ナワトル語イシュキワカン方言における定性と2種のコピュラ文

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ナワトル語イシュキワカン方言における 定性と2種のコピュラ文 佐々木充文 (東京大学大学院・日本学術振興会DC日本言語学会 149回大会 2014. 11. 15 1

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ナワトル語イシュキワカン方言における

定性と2種のコピュラ文

佐々木充文 (東京大学大学院・日本学術振興会DC)

日本言語学会 第149回大会

2014. 11. 15

1

イシュキワカン (San Francisco Ixquihuacan)

メキシコ中央部 プエブラ州 アワカトラン郡

2

アワカトラン郡

プエブラ州

©Google ©INEGI

本発表の構成

はじめに

- ナワトル語における小辞 in について

イシュキワカン方言

① 小辞 n の決定詞性

② 2種類のコピュラ文(分布に小辞 n が関与)

③ ①を手がかりとした②の分布の分析

④ ②の起源に関する考察

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ナワトル語における小辞 in

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ナワトル語における小辞 in

(1) in metl ī-tech Ø-kīsa in nēkwtli Ø-īwani

IN 竜舌蘭 3SGP-表面に 3S-出る IN 蜜 3S-飲める

「竜舌蘭からは、飲める蜜が出る」

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ナワトル語の多くの方言に存在する小辞

近称の指示詞 īn に由来?

ナワトル語における小辞 in

(2) Ø-kim-itstikat-e’ in Ø-ma’āltia-’ siwa-’ 3S-3PLO-見ている-PL IN 3S-水浴びする-PL 女-PL

「彼らは水浴びしている女たちを見ている」

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(2) のように動詞の前にも現れる

主文の述語には現れない

→ 「従属詞」(subordinator, adjunctor)

ナワトル語における小辞 in

Andrews (2003, 40–41)

– 「小辞 in は adjunctor であって決定詞ではない」

– 「Determination(定か不定か)の問題は英語やスペイン語の文法に属するものであって、この区別はナワトル語にはない」

– 「ナワトル語における adjunction はマークされる場合もされない場合もある(in の使用はふつう非義務的である)」

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イシュキワカン方言の小辞 n

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イシュキワカン方言の小辞 n

小辞 in > イシュキワカン方言 n

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(3) xi-k-oni n ātl 2OPT-3SGO-飲む IN 水

「水を飲みなさい」

(4) ompa sē-k-wīka n tixtli īch n mākinah そこ 1PLS-3SGO-持っていく IN 生地 …に IN 機械

「それから、私たちは生地を機械に入れる」

小辞 n : 義務性

(5) n Lupita ō-Ø-wits deh n tipos IN ルピータ PST-3SGS-落ちた …から IN 金属

「ルピータは車から落ちた」

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小辞 n を省略できない例

小辞 n : 義務性

(6) kāmpa yā Ø-nēsi Ø-ī-ski (*n) ilwitl どちら もう 3S-見える 3S-ある-FUT IN 祭り

Ø-ki-kwā-s-keh n mōli

3S-3SGO-食べる-FUT-PL IN モーレ

「祭りがありそうなところでは、モーレを食べる」

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小辞 n を挿入できない例

小辞 n : 義務性

可算名詞句が主語や目的語になる場合、 小辞 n か量化要素(数詞 sē 「1」 など)が必要

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(7) Ø-witsi-s sē bāsoh 3S-落ちる-FUT 1つ コップ 「コップが1つ落ちるだろう」

Ø-witsi-s n bāsoh 3S-落ちる-FUT IN コップ 「コップが落ちるだろう」

*Ø-witsi-s bāsoh

小辞 n : 意味

小辞 n は、既知・導入済みの要素を標示する

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(8a) n tichalōtl Ø-ki-kwa n ēlōtl IN リス 3S-3SGO-食べる IN トウモロコシの穂

(8b) sē tichalōtl Ø-ki-kwa n ēlōtl IN リス 3S-3SGO-食べる IN トウモロコシの穂

「リスがトウモロコシをかじる」

小辞 n : 意味

小辞 n は、既知・導入済みの要素を標示する

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(9a) n Luis Ø-ki-niki kafēn IN ルイス 3S-3SGO-欲する コーヒー

(9b) n Luis Ø-ki-niki n kafēn IN ルイス 3S-3SGO-欲する IN コーヒー

「ルイスはコーヒーがほしい」

小辞 n : まとめ

イシュキワカン方言の小辞 n は:

– 義務的である(有無が容認性に影響)

– 有意味である(有無が解釈に影響)

「非義務的な従属詞」in とは異なる

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本発表の主張

小辞 n は、英語やスペイン語の定冠詞と同様に決定詞 (determiner) である

小辞 n は、名詞句 (NP) と結びつくことで決定詞句 (DP) を形成する

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決定詞句 (DP) 仮説

Abney (1987), etc.

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DP

D NP

D’

the book

決定詞としての小辞 n

(11a) *ō-ni-Ø-koh lībroh PST-1SGS-3SGO-買った 本

(11b) ō-ni-Ø-koh n lībroh PST-1SGS-3SGO-買った IN 本

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NP

lībroh

DP

D NP n

lībroh

(11b') (11a')

“裸のNP” の総称性

単数可算名詞句が裸で現れる場合、

総称解釈を受ける

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(12b) nin tlapahtāni Ø-ki-pahtia siwātl この 医者 3S-3SGO-癒す 女

「この医者は女性(一般)を治す」

小辞 n を決定詞とする根拠

動詞の前には現れない

(補文標識ではない)

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(13) sē-Ø-kihkīxtia n tixtli tlēn y=ō-būwa-k 1PLS-3SGO-取り出す IN 生地 COMP もう=PST-固くなる-PST

*sē-Ø-kihkīxtia n tixtli n y=ō-būwa-k 1PLS-3SGO-取り出す IN 生地 IN もう=PST-固くなる-PST

「私たちは固まってしまった生地を取り出す」

小辞 n を決定詞とする根拠

形容詞と主要部名詞句の間に介在できない

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(14) n siwātl (*n) kwakwaltsĩ IN 女 IN 美しい

「その美しい女性」

cf. la mujer (*la) bonita ART 女 ART 美しい

NP

DP

D

小辞 n を決定詞とする根拠

述語名詞に n が現れないのはなぜか

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(15) n Elías (*n) tlapahtāni IN エリーアス IN 医者

「エリーアスは医者だ」

cf. Elías es médico エリーアス COP.3SG 医者

「エリーアスは医者だ」

2種類のコピュラ文

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単純コピュラ文

直説法現在時制ではコピュラなし

その他の法・時制ではコピュラあり

一・二人称では補語名詞が人称変化

述語には小辞 n が現れない

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Yēn 文(代名詞コピュラ文)

補語が 定( n つきDPなど)の場合

ダミーの人称代名詞が現れる

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(18) tlakã n Hombre Araña yeh n Peter Parker なんと IN スパイダーマン 3SG IN ピーター・パーカー

「なんと、スパイダーマンはピーター・パーカーだったのだ」

2種類のコピュラ文の分布

単純コピュラ文

– 補語が普通名詞句で n を伴わない場合

Yēn 文

– 補語が n を伴う場合(人名含む)

– 補語が指示詞

– 補語が代名詞

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述定文と指定文

述定文 (predicational sentence)

– (21a) John is a teacher.

指定文 (specificational sentence)

– (21b) The bank robber is John Thomas.

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2種のコピュラ文の起源

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単純コピュラ文が述定文に限られる理由

語順が自由

→ 指定文はDP+DPなので、主語が特定できない

義務的なゼロコピュラ

→ 主語が節になると解釈に困難

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(22a) *[n tlēn ō-ni-k-tēmowā-ya] nikānkah IN COMP PST-1SGS-3SGO-探す-IMPF これ

「私が探していたのはこれだ」

(22b) ō-ni-k-tēmowā-ya nikānkah PST-1SGS-3SGO-探す-IMPF これ

「私はこれを探していた」

指定文にダミー代名詞が用いられる理由

指定文の補語は焦点になりやすい

指定文の多くは分裂文

ゼロコピュラ言語では、分裂文であることを標示できる要素が代名詞主語しかない

cf. Es mi madre quien me ayuda

COP.3SG 私の 母 REL 私を 助ける.3SG

「私を助けてくれるのは私の母だ」

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指定文にダミー代名詞が用いられる理由

分裂文におけるダミー代名詞の使用 – ロシア語 (Gundel, 1997)

(23) èto Ivana ja videl それ イヴァーナ 私 見た

「私が会ったのはイヴァーナだ」

– モロッコ・アラビア語 (Ouhalla, 1999)

(24) Nadia hiyya lli ʔllf-at l-ktab ナディーヤ 彼女 REL.F 書いた-3SGF ART-本

「その本を書いたのはナディーヤだ」

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結論

2種類のコピュラ文の分布は、n の決定詞性と述定文 vs. 指定文の差から説明できる

両構文は、イシュキワカン方言のより一般的な文法特徴から説明できる

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¡Tlasohkāmati! 「ありがとうございました」

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