機械設計に必要な流体工学 ―液体の内部流れの基礎― - nikkan...15 解説...

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ROBERT B. DAROFF, M.D. Associate Dean for Development Case Western Reserve University School of Medicine Professor and Chair Emeritus of Neurology, Case Western Reserve University School of Medicine and University Hospitals Case Medical Center Curriculum Vitae and Bibliography Prepared August 2008 Available Online at: http://casemed.case.edu/dept/neurology/Daroff.html

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  • 14 機 械 設 計

    はじめに

     機械を設計する際に,少なからず流体が機器内に介在し,その特性が性能に影響を及ぼしたり,不可解な流動現象を引き起こしたりすることがある。そのようなとき,様々な観点から流体工学の知識の必要性を実感すると思う。本稿では,流体の性質からはじまり,機器内部で生じる流体の漏れ,流れの絞り,静圧軸受,流体力などについて,とくに水や油に代表される液体の内部流れに焦点を絞り,流体工学の基礎的事項を初学者向けに解説する。

    流体と流れ

    1.流体 流体とは,定まった形をもたず,形状を自由に変化させて流れを生む物質であり,気体と液体に分類できる。気体は圧縮されやすく形状や体積を容易に変え,密閉した容器の中で充満する。液体は圧縮されにくく,容器形状にならい変形する。 流体の重要な性質に圧縮性と粘性がある。圧縮性は流体が圧力を受け体積や密度が変化する性質であり,一般に気体は圧縮性流体,液体は非圧縮性流体として取り扱われる。粘性は流体の運動にともなって,流体が変形され抵抗を生じる性質で,

    流体の粘り度合を表す。粘性が支配的な流体を粘性流体,粘性が無いと仮定した流体を非粘性流体という。粘性も圧縮性もない仮想の流体を理想流体と呼ぶ。理想流体は,数式での取り扱いが容易であるという特徴がある。

    2.流れ 流れは,内部流れと外部流れに分類できる。内部流れとは,境界壁で囲まれている流れで,管路やダクト内の流れから,ターボ機械や油空圧機器などの流体機械内の流れに至るまで多岐にわたる。一方,外部流れは,車両,船舶,航空機など輸送機器をはじめ,円柱,球,翼などの物体周りの流れをいい,流体が境界壁で覆われていない流れをさす。 すべての流れの状態は,厳密には三次元流れである。たとえば,自動車,航空機,船舶,建造物の周りの流れや,回転するボールの動きを十分に調べるには,三次元流れとして扱う必要がある。しかし,コンピュータの計算能力が向上したとはいえ数値計算は複雑であり,実験的にも三次元流れの挙動を計測することは難しい。そこで,翼幅が一様で長い翼や,煙突のような円柱物体などは,両側の端部付近を除いて二次元流れで近似して考える。これに対して,1つの座標のみによって定められる流れの状態を一次元流れという。水道パイプや排気ダクトの実際の流れを考えると,管の壁面近くでは流体の粘性によって流速は遅く,管

    特集 これだけは押さえておきたい流体工学の基礎と最近の流体機械設計

    防衛大学校 西海 孝夫**にしうみ たかお:システム工学群 機械システム工学科 教授 E―mail:[email protected]

    解説

    機械設計に必要な流体工学 ―液体の内部流れの基礎―

  • 15

    解説 機械設計に必要な流体工学―液体の内部流れの基礎―

    第 63 巻 第 2 号(2019 年 2 月号)

    の中央部になるにしたがい壁面摩擦の影響が減り流速は速くなる。しかしながら,図1のとおりs軸方向に沿って管路の断面や方向が穏やかに変わる流速は,巨視的に管路断面にわたって平均流速vであると考え,流速vは位置座標sと時間 tのみの関数として準一次元流れとして取り扱う。この流れは,理論的な扱いが簡単で実用上の設計計算などに幅広く用いられている。準一次元流れでは,断面平均流速として取り扱うだけではなく,圧力pや密度ρも断面にわたって平均値とみなすことができる。 流れは,空間的な分類のほかに,時間的な分類ができる。時間とともに状態が変化する流れを非定常流れといい,変化しない流れを定常流れという。流れの状態を知るために,図2に示す流線と流管の定義を用いて考える。流線とは,定められた時刻において,それぞれの点での流体粒子のもつ速度ベクトルが接する曲線をいう。流れ場に任意の閉曲線を考え,この閉曲線を通る無数の流線で囲まれた管を流管と呼ぶ。任意の瞬間を捉えれば,流線は互いに交わることはないので,流管に流れ込んだ流体は,あたかも閉曲線で囲われる面を管路壁面のように通り,流管内の流体粒子は流線に沿って流出する。

    流体の性質

    1.密度と比重 図3のように流体の単位体積当りの質量を密度ρ[kg/m3]といい,その質量をm,体積をVとすれば次式で表される。

      ρ=mV

    ⑴ 

    流体の密度は,その圧力や温度によって変わるが,液体は,気体に比べて変化を受けにくく,高圧下や特別な状況を除いて密度は一定でρ=const. と考えてよい。 水の密度は, 標準大気圧 1atm(101.3kPa),4℃においてρw=1000kg/m3である。比重とは,この状態での水の密度ρwに対する物質の密度ρの比をいい,

      s=ρρw ⑵ 

    で定義される。比重 sは,ガソリン・潤滑油・油圧作動油など油類では0.73~0.9であり,アルコールでは0.79,海水では1.02,水銀では13.6である。

    2.粘性 流体に力を作用させると変形し抵抗を示す性質を粘性という。図4に示すように,隙間hだけ離れ平行して対面する面積Aの壁の間には,流体が満たされている。下の面は固定され,上の面に力Ftを右方向へかけると速度Uで移動する。両面に接する流体要素は,壁面に付着してすべりがない

    流線

    流線

    閉曲線

    流管

    速度ベクトル

    液体粒子

    図2 流線と流管図1 準一次元流れ

    vs

    v

    図3 質量と体積

    V

    m

  • 16 機 械 設 計

    と仮定すると,この力Ftは,面積Aと速度Uが大きく,隙間hが小さいほど大きくなると考えられ,次の関係式が成り立つ。

      Ft\AUh=μAU

    h ⑶ 

    ここで,μ[Pa・s]は粘度と呼ばれ,比例定数である。よって,後述するせん断応力τは,式⑶より,

      τ= FtA=μU

    h ⑷ 

    となる。このような流れをクエット流れと呼ぶ(図4)。 また,壁面間の流れが層状を成して流れる状態(後述の層流)であるならば,隙間の間の流速uは直線的に変化する。この変化割合u/y=U/hを速度こう配du/dyで表せば,図5のように速度こう配が直線的でないとき,流体中の仮想面に働くせん断応力τは,

      τ=μdudy

    ⑸ 

    で表される。同図にて,速度が遅い壁面近くの領域を境界層と呼び,上式⑸をニュートンの粘性法

    則と呼ぶ。 これに対して,両者の比例関係が成立しない流体を非ニュートン流体という。図6は,ビンガム流体,ダイラタント流体,擬塑性流体について速度こう配du/dyに対するせん断応力τの特性を示す。 流体が流れている状態で粘性の影響を考えるときには,次式のように粘度μを密度ρで除した動粘度ν[m2/s]で表現することが有効である。

      ν=μρ ⑹ 

    3.圧縮性 一般に液体は非圧縮性流体として取り扱われるが,液体の圧力が高く圧力変化が急激で無視できないような状態では圧縮性を考慮しなければならない。流体の圧縮性を表す物理量に体積弾性係数がある。図7に示すようなピストンに力Fを与え

    図5 壁面付近の速度分布

    壁面

    仮想面

    u y

    dy

    du

    図6 速度こう配に対するせん断応力の関係

    ニュートン液体

    τ

    ビンガム液体(例:ケチャップ,塗料)ダイラタント液体(例:ミルクチョコレート,砂と水の混合物)擬塑性液体(例:マヨネーズ,高分子溶液)

    du/dy

    図7 剛体容器内の体積と圧力の変化

    F

    剛体容器ピストン

    ∆V

    V→V-∆Vp→p+∆p

    図4 クエット流れ

    A

    h uy

    U F1

  • 17

    解説 機械設計に必要な流体工学―液体の内部流れの基礎―

    第 63 巻 第 2 号(2019 年 2 月号)

    て剛体密閉容器の中で体積Vの液体をΔVだけ減少させると,Δpだけの圧力が増加して容器内の圧力がpからp+Δpになる。このとき,体積弾性係数K[Pa]は,次の関係式で与えられる。

      K= ΔpΔV/V=-dpdV/V ⑺ 

     この体積弾性係数Kは,気泡を完全に除去した状態であるが,実際には,容器内の液体に気泡(空気)が混入している。容器内の液体を大気圧poから圧力pまで上昇させるとき,気泡の混入を考慮した液体の有効体積弾性係数Keは,次式で表される。

      Ke=cpopm

    1nεv+1

    cpopm

    1n εvKnp+1

    K ⑻ 

     ここに,εvは大気圧下での空気の体積Voと液体の体積Vfの比でεv=Vo/Vfであり,Kは気泡混入のない状態での液体の体積弾性係数である。また,nはポリトロープ指数であり,空気の状態変化はポリトロープ変化であると仮定している。図8は,圧力変化が急激な場合を断熱変化(n=1.4)と考え,式⑺を用いて有効体積弾性係数Keを正規化して算出した結果である。 液中を圧力変化が波として伝播する速度,すなわち音速aは,流体の体積弾性係数Kと密度ρで決まり,

      a=  Kρ ⑼ 

    となる。直径がd,管壁厚さがδの薄肉管路の弾性変形があるとみなせば,その音速aoは,

      ao=a

     1+ KdEδ

    ⑽ 

    で与えられている。ここに,Eは管材料の縦弾性係数であり,鉄鋼ならばE≒206GPaである。

    流量と流速

     流体がどのような速さで,どの方向に動くかを

    表す物理量に流体の速度,いわゆる流速がある。流速は,単位時間当りの流体の移動距離で表され,単位は[m/s]である。流速は場所と時間によって複雑に変動するが,管路のような内部流れでは,一方向の流れに近似して考えられる。たとえば,断面積Aを通るx軸方向の流速は,図9に示すように,管壁からの粘性による摩擦せん断応力や管路形状の曲がり管の影響を受け,流速uは実際には断面上の位置により異なる。このような微小面積dAを通る流速uを断面積Aにわたって面積分すれば,

      Q=A udA ⑾ 

    となり,このQを体積流量あるいは単に流量と呼ぶ。しかし,時間的に変動がない断面平均流速vを考えれば,定められた時間 tcの間に,断面積Aを通る流体の体積V,すなわち流量Qは次式のとおり表すことができる。

      Q= Vtc=Av ⑿ 

    液体の流量の単位は,リットル毎分[L/min]を用いることがあり,SIとの変換は,1[m3]=1000[L],1[min]=60[s]であるから,1[m3/s]=6×104[L/min]となる。

    dA u

    Q

    A A xv

    図9 管路内の流量と速度

    εv=0.5%

    εv=2%

    εv=10%

    1

    0.8

    5 10 15 20 250

    Ke/K

    p[MPa]

    0.6

    0.4

    0.2

    図8 気泡を考慮した体積弾性係数