肝膿瘍の一症例 - japan convention services, inc.pulmonary emboliの1 例 倉敷中病年報71...

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肝膿瘍の一症例 細川倫之 1) 才田智美 1) 河合 計 1) 森本有加里 2) 今井幸子 3) 肝膿瘍は、膿瘍の成熟により充実性から嚢胞性へと画像変化をきたすとされている. 今回、経過観察において画像変化がみられず、充実性のままで収縮・治癒した症例を経験したので、 若干の文献的考察を含めて報告する. 【症例】43 歳、男性 主 訴:全身倦怠感・右胸部痛・咳 家族歴:特記事項なし 既往歴20 歳時に C 型肝炎発症(放置) 嗜好歴:飲酒ビール 350ml×2/喫煙なし 現病歴:悪寒と右胸部痛にて近医を受診し、 強い炎症反応と肝機能・腎機能障害が認められ たため、精査加療目的に当院内科に紹介入院と なった. 入院時身体所見 :身長 172 ㎝、体重 70.6 ㎏、 体温 36.5℃、血圧 97/61 Hg、心拍数 98 / 入院時検査成績AST104U/L,ALT90U/L, LDH398U/L,γ-GTP121U/L,BUN65.3 /Cr1.29 /,UA11.4 /,グルコース 114 /HbA1c6.0%,CRP11.64 /,WBC12800/μℓ Neutro77.4%,Mono9.4%と上昇を認めた 画像検査所見 腹部超音波検査所見:(第 3 病日)肝右葉・肝門部 付近に、 8.0×7.5cm 大の類円形を呈した境界明瞭 で、内部不均一な腫瘤像を認めた。 B モード画像、 カラードプラともに肝細胞癌の特徴像は示さず、 臨床データーで強い炎症反応を示していることと、 腫瘍内部の不均一な像より肝膿瘍を第一に疑った. 1腹部 CT 所見:肝門部付近に長径約 8 ㎝の腫瘤 を認めた. 単純 CT では、淡い低吸収域を含む不均 一な腫瘤として描出され、造影 CT では、蜂巣状 の濃染パターンを示していた.2胸部 CT 所見:両肺野に、複数の結節影が認め られた. 結節影は feeding vessel sign や空洞形成 を伴っていた.3)また、胸膜直下の楔状陰影 も認められたことより、肝膿瘍に伴う敗血症性肺 塞栓症の併発が疑われた. 臨 床 経 過 肝膿瘍は、短期間に画像変化のみられることが 特徴といわれていることより、再度超音波検査を 施行したが、肝腫瘤の画像に変化は認められなか った. 4 病日に 39 度の発熱を認め、呼吸状態の 悪化から DIC が疑われた(1. 肝膿瘍の治療 として、膿瘍穿刺が施行されたが、排膿はされな かった. その間、HIV、赤痢アメーバー検査など を実施したが、肝膿瘍の起炎菌を同定することは 出来なかった. 11 病日に、血液培養で klebsiella pneumoniae が検出されたことより、敗血症と診 断された. カテーテルから排膿が認められないため、第 10 日にカテーテル洗浄を実施した. 同時に施行した カテーテル造影にて肝膿瘍と肝内胆管との交通が 認められ、内漏形成が考えられた. 41) 西奈良中央病院 放射線室 2) 消化器内科 3) 放射線科

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Page 1: 肝膿瘍の一症例 - Japan Convention Services, Inc.Pulmonary Emboliの1 例 倉敷中病年報71 巻平20 11) 蒲田敏文、松井 修 肝・胆道系症候群(第2 版)Ⅰ肝

肝膿瘍の一症例

細川倫之 1) 才田智美 1) 河合 計 1) 森本有加里 2) 今井幸子 3)

肝膿瘍は、膿瘍の成熟により充実性から嚢胞性へと画像変化をきたすとされている.

今回、経過観察において画像変化がみられず、充実性のままで収縮・治癒した症例を経験したので、

若干の文献的考察を含めて報告する.

症 例 【症例】43 歳、男性 ■ 主 訴:全身倦怠感・右胸部痛・咳 ■ 家族歴:特記事項なし

■ 既往歴:20 歳時に C 型肝炎発症(放置) ■ 嗜好歴:飲酒ビール 350ml×2/日 喫煙なし

■ 現病歴:悪寒と右胸部痛にて近医を受診し、

強い炎症反応と肝機能・腎機能障害が認められ

たため、精査加療目的に当院内科に紹介入院と

なった.

■ 入院時身体所見:身長 172 ㎝、体重 70.6 ㎏、

体温 36.5℃、血圧 97/61 ㎜ Hg、心拍数 98 回/

■ 入院時検査成績:AST104U/L,ALT90U/L, LDH398U/L,γ-GTP121U/L,BUN65.3 ㎎/㎗

Cr1.29 ㎎/㎗,UA11.4 ㎎/㎗,グルコース 114 ㎎/㎗

HbA1c6.0%,CRP11.64 ㎎/㎗,WBC12800/μℓ

Neutro77.4%,Mono9.4%と上昇を認めた

■ 画像検査所見 腹部超音波検査所見:(第 3 病日)肝右葉・肝門部

付近に、8.0×7.5cm 大の類円形を呈した境界明瞭

で、内部不均一な腫瘤像を認めた。B モード画像、

カラードプラともに肝細胞癌の特徴像は示さず、

臨床データーで強い炎症反応を示していることと、

腫瘍内部の不均一な像より肝膿瘍を第一に疑った.

(図 1)

腹部 CT 所見:肝門部付近に長径約 8 ㎝の腫瘤

を認めた. 単純 CT では、淡い低吸収域を含む不均

一な腫瘤として描出され、造影 CT では、蜂巣状

の濃染パターンを示していた.(図 2)

胸部 CT 所見:両肺野に、複数の結節影が認め

られた. 結節影は feeding vessel sign や空洞形成

を伴っていた.(図 3)また、胸膜直下の楔状陰影

も認められたことより、肝膿瘍に伴う敗血症性肺

塞栓症の併発が疑われた.

臨 床 経 過 肝膿瘍は、短期間に画像変化のみられることが

特徴といわれていることより、再度超音波検査を

施行したが、肝腫瘤の画像に変化は認められなか

った. 第 4 病日に 39 度の発熱を認め、呼吸状態の

悪化から DIC が疑われた(表 1). 肝膿瘍の治療

として、膿瘍穿刺が施行されたが、排膿はされな

かった. その間、HIV、赤痢アメーバー検査など

を実施したが、肝膿瘍の起炎菌を同定することは

出来なかった. 第11病日に、血液培養でklebsiella

pneumoniae が検出されたことより、敗血症と診

断された.

カテーテルから排膿が認められないため、第 10 病

日にカテーテル洗浄を実施した. 同時に施行した

カテーテル造影にて肝膿瘍と肝内胆管との交通が

認められ、内漏形成が考えられた. (図 4)

1)西奈良中央病院 放射線室 2)同 消化器内科 3)同 放射線科

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図1腹部超音波 図 2 腹部造影 CT 図 3 胸部 CT 肝門部付近に約 8×7.5 ㎝の楕円形を呈す境界 後期造影相にて蜂巣状の濃染パターン 肺野全域に多発性空洞性肺結節 明瞭で内部不均一な腫瘤を認めた を呈す や胸膜直下の楔状陰影を認めた

表 1 投与薬と体温および WBC・CRP 経過表 図 4 カテーテル造影 当初、肝膿瘍の起炎菌を同定することができず、患者の症状が カテーテルから入れた造影剤が膿瘍を介し、肝内胆管、 悪化の傾向を示したため、抗生剤および抗真菌剤投与にて症状 総胆管から小腸へ流出する像が認められ、肝膿瘍と肝内 の改善に努めた 胆管との内漏化を認めた

カテーテルからの排膿が認められなかったため抜

去したがカテーテルの先端からも klebsiella pneu

-moniaeが検出されたことより、klebsiella pneum

-oniae による肝膿瘍から敗血症を発症し、動脈性

に肺へ転移し、敗血症性肺塞栓症を併発している

ことが推測された.

考 察 肝膿瘍は短期間に病変の大きさや内部構造が変化

するといわれている. これは膿瘍の成熟度(mat

-urity)によって様々な様相を呈し一般に成熟度が

高くなるにつれて充実性(solid pattern)から混

合性(mixed pattern)を経て嚢胞性(cystic

pattern)へと移行するといわれている 4.). また、

関根らは、非胆管炎性肝膿瘍では solid pattern と

cystic pattern に区別され、solid type のものは約

2 週間後に cystic area が観察されると報告してい

る 6). しかし、本例は腹部超音波検査で画像の変化

について観察していたが、肝膿瘍の画像は充実性

を示したままで一度も嚢胞状の変化を示すことな

く縮小した.(図 5)

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図 5 腹部超音波検査経過観察画像 経過観察にて嚢胞状変化を示さず充実性のまま縮小していった肝膿瘍

klebsiella pneumoniae は肝膿瘍の起炎菌として

一番頻度が高く 7)、肝膿瘍の特徴は短期間の画像

変化であることから、充実性のままで縮小したこ

とが、今回の起炎菌である klebsiella pneum

-oniae に特異的なことではないことが伺える.

充実性の画像を示したまま画像変化を示さない起

炎菌についての報告は、検索し得た範囲にはなか

った.

本例は膿瘍穿刺時の造影では肝内胆管の描出はさ

れていなかった. しかし、カテーテル洗浄時のカ

テーテル造影では、肝膿瘍と肝内胆管との交通が

見られた. これは、何らかの機構が働き内漏形成

が起こり、膿瘍内部に溜まるはずの膿が自然ドレ

ナージされたため、嚢胞状変化をしめさずに充実

性の画像のままで縮小していったのではないかと

推測された. 便培養は実施しておらず確認には至

らなかった. 肝膿瘍と肝内胆管との交通が見られ

たことより経胆管性感染を疑い MRCP を施行し

たが(図 6)一部に器質化した膿瘍の残存病変を

認めるのみで、胆道系やその他の領域に異常所見

は認めなかった. 感染経路は特定できなかった.

感染原因も特定することは出来なかった. しかし、

klebsiella pneumoniae による肝膿瘍は糖尿病例

に多く、高血糖の環境下では一部の莢膜 serotype

の klebsiella pneumoniae に対しては白血球貧食

能が有意に低下することが報告されている 1). 本

例は糖尿病患者ではなかったが、来院時の血糖が

173 ㎎/㎗と高値で HbA1c 6.0%であり、糖代謝異

常を認めたことより日和見感染 8)を起こしたので

はないかと考えられた.

今回、肝膿瘍に特徴的な画像変化を示さずに縮小

した肝膿瘍を経験したので若干の考察を含めて報

告した.

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a : T1 SINOP b : T2* haste c : T2* RARE

図 6 MRCP 一部器質化した残存病変を認めるのみで、胆管系に異常所見は見られなかった

文 献 1) 壁谷悠介、富田益臣、鴨原寿一、目黒 周、渥美義仁

klebsiella pneumoniae による肝膿瘍に脳膿瘍、敗血症性 肺塞栓症の多発病巣を呈した未治療の 2 型糖尿病の 1 例 糖尿病 52 巻 5 号(2009)

2) 「病気がみえる」vol6 免疫・膠原病・感染症チーム医療を 担う医療人共通のテキスト

3) 松井修 編著:肝の画像診断、医学書院 4) 辻本文雄 宮本幸夫 編著:超音波診断「肝」ベクトル・

コア 5) 中村 實 監修 山田實鉱 指導:最新診療画像検査法 X 線

CT の実践 医療科学社 6) 関根智紀、河本真美、外口正枝 非胆管炎性肝膿瘍の超音

波診断 衛生検査 33 巻 2 号 7) 中原健太、三好健司、布上朋和、関 博之、井口俊博、窪

田淳一、竹本浩二、竹中龍太、谷口英明、平良明彦、拓野 浩史、藤木茂篤当院における肝膿瘍 97 症例の検討 津山 中病院誌 24 巻 1 号平 22

8) 光岡知足 常在菌の働き、役割 日サ会誌 2002;22:3-12 9)肥田侯矢、矢内勢司、清水謙司、山本秀和、小西靖彦、武

田 惇 健常成人男性に発症し肺・脳転移をきたした肝膿 瘍の 1 例 日臨外会誌 66(8),1993,2005

10) 岩破将博、野山麻紀、伊賀知也、國政 啓、西山明宏、 三枝美香、仲川宏昭、福山 一、林秀敏、山本正樹、横 山俊秀、吉岡弘鎮、橘 洋正、有田真知子、橋本 徹、 石田 直 糖尿病患者に発症した多発膿瘍と Septic Pulmonary Emboli の 1 例 倉敷中病年報 71 巻平 20

11) 蒲田敏文、松井 修 肝・胆道系症候群(第 2 版)Ⅰ肝 臓編(上)日本臨牀 新領域別症候群シリーズ No13

12) 北條荘三、澤田成朗、塚田一博 肝膿瘍ドレナージ術 消 化器外科 第 33 巻第 5 号 2010 年 4 月臨時増刊号