eコマース時代における消費者購買環境の...eコマース時代における消費者購買環境の...

19
Meiji University Title Author(s) �,Citation �, 14: 623-640 URL http://hdl.handle.net/10291/8541 Rights Issue Date 2001-02-28 Text version publisher Type Departmental Bulletin Paper DOI https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

Upload: others

Post on 18-Aug-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

Meiji University

 

TitleEコマース時代における消費者購買環境の変化に関す

る一考察

Author(s) 臼井,哲也

Citation 商学研究論集, 14: 623-640

URL http://hdl.handle.net/10291/8541

Rights

Issue Date 2001-02-28

Text version publisher

Type Departmental Bulletin Paper

DOI

                           https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/

Page 2: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

商学研究論集

第14号 2001.2

Eコマース時代における消費者購買環境の

         変化に関する一考察

ANote on Changing Consumer Purchase Environment in E-commerce Era

博士前期課程

    臼

商学専攻 2000年度入学

 井  哲  也

   Tetsuya Usui

目次

問題の所在

1.消費者購買環境とEコマース市場の形成

  1) 消費者行動圏の拡大

  2)インターネットの普及とEコマース市場の形成

皿.Eコマース時代おける新たな消費者購買環境

  1) 新たな中間業者の出現

  2) ヴァーチャル・コミュニティーの概観

  3) 消費財製造企業の役割

皿.Eコマース時代における消費者購買環境の変化

  1)Eコマース時代の消費者購買行動とEコマース普及における課題

  2)消費者購買環境の変化

むすび

問題の所在

 1980年代後半より,コンピュータ関連製品の高性能化・低価格化,ハード・ソフトの急速な普及

とそれらの広域なネットワーク化等を主な要因とし,情報技術は米国を中心に先進国諸国において急

速な発展を遂げ,1993年のクリソトン政権によるNII(National Information Infrastructure)構想1

1米国政府公式ウェブベージhttp:〃iitf.doc.gov/を参照。

一623 一

Page 3: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

の発表・推進に代表される政府の後押しもあり,IT革命が1990年代のビジネス社会を席巻した。米

国商務省が産業別の成長見通しをまとめた「米産業・貿易見通し2000年度版」によれぽ,電気通信

等の情報技術(IT)関連産業が2000年に軒並みニケタの実質成長率を示し,引き続き米国の景気拡

大の牽引役を果たすとする報告書を発表している2。IT革命はイソターネットの普及を加速化させ,

消費者と企業が地理的制約を受けずに直接取引が可能である環境を生み出し,1990年代の終わりに

は電子商取引(以下Eコマースと記す)と呼ばれる情報通信網を活用した非対面販売の拡大と発展

の実現に至る。米国商務省によれぽ,Eコマースとは,「商業者と消費者が地理的に異なる場所に存

在する時,両者が通信ネットワークを通じてリ・アルタイムで行われる取引形態」3と定義づけられ,

主にその取引形態により,企業間取引・企業消費者間取引・消費者間取引の三つに分類される。特

に,企業消費者間取引におけるEコマースの急速な発展は,アマゾンドットコムやCDnow4等の企

業に代表されるEコマース専業のオソライン小売業者の出現を経て,店舗を保有しないインターネ

ット上の小売業者・中間業者の急増を促し,一方,既存の消費財製造企業による消費者との直接的取

引関係構築の動きを,供給者から消費者への取引段階を分断する中間業者の排除・縮小の議論である

チャネルコンフリクトの問題を抱えつつも,助長している5。

 Eコマースは,企業消費者間取引において消費者1人1人に対する製品・サービスをパーソナラ

イズ化6し,それらを包括するワン・トゥ・ワン・マーケティソグ(Peppers and Rogers 2000)を

推進し,企業が消費者とより親密な関係構築を可能とすると言われている。そこで,先行研究や既存

の事例を検証すると,現状においては,情報技術を活用し,消費者に関する大量のデータ(購買履歴

等)を蓄積し,データを活用し消費者のニーズを速く,的確に捉え,異なった製品・サービスまたは

情報を消費者毎に提供する個別対応が企業のマーケティソグ目標となっている。ここにおいて論じら

れるパーソナライズ化は,既存の消費財製造企業が自社の製品・サービスの販売を前提している以

上,消費者の個別の要望に対応し多種多様な選択肢の中から消費者の望む製品・サービスを提供可能

2『日本経済新聞』2000年5月4日付朝刊3米国政府公式ウェブページhttt://its.bidrdoc.gov/projects/telecomglossary2000/dir-015/-2145を参照。

4『日本経済新聞』2000年4月14日付朝刊

Hoffinan, D. L. and Novak, T. P.(2000),“How to Aquire Customer on the Web”, Harziard Business Review,

 May-June 2000, pp. 180-184.

5r日経ビジネス』2000年2月14日号, P7

 『日本経済新聞』2000年4月11日付朝刊

 『日本経済新聞lll 2000年6月21日付朝刊

62000年3月30,31日に米国カリフォルニア州パサディナ市にて行われたアメリカ・マーケティソグ協会主催の

 rMarketing on Intemet」会議への参加及び,議事録より参加企業の事例を整理する。発表は,ゼネラル・モ

 ータース,デジタス,トラヴェロシティ,ニーマソ・マーカス,MSNBC, GTEなどの企業におけるEコマー

 スへの現状における取組みや事例が紹介された。会議において,主に①パーソナライズ化,②既存流通網「リ

 アル」とEコマース「サイバー」の統合,③消費者のプライバシー漏洩問題の三点がEコマースにおける課

 題として議論された。

一624一

Page 4: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

である点で,中間業者や小売業者に適した環境であると思われる。逆に,「製品・サービス自体の開

発によるパーソナライズ化」,「最適価格の設定」等においては,中間業者の排除を企図する場合,消

費財製造企業により適した環境であると思われる。また,Eコマースは,その低コストで広域な通信

網を活用して消費者間取引の拡大を支援している。消費者間取引は「ネットオークション」7という

形態をとり,消費者が一定のルールに基づき所有する既存製品の交換・販売を行うことにより,これ

までの消費財製造企業の製品差別化による促進戦略を脅かし,新製品の購入や買い替えに影響を及ぼ

しかねない。消費者同士がオンライン上で任意のグループを形成して企業に対して働きかけを行うで

あろうとされている「ヴァーチャル・コミュニティー」の議論も企業と消費者間におけるコミュニケ

ーショソの在り方に影響を与えるだろう。

 これらの一連の議論は,消費者ヘインターネット等の個別の広域通信端末が普及し,地理的制約を

受けずに企業と消費者の間に双方向のコミュニケーションと直接的な商取引が可能となったことを背

景としているのは周知のところである。

 本稿は,Eコマース時代の到来が,これまでの供給業者(S:サプライヤー)から製造業者(M:

マニュファクチャラーもしくはメーカー),卸売業者(W:ホールセラー),小売業者(R:リテーラ

ー),消費者(C:コンシ拝一マ)で完結するとされているサプライチェーソの繋がりにどのような

影響を及ぼし,消費者購買環境に対していかなる変化を促すのかという基本的な課題を対象とし研究

を推進するものである。インターネットや携帯情報端末の急速な普及と通信の低コスト化は,消費者

との関係構築においてサプライチェーン上のどの業態も同一の環境で可能であり,それだけではなく

消費者同士がネットワーク上に任意のグループを形成するとも言われている。これらの事象を消費者

購買環境の視点より,体系的に整理することが本稿の目的である。よって,1章では,Eコマース形

成の過程とこれまでの消費者購買環境の変化につき概観する。続く1章においてEコマース時代の

消費者購買環境の変化につき,①「電子中間業者」,「エージェント」等の新たな業態,②消費者によ

る「ヴァーチャル・コミュニティー」の形成,③消費財製造企業の役割,の三点に関する先行研究や

事例を中心に検証し,その役割と便益について整理する。皿章においてrEコマース時代における消

費者購買環境の変化」と題し,1章での整理を基礎とし,その概念の図式化を試みる。むすびにおい

て,今後の課題について述べる。

1.消費者購買環境とEコマース市場の形成

 本章では,情報技術の発展によるEコマース環境の形成の変遷を各種データよりレビューすると

同時に,本稿の研究テーマである消費者購買環境の変化につき,Eコマース時代以前に遡り概観する。

7個人間によるネット上での競売システム

一625一

Page 5: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

1) 消費者行動圏の拡大

 Eコマース時代以前の消費者購買環境の最も大ぎな変化は,消費者行動圏の拡大であると言える。

田村(1996)は,制度的前提の崩壊が,これら変化の主要因であると主張している。田村によれぽ,

日本企業は,伝統的な市場支配強化・維持によるパワー・マーケティングの行使により,閉鎖的業界

市場を制度的な前提条件としてきたとしている。制度的前提とは,①関税・非関税障壁に守られ,輸

入品の市場参入が少ない。②業界の製品技術基盤が安定しているので,他業界からの代替品参入が少

ない。③業界での競争・取引様式は,伝統的な商習慣によって規範化されている。④すべての企業が

業界団体に所属し,業界の構造変化は業界全体で話し合われ,企業は業界団体を行政へのパイプとし

て利用している。⑤製品の主要な流通は,主要メーカーに系列化された中小流通業者を担当者とし,

その製品に専門化した流通経路を通じて行われる(田村 1996)の五点である。流通系列化の意義

は,業界の範囲を流通段階の末端まで拡張することにあるが,田村は,これらの制度的前提は,「消

費者行動圏の拡大」と「大手流通企業へのパワーシフト」により崩壊し始めているとの見解を示して

いる。

 特に,時空間・情報・社会文化の三つの次元で構成される消費者行動圏の拡大は,Eコマース時代

の前段階として捉えることが可能であると思われる。消費者がインターネット等の広域通信網で結ぼ

れるに至ったEコマース時代以前においては,①マイカーの普及や海外旅行者の急増は地理空間上

の移動範囲を著しく拡大し,②生活情報を内容とする雑誌媒体の多様化は消費者による情報入手シス

テムを高度化させ,③社会文化の側面で,女性の社会進出や趣味のサークル等の形成により,ロコミ

・ネットワークが拡大し,日本社会を覆うこととなった(田村 1996)。Eコマース時代について特

筆すべきは,これら消費者行動圏の拡大に伴う,消費者による購買情報収集及び,購買行動の低コス

ト化・高速化および,グローバル化であると言えるだろう。インターネットの普及は,消費者行動圏

をさらに拡大するものと推測できる。Eコマースは,消費者行動圏の拡大を助長し,これまで以上に

消費者の時空間・情報・社会文化の三つの次元を大きく変化させていくだろう。次項では,消費者行

動圏のさらなる拡大を助長すると考えられるインターネットの普及とEコマース市場の形成につい

て概観する。

2) インターネットの普及とEコマース市場の形成

 インターネットは,パーソナルコンピュータの職場と家庭への急速な普及と規格の統一化,通信の

低コスト化8,それに伴うネットワーク化を背景とし急速に普及してきた。インターネット白書2000

8通信白書によれぽ,我が国のイソターネット料金は,イソターネット先進国の米国との比較において依然大き

 な差があるが,東西のNTTによる平成11年11月より一部の地域において試験役務として開始している常時接

 続サービス(IP接続サービス)を,平成12年5月よりサービス提供地域を拡大し,料金を大幅に下げるとこ

 と公表している。加えて同社は試験サービス終了後に本サービスへ移行し,サービス提供地域を段階的に拡大

 し,料金水準についても引き続き検討を行うこととしている。詳しくは通産省ウェブページhttt:〃mpt.go.jp/

 policyreportsを参照。

一626一

Page 6: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

によれば,全世界におけるイソターネット利用人口は,1999年末の時点で約1億9330万人であり,

2000年末には約2億4360万人になると言われている。また,我が国においてもインターネット利用

人口は2000年2月時点で1937万人を突破し,職場のみではなく,家庭・学校等での普及が急速に進

み,同時に携帯端末によるイソターネットサービスへの加入者の急増が,インターネット利用人口の

急速な普及に拍車を掛けている。

 近年,普及の一途をたどってきたイソターネットを企業はどのように活用してきたのだろうか。

Frost and Strauss(1999)tlこよれぽ,企業にとってイソターネットとは,①イソターネットはテク

ノ・ジーであり,交流の場であり,マーケティソグ・ツールである。②ウェブは,情報発信,商取

引,マス・カスタマイゼーションの場である。③イソターネットによるマーケティングの効用は,

「段階的効果モデル」で説明される。④インターネットビジネスに関する技術やシステム開発によっ

て,インターネットビジネスの潜在的な可能性が大きく開かれる。⑤イソターネットは,マーケティ

ング計画のプロセスの一部であり,マーケティソグ・ミックスを包括するものである。企業はイソタ

ーネットを活用した消費者との双方向コミュニケーションを中心としたマーケティング活動を企図し

ている。Frost and Straussは,企業やその他組織によるイソターネット事業の参入及び,ウェブサ

イト構築の発展段階を①情報発信の段階,②電子商取引の段階,③マス・カスタマイゼーシ。ンの段

階の三段階に分類し説明している。Frost and Straussによれぽ,情報発信段階において企業は,無

味乾燥な会社案内形式の情報を一方的に消費老へ伝達するためにウェブサイトを活用し,より情報の

内容(コソテンツ)が多岐にわたり,消費者が望む情報を発信することの重要性を認識した上で,イ

ソターネット上でユーザーが最初にアクセスを試みる「ポータルサイト(入口・玄関口)」の構築へ

移行してきたと述べている。その後企業はインターネットを通じて,消費者と直接コミュニケーショ

ソを図ると同時に,オソラインによって販売活動を行う電子商取引の段階に入り,さらに,最終段階

では情報技術と既存のマーケティングを組み合わせ,標的とする消費者に対し個別にメッセージを双

方向で受信・発信する「マス・カスタマイゼーション」の段階へと進むとしている。マス・カスタマ

イゼーショソは,その表記は違うにせよ消費者への個別対応を目標とした活動である点で,ワン・ト

ゥ・ワン・マーケティング(Peppers and Rogers 2000)やパーソナライズ化と同義語であると解釈

できる。本稿においては,「マス・カスタマイゼーショソ」段階に企業が突入することを前提とし,

考察を進める。

 次に個人向けEコマース市場の現状はどのように発展してきているかを概観したい。電子商取引

実証推進委員会(ECOM)とアソダーセソ・コンサルティング9によれぽ,1999年の我が国における

個人向けEコマースの市場規模は,3360億円で,家計消費全体に占める割合は,僅か0.11%である

こと演明らかとなった。分野別では,不動産が880億円,自動車が860億円,パソコソ関連が500億

円,旅行230億円の順となっている。また,家計消費全体に占めるEコマース市場の割合を商品別に

9『日本経済新聞』2000年5月28日付朝刊

一627一

Page 7: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

みると,パソコン関連製品が3.6%,自動車0.9%,書籍・ CD O.3%などが目立った数値として上げら

れる。同時期の米国における家計消費全体に占めるEコマース市場の割合が約1%であることも合

わせて発表し,その格差の大きさを示す結果となった。また,我が国におけるEコマース市場の今

後の成長について,家計消費全体に占めるEコマース市場の割合は,2000年に0.3%,2002年に

O.8%,2004年に2.0%まで高まり,その市場規模は2004年には1999年の約20倍の6兆6620億円に達

する見通しを示した。個人向けEコマース市場の成長については,通信コストのさらなる引き下げ,

物流・決済システムのさらなる発展とコストダウン,消費者のプライバシー漏洩問題等の課題も存在

することを考慮に入れて算出する必要があり,現状では不透明な数値であるといわざるを得ないだろ

う。しかし,同調査によれぽ,1999年の市場規模は1998年の約4倍弱の成長を達成しており,市場

は確実に拡大し,企業と消費者の関係の変化を助長していると考えられる。

 急増するインターネット利用者数は,企業によるインターネット活用の段階を,消費者一人一人へ

個別対応のマーケティソグ活動を試みる「マス・カスタマイゼーション」へ発展させてきた。消費者

はこれまで以上に行動圏を拡大し,購買における選択肢のさらなる拡大を手に入れると推測できる。

消費者はイソターネットに代表される広域通信網をより低コストで活用することにより,少なくとも

地理的制約・時間的制約から解き放たれ,より自由に購買活動を展開するものと思われる。次章にお

いては,拡大する消費者行動圏に対応するために出現するとされている新たな業態の整理を行う。

皿.Eコマース時代おける新たな消費者購買環境

 1章では,消費者行動圏の拡大について,Eコマースが消費者のさらなる購買選択肢の拡大を促す

要因になる可能性がある点につき論じてきた。本章においては,Eコマース時代に新たに形成される

と考えられている電子中間業者と消費者によるヴァーチャル・コミュニティーについての先行研究の

レビューを行い,これら一連の議論を整理した上で,Eコマース時代の消費財製造企業の役割につき

概観する。

D 新たな中間業者の出現

 森本(2000)は,企業消費者間Eコマースの業態を図表皿一1のように類型化した。図表中の「仲

介型モデル」,「消費者工一ジェント型モデル」,「売り手工一ジェント型モデル」は,製品・サービス

の製造業と消費者を仲介する中間業者と置き換えることが可能であろう。

 1章での考察を踏まえると;Eコマース時代においては,インターネット等の広域通信網を介し

て,消費財製造企業と消費者間で直接的に相互にコミュニケーショソが実施され,中間業者を排除し

た直接の商取引が可能である環境が実現されたといえる。この中間業者排除の議論につき,Frost

and Strauss(1999)は,中間業者の介在を排除し消費者に転嫁されてきた流通コスト削減を目指す

中間業者排除の論議には,①中間業者による既存の効率的な流通システムの存在,②中間業者の活用

によって,メーカーとして経営の核なるビジネス,つまり製品開発に集中できること,③Eコマース

一628 一

Page 8: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

図表皿一1

タ イ ブ 情   報 収入方法 決済の有無

仲介型モデル 売り手製品情報 販売収益 ○

コミュニティー型モデル 会員情報/一般情報/専門情報 広告収入/各種手数料/会費

消費者工一ジェント型モデル 市場情報 売買手数料/各種手数料 ○

市場オークション型モデル 売り手情報/消費者情報 販売手数料(売り手負担) ○

売り手工一ジェント型モデル 売り手製品情報 販売手数料/会費

メーカー直販型モデル 売り手製品情報 販売収益(従来の費用振替) ○

出所:森本博之(2000),reカンパニーのビジネスモデル」, rダイヤモンド・ハーバード・ビジネス』4-5月

  号,pp.68-69

においても多くの中間業者が(Eコマース以前の環境と)同じ機能のみを果たすものと考えられてい

ることの三つの重要な点が見落とされていると主張する。本項では,盛んに議論されているEコマ

ース時代の新たな中間業者につき,整i理を試みる。

Vandermerwe(1999)は, Eコマース時代に出現する新たな電子中間業者をこれまでの一般的な

中間業者との比較において,その役割と可能性につき以下のように述べている。電子中間業者は,高

度な情報技術(特にイソターネット)の活用により,短期的な利益に焦点を絞らず,市場の情勢を創

出し,長期的利益に結合させる。長期的利益の達成の根拠として,電子中間業者は以下の三点を可能

としている。第一に,情報技術を屈指し,消費者の情報を入手することによって消費者との関係性を

構築し,消費者を囲い込み,既存市場のみならず,新市場の創造を可能とする点である。第二に,情

報技術の発展は,消費者とのコミュニケーションコストを低減し,消費者の分布に地理的制約を受け

ず,グローバルに消費者とのコミュニケーションが可能な点である。第三に,ネットワークの外部性

が働き,企業消費者間の信頼が補強され,より大量の情報の共有が推進され,ネットワークをさらに

拡大し,消費者の消費がより活発化し,競争優位を構築する点としている。さらに,Vanderrnerwe

は,既存の中間業者との比較において電子中間業者の成功要因を図表∬-2に整理している。

 ここで論じられる「電子中間業者」の役割は,既存の中間業者とは異なり,消費財製造企業の系列

流通に属さず,消費者の購買行動における選択肢を拡大させ,消費老へ個別対応の販売・コミュニケ

ーションを行う意味において,Eコマース時代に出現する「新たな中間業者(New Middle)」と位

置付けることが可能である。

 Hagel and Singer(1999)e#1,情報技術の発展に伴い,ネットワーク上に消費者1人1人に対応

する「エージェント」が出現し,消費者への個別対応により,消費者から信頼を獲得し,関係性を深

めていくと主張している。「エージェソト」とは,消費者の代理人とし,消費者の購買を支援するネ

ットワーク上の新たな中間業者と定義されている。さらに,Hagel and Singerは,「エージェント」

の役割を,消費老の情報(購買履歴,個人情報等)を管理し,同時に消費者のプライバシーを保護す

る情報仲介業者「infomediary」(informationとintermediaryの造語)と位置付けている。「エージェ

一629一

Page 9: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

図表皿一2

旧中間業者モデルのプレーヤー 新中間業者モデルのプレーヤー

個々の製品・サービスを取扱う 新市場空間で優れた消費者経験を創出するために便益�潟¥クさせる

保有する製品・サービスのみを販売する 優れた消費者経験を創出するためにすべての製品・サービスを検索し,消費者へ提示する

製品・サービスの価格競争のためコストを削減する 付加価値のない行動・浪費・重複を排除する

区別されたコアアイテムに焦点を絞る 付加価値サービスとサービスそのものに集中する

平均的消費者へのオファーを推進する 個人の特殊なニーズに合わせた個別のオファー

独立したチャネルメンバーとして活動する 全体的な消費者経験を提供するために適切なプレーヤーと関係性を持ち,統合し,電子ネットワークを拡大

キる

出所:Vandermerwe, S.(1999),“The Electronic‘Go-between service Provider’:A New ‘middle’ Role Taking

  Centre Stage,”EuroPean Management/burnal, Vo1.17, No.6, pp.603.

ソト」は,消費者の欲求・ニーズ・嗜好・所得やデモグラフィックデータまでのあらゆるデータを把

握し,消費者の購買行動の際にはその要望を反映させ,複数の供給企業からの情報収集,交渉等の購

買支援を行う。消費者は「エージェソト」の活用により,製品・サービスの複雑性が増す環境におい

て,必要な製品・サービスを希望する価格にて検索するコストの低減と同時にプライバシーの保護を

獲得することが可能であるとしている。一方,企業(原文では売り手)は正確に構成された消費者情

報を得ることにより消費者獲得コストを低減でき,消費者の要望する製品開発の強化とカスタマイズ

化の機会に対しより効果を高めると主張している。

 「エージェント」は,企業消費者間取引において,消費者側の要求を複数企業へ提示し,取引を仲

介する役割を果たすと思われる。情報通信の発展と消費者へのネットワーク化された通信端末が普及

したことにより,「エージェソト」は,大量の消費者情報を低コストで処理すると同時に,企業とも

情報通信網を介し,取引交渉が低コスト・高速度・広範囲で実施できるものと思われる。

2) ヴァーチャル・コミュニティーの概観

 Hagel and Armstrong(1997)は情報技術の発展に伴い,消費者同士がオソライン上で結ぽれるに

至り,企業が対象とする消費者によるヴァーチャル・コミュニティーの形成が消費者と企業の双方に

利益をもたらすと主張している。ヴァーチャル・コミュニティーの形成は,消費者に対し,①検索コ

ストの低減,②統合されたコンテソツとコミュニヶ一シ。ンの範囲の拡大,③コミュニティー会員に

より作成されたコンテソツの享受,④複数の供給業者へのアクセス,⑤コミュニティー自身の商業的

価値創造の五つのパワーを与え,企業に対し,①販売機会検索コストの低減,②消費者の選択肢拡大

による購買機会の向上,③対象消費者選定能力の強化,④既存の製品・サービスへの付加価値創造能

力の向上,⑤資本投資額の低下,⑥消費者に対する地理的な到達範囲の拡大,⑦中間業者排除の可能

性の七つの利益をもたらす(Hagel and Armstrong 1997)。ヴァーチャル・コミュニテrは,地理

一 630一

Page 10: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

的制約を受けずオンライン上に形成され,一定規模のグループを構築し,消費者と企業の関係性に影

響を与えると思われる。

 Kozinets(1999)は,ヴァーチャル・コミュニティーの形成について,個人メンバーのオソライソ

コミュニティーへの参加度合いの発展が時間とコミュニヶ一ショソの進展により①話題性のある情報

交換,②特異性のある情報交換,③文化的規範に関する情報交換,④力と社会的地位の関係における

対立と明示化,⑤文化的規範の受け入れと強要,⑥個人間の印象の形成,⑦文化的統合,⑧共同体と

しての関係性の構築の八つのステップを段階的に進んでいくことを主張し,消費活動におけるヴァー

チャル・コミュニティーのメンバーを図表11-3のように分類している。

 Kozinetsは,さらにヴァーチャル・コミュニティー・マーケティソグという概念と示し,ヴァー

チャル・コミュニティーのメンバーへの接近方法において,消費者はこれまでの消費者との比較にお

いて①より活動的であり,②よりグループの自治・共生による影響を受け,③より多様な情報をメン

バーに供給することを主張している。

 Siegel(1999)は,オンライソ上で活動する顧客層を①ビギナー,②イソターミディエイト,③エ

キスパートに分類した上で,ヴァーチャル・コミュニティーについて論じている。Siege1は,①ビ

ギナーとは,イソターネットの常時活用を開始した層で,感覚をつかもうとするゆえに,各サイトを

判断するのに時間をかけず,セキュリティーに関心を払わず,オンライン上の体験において心地よさ

を求めている層であると定義づけている。また,②イソターミディエイトは,当該企業との取引を体

験した後に,再訪問する層であり,ウェブサイトのカスタマイズ化を企業へ求め始め,貢献する場を

求め始める特徴を持つとしている。最後に③エキスパートを最も重要な顧客層とし,高い活力を持っ

て活動への参加を試み,貢献による恩恵の享受を求める層としている。Siege1は,ヴァーチャル・

コミュニティー(本文ではEコミュニティー)においてはこれら分類された顧客グループがそれぞ

れ異なる活動を通して,共通の趣味・活動・価値観等を:有する垂直的なグループを形成する傾向にあ

るとしている。

 Haylock and Muscarella(1999)は,同様にヴァーチャル・コミュニティーで活動するメンバーを

①消極的であまり活動しない「受身層」,②積極的な参加を試みる「活動層」,③他のコミュニティー

図表皿一3

名 称

①旅行者

②混生者

③献身者

④身内者

特 徴

グループとの強固な関係性が欠如しており,消費活動においては単にネット上を行き来するのみである。

グループとの強固な関係を構築するが,中心的な消費活動のみに機械的に興味を示す。

混生老と対照的で,消費活動には強い興味を示すが,グループとの関係性の構築には興味が低い。

強固な社会的紐帯と消費活動への個人的な高い興味の両面をもつ。

出所:Kozinets, R.(1999),“E-Tribalized Marketing?:The Strategic lmplications of Virtual Communities of

  Consumption,”European Management/burnal, Vol.17, No.3, pp.254より作図

一631一

Page 11: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

メンバーに対して興味深い企画を提供する「モチベーター層」,④コミュニティーメンバーと主催者

側のパイプ役をはたす「ケアテイカー層」分類し,コミュニティー参加人数と参加者に対するコミュ

ニティー活用(利用)量につきに大まかに整理している。まず,参加人数で全体の80%を構成する

「受身層」は,その活用量は全体の10%であり,コミュニティー参加の動機はそこで得られるあらゆ

る情報に対する受動的価値に立脚するものと思われる。参加人数で全体の15%を構成する「活動層」

の活用量は30%であり,全体参加人数のわずか5%を構成する「モチベーター層」が,コミュニティ

ー活用量が最も多く,60%であるとしている。

 ヴァーチャル・コミュニティーは,消費者間の情報交換や各種活動を支援する場として登場し,現

在もその活動領域を活発なメンバーの貢献により広げていると言え’る。地理的制約を受けずに共通す

る価値観や活動により垂直的にグループを形成し,消費老同士が情報やメンバー作成の独自コンテソ

ツを交換するヴァーチャル・コミュニティーは,Eコマース時代の消費者購買環境において,消費者

ヘーwの選択権を与えるものと推測できる。今後もヴァーチャル・コミュニティーへの参加者が増大

する場合,企業はその存在の無視は困難であり,結託した大規模な消費者グループとどのように対話

を図るかが鍵であると言えるだろう。

3) 消費財製造企業の役割

 Eコマース時代においては,消費財製造企業も消費者と直接的に双方向のコミュニケーショソが可

能となり,製品・サービスの直接販売環境は整うこととなる。しかし,新たな中間業者やエージェソ

トの出現は,Eコマース時代においても販売における消費者への個別対応の要因が中間業者により適

していることを暗示している。新たな中間業者やエージェントは消費者の購買活動を支援する立場か

ら,不特定多数の消費者へより容易に接近することが可能となるだろう。

 消費財製造企業が消費者との直接的な取引関係の構築を行う場合の障害につき,①消費者のための

比較購買環境の未整備,②提供可能な製品・サービスのアイテム数の限界,③チャネルコソフリクト

の三点を提示したい。特に消費者の複数の選択肢より比較購買を行う場合に焦点を絞れぽ,①,②の

障害が構造的な問題として認識される。また,③のチャネルコソフリクトの問題は,消費財製造企業

が大規模であればあるほど,既存の系列チャネルや大手流通企業との提携関係が障害となり,消費者

への直接販売へ容易に移行するのは困難であることは周知である。

 しかし,Eコマース時代における最も重要な環境変化は,消費者行動圏の拡大に伴う,消費者のさ

らなる多様化と選択肢の急速な増大である。新たな中間業者は消費者の嗜好を的確に把握し,製品・

サービスを提供するというよりはむしろ,その選択権は消費者にシフトすると思われる。ヴァーチャ

ル・コミュニティーにおいて消費者はオソライン上で結託し,莫大な情報の中から必要としているも

のを選択・購買する環境を得ることとなるだろう。消費財製造企業は,その急速に変化する環境にお

いて大量生産による利益を確保しつつ,可能な限り個別対応に近づけた製品・サービスの提供を迫ら

れるのである。その意味において消費財製造企業は,その中核的役割である製品開発において,消費

一 632 一

Page 12: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

者との低コスト・高速度・広範囲の双方向コミュニケーショソにより,経済的規模の確保が可能であ

る範囲で市場を細分化し,消費者の多様性の加速に対応することが望まれると思われる。

 Keeney(1999)は,消費者が,インターネットを介した購買活動を行う際に,個別の異なった基

本的目的を達成することによりその総費用との相対において価値提案を獲得するとし,企業の価値提

供において①新製品の創造,②既存製品の改良,③製品配送の改善を重要視している。特に新製品の

創造においては,個別に異なる消費者の関心が高い目的に対するパーフォーマンスを向上することを

主張している。Eコマース時代における消費財製造企業の消費者へ貢献する際の中核的役割について

は,先行研究の整理や事例の検証により議論されるべきであり,今後の課題としたい。

皿.Eコマース時代における消費者購買環境の変化

 1章において,消費者行動圏の拡大に伴う,消費者購買環境の変化とEコマース市場の形成を各

種データにより整理した。消費老はEコマース時代においてより拡大された行動圏を獲得し,イソ

ターネットに代表される広域通信網をより低コストで活用することにより,少なくとも地理的制約・

時間的制約から解き放たれ,より自由に購買活動を展開するものと思われることを確認した。続く1

章では,企業と消費者がオソライン上で結ぼれるEコマース時代において中間業者は消費者への個

別対応をし,パーソナライズ化を推進する一方,消費財製造企業も消費者との直接的な関係構築をイ

ンターネット等の情報通信網により可能とする環境を手に入れたが,中間業者排除を企図し消費者と

の取引関係を構築することには,障害が存在することを考察した。また,消費者に個別対応する「新

たな中間業者」や消費者の代理として企業消費者間取引を仲介する「エージェント」の出現,「ヴァ

ーチャル・コミュニティー」による消費者の地理的制約を受けない大規模なグループの形成は,消費

者の側にその選択範囲の拡大を与え,消費者購買環境を複雑化させようとしていること論じた。

 これまで主に小売業者とのみ取引関係を形成してきた消費者は,Eコマース時代においてどのよう

な購買行動を示すのだろうか。本章においては,1章での考察を踏まえて,Eコマース時代における

消費者の行動を概観し,消費者購買環境がどのように変化するのかにつき概念図をもって整理したい。

1) Eコマース時代の消費者購買行動とEコマース普及における課題

 Eコマースにおける消費者の購買行動についてKeeney(1999)は,消費老に対する価値提案の重

要性を主張している。Keeneyはインターネット・コマースによる価値提案を製品そして製品発見・

発注・受領する過程双方に関する利益と費用の総価値とし,消費者の目的を手段的目的と基本的目的

に分類し,消費者がイソターネットを介して購買を行う際に求める手段的目的は,その基本的目的の

達成のためであることを主張している(図表皿一1)。

 Keeneyは,消費者は個別の異なった基本的目的を達成することによりその総費用との相対におい

て価値提案を獲得するとし,企業の価値提供において①新製品の創造,②既存製品の改良,③製品配

送の改善の三点を重要視している。①新製品の創造においては,個別に異なる消費者の関心が高い目

一633一

Page 13: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

図表皿一1

 製品の入手可能性

情報への

アクセス

製品の多様性

システムの正確さ

信頼性のある

 配送

より良い

比較購買

クレジット

カードの悪用

個人情報の

 悪用

個人的な相互作用

出所:Keeney, R. L(1999),“The Value of lnternet Commerce to the Customer”, Management Science, Vol.

  45,No.4. pp.539.

的に対するパーフォーマンスを向上すること,②既存製品の改良に関しては,消費者の満足度向上の

ために組織目標を再構築すること,③製品配送の改善に関しては,製品配送が既存製品の改良と同じ

く消費者の基本的目的であることを認識すること(Keeney 1999)の重要性を主張している。

 Keeneyによるインターネット上での消費者購買行動における達成すべき手段的目的と基本的目的

に従えぽ,「消費財製造企業」,「新たな中間業者」,「エージェント」等の消費者と取引を行う業態に

関わる事項以外にも,主に①電子マネー等による高速・安全な決済システムの構築,②物流システム

のさらなる効率化・低コスト化,③消費者のプライバシー情報漏洩に対しての防止策の三点が課題と

一634一

Page 14: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

言えるだろう。

 まず,Eコマース時代において情報はイソターネット等の広域通信網にて交換が可能となるが,商

取引における製品の梱包・荷役・配送等の物流機能と電子マネー等による安全性を確保した自動決済

システムは,取引における基幹的機能として発展が期待される。また,イソターネット等の通信網は

その広域な通信網と規格の標準化の代償としてセキュリティーへの非力さを露呈し,消費者のプライ

バシー情報の漏洩が開放ネットワーク上での取引であるEコマースにおいて大きく問題視されてい

る10。Eコマース時代における物流業者の新たな取組みと電子マネー等による決済システムの現状お

よび,消費者のプライバシー情報の漏洩問題について事例を基に整理を試みる。

 インターネット先進国の米国においては,既存の大手銀行の相次ぐ参入により1999年末において

インターネット上で預金・送金などの口座管理を行う「ネットバンク」への利用世帯数が約600万世

帯を上回り,普及率が5%を越えた11。1998年度末より約1.5倍に増加し,普及が加速している。我

が国においても,異業種参入や大手都市銀行と異業種の提携によりネット事業銀行の設立が本格化し

ている12。ネット事業銀行は,店舗を持たず,ウェブページ上に開設し,口座管理全般と個人ローン

の受付けを24時間体制で営業し,現金の引出しは提携銀行やコンビニエンスストアのATM(現金自

動支払機)にて行う銀行であり13,金融監督庁もこれまで規制をしてきたEコマースとのリソクを承

認しており,Eコマースにおける取引での決済をネット銀行経由にて行うことを事実上自由化するこ

ととなった14。プリペイドカード方式で現金を携帯せず,買物が可能である電子マネーにおいても,

規格の統一化が普及の鍵となっている15が,利用者と利用可能店舗は確実に拡大してきている。ま

た,物流業者も我が国における道路事情の改善等,解決すべき事柄が存在するものの,情報技術の活

用によりEコマース時代に対応したより小口の多頻度な配送への対応及び,代引きサービス等によ

る消費者向けの決済機能開発を推進し,Eコマース時代の情報流・製品流・金流の同時達成に向け活

動している16。

 消費者はインターネット等を通じた取引を行う場合,消費者の基礎的属性・購買履歴・決済情報等

の重要なプライバシー情報が,第三者により容易に入手される危険に常にさらされることになってい

る。情報漏洩は,技術的側面より防止策を講じることは困難であり,制度や構造による抜本的な見直

しが必要と思われる。既述のようにHagel and Singer(1999)によれぽ,消費者のプライバシーに

関わる情報(購買履歴,個人情報等)の保護は,販売企業と消費者を仲介する情報仲介業者rin-

fomediary」である「エージェント」が管理することにより,他の企業や第三者より保護するように

10『日本経済新聞』2000年8月8日付朝刊

11『日本経済新聞』2000年1月28日付朝刊

12『日本経済新聞』2000年6月30日付朝刊

13『日本経済新聞』2000年4月26日付朝刊

14『日本経済新聞』2000年5月3日付朝刊

15『日本経済新聞』2000年2月22日付朝刊

16『日本経済新聞』2000年6月24日付朝刊

一635一

Page 15: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

なると主張しており,政府もルールの制度化を模索している段階である17。

 Eコマース時代の消費者行動圏の拡大を捉える上においては,Keeney(1999)の指摘のように消

費者は手段的目的とそれに対する基本的目的の要求を企業に求め,Eコマース時代に対応する「消費

財製造企業」,新たに出現するとされている「電子中間業者」,そして消費者の購買を支援し,その取

引を仲介するとされている「エ’ジェソト」等の各業態が対応を迫られ,それら取引を支援する①物

流システム,②決済システム,③プライバシー漏洩防止策等の整備も同時に達成されるべきであると

考えられるだろう。

2) 消費者購買環境の変化

 既述のように情報技術の急速な発展とEコマースの出現は,三つの環境変化をもたらしたと言え

るだろう。第一に,Eコマース時代到来により,消費者行動圏はさらに拡大することである。消費者

はイソターネットに代表される広域通信網を活用し,地理的制約を受けず,大量の情報から選択的に

購買の意思決定が可能となり,企業はさらに消費者の動向に注力し,耳を傾けなけれぽならなくなっ

た。第二に,イソターネット等の広域通信網の整備と低コスト化は消費者同士を結び付け,ネット上

に消費者によるコミュニティー形成が可能な環境を作り出した。これはすべての企業が結束した消費

者グループに対応する可能性を意味し,消費者への相対的なパワーのシフトを助長するかのもしれな

いことを明示している。第三に,企業は消費老とオンライソ上で,地理的制約を受けず,低コストで

双方向にコミュニケーショソと商取引が行うことができる環境を手に入れたことである。

 本稿の研究の中心は,これらEコマース時代における環境変化がこれまでの消費者購買環境をど

のように変化させるかを推測することにある。図表皿一2は,Eコマース以前の典型的な消費者購買

図表皿一2

M W R

M:製造業者

W:卸売業者・中間業者

R:小売業者

C:消費者

17『日本経済新聞』2000年6月19日付朝刊

一 636一

Page 16: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

環境を消費財製造企業によるチャネルの観点から略図化したものである。図のようにEコマース時

代以前の企業消費者間取引はその大半が小売業者と消費者間で行われており,近年は,製造業者の前

段階のサプライヤーを含めたサプライチェーソマネージメントによる多品種少量生産・供給によるチ

ェーン最適化が推進されている。

 これに対し,図表M-3は,Eコマース時代における新たな消費者購買環境を概念化した略図であ

る。まず,製品が消費老へ販売されるまでの経路を構成する業態が変化すると思われる。「NM」は,  ’t

新たな中間業者(New Middle)である。新たな中間業者は,大量の消費者への個別対応を推進し,

それら消費者との個別に長期的で良好な取引関係構築に重点をおく点で,これまでの製造業者による

図表皿一3

M NM

MM船①r

製造業者

新たな中間業者(オンライン小売業者含む)

エージェント(消費者の代理業)

消費者

個人

①企業間取引

②新たな中間業者による消費者への販売

③製造業者と消費者の仲介

④製造業者による消費者への直販

⑤新たな中間業者と消費者の仲介

⑥消費者間取引

⑦消費者間取引の仲介

一 637 一

Page 17: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

系列化した流通網や店舗販売を中心とした小売業者とは異なる。また,「AG」は消費者の代理とし

て取引を仲介する「エージェント」である。Eコマース時代以前は,大きくは高コストにより,一部

の高所得者層以外では実現が困難であった業態ではあるが,情報通信の発達と共に出現する(Hagel

and Singer 1999)と考えられる。

 取引のフローは図表皿一2より複雑化し,それぞれの業態が複数の経路により消費者へ製品を販売

するものと推測できる。まず①の経路は,製造業者から新たな中間業者への取引であり,既存の企業

間取引である。②は,新たな中間業者から消費者への販売,④は,既述の森本(2000)の分類によ

れぽ,メーカー直販型であり,一部パーソナルコンピュータの製造企業で活用している販売経路であ

る。③,⑤は共に,製造業者と新たな中間業者が消費者の代理人であり,仲介業者である「エージェ

ソト」を介して,消費者と取引する経路である。⑥と⑦は消費者間取引であり,⑦は,③と⑤の経路

と同様,「エージェント」を介した取引である。

 本稿における研究の中心は,これまでの消費者購買環境がEコマース時代にどのように変化する

のかを推測することにある。1章で整理を試みたEコマース時代の新たな事象は,これまでの小売

業者と消費者の間で行われていた大半の商取引を概念図のように消費者を基点として複雑化すること

を助長すると思われる。しかし,既述のとおり,1999年の我が国における個人向け(企業消費者間)

Eコマースの市場規模は,3360億円で,家計消費全体に占める割合は,僅か0.11%であり,5年後の

2004年の見通しも約20倍の成長予測ではあるが,僅か2.0%の6兆6620億円である。オソライン上で

企業消費者間,消費者間取引の大半がイソターネット等の広域通信網を介したEコマースにて行わ

れることは,多くの疑問を残しており,その形式は別にしても,既存の流通経路との統合が推進され

ると推測される。既存流通網を介しての企業消費者間取引である「リアル」とEコマースにおける

企業消費者間取引「サイバー」をいかに統合し,シナジー効果を生み出すかについては,今後の課題

として盛んに議論されている18。

むすび

 本稿では,イソターネット等の広域通信端末の消費者への急速な普及とネットワーク化が,これま

での消費者購買環境にいかなる影響を及ぼすのかという課題につき,先行研究や事例を整理し,Eコ

マース時代における消費者購買環境の新たな枠組みにつき,図式化を試みた。

 まず1章では,情報技術の発展によるEコマース市場の形成の変遷を各種データよりレビューす

ると同時に,消費者行動圏の拡大が,消費者購買環境に対し変化を促してきたことを概観した。続く

皿章においては,Eコマース時代に新たに形成されると考えられている「新たな中間業者」と消費者

の代理人として企業と取引交渉・仲介を行う「エージェソト」,そして消費者同士が任意でオンライ

ン上にグループを形成する「ヴァーチャルゴミュニティー」についての先行研究のレビューを中心に,

18(注6)

一638一

Page 18: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

一連の議論の整理を試みた。また,消費財製造企業は,一部のパーソナルコソピュータ製造・販売会

社等の「メーカー直販型」は除き,消費者との直接的取引関係の構築に際し,①消費者のための比較

購買環境の未整備,②提供可能な製品・サービスのアイテム数の限界,③系列等の既存流通網とのチ

ャネルコンフリクトの三つの障害が存在することを確認した。そして皿章では,企業消費者間Eコ

マースに関する一連の議論や先行研究を整理することにより,これまでの消費者購買環境が,Eコマ

ース時代には消費者を基点として複雑化する可能性につき,概念図を持って説明した。

 本稿は多くの課題を残している。第一にEコマース時代における中間業者と消費財製造企業の消

費者市場に対する役割についての考察が不充分である点である。第二に,Eコマース時代に重要な役

割を果たすであろう物流や決済機能の考察については,現象のみではなく先行研究のレビューが不可

欠であるべき点である。最後に最も重要な課題として,Eコマース時代における消費者購買環境の変

化が,企業消費者間取引の大半を占めるに到ることは現実的に不透明であり,既存の流通網による取

引「リアル」とEコマースにおける企業消費者間取引「サイバー」の統合につき,研究を推進する

必要があると思われる。「リアルとサイバーの統合」によるさらなる消費者への価値提案については,

Eコマース先進国である米国と我が国において消費者購買環境が異なるため,比較による検証が求め

られる。

参考文献

Frost, R and Strauss, J.(1999),Marleeting on lnternet: Pn’nct’Ple of Online Marketing,(麻田孝治訳『イソター

 ネット・マーケィング概論』,ピアソン・エデュケーション,2000年)

Hagel, J. and Armstrong, A. G.(1997),Net Gain: Exραnding Marhets throtcgh Virtual Communities, Boston,

 Massachusetts. Harvard Business School press.

Hagel, J. and Singer, M.(1999),Net Worth:shaping markets when customers malee the mles, Boston, Mas-

 sachusetts. Harvard Business School press.

Haylock, C. F. and MuscareUa, L.(1999),Net Success, Holbrook, MA, Adams Media Corporation.

Hoffman, D. L. and Novak, T. P.(2000),“How to Aquire Customer on the Web”, Harvard Business Review,

 May-June 2000, pp.179-188.

Keeney, R. L(1999),“The Value of lnternet Commerce to the Customer”,Management Science, Vol.45, No.4.

 pp.533-542.

Kozinets, R.(1999),“E-Tribalized Marketing?:The Strategic Implications of Virtual Communities of Con-

 sumption”, European Manαgement/btcmal, VoL 17, No.3, pp.252-264.

森本博之(2000),「eカソパニーのビジネスモデル」,『ダイヤモソド・ハーバード・ビジネス』4-5月号,pp.66

 -81.

日本インターネット協会(2000)『イソターネット白書2000』インプレス

Peppers, D. and Rogers, M.(2000), The One to Oneル伽σ8撚real world陀ssoπεin Customer 1~elationship

 Management, Random House, Inc.(、ワン・トゥ・ワソ・マーケティソグ協議会/沢崎冬日訳『ワソ・トゥ・ワ

 ソ・マネージャー先駆者たちの実践CRM戦略』,ダイヤモソド社,2000年)

Siegel, D.(1999),Eutun’ze your Ente2prise: Business Strategy in the/Age of the E-Ctcstomer,(黒須 豊/永綱浩二

 訳『E一カスタマーウェブマーケティングの未来』,東洋経済新報社,2000年)

田村正紀(1996)『マーケティングカ』千倉書房

一639一

Page 19: Eコマース時代における消費者購買環境の...Eコマース時代における消費者購買環境の 変化に関する一考察 ANote on Changing Consumer Purchase Environment

Vandermerwe, S.(1999),‘‘The Electronic‘Go-between service Provider’:ANew

  Stage”, EuroPean Management/bumal, VoL 17 No.6, pp.598-608.

‘middle’Role Taking Centre

s

一640一