日本人症例を中心とした 大規模な肝細胞がんゲノム解読 - ncc...2014/11/03 ·...
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日本人症例を中心とした大規模な肝細胞がんゲノム解読
記者発表会
独立行政法人
国立がん研究センター
平成26年10月30日
平成26年10月30日2
国立がん研究センター 研究所 がんゲノミクス研究分野 分野長東京大学 医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターゲノムシークエンス解析分野教授
柴田 龍弘
研究成果の説明
Nature Genetics, doi:10.1038/ng.3126
肝細胞がんについて 肝細胞がんは、肝がんの90%を占めており、日本での肝がんの死亡数は第5位(2013年人口動態統計)で、世界全体でも肺がんに続いて第2位を占めています(WHO Cancer Fact Sheet update 2014)。日本を含めた東アジア・アフリカに多いが、
近年欧州や米国でも患者数が増加しており、国際的にも新規治療法開発などが望まれている重要ながん。
肝炎ウイルス (HBV, HCV)感染が重要な発症危険因子であり 、HBVは日本を除くアジア・アフリカで多く、HCVは日本・欧米で多い。特に本邦では、血液凝固因子製剤投与によるC型肝炎(薬害肝炎)を背景とした肝がん発症も重大な問題となっている。
最近では、有効な肝炎ウイルス治療が開発されたため、非ウイルス性(アルコール性肝炎、肥満、糖尿病等)肝がんの割合が日本では漸増している。
肝細胞がんの罹患率
5年生存率は約28%と、膵がんや肺がんと並んで予後不良な難治がんの1つ。手術療法、経皮的ラジオ波焼灼療法、血管塞栓療法などが行われているが、分子標的抗がん剤ではマルチキナーゼ阻害剤ソラフェニブしか認可されておらず、十分な治療法開発が進んでいない。
3
• ヒトゲノムプロジェクト・HapMapプロジェクトに継ぐ第3の国際共同ゲノムプロジェクトとして、2008年4月に発足。現在17の国と地域が参加。
• 50種類のがん(亜種を含む)について各500症例の包括的かつ高解像度のゲノム解析を行い、がんのゲノム異常の包括的カタログを作成し、この網羅的がんゲノム情報を研究者間で共有および無償で公開することで、がんの研究および治療を推進することを目的とする。
• 我が国には、特に日本・アジアに特徴的ながんの解明に関して国際貢献が望まれており、国立がん研究センター・理化学研究所・東京大学が共同で、肝細胞がんを対象としたプロジェクトを開始している。
国際がんゲノムコンソーシアム(International Cancer
Genome Consortium: ICGC)とは
4
ICGC参加国並びに開始しているプロジェクト
詳細なプロジェクト内容については、https://icgc.org/を参照。
右記17カ国(European Unionを含む)が74のプロジェクトを開始している。
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2011年世界で最初にC型肝炎陽性肝細胞がんの全ゲノム解読を報告 (国立がん研究センター・東京大学先端科学技術研究センターの共同研究)
2012年様々な臨床背景を持つ27症例の肝臓がんの
全ゲノム解読を報告 (国立がん研究センター・理化学研究所の共同研究)
2011年7月に第5回国際会議を京都にて開催
(東日本大震災のため、会場を京都に変更したが、120名を超える海外研究者が参加)。
(Nature Genetics, 2011) (Nature Genetics,
2012)
2013年国際共同研究によるがん遺伝子変異
シグネチャーの同定 (国立がん研究センターを含む7カ国の共同研究) (Nature, 2013)
国際がんゲノムコンソーシアムにおける国立がん研究センターのこれまでの研究成果と貢献
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今回の研究成果
日米共同研究として日本人症例を中心とした大規模な肝細胞がんゲノムを解読することで、
遺伝子異常である30個のドライバー遺伝子を同定、中でもテロメラーゼ遺伝子異常が最も高頻度(約70%)であることを発見。
分子標的候補の発見と既存阻害剤の有効性を示唆
肝炎ウイルス以外の民族特異的な発がん要因の存在を推定
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Identical Promoter MutationIdentical Missense MutationInactivate MutationFocal_ampFocal_delOther Mutation
00.5
TERTCTNNB1TP53ARID2AXIN1TSC2RB1ACVR2ABRD7CDKN1A
MEN1
GALNT11
FGF19CCND1ARID1ACDKN2ACDKN2BRPS6KA3NFE2L2NCOR1ADH1BSRCAPFCRL1PTENHNRNPA2B1CYP2E1MAP2K3TSC1TMEM99
G6PC
図1:今回の研究で同定された30個のドライバー遺伝子(左)と11のがん関連分子経路(右)
Beta-catenin
NOTCH
Chromatin remodeling
DNA repair
Synaptic
ERBB
mTOR
NFKBIA
RBPJ
RELA
NFKB1
CTBP1
PSMD14
PSMB7PSMD5
PSMD10 PSMA5
PSMD7
PSMB4
PSMC3PSMC5
PSMD3 PSMC4PSMD12
PSMD1 PSMD2 PSMC2 PSMC1
SAP30
NCOR1
SP1
EP300
HEY2
PSMA4PSME4 PSMB3
PSMB8
PSMD4
PSMD8
PSMB2
PSMC6PSMD13
PSMD11
PSMA2
PSMB6
NOTCH3
PSMA1
PSMA7PSMB1PSMA3
PSMA6
PSMD6
PSMB10
PSMB5
TP53
NCOR2
SPEN
HDAC1
YY1KAT2B
HDAC2
SNW1
KAT2A
ITGA3
LAMB2
LAMA5
ITGB1
PLGITGB4 LAMA1
LAMC1
PLAT
FGA
RIPK1
CASP10
FAS
BID
CFLAR
TNFRSF1A
FADD
TRADD
TNFRSF10B CASP8
MAP2K2
NGF
ITGB3
ITGA6
PDGFA
MYD88
PDGFB
PTK2B
MAP3K5 MAP2K7 XIAP
TRAF6
BIRC3IRAK1 CASP7
CASP9
MAP2K4 BIRC2
TRAF2CASP3
IKBKB
IKBKG
CHUK
FGB
SERPINC1 FGG
F2RF2
PROC
ITGA2B
F7
F10
LAMB1
TFPI
NOTCH4
MAML1
BCL2
NCSTN
MAML3
NOTCH2
NOTCH1 DTX1
ADAM10
PSEN1
DLL1
FANCC
FANCF
FANCG FANCE
FANCA
FANCL FANCD2
SMARCB1 ACTL6A
ARID2 SMARCD1
SMARCC2
ARID1A
SMARCE1 SMARCA4
SMARCC1
RFC1
BRCA1
MSH6
RBBP8
MSH2
BLM NBN
CHEK1
MRE11A RAD50
CHEK2
RAD51
ATR
AR
PRKDC
RUNX2
ATM
NCOA6
RBBP4
SMARCA2
NCOA2
XRCC6
JUN
SIN3A
KDM1A
ESR1
MDM2
CREBBP
MED1
NCOA1
RICTOR
MTOR
MAPK3
NGFR
MAP2K1
MAPK1
ABL1
KDR
TP73
MAPKAP1
TSC1
CDKN1B
TSC2
RAF1
YWHAE AKT1
DSP
ACTBMYC
RB1
CDK4
SOS2
PLCG2
HRAS
PDGFRB
PDGFRA
PIK3CG
ERBB3
PIK3CB IGF1
IGF1R
PIK3CA
MLST8
EGFR
PIK3R1
PIK3R2
RAC1
SHC1
CDH1
NSF
SPTAN1
PIK3R3 TGFBR2
ERBB4
FYN
NRG2 SRC
PTPN11
EGF
SOS1
EREG
PLCG1
CBL
IQGAP1
CTNND1
ERBB2
CTNNA1
JUPCDC42
CDH2
SFN
GSK3B
LEF1
GRIA2
PICK1
CALM1
CAMK2A
DLG1
CAMK2G
PRKCG
GRIA1
APC
ILK
DVL1
GRIA4
AURKA CTNNB1
YWHAH AXIN1
YWHAG
YWHAB
MARK2
PRKACA CSNK1A1
YWHAQ
TGFBR1
SMAD4
YWHAZ
CCND1
HSP90AA1
CDKN1A
FOXO1
HIF1A
TERT
XRCC5
TEP1
SMAD2
POLR2A
NCOR
Fibrinogen
Chromatin RemodelingDNA repairERBBFibrinogenNCORNOTCHSynapticTERTTP53Beta CateninmTOR
今回の解析で新たに同定された13個の肝臓がんドライバー遺伝子
8
B型肝炎ウイルスの挿入
TERT遺伝子のコピー数増加
TERT遺伝子の発現制御領域の異常
B型肝炎陽性肝臓がん
C型肝炎陽性肝臓がん
非ウイルス性肝臓がん
5.3%
64%
8.1%
59%
22%
7.6%
43%
68.4%の症例でTERT遺伝子の異常認める
68.1%の症例でTERT遺伝子の異常認める
65.8%の症例でTERT遺伝子の異常認める
TERT遺伝子のコピー数増加
TERT遺伝子の発現制御領域の異常
肝臓がんで最も高頻度なドライバー遺伝子としてテロメラーゼ(TERT)遺伝子を同定
TERT遺伝子のコピー数増加
TERT遺伝子の発現制御領域の異常
註:2種類の異常が同じ症例で起こっている重複が一部に見られるため、各異常の総和と全体の比率は一致していない。
肝臓がん全体では、約70%(68%)の症例でTERT遺伝子のゲノム異常を認める。
細胞の不死化、がん化に重要な働き
Nature Structural & Molecular Biology 20, 10–12 (2013) より引用
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今回の研究成果
日米共同研究として日本人症例を中心とした大規模な肝細胞がんゲノムを解読することで、
遺伝子異常である30個のドライバー遺伝子を同定、中でもテロメラーゼ遺伝子異常が最も高頻度(約70%)であることを発見。
分子標的候補の発見と既存阻害剤の有効性を示唆
肝炎ウイルス以外の民族特異的な発がん要因の存在を推定
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Figure 3
switchablecomponent
TP5337%31%
CDKN1A1%1%
CCNE12%0%
RB120%4%
CDKN2A20%2%
CCND16%0%
Cell Cycle Progression
Apoptosis
p16
p14
FBXW716%<1%
ATM6%4%
mutation
Gene
CNAactivatedinactivated
percent of cases
inhibition activation
p53/Rb pathway
(altered in 72%, 68% by SG)
SMARCA210%2%
SMARCA410%1%
ARID1A17%8%
BAF170
BAF53
β-Actin
ARID22%10%
SMARCC14%<1%
ARID1B15%<1%
BAF60
PTEN
TSC1
TSC2
10%1%
2% 8%
5% 14%
PIK3CA
<1%1%
Akt
STK1111%<1%
mTOR
Proliferation,Survival
INPP4B16%1%
PI3K/mTOR pathway (altered in 45%,
26% by SG)
NF13%4%
SMARCB16%<1%
SMARCE13%
Ras
CTNNB1
31% <1%
WntTargetGenes
AXIN1
15%6%
APC
4%2%
CCND1Transcription
NCOR1
2% 29%
FGF19
0% 6%
-catenin pathwayβ(altered in 66%, 51% by SG)
<1%
RPS6KA35%4%
KEAP111%2%
CUL33%0%
NFE2L2<1%5%
Oxidative Stress Response
Nrf2/Keap1 pathway
(altered in 19%, 5% by SG)
BRD716%2%
Nucleosome Remodeling
chromatin remodeling (altered in 67%,
41% by SG)
SETDB1<1%2%
HistoneModification
NCOR1
2% 29%
SRCAP10%3%
HBV
2%
MLL42%2%
CTNNB1 mutationAXIN1 mutation
APC mutationCCND1-FGF19 amp.
NCOR1 mutationRB1 mutation
CDKN1A mutation
truncating mutation missense mutation amplification (>=4 copies) amplification (>=8 copies)
230 altered cases (51%)
SG, statistically significant gene(by MutSigCV or GISTIC)
a
b
KDM6A5%1%
がん細胞増殖・生存
図2 肝細胞がんにおけるPIK3CA/mTOR経路の異常
経路
PIK阻害剤
mTOR阻害剤
全体の45%の症例で、この分子経路に何らかの異常を認める。
治療薬開発
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今回の研究成果
日米共同研究として日本人症例を中心とした大規模な肝細胞がんゲノムを解読することで、
遺伝子異常である30個のドライバー遺伝子を同定、中でもテロメラーゼ遺伝子異常が最も高頻度(約70%)であることを発見。
分子標的候補の発見と既存阻害剤の有効性を示唆
肝炎ウイルス以外の民族特異的な発がん要因の存在を推定
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がんにおける体細胞変異シグネチャー(=特徴)の抽出
…… CCT …….
…… CAT …….
正常
がん
突然変異によって置換された塩基 (C→A)に加えて、その前後の配列 (5’ Cと3’ T)の情報を使う。塩基置換のパターンは 4C2の6通り*、前後の配列を入れると4x6x4=96通りに分類できる。
がんゲノム変異データ
Non-Negative Matrix Factorization(非負値行列因子分解)による解析
顔画像からの特徴(シグネチャー)抽出
がんゲノム変異情報から特徴となるシグネチャー抽出
(* strandの区別をしないので、G→AとC→Tは同じに扱う。)
と、同じ解析手法
(これまでがんゲノムの解析には用いられたことのない点で学際的な手法)
(A, G, C, T )-A-(A, G, C, T)の16通りの変異についてそれぞれ分布を示す。
CがAに変化する突然変異が多いパターン
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体細胞変異シグネチャーは特徴的な発がん要因と関連している
BRCA遺伝子変異
加齢
原因となる発がん要因
喫煙
紫外線
変異シグネチャー
CがAに変化する突然変異が多いパターン
同じ原因で発生したがん症例
未知の発がんの原因を共有している症例
原因に基づくがんの分類・新たな発がん要因の探索
PC1 PC1
日本人欧米人米国居住アジア人種アフリカンアメリカン
B型肝炎C型肝炎非ウイルス性
PC
2
PC
2
P= 2.2e-16 P=0.35
図3(A) 突然変異の分布と臨床背景(人種・肝炎ウイルス)との関連
突然変異の分布と患者さんの人種背景には強い相関が見られた。一方肝炎ウイルスの種類とは関連が見られなかった。
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今回の研究では、世界で初めて異なる人種背景をもったがんゲノムデータの比較を行った。
0
0.05
0.1
C>A C>G C>T T>A T>C T>G
AA AC AG AT CA CC CG CT GA GC GG GT TA TC TG TT
0
0.05
0.1
0
0.05
0.1
B型肝炎陽性症例
肝炎ウイルスのタイプと突然変異の分布は相関しない
C型肝炎陽性症例
非ウイルス性症例
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全てのサンプル 日本人の肝臓がん 米国居住アジア人種の肝臓がん
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャー C
シグネチャー A
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャー B
0.15
0.1
0.05
0
0.15
0.1
0.05
0
0.15
0.1
0.05
0
図3 (B) 肝炎ウイルス以外の民族特異的な発がん要因の存在を推定
欧米人種の肝臓がん
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャーA
シグネチャー C
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャー C
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャー C
C>A
C>G
C>T
T>A
T>C
T>G
シグネチャーB
原因 日本人米国居住アジア人種/中国人 欧米人種
シグネチャー A 不明
シグネチャー B 不明
シグネチャー C 年齢
特徴的な変異シグネチャーには、それに対応する発がん要因が存在することが知られており、この結果から民族特異的な(各民族で強く作用している)発がん要因が存在していることが推定される。
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今回の研究の意義と今後の展開
1. 本邦における肝細胞がんの新たな分子診断・治療法開発への貢献
本研究によって今後肝細胞がんに対する個別化診断・分子治療戦略を考える上で着目
すべきゲノム異常をあらかじめ包括的に検討することができ、抗がん剤開発推進におい
て非常に有用な知識基盤となる。とりわけ本研究は日本人症例を中心に解析しているこ
とから、日本人における肝細胞がん治療開発推進に重要な貢献が期待される。
今回同定されたドライバー遺伝子に対する臨床開発の状況(肝がんだけではなく全てのがんについてのデータ)
1. テロメラーゼ阻害剤: 現在3種類の薬剤が臨床試験中imetelstat/GRN163L(米国でフェーズ2試験), KML-001/sodium metaarsenite,
GV1001(テロメラーゼに対するワクチン)
2. mTOR阻害剤: 2010年にTemsirolimus/Toriselが腎臓がんを対象として、Evelolimusが膵神経内分泌腫瘍を対象として国内承認
現在更に22種類の薬剤が臨床試験中
3. PIK阻害剤:2014年にIdelalisibが血液腫瘍を対象として米国にて承認現在更に33種類の薬剤が臨床試験中(国立がん研究センターにもおいても一部臨
床試験を実施中) 18
2. 新たな肝細胞がん発がん要因の解明と予防研究への展開
シグネチャー4
シグネチャー7
シグネチャーA
喫煙(肺がん)
紫外線(悪性黒色腫)
??(日本人 肝細胞がん)
既知の発がん要因と変異シグネチャーの相関
本研究は、これまで肝細胞がんの危険因子として知られている肝炎ウイルス
感染とは異なる、日本人において特徴的な未知の発がん要因が存在する可
能性を明らかにした。
この要因は現在本邦で急激に増加している非肝炎ウイルス性肝細胞がんに
も同様に寄与している。
今後はこの原因を明らかとするための研究を進めることで、肝細胞がんの罹患
率、しいては死亡率削減に寄与する予防への貢献が強く期待される。
原因(がん種)
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