レビュー Vol.12 20160723

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ジオエコノミクス・レビュー 1 巻 12 号 実践編

今号の趣旨

2016 年 7 月 12 日、国連の裁判所が中国の主張する南シナ海の領有権を無効

とする判断を下しました。今回はその意味合いについて解説します。

中国は判決を受け入れない・・・国益に資さない限り

まず、 参考文献にも挙げてありますグラハム・アリソン氏他識者が指摘しているとお

り、中国がすんなりと判決を受け入れる可能性は低いでしょう。実は、国連安全保

障理事会の常任理事国は、(明確に自国の利益が確認されるようなことでもない

限り)このような国際司法判断を受け入れたことはないのだそうです。ロシアも、イギ

リスも、アメリカも。中国は南シナ海のことを重要な国益として語っています。つまり、

今回の判決を受け入れることは、中国の重要な国益に反します。そのことからして

も、中国が判決を受け入れる可能性は限りなく低いと考えるのが通常でしょう。

短期的には、中国は緊張と抑制の狭間で動く

では今後情勢はどのように動くのでしょうか。少なくとも短期的には、緊張

と抑制の間を行ったり来たりするような状況が続きそうです。第一に緊張の

高まりが挙げられます。すでにケンタッキー・フライド・チキン等アメリカ

系企業やフィリピンに対する不買運動の兆しが見られます。また面子の観点

からも、ナショナリズムを高揚させ、判決受け入れ拒否を叫ばざるを得ない

局面もあるでしょう。

他方で中国は G20 のホスト国でもあり、あまり事を荒立てるとそこで国際

社会からの批判を浴びかねないという懸念もあります。また今回勝訴したフ

ィリピンは新大統領が就任し、対話による解決の用意があるとも言われてい

ご挨拶

本ニューズレターも第 12 号発行とな

りました。

本ニューズレターでは最近注目を集

めている「ジオエコノミクス」的観点か

ら日本企業を取り巻く政治経済情

勢を分析し、皆様のビジネス上の意

思決定の一助となれればと思ってお

ります。

今回は南シナ海判決に関する見解

をまとめます。

株式会社藤村総合研究所 代表取締役

藤村慎也

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ます。従って、中国側は表立って南シナ海判決に反対しつつも、一定のとこ

ろで抑制に動くのではないでしょうか。実際に不買運動の加熱を抑えようと

する動きもあるようです。

“国連安全保障理事会の常任理事国は、(明確に自国の利益が確

認されるようなことでもない限り)このような国際司法判断を受け入れた

ことはない”

中長期的な焦点の 1 つは、フィリピン沖の建造物

しかしこれらはいずれも短期的な話でしかありません。中長期的にはスカボロー礁の

軍事拠点化が進むか否かが 1 つのポイントとなりそうです。スカボローはフィリピンのマ

ニラの目と鼻の先に位置し、台湾とフィリピンの間の海峡の入り口ともなっている軍事

的要衝です。ここを中国が軍事拠点化することは、アメリカにとっても、フィリピンにとっ

ても戦略的に受け入れがたいようです。したがってスカボロー礁での中国の動きは、今

後の方向性を示す貴重なサインとなるかもしれません。

企業の立場からすると、どうしても不買運動に目が行ってしまいがちです。もちろん短

期的とはいえ不買運動が自社の業績に及ぼす影響は大きいですから、注視する必要があります。今後日系企業に不買運動や抗議

デモが広がる可能性も否定できません。しかし中長期的な動向を読むには、スカボロー礁を中心とした中国の南シナ海における一挙

手一投足に目を投じる必要がありそうです。

参考文献

[FT]「中国政府、フィリピンの懐柔狙う 南シナ海判決で」日本経済新聞 2016 年 7 月 13 日

Keith Johnson and Dan de Luce, “Hague Court Strikes Down Beijing’s South China Sea Claims”, The

Foreign Policy, July 12, 2016

Graham Allison, “Of Course China, Like All Great Powers, Will Ignore an International Legal Verdict”, The

Diplomat, July 11, 2016

“Judgment Day: The South China Sea Tribunal Issues Its Ruling”, CSIS Newsletter, July 12, 2016

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