ナワトル語イシュキワカン方言における定性と2種のコピュラ文
TRANSCRIPT
本発表の構成
はじめに
- ナワトル語における小辞 in について
イシュキワカン方言
① 小辞 n の決定詞性
② 2種類のコピュラ文(分布に小辞 n が関与)
③ ①を手がかりとした②の分布の分析
④ ②の起源に関する考察
3
ナワトル語における小辞 in
(1) in metl ī-tech Ø-kīsa in nēkwtli Ø-īwani
IN 竜舌蘭 3SGP-表面に 3S-出る IN 蜜 3S-飲める
「竜舌蘭からは、飲める蜜が出る」
5
ナワトル語の多くの方言に存在する小辞
近称の指示詞 īn に由来?
ナワトル語における小辞 in
(2) Ø-kim-itstikat-e’ in Ø-ma’āltia-’ siwa-’ 3S-3PLO-見ている-PL IN 3S-水浴びする-PL 女-PL
「彼らは水浴びしている女たちを見ている」
6
(2) のように動詞の前にも現れる
主文の述語には現れない
→ 「従属詞」(subordinator, adjunctor)
ナワトル語における小辞 in
Andrews (2003, 40–41)
– 「小辞 in は adjunctor であって決定詞ではない」
– 「Determination(定か不定か)の問題は英語やスペイン語の文法に属するものであって、この区別はナワトル語にはない」
– 「ナワトル語における adjunction はマークされる場合もされない場合もある(in の使用はふつう非義務的である)」
7
イシュキワカン方言の小辞 n
小辞 in > イシュキワカン方言 n
9
(3) xi-k-oni n ātl 2OPT-3SGO-飲む IN 水
「水を飲みなさい」
(4) ompa sē-k-wīka n tixtli īch n mākinah そこ 1PLS-3SGO-持っていく IN 生地 …に IN 機械
「それから、私たちは生地を機械に入れる」
小辞 n : 義務性
(5) n Lupita ō-Ø-wits deh n tipos IN ルピータ PST-3SGS-落ちた …から IN 金属
「ルピータは車から落ちた」
10
小辞 n を省略できない例
小辞 n : 義務性
(6) kāmpa yā Ø-nēsi Ø-ī-ski (*n) ilwitl どちら もう 3S-見える 3S-ある-FUT IN 祭り
Ø-ki-kwā-s-keh n mōli
3S-3SGO-食べる-FUT-PL IN モーレ
「祭りがありそうなところでは、モーレを食べる」
11
小辞 n を挿入できない例
小辞 n : 義務性
可算名詞句が主語や目的語になる場合、 小辞 n か量化要素(数詞 sē 「1」 など)が必要
12
(7) Ø-witsi-s sē bāsoh 3S-落ちる-FUT 1つ コップ 「コップが1つ落ちるだろう」
Ø-witsi-s n bāsoh 3S-落ちる-FUT IN コップ 「コップが落ちるだろう」
*Ø-witsi-s bāsoh
小辞 n : 意味
小辞 n は、既知・導入済みの要素を標示する
13
(8a) n tichalōtl Ø-ki-kwa n ēlōtl IN リス 3S-3SGO-食べる IN トウモロコシの穂
(8b) sē tichalōtl Ø-ki-kwa n ēlōtl IN リス 3S-3SGO-食べる IN トウモロコシの穂
「リスがトウモロコシをかじる」
小辞 n : 意味
小辞 n は、既知・導入済みの要素を標示する
14
(9a) n Luis Ø-ki-niki kafēn IN ルイス 3S-3SGO-欲する コーヒー
(9b) n Luis Ø-ki-niki n kafēn IN ルイス 3S-3SGO-欲する IN コーヒー
「ルイスはコーヒーがほしい」
決定詞としての小辞 n
(11a) *ō-ni-Ø-koh lībroh PST-1SGS-3SGO-買った 本
(11b) ō-ni-Ø-koh n lībroh PST-1SGS-3SGO-買った IN 本
18
NP
lībroh
DP
D NP n
lībroh
(11b') (11a')
“裸のNP” の総称性
単数可算名詞句が裸で現れる場合、
総称解釈を受ける
19
(12b) nin tlapahtāni Ø-ki-pahtia siwātl この 医者 3S-3SGO-癒す 女
「この医者は女性(一般)を治す」
小辞 n を決定詞とする根拠
動詞の前には現れない
(補文標識ではない)
20
(13) sē-Ø-kihkīxtia n tixtli tlēn y=ō-būwa-k 1PLS-3SGO-取り出す IN 生地 COMP もう=PST-固くなる-PST
*sē-Ø-kihkīxtia n tixtli n y=ō-būwa-k 1PLS-3SGO-取り出す IN 生地 IN もう=PST-固くなる-PST
「私たちは固まってしまった生地を取り出す」
小辞 n を決定詞とする根拠
形容詞と主要部名詞句の間に介在できない
21
(14) n siwātl (*n) kwakwaltsĩ IN 女 IN 美しい
「その美しい女性」
cf. la mujer (*la) bonita ART 女 ART 美しい
NP
DP
D
小辞 n を決定詞とする根拠
述語名詞に n が現れないのはなぜか
22
(15) n Elías (*n) tlapahtāni IN エリーアス IN 医者
「エリーアスは医者だ」
cf. Elías es médico エリーアス COP.3SG 医者
「エリーアスは医者だ」
Yēn 文(代名詞コピュラ文)
補語が 定( n つきDPなど)の場合
ダミーの人称代名詞が現れる
25
(18) tlakã n Hombre Araña yeh n Peter Parker なんと IN スパイダーマン 3SG IN ピーター・パーカー
「なんと、スパイダーマンはピーター・パーカーだったのだ」
述定文と指定文
述定文 (predicational sentence)
– (21a) John is a teacher.
指定文 (specificational sentence)
– (21b) The bank robber is John Thomas.
27
単純コピュラ文が述定文に限られる理由
語順が自由
→ 指定文はDP+DPなので、主語が特定できない
義務的なゼロコピュラ
→ 主語が節になると解釈に困難
29
(22a) *[n tlēn ō-ni-k-tēmowā-ya] nikānkah IN COMP PST-1SGS-3SGO-探す-IMPF これ
「私が探していたのはこれだ」
(22b) ō-ni-k-tēmowā-ya nikānkah PST-1SGS-3SGO-探す-IMPF これ
「私はこれを探していた」
指定文にダミー代名詞が用いられる理由
指定文の補語は焦点になりやすい
指定文の多くは分裂文
ゼロコピュラ言語では、分裂文であることを標示できる要素が代名詞主語しかない
cf. Es mi madre quien me ayuda
COP.3SG 私の 母 REL 私を 助ける.3SG
「私を助けてくれるのは私の母だ」
30
指定文にダミー代名詞が用いられる理由
分裂文におけるダミー代名詞の使用 – ロシア語 (Gundel, 1997)
(23) èto Ivana ja videl それ イヴァーナ 私 見た
「私が会ったのはイヴァーナだ」
– モロッコ・アラビア語 (Ouhalla, 1999)
(24) Nadia hiyya lli ʔllf-at l-ktab ナディーヤ 彼女 REL.F 書いた-3SGF ART-本
「その本を書いたのはナディーヤだ」
31