89.ヒトt細胞白血病ウイルスによる病原性発現機序...

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89. ヒト T 細胞白血病ウイルスによる病原性発現機序の解明 松岡 雅雄 Key words:ヒト T 細胞白血病ウイルス,成人 T 細胞白血 病,HBZ,Tax,レトロウイルス *京都大学 ウイルス研究所 附属エイズ研究 施設 感染免疫 成人 T 細胞白血病(adult T-cell leukemia; ATL)が独立した疾患として提唱され,その原因ウイルスであるヒト T 細胞 白血病ウイルス I 型(human T-cell leukemia virus type I: HTLV-I)が発見され発がん機構が明らかになるものと期待 された.HTLV-I がコードする tax 遺伝子は,NF-κB, AP-1 活性化能,p53 の機能的抑制などの多彩な作用から腫瘍化の 原因遺伝子であると考えられ研究が進んできた.しかし,実際の ATL 細胞を解析してみると tax 遺伝子の発現が認められな いことも多く,ATL の発がん機構は大きな謎として残されていた 1) .我々は ATL 細胞のプロウイルスの解析を通じて 3’側 LTR は全く欠失しておらず,メチル化もされていないことに気付いた.このことから 3’側 LTR をプロモーターとして HTLV-I プロウイ ルスマイナス鎖にコードされる HTLV-I bZIP factor(HBZ)遺伝子こそが ATL の発がんに重要ではないかと予測した.我 々は HBZ 遺伝子の新たなスプライシングを同定し,全ての ATL 細胞で HBZ 遺伝子が発現していることを明らかにした 2) HBZ 遺伝子は RNA として ATL 細胞の増殖を促進していることも示した.また ATL 細胞における欠損型プロウイルスの解析 から HBZ 遺伝子が唯一 ATL 細胞で保存されているウイルス遺伝子であることも報告した 3) 本研究では HBZ タンパク質の機能として NF-κB 経路に対する影響を解析し,HBZ 遺伝子の転写プロモーターの解析を行 った. 1. HBZ の NF-κB 経路に対する作用 NF-κB の活性化はルシフェラーゼを指標としてレポーターアッセイで測定した.HBZ と p65 の共局在は共焦点顕微鏡で解析 した. 2. HBZ プロモーターの解析 HBZ プロモーター領域を pGL4 へクローニングしてルシフェラーゼを指標にプロモーター活性を解析した.HBZ の増殖促進効 果は kit225 へ HBZ 及びその変異体を発現させ増殖を MTT 法で測定した. 1. HBZ の NF-κB 経路に対する作用 HBZ は classical NF-κB 経路を特異的に抑制し,alternative 経路には影響しなかった.この抑制には activation ドメインと bZIP(basic leucine zipper)ドメインが重要であり,p65 の DNA 結合を抑制した 4) .両タンパク質の共局在を共焦点顕微鏡 で確認した(図1).また HBZ を発現させると p65 タンパク質が減少し,p65 のユビキチン化が増加していた.これは p65 の E3 ユビキチンリガーゼである PDLIM2(PDZ and LIM domain 2)の発現上昇によることが示された.つまり HBZ は p65 の DNA 結合阻害と分解亢進という2つの異なる機序で classical NF-κB 経路を抑制していた. *現所属:京都大学 ウイルス研究所附属エイズ研究施設 ウイルス制御 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

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89. ヒト T 細胞白血病ウイルスによる病原性発現機序の解明

松岡 雅雄

Key words:ヒト T細胞白血病ウイルス,成人T細胞白血病,HBZ,Tax,レトロウイルス

*京都大学 ウイルス研究所 附属エイズ研究施設 感染免疫

緒 言

成人 T 細胞白血病(adult T-cell leukemia; ATL)が独立した疾患として提唱され,その原因ウイルスであるヒト T 細胞白血病ウイルス I 型(human T-cell leukemia virus type I: HTLV-I)が発見され発がん機構が明らかになるものと期待された.HTLV-I がコードする tax 遺伝子は,NF-κB, AP-1 活性化能,p53 の機能的抑制などの多彩な作用から腫瘍化の原因遺伝子であると考えられ研究が進んできた.しかし,実際の ATL 細胞を解析してみると tax 遺伝子の発現が認められないことも多く,ATL の発がん機構は大きな謎として残されていた1).我々はATL 細胞のプロウイルスの解析を通じて 3’側 LTRは全く欠失しておらず,メチル化もされていないことに気付いた.このことから 3’側 LTR をプロモーターとしてHTLV-I プロウイルスマイナス鎖にコードされる HTLV-I bZIP factor(HBZ)遺伝子こそが ATL の発がんに重要ではないかと予測した.我々は HBZ 遺伝子の新たなスプライシングを同定し,全ての ATL 細胞で HBZ 遺伝子が発現していることを明らかにした2).HBZ 遺伝子は RNA として ATL 細胞の増殖を促進していることも示した.また ATL 細胞における欠損型プロウイルスの解析から HBZ遺伝子が唯一ATL細胞で保存されているウイルス遺伝子であることも報告した3). 本研究ではHBZ タンパク質の機能としてNF-κB 経路に対する影響を解析し,HBZ遺伝子の転写プロモーターの解析を行った.

方 法

1. HBZ の NF-κB 経路に対する作用NF-κB の活性化はルシフェラーゼを指標としてレポーターアッセイで測定した.HBZ と p65 の共局在は共焦点顕微鏡で解析した.2. HBZ プロモーターの解析HBZ プロモーター領域を pGL4 へクローニングしてルシフェラーゼを指標にプロモーター活性を解析した.HBZ の増殖促進効果は kit225 へ HBZ 及びその変異体を発現させ増殖をMTT法で測定した.

結 果

1. HBZ の NF-κB 経路に対する作用HBZ は classical NF-κB 経路を特異的に抑制し,alternative 経路には影響しなかった.この抑制には activation ドメインとbZIP(basic leucine zipper)ドメインが重要であり,p65 の DNA結合を抑制した4).両タンパク質の共局在を共焦点顕微鏡で確認した(図1).またHBZ を発現させると p65 タンパク質が減少し,p65 のユビキチン化が増加していた.これは p65 のE3 ユビキチンリガーゼである PDLIM2(PDZ and LIM domain 2)の発現上昇によることが示された.つまり HBZ は p65 のDNA結合阻害と分解亢進という2つの異なる機序で classical NF-κB 経路を抑制していた.

*現所属:京都大学 ウイルス研究所附属エイズ研究施設 ウイルス制御

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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Page 2: 89.ヒトT細胞白血病ウイルスによる病原性発現機序 …...89.ヒトT細胞白血病ウイルスによる病原性発現機序の解明 松岡 雅雄 Key words:ヒトT細胞白血病ウイルス,成人T細胞白血

 

 図 1. HBZ による NF-κB 抑制機構.

HBZ は classical pathway を特異的に抑制する(A).HBZ は p65 と結合し,細胞内で共局在する.また p65 の DNA結合を阻害する(B).一方,HBZ は p65 のユビキチン化を促進し分解を亢進する.この作用は PDLIM2 に依存している(C).classical NF-κB 経路の標的遺伝子の発現はHBZ発現細胞で抑制されている.

 2. HBZ プロモーターの解析HBZ のプロモーター領域を同定し,その欠失体の解析からプロモーターを同定した.その変異体を作成したところ Sp1 結合部位を変異させたものでプロモーター活性が著しく減少したことから Sp1 が重要な転写因子として同定された5).HBZ 遺伝子転写産物には spliced と unspliced HBZ が存在するが,spliced HBZ タンパク質は半減期が長く,また量も多く存在していた.T リンパ球に対する増殖促進作用は spliced HBZ のみに認められた(図2).この増殖促進効果は第一エクソンに由来すると考えられ,この部分は Rex responsible element(RxRE)に一致していた.

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 図 2. HBZ プロモーターの解析.

HBZ プロモーターの構造を示す(A).3’LTR300 に強いプロモーター活性を認めた.この中の Sp1 結合部位を変異させるとプロモーター活性は障害された(B).spliced HBZ は T リンパ球に増殖促進効果を有するが unspliced HBZは増殖に効果は認められなかった(C).

 

考 察

HTLV-1 研究では,これまで Tax を中心に研究が進められてきた.しかし,ATL 細胞では Tax は発現できないことが多く,白血病細胞におけるウイルスの役割は大きな謎であった1).HBZ は全ての ATL 症例で発現しており,ATL 細胞の増殖を促進することから ATL における責任遺伝子である可能性が示唆されている.本研究では HBZが classical NF-κB 選択的に抑制することを明らかにした4).この抑制作用は1)DNA 結合阻害,2)p65 分解亢進という2つの機序に基づいていた.がん細胞の解析から alternative NF-κB 経路が優位であることが報告されており,HBZ による選択的阻害も同様の効果があるものと考えられる.ウイルス感染では p65 は,しばしばウイルスタンパク質の標的となっており,classical NF-κB 経路は抗ウイルス免疫機構に重要なため,ウイルスの標的となっている可能性がある. HBZ の発現はプロウイルス量に相関しており6),転写因子として Sp1 が重要であるという知見と合致する.これは 5’LTR からの転写が Tax に依存することとは対照的であり,ATL 細胞でもコンスタントに発現しているという結果と符合する.HBZ 遺伝子の2つの転写産物である spliced, unspliced HBZ に関してタンパク質としては活性に共通点が認められるが,増殖促進効果に関しては大きな差異がある.これは spliced HBZ の第一エクソンに由来しており,その部分は RxRE に一致している.RxRE は強いステムループ構造を形成し Rex が結合することによってウイルスゲノム RNAの核外輸送を行う.HBZ の第一エク

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ソンは,これと相補的な鎖に由来し全く異なるステムループ構造をとる.この構造に宿主タンパク質が結合し増殖を促進しているものと考えられ,現在,候補因子の探索・同定を行っている. 本研究の共同研究者は京都大学ウイルス研究所の安永純一朗,佐藤賢文,吉田美香,趙鉄軍,関西医科大学微生物学の藤澤順一,新潟大学医学部ウイルス学の藤井雅寛である.

文 献

1) Matsuoka, M. & Kuan-The, Jeang. : Human T-cell leukemia virus type 1 (HTLV-1) infectivity andcellular transformation. Nat. Rev. Cancer, 7 : 270-280, 2007.

2) Satou, Y., Yasunaga, J-I., Yoshida, M. & Matsuoka, M. : HTLV- I basic leucine zipper factor genemRNA supports proliferation of adult T-cell leukemia cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103 :720-725, 2006.

3) Miyazaki, M., Yasunaga, J-I., Taniguchi, Y., Tamiya, S., Nakahata, T. & Matsuoka, M. : Preferentialselection of human T-cell leukemia virus-1 provirus lacking the 5’LTR during oncogenesis. J. Virol.,81 : 5714-5723, 2007.

4) Zhao, T., Yasunaga, J-I., Satou, Y., Nakao, M., Takahashi, M., Fujii, M. & Matsuoka, M. : Human T-cell leukemia virus type 1 bZIP factor selectively suppresses the classical pathway of NF-κB. Blood,113: 2755-2764, 2009.

5) Yoshida, M., Satou, Y., Yasunaga, J-I., Fujisawa, JI. & Matsuoka, M. : Transcriptional control ofspliced and unspliced T-cell leukemia virus-1 bZIP factor gene. J. Virol., 82: 9359-9368, 2008.

6) Saito, M., Matsuzaki, T., Satou, Y., Yasunaga, J-I., Saito, K., Arimura, K., Matsuoka, M. & Ohara, Y. :In vivo expression of the HBZ gene of HTLV-1 correlates with proviral load, inflammatory markersand disease severity in HTLV-1 associated myelopathy/tropical spastic paraparesis (HAM/TSP).Retrovirology, 6 :19, 2009.

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