勤労者世帯の所得分配の研究 - esri ·...

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研 究 シ リ ー ズ 第34号 貝 塚 啓 明・石 田 祐 幸 石 山 行 忠・原 孝 裕 共著 小野久子 勤労者世帯の所得分配の研究 ――人的資本理論とライフ・ステージ別所得分配―― 経済企画庁経済研究所

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研 究 シ リ ー ズ 第34号 貝 塚 啓 明・石 田 祐 幸 石 山 行 忠・原 孝 裕 共著 小 野 久 子

勤労者世帯の所得分配の研究 ――人的資本理論とライフ・ステージ別所得分配――

経済企画庁経済研究所

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研 究 シ リ ー ズ 第34号 貝 塚 啓 明・石 田 祐 幸 石 山 行 忠・原 孝 裕 共著 小 野 久 子

勤労者世帯の所得分配の研究 ――人的資本理論とライフ・ステージ別所得分配――

経済企画庁経済研究所

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経済企画庁経済研究所は,所内における活発自由な研究を促進し,その成

果を庁の内外で利用していただき,かつこれを世に問うため主要な研究につ

いて,「研究シリーズ」を単行本の形で発表してきた。

この目的で刊行される本シリーズは,次の二つの性格を含むものであるこ

とを了承されたい。

第一は,本書の内容は,必ずしも経済企画庁の公式的な見解ではないこ

と。

第二は,これは研究所内での十分な検討を経てはいるが,研究の積極化の

ために,強いて所内の統一的な見解を求めず,研究員個人の研究にとどまる

ものであること。

なお,本書について,読者の方々からいっそうのご教示とご協力をいただ

ければ幸いである。

昭和54年7月

経済企画庁経済研究所長

中 村 隆 英

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は し が き

研究シリーズ第34号を「勤労者世帯の所得分配の研究」としてここに公刊

することとなった。内容については,その要旨にまとめられているので,こ

こではこの研究の位置づけについてふれておくにとどめたい。

人的所得分配の研究は,最近になって盛んになりつつある分野である。従

来の研究は,分配の平等度の測定という統計的な処理に主眼がおかれてきた

が,ここでは所得分配の変動要因をとらえるという点に力点がおかれた。さ

らにいえば,この研究では,人的資本への投資量が所得分配を左右するとい

う側面のみならず,核家族化の進展,妻の職業活動の活発化,男子人口構成

の変化等のどちらかといえば,非経済的な要因をも考慮しているという点で

特色があるといえよう。

人的所得分配の分析に際しては,データの制約という障害が大きいが,こ

の研究でもこの制約の枠をこえることができず,集計化されたデータによる

分析にとどまらざるをえなかった。個票の利用は今後の研究にまつとして

も,人的所得分配の変動の背景を明らかにする手掛りが得られたことはまち

がいない。

なお,研究の過程では,降矢憲一氏ならびに島田晴雄氏から貴重な助言を

うけることができ,また,庁内の関係者から種々の御協力を得た。ここであ

らためて謝意を表したい。

この研究は,昭和51年4月から53年9月までの2年5か月に渉って行われ

た。その間本作業に参加したものは次の通りである。

貝塚啓明・石田祐幸・石山行忠・原孝裕・小野久子

なお,研究シリーズの最終的な執筆は,貝塚・石田・原の3名があたっ

た。

経済企画庁経済研究所

所得分配ユニット

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目 次

は し が き

要 旨 ················································································· 1

序 論 ················································································· 4

第1章 所得分配分析の方法 ················································· 7

第1節 所得分配理論と人的資本理論 ··········································· 7

第2節 分析の視点 ··································································10

第2章 人的資本理論と賃金所得 ········································14

第1節 人的資本理論に基づく賃金プロファイル関数の定式化 ·········14

第2節 計測結果 ·····································································19

第2節の補論 労働時間とボーナスの影響 ·································42

第3節 計測結果の解釈 ····························································51

第3章 家計所得と賃金所得の分配 ····································64

第1節 勤労者世帯の所得分配―世帯ベース― ······························65

第1節の補論 対数分散と対数正規分布 ····································76

第2節 男子労働者の賃金所得分配―個入ベース― ························86

第4章 年齢階級別所得分配―基礎分析― ························95

第1節 世帯主の勤め先収入の分析 ·············································95

第2節 世帯主以外の世帯員の勤め先収入と有業者数の分析 ·········· 107

第2節の補論 有業者数の推計方法 ········································ 123

第3節 勤め先収入以外の実収入の分析 ····································· 131

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第4節 年齢階級別世帯数の分析 ·············································· 144

第5章 年齢階級別所得分配―シミュレーション 分析― ···································································· 157

第1節 年齢間所得分配の変動要因 ··········································· 157

第2節 「年齢間所得分配モデル」の構造 ·································· 169

第3節 シミュレーション分析結果 ··········································· 196

結 語············································································ 205

参 考 文 献············································································ 207

付 録 個人業主世帯の所得分布 ···································· 211

第1節 農家世帯と所得分布 ···················································· 211

第2節 自営業主世帯と所得分布 ·············································· 227

参 考 資 料············································································ 235

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要 旨 この研究は,主として人的資本理論の観点から昭和30年代以降の所得分配

の動向を分析しようとした。

序論においては,人的所得分配研究の必要性とこの研究の位置づけが説明

されている。

第1章においては,人的所得分配の理論の概観とこの研究で採用されたア

プローチの特徴が示される。すなわち,従来の確率論的接近,あるいは先天

的な能力にもとづく見方が不充分であり,経済的な要因にもとづく接近が必

要であること,また人的資本理論の性格,ひいてはその限界が言及される。

第2章においては,集計化されたデータではあるが,『賃金構造基本統計

調査』を用いて教育投資,就職後の投資の賃金所得に与える影響が検討さ

れる。ここでは主としてミンサー(J.Mincer)の定式化に則っとり,各年次

毎に,賃金所得(時間当り定期給与)のプロファイル関数が計測され,それら

は主として教育年数と経験年数(あるいは勤続年数)によって説明されるこ

ととなる。その結果男子労働,女子労働双方について,昭和30年代後半から

40年代半ばにかけて教育投資の収益率の低下がみられ,就職後の訓練投資に

ついても同様のことが生じているのではないかと推論される。これらの結論

は,労働時間の影響を含めた場合や臨時給与を含めた場合に収益率の多少の

修正が必要であることが示されている。

第3章においては,個人ベースの賃金所得分配と生活単位としての家計の

所得分配との比較が主として『賃金構造基本統計調査』と『家計調査』を用

いてなされる。昭和30年代後半から昭和40年代中頃までの所得の平等化傾向

は両者の統計について共通にみられるが,40年代中頃からは,個人単位の賃

金所得分配が平等化しているにもかかわらず,家計単位の所得分配ではむし

ろ不平等化の傾向にあることが示される。また年齢間所得分配でみても40年

代後半までの平等化傾向は同様にみられるが,とりわけ個人ベースでの賃金

所得の平等化傾向は著しい。

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第4章では『家計調査』における勤労者世帯の所得を,データの制約を考

慮しつつ,主として年齢階層別にみて,世帯主収人に加えて,その他の世帯

員の収入,勤労所得以外の収入が年齢別世帯所得のプロファイルの形成にど

のような影響を与えているかが検討される。まず世帯主の収入は,男子賃金

とほぼ同じ要因によって左右されているとみられるところから,人的資本理

論をあてはめることにより,それが経験年数によってほぼ説明されうること

が統計的に確かめられる。妻とその他の世帯員の収入については,それぞれ

の有業率の推計を試みた。その結果,世帯主と妻以外のその他の世帯員の有

業者数の低下がみとめられた。もっとも40才代,50才代の世帯では妻の有業

率の著しい上昇がみられ,核家族化と女子の進出の影響があらわれているの

が認められる。勤め先収入以外の実収入は,事業内職収入,財産収入,社会

保障給付等に分かれ,全体として若い世帯と高齢者世帯において全体の収入

に占める比重が高く,年齢間所得格差を是正する方向に作用している。また

年齢階級別世帯数の変化の要因の抽出を試み,男子の年齢別人口に加えて若

い世代と高齢層に核家族化の影響が生じていることがみとめられた。

第5章においては,これまでの多くの分析結果とファクト・ファインディン

グを受けて,年齢間の所得分配に対する人的投資の収益率を,中心とする経

済的要因,核家族化,人口変動等の社会的・人口的要因の影響力を個人単位

の賃金決定と家計単位の所得形成とを結びつけたモデルを利用して試みに分

析した。このモデルは人的資本理論によって説明される個人ベースの賃金

を,世帯主をはじめとした世帯の所得形成と結び付けたモデルであり,構成

員そのものの変化,すなわち家族形態の変化をも考慮している。現実には変

化する人的資本の収益率,核家族化等の変数を固定した場合と現実の所得分

配とを比較して,その年齢間の所得分布に与える影響力を検証しうる。昭和

40年代始めから最近に至る期間では,人的資本の収益率の低下が平等化に大

きく貢献し,その他の要因(核家族化,人口構成の変化等)はむしろ不平等

化の方向に作用していたことが一応読みとれる。

なお補論では,限られたデータからではあるが,農家世帯とその他の自営

業主世帯の所得分布の動向が跡づけられる。勤労者世帯を含めて全世帯の所

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要 旨

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得分布の変動要因の検討は,今後のデータの整備をまって行われる必要があ

ろう。

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序 論 1970年代に入って人的所得分配(Personal Income Distribution)に関

する研究が発展しつつある。このような研究の発展の背景には,人的所得分

配への関心がたかまったこと,統計資料が整備されつつあること,分析理論

の発展等の事情がある。伝統的な経済理論は,要素所得の分配に関心を払

い,所得分配も要素所得間の分配を中心に分析されてきた。しかし社会の多

くの人々が資産を保有し,また社会の構成員の所得の大部分が勤労所得であ

る現代社会の所得分配を把えるには,単純に労働と資本という生産要素間の

分配(分配率)による分析だけでは不充分である。勤労所得と資産所得を含

めた人的所得分配,あるいは勤労所得そのものの分配があらためて分析され

る必要が生じてきたのである。

所得分配に関する統計は,現在においても未整備であるとはいえ,最近で

はアメリカを中心にクロス・セクションの個票にもとづく統計,さらには同

一の家計についての時系列データ(Longitudinal Survey)が利用可能にな

りつつあり,それらを用いた新しい研究がなされている。日本では,個票の

利用,コホート(Cohort)に関する統計がまったく未整備であるため,人

的所得分配分析については依然として多くの障害があり,データ面からの制

約が強いのが現状である。

所得分配に関する理論的分析は,従来,確率論にもとづいた統計的な視点

からの分析,所得分配をもつぱら能力(ability)という先天的な要因にもと

める見方等があり,現在においてもなおこの種の観点からの分析は少なくな

い。しかし,これらの分析は,所得,教育,その他の人的投資間の相互関係

を考慮にいれておらず説得力に欠け,また,統計的説明力にも限界がある。

1950年代から発展してきた人的資本理論(Human Capital Theory)は勤労

所得の経済的な分析理論として新しい分析の視点を示し,人的所得分配はよ

り説得的な基礎に立ちうることになった(注1)。人的資本理論は,教育,その (注1) 人的所得分配の理論の発展については,G.S.Sahota〔23〕を参照のこと。

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序 論

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他の訓練投資等がその投資収益に対応する稼得所得(勤労所得)を生ぜしめ

その差異は人的投資量の差異にもとづくとみる。

この研究は,日本の戦後の所得分布の変化の背後にある要因を主として人

的資本理論の観点から分析しようとしたものである。所得分布が昭和30年代

後半から昭和40年代中頃にかけて平等化したことは,ほぼ事実認識として合

意がえられているが,このような平等化傾向の背後にある要因として,教育

投資の収益率の低下と,おそらくは就職後の人的投資(Investment on the

job training)の収益率の低下があること,これらの要因が平等化にどの程

度量的な効果を与えたかについて分析を試みることがこの研究の目的であ

る。

この研究では,賃金のデータとしては『賃金構造基本統計調査』を,家計

所得のデータとしては『家計調査』をそれぞれ利用した。前者については集

計化されたデータであるとはいえ,人的資本理論がどの程度まで説明力をも

つかが検討可能である(第2章)。次に,『賃金構造』と『家計調査』から得

られた所得分布の推移を明らかにし,それらを個人ベースと世帯ベースとに

分け,それぞれについて,全般的な所得分配と年齢間所得分配との比較を行

った(第3章)。人的所得分配については,生活単位としての家計の所得形成

を分析する必要があり,主として年齢階層間の所得分配に関して,『家計調

査』を用いて分析が行われる。すなわち,勤労所得については,人的資本理

論の適用を試みるとともに,世帯主以外の世帯員の有業者数を推計した。ま

た,勤労所得以外の収入がどのように形成されているかも簡単にあとづけた

(第4章)。最後に,賃金所得の形成に大きな影響力を持つ人的投資の収益率

の変化等の要因が家計所得の不平等度をどの程度左右しているかについて量

的な評価を試みた(第5章)。

データの制約により,所得分配の不平等度をもっぱら年齢間の所得分配と

いう形で分析せざるをえなかった点で所得分配の変化の一側面を明らかにし

うるにとどまったとはいえ,所得分配の背後にある経済的要因をある程度ま

で分析しえたのではないかと考える。なお家計の所得分配は,核家族化,人

口構成の変化等の人口的・社会的要因にも左右されるのであるが,この種の

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要因の影響力についても考慮が払われているのがこの研究のもう一つの特徴

でもある。所得分配の分析についてはデータの制約もあり,今後の研究にま

つべきところは大きい。この研究が元来念頭においた目標は,充実されたデ

ータの下ではよりよく達成されるであろう。したがって,この研究はいわば

限られた情報の下での一つの試論として限定された性格をもつことに注意を

喚起しておきたい。

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第1章 所得分配分析の方法

人的所得分配に対する関心は,最近急速にたかまってきている。現代の経

済政策の重要な課題の一つは,所得の再分配にあり,この政策課題に応える

ためには,所得分配の現状をつかみ,また,所得分配を規定する要因をさぐ

り当てることが必要になる。本章では,このための分析方法について検討を

加えることとし,まず,人的所得分配理論をめぐって,人的資本理論

(Human Capital Theory)を中心に概観し,次いで,この研究においてとら

れたアプローチを位置付け,全体の分析方法を明らかにする。

第1節 所得分配理論と人的資本理論

この第1節では,所得分配を説明する理論として,この研究でとられた人

的資本理論の性格を明らかにしたい。このような議論からこの研究の拠って

立つ基本的な前提が明確になりその長所とともに限界をも見究めることがで

きるからである。

所得分配に対する経済学の伝統的なアプローチは,要素所得の分配に焦点

を合わせたアプローチであった。たとえば,経済の変化に伴い,資本と労働

の組み合わせが変化すると,賃料と賃金が影響を受け,資本家が受け取る所

得(賃料)と労働者が受けとる所得(賃金)との間の配分関係が変化する。

この場合,賃金が賃料に対して高くなると所得分配自身は平等化すると暗

黙のうちに前提されていた(注1)。

このような要素所得の変動を通ずる所得分配の分析は,背後に新古典派の

強固な理論体系をもっているが故に理論的にはすぐれているが,現代社会の

分配問題を考える際には,不充分な点が多い。たとえば,現在の労働者は,

勤労所得を稼得しているとしても,かなりの資産を蓄積し,資産所得を得て

いることは疑いをえない。したがって,この場合には要素所得間の配分(典 (注1) Johnson,H.G〔12〕を参照されたい。

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型的には労働分配率が問題となる)のみでは所得分配を充分説明したとはい

えない。また,現代社会の構成員の大多数は勤労所得を稼得しているため,

むしろ勤労所得稼得者間の所得格差こそが所得分配を左右する重要な要因の

一つであることも否定できない。

要素所得間の機能的分配から離れて,多様な要素所得を含む所得全体を,

生活単位である家計相互間でみたのが人的所得分配であり,この人的所得分

配の観点が現代社会の所得分配をみる場合にもっとも適切な対象であること

は異論がないであろう。しかし,人的所得分配を説明する理論ということに

なると,新古典派の強固な理論的枠組みを離れるが故に多様な見方が成立し

うるのである(注2)。

さて,従来の人的所得分配を説明する理論は,どちらかといえば経済的と

はいえない要因で説明されてきた。その典型は,先天的な能力差によって所

得格差を説明しようとする能力理論(Ability Theory)とか,これとは正反

対に確率的な要因によって所得分布を説明しようとする確率論的な理論

(Stochastic Theory)とかである。前者の理論に関していえば,先天的な能

力は一つの説明要素であるとしても,教育,訓練,といった後天的な要素と

独立に果してどの程度影響力があるか判然としない。また後者の確率論的な

理論については貧富の差が不規則な確率的な要因で生じてきて,その結果が

現実の所得分布に近似する可能性を指摘するが,所得分布は規則的な要因に

よって説明しうる部分があり,しかもそれが経済的な要因によって説明され

るとすれば,その方が説得的であることは否定しがたい。

経済的な要因によって人的所得分配を説明しようとする理論は,個人(あ

るいは家計)が合理的な行動を行うことを前提としながら,その所得の形成

を行い,その結果として,現実の所得分布が生ずるとみる。このような理論

の一つとして1960年代以降発展してきたのが人的資本理論である。人的資本

理論は,個人(またはその親)が将来の勤労所得の水準を予想しながら,自

己の資金の制約内で教育や訓練に投資を行い,その結果将来の稼得所得は人

的資本への投資量に左右されるとみる。 (注2) Atkinson,A. B.〔3〕またはSahota G.S.〔23〕に詳しい。

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第1章 所得分配分析の方法

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この研究においては,賃金所得に関して人的資本理論から接近することを

基本とする。それは,人的資本理論が,合理的な経済行動を前提とした賃金所

得の決定を行い,その結果として所得格差が発生することを説明しようとい

う点で,優れた長所をもっているからである。人的資本理論の具体的な適用

は,第2章において示されているが,この理論は,それがきわめて長期的な

経済計算にもとづく経済合理性を前提としているが故にかえって批判を受け

ている面がある。教育を受け,就職の意思決定をする経済主体が,将来の長

期間にわたる収入と人的投資の費用を確実に知っているとすれば,賃金所得

の水準は人的投資の収益率等によって完全に説明されうるという理論的な想

定は厳しすぎる。しかし,この種の要因が影響力をもつことは充分考えられ,

これを近似的に単純化した想定の下で検討することは有意義である。また,

人的資本理論は,労働の供給の面だけみて需要の側を無視しているという批

評がある。確かに人的資本理論は供給される労働の質の説明に力点がおかれ

ているが,元来の考え方からいえば,主体的均衡において需要がまったく無

視されているわけではない(注3)。たとえば,ベッカー(G.S.Becker)は,人

的資本に対する投資需要関数を想定しており,このような需要関数は,将来

期間において特定の賃金率で雇用されることが読み込まれているといってよ

い。ただ,現実の短期的な労働需要がこのような賃金率を保証しているとは

限らない。さらに,人的資本理論に関しては,労働市場特有の制度的な要因

すなわち分断化された労働市場(典型的には労働市場における二重構造)を

充分説明しえないという批判がある(注4)。しかし,人的資本理論における特

殊訓練(specific training)は終身的な雇用関係を説明し,一般訓練(general

training)は,より一般的な雇用関係を説明しており,上に述べたような制度

的な要因が無視されているわけではない。

所得分配に関しては,各世帯の資産の保有量の大小(遺産の大小)を重視 (注3) Becker,G.S.〔4〕の第3章3の補講を参照されたい。 (注4) このような批判はDoeringer,P. B.とPiore,M.J.〔10〕にもみられる。 (注5) 資産の保有量の大小を重視するのは,ミード(J.E.Meade〔14〕)によっ

て代表されるケインズ学派の見方である。またライフサイクルを重視する見

方は,モジリアーニ(F. Modigliani)の消費行動の理論から発している。

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する見方,あるいは,ライフサイクルにもとづく資産形成を重視する見方等

がある(注5)。これらの見方が所得分配の重要な一面を捉えていることは否定

しえないが,資産保有量の大小は,教育投資における資金の制約の大小に反

映されているという点で,一応人的資本理論の枠内に取り込まれているとみ

ることができる。また,ライフサイクルにもとづく資産形成の側面は勤労所

得を中心に分析する際には影響力が小さいのではないかとみられる。

第2節 分析の視点

この研究における分析の目的は,次の二点に要約しうる。すなわち,個人

単位でみた賃金決定における人的資本の影響力の検証,家計単位における所

得形成と個人単位の賃金形成との関係の検討である。前者については,第1

節において説明する人的資本理論にもとづく個々人の賃金決定のモデルの検

証が主たる課題となる。このような検証によって,個人間の勤労所得の所得

分布を左右する要因を跡づけることができる。後者については,このように

して決定された個人の賃金水準が,個人が集って生活単位として機能してい

る家計の所得形成,ひいては,家計間の所得分配にどのような影響力をもつ

かを明らかにする。

この研究の目的が,人的資本理論を適用して個人間の所得分布を説明する

という人的資本理論の直接的な応用にとどまらず,家計という個人とは異な

る集団の所得形成にも関心を寄せたのは,次のような分析の基本的視点にも

とづいているからである。

従来の所得分配の研究は,どのような単位としての主体について所得の分

配をみるか余り明示的に考慮を払っていない。前節でもみたように所得分配

を説明する理論は,多くの場合,個人を所得形成の主体とみている場合が多

い。人的資本理論が想定しているのは,明らかに個人であるし,また能力理

論が想定しているのも個人間の能力差である。

他方,実証研究においては,多くの場合,所得分布は,家計を分析の単位

としてとっている。何故に個人ではなくして家計をとるかについては,あま

り吟味されたことはないが,生活単位としては,家計が自律的な単位である

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第1章 所得分配分析の方法

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という暗黙の想定があるからとみられる。家計の形成は,経済的要因によっ

てのみ左右されるわけではなく,世帯構成員の所得が低いことが,家族構成

員数を増加させるという面もないわけではない。例えば,老齢老が独立の家

計を営むか否かは,社会保障給付を含む所得水準がどの程度のレベルにある

か,あるいは,その子供がどれ程の扶養能力,すなわち所得を有するかに左

右される可能性があるからである。通常の分析は,この種の要因の影響力が

小さく,家計(世帯)が自律的な単位であるとみているわけであり,おそら

く経済外的な要因が世帯の形成にかなりの影響力をもっていると想定してい

るとみられる。

この研究においても,通常の実証分析が想定するのと同じ家計(世帯)を

分析の単位としよう。しかし,問題が残っているのは,所得分配の理論が暗

黙のうちに想定する個人の所得分配と家計の所得分配が一対一の対応関係に

はなく,個人でみた所得分配の平等化が,直ちに家計の所得分配の平等化を

もたらす保障がないという点である。たとえば,個人間の所得分布に変化が

ないとしたときにも,核家族化が進めば,家計間の所得分配は変化するはず

である。元来所得分配の指標は,それが単一期間,あるいは,一つの社会で一

つだけ測定されているとしても殆んど意味がないといえよう。時系列的な変

化,あるいは異なる国相互の比較があって意味をもつ場合が多いのである。

この研究の分析視角が従来のそれと異なる新しい点は,個人間の所得分布

と世帯間の所得分布の複雑な対応関係を意識的にとらえ,前者の分析の上に

後者の所得分布を積み上げて分析しようとしたことにあるといえよう。

次に,以上のような基本的な視点のもとでのここでの分析の具体的内容に

ついて説明を加えておこう。

まず,人的資本理論による個人間の所得格差の分析に関しては,ミンサー

(J.Mincer)のモデルとその計測方法に従って実証分析が行われる(注6)。す

なわち,学校教育投資と就職後の訓練投資への投資量をそれぞれ就学年数と

経験年数(あるいは勤続年数)とによって近似し,これらの要因がどの程度

まで個人の勤労所得の水準を左右するかが検証される。このような実証研究 (注6) Mincer,J.〔18〕を参照されたい。

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- 12 -

は,昭和30年代の中頃から現在に至るまで,時系列的になされ,人的投資の

収益率の変化があとづけられる。人的資本理論から考えると,勤労所得の所

得分配は,人的投資量の差とその収益率の如何によって影響を受けるのであ

り,このような視点から所得分配の変化の要因が解釈される。

次に,個人間の所得分配と家計間の所得分配との関係に関しては,ここで

は主として年齢間の所得分配に焦点を合わせて分析した。家計を色々な属性

によって分類したデータは入手可能であり,たとえば,年齢以外にも地域や

業態による分類等もあり,全体としての所得分布をこのような分類によって

分割された階級内と階級間の分配に分けることができる。例えば,年齢の場

合には,同一年齢階級内の分配と年齢間の分配というように分けて所得分配の

変化をみることができる。個人間の所得分布と家計の所得分布との関連をみ

るときには,両者の所得分布の差をそのまま跡づけることによっては,その

背後にある要因をつかむことはできない。特定の属性による分類によって,

両者の差異がどこで生ずるかによって手掛りをうることができるはずであ

る。この研究で,年齢という属性をとりあげたのは,人的資本理論によって

年齢間の所得分布の変化がある程度説明がつくという長所があることにもと

づいている。すなわち,個人と家計についてのそれぞれの年齢間所得分布の

変動の差異がどういう要因に由来しているかが,人的資本理論における経験

年数のもつ影響力とその他の要因とに区別して分析できるからである(注7)。

具体的には,人的資本理論によって説明のつく経済的要因以外に人口構成

の変化,核家族化の程度というような非経済的要因の影響力を跡づけること

ができるのである。もっとも,家計内における有業者数の変化は家計の所得

形成に影響を持ち,このような要因が経済的要因(たとえば,労働力需給の

程度,家計の核労働力の稼得所得の水準等)によって左右される可能性があ

り,人的資本理論のモデルの枠内に経済的要因をすべて帰属させうるか否か

については問題が残っていることに留意すべきであろう(注8)。 (注7) 地域間,業態間の所得分布の差が人的資本理論によって説明される程度

は,おそらく低いとみられるが,この点は今後の検討を待つ必要がある。 (注8) もっとも,女子労働力の著しい進出は,それ自身社会的要因の反映と

みることも可能である。

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第1章 所得分配分析の方法

- 13 -

このような視点からの分析は,個人間と家計間の所得分配との関係で説明

すれば,次のようにも表現しうる。いまかりに,個人間の勤労所得の分配が

不変であるとしよう。この場合,世帯の有業者数がたとえば核家族化によっ

て変化すれば,家計間の所得分配は変化する。また,時間を長くとれば,人

口構成の変化が,年齢間の人口分布をかえ,除々に個人間の所得分布と家計

間の所得分布の両者を変化させるであろう。この研究の後半の主たる狙い

は,家計の年齢間所得分布の変化を,個人間の所得分配を左右する経済的要

因の変動のみならず,その他の人口的・社会的な要因の変動をも含めて解釈

してみるということにある。

最後にこの研究で用いられたデータについて言及しておきたい。所得分配

の実証分析においては,個票にもとづいた分析が望ましいことはいうまでも

ない。しかしながら,日本の所得分配に関しては個票の利用は制約されてお

り,この研究においても集計化されたデータを用いざるをえなかった。『賃

金構造基本統計調査』あるいは『家計調査』に関して個票にさかのぼった分

析は,今後に残された課題である。このようなデータの制約は,分析の結果

を解釈する場合には充分留意されるべきことを付言しておきたい。

ここで,本研究において利用した統計の中から主要なものを紹介しておき

たい。以下に示すとうりである。ただ,本文中において引用の回数の多い

『賃金構造基本統計調査』,『貯蓄動向調査』,『全国消費実態調査』,『就業構

造基本調査』,『国民生活実態調査』,『所得再分配調査』等については,略称

を用いており,それぞれ『賃金構造』,『貯蓄動向』,『消費実態』,『就業構

造』,『生活実態』,『所得再分配』等と称していることをお断りしておく。

労 働 省 賃金構造基本統計調査 総理府統計局 家計調査 〃 貯蓄動向調査 〃 全国消費実態調査 〃 就業構造基本調査 厚 生 省 国民生活実態調査 〃 所得再分配調査 〃 厚生行政基礎調査 農林水産省 農家経済調査

農林水産省 農家生計費調査 経済企画庁 国民所得統計年報 総理府統計局 国勢調査 〃 全国年齢別人口の推計 〃 労働力調査 農林水産省 農業センサス 〃 農業調査 労 働 省 職業紹介統計 文 部 省 学校基本調査

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- 14 -

第2章 人的資本理論と賃金所得

勤労者間の所得分配の変動を規定する要因を検討する際には,ある時点に

おける各勤労者間の賃金格差をどの様に説明するかという問題が重要なポイ

ントとなろう。つまり,ある時点の賃金プロファイルがどのような要因によ

って決定されるかということである。この問題については,大きく分けて2

つの見方がある。すなわち,1つは勤労者の年齢や勤続年数を重視するいわ

ゆる年功賃金論に代表されるいわば制度的なアプローチであろう。我が国で

は終身雇用制という雇用形態が多くの企業でみられることもあり,この様な

理解の仕方が労働経済学者において一般的である(注1)。

一方,J.Mincer〔18〕やG.Becker〔4〕の労作にみられるように経済主

体(家計や企業)は合理的に行動する主体であるとの前提に立ち,勤労者間

の賃金の差異は,勤労者自身に投下された人的な投資量の相違に起因すると

の理解の仕方がある。すなわち,あたかも企業家が設備等に投資し,その収

益を享受するのと類似した行動を労働力に関してとるとの想定に立つもので

ある(注2)。

本章では,上述のような人的資本理論に基づき,賃金プロファイル関数を

定式化し,勤労者の賃金所得決定における人的投資の役割を実証的に検討す

ることとする。

第1節 人的資本理論に基づく賃金プロファイル関数の定式化

本節では,J.Mincer〔18〕に基づきながら人的資本理論により接近した場

合,賃金プロファイルはどの様に定式化できるかを検討することとする(注3)

(注1) たとえば島田晴雄〔37〕を参照されたい。 (注2) 日本の労働経済学者の中では,例えば小池和男〔35〕の立場が比較的この考

え方に近いとみられる。 (注3) 人的資本への投資は,①その投資が稼得能力を高めることになる,すなわ

ち,個人の能力を評価する面で完全な知識を持っているとは想定し難いこと,また②将来の労働市場の需給条件に関する完全な情報がないこと、等のため不確実性が存在するとみられる。しかしここでは問題を単純化し,複雑化を避けるために完全予見の下で問題を設定した。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 15 -

ある代表的な勤労者の一時点における賃金は人的資本理論に基づいて定式

化すると以下のようにいうことができよう。すなわち,勤労者のある時期

(θ 期,ここでθ は全投資期間を示す。)の粗所得を θE とし,1期前(θ -1

期)の粗投資額(learning by doingによる投資も含む。)を 1−θC ,さらに(θ -

1)期の人的投資に対する投資収益率を 1−θr とすれば,ある時期の粗所得は,

1期前の粗所得に,1期前の投資量に見合った投資収益を加えた額であると

解することが可能であり,

(2-1) 111 −−− ⋅+= θθθθ CrEE

と定式化し得る。

ところで,生物学的には人間はある年齢を過ぎると退化する。したがっ

て,例えば定年退職後再雇用された場合には,以前の所得に比し低い所得し

か得られないのは,人的資本の減耗が一因になっていると考えられる(注4)。

そこで,人的資本の減耗を考慮すると(2-1)式は,次のように変換でき

る。

(2-2) 11111 −−−−− ⋅−⋅+= θθθθθθ δ ECrEE

ここで, 1−θδ は粗所得に対する人的資本の減耗額の割合とする。

さて,ここで人的資本に関する投資決定の主体が誰であるかについて触れ

ておかなければならない。個人が生涯の人的資本の投資を合理的に考えて行

うというのが1つの想定である。教育投資に関しては確かに個人(その家

族,より具体的にはその親)が意思決定の主体であると考えることは現実的

である。企業内訓練に関していえば,一般的訓練(general training)につい

ては個人が意思決定の主体とみることも非現実的であるとはいえないが,企

業にとっての特殊訓練(specific training)についていえば,明らかに企業が

人的投資の意思決定の主体と考えるのが現実的である。以下の賃金プロファ

イル関数は2つの解釈のいずれをとったとしても成立しうる。 (注4) 同一企業に就職している限りでは,賃金は勤続年数が長くなれば上昇する

形態が一般的であり,その限りでは人的資本の減耗を明示的には考慮する必

要がないこととなる。しかしここでは,経験年数が長くなると賃金水準が下

るという事実を説明するために明示的に人的資本の減耗を含んだモデルが必

要となる。

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- 16 -

すなわち, θE は教育投資,あるいは訓練投資といった人的投資から得ら

れる各期の粗収益の累積額であり,その期に人的投資が行われないとしたと

きの賃金水準に対応する。この賃金水準は個人が意思決定の単位である場合

には本来企業から受けとるべき賃金であり,企業が意思決定の単位である場

合には企業が個人に支払うべき賃金である。また,投資費用は個人が意思決

定の単位であるときには,個人が支払うであろう直接的な費用(例えば授業

料)を調達するための資金コストであり,企業が投資する場合には,直接的

な訓練費用を調達するための資金コストである。

ところで, θk をθ期における粗所得に対する粗投資額の比率 )10( ≦≦ θk と

すれば, θC は (2-3) θθθ EkC ⋅=

と書ける,これを(2-2)式に代入すれば, (2-4) )1( 1111 −−−− −⋅+= θθθθθ δkrEE

となる。

故に,循環計算により,

(2-5) )1(1

00 jj

jj krEE δ

θ

θ −⋅+= ∏−

=

を得る。ここで, 0E は人的投資が全く行われていない場合の粗所得である。

ところで, 10 ≦≦ jk であり,かつ jjj kr δ−⋅ が1に比し比較的小さいとの

仮定が可能であるから,(2-5)式は,

(2-6) ∑∑∑−

=

=

=

−⋅+=−⋅+1

0

1

00

1

00 )(

θθθ

θ δδj

jjj

jnjjj

jnn krEkrEE lll ≒

と近似させ得る。さらに, jk を学校教育時代( s年)と就職後( s−θ 年)

のそれぞれに分ければ,

(2-7) ∑∑∑−

=

=

=

−⋅−⋅+=1

0

11

00

θθ

θ δj

jjSj

jj

s

jjnn krkrEE ll

を得る。

なお,ここまでは(2-1)式からも明らかなように,人的投資による収益の

増加は全て賃金の増加に反映されるものと仮定している。この仮定は,教育

投資については異論のないところであろうが,就職後の訓練投資については,

次のようなケースも考えられよう。すなわち,企業が投資費用を全て負

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 17 -

担し,その収益もまた企業に帰属し,人的投資による収益の増加が賃金の増

加に全く反映されないケース,あるいは一部分しか反映されないケースであ

る。これらは,それぞれ, 1−= θθ EE ,あるいは, 111 −−− ⋅⋅+= θθθθ CrAEE

(但し Aは投資収益のうち賃金に反映される割合; 10 << A )に対応する。

しかし,ここでは人的投資の費用を勤労者が負担するものと仮定し,就職

後の投資期間が t年( s−= θ 年)の者の純所得 tY を

(2-8) )1( θθθθ kECEYt −=−=

と定式化する。故に,(2-7)式と(2-8)式を用いて,

(2-9) )1(1

0

11

00 θ

θθ

δ kkrkrEY nj

jsj

jjj

s

jjntn −+−⋅+⋅+= ∑∑∑

=

=

=

lll

の式を得る。

ここで,粗所得に対する粗投資額の比率である jk に関して,教育投資期間

)1(0 −= sj ~ は, 1=jk とし,就職後の投資期間( t年)については,

(2-10) )1000( ≦≦, ,   ttk j βαβαβα −>>−=

と大胆に近似させることとする。また,粗所得に対する人的資本の減耗額の

割合を表わす jδ に関しては,教育投資を行っている時期は人的資本の減耗が

ないと想定し, )1(0 −= sj ~ に対応する期間は, 0=jδ ,就職後の投資期間

については, (2-11) )00( >>+= μλμλδ ,  tj

と仮定する。この仮定に基づくと(2-9)式のそれぞれの項は次のように近

似できる。

(2-12) sks

jj =∑

=

1

0

(2-13) 2

0

1

2ttdkk

t

jjsj

jβα

θ

−=⋅∫∑−

=

(2-14) 2

0

11

0 2ttd

t

jjs

jj

jμλδδδ

θθ

+=⋅= ∫∑∑−−

=

また,この定式化に基づく計測は,現在学校教育投資中の者でなく,すで

に労働市場に参入している者について行われるため, )1( θkn −l の θk は就職

後の粗投資額の割合,すなわち )( tβα − とみなすことができよう。そこで,

)1( θkn −l を tについてTaylor展開し,2次項まで近似させれば,

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(2-15) )1()1( tk nn βαθ +−=− ll

222

)21(2

)1()2

( tt αβαβαα +−+++−≒

の近似式を得る。さらに,全学校教育時代の投資収益率をその平均値である

sr で近似させ,かつ就職後の全投資期間に対応する収益率をその平均値であ

る tr で近似させることとする。そこで,(2-9)式に(2-12),(2-13),

(2-14),(2-15)式を代入すれば近似的に次式が得られる。

(2-16) trsrEY tsntn )}1({)}2

({2

0 αβλααα ++−⋅+⋅++−= ll

22 )}21({21 trt αβμβ +++−

なお,以上のわれわれの定式化は,J.Mincerのそれとは若干異なってい

る。それは,人的資本の減耗を考慮しつつ,できるだけ簡明な定式化をねら

ったことによる。

さて,以下では(2-16)式を基として計測を行うこととするが,計測の便

宜上,学歴( s)と就職後の投資期間( t)のとを説明変数とする計測式に書き

改めておこう。すなわち,

)}21({21

)1(

)2

(

23

2

1

2

00

αβμβ

αβλα

αα

+++⋅−=

++−⋅==

+−=

t

t

s

n

rb

rbrb

Eb l

と置けば,

(2-17) 23210 tbtbsbbYtn +++=l

の式を得る。さらに,労働時間の多寡により賃金が変動する可能性があるた

め,この要因を取り除く目的で,賃金を労働時間( tH )で標準化(ノーマラ

イズ)すると次式を得る。すなわち,

(2-18) 23210)( tbtbsbb

HY

t

tn +++=l

である。

次第以下では,(2-18)式を基として,回帰分析を行い,勤労者の賃金所

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 19 -

得決定における人的投資の役割を検討することとする。なお,この式による

と,学校教育投資の収益率である sr は回帰分析の推定式の係数である 1b に

より直接観察が可能であるが,就職後の投資収益率である tr はそのままの

形では計測ができない難点をもっている。また,α ,β ,λ,μ の変化につい

て直接に説明しているデータもない。したがって,計測結果より就職後の投

資収益率の動向を観察する場合には,α ,β ,λ,μについて強い前提を置か

なければならないこととなる。なお,(2-18)式がreduced formとしての

性格をもっていることは後で説明する。

第2節 計測結果

前節の賃金プロファイル関数の定式化に基づき,人的投資に対する収益率

を計測することが可能であるが,この投資収益率を時系列でみた場合,趨勢

的にどの様な傾向にあり,またそれが賃金所得分配の動向とどの様に関連し

ているのであろうか。

ここでは,人的資本理論から接近した賃金プロファイル関数に基づき,我

が国の勤労者について,男女別に昭和30年以降データの許す限り最近時に至

るまでの計測を行うこととする。

1. データの性格及び分析手法

人的資本理論に基づく賃金関数を計測する際には,学歴とか経験年数等の

情報を伴なった。各勤労者に関する個別データが必要である。例えば,アメ

リカではこのようなデータが存在し,そのデータに基づいた実証分析も行わ

れているが,我が国ではこの種の分析に適したデータを利用することは困難

である。入手可能なデータは何らかの方法で個々のデータをグループ化した

ものにならざるを得ない。このような制約はあるものの,入手可能で,かつ

最もわれわれの分析に適したデータは労働省から毎年公表されている『賃金

構造』であろう。したがって,ここではこの『賃金構造』を使用し,前節の

(2-18)式に基づいて回帰分析を行うこととする。しかし,これらのデータ

は何らかの方法でグループ化されているものであるため,通常の回帰分析を

適用したのでは,誤差の生ずる可能性が大きい。そこで,グループ化されて

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いるそのグループの大きさを考慮した,いわゆる加重回帰(weighted

regression)の手法を採用する。

ところで,われわれのデータでは,グループ化の方法は大きく分けて2つ

ある。すなわち,勤労者を現在年齢で区分し,ある年齢幅を持ったグループ

の学歴別にみた平均的な現在年齢,勤続年数,賃金,労働時間とそのグルー

プの総人員が把握できるものと,勤続年数により区分したグループデータと

である。この勤続年数で区分したデータは,ある勤続グループの平均賃金と

そのグループの勤労者総数の把握が可能であるが,そのグループの労働時間

を知ることができない。

ところで,人的資本理論によれば,学校教育投資以降の就職後の人的投資

は,企業に特定的な投資だけでなく,例えば,中途採用者については以前に

就職していた時期における人的投資をも考慮することが可能である。そこ

で,まず,就職後の投資を外部経験年数に内部経験年数を加算した経験年数

(現在年齢-卒業時年齢)で近似させた分析を行うこととする。さらに,勤

続年数(現在勤めている企業における内部経験のみをいうこととする。以下

同じ。)を説明変数とした場合の計測も行う。なお,両者の相違は,就職後

の投資をgeneral trainingとみるのか,企業特定的なspecific trainingと

(注5) 昭和47年までの産業総計のデータにはサービス業が含まれていない。そこ

で,47年以前とベースを合わせる目的で48~51年についてもサービス業を除いた産業総計のデータを使用した。なお,48~51年の男子について,サービス業を含んだデータで計測を行ったがその結果は,サービス業を含まない場合

とほとんど差がなかった。 調査時点は毎年6月であり,調査対象は,一般労働者についてであり,特記のない限りパートタイム労働者は除かれている。 学歴は『賃金構造』によると,小学・新中卒,旧中・新高卒,高専・短大

卒及び旧大・新大卒の4区分であり,それぞれの区分の学校教育年数は大略次のとおりである。 小学・新中卒:通算修業年限が9年以下 旧中・新高卒: 〃 12年程度 高専・短大卒: 〃 14年程度 旧大・新大卒: 〃 16年以上

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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みるのかということになる。ところで,計測期間は『賃金構造』が簡略調査

の時期に当たる年のデータはわれわれの分析に適さないため,男子について

は,昭和33年から35年,37年,38年,さらに42年から51年の産業総計を,一

方,女子については,昭和38年及び42年から51年の産業総計のデータをそれ

ぞれ使用してクロス・セクション分析を行った(注5)。

ここで,われわれが使用したデータの性格を知るために,『賃金構造』の産

業総計のデータを使用して,勤続年数別,年齢別,さらに経験年数別に「き

まって支給する給与額(月額)」(=所定内給与+残業手当)がどのようなプ

ロファイルを描くかを概観しておくこととしよう。

ところで,勤続年数で区分したデータを使用して(注6),勤続年数別賃金プ

ロファイルをみると(図2-1,図2-2参照),男女いずれにおいても中

卒,高卒,大学卒ともに勤続年数が上昇すれば,「きまって支給する給与

額」も上昇していることがみてとれよう(注7)。勤続年数で区分したデータに

は勤続年数30年以上についての詳細なデータがないため,その範囲内での言

及に留まらざるを得ないが,勤続年数30年のところまでは,ある企業に就職

して中途で退職しない限りは賃金は上昇している。この現象を人的資本理論

に照らして考えると,人的投資を行った結果勤続年数の上昇と共に賃金が上

昇しているのであると理解することができる。

一方,年齢で区分した産業総計のデータを使用し,年齢別賃金プロファイ

ルをみると(図2-3,図2-4参照),男子については,各年度とも全ての学

歴で50才代前半までは年齢が上昇すると賃金も上昇し,それ以降は逆に下

降するという現象がみられる。他方女子の高卒以上の高学歴者については,

50才代あたりまでは年齢の上昇と共に賃金が上昇し,その後に下降するとい

う男子と同様の現象がみられる。しかし,中卒者については20才代後半まで

年齢と共に賃金が上昇するものの,その後は横這い,あるいは一時低下した

後,30才代後半から再度上昇し,20才代後半と同等のレベルに達するや横這 (注6) 勤続年数区分によるデータは昭和36年,40~51年のデータが使用でき

る。 (注7) 昭和50年の男子勤続1年目と,昭和42年の女子の勤続30年以上は下降して

いるが,全般的には上述のことがいえよう。

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図2-1 (男子)勤続年数別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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図2-2 (女子)勤続年数別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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図2-3 (男子)年齢別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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図2-4 (女子)年齢別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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図2-5 (男子)経験年数別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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図2-6 (女子)経験年数別きまって支給する給与額

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」より作成。

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表2-1 賃 金 プ ロ フ ァ

学歴,経験年数を説明変数とした場合 ○A: 1210)/( tasaaHYn ⋅+⋅+=l

係数 年次 0a 1a 2a 2R ..ES

昭 33 年 -4.1507 0.1059 0.0366 0.788 0.214 (-11.65) (5.29) (9.47)

34 -4.0306 0.1035 0.0324 0.753 0.228 (-15.03) (4.48) (8.12)

35 -3.8858 0.0958 0.0311 0.728 0.232 (-11.68) (4.32) (8.11)

37 -3.5811 0.0951 0.0274 0.718 0.211 (-16.69) (5.23) (8.23)

38 -3.4730 0.0950 0.0268 0.696 0.217 (-15.32) (4.99) (7.87)

42 -2.8362 0.0767 0.0224 0.653 0.196 (-13.06) (4.36) (6.88)

43 -2.5791 0.0694 0.0212 0.623 0.195 (-11.84) (3.99) (6.53)

44 -2.3829 0.0653 0.0195 0.586 0.193 (-10.89) (3.77) (6.04)

45 -2.1789 0.0633 0.0182 0.526 0.201 (-10.00) (3.73) (5.66)

46 -2.0281 0.0638 0.0170 0.537 0.187 (-9.40) (3.85) (5.36)

47 -1.8727 0.0630 0.0162 0.522 0.184 (-8.76) (3.90) (5.l6)

48 -1.6118 0.0590 0.0147 0.461 0.191 (-8.58) (4.18) (5.44)

49 -1.3564 0.0597 0.0138 0.444 0.187 (-7.24) (4.29) (5.16)

50 -1.2973 0.0630 0.0155 0.515 0.174 (-7.01) (4.65) (5.70)

51 -1.2497 0.0668 0.0158 0.512 0.181 (-6.56) (4.85) (5.51)

注)1. Y :きまって支給する給与 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大 1t :経験年数(現在年齢-卒業時年齢) H :月間労働時間(きまって

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差,( )内 t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 29 -

イ ル 関 数 の 計 測(男子)

○B: 2

121210)/( tbtbsbbHYn ⋅+⋅+⋅+=l

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-4.5348 0.1054 0.1025 -0.0018 0.989 0.048 (-41.92) (23.23) (31.59) (-21.08)

-4.4639 0.1069 0.0946 -0.0015 0.989 0.048 (-63.33) (21.51) (32.37) (-22.25)

-4.3054 0.0993 0.0910 -0.0014 0.987 0.050 (44.19) (20.77) (32.28) (-22.20)

-3.9485 0.0970 0.0820 0.0013 0.981 0.054 (-67.62) (20.68) (28.43) (-19.83)

3.8532 0.0973 0.0818 -0.0012 0.972 0.065 (-53.61) (16.99) (23.83) (-16.78)

-3.2370 0.0816 0.0736 -0.0012 0.982 0.045 (-59.09) (19.78) (29.68) (-21.40)

-2.9869 0.0750 0.0718 -0.0012 0.978 0.046 (-52.28) (17.47) (28.11) (-20.84)

-2.7990 0.0716 0.0696 -0.0011 0.975 0.046 (-48.82) (16.81) (27.58) (-20.89)

-2.5957 0.0693 0.0675 -0.0011 0.966 0.053 (-41.88) (15.32) (24.91) (-19.17)

-2.4504 0.0701 0.0655 -0.0011 0.967 0.049 (-39.81) (15.80) (24.42) (-19.06)

-2.3064 0.0697 0.0649 -0.0011 0.969 0.046 (-39.10) (16.75) (25.27) (-19.95)

-2.0902 0.0679 0.0644 -0.0011 0.950 0.057 (-33.52) (15.62) (24.27) (-19.69)

-1.8259 0.0676 0.0627 -0.0011 0.956 0.052 (-31.98) (17.17) (26.25) (-21.55)

-1.7449 0.0693 0.0644 -0.0011 0.966 0.046 (-32.55) (19.07) (27.13) (-21.63)

-1.7223 0.0735 0.0669 -0.0011 0.970 0.045 (-33.25) (21.28) (28.86) (-23.19)

卒:14年,大卒:16年) 支給する給与に対応)

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- 30 -

表2-2 賃 金 プ ロ フ ァ 学歴,経験年数を説明変数とした場合

○A1210)

ˆ( tasaahY

n ⋅+⋅+=l

係数 年次 0a 1a 2a 2R ..ES

昭 45 年 -2.2500 0.0668 0.0188 0.536 0.205 (-10.15) (3.87) (5.74)

46 -2.0905 0.0667 0.0176 0.547 0.190 (-9.53) (3.97) (5.46)

47 -1.9334 0.0659 0.0169 0.533 0.187 (-8.87) (4.00) (5.26)

48 -1.7022 0.0635 0.0155 0.482 0.194 (-8.92) (4.43) (5.63)

49 -1.4179 0.0626 0.0143 0.460 0.191 (-7.50) (4.46) (5.30)

50 -1.3440 0.0651 0.0159 0.526 0.176 (-7.21) (4.77) (5.81) 注 1. Y :所定内給与 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年,

給与に対応) 2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内 t-値

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

い状態が続き,50才代後半以降には低下するという現象がみられる。

さらに,年齢で区分された産業総計のデータを使用し,経験年数(=現在

年齢-卒業時年齢)別に賃金プロファイルを描くと(図2-5,図2-6参

照),男女ともにほぼ経験年数30年のところで賃金が下降局面に入っている

現象がみられる。なお学歴間の比較では高学歴者程その時期が早く,高卒,

中卒と学歴が低くなるに従ってその時期が少しずつ遅くなっている点も男女

両者に共通してみられる現象である。

2. 賃金プロファイル関数の計測結果

ここでは前節の(2-18)式に基づき,男女別にクロスセクションで加重

回帰分析を行い,投資収益率等の時系列的な推移を検討することにしよう。

ところで,われわれが使用可能な賃金データには「時間当りのきまって支

給する給与額(所定内給与+残業手当)」と「時間当りの所定内給与額」とが

ある。なお,時間当りの賃金をとるのは,先に定式化のところで触れたよう

に,時系列的な労働時間の変動が賃金に及ぼす要因を取り除くためである。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 31 -

イ ル 関 数 の 計 測(男子)

○B 2121210)

ˆ( tbtbsbbhY

n ⋅+⋅+⋅+=l

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-2.6733 0.0729 0.0688 -0.0011 0.965 0.055 (-41.46) (15.48) (24.42) (-18.71) -2.5192 0.0732 0.0669 -0.0011 0.967 0.051 (-39.03) (15.80) (23.88) (-18.54) -2.3747 0.0727 0.0664 -0.0011 0.969 0.048 (-38.78) (16.83) (24.91) (-19.56) -2.1888 0.0725 0.0660 -0.0011 0.953 0.058 (-35.02) (16.65) (24.82) (-19.98) -1.8908 0.0706 0.0635 -0.0010 0.957 0.053 (-32.47) (17.59) (26.09) (-21.29) -1.7950 0.0715 0.0652 -0.0011 0.967 0.046 (-33.38) (19.62) (27.37) (-21.73)

大卒:16年) 1t :経験年数(現在年齢-卒業時年齢) h:月間労働時間(所定内

さて,人的資本理論に基づく賃金プロファイル関数を計測する際の被説明

変数には,本来,残業手当を除いた「時間当りの所定内給与額」が適当であ

ろう(注8)。しかし,このデータは昭和44年以前についての所定内給与に対応

する労働時間の数値がないため昭和30年代より計測することはできない。そ

こで,代理変数として「時間当りのきまって支給する給与額」を採用するこ

ととした。なお,検証の目的から,男子について昭和45年以降,「時間当り

所定内給与額」(表2-2)と,「時間当りのきまって支給する給与額」(表2

-1)とを被説明変数とした場合について計測してみた。両者を比べてみる

と,趨勢的な傾向値にはそれ程大きな相違はみられない。従って,「時間当 (注8) 使用する賃金に残業手当が含まれていると,残業手当の変動によって賃金

総額が変動するため人的資本の正確な投資収益率の計測ができないことにな

る。 なお,わが国の給与体系からみると,賞与を含めた賃金を被説明変数とす

べきであるかもしれないが,昭和42年以前についてのデータがとれないため,「きまって支給する給与額」を一律採用することとした。

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表2-3 賃 金 プ ロ フ ァ

学歴,勤続年数を説明変数とした場合 ○A 2210)/( tasaaHYn ⋅+⋅+=l

係数 年次 0a 1a 2a 2R ..ES

昭 33 年 -4.1065 0.0809 0.1084 0.920 0.132 (-28.91) (6.73) (16.61)

34 -4.0479 0.0799 0.1033 0.930 0.122 (-28.82) (6.64) (17.09)

35 -3.9020 0.0742 0.0967 0.927 0.121 (-29.55) (6.59) (17.54)

37 -3.4913 0.0708 0.0799 0.913 0.118 (-30.59) (7.20) (16.78)

38 -3.4162 0.0731 0.0778 0.896 0.128 (-26.78) (6.76) (15.32)

42 -2.7912 0.0564 0.0672 0.889 0.111 (-23.99) (5.92) (14.40)

43 -2.5541 0.0516 0.0621 0.885 0.108 (-22.43) (5.63) (14.25)

44 -2.3684 0.0487 0.0587 0.876 0.106 (-21.05) (5.42) (13.69)

45 -2.1739 0.0476 0.0550 0.858 0.111 (-19.48) (5.43) (13.11)

46 -2.0239 0.0483 0.0524 0.867 0.101 (-18.96) (5.82) (13.03)

47 -1.8874 0.0488 0.0506 0.869 0.096 (-18.28) (6.18) (13.09)

48 -1.6728 0.0488 0.0474 0.854 0.099 (-18.57) (7.13) (14.76)

49 -1.4060 0.0482 0.0455 0.836 0.102 (-15.17) (6.91) (13.67)

50 -1.3000 0.0493 0.0448 0.858 0.094 (-14.31) (7.29) (14.07)

51 -1.2713 0.0508 0.0516 0.894 0.084 (-15.88) (8.68) (16.41)

注)1. Y :きまって支給する給与 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大 給与に対応)

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内 t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 33 -

イ ル 関 数 の 計 測(男子)

○B 2

232210)/( tbtbsbbHYn ⋅+⋅+⋅+=l

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-4.3977 0.0808 0.2225 -0.0079 0.968 0.083 (-43.37) (10.66) (11.65) (-6.12)

-4.3303 0.0801 0.2100 -0.0071 0.972 0.078 (-41.89) (10.24) (11.20) (-5.82)

-4.1385 0.0738 0.1900 -0.0062 0.964 0.085 (-40.02) (9.35) (10.16) (-5.10)

-3.6752 0.0711 0.1496 -0.0045 0.941 0.097 (-34.62) (8.77) (7.88) (-3.75)

-3.6113 0.0728 0.1501 -0.0045 0.926 0.108 (-29.78) (7.99) (7.05) (-3.47)

-3.0524 0.0582 0.1459 -0.0046 0.945 0.078 (-31.38) (8.52) (9.30) (-5.16)

-2.7829 0.0531 0.1309 -0.0039 0.936 0.081 (-27.91) (7.60) (8.59) (-4.63)

-2.6051 0.0512 0.1257 -0.0038 0.931 0.079 (-26.27) (7.50) (8.55) (-4.67)

-2.4183 0.0508 0.1186 -0.0035 0.915 0.085 (-23.71) (7.47) (8.13) (-4.47)

-2.2557 0.0522 0.1084 -0.0030 0.914 0.081 (-21.27) (7.60) (7.28) (-3.86)

-2.1285 0.0533 0.1052 -0.0029 0.916 0.077 (-20.32) (8.14) (7.29) (-3.88)

-1.8868 0.0523 0.0942 -0.0022 0.904 0.080 (-21.48) (9.21) (8.80) (-4.51)

-1.6443 0.0529 0.0942 -0.0024 0.891 0.084 (-17.53) (9.02) (8.27) (-4.41)

-1.5551 0.0543 0.0946 -0.0023 0.916 0.072 (-17.75) (10.13) (9.10) (-4.93)

-1.5192 0.0568 0.0985 -0.0024 0.931 0.068 (-17.55) (11.44) (8.90) (-4.36)

卒:14年,大卒:16年) 2t :勤続年数 H :月間労働時間(きまって支給する

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- 34 -

りきまって支給する給与額」を被説明変数としても,それ程大幅な誤差は生

じないものと考えることができよう(注9)。

(1) 男子の計測結果

まず,男子の表2-1の計測結果から検討することとしよう。被説明変数

には「時間当りのきまって支給する給与額」の自然対数をとり,説明変数に

は学歴,並びに経験年数(及びその2次項)を採用している。この場合学歴

及び経験年数の1次項のみを説明変数とした○A式と(注10),学歴と経験年数の

1次項及び2次項を説明変数とした○B式の両計測結果をみてみると,いずれ

も符号条件は期待されたものである。すなわち,○A式の 1a と,○B式の 1b は学

校教育における投資収益率であり,○A式の 2a と○B式の 2b は就職後の人的投資

の収益率を含む係数であり, λ の値が他の変数に比して小さいとみられる

(学校教育時代の人的資本の消耗はゼロと仮定している。)ため,いずれもプ

ラスであると予想される。さらに○B式の 3b は賃金プロファイルが,経験年数

に関して,concavityを持っているため,マイナスが期待される。なお,定

数項は,いずれもマイナスであるが,これは被説明変数の時間当り賃金を

1,000円単位でとっているためであり,円単位に直せば, nl 1000=6.90776

であるからいずれもプラスの値を得る(注11)。

なお,表2-1,表2-3の結果を比較すれば,経験年数を説明変数とし

(注9) 企業規模計・産業計の年齢・学歴・勤続年数の各階級でクロスしたデータ

では,労働時間に関する数値が得られない。従って,勤続年数を説明変数と

する場合には,やむなく,経験年数を説明変数とする場合と同様,年齢階級

別きまって支給する給与額表を利用するしかなく,各年齢階級の平均勤続年

数をもってそれに代理させることとした。 (注10)○A式はかなり大担な簡単化の想定に立った回帰式であり,参考値としての

域を出ない。 なお,○A式の説明力は時系列的に低下してきているが,これはデータの性

格が前述のごとく,昭和30年代は中高年齢者の年齢区分が荒く,そのデータ数が最近時に比し少ないことにも起因しよう。 ところで,年功制賃金論よりアプローチした場合,賃金プロファイル関数

が年齢または勤続年数で説明される。その場合の結果は後掲(注10)の付表(p.58)のようになる。なお,その統計的な説明力は人的資本理論よりアプロ-チした計測結果より劣る。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 35 -

た場合の方が勤続年数を説明変数とした場合よりフィットは若干良いという

ことがわかる。このことは,既に述べたように,経験年数を説明変数とした

場合はgeneral trainingに対応するものと考えることができ,投資費用は労

働者が負担し,人的投資による収益の増加は全て賃金の増加に反映されるも

のとみてよい。他方,勤続年数を説明変数とした場合は,specific training

の色合いが濃く,モデルの定式化の際に,投資費用は全て労働者が負担する

ものと想定したが,これは必ずしも現実的なものとは言い難かろう。表2-

3のフィットが若干落ちる一因はこのような事情に基づくものではなかろう

か(注12)。

次に,教育投資の平均的な収益率を直接表わす 1b ,及び就職後の人的投資

の収益率を含む係数である 2b ,並びに 3b の絶対値等をみてみると,経験年数

を説明変数とした場合,勤続年数を説明変数とした場合のいずれにおいても

(表2-1,表2-3の○B 式参照),一時的な乱れがあるものの,趨勢的に

は低下傾向を示していることがみてとれよう。より詳細にその傾向をみて

みると,昭和30年代から40年代までの低下傾向に比し,最近時点ではその傾

向が若干鈍化していることがよみとれる。すなわち,表2-1の○B式(学歴・

経験年数及びその2次項を説明変数とした場合)でみると,教育投資の平均

的な収益率を示す 1b の系列については,昭和33年には0.1054であるが,42 (注11) われわれは,産業総計のデータを使用したが産業別のデータも把握が可能

である。このデータを使用すると産業別の分散が計測値に現われることとな

り若干異った結果を得るが,産業総計で計測した場合と大きな違いはない。

ちなみに,昭和50年について,産業別の272個の観察値を使用して計測した結果を示せば,以下のようになる。

)094.0..886.0()36.12()77.33()43.22()43.41(

0018.00835.00528.05027.1)/(

2

222

:,: ESR

ttsHYn

−−−++−=l

Y :きまって支給する給与額 H :労働時間 s:学歴 2t :勤続年数

学歴の2次項を説明変数に導入した場合の計測も行ったが,学歴の1次項の符号が負となった。

(注12) なお,V.Stoikov〔27〕の計測では賃金プロファイル関数において,現在勤めている企業の勤続年数に比べ,Previous experienceの影響力が大きいというファインデイグを行っている。

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- 36 -

年には0.0816,49年には0.0676までその値が低下し,その後は若干反騰し,

51年には0.0735となっている。また,就職後の投資収益率を含む係数である

2b の系列については,昭和33年には0.1025であるが,42年には0.0736,49

年には0.0627へと一貫して低下してきており,51年に0.0669と若干反転して

いるものの,その逓減傾向は顕著であるといえよう。さらに, 3b の系列につ

いてその絶対値でみると,昭和33年には0.0018であったのが,42年には

0.0012,さらに51年には0.0011と一貫した低下傾向にあるといえる。このよ

うな各係数の時系列的推移についての解釈は後で更めて論ずることとし,こ

こでは女子の計測結果にすすもう。 表2-4 賃 金 プ ロ フ ァ

学歴,経験年数を説明変数とした場合 係数等

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

昭38 -3.9804 0.1072 0.0367 -0.00068 0.869 0.074 (-25.03) (7.41) (5.79) (-4.66) 42 -3.3333 0.0876 0.0348 -0.00066 0.851 0.069 (-21.66) (6.43) (6.14) (-4.64) 43 -3.0656 0.0780 0.0322 -0.00061 0.774 0.081 (-19.19) (5.58) (5.64) (-4.31) 44 -2.8866 0.0750 0.0286 -0.00053 0.816 0.064 (-19.48) (6.56) (6.14) (-4.62) 45 -2.6826 0.0734 0.0257 -0.00047 0.757 0.071 (-18.19) (5.82) (5.17) (-3.91) 46 -2.5738 0.0794 0.0237 -0.00044 0.780 0.066 (-18.42) (6.69) (5.15) (-4.00) 47 -2.4520 0.0826 0.0204 -0.00037 0.722 0.073 (-15.13) (6.03) (3.93) (-2.96) 48 -2.0906 0.0689 0.0162 -0.00029 0.798 0.054 (-30.41) (12.31) (7.05) (-5.48) 49 -1.8695 0.0737 0.0145 -0.00027 0.819 0.053 (-27.23) (13.29) (6.51) (-5.37) 50 -1.8421 0.0816 0.0159 -0.00028 0.857 0.051 (-26.30) (14.65) (6.86) (-5.30) 51 -1.7937 0.0858 0.0152 -0.00026 0.825 0.059 (-20.57) (12.53) (5.36) (-3.99) 注)1. 2

3210/ tbtbsbbHYn ++⋅+=l 型の計測結果を示している。ただし, 大卒:16年) t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢)または勤続年数 2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内 t-値

資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 37 -

(2) 女子の計測結果

前節の(2-18)式に基づき,男子と同様に,学歴,経験年数を説明変数

とした場合及び学歴,勤続年数を説明変数とした場合の計測結果が表2-4

に掲げてある。

各係数の符合条件は,男子のそれと同様,女子の場合もいずれもその条件

を満足している。定数項の符号がマイナスであることも男子と同様である。

また,フィットの度合は,全般的に男子に比較して劣るばかりでなく,経験

年数を説明変数とした場合よりも,逆に,勤続年数を説明変数とした場合の

方がよいことがわかる。この結果をどのように解釈すべきであろうか。ここ イ ル 関 数 の 計 測(女子)

学歴,勤続年数を説明変数とした場合

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-3.9919 0.0950 0.1260 -0.0065 0.911 0.061 (-25.10) (7.90) (3.14) (-1.42) -3.4320 0.0831 0.1234 -0.0062 0.924 0.050 (-52.67) (8.57) (4.29) (-1.92) -3.1599 0.0730 0.1211 -0.0065 0.890 0.056 (-24.52) (7.55) (4.39) (-2.15) -2.9728 0.0717 0.1020 -0.0051 0.920 0.042 (-27.11) (8.80) (4.73) (-2.28)

2.7244 0.0693 0.0779 -0.0030 0.863 0.053 (-21.33) (7.36) (3.30) (-1.30) -2.6543 0.0778 0.0841 -0.0043 0.851 0.054 (-20.26) (8.13) (3.44) (-1.78) -2.5226 0.0814 0.0691 -0.0030 0.817 0.059 (-15.54) (7.15) (2.36) (-1.09) -2.1782 0.0689 0.0664 -0.0035 0.863 0.045 (-34.42) (5.49) (5.85) (-3.43) -1.9389 0.0740 0.0533 -0.0028 0.842 0.049 (-26.47) (14.72) (4.04) (-2.41) -1.8941 0.0801 0.0522 -0.0022 0.903 0.042 (-28.81) (18.11) (4.81) (-2.41) -1.8555 0.0844 0.0529 -0.0020 0.896 0.045 (-24.48) (16.65) (4.46) (-2.04)

Y :きまって支給する給与額 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年, H :月間労働時間(きまって支給する給与に対応)

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- 38 -

表2-5 賃 金 プ ロ フ ァ

企業規模別経験年数ベース

規模 大 企 業 中 企

係数

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES 0b 1b 2b

昭42年 -3.2995 0.0876 0.0549 -0.0008 0.989 0.032 -3.1219 0.0677 0.0315 (-55.62) (16.68) (20.82) (-11.03) (-18.24) (4.48) (4.60)

43 -2.9923 0.0765 0.0477 -0.0007 0.970 0.046 -2.8686 0.0578 0.0309 (-34.14) (9.95) (12.94) (-7.17) (-16.74) (3.86) (4.81)

44 -2.7598 0.0693 0.0467 -0.0007 0.978 0.044 -2.7133 0.0562 0.0275 (-32.27) (9.34) (13.07) (-7.02) (-17.07) (4.11) (4.67)

45 -2.5684 0.0686 0.0431 -0.0007 0.953 0.049 -2.5660 0.0602 0.0239 (-25.85) (8.05) (11.33) (-6.81) (-18.55) (5.09) (4.84)

46 -2.5196 0.0778 0.0428 -0.0007 0.951 0.048 -2.3879 0.0606 0.0212 (-25.25) (9.13) (0.61) (-7.43) (-18.46) (5.53) (4.77)

47 -2.4031 0.0812 0.0396 -0.0006 0.895 0.070 -2.2735 0.0647 0.0187 (-15.68) (6.25) (7.30) (-4.28) (-16.78) (5.69) (4.09)

48 -1.9869 0.0640 0.0342 -0.0005 0.921 0.050 -1.9468 0.0557 0.0138 (-31.43) (2.56) (14.79) (-9.22) (-23.93) (8.23) (4.70)

49 -1.6670 0.0613 0.0322 -0.0005 0.919 0.047 -1.7511 0.0604 0.0148 (-27.52) (12.59) (14.61) (-9.23) (-26.99) (11.48) (6.68)

50 -1.6486 0.0684 0.0353 -0.0005 0.956 0.040 -1.6872 0.0666 0.0153 (-29.67) (15.52) (17.59) (-10.21) (-22.67) (11.14) (5.99)

51 -1.6141 0.0760 0.0347 -0.0004 0.944 0.047 -1.6121 0.0684 0.0158 (-23.61) (13.90) (13.82) (-7.59) (-22.18) (11.86) (6.42)

注)1. 大企業:従業員1,000人以上の企業,中企業:従業員100人以上1,000人未 2. 2

3210/ tbtbsbbHYn ++⋅+=l 型によって計測した。ただし,Y :きまって t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢) H :月間労働時間(きまって支

3. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内 t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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イ ル 関 数 の 計 測(女子)

業 小 企 業

3b 2R ..ES 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-0.0007 0.663 0.087 -3.0804 0.0593 0.0205 -0.0004 0.587 0.081 (-3.89) (-18.65) (4.05) (3.85) (-3.34)

-0.0007 0.637 0.084 -2.9049 0.0553 0.0205 -0.0004 0.565 0.081 (-4.14) (-17.33) (3.78) (3.84) (-3.24)

-0.0006 0.627 0.076 -2.7520 0.0527 0.0197 -0.0004 0.589 0.073 (-4.00) (-18.01) (3.99) (4.07) (-3.35)

-0.0005 0.696 0.065 -2.5607 0.0520 0.0174 -0.0003 0.694 0.056 (-3.98) (-21.33) (5.07) (4.69) (-3.82)

-0.0005 0.715 0.059 -2.4274 0.0565 0.0150 -0.0003 0.711 0.053 (-4.17) (-20.86) (5.74) (4.25) (-3.63)

-0.0004 0.700 0.060 -2.3764 0.0638 0.0147 -0.0003 0.784 0.048 (-3.53) (-22.06) (7.08) (4.56) (-3.93)

-0.0002 0.634 0.066 -2.1420 0.0594 0.0130 -0.0002 0.809 0.044 (-3.40) (-36.51) (12.61) (7.15) (-6.05)

-0.0003 0.788 0.048 -1.9687 0.0678 0.0128 -0.0002 0.854 0.043 (-5.76) (-34.64) (14.92) (7.26) (-6.09)

-0.0003 0.788 0.053 -1.8449 0.0683 0.0127 -0.0002 0.867 0.041 (-5.24) (-31.90) (15.00) (6.77) (-5.63)

-0.0003 0.823 0.048 -1.8079 0.0747 0.0133 -0.0002 0.903 0.037 (-5.50) (-32.00) (16.99) (7.51) (-6.25)

満の企業,小企業:従業員10人以上100人未満の企業 支給する給与月額 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年,大卒:16年) 給する給与に対応)

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表2-6 賃 金 プ ロ フ ァ

企業規模別勤続年数ベース

規模 大 企 業 中 企

係数

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES 0b 1b 2b

昭42年 -3.4463 0.0913 0.1104 -0.0023 0.906 0.094 -3.3615 0.0715 0.1598 (-19.04) (5.78) (4.32) (-1.20) (-29.17) (8.03) (5.96)

43 -3.0519 0.0729 0.1008 -0.0022 0.932 0.069 -3.1160 0.0615 0.1669 (-22.40) (6.34) (4.82) (-1.31) (-24.09) (6.32) (5.33)

44 -2.8495 (.0690 0.0973 -0.0025 0.933 0.067 -2.9514 0.0609 0.1496 (-21.17) (6.08) (5.32) (-1.86) (-27.66) (7.76) (5.86)

45 -2.6252 0.0667 0.0876 -0.0022 0.941 0.055 -2.7799 0.0641 0.1312 (-22.36) (7.03) (4.88) (-1.54) (-30.95) (9.76) (6.49)

46 -2.5787 0.0771 0.0846 -0.0021 0.955 0.046 -2.6010 0.0648 0.1276 (-25.56) (9.48) (5.53) (-1.78) (-27.61) (9.30) (6.40)

47 -2.4875 0.0807 0.0890 -0.0024 0.918 0.062 -2.4644 0.0684 0.1105 (-17.61) (7.11) (4.74) (-1.77) (-25.86) (9.85) (5.72)

48 -2.0353 0.0622 0.0718 -0.0018 0.939 0.044 -2.0684 0.0585 0.0639 (-34.66) (13.97) (9.32) (-3.23) (-30.06) (11.48) (5.16)

49 -1.7257 0.0605 0.0698 -0.0020 0.923 0.043 -1.8980 0.0641 0.0787 (-29.62) (13.70) (9.39) (-4.01) (-30.74) (14.98) (6.72)

50 -1.6799 0.0662 0.0659 -0.0013 0.969 0.034 -1.8403 0.0708 0.0726 (-34.26) (18.02) (11.90) (-3.69) (-25.66) (14.29) (5.69)

51 -1.6761 0.0716 0.0721 -0.0010 0.977 0.030 -1.7687 0.0719 0.0790 (-34.99) (20.77) (12.00) (-2.28) (-29.47) (17.42) (7.55)

注)1. 大企業:従業員1,000人以上の企業,中企業:従業員100人以上1,000人未 2. 2

3210/ tbtbsbbHYn ⋅+⋅+⋅+=l 型の計測結果を示してある。 Y :きまっ t:勤続年数 H :月間労働時間(きまって支給する給与に対応)

3. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内 t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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イ ル 関 数 の 計 測(女子)

業 小 企 業

3b 2R ..ES 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-0.0127 0.879 0.052 -3.3378 0.0646 0.1585 -0.0141 0.773 0.062 (-3.82) (-23.61) (6.03) (5.04) (-3.86)

-0.0138 0.837 0.056 -3.1316 0.0609 0.1362 -0.0109 0.760 0.060 (-3.49) (-22.33) (5.67) (5.05) (-3.75)

-0.0123 0.871 0.045 -2.9007 0.0542 0.1133 -0.0081 0.736 0.058 (-3.91) (-21.49) (5.25) (4.64) (-3.22)

-0.0099 0.901 0.037 -2.6894 0.0532 0.0949 -0.0063 0.783 0.047 (-4.23) (-23.39) (6.28) (4.62) (-3.26)

-0.0105 0.874 0.040 -2.5602 0.0585 0.0875 -0.0062 0.768 0.048 (-4.74) (-22.09) (6.91) (4.20) (-3.15)

-0.0085 0.874 0.039 -2.5404 0.0666 0.0985 -0.0075 0.845 0.041 (-4.17) (-24.60) (9.14) (4.99) (-3.97)

-0.0032 0.783 0.051 -2.2445 0.0606 0.0728 -0.0048 0.841 0.040 (-2.77) (-37.44) (14.64) (7.11) (-5.43)

-0.0056 0.850 0.040 -2.0404 0.0676 0.0661 -0.0043 0.850 0.043 (-4.75) (-31.27) (15.32) (5.48) (-3.97)

-0.0047 0.842 0.046 -1.9265 0.0684 0.0659 -0.0042 0.875 0.400 (-3.89) (-30.13) (16.23) (5.68) (-4.24)

-0.0052 0.898 0.037 -1.8820 0.0751 0.0613 -0.0036 0.900 0.037 (-5.38) (-29.15) (17.60) (5.83) (-4.24)

満の企業,小企業:従業員10人以上100人未満の企業 て支給する給与月額s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年,大卒:16年)

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- 42 -

で計測に使用したデータの性格をふり返ってみよう(本文及び(注7),(注

8)を参照)。女子の場合には,結婚,出産及び育児といった就業継続上の制

約があるため,中年以上の年齢層については,一旦退職後の再就職者が大部

分を占めているものと思われる。したがって,われわれが計測にあたって使

用した経験年数(現在年齢-卒業時年齢)及び勤続年数は,実態を必ずしも

正確に反映しているとは言い難い。とりわけ,経験年数にそのバイアスが強

いといえるだろう。ちなみに,企業規模別で計測した結果をみると(表2-

5,表2-6),中途採用者が少なく,継続就業者が多いと考えられる大企

業については,経験年数を説明変数とした場合も,勤続年数を説明変数とし

た場合も,いずれの場合にもその計測結果は良好である。また,この場合に

は男子と同様に経験年数を説明変数とした場合の方がフィットが良いという

結果を得た。このように,女子の計測にあたっては,データ上の制約が大き

いが人的資本理論の女子への適用が否定されたわけではない。

次に,各係数の時系列推移をみてみよう。教育投資の収益率を表わす 1b に

ついては,計測期間が短かいこともあってか,男子にみられたような低下傾

向を観察することはできなかった。なお,就職後の人的投資の収益率を含む

係数である 2b ,及び 3b の絶対値については,男子と同様に明確な逓減傾向が

みられた(注13)。

第2節の補論 労働時間とボーナスの影響

本論においては,「時間当りのきまって支給する給与額」を被説明変数と (注13) これまでの計測は全て(注5)で触れたように「パートタイム労働者」を除く

産業総計のデータを使用して行った。そこでパートタイム労働者を含んだデ

ータを使用した場合,どの様な影響が現われるか,試みにデータのとれる期

間(昭和42年~47年)について計測した結果が(注13)の付表(p60)である。これをみるに,男子の場合には,そのウエイトが小さいこともあり,計測結果

に大きな差異はみられない。他方,女子の場合には,経験年数を説明変数と

すると,各回帰係数はパートを含んだ方が小さく現われた。もっとも,勤続

年数を説明変数とすると, 1b はパートを除いた方が大きく,その他の 2b ,

3b はパートを含んだ方が大きいという結果になった。この様に女子の場合には,時間当たり賃金の格差,労働時間の多寡等が影響して,男子に比べてそ

の差異が顕著に現われるようである。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 43 -

して計測を行い,その人的投資の収益率等が低下傾向を示してきたことをみ

た。

そこで,ここでは人的資本理論に基づく賃金プロファイル関数の計測結果

に対して労働時間とボーナスがどのような影響をもつか男子のデータを用い

て確認しておくこととする。

1. 労働時間の影響

まず,労働時間の影響をみるために,被説明変数として時間で標準化しな

い月当りの「きまって支給する給与額」を用いて本論と同様の手法で計測を

行った。その結果が表2-8である。これをみると,経験年数,勤続年数の

いずれを説明変数としてもフィットは良好である。また,この場合にも本論

におけると同様,経験年数を説明変数とした場合の方がフイットが良い。さ

らに,各係数の趨勢についても「時間当り給与額」を被説明変数とした場合

と同様の傾向が読みとれる。

次に,この計測結果と本論に掲げた表2-1及び表2-3の回帰係数を比較

検討してみよう。教育投資に係る収益率に対応する 1b については,説明変数

として経験年数と勤続年数のいずれを用いた場合にも,被説明変数として

「時間当り給与額」を用いた場合の方が大きい。一方,就職後の人的投資の

収益率を含む複合要素である 2b 及び 3b をみると,経験年数を説明変数とし

た場合には,ほぼ同じ値をとっているのに対し,勤続年数を説明変数とした

場合には, 1b とは逆に「時間当り給与額」を被説明変数として計測した場合

の方が小さい値となっている。

ところで HHYY nnn lll =− / の恒等式が成立している。そこで, sを学

歴, tを経験年数(あるいは勤続年数)とすれば,

(2-19) 20 ttsHn 321 +++= ααααl

の式が想定でき,その係数 0α , 1α , 2α , 3α の値は Ynl と HYn /l に関する

既に掲げた計測結果より直接求めることができる。それによると tを経験年

数とした場合には,

(2-20) 000 ≒,≒, 321 < ααα

の関係がほぼ成立し, tを勤続年数とした場合には,

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- 44 -

表2-8 賃 金 プ ロ フ ァ イ ル

学歴,経験年数を説明変数とした場合 係数等

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

昭*38年 1.6286 0.0841 0.0822 -0.0013 0.968 0.067 (20.51) (13.36) (22.41) (-16.10)

*39 1.8546 0.0772 0.0771 -0.0013 0.964 0.067 (23.81) (12.46) (21.29) (-15.77)

*40 2.0102 0.0725 0.0754 -0.0012 0.971 0.058 (29.79) (13.82) (23.91) (-17.58)

*41 2.1557 0.0689 0.0731 -0.0012 0.973 0.054 (33.90) (14.07) (24.96) (-18.31)

42 2.2840 0.0658 0.0735 -0.0012 0.974 0.052 (36.77) (13.92) (25.87) (-19.43)

*43 2.5166 0.0620 0.0716 -0.0012 0.973 0.050 (41.42) (13.57) (26.37) (-19.87)

44 2.7107 0.0580 0.0694 -0.0012 0.970 0.051 (43.86) (12.64) (25.27) (-19.15)

45 2.8984 0.0569 0.0674 -0.0011 0.964 0.054 (46.84) (12.60) (24.91) (-19.47)

46 3.0197 0.0580 0.0651 -0.0011 0.968 0.047 (50.77) (13.58) (25.22) (-19.90)

47 3.1667 0.0575 0.0641 -0.0011 0.970 0.044 (56.54) (14.54) (26.28) (-20.98)

48 3.4192 0.0531 0.0636 -0.0011 0.953 0.054 (59.30) (13.22) (25.93) (-21.39)

49 3.6107 0.0550 0.0622 -0.0011 0.962 0.047 (70.57) (15.58) (29.08) (-24.12)

50 3.6652 0.0578 0.0631 -0.0011 0.973 0.039 (81.33) (18.90) (31.59) (-25.38)

51 3.7437 0.0590 0.0650 -0.0011 0.978 0.036 (90.86) (21.49) (35.25) (-28.66)

注)1. 23210 tbtbsbbYn +++=l 型で計測した。ただし,

Y :きまって支給する給与額 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短 t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢) または 勤続年数

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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関 数 の 計 測(男子)

学歴,勤続年数を説明変数とした場合

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

1.8446 0.0579 0.1729 -0.0061 0.925 0.104 (14.74) (6.16) (7.88) (-4.54)

2.0264 0.0515 0.1825 -0.0071 0.919 0.099 (16.73) (5.75) (7.56) (-4.36)

2.1867 0.0478 0.1658 -0.0060 0.919 0.096 (18.81) (5.68) (7.86) (-4.62)

2.3014 0.0454 0.1633 -0.0058 0.923 0.090 (20.75) (5.75) (8.39) (-5.05)

2.4308 0.0435 0.1557 -0.0053 0.927 0.087 (22.51) (5.73) (8.94) (-5.39)

2.6879 0.0410 0.1390 -0.0045 0.918 0.088 (21.97) (5.39) (8.37) (-4.89)

2.8530 0.0395 0.1358 -0.0045 0.927 0.079 (37.46) (7.50) (10.13) (-6.03)

3.0416 0.0396 0.1261 -0.0040 0.895 0.092 (27.65) (5.39) (8.01) (-4.77)

3.1778 0.0412 0.1158 -0.0035 0.898 0.085 (28.45) (5.70) (7.38) (-4.27)

3.3118 0.0423 0.1102 -0.0033 0.896 0.082 (29.69) (6.07) (7.17) (-4.12)

3.5902 0.0390 0.0979 -0.0026 0.881 0.086 (38.56) (6.48) (8.63) (-4.82)

3.7608 0.0415 0.0994 -0.0028 0.871 0.087 (38.54) (6.79) (8.38) (-4.85)

3.8250 0.0439 0.0978 -0.0027 0.906 0.073 (43.42) (8.14) (9.36) (-5.44)

3.9083 0.0443 0.1007 -0.0027 0.917 0.069 (44.32) (8.76) (8.93) (-4.74)

大卒:14年,大卒:16年)

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表2-9 賃 金 プ ロ フ ァ イ ル

学歴,経験年数を説明変数とした場合 係数等

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

昭40年 1.9163 0.0922 0.0838 -0.0014 0.972 0.065 (25.43) (15.75) (23.80) (-17.49)

41 2.0690 0.0874 0.0816 -0.0013 0.973 0.061 (28.62) (15.70) (24.48) (-17.97)

42 2.1962 0.0846 0.0819 -0.0014 0.972 0.063 (30.33) (15.35) (24.71) (-18.20)

43 2.4256 0.0802 0.0808 -0.0014 0.971 0.060 (34.41) (15.15) (25.64) (-19.37)

44 2.6290 0.0758 0.0787 -0.0013 0.968 0.060 (35.94) (13.95) (24.20) (-18.39)

45 2.8177 0.0752 0.0767 -0.0013 0.960 0.065 (37.52) (13.70) (23.34) (-18.25)

46 2.9429 0.0768 0.0747 -0.0013 0.963 0.059 (39.54) (14.38) (23.11) (-18.27)

47 3.1038 0.0757 0.0731 -0.0013 0.967 0.054 (45.40) (15.68) (24.53) (-19.60)

48 3.3499 0.0708 0.0722 -0.0012 0.951 0.064 (48.98) (14.85) (24.79) (-20.41)

49 3.5573 0.0721 0.0709 -0.0012 0.956 0.060 (55.27) (16.24) (26.34) (-21.81)

50 3.6265 0.0752 0.0728 -0.0013 0.964 0.053 (58.49) (17.87) (26.50) (-21.31)

51 3.6807 0.0767 0.0743 -0.0013 0.968 0.050 (63.23) (19.78) (28.53) (-23.25)

注)1. 23210 tbtbbsbYBn +++=l 型により計測した。ただし,

YB:きまって支給する給与額+月当り賞与・特別給与額 t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢) または 勤続年数

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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関 数 の 計 測(男子)

学歴,勤続年数を説明変数とした場合

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

2.1097 0.0649 0.1839 -0.0066 0.932 0.100 (17.45) (7.41) (8.39) (-4.90)

2.2262 0.0614 0.1821 -0.0065 0.937 0.093 (19.55) (7.58) (9.11) (-5.46)

2.3524 0.0600 0.1738 -0.0059 0.940 0.089 (20.99) (7.72) (9.75) (-5.85)

2.6047 0.0569 0.1592 -0.0052 0.932 0.091 (22.63) (7.37) (9.45) (-5.56)

2.7892 0.0543 0.1548 -0.0051 0.929 0.089 (24.91) (7.05) (9.42) (-5.67)

2.9680 0.0557 0.1454 -0.0047 0.911 0.098 (25.36) (7.13) (8.68) (-5.19)

3.1098 0.0580 0.1348 -0.0042 0.910 0.093 (25.48) (7.35) (7.86) (-4.58)

3.2530 0.0588 0.1282 -0.0039 0.910 0.089 (27.12) (7.84) (7.75) (-4.50)

3.5374 0.0548 0.1121 -0.0030 0.896 0.093 (35.15) (8.43) (9.14) (-5.10)

3.7141 0.0570 0.1157 -0.0033 0.888 0.095 (35.09) (8.69) (9.00) (-5.24)

3.7959 0.0595 0.1148 -0.0031 0.915 0.082 (38.38) (9.83) (9.78) (-5.73)

3.8502 0.0605 0.1176 -0.0032 0.923 0.078 (38.48) (10.54) (9.19) (-4.96)

s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年,大卒:16年)

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(2-21) 000 <>< 321 ααα ,,

の関係が成立する。そこで,労働時間と学歴及び経験年数(あるいは勤続年

数)の関係をみると,労働時間は学歴とは負の相関関係にあり,学歴の高い

人ほど労働時間が少ない傾向にある。このことは,低学歴の人ほど賃金の低

さをカバーするために,長い時間働くことによって,その埋め合わせを図っ

ているものと解釈することもできよう。他方,経験年数と労働時間はほぼ無

相関に近いが,勤続年数に関しては, 2α , 3α の推計値から判断すると,当初

表2-10 賃 金 プ ロ フ ァ イ ル

学歴,経験年数を説明変数とした場合 係数等

年次 0b 1b 2b 3b 2R ..ES

昭42年 -3.1307 0.0747 0.1640 -0.0052 0.9533 0.0815 (-30.85) (10.48) (10.03) (-5.59)

43 -2.8661 0.0690 0.1510 -0.0046 0.9440 0.0860 (-26.96) (9.27) (9.30) (-5.11)

44 -2.6875 0.0669 0.1468 -0.0045 0.9420 0.0837 (-25.62) (9.26) (9.54) (-5.36)

45 -2.4919 0.0670 0.1379 -0.0041 0.9243 0.0932 (-22.36) (9.00) (8.65) (-4.84)

46 -2.3237 0.0690 0.1274 -0.0036 0.9222 0.0899 (-19.69) (9.03) (7.68) (-4.16)

47 -2.1873 0.0698 0.1232 -0.0035 0.9253 0.0847 (-19.07) (9.73) (7.79) (-4.24)

48 -1.9316 0.0672 0.1095 -0.0027 0.9134 0.0895 (-19.86) (10.68) (9.24) (-4.79)

49 -1.6910 0.0685 0.1106 -0.0029 0.9026 0.0927 (-16.35) (10.57) (8.80) (-4.79)

50 -1.5842 0.0700 0.1116 -0.0029 0.922l 0.0825 (-15.93) (11.50) (9.46) (-5.23)

51 -1.5773 0.0730 0.1154 -0.0029 0.9329 0.0783 (-15.79) (12.75) (9.03) (-4.56)

注)1. 23210)/( tbtbsbbHYBn +++=l 型により計測した。ただし,

YB:きまって支給する給与額+月当り賞与・その他特別給与額 t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢)または勤続年数,H :月間労働

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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は勤続年数とともに労働時間も増大し,ほぼ勤続年数6~7年を境にその後

は減少するといった傾向がみられる。

教育投資の収益率に対応する 1b については,説明変数として経験年数,勤

続年数のいずれを用いようとも,「時間当り給与額」を被説明変数とした場

合の方が高い( 0<1α に対応)という結果を得た。このことは,教育投資の

収益率の計測に際しては,労働時間の影響が無視できないことを示してい

る。また,勤続年数と労働時間との間には複雑な関係がみられるが,経験年

関 数 の 計 測(男子)

学歴,勤続年数を説明変数とした場合

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-3.3249 0.1004 0.0819 -0.0013 0.9767 0.0576 (-48.12) (19.08) (25.91) (-18.73)

-3.0779 0.0933 0.0810 -0.0013 0.9729 0.0598 (-42.54) (17.15) (25.04) (-18.64)

-2.7331 0.0764 0.0805 -0.0014 0.9620 0.0691 (-37.93) (16.26) (23.54) (-18.36)

-2.6764 0.0876 0.0768 -0.0013 0.9571 0.0685 (-33.86) (l5.17) (22.20) (-17.13)

-2.5273 0.0890 0.0751 -0.0013 0.9616 0.0631 (-31.96) (15.67) (21.88) (-17.13)

-2.3694 0.0879 0.0739 -0.0013 0.9649 0.0580 (-32.15) (16.91) (23.02) (-18.22)

-2.1527 0.0846 0.0737 -0.0013 0.9475 0.0697 (-20.09) (16.22) (23.13) (-18.78)

-1.8794 0.0848 0.0714 -0.0012 0.9499 0.0665 (-26.16) (23.75) (23.75) (-19.49)

-1.7836 0.0867 0.0742 -0.0013 0.9575 0.0609 (-25.20) (18.07) (23.65) (-18.90)

-1.7853 0.0912 0.0762 -0.0013 9.9611 0.0596 (-25.86) (19.81) (24.67) (-19.90)

s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短大卒:14年,大卒:16年) 時間(きまって支給する給与額に対応)

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- 50 -

数と労働時間との間にはほとんど相関関係がみられず,労働時間は,就職後

の人的投資の収益率を含む複合要素にはほとんど影響を及ぼさないことがわ

かる。

2. ボ-ナスの影響

現行の給与体系にあっては,「賞与」は定期給与と同様恒常所得的性格が

強い。従って,賞与等を含めた所得を人的資本の収益率に見合った所得にほ

ぼ対応するものと考えることもできよう。そこで,被説明変数に賞与等を加

えた「きまって支給する給与額+月当り賞与・その他特別給与額」を用いて

計測を行い,しかるのち人的投資の収益率等を本論の結果と比較し検討する

ことにしょう。

本論の(2-17)式及び(2-18)式の賃金として賞与等を含んだ給与額

を用いて,加重回帰分析を行った結果が表2-9,表2-10である。フィット

はいずれも良好である。なお,労働時間の回帰係数への影響に関しては,

先に「きまって支給する給与額」を被説明変数とした場合と同様の影響がこ

こでもみられる。したがって,ここでは被説明変数に「きまって支給する給

与額」を使用した場合(表2-8)と「きまって支給する給与額+賞与・そ

の他特別給与額」を使用した場合(表2-9)の計測結果を比較することに

より,ボ-ナスの回帰係数に与える影響を検討することとする。

まず,教育投資の収益率に対応する回帰係数 1b ,及び就職後の人的投資の

収益率を含む複合要素である 2b , 3b の値をみてみると,説明変数にいずれ

を使用しようとも,定数項以外の 1b , 2b , 3b はいずれも賞与等を含む場合

の方が大きい。このことは,賞与等を含めた場合の方が,人的投資量の差異

をより顕著に反映することを示している。

次に,各回帰係数の時系列的趨勢は,両者いずれの場合にも低下傾向を示

しており,低下の度合いもほぼ同じである。なおこの傾向は,説明変数に経

験年数,勤続年数のいずれを用いた場合にもみられる。

したがって,賞与等を含めた給与額を被説明変数として計測した場合に

は,収益率等の絶対水準には多少の差異が現れるものの,時系列での比較検

討にはそれほど大きな問題はないということができよう。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 51 -

第3節 計測結果の解釈

1. 教育投資の収益率低下とその解釈

教育投資の平均的な投資収益率については,男子の場合,若干の変動はあ

るものの,その趨勢は低下傾向にあることは既にみた。他方,女子について

は,計測期間が短かいうえ,最近時点で反転傾向にあるため男子のように断

定はできないが,昭和38年以降48年頃までは,その趨勢は低下傾向にあると

解することも可能であろう。それではこの男子の場合に明確にみられた教育

投資の収益率の低下傾向を人的資本理論とのからみでどのように理解すべき

であろうか。なお,学校教育における人的投資量の代理変数として平均就学

年数をとると,それは,時系列でみた場合(参考資料表2-1,参考資料表

2-2参照),昭和33年の10.48年からほとんど持続的に上昇し,51年には,

11.52年と1.099倍の上昇を示している。また,その分散も,昭和33年の

4.467からほぼ毎年上昇し,51年には5.954となり,1.333倍になっている。

教育投資の平均的な投資収益率の動向を解釈するには,これらの事実をも

考慮に入れる必要があろう。

ところで,個々人の人的投資量とその投資収益率はどのように決定される

と解すべきであろうか。この問題に接近するために,まず合理的に行動し,

かつ将来の動向を見通すことができる代表的な個人を想定することとする。

そして,その個人の人的な投資量と投資収益率とは,次の様に決定されると

考えることができる(注14)。すなわち,代表的な個人について,その者の能力

や人的な資本に対する労働市場での評価に基づき限界収入曲線(あるいは投

資の限界効率曲線)が描ける。一方,その個人の人的投資にかかる費用と投

資量との関係により,限界費用曲線が描けるものと仮定する(図2-7参

照)。この仮定に基づき,さらにある代表的な個人は,限界収入=限界費用

の図2-7のE点における投資量と収益率を選択する。この場合,投資量は

OAであり,限界的な投資収益率は rに決定されることとなる。われわれが

最初に設定した賃金プロファイル関数はここでの限界収入曲線,限界費用曲 (注14) この解釈にあたってはG.S.Becker〔4〕を参照さたい。

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線との交点に対応しているという意味ではreduced formであるとみてよい。

なお,ある時期に人的投資に対する投資費用が低下すれば,限界費用曲線

はMCからMC'へshiftし,均衡点はE'となる(注15)。この場合には,投資量

図2-7 人的投資額とその収益率との関係

図2-8 人的投資額とその収益率との関係

(注15) 簡単化のため,ここでは限界収入曲線が変動しないものと仮定した。いわ

ば教育投資の効率性に変化がなくこの面での技術革新がみられなかったと前提していることになる。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 53 -

はOAからOBへ増大し,限界投資収益率は, rから r ′ˆ へと低下することと

なる。

さて,次に同一時点における労働市場全体の勤労者に議論を拡張すること

としよう。ここで図示の簡単化のために,図2-8の如く労働市場全体の勤

労者がa,b,cの3人で構成されているものと仮定する。また,人間の潜在

的な能力にはそれ程大きな相違がないという前提に立ち,homogeneousな

人間と想定し限界収入曲線は各勤労者各々について同一であると仮定しよう

(注16)。この場合には,労働市場全体の平均的な投資収益率は,それぞれの平

均収益率の平均値であると考えることができよう。われわれが計測した産業

総計の平均的な投資収益率の値はこのような性格を持ったものであると理解

することができる。

いま教育投資に議論を限ることにしよう。議論を簡単化するために,当初

労働市場に1人の勤労者aがおり,その後bが新規に労働市場に参入し,さ

らにその後にcが新規に参入したものと仮定しよう。さらに,労働市場に

新規に参入したbはaより,またcはbより学校教育投資の費用が低いとの仮

定を置く。すなわち,時系列的にみて,所得の上昇に比べて教育投資に係る

費用の上昇が低いと仮定すれば(注17),bの限界費用曲線はaに比べて右に

shiftしており,さらにcの限界費用曲線はbに比し右にshiftしているとみ

ることができよう。また仮に教育投資の効率化が進行してMRが右にshift

したとしてもMCの右方へのshiftの影響力が大きいことの結果が反映されて

いると解釈できよう(図2-9参照)。従って,労働市場全体について,時系

(注16) この仮定は,図示を簡略化させるためであり,理論的にはこの様な前提

の必要はない。 (注17) 年間教育費と勤労者の名目賃金との時系列的推移は,(注17)の付表(p62)

のとおりである。教育費の伸びに比べて名目賃金の伸びが高く,相対的に教

育費の資金コストが低下してきている。なお,小学校,中学校,全日制高等

学校については,公立の学校に通学させている父兄が支出した教育費(資

料:「父兄が支出した教育費」(文部省))を,また,大学校については,昼間

部についての私立・公立・国立の平均値(資料:「学生生活調査報告書」(文部省))を利用している。さらに,名目賃金は,平均給料・手当に賞与が入った

数値である(資料:「民間給与の実態」(国税庁))。

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図2-9 人的投資額とその収益率との関係

列的にみた場合限界費用曲線が少しづつ右へshiftし,労働者の平均的な教

育投資の収益率が低下傾向を示しているのであると解釈することが可能であ

ろう。また,この想定は,投資額とその分散が時系列的に増大していること

とも整合的である。

このような解釈と対応する次のような興味ある結果が得られた。すなわ

ち,新規に労働市場へ参入した勤労者に限定して,その者の教育投資に係る

収益率を計測したが(注18)(参考資料表2-7参照), 1b の系列は,多少の変動

はあるものの,昭和36年の0.1085から50年には0.0570へと下落し,趨勢的

な低下傾向がうかがえる。これは,昭和30年代以降労働市場へ参入した者の

教育投資に係る収益率が低下してきたため,労働市場全体でみた場合,平均

的な教育投資の収益率が低下したものと理解することができよう。なお,学 (注18) 勤続年数で区分したデ-タには,労働時間のデ-タがないため,賃金を

労働時間で標準化(ノ-マライズ)することができない。また,勤続年数1年未満の者のみに限った場合,観察値の個数が少なく,安定的な回帰分析の

結果を得ることができない。従って勤続5年未満の者のみについて計測を行った。 デ-タの区分が表2-1から表2-3に使用したものと異なるため(それらは年齢区分によるデ-タを使用),その 1b の系列と比較することはできないが,参考資料表2-7の 1b の系列は時系列的に低下傾向を示している。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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歴別には,中学卒の割合が減少し,高校卒(及び大学卒)の割合が増大して

いる(参考資料表2-1参照)。従って,教育投資の収益率の低下は,主に全

勤労者に占める高校卒の割合が増加した結果であるということができよう。

ところで,学歴別に投資収益率がどの様な傾向にあるかということも興味

のある問題である。そこで,表2-1の経験年数の2次項が入った○B 式の計

測式を基にして,ダミ-変数を使用して学歴別の投資収益率を計測した。そ

の結果,表2-11に示す如く,昭和33年には高校卒の投資収益率を1.0とし

た場合,中学校卒は1.0047,大学卒は1.0496であったものが,昭和50年に

は,高校卒の収益率1.0に対して,中学卒1.0292,大学卒は1.0263と(注19), (注19) この関係を図示すれば,例えば次の様に考えることができよう。中卒,

高卒の限界収入曲線を 1MR とし,大卒の限界収入曲線は,中卒,高卒の者に比し若干能力が高いとの前提に立ち, 2MR とする。また,中卒の限界費用曲

線を 1MC とし,高卒,大卒の限界費用曲線は,中卒の者に比し若干資金コストが安い家庭の者であるとの前提に立ち, 2MC と仮定する。この仮定に立つと,中卒,高卒,大卒の均衡点は,それぞれ,A,B,Cとなり,投資の限界収益率は,それぞれ, Ar , Br , )ˆˆˆ(ˆ BCAC rrrr >> で均衡しているとの想

定も可能であろう。 また,時系列的な格差縮小の傾向は, 1MC が 1CM ′へ,また 2MC が 2CM ′へshift( 1MC のshiftの方が大幅)した結果であると考えることも可能であろう。

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表2-11 学歴別・学校教育投資収益率の推移(男子)

投 資 収 益 率 高卒の投資収益率を1とした場合

年次 中 卒 高 卒 短大卒 大 卒 中 卒 高 卒 短大卒 大 卒

昭和33年 0.1075 0.1029 0.1120 0.1080 1.0447 1.0000 1.0884 1.0496

42 0.0829 0.0801 0.0853 0.0829 1.0350 1.0000 1.0649 1.0350

50 0.0705 0.0685 0.0701 0.0703 1.0292 1.0000 1.0234 1.0263 注)表2-1の 2

3210)/( tbtbsbbHYn ⋅+⋅+⋅+=l の式を基とし,ダミ-を使用し

て計算した。 昭和33年以降趨勢的に学歴の違いによる教育投資の収益率格差が縮小してき

ている。

ところで,男女の計測結果を比較すると,教育投資の平均的な収益率を示

す 1b の値は,勤続年数を説明変数とした場合に女子の方が,男子のそれより

も大きい値を示している。このことは,額面通りに受けとると,女子の教育

投資の平均的な収益率は男子のそれよりも高く,学歴間格差が女子において

大きいということになろう。もっともこの背後には,昭和47年以前の女子の

デ-タは学歴区分が,中卒,高卒以上の二区分しかなく,その期間について

は,その分 1b の値が高く現われる傾向があるという事情があることに注意す

べきであろう。また,女子の平均学歴は,男子のそれよりも低いことも第二

の理由として考えられる(参考資料表2-3)。さらに,女子の企業規模別平均

勤続年数,同平均学歴,及び企業規模別・学歴別労働者数をみると,相対的

に賃金水準の高い大企業ほど,平均勤続年数も長く,かつ高学歴者のウエイ

トが高く,平均年齢も低い。このような企業規模間の差異を反映して 1b の値

が決定されていることもその第3番目の理由として考えることができよう

(参考資料表2-5,表2-6参照)。

2. 就職後の人的投資の役割

まず,就職後の人的投資にかかる収益率にふれる前に,男女両者の計測結果

にともにみられた定数項の時系列的な上昇傾向について検討しておくことに

しよう。すなわち,男子についての表2-1の○B式の計測結果をみると,定数

項である 0b の値は,昭和33年には,-4.5348であったのが,その後上昇し,

42年には-3.2370となり,さらに,51年には-1.7223と上昇してきている。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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ところで,定数項 0b は本章第1節の(2-16)式によれば, )2

(0

2

+−ααEnl

であり, 0E 及びα の時系列的な変動により変化するものである。さらに,ク

ロス・セクション分析の結果を時系列でみるのであるから,「時間当り賃金」

のベ-スの変動も作用していよう。そこで,まず男子について,昭和33年の

平均時間当り賃金を1.0とし,各年の平均時間当り賃金を指数化し,その自

然対数をとって時間当りの名目賃金の上昇分を取り除いてみた。その結果

(表2-12参照),定数項の時系列的な上昇のかなりの部分は,時間当りの名

目賃金の上昇に起因していることが判る。しかし,40年代前半までは,時間

当りの名目賃金の上昇要因を取り除いても,まだ若干の上昇がみられること

も確かである(注20)。

さて,就職後の人的投資に対する平均的投資収益率の動向の検討に移るこ

表2-12 定数項の推移及びその修正(男子)

年 次 定 数 項 0b ⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛HY

nl ⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛−

HYb nl0

昭 和 33 年 -4.5348 0.0000 -4.5348 34 -4.4639 0.0363 -4.5002 35 -4.3054 0.0834 -4.3888 37 -3.9485 0.3155 -4.2640 38 -3.8532 0.4266 -4.2798 42 -3.2370 0.8281 -4.0651 43 -2.9869 0.9899 -3.9768 44 -2.7990 1.1200 -3.9190 45 -2.5957 1.2920 -3.8877 46 -2.4504 1.4360 -3.8864 47 -2.3064 1.5790 -3.8854 48 -2.0902 1.7772 -3.8674 49 -1.8259 2.0321 -3.8580 50 -1.7449 2.1640 -3.9089 51 -1.7223 2.2630 -3.9853

注)1. ⎟⎟⎠

⎞⎜⎜⎝

⎛HY は平均時間当り賃金を示す。

2. その他については,表2-1およびその注)参照。 (注20) この現象は,時系列的な 0E の増加,あるいはα の減少を意味するが,

さしあたり我々は 0E の増加が反映しているものと想定している。

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(注10)の付表 賃金決定における年齢要素と勤続要素

XaaHY

10 += 2210 XbXbb

HY

++= 推計式

0a 1a 2R ..ES 0b 1b 2b 2R ..ES

昭和33年 -0.0049 0.0031 0.608 0.026 -0.1296 0.0110 -0.0001 0.688 0.023 (-0.30) (6.46) (-2.68) (3.71) (-2.70)

42 0.7012 0.0041 0.461 0.050 -0.2110 0.0207 -0.0002 0.701 0.037 (2.42) (4.98) (-1.92) (5.82) (-4.75)

50 0.4225 0.0098 0.283 0.171 -0.7255 0.0738 -0.0008 0.592 0.129 (4.39) (3.82) (-3.14) (5.95) (-5.23)

XeeHY

n 10 +=l 2210 XfXff

HY

n ++=l 推計式

0e 1e 2R ..ES 0f 1f 2f 2R ..ES

昭和33年 -3.6216 0.0359 0.689 0.259 -5.6935 0.1680 -0.0019 0.891 0.153 (-20.49) (7.68) (-3.85) (8.68) (-6.89)

42 -2.3367 0.0210 0.525 0.229 -3.9384 0.1161 -0.0013 0.857 0.126 (-17.70) (5.56) (-18.58 (9.69) (-8.06)

50 -0.7561 0.0130 0.326 0.206 -2.4100 0.1052 -0.0012 0.743 0.127 (-6.53) (4.23) (-10.57 (8.62) (-7.65)

XiTiiHY

n 210 ++=l 推計式

0i 1i 2i 2R ..ES 0j

昭和33年 -3.0686 0.1352 -0.0119 0.773 0.221 -6.1771 (-17.46) (3.21) (-0.77) (-1.18)

42 -2.0868 0.0731 -0.0043 0.755 0.165 -038958 (-19.31) (5.13) (-0.76) (-9.25)

50 -0.5370 0.0559 -0.0086 0.690 0.139 -1.8029 (-6.21) (6.51) (-2.18) (-4.88)

注)Y :きまって支給する給与月額 X :年齢(歳) T :勤続年数(年) 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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TccHY

10 += 2210 TdTdd

HY

++=

0c 1c 2R ..ES 0d 1d 2d 2R ..ES

0.0301 0.0087 0.665 0.243 0.0243 0.0110 -0.0002 0.654 0.025 (2.99) (7.28) (1.38) (1.93) (-0.41)

0.1039 0.0125 0.685 0.039 0.0907 0.0169 -0.0003 0.689 0.038 (7.01) (7.94) (3.37) (2.23) (-0.59)

0.4674 0.0307 0.586 0.130 0.4441 0.0366 -0.0003 0.587 0.130 (9.84) (7.24) (5.35) (2.05) (-0.34)

TggHY

n 10 +=l 2210 ThThh

HY

n ++=l

0g 1g 2R ..ES 0h 1h 2h 2R ..ES

-3.2234 0.1037 0.777 0.219 -3.5184 0.2186 -0.0079 0.818 0.198 (-40.59 (9.60) (-24.09 (4.80) (-2.59)

-2.1524 0.0637 0.750 0.166 -2.3732 0.1369 -0.0043 0.796 0.150 (-33.63) (9.33) (-22.50 (4.60) (-2.52)

-0.6884 0.0400 0.649 0.149 -0.8061 0.0701 -0.0015 0.671 0.144 (-12.68) (8.27) (-8.77) (3.54) (-1.57)

23210 XjXjTjj

HY

n +++=l

1j 2j 3j 2R ..ES

-0.0406 0.2026 -0.0022 0.890 0.154(-0.90) (4.72) (-5.16)

0.0023 0.1132 -0.0012 0.857 0.126(0.12) (4.17) (-4.38)

0.0240 0.0673 -0.0008 0.770 0.120(2.04) (3.07) (-3.50)

H :月間労働時間

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(注13)の付表 賃金プロファイル関数の計測(含パ-ト)

学歴,経験年数を説明変数とした場合(男子) 年 次

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

昭和 42年 -3.2438 0.0828 0.0723 -0.0012 0.976 0.051 (-52.71) (17.57) (25.87) (-18.81)

43 -2.9869 0.0750 0.0718 -0.0012 0.979 0.979 (-53.38) (17.84) (28.71) (-21.28)

44 -2.7991 0.0717 0.0696 -0.0012 0.976 0.976 (-48.83) (16.81) (27.59) (-20.89)

45 -2.5988 0.0695 0.0677 -0.0011 0.970 0.970 (-4.79) (15.31) (24.86) (-l9.13)

46 -2.4535 0.0703 0.0657 -0.0011 0.968 0.968 (-39.69) (15.83) (24.49) (-19.12)

47 -2.3007 0.0695 0.0649 -0.0011 0.969 0.969 (-38.96) (16.60) (25.16) (-19.88)

学歴,経験年数を説明変数とした場合(女子)

年 次 0a 1a 2a 3a 2R ..ES

昭和 42年 -3.3263 0.0873 0.0338 -0.00065 0.791 0.084 (-20.38) (6.04) (5.72) (-4.39)

43 -3.0656 0.0780 0.0322 -0.00061 0.774 0.081 (-23.63) (5.58) (5.64) (-4.31)

44 -2.8219 0.0696 0.0273 -0.00053 0.724 0.075 (-18.12) (5.16) (5.16) (-4.06)

45 -2.6716 0.0730 0.0241 -0.00044 0.799 0.061 (-18.49) (5.90) (4.99) (-3.77)

46 -2.5534 0.0782 0.0217 -0.00040 0.811 0.057 (-18.35) (6.62) (4.79) (-3.72)

47 -2.4369 0.0823 0.0184 -0.00033 0.794 0.059 (-16.49) (6.62) (3.90) (-29.48)

注)1. 23210/ tbtbsbbHYn ++⋅+=l 型で計測した。ただし,

Y :きまって支給する給与額 s:学歴(中卒:9年,高卒:12年,短 H :月間労働時間(きまって支給する給与額に対応)

2. 2R :自由度修正済決定係数 ..ES :誤差項の標準偏差 ( )内t-値 資料)労働省「賃金構造基本統計調査」による。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

- 61 -

学歴,勤続年数を説明変数とした場合(男子)

0b 1b 2b 3b 2R ..ES

-3.0441 0.0592 0.1407 -0.0044 0.935 0.084 (-29.19) (8.02) (8.28) (-4.46)

-2.7829 0.0531 0.1309 -0.0039 0.936 0.081 (-27.96) (7.62) (8.61) (-4.63)

-2.6051 0.0512 0.1257 -0.0038 0.931 0.079 (-26.27) (7.50) (8.55) (-4.67)

-2.4216 0.0510 0.1188 -0.0035 0.923 0.080 (-23.57) (7.45) (8.09) (-4.44)

-2.2606 0.0523 0.1090 -0.0031 0.915 0.081 (-21.33) (7.63) (7.32) (-3.89)

-2.1266 0.0534 0.1049 -0.0029 0.914 0.078 (-20.08) (8.04) (7.19) (-3.82)

学歴,勤続年数を説明変数とした場合(女子)

0a 1a 2a 3a 2R ..ES

-3.4363 0.0823 0.1325 -0.0073 0.894 0.059 (-25.40) (8.08) (4.23) (-2.00)

-3.1599 0.0730 0.1211 -0.0065 0.890 0.056 (-24.52) (7.55) (4.39) (-2.15)

-2.9683 0.0695 0.1175 -0.0072 0.884 0.049 (-25.76) (8.12) (4.90) (-2.74)

-2.7262 0.0690 0.0816 -0.0035 0.890 0.045 (-22.19) (7.66) (3.44) (-1.42)

-2.6332 0.0761 0.0829 -0.0043 0.880 0.045 (-20.88) (8.31) (3.42) (-1.76)

-2.2039 0.0553 0.0525 -0.0028 0.659 0.076 (-10.37) (3.43) (1.26) (-0.66)

大卒:14年,大卒:16年) t:経験年数(現在年齢-卒業時年齢)または勤続年数

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(注17)の付表 学費と賃金の推移 (単位:千円,45年=100)

小 学 校 中 学 校 全日制高等学校 名 目 賃 金 年次

実 額 指 数 実 額 指 数 実 額 指 数 実 額 指 数

昭和30年 6.5 24 8.1 23 24.3 35 185 20

35 9.2 34 11.3 32 31.2 45 260 28

40 15.5 58 20.0 56 44.3 64 507 54

45 26.7 100 35.4 100 68.9 100 940 100

46 29.9 112 39.3 111 75.6 110 1,057 112

47 31.9 119 42.0 119 73.2 106 1,213 129

48 34.2 128 45.1 127 70.7 103 1,463 156

(単位:千円,45年=100)

大 学

学 費 生 活 費 学費・生活費計 名 目 賃 金 年次

実 額 指 数 実 額 指 数 実 額 指 数 実 額 指 数

昭和30年 33.2 23 51.8 25 85.0 24 185 20

36 51.6 35 75.2 37 126.8 36 295 31

38 65.1 45 94.8 46 159.9 46 365 39

40 82.9 57 113.1 55 196.0 56 507 54

41 98.0 67 126.4 62 224.4 64 549 58

43 121.1 83 160.8 79 281.9 81 706 75

45 145.5 100 204.0 100 349.5 100 940 100

47 156.5 108 247.4 121 403.9 116 1,213 129

49 210.5 145 360.5 177 571.0 163 1,821 194

資料)文部省「父兄が支出した教育費」,「学生生活調査報告書」,国税庁「民間

給与の実態」より作成。

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第2章 人的資本理論と賃金所得

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とにしよう。先の計測結果においては,就職後の人的投資の収益率 tr を含む

複合要素である 2b 及び 3b の系列は男女いずれも時系列的に低下傾向にあっ

た。しかしながら,前述のごとくα ,β ,λ,μ の変化を示すデ-タがない現

状のもとでは確定的なことは言えない。すなわち,第1節の(2-18)式に基

づく計測式の係数である 2b , 3b はそれぞれ )1(2 αβλα ++−= trb , =3b

)+++− 2 αβμβ 21({21

tr であるため,α ,β ,λ,μ に関する何らかの情

報がないと tr の推移を判断することができない。そこで,以下かなり強い仮

定をおいて就職後の人的投資の動向に関するいくつかの解釈を示すこととす

る。

まず,α , β ,λ,μ が時系列的に一定であったと仮定しよう。この場合

には, 2b ないし 3b は低下傾向にある故,就職後の投資収益率である tr も時

系列でみた場合,低下傾向にあったことになる。

次に,就職後の投資が早い時期に集中的に行われる傾向が近年になるほど

強まってきたものと仮定しよう。この仮定にたてば,時系列的に,α , β は

上昇してきたことになる。従ってこの場合にも, tr は低下傾向にあったこと

になる。

さらに,技術革新の結果,人的資本の陳腐化が急速に進展したと仮定しよ

う。この仮定にたてば,λ, μ が時系列的に上昇していることになり,他の

条件を一定とすれば, tr は前と同様に低下傾向にあったということがいえ

よう。このような想定は,最近とみに言われる生涯教育の重要性といった点

を考慮するに,比較的現実的な想定といえるかもしれない。

以上,男子と女子について人的投資の賃金所得に与える影響を分析した。

この分析によれば,過去20年にわたって教育投資の収益率の低下がみられ,

また就職後の人的投資についても収益率の低下が生じたと解釈できよう。い

ずれの変化も賃金所得分布の平等化を示唆するが,この点は以下の章におい

て詳しく検討することにしたい。