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02 VOL.2 2010 Client Newsletter from PricewaterhouseCoopers Insight M&A 経営統合を成功に導くPMI Post Merger IntegrationFeature Wind グランドスラム62大会連続出場 杉山 愛が語る 世界で戦うためのメンタル タフネス 杉山 愛 プロテニス選手

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Page 1: Feature Wind02 VOL.2 2010 Client Newsletter from PricewaterhouseCoopers Insight M&A 経営統合を成功に導くPMI [Post Merger Integration]Feature Wind グランドスラム62大会連続出場

02

VOL.2 2010

Client Newsletter fromPricewaterhouseCoopers

Insight

M&A経営統合を成功に導くPMI [Post Merger Integration]

Feature

Wind

グランドスラム62大会連続出場 杉山 愛が語る世界で戦うためのメンタル・タフネス杉山 愛 プロテニス選手

表1・表4.indd 1 10.3.18 5:17:42 PM

Page 2: Feature Wind02 VOL.2 2010 Client Newsletter from PricewaterhouseCoopers Insight M&A 経営統合を成功に導くPMI [Post Merger Integration]Feature Wind グランドスラム62大会連続出場

Greetings

01 内田士郎 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 代表取締役社長

Feature

02 M&A/経営統合を成功に導くPMI 04 企業価値を最大化する経営統合後のマネジメント ──統合の目的を明確にすることが基本 太田義勝氏氏 コニカミノルタホールディングス株式会社 取締役会議長

08 PMIにおける実務の実態と成功要因 ──『2009年度M&A実態調査』より 安田昌彦 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナー

12 ポストM&A成功の鍵 ──ヒトと組織の融合なくしてビジネスの成功はなし 山本紳也 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナーWhite Paper

14 成長のための賢明な進路設定 ──『第13回世界CEO意識調査』より デニス・ナリー Chairman of PricewaterhouseCoopers International LimitedWind18 グランドスラム62大会連続出場 杉山愛が語る 世界で戦うためのメンタル・タフネス 杉山 愛 プロテニス選手Solution 1

22 タックスヘイブン税制改正で変わる海外ビジネス ──利益を最大化するグローバル戦略 高島 淳 税理士法人プライスウォーターハウスクーパース パートナーSolution 2

24 モバイルテクノロジーが企業を変える ──新しいパラダイムを創造する 「アクティビティベースドプラットフォーム」 森下幸典 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナーSolution 3

26 顧客ロイヤルティは企業全体で高める ──顧客経験マネジメントによる顧客戦略の実践 中本雅也 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナーEvent28 プライスウォーターハウスクーパース総合研究所主催シンポジウム 『アジアの世紀における金融ビジネス』News 30

Contents

Insight(インサイト)本誌では、プライスウォーターハウスクーパース(PwC)のグローバルに広がる151カ国、16万3,000人以上のプロフェッショナルネットワークを活かし、現場から得られる最新のビジネス情報をご紹介致します。企業が直面する経営課題を解決するため、読者がインサイト(洞察・識見)を得る機会の一助となることを願い、この誌名に表現しています。

p.4

p.28

■プライスウォーターハウスクーパース株式会社の紹介プライスウォーターハウスクーパース株式会社は、ディールアドバイザリーとコンサルティングサービスを提供する国内最大規模のコンサルティングファームです。M&Aや事業再生・再編の専門家であるディールズアドバイザリー部門と経営戦略の策定から実行まで総合的に取り組むコンサルティング部門が連携し、クライアントにとって最適なソリューションを提供しています。世界151カ国16万3,000人以上のスタッフを有するプライスウォーターハウスクーパース(PwC)のネットワークを生かし、約1,600名のプロフェッショナルが企業の経営課題の解決を支援しています。

Insight

p.18

Client Newsletter fromPricewaterhouseCoopersVOL.2 2010

読者の皆様へ

 このたび当社広報誌である「Insight(インサイト)」第2号を皆様のお手

元にお届けします。

 当社が本年3月に発表した「2009年度M&A実態調査」の調査結果によ

ると、企業のグローバルな再編や海外投資に対する意欲は高く、M&Aによ

る大きな業界再編はいつどの業種に起きてもおかしくありません。そこで今回

は、M&Aの成功の鍵を握るともいえる「PMI(Post Merger Integration)」

にフォーカスしました。

 当社は、本年1月に、M&Aや事業再生・再編の専門家の集まるディー

ルズ部門と経営戦略の策定から実現まで総合的に取り組むコンサルティン

グ部門の経営統合によって、お客様により広範囲な統合的ソリューションを

提供することが可能になりました。

 PricewaterhouseCoopers(PwC)のグローバルネットワークを生かし、グ

ループ内の監査や税務のスペシャリストとともに、さらに斬新なアプローチに

挑戦できることも当社の強みです。

 そのいくつかを誌面でご紹介していますのでご覧ください。本誌が、皆様

の日常のビジネスに、何かしらの一助となればと切に願っております。今後と

も変わらぬご愛顧とご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

 2010年4月

 プライスウォーターハウスクーパース株式会社

 代表取締役社長 内田士郎

Greetings

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Insight 32 Insight

M&AFeature

プライスウォーターハウスクーパースがまとめた2009年度M&A実態調査によると、生き残りをかけた業界再編が国内外で起こるだろうと、多くの企業が予想していることが判明した。この結果から、PwCでは「今後、国内市場は縮小する」「グローバル競争の激化に対応するために、大型M&Aを実施する企業が出現する可能性が高まる」と見ている。だが、組織・体制も違う、企業文化も違う企業を統合するのは容易ではない。事実、M&Aの成功・失敗に重要な影響を与えるのがPost Merger Integration(PMI)の巧拙とも言われている。PMIを成功裏に進めるためには、プレディール段階からポストディールのあるべき姿を見据えた戦略策定も必要であろう。本特集では、経営統合後にいかにスピーディに組織・システムを融合して企業価値を向上させるかというPMIに焦点を当てる。

経営統合を成功に導くPMI

photo by Arthur S. Aubry/gettyimages

02特集扉-入稿.indd 2-3 10.3.26 10:07:01 AM

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経営統合の基本は、「統合の目的を明らかにする」こと

 そもそも何のために経営統合を行うの

か──これを明らかにしておくことが重

要です。そして、それを投資家や働いて

いる人たち等、関係する人たちによく伝

えることです。

 単純ではありますが、これは経営統合

とその後のマネジメントにおいて最も重

要なことですし、基本となることだと思

います。

 コニカミノルタホールディングス株式

会社は、2003年8月に、コニカ株式会

社とミノルタ株式会社が株式交換による

経営統合を行って、設立された会社です。

 両社の経営統合においては、情報機器、

光学機器等の事業分野ごとに同じものを

一緒にして、それぞれを独立会社としま

した。そして、各社に共通する管理部門

と、基礎研究については1つにまとめる

こととしました。こうした大きな事業再

編を進める過程では、大幅な合理化も実

施しました。

 経営統合では、2つの会社を1つにす

るわけですから、そこには膨大な作業が

あり、非常に大勢の人が関係します。

 会社が違うと、その制度も、状態も、

給与体系も、何もかもが違います。たと

えば、ITの統一化1つとっても、その

企業価値を最大化する経営統合後のマネジメント――統合の目的を明確にすることが基本国内外で、規模の大小を問わずM&Aや経営統合が盛んに行われている。しかし、いざ統合はしてみたものの、その後のマネジメントをどうするべきか、悩んでいる企業も多いのではないだろうか。コニカミノルタグループは、株式交換によるコニカ株式会社とミノルタ株式会社の経営統合とそれに続く事業再編を、他に類を見ないスピードで実現して誕生した企業グループである。当時のミノルタ株式会社側の代表取締役社長であり、統合持株会社コニカミノルタホールディングス株式会社の代表執行役社長を昨年まで務められた、同社取締役会議長の太田義勝氏に、経営統合後のマネジメントにおける留意点等をうかがった。

4 Insight Insight 5

 そうすることで、問題が起きたり、混

乱したりした場合に、誰もがいつでも原

点に帰れるようになります。

 この目標があるから、経営統合を進め

ているのだ──と確認できるので、統合

のための統合にはならなくなるのです。

 もっとも、混乱が起きないように、双

方のトップ同士がよく話をして、問題に

なりそうなところは先手を打って処理し

ていくということも、とても大切なこと

です。

経営統合のために最も重要な4つのポイント

 この基本を踏まえた上で、経営統合や

その後のプロセスを進める上で重要な点

を挙げるとすると、次の4つが考えられ

ると思います。

 ① スピード

 ② 選択と集中

 ③ 「統合してよかった」と思える実感

を早期に作ること

 ④ 当事者意識をしっかりと持つこと

❶ スピード

 まずスピードについてお話しましょう。

 先にも申し上げましたように、経営統

合には非常に膨大な作業が伴います。メ

ディアでは、経営統合が「合理化の実

e a t u r eF

ベースとなっている仕事のやり方から違

います。したがって、そこから変えて

いって、最終的なITの統一までもって

いかなければなりません。これは、非常

に時間がかかります。

 当グループの場合も、ITはもとより、

人事制度を始めとしたさまざまな点が大

きく異なっていたので、それを1つにし

ていくためには膨大な作業を必要としま

した。

明確な目的があれば、「統合のための統合」にはならない

 従業員の間には、「すでに手にしてい

るものを事業再編や合理化の過程で失い

たくない」と思う気持ちも、当然のこと

ながらあります。

 放っておくとせめぎあいや、大げさに

言うと闘争のようなことが起こります。

そして、やがては「統合さえすればい

い」と、統合という形を作ること自体が

目的のようになってしまう。

 しかし、それではいけません。経営統

合は、経営資源を有効活用するために実

施するものです。そして、今よりももっ

と大きな将来を手に入れるために行うも

のだと思います。

 大きな将来を手にするために大切なの

が、「そもそも何のために経営統合を行

うのか」を明らかにしておくことです。

太田義勝氏 Yoshikatsu Ota

コニカミノルタホールディングス株式会社 取締役会議長

PROFILE同志社大学卒業後、ミノルタカメラ(旧ミノルタ)株式会社に入社。カメラ営業担当としてドイツに駐在する。その後、欧州地域情報機器営業責任者、取締役複写機事業部長兼複写機営業部長等を経て、1999年に代表取締役社長に就任。コニカミノルタホールディングス株式会社誕生とともに同社代表執行役副社長に就任。同社代表執行役社長を経て、2009年4月より現職。

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6 Insight Insight 7

現」や「シナジーの創出」等、美しい言

葉で描かれることが多いのですが、実際

には両社の違いを埋めていく、大変に手

間と時間がかかるプロセスです。

 しかも、経営統合を進めている間にも

競争は続いていますし、お客様も待って

いてはくれません。それに、時間がかか

りすぎると、従業員の間にも動揺が広が

ります。したがって、可能な限り問題解

決のスピードを速めて、さまざまなプロ

セスを迅速に進めることが重要なのです。

 当グループでも、法的に定められた期

間を遵守しながら、最短の期間で経営統

合が実現できるよう努力しました。

 スピードを実現するためには、関係す

る人に動いてもらう必要があります。

 そのために経営統合の際には、冒頭の

話とも関連しますが、従業員や投資家に

なるべく前向きな話、たとえば「経営統

合を行うことで、企業がどのように発展

するか」といったことを、繰り返し話し

ました。そうすると、「そうか、では汗

を流そうか」と、みんな頑張ってくれる

のです。

 トップや指導的な立場にある人が外に

出ていって話をして、人を動かしていく

ことが、スピード感の創出には大切なこ

とだと思います。

❷ 選択と集中

 2番目は選択と集中です。

 両社が持っている事業や組織をすべて

抱え込むことはできません。小さくして

もっと効率のいいものにしていく。ある

いは大きくして、将来に備える等を考え

ていかなければなりません。やがては衰

退していくような事業を抱え込んでいて

も、その産業と一緒に衰退していくだけ

ですから、そこは決断をする必要がある。

 経営統合の中で選択と集中を行う場合、

注意すべき点があります。それは、統合

前に伝え聞いた話だけでは、実情はよく

わからないということです。

 会社が1つになった後、実際にいろい

ろなレベルの人と話をしてみて、ようや

くどこに優れたところがあって、優れた

人材がいるのかがわかってきます。そう

したプロセスを十分に経てから、決断を

下すべきです。

 特に、規模に差がある組織同士が統合

する場合、とかく大きな組織の方に合わ

せて、そちらを基準にして選択と集中を

行うことが多くなりがちです。

 しかし、もともとの組織の大小は関係

なく、いろいろな人の話を聞いた上で、

より優れている方を見極めて判断するこ

とが大切です。

❸ 統合の成果を感じられる実感を作る

 さて、経営統合を進める上で重要だと

考えている点の3つ目は、「統合してよ

かった」と思える実感を早期に作ること

です。主に社内的な話になりますが、な

るべく早く働いている人たちにそのよう

な経験をしてもらうことが大切です。

 当グループの情報機器の例でお話しし

ましょう。当時は、カラー複合機やカ

ラープリントはまだ出始めの時期で、モ

ノクロの製品の方が主流でした。カラー

プリント1枚当たりの単価も、機械の値

段もまだ高かったのです。

 それでも、カラーの方が当然ですが情

報量は多いですから、これからはオフィ

スではカラーが主流になる──そう判断

して、経営統合を機にカラーに全力を注

ぐことにしました。全面戦争になる前に

カラー事業に集中して取り組めば、相対

的に優位に立てると考えたのです。

 その結果、モノクロ中心の市場では二

番手グループにいたコニカ株式会社とミ

ノルタ株式会社が、カラー市場では先行

し、トップグループのポジションを確保

することができたのです。

 この成功で、働いている人たちにも

「経営統合してよかった」と感じてもら

え、納得してもらうことができました。

 同時に不思議なことが起こりました。

それまでは二番手的なものの見方しかで

きなかった人たちが、もっと強いポジ

ションからの見方ができるようになった

のです。

 こうした経験をしてもらうためには、

まずは各分野、各事業でクリアな目標を

作り、それに向かって走ってもらうこと

です。あれこれ言わずに目標に向かって

走っているうちに、互いのよい部分やよ

い人材等が見えてきて、生かすべき部分

もわかってきます。それが経営統合後の

成功につながっていくのです。

❹ 当事者意識を持つこと

 留意すべき点の4つ目は、当事者意識

をしっかりと持つことです。

 経営統合や企業買収・合併等では、専

門知識や経験を持つコンサルタントに力

をお借りすることも多いです。お手伝い

してもらうのはよいとしても、完全に頼

り切るべきでないと思います。

 自分の会社のことなのですから、経営

幹部が自分自身の目で的確に状況を把握

し、納得した上で、責任をもって判断す

ることが大切です。

将来を見据え、客観的な意見も聞いて決断した創業事業の終了

 当社の経営統合と事業再編に関連し、

当グループで大きな出来事となったのは、

両社の創業の事業でもあった、カメラ事

業・フォト事業の終了でしょう。

 同事業は、コニカ株式会社では130年、

ミノルタ株式会社では80年の歴史があ

り、日本の写真産業の歴史そのものと

言っても過言でないほど長い伝統を誇っ

ていました。売上高でも、カメラとフォ

トを合わせて3,000億円近い規模でした

し、国内外にも多くの人員やお客様を抱

えていました。

 しかし、デジタル化やネットワーク化

が進むカメラ・フォト事業に対しては、

当グループの強みである光学技術やメカ

トロ技術だけでは、まだ不足する。カメ

ラ・フォト事業をこの先も競争力のある

事業にしていくためには、莫大な先行投

資も必要となります。

 カメラ・フォト事業にこのまま投資する

よりも、これまでに両事業で培ったノウハ

ウや技術を、他の製品や分野に生かすこ

とを考えた方がいいのではないか──。

このような議論をずいぶん重ねました。

 さらに当社では、コーポレートガバナ

ンスの形態として「委員会設置会社」を

選択して、外部の客観的な意見を取り入

れやすい体制を採っていますが、そうし

た外部からの意見も尊重しました。そし

て2006年1月に、カメラ・フォト事業

を終了すると発表したのです。

 あれも大事、これも大事と言っていて

はキリがありません。会社としての目標

を定めて、そこに一丸となって向かって

いくことが重要なのだと思います。

グローバルな経営統合でも大切なのは「人」

 近年では、グローバルな経営統合や企

業買収も多数あります。当グループも、

これまでに海外の販売会社等を多数買収

してきました。2008年にはアメリカの

ダンカオフィスイメージング社という、

売上高4億5,000万ドルほどの大手の情

報機器販売会社を買収しました。

 こうしたグローバルな経営統合や企業

買収においても、やはり最終的に大切な

のは「人」だと思います。

 先にも申し上げましたように、企業同

士が一緒になるのは、経営資源を有効に

活用するため、そしてもっと大きな将来

に向かうためです。そこで働いている人

が本気になって仕事をしてくれないと、

それは実現できません。

 たとえば買収交渉がうまくいって、相

手の企業を安く買えたとしても、それで

相手がやる気を失ったら元も子もない。

活用できる資源も活用できなくなってし

まいます。

 当グループは、海外の代理店を買収し

た際に、それまでの社長をそのまま据え

置く場合が多いです。日本から人を送り

込むポジションは、二番手の経理・財務

担当が最も多いと思います。直接買収に

関わった人であれば、その人をトップに

するケースも稀にありますが、それまで

まったく関係していなかった人をトップ

に送り込むようなことはまずやりません。

 もちろん、企業理念やコーポレートガ

バナンス、環境への考え方に関しては、

グループ企業としての統一感は持たせま

す。ですが、日本からすべてをコント

ロールしようとは思いません。

経営統合後の現場経験こそが、変化に適応した経営につながる

 日本人を海外の二番手のポジションに

送り込むことは、その人の育成にもなり

ます。

 たとえば、本社で経理の専任だった人

でも、小さな海外の事業所に行ったら何

でもこなさなければならない。いやおう

なしに走り回って汗をかくことで、力が

身について、状況が測定できるようにな

ります。本人は気づかないかもしれませ

んが、外から見て「あいつは力がついた

な」と感じられるのです。

 優秀で頼りになる人は、ついつい社内

に留めておきがちになります。リーダー

も、優秀な部下は手元に置いておきたい

と考える。ですが、そういう人こそ早

く現場に出して、現場の痛さや熱さを経

験して力をつけさせた方がいい。教室で

ケーススタディを学ぶのもいいですが、

ケーススタディは痛くも熱くもなく、実

感として身にしみません。

 経営統合後の現場での経験を積んだ人

が増えると、社内においても経営統合

後のマネジメントに関するノウハウがた

まっていく。それが海外であったなら、

海外での経営についてのノウハウも蓄積

される。

 トップが自分の考えや成功体験を押し

付けるのではなく、新しく重ねられた経

験を生かしていく──。そうすることで、

時代や環境の変化に適応した経営が可能

となるし、M&Aや経営統合も成功裏に

進められるのだと思います。    I

F e a t u r e

02特集1入稿修正.indd 6-7 10.3.19 5:17:37 PM

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Insight 9

2009年度M&A実態調査について

 2009年度M&A実態調査では、わが国

の上場企業ならびに大手非上場約6,500

社に対して調査票を送付し、結果として

285通の有効回答を得た(有効回答率

4.4%)。

 本調査は、主要テーマとして国内市場

ならびにグローバル市場における業界再

編を取り上げるとともに、回答企業が経

験した近年の主要M&A案件について、

その実行プロセスにかかるさまざまな項

目に関する現場の実態を対象としたもの

である。

 全体の内容についてはダイジェスト版

としての『M&A白書2010』※ならびに

詳細レポートである『2009年度M&A実

態調査報告書』に譲ることとして、ここ

では、その中からM&A後における経営

統合(PMI:Post Merger Integration)

に関連する事項を取り上げる。

M&Aの成功度合い

 M&Aの成功・失敗に重大な影響を与

えるのが、PMIの巧拙であるというこ

とは、すでに広く認知されていることで

あろう。そこで、M&Aの成功度合いに

着目しながらPMIに対する取り組み方

の差異を明らかにし、そこを起点として

解説を加えたい。

 図表1はM&Aの成功度合いについて

尋ねた結果をまとめたものである。これ

を見ると、80点以上の成功度合いと判

断している企業は100点とあわせて43%

(これを以後「成功」)、60点から79点ま

では38%(以後「ある程度成功」)、59

点以下は合計で19%(以後「失敗」)と

なっている。

 この結果は、一般に3割から4割と言

われているM&Aの成功率に比べて高い

ように思われるが、「成功」の定義が回

答者によって異なることに留意されたい。

この点数の基となる成功・失敗の判断基

準を確認した結果では、売上高やIRR等

社内で決めた定量指標を採用している企

業は51%であり、残りの49%のケース

では「当初のM&Aの目的を実現した」

等の定性的な面からの判断となっていた。

 すなわち、この成功度合いは共通の定

量的基準に基づくものではなく、各社の

主観的な判断が入り込んだ結果と言える。

そういう意味では、この数字はいわば

「案件に対する満足度」に近い性格を持

っていることに留意すべきであろう。

 また、M&Aの形態を、合併等実際に

組織の統合が必要なケースと、株式の取

得等組織の統合を伴わないケースとに分

けて、上記の成功度を見たのが図表2で

ある。

 面白いことに、PMIが複雑で難易度

が高くなりやすい事業統合のケースの方

が、全体として成功度が高くなっている。

この理由については、本稿の最後に検討

したい。

成功度合いとPMI関連手続き

 それでは、PMIがどのように実施さ

れたかについて、案件の成功度の違いと

ともに見ていこう。

 PMIを効果的・効率的に実行してい

くには、「ポスト」だけに集中するので

はなく、案件の早い段階からM&A成立

後に目指すべき絵姿を描き、その実現に

向けて何をしなければいけないかという

視点から情報を収集・分析することが必

要である。

 すなわち、PMIはM&Aが成立した時

点でスタートするのではなく、プレディ

ールならびに案件実行時の時点ですでに

戦略策定・事前準備という形で始まって

いるのである。そこで、まずはプレディ

ールにおける作業のうち、PMIに関連

のある項目から見てみよう。

❶ プレディールにおける比較

 図表3はプレディールにおいて実施し

た手続きについて、案件の成功度別に実

施率を比較したものである。これらの中

で、「失敗」企業の実施率が「成功」お

よび「ある程度成功」と比べて10ポイ

ント以上低いのは、「企業文化や人的資

源」「業務プロセス」「製品・生産状況」

の3項目に対する調査であった。

 さらに、これらの調査結果をどのよう

に活用したかを見てみると、図表4に示

すように「詳細調査にあたって留意すべ

き事項検討」と「ポストディールで予想

される影響も考慮したディール実行まで

の戦略策定」において失敗企業の実施率

が目立って低いことがわかる。

 上記を勘案すると、早い段階からポス

トディールを見据えて、将来構想を描い

たり、案件のポイントを見定めようとし

PMIにおける実務の実態と成功要因――『2009年度M&A実態調査』より

安田昌彦 Masahiko Yasuda

プライスウォーターハウスクーパース株式会社M&A統合支援パートナー

PROFILEM&A統合支援担当パートナーとして、国内ならびにクロスボーダー案件に数多く関与。M&Aの実行支援からPMIまで、幅広いM&A関連サービスを提供している。

プライスウォーターハウスクーパースでは、2003年より隔年でM&A実態調査を実施し、わが国におけるM&A実務の実態の調査・研究を行っている。本稿では、2009年度M&A実態調査から、PMI(Post Merger Integration)にかかる部分を紹介し、日本におけるM&A実務の現状と求められる姿について解説する。

8 Insight

たりする姿勢が十分でないと失敗につな

がる可能性が高くなると言える。

❷ ディール実行時における比較

 ディール実行時には、ビジネス、財

務・税務、法務等各種のデューデリジェ

ンス、シナジー分析、価値評価、ストラ

クチャリング等さまざまな作業が一気に

発生する。それら種々の手続きの実施状

況を見ると、成功企業と失敗企業との間

にPMIに関連して注目すべき顕著な違

いは見られなかった(図表5)。

 これは、何を実施したかということよ

りも、デューデリジェンスの過程でどの

ようなリスクが検出されたか、または交

渉過程で将来のビジネスモデルに影響が

あるような条件がどのように付されたか

ということの方が、その後の対応にも影

響を与えるし、PMIの難易度も大きく

変わってくるということから来ているも

のと推察される。

❸ ポストディールにおける比較

 ポストディールにおいて実施した手続

きについて、成功企業と失敗企業との間

に10ポイント以上の差がある項目は「組

織・人員の再配置」「人事制度の統一・

変更」「情報システムの統廃合」「設備の

合理化」であった(図表6)。

 最初の3つの項目はいわば経営インフ

ラの整備・統一であり、M&A後の早期

図表1◉M&Aの成功度(n=124)

F e a t u r e 図表3◉プレディールにおいて調査・検討した項目(n=125)

図表2◉M&Aの成功度(組織再編の有無別)(n=124)

図表4◉プレディールにおける調査結果の活用(n=123)

※『M&A白書2010』は、http://www.pricewaterhousecoopers.co.jp/pdf/research/tra_1003_01.pdfからダウンロードできます。

02特集2入稿.indd 8-9 10.3.18 4:50:29 PM

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10 Insight Insight 11

のシナジー実現・企業価値の向上のため

に、最初に着手しなければならないはず

の項目である。また、最後の項目は、業

種によってはコスト削減が最も効きやす

い項目だ。

 早期に統合効果を実現するために、こ

れらはM&A実施直後から対応していく

ことが求められる項目ばかりと言える。

特に人事関連の項目は、統合過程におい

て苦労したという指摘も多く、より重視

しなければならない項目である。

 このように考えると、これら4項目の

差異がM&Aの成否に大きく関係してい

ることは納得感がある。なぜなら、

M&A後の経営インフラ統一が進まなけ

れば、統合シナジー実現のための施策の

実行にもスピード感が出にくいし、結果、

統合効果が目に見える形で実現しにくく

なるからである。

統合委員会運営の重要性

 これまで、成功度別に実施した手続き

にどのような差異があるかを見てきたが、

実施状況に顕著な差がない他の項目も含

めて、これらをどれだけスムーズに、か

つ、適切に実行できたかという作業品質

の問題も無視すべきではない。そこで、

作業品質を考察するにあたり、PMIに

おける統合委員会の設置状況に着目して

議論したい。

 一般的に、統合委員会の主な役割とし

て、以下のものが挙げられる。

 ① 統合プロジェクトの実行責任

 ② ステアリングコミッティ等、最終意

思決定機関への諮問

 ③ 統合プロジェクトにおける作業リス

トの作成と全体の進捗管理

 ④ さまざまな課題に対する対応状況の

管理

 ⑤ 各分科会間の調整

 ⑥ 社内外の関係者に対するコミュニ

ケーション

 すなわち、統合委員会とは、PMIを

推進するためのエネーブラーとして、重

要な役割を負う機関なのである。

 図表7は統合委員会を設置したケース

と設置しないケースの成功度を比較した

ものである。統合委員会を設置したケー

スでは、「成功」53%、「ある程度成功」

41%、「失敗」6%となっているのに対し、

設置しないケースではそれぞれ38%、

37%、25%となっている。このことは、

統合委員会を設置した方が、成功度合い

が高まることを示していると言えよう。

 紙面の都合上、詳細データの紹介は割

愛するが、統合委員会を設置していなく

ても「成功」と判断されたケースの内訳

を細かに見ると、自社に比べてかなり規

模の小さい相手の吸収合併や株式取得の

割合が高くなっている。

 つまり、これらのケースは統合の難易

度がそれほど高くなく、全体を管理する

統合委員会を設置しなかったとしても個

別の対応で統合を推進することが可能で

あったと考えられる。

 これに加えて、統合委員会そのものに

対する満足度にも触れておこう。図表8

は統合委員会が設置されたケースについ

て、統合委員会に対する満足度とM&A

の成功度の関係を示したものである。統

合委員会に対して満足したと答えている

割合は、「成功」のケースで53%、「あ

る程度成功」のケースで23%となって

おり、「失敗」のケースではゼロである。

 逆に、総合委員会に対して満足してい

ない割合は「失敗」のケースが最も大き

い。これは、統合委員会に対する満足度

が高いほど、すなわち統合委員会が適切

に機能しているケースほど、案件の成功

確率は高くなるということを示している。

このことは、統合委員会の設置と適切な

運営がM&Aの成功において重要である

ということの証左と言えよう。

 さらに、これをM&Aのストラクチャ

ーとして組織の統合を伴うケース(合併

等)と伴わないケース(子会社化等)と

に分けて比較してみよう(図表9)。

 組織の統合・非統合のいずれのケース

においても統合委員会を設置した方が全

体として成功度合いが高くなっている。

 一方で、本稿の前半で触れた統合・非

統合別の成功度合いを、統合委員会の設

置・非設置の視点を加えて見てみると、

統合委員会を設置するケースでは組織統

合を伴う方が成功度が高くなっているの

に対し、統合委員会を設置しないケース

ではその成功度にあまり大きな差がある

とは言い難い結果となった。

 その理由の1つとして考えられるのは、

PMIの取り組み状況の違いである。すな

わち、株式取得による子会社化のように

組織の統合を伴わない場合には、案件成

立後すぐにPMIを実施しなくても日常

のオペレーションが回ってしまう。

 そのため、ソフトランディングという

名目の下、経営インフラの統合等が強力

に推進されなかった可能性が高いのでは

ないかと推察される。そして、そのこと

が結果として、組織の壁を越えた統合効

果実現に対する障害の1つとなっている

可能性が高いと思われる。

M&Aを成功に導くPMI

 以上、M&A実態調査の結果より、

PMIに関連する手続きの実施状況を見て

きた。これまでの議論を総括すると、以

F e a t u r e

図表8◉統合委員会の満足度とM&A成功度(n=32)

図表9◉M&Aの成功度(統合委員会の設置・組織統合の有無)(n=113)

下の3点がM&Aを成功に導くPMIのた

めに重要なポイントである。

 ① プレディールの段階からPMIを見据

えた検討を開始すること

 ② 人事関連・ガバナンス等経営インフ

ラの統合を重視すること

 ③ 統合委員会の設置等統合プロジェク

トを強力に推進する仕掛けを適切に

機能させること

 2点目の経営インフラ統合についてわ

れわれの経験則で付け加えるならば、株

式取得による子会社化のように、組織の

統合を伴わないストラクチャーによる

M&Aの場合でも、PMIの一環として経

営インフラの統合は重要である。

 特に、海外企業の株式の取得による子

会社化では、現地に少数のマネジメント

を送り込むことで本社としての対応が一

段落してしまうケースがしばし見られる

が、報告制度等の経営インフラ統一や戦

略の共有等が買収後速やかに実施できな

ければ、コントロール不能な海外子会社

が1社増えるというだけである。そうな

ると、M&Aによるシナジーの実現や企

業価値の向上も期待薄となってしまう。

 また3点目の統合プロジェクトについ

ては、PMIプロジェクトは通常の社内

プロジェクトに比べてプロジェクトマネ

ジメントが複雑で難易度が高いというこ

とを付言したい。PMIプロジェクトでは、

通常カバーすべき業務機能の範囲が広く、

プロジェクト関係者が多いことや、価値

観の異なるメンバーによる共同作業が求

められるからである。

 M&Aは経営戦略の1つの選択肢とし

て一般的になってきたとはいえ、非定常

的・非定型的な作業の連続となるため、

その実行においてかなりの知力と体力を

要する特殊なイベントである。そのイベ

ントを成功に結び付けるには、PMIにお

いても通常の社内プロジェクト以上のパ

ワーと推進力が求められるのである。 I

図表5◉ディール実行時において実施した手続き(n=122)

図表6◉ポストディールにおいて実施した手続き(n=113)

図表7◉M&Aの成功度(統合委員会の設置の有無)(n=113)

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Insight 13

M&Aにおける組織人事の重要性

 プレディール段階で、組織人事関連事

項が十分に検討されない理由は大きく2

つある。1つは財務や売買価格の決定に

対して直接的影響が小さいこと。もう1

つは、直接的なディールブレイク(買収

や合併を断念する)要因になりにくいこ

とだ。

 これら2つの理由はプレディールで行

われるデューデリジェンス(事前精査)

において最も重要な視点であり、M&A

に関わるメンバーの意識や視点は、どう

してもこの2点に大きな影響を及ぼす財

務やビジネスに重点が置かれてしまう。

結果的に、組織人事の精査や検討は後回

しにされることになる。

 ところが、デューデリジェンスには

M&A後の早期シナジー効果創出や企業

価値向上のための情報精査という3つ目

の目的がある。この3つ目の目的を遂行

するにあたり組織人事に関する事項はと

ても重要な役割を持つ。

 その一方で、この目的は、ディールの

成立が目的化するプレディールの段階で

は軽視されやすい。結果、先の調査にも

あるように、組織人事の対応が後手にま

わってしまい、統合の成否にまで影響を

与えてしまうことになる。

 上述したように、組織や人事は、事業

や業務プロセスと一体で検討されるべき

ものである。そのためにも、M&Aプロ

ジェクトチームに人事部門が早期から参

画し、プレディール段階から組織人事に

関して十分に検討するとともに、綿密な

計画を立てることが求められるのである。

ソフト面からの統合のポイント

 それでは、組織や制度が統合できれば、

成功と言えるのだろうか。残念ながら、

ハード面が統合しても成功したとは言え

ない。なぜなら人事はモノではないから

だ。人事とは、ヒトの問題であることを

強く意識する必要がある。

 たとえば、買収した側の会社が事業部

を会社分割という形で切り出し、その事

業部を買われた会社(子会社)に吸収合

併させて、より強い専門子会社を持つと

いうディールを実施したとする。

 このようなディール形態は経営上から

有効な手段であり、ビジネス戦略上から

も良い戦略であるかもしれない。だが、

人材マネジメントの視点からは注意が必

要である。それは、“ヒトの気持ち”とい

うものが、効率性や生産性とは別のとこ

ろに存在するからだ。

 上記のように会社分割という方法を用

いた場合、買収した側の対象事業部の従

業員は買収された側の会社(子会社)に

転籍する。しかし、転籍した従業員は、

「なぜ、買った側のわれわれが買われた

会社に転籍しなくてはいけないのだ」と

いう気持ちになる。そこに「子会社だか

ら子会社の報酬水準に合わせる」ことを

早急に持ち出すと、大変なことになって

しまう。

 その際に重要となるのがコミュニケー

ションである。「なぜ合併するのか」「な

ぜこの組織形態にするのか」「なぜこの

人事制度なのか」。これらを十分に説明

する必要がある。経営の考えや思い、経

営の描く将来像をいかに従業員と共有し

ていくかが重要になってくるのである。

 コミュニケーションには、さまざまな

手法がある。たとえば、両社の経営陣が

十分なディスカッションと合意後に、す

べての事業所を回って説明会を開く。逆

に、買われた会社や海外・地方の事業所

の経営陣が本社を訪問し、本社の多くの

従業員と接し、本社の業務のあり方や雰

囲気に触れる機会を設ける。訪問した経

営陣はそれぞれの事業所でワークショッ

プや説明会を開催して、どのような会社

なのかを伝達することもある。

 合併の場合には、両社の出身者が均等

な割合で参加するワークショップや研修

を頻繁に実施し、お互いの理解を深める

と同時にナレッジシェアの機会を設ける

のも1つの方法だ。イントラネットや社

内報を用いた頻繁なコミュニケーション、

山本紳也 Shinya Yamamoto

プライスウォーターハウスクーパース株式会社人事・チェンジマネジメントパートナー

PROFILE筑波大学大学院 ビジネス科学研究科 客員教授。日本人材マネジメント協会幹事、日本CHR協会アドバイザー。組織・人事戦略に関わるコンサルティングに約20年間従事。人事戦略、人事評価制度の構築や研修業務、組織再編に伴う人事関連コンサルティング業務、組織風土の改革、日本企業の海外進出に伴う人事問題に関する調査・コンサルティング、組織人事に関わる調査研究業務等に携わり、論文・講演も多数。

12 Insight

定期的な朝食会・昼食会形式のミーティ

ング、カジュアルなものを含めパーティ

ーや食事会を実施するといったことも考

えられる。

 短期的な生産性よりも組織統合のスピ

ードを優先し、とにかく早期にヒトを入

れ替え、組織人材をミックスするという

方法もある。また、一体感を出すことを

目的に、使用用語の統一とマニュアルの

制作等もツールとして有効だ。

 これらの努力の積み重ねが、お互いを

理解するのと同時に組織文化の統合にも

大いに有効に機能するのである。

 最後に、日本企業の海外企業買収につ

いて触れておこう。日本企業が海外企業

を買収する際よくあるケースは、買収し

た会社を子会社にし、組織人事も経営陣

も一切変えないというものだ。

 グローバル化とスピード化の進んだ現

在、ビジネス戦略上・ガバナンス上から

本当にそれで良いのかどうか、経営者と

してぜひ検討していただきたい。

 最初にも書いたが、M&Aの成立まで

のステージで組織人事がクローズアップ

されることはあまりない。しかし、

M&Aディール成立後に多くの企業が苦

労し、失敗要因に挙げるのが組織人事で

ある。早い段階からの取り組みと、常に

頭の隅に“ヒト”を置いて考えることが求

められている。

F e a t u r e

ポストM&A成功の鍵――ヒトと組織の融合なくしてビジネスの成功はなし特集2「PMIにおける実務の実態と成功要因」をお読みいただけただろうか。M&Aの成功企業と失敗企業で最も差の大きかったプレディールにおける調査・検討項目は「企業文化や人的資源」。同じく、成功企業と失敗企業で最も差の大きかったポストディールにおいて実施した手続きでは「組織・人員の再配置」「人事制度の統一・変更」である。“企業は人なり”とは大先輩から語り継がれていることであり、社長は皆「ヒトが財産だ」と言われる。しかし、M&Aの現場では、どうも“ヒト”の問題が置き去りにされ、後回しにされているようだ。

ハード面からの統合のポイント

 人事の統合で思い浮かぶのは、まず

「組織の統合」「人事制度の統合」等であ

ろう。M&Aにおける人事関連の統合業

務を考えると、「組織の統合」「人の配置

配属」「人事制度の統合」「労働条件・福

利厚生の統合」「人事業務・機能の統

合」「行政官庁への各種届出」「労働組合

や社員への説明」等、膨大な作業タスク

が存在する。

 人事部門は通常業務に加え、これら統

合業務の対応に迫られることになり、決

して片手間でできるものではない。しか

も、これら必ず実施すべき統合業務にだ

け目を向けていてもいけない。なぜなら、

人事の統合というのは、“統合”すること

が目的ではないからだ。

 本来の戦略論から言えば、戦略的に買

収や統合計画があり、人事の統合は戦略

を達成するために適材適所にヒトを配置

し、新組織にとって生産性が高くなる制

度を構築すべきものである。つまり人事

の統合ではなく、戦略達成に適した人事

制度を“設計”することにある。

 しかし、従業員の報酬水準を簡単に下

げることはできないし、むやみに人件費

を増やすこともできない。また、事業や

業務の継続や生産性面からも、一気に刷

新するのが必ずしも最善策とは限らない。

図表1◉M&Aが成功するには、組織文化と人的資源をいかに統合するかにかかっている

02特集3入稿修正.indd 12-13 10.3.25 8:41:35 PM

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Insight 15

 プライスウォーターハウスクーパース

(PwC)による第13回世界CEO意識

調 査「Setting a smarter course for

growth(成長のための賢明な進路設

定)」は、CEOがこの景気後退に対処す

るためどのような対策を採ったか、景気

回復後のビジネスの状況をどのように捉

えているか、自分たちの組織を適応させ

るためにどのような修正をしていくか、

について調査したものである。私たちは

世界中のビジネスリーダー1,198人に対

し、2009年9月より11月にかけて調査を

行い、27名のCEOについてはより詳細

なインタビューを実施した。本調査結果

は、ダボスで開催された世界経済フォー

ラム年次総会で発表されたものである。

 ここでは第13回世界CEO意識調査の

調査結果の中から特に興味深いものをご

紹介する。報告書全文、詳細なCEOの

談話(彼らが語った言葉を用いてその見

解をまとめたもの)、および他のオンラ

インツールはwww.pwc.com/ceosurvey

で見ることができる。

自信を取り戻しつつある世界のCEOたち

 全体として、世界のCEOの81%が今

後12カ月間の見通しに自信を持ってお

り、依然として悲観的であると答えた

CEOはわずか18%にすぎないことが本

調査で明らかになった。昨年の調査では、

自信があると答えたCEOは64%に過ぎ

ず、逆に悲観的と答えたCEOは35%と

今年の倍だった。

 さらに、CEOの31%が短期的見通し

について 「非常に自信がある」 と回答。

この数字は、PwCが調査を開始して以

来、CEOの自信が過去最低であった昨

年から10%ポイントの上昇となった。

 調査では、新興国と先進国とでは、

CEOの自信のレベル、ひいては世界的

な景気後退が及ぼす影響の度合いに著し

い違いがあることも明らかになった。た

とえば北米と西ヨーロッパでは、CEO

の約80%が来年の成長に自信があると

述べている。これに対し、中南米と中国

/香港では同数値が91%、インドでは

97%であった。

 ただし、長期的視点で見た場合、新

興国と先進国の結果にそれほど大きな差

異は見られない。全体として、CEOの

90%以上が今後3年間の成長に自信を

示している。

 2010年代という新しい10年間の始

まりにもたらされた今回の調査結果は、

PwCが2000年に実施した調査におけ

るCEOの自信レベルとほぼ同程度の数

値を示している。しかし、10年前は経

済格差が大きく、当時、北米のCEOの

42%が極めて楽観的と答えていた。こ

れは、アジアのCEOの2倍に相当する数

値であった。

h i t e P a p e r

Setting a smarter course for growth

成長のための賢明な進路設定――『第13回世界CEO意識調査』より

デニス・ナリーDennis M. Nally

Chairman of PricewaterhouseCoopers International Limited

PROFILE2009年より現職。会計の分野における豊富な経験を有し、主に米国における国際会計基準とのコンバージェンスにおいて手腕を発揮。また、金融機関の規制に関する提言、安定的な金融システム構築、金融危機におけるリスク管理とガバナンス強化等、金融業界でも幅広く活躍している。会計の専門領域や米国のキャピタルマーケットに関するテーマ等で、世界経済フォーラムをはじめとする国際会議、フォーラムや大学等で講演を行う。

今回の世界的な景気後退は、これまで経験してきたもののうちで最も深刻なものであった。完全回復とは言えず、また新興国と先進国とで差があるものの、CEOの自信は回復しつつある。この金融危機から学んだことは「リスク管理の重要性」である。デニス・ナリーは、「成長軌道への回復を目指す過程で、CEOはリスク管理と決断力や柔軟性とのバランスを図る方法を学びつつあります」と述べている。

14 Insight

W

 最悪の状況は脱したというはっきりとした印象がある。今年、31%のCEOが、今後12カ月間の収益回復と前年比大幅増加につき「大変自信がある」と答えた。

 長期的(3年間)には、CEOは収益予測にこれまでの本調査での回答と同程度の自信を持っている。

Q CEOの自信は回復してきているか。

Result Smarter growthRethink VolatilityReshape Strategy

 今後については、国内経済の回復は

2010年下半期以降と答えたCEOが合計

60%だったのに対し、13%がすでに回

復途上にあると回答、21%が今年の上

半期に回復し始めるだろうと述べている。

 成長軌道への回復は中国が最も進んで

おり、中国のCEOの67%が2009年に回

復が始まったと回答した。しかし、アメ

リカのCEOの約3分の2、西ヨーロッパ

のCEOの70%以上が、2010年半ばまで

回復基調には転じないだろうと回答して

いる。

私たちは何を学んだか

 世界中のビジネスリーダーが、人員削

減、資産売却および現金資産の確保等、

自分たちの組織の大規模な変革を余儀な

くされた。この悲痛な経験により、多く

のCEOは、今後ますます不安定になる

世界経済でリスクへの対処方法について

考え直す機会となった。

 どのくらい早く景気の悪循環は伝播す

るか、また、どれほどの被害がもたらさ

れるかについては極めてはっきりしてい

る。CEOは今、来るべきリスクを見極め、

それを回避し、その次のリスクに備え体

勢を整えることができるよう、不安定さ

に対処する計画を立てる必要があること

を知った。

 そのために、CEOは戦略だけでなく

将来性(Capability)についても組み直

しを始めた。より深いレベルでのリスク

に対処するために戦略的に柔軟でいよう

とするとともに、不安定さに対処するた

め組織的に敏捷でいようとしている。

 これは、CEOが危険回避的になって

いくことを意味しているのではない。む

しろCEOは、代替手段を検討する際、

あるいは代替案を立案する際、およびそ

れを実行できるか確認する際に、より慎

重になるであろうことを示している。

 その結果は、株主、従業員、顧客およ

び地域社会とともに、リスクと好機の両

方からなる経済、社会および環境の影響

力の範囲を明確にしながらたどる、長期

間継続する組織の発展を生み出す成長の

ための賢明な進路であり、柔軟性のある

経路であると思われる。      I

2010年=1,198 2009年=1,1242008年=1,150 2007年=1,0842005年=1,324 2004年=1,3862003年=989※2006年は該当なし

(回答者)

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16 Insight Insight 17

W h i t e P a p e r

 おそらく、CEOはリスク管理に対処し、戦略と将来性(Capability)について必要な修正を行っているからである。 今年の調査回答は、リスク管理が戦略的計画の恒久的要素になりつつあることを示唆している。 より多くのCEOが、他の戦略的要素、組織化および経営モデル以上にリスク管理プロセスを修正しようしている。より多くの会社役員が、役員会の他の議題以上に、戦略的リスクの評価に関与しようとしている。 多くのCEOにとって、リスクへの取り組みは、統制目的のリスク管理を超えて、企業戦略や財務管理に向かっている。

Qなぜ、CEOは以前よりも自信を持つ一方で、より不安になっているのか。

 CEOは、政府による過度の規制に対して常に懸念している。 CEOは規制環境に対するより多くの改善はまだこれからであると考えているが、今年の調査では、こういった変革に対する楽観と悲観の両方が明らかになった。 一方、大多数のCEOは今、ビジネスと政治はシステミック・リスクをうまく和らげることができると考えている。これは新しい考えだ。おそらく金融機関を安定化するために政府が採った方策の結果であり、かつ、いくつかの問題は企業が自力で緩和させることのできる範囲を超えてしまったという認識に基づくものであろう。 CEOはまた、金融安定化を含む多くの分野で、新しい規制に関してより良い政策を好んでいる。同時に、多岐にわたる問題に対する政府介入の成功に関して否定的な見方が増加している。 CEOが新しい規制に対して明らかに反対している分野(技術革新、対外投資、資本調達等)は、多くの規制が回復の進行を妨げることになりかねない分野である。 CEOはまた、金融機関で認識されている諸問題に対処するために考え出された規制アプローチが経済全体に通用するようになることを不安視している。

Q 過度の規制は、常にCEOにとって懸念材料ではないのか。

「成長のための賢明な進路を取る」ために、リスクがもたらす結果についての理解を深め、賢明な進路に適合する成長および投資計画について正当化する必要がある。 資本状況が逼迫する中、CEOは何に投資するかを厳しく選択しようとしている。CEOの75%以上が向こう3年間にいっそうのコスト削減への取り組みを計画している。 一方で、特にリーダーシップと優秀な人材の開発等、CEOが削減しない分野もいくつかある。

Q 投資の優先順位は、「成長のための賢明な進路」を想定しているか。

 CEOは自分の組織の回復力を強化しようとし、またその一方で今後訪れる好機にも対応しようとしている。これは難しいバランス取りであり、自己が持ち込んだ矛盾によって明らかにされている。金融危機から得た教訓は主に、新たに認識されている内部および対外的な脆弱性をこれまで以上に掌握したことにある。 これは直ちに対処する能力を高める一方で、長期の展望を把握することを意味している。またこれは、重要な戦略的要素への投資を継続する一方で、金融リスクの低下により企業の回復力が高まることを意味している。 この逆説を通じて経営していくことが、成長のための賢明な進路を達成するための鍵となる。 私たちは本調査の中で1,198人のCEO全員に匿名で、この経済危機からどんな教訓を得たか述べてもらうようお願いした。彼らの回答は明快であり、私たちはリーダーがどのように成長のための賢明な進路を設定しようとしているかを表した9つの教訓をまとめた。 教訓にはリスクの本質、戦略の変更および対応が求められる組織等に関する彼らの新しい理解が包含されている。

Q 経済危機から得た大きな教訓は何か。

今回の経済危機は多くのビジネスにとって予期せぬ出来事の到来であった。私たちはこれが再び訪れる可能性のあることを認識する必要がある。

戦略や組織に対して外部からの影響がどれほどインパクトを持つものであるかを理解しなければならない。

全体の中での最終的な場面でのリスク管理の重要性。中心となるビジネスを継続し、それ以外はこれを完全に理解してから初めて進める。

計画はよりしっかり立てておくべきで、大きな利益を上げる場合にのみ時間を費やすべきではなかった。ぜいたく品に浪費するのではなく、投資に際してより良い事業拡大計画を立てるべきである。

適宜対処できるよう、常に全体を把握できるよう、うまくいっている時期に自己満足に陥らないよう、訪れるものに対処できるよう、過去に固執しないようにする。

この経済危機は、どこにビジネスや産業の実態があるのかを理解するための良い助けとなった。私たちは負債依存型システムの人工モデルの上にいた。今こそ基本に立ち戻るべきだ。

多様性。作り出したもの以上、作り出したものに柔軟性をもたせる。配送のチェーンと顧客のプロセスを理解する。

経済危機が訪れても素早くかつ目的を持って対処できるように、たとえ高成長の過程であっても、常にビジネスプロセスを見直す必要がある。

経済危機は過剰な利益追求の結果もたらされたものであり、「ただより高いものはない」ということが改めて明確になった。私たちは基本に立ち戻り、価値主導の経営を重視すべきである。

教訓 1

教訓 2

教訓 3

教訓 4

教訓 5

教訓 6

教訓 7

教訓 8

教訓 9

Result Smarter growthRethink VolatilityReshape Strategy

02WP入稿.indd 16-17 10.3.18 4:48:45 PM

Page 11: Feature Wind02 VOL.2 2010 Client Newsletter from PricewaterhouseCoopers Insight M&A 経営統合を成功に導くPMI [Post Merger Integration]Feature Wind グランドスラム62大会連続出場

18 Insight Insight 19

 1月、真夏のオーストラリア。新しい

シーズンが始まり、私はテレビの解説者

という新しい立場で全豪オープンに向か

いました。メルボルンパークに足を踏み

入れた瞬間、去年までとは自分の気持ち

も、景色の見え方も、すべてが違ってい

るのを感じました。選手の時とはまった

く異なる新鮮な感覚です。

 グランドスラム(4大大会)はすべて

の選手にとって最大の目標。私は結果的

に62大会連続出場という記録を作るこ

とになりましたが、何よりもグランドス

ラムを優先してコンディションを整え、

大会に臨んできました。

 今回は選手時代のようなプレッシャー

はありません。でも、解説者は私にとっ

て新たなチャレンジです。放送席やコー

トサイドで試合を見ていると、当時は気

づかなかった発見がたくさんあって、自

分でも驚きました。

外からテニスを見て気づいた自ら作っていたリミット

 選手だった時は、「この選手と対戦し

たら自分はどういう攻め方をするか」と

いう視点から試合を見ます。でも、解説

する時は気持ちをリセットして、フラッ

トな目線で見ようとします。すると、同

じ選手が去年までとはまるで違って見え

てきたんです。

 選手は自分の持っている技術の範囲を

考えて、「この攻め方はありえない」と

思い込みがちです。もちろん自分の得意

パターンで攻めるのは正しい。でも、自

分が得意でないショットでも、相手がそ

のショットを苦手にしているケースもあ

ります。自分が得意なもの、相手が苦手

なもの、攻め方を自在に交えればポイン

トの取り方にも幅が出てきます。

「私は1つの視点に縛られて、自らリ

ミットを作っていた部分があったかもし

れない。もうちょっと視野を広げれば別

の可能性を持てたかもしれない」。そう

気づいた瞬間でした。

 もう1つの大きな収穫は、世界ナン

バーワンのロジャー・フェデラーや、昨

年復帰し全米で優勝したキム・クライ

シュテルス(以前の私のダブルスパート

ナー)等、トップ選手とワン・オン・ワ

ンのインタビューで話せたことです。

 普通、ツアー中の選手は自分のことに

忙しくて、落ちついて話をすることは滅

多にありません。でも今回はテニス観だ

けでなく、家族のことにまで踏み込んで

話すことができました。改めて「こうい

う考えだから、この選手はトップにいる

んだ」ということを理解できました。

 フェデラーは今回の全豪でも優勝。

16回目のグランドスラムタイトルです。

去年、双子のお子さんが生まれて家族の

ケアも大変なはずなのに、逆に人間的に

ゆとりが出てきたみたいです。

 世界のトップとして戦い続ける重圧、

家族への責任、さらにシーズン最初のグ

ランドスラムともなれば、自分のこと、

試合のことに集中したい。これが選手の

グランドスラム62大会連続出場杉山愛が語る

世界で戦うためのメンタル・タフネス

PROFILE1975年7月5日、神奈川県横浜市生まれ。5歳よりテニスを始める。8歳でニック・ボロテリー・テニス・アカデミー藤沢校に入学、さらに11歳から荏原SSCに進む。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位となり、次代の日本テニス界を背負う存在として期待される。1992年、17歳でプロに転向。正確な両手バックハンドと俊敏なフットワークを武器に、世界のトップレベルで活躍。キャリアの後半は母である杉山芙沙子をコーチとしてツアーを転戦。2009年9月に現役引退。WTAツアー優勝はキャリア通算でシングルス6勝、ダブルス38勝。最高ランキングはシングルス8位、ダブルス1位。グランドスラム(4大大会)では、全豪オープン、ウィンブルドンのシングルスでベスト8に進出。ダブルスでは、全仏オープン、ウィンブルドン、USオープンで優勝し、全豪オープンでは準優勝している。シングルスとダブルスの同時トップ10入りは日本人初。グランドスラム62大会連続出場は史上最長記録である。

これだけ長期間にわたって世界のトップレベルで活躍し続けた日本人選手はいない。17歳でプロになり、史上最長となるグランドスラム62大会連続出場を達成。そして昨年末、惜しまれながらもついにラケットを置いた杉山愛。彼女が世界のトップで戦い続けられた理由はどこにあったのか? そして、未来の日本人プレイヤーの可能性とは? トップアスリートだけが知る希有な経験から紡ぎ出される言葉は、深い示唆に満ちている。 本音のはずです。そんな時でも、フェデ

ラーはハイチ地震のチャリティを呼びか

ける。心の持ち方、社会への眼差し、行

動力、すべてがすごいなぁと感心します。

そして、だからこそ彼は偉大なチャンピ

オンなんだと思うのです。

技術があることは当たり前最後に勝負を決めるのはメンタル

 現在の世界のテニスを見ていると、

トップ50に入ってくるような選手は技

術面ではそう大きな違いはありません。

では、どこで差がつくのか?

 それは、「判断の速さ」と「メンタル

の強さ」です。ポイントごとに、ショッ

トごとに、相手と自分の状況を考え、攻

めるボールなのか、守るボールなのかを

一瞬で判断する力。プレッシャーのかか

る場面で気持ちを整理する能力。考え方

が変われば、結果はまったく違う方向に

向かいます。

 私も自信に満ち溢れている時は「え!?

そこからそのボールが入るの」という

ショットを打てましたが、自信がない時

は「それをミスしちゃうの?」というこ

とがありました。

 テニスだけでなく、他の世界でも同じ

だと思いますが、メンタルが強くなけれ

ば、自分が本来持っている力を発揮する

ことはできません。でも、持っているも

のを出し切れれば、たとえ負けても課題

がはっきりして次のステップへとつなが

ります。

i n dW

プロテニス選手

杉山 愛 Ai Sugiyama

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20 Insight Insight 21

 私がメンタルを強くするために取り入

れていたのは、ビジュアライゼーション

や呼吸法です。試合前日に1時間ほど試

合のイメージを頭の中で描いたり、「トッ

プ10プレイヤーだったら、この場面で

どう考えるか?」と、練習中によく想定

していました。

 また、心に不安があった時には、「そ

の原因は何だろう?」と、必ず自分に問

いかけました。たとえば、練習で1つの

ショットに納得できないままでいたら、

必ず不安要素として残ります。ですから、

もう大丈夫と思えるまで徹底的に練習す

る。そうやって技術面の準備を整えなが

ら、精神的な不安要素をひとつひとつ消

していったのです。

 試合で選手が緊張するのは、自分に対

しての期待が高いからです。試合でいい

パフォーマンスをするために練習を積み

重ね、生活の一部も犠牲にします。そう

すると、どうしてもいい結果を出したい

という気持ちが強くなる。でも、そう思

えば思うほど、不安とプレッシャーも大

きくなってしまう。この相反する心理の

コントロールが何よりも難しいんです。

 私のパフォーマンスの引き出し方は、

「勝敗にこだわりすぎない」「自分のベス

トを尽くす」「結果は後から必ずついて

くる」という思考法です。

 トップ10に入っていた時には、自分

が持っている力の90%ぐらいは出せて

いたんじゃないでしょうか。でも30位

あたりを前後していた時は60~70%し

か出せず、勝てる試合も落としていたよ

うな気がします。

すべてが見える、スムースに動ける「ゾーン」の特別な感覚

 メンタル、フィジカル、技術、すべて

がかみ合った特別な試合を何度か経験し

たことがあります。いわゆる「ゾーン」

に入った状態です。後から振り返ると、

トップ10の選手を破った時ほど、そう

いうケースが多かったように思えます。

 たとえば、ウィンブルドンのセンター

コートでマルチナ・ヒンギスを破った時

がそうでした。バックのダウン・ザ・ラ

インに絶対的な自信があって、ここに来

たら確実にポイントを取れるという勝ち

パターンのイメージが見えたんです。

 2003年のスコッツデールの大会では

決勝でキムに勝って、5年ぶりのシング

ルス優勝を果たしたんですが、その時は

取れないボールがないというほど、コー

トのすべてをカバーできる感覚がありま

した。

 もちろん実際にはウィナーも取られて

いるんですが、予測が研ぎ澄まされて、

相手の打ってくるコースがすべて見える

ような感じだったんです。結果、その大

会ではキムと組んだダブルスでも優勝す

ることができました。

 経験から言えば、身体が完璧にフィッ

トした状態で、精神的な集中が一致した

時にゾーンに入れたように思います。精

神的に自信が溢れていると、身体もリ

ラックスして、予測・反応がよくなり、

目から入った情報に身体がパッと反応し

て、意識せずスムースに動けるんです。

 現役選手の中で本当にフローな状態で

動きに淀みがなく、頻繁にゾーンに入っ

ているのはやはりフェデラーですね。私

が対戦した選手でいえば、シュテフィ・

グラフにもそういう面がありました。

「その時が来た」そう感じた時に決断した引退

 元女王のジュスティーヌ・エナンも

言っていましたが、選手は大会に追われ、

無我夢中でプレーしているから、客観的

に見られないことが多いんです。自分が

まさに偉業を成し遂げている最中でもそ

のことに気づかない。だから、世間的に

は「まだ若いのに。なぜ絶頂期に?」と

思われるタイミングで辞めてしまう。で

も現役を離れ、テニスを外から見た時、

エナンは自分がいかにすごいことをやっ

てきたかに初めて気づいたそうです。

 私はと言えば、17歳から34歳まで長

くツアーを回ってきて、自分の居場所は

ここだと常に感じていましたし、自分に

とってテニスというのは天職だと思って

きました。また、すごい世界で戦ってい

るんだという誇りも感じていましたし、

「できる限りこの舞台で戦っていたい」

と思っていたんです。長い時間、大きな

エネルギーをテニスに注いで、チャレン

ジし続けて、頭の中には世界のトップ

10で戦える自分のイメージが常にあり

ました。実際、30位前後にいる時でも、

自分のプレーさえ出せればトップ10に

行ける自信がいつもあったんです。

 でも、引退を意識し始めた頃は、自分

のイメージしているものがなかなか出せ

なくなっていました。そこで去年の夏、

もう一度力を出し切るために、かなりの

ハードワークを自らに課してみたんです。

 その時、不意に感じたんです。「この

練習を来年もずっと続けていくことはも

うできない」と。ハードワークができな

い=自分のイメージするパフォーマンス

が引き出せない=世界のトップにはいら

れない、ということです。

 海外を転戦するツアー生活は、長い時

には半年間一度も日本に帰れないことも

あります。自分のプレーができないのに、

そこまでの犠牲を払えるだろうか。天秤

にかけて考えた時、日本で暮らしたいと

いう気持ちの方が強くなっていたんです。

 特に大きな葛藤のようなものがあった

というわけではありません。ただ「その

時が来た」。本当にそういう感じでした。

自分の「武器」を磨けば日本人は世界で戦える

 残念ながら現在、日本人でランキング

50位以内に入っている選手はいません。

でも、私は日本人が世界に通用しないと

思ったことはないんです。

 もちろん、ただ才能の出現を待ってい

てもだめだと思います。錦織圭選手のよ

うな何十年に一人の素材はそうそう出て

くるものではないのですから。

 必要なのは、選手を輩出するためのプ

ログラムをきちんと確立することです。

ナショナルトレーニングセンターという

素晴らしい施設ができて、ハード面の環

境はよくなってきました。今度はソフト

の部分です。間口を広げて多くの選手を

育成していけば、世界で戦える選手は必

ず増えるはずです。

 私が現役の時から母(※杉山芙沙子

コーチ)と運営しているパーム・イン

ターナショナル・スポーツ・クラブでも、

ジュニアの育成に力を入れています。実

際、有望な選手がどんどん集まってきて、

手応えを感じているところです。

 日本人のフィジカルの問題もよく言わ

れますが、私は物の見方しだいだと思っ

ています。確かに小柄な日本人選手が

180cmの選手と同じようなサーブを打

つことはできないでしょう。でも、大柄

なパワーヒッターと渡り合えるような方

法を考えることはできます。

 私も身長は163cmとそれほど大きく

ありません。その代わり、私には人並み

以上のフットワークとボールへの反応・

反射がありました。さらにもう1つ、

ゲームメイクを考える頭がありました。

そして、自分を信じるメンタルの強さも

あったと思います。

 自分なりのストロングポイント、日本

人ならではの武器を意識して、世界で戦

うイメージを明確に描きながら努力を重

ねれば、必ず道は開けるはずです。少な

くとも日本人というくくりで自ら限界を

作る必要はまったくないのです。

「楽しいことをする」のではなく、「することを楽しむ」

 世界を転戦して戦うには、「郷に入れ

ば郷に従え」で、自分をアジャストする

ことも必要です。たとえば、イタリアで

はみんな時間にルーズで、交通機関も遅

れがち。初めはイライラしたり、不安に

なることもありました。でも、そういう

ものだと受け入れてしまえば、気になら

なくなります。

 他のことも同じで、イヤだと思えばす

べてがイヤになってしまう。けれど、こ

れが自分の人生なんだと思って、「ここ

でうまくやっていくにはどうしたらいい

んだろう?」と考えた時、「まるごと楽

しもう」と思うようになりました。

 仏教に「遊ゆ げ ざ ん ま い

戯三昧」という言葉があり

ます。これはただ遊んで楽しいことをす

るという意味ではなく、「することを楽

しむ」という考え方だそうです。5年ほ

ど前に教えていただいたのですが、私に

はとてもしっくりくる言葉でした。

 物事がうまくいってない時には、必ず

楽しんでいない自分がいます。でも、心

持ちしだいで「楽しい」「こんなにいい

時間が過ごせた」と思えるようになるも

のです。遊戯三昧の精神を持つように心

がけたことも、私がこれほど長くツアー

のトップレベルで戦い続けられた理由だ

と思います。           I

W i n d

ちょっとがんばらないとできない。そういう所に目標を置いて、それに向かって持てる力を出し切る。それが、自分にとっての「チャレンジ」。プレイヤーでいること自体が本当にチャレンジですし、挑戦の日々だと思うんです。生涯、人生が終わるまで何かにチャレンジし続けたいですね。

杉山愛にとっての「チャレンジ」とは?

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22 Insight Insight 23

意図しない課税が発生するタックスヘイブン税制

 法人税の適用税率が25%以下である

ような低税率国に子会社(「特定外国子

会社等」と言う)が所在する場合、当該

子会社の所得が日本の親会社の所得と合

算して課税されることがある。このよう

な課税制度のことを「タックスヘイブン

税制」と言う。

 タックスヘイブン税制の目的は、日本

の親会社が低課税国にある子会社を通し

て取引を行うことにより、税負担を不当

に軽減または回避することを阻止するこ

とにある。

 しかし、法制度そのものに不明瞭な部

分も多く、実際の税務調査でも必ずしも

一貫した税務執行がなされているわけで

はない。

 そのため、租税を回避するつもりがな

くても合算課税の対象となることがあり、

近年ではタックスヘイブン税制に関連す

る税務訴訟が増加している。

 とはいえ、必ずしも低課税国に所在す

るすべての子会社の所得が合算課税の対

象となるわけではない。その国で実体の

ある事業を行っている等、一定の要件を

満たしていれば適用は免除される。

 だが、適用除外の取り扱いを受けるた

めには、法人税申告書において適用除外

基準要件を満たす旨を申告する必要があ

り負担のかかる作業となっている。

大幅な要件緩和が与える海外ビジネスへの影響

 今回の改正のポイントは、「タックス

ヘイブン税制の適用税率の引き下げ」

「適用除外基準の緩和」「資産性所得の導

入」の3つだ。以下、詳しく説明する。

❶トリガー税率を25%から20%に引き下げ

 2010年度税制改正大綱では、タックス

ヘイブン税制が適用されるか否かを判断

する適用税率(トリガー税率)が25%か

ら20%に引き下げられることが提案され

ている。これは、近年、特にアジア諸国

(中国、韓国、マレーシア等)の法人税

率がのきなみ減少傾向にあるからだ。

 日本がトリガー税率を現状の25%に

維持するとしたら、ほとんどのアジア諸

国に所在する子会社が特定外国子会社等

となり、合算課税の対象となる可能性が

生じる。しかし、トリガー税率が20%

になれば、今までタックスヘイブン適用

除外の申告をしていた子会社のうち約3

割が申告不要になると予想されている。

❷適用除外基準の緩和

 適用除外基準についても、緩和される

ことが提案されている。ここでは、スイ

スに欧州統括会社、シンガポールに物流

統括会社を持つ日系企業のケースで説明

o l u t i o n 1

しよう。

 スイスの欧州統括会社はドイツ、イギ

リス、イタリアの欧州事業会社のマネジ

メント機能を持ち、シンガポールの物流

統括会社は中国のグループ会社が製造し

た部品をマレーシアとタイにあるグルー

プ会社に供給している(図表1)。改正

前では、スイス、シンガポールともに、

法人税率は25%以下のため、これらの

会社は特定外国子会社等に該当する。

 特定外国子会社等であっても、スイス

欧州統括会社はグループマネジメント機

能を持つことから、タックスヘイブン税

制は適用されない。

 ところが、ある年度に傘下の事業会社

から多額の配当を得る場合、その年度の

事業は持株会社であると認定され適用除

外要件を満たすことができず、合算課税

を受ける可能性があった。

 一方、シンガポール物流統括会社は、

ビジネス上その必然性があるにも関わら

ず、部品の調達も販売もグループ会社と

の取引が過半以上であるため、従来の基

準では、物流統括会社で得る利益は、日

本の親会社に合算課税されてしまう。

 今回の税制改正では、統括会社が所有

する被統括会社の株式は、適用除外の判

定上、株式から除かれることになり、実

体のある地域統括会社が子会社から多額

の配当を得る場合においても適用除外基

準を満たせるようになった。また、物流

統括会社と傘下にある被統括会社との取

引は、関連者取引には該当しないとされ

た。つまり、上記のスイス欧州統括会社、

シンガポール物流統括会社ともに適用除

外基準を満たせる可能性が高くなると考

えられるのだ。

 ただし、従来から問題となっている中

国香港来料加工ビジネス、グループファ

イナンスビジネス等について直接的な影

響はないと考えられている。したがって、

引き続きタックスヘイブン税制の適用可

能性については十分な注意を必要とする。

❸資産性所得の導入

 要件緩和によって特定外国子会社等が

適用除外を受けることができたとしても、

その会社が本来の事業と関連のない株式

投資(10%未満出資の株式)や債券の

保有等から生じる所得は、新たに規定す

る「資産性所得」として個別に親会社の

課税所得に合算される。

 この制度は、タックスヘイブン税制の

適用はエンティティベースを基準とする

一方、一定の所得については別途合算課

税の対象とする新しいアプローチになっ

ている。

 なお、これら新制度は平成22年4月

1日以降に開始する「特定外国子会社

等」の事業年度から適用されるものであ

り、日本の親会社の事業年度ベースでは

ないことに注意してほしい。

タックスヘイブン税制改正で変わる海外ビジネス――利益を最大化するグローバル戦略

租税を回避するつもりがなくても合算課税される等、海外子会社を通じてグローバルに事業展開する日系企業に予期せぬ課税を引き起こす可能性のあるタックスヘイブン税制。本稿は、2009年12月に公表された、税制改正大綱におけるタックスヘイブン税制改正の3つのポイントと、今後の海外ビジネスに与える影響について概観する。

S

海外ビジネスに大きく影響グローバル戦略を転換するチャンス

 今回のタックスヘイブン税制の改正は、

ビジネスにどのような影響を与えるだろ

うか。3つの改正の中でも特に適用除外

基準の緩和は、海外ビジネスに与える影

響は大きいだろう。地域統括会社設立に

よる海外子会社の機能集約、物流統括会

社の設立によるサプライチェーン見直し

等、以前はタックスヘイブン税制が障害

となって実現できないでいたケースも、

今後はよりビジネスの観点から柔軟な意

思決定が可能になると考えられる。

 たとえば、複数の欧州事業会社を傘下

に持つ欧州統括会社の場合、事業会社に

は一定の限定された機能を与えたうえ、

統括会社にマネジメント機能を集約する

場合、事業効率および税効率の高いビジ

ネスモデルを構築しやすくなる。また、

物流統括会社は、商流および物流を見直

すことにより、ビジネスの観点からより

効率的なサプライチェーンマネジメント

が可能となるだろう。

 詳細な取り扱いは法令の内容が発表

(例年3月31日前後)されるまでは未定

の部分もあるが、企業のグローバルな海

外展開を阻害することのないよう、税務

執行面においてもその趣旨に沿った柔軟

な対応が期待される。

     I

高島 淳Jun Takashima

税理士法人プライスウォーターハウスクーパーストランザクション/M&A部パートナー

PROFILE公認会計士・税理士。日系企業による海外投資に係る税務、海外企業買収に関するM&A税務、買収後のポストリストラクチャリングに関する税務アドバイス等、多数の案件に関与。

図表1◉日本の親会社と欧州統括会社、アジア物流統括会社の関係

Tax Haven taxation revision

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24 Insight Insight 25

求められる「企業創造」につながる変革

 世界経済が未曾有の悪化を始めてから

1年、急激に冷え込んだ市場はいまだ厳

しい状況が続いている。中でも成熟期に

あった企業にとって、今回の不況は一気

に衰退期に追い込まれる事態ともなって

いる。このような事態に今まで実施して

いたような変革手法は通用しにくい。

 ブレイクスルーやゼロベース思考が提

唱されて久しいが、今まで以上に新しい

パラダイムの視点による改革が必要とさ

れ、「企業創造」ともいうべき変革を行

わなければならなくなってきているのだ。

 ところが、この新しいパラダイムの視

点を持つというのはなかなか容易なこと

ではない。なぜなら、企業における従来

の情報戦略コンセプトは、「今ある経営

課題の解決に情報技術をどう使うか?」

という「課題積上型アプローチ」であっ

たからだ。これでは、既存のパラダイム

の中で解決策を考えてしまう。

 しかし、今求められているのは課題積

上型アプローチではない。「最新の情報

技術を活用して、何か新しい事ができな

いか?」という「技術先行型アプロー

チ」である。見つけた技術を、企業変革

に活用するアプローチなのである。

 技術先行型アプローチを採用すること

で、従来ならば考えられなかったような

活用方法が生み出され、新しいパラダイ

ムが開けるだろう。

モバイルツールが、人とビジネスを変える

 それでは、技術先行型アプローチを採

るその「きっかけ」になりうる情報技術

とは何だろうか? それは「モバイルテ

クノロジー」である。

 パソコン等のコンピュータによる情報

処理機能と、インターネットや携帯電話

等による通信機能は、私たちの社会生活

において必要不可欠なものとなっている。

そして現在、その情報処理機能と通信機

能は融合すべく歩み寄ってきており、モ

バイル市場とも呼べる新たな市場ができ

つつある。

 一方で、企業活動の場は「変化する顧

客への対応」「世の中のボーダレス化」

「社会生活の多様化による在宅勤務やオ

フィスのフリーアドレス化」等により、

多種多様に広がってきている。

 このような背景の中、企業は「情報の

共有化」を積極的に進めているが、情報

活用の手段が「パソコンを立ち上げて、

ネットワークにつなぐ」というだけでは、

せっかく共有した情報が「宝の持ち腐

れ」になる可能性が高い。

 今後は、どのような場所でも容易に情

報を得られるよう人間の行動範囲に密着

したモバイル環境を構築することが求め

o l u t i o n 2 

られる。

 そのようなモバイル環境を構築するこ

とによって、顧客サービスや意思決定、

コミュニケーションの「スピード」が速

くなることはもちろん、生産性向上によ

り「コスト」にもインパクトが出てくる

可能性があるのだ。

 どこでも情報を取り出せるということ

は、これまで活用していなかった情報を

新たに活用することにもつながる。その

結果、従来とはまったく異なる「創造

性」を向上させられるかもしれない。

 たとえば、自社の基幹システムをスマ

ートフォンで使えるようにし、営業の現

場で商品情報を参照したり、カタログの

一部を見せられたらどうであろう。ある

いは、シミュレーションしながら値段の

交渉をしたり、売掛を減らせるようにそ

の場で決済できるとしたらどう変わるだ

ろうか。

 マネジメントも変わってくる。自分が

担当する事業部門や店舗等の成績をいつ

でもどこでも参照でき、直接現場に指示

を出し、意思決定や問題への対処をすば

やくできるとしたらどうであろう。

 地図情報や医療情報、クラウドコンピ

ューティング等、他の技術と組み合わせ

れば、より大きな革新的なポテンシャル

を実現できるのではないだろうか。

 この環境はいってみれば、「情報のオ

アシスに水を汲みに行く時に、今までは

パソコンというバケツで汲んでいたが、

今度はスマートフォンという目に見えな

い水道管が張り巡らされた」ということ

である。本当の意味でのリアルタイムが

実現できるのだ。

 結果的に、使う人間も考え方やスキル

が変わり、まさに「モバイルツールが人

を変える」状態になるだろう。

実際に体験することでイノベーションを起こす

 プライスウォーターハウスクーパース

(PwC)では、モバイルテクノロジーを

中心としたインフラを活用し、ビジネス

への感応度を高め、顧客価値追求のスピ

ードを早くする「アクティビティベース

ドプラットフォーム」を提唱している。

 アクティビティベースドプラットフォ

ームは、単にパソコンをスマートフォン

に置き換えるということではない。モバ

イルテクノロジーのポテンシャルを最大

限に活用し、イノベーションを起こして

いくことを狙うものである。

 この新しいテクノロジーを効果的に適

用するには、従来の机上の分析作業だけ

では難しい。そこで、PwCでは実体験

型のコンサルティングサービス「モバイ

ルクイックスキャン」を提供することに

した。

 たとえば、マネジメントの視点から活

用方法を考えていく場合、まず経営層向

モバイルテクノロジーが企業を変える――新しいパラダイムを創造する「アクティビティ ベースド プラットフォーム」

今最も注目されている技術の1つに「モバイルテクノロジー」がある。いつでもどこでも情報を活用できるモバイルテクノロジーを最大限に活用することで、企業はビジネスへの感度を高め、顧客価値追求のスピードを早めることができるようになるだろう。「企業創造」ともいうべき新たな変革の時期がすぐそこに迫っている。

S

けにパイロットシステムを導入し、経営

情報の見える化を実現する。同時に、実

際に何人かのユーザーに使用してもらい、

その上でワークショップを行い議論する

等、体験してもらうのだ。

 机上で課題を検討するのではなく、実

際にツールを操作しながら具体的なイメ

ージを膨らませる。実際に操作していく

過程での気づきをベースに、経営管理を

高度化し、業務プロセスを効率化してい

くのである。

「技術先行型アプローチ」をリアルに体

験しながら実施し、新たなイノベーショ

ンの創出機会をお客様と一緒に作り上げ

るのだ。

 モバイルテクノロジーを活用すること

によって、自社のパフォーマンスをより

正確に把握し、評価することができるよ

うになるだろう。また、問題点に対する

アクションを迅速に行うことにも繋がる

にちがいない。情報を得るだけでなく行

動に繋げることで、PDCAサイクルの

実効性を高めることができるのだ。

 まだまだ発達段階ではあるが、モバイ

ルテクノロジーを活用したソリューショ

ンには、プロセスやマネジメント、そし

てワークスタイルを変革する大きな発展

性が期待される。

 活用することで、新たなパラダイムの

中での「企業創造」が実現される可能性

は高い。             I

森下幸典Yukinori Morishita

プライスウォーターハウスクーパース株式会社製造・流通・サービス事業部 パートナー

PROFILE通信、放送局、広告、出版、エンターテインメント業界を中心に、国内外の大手企業の業務改革、ERP導入のプロジェクト責任者を務める。また、品質管理担当として多数参画、豊富な実績を持つ。

図表1◉アクティビティ ベースド プラットフォームの概要

Activity-Based Platform

02solution2入稿.indd 24-25 10.3.18 4:45:56 PM

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26 Insight Insight 27

CRMからCEMへの進化

 近年、顧客とのリレーションに重点を

置くだけでなく、快適な体験、心地よい

体験、感動の提供等、顧客のロイヤル

ティをさらに増幅させるための効果的な

アプローチが重要視されている。それが

CEM(Customer Experience Manage-

ment)である。

 CRM(Customer Relat ionship

Management)が企業全体で行なう顧

客との関係性を管理するのに対し、

CEMは顧客のオーナーシップを認め、

企業と顧客とのすべてのインタラクショ

ンポイントでの顧客経験(Experience)

を最適化するものである。

 企業側がCEMを導入する目的は、次

の4点を実践し、継続的に顧客経験を最

適化することにある。

 ① すべての顧客接点における満足でき

る顧客経験の提供

 ② 潜在的価値に基づく顧客対応

 ③ 情報の統合による首尾一貫した対応

 ④ 部門連携による一元化された対応

 また、これらにより顧客側は、以下の

3点を継続的に享受できるようになる。

 ① すべての接点における最適な情報受

 ② すべての接点における同一人物とし

ての認知

 ③ すべての接点における一貫した最適

な対応

CEMの導入

 早速、具体的なCEMの導入手順を紹

介しよう。企業と顧客の接点は、顧客

ニーズの探索から始まる。次に、企業や

その企業の製品・サービスを認知する段

階から情報収集に進み、購入の検討、契

約となる。さらに利用・使用を経て、最

終的に買い換えるのか、他社に乗り換え

るのかを決定する。こうした一連の顧客

ライフサイクルから、企業と顧客の接点

を特定し、詳細に把握していくのである。

 顧客経験マップは、情報技術を通した

インタラクションポイントも含めて、顧

客側から見た「企業と関わる」経験のプ

ロセスを顧客ライフサイクル的に書き出

したものである(図表1)。

 このプロセスの洗い出しは非常に重要

である。それは、企業側が効率化・合理

化目的で進めていた業務プロセスが、実

は顧客にとっては負担になっていること

等が浮き彫りになるからである。この負

担のことを「ペイン・ポイント」と言い、

o l u t i o n 3

より好ましい顧客経験を提供するために

は、このペイン・ポイントを改善する必

要がある。

 時には企業側がコストをかけてでも改

善しなければならないこともあるかもし

れないが、その際には企業の顧客に対す

る姿勢が問われることにもなる。

 たとえば、ある企業の投資優先度は、

従来通りのアプローチで判断した場合

「データウェアハウスの拡張」が一番高

くなった。だが、顧客経験マップを採用

し、CEMアプローチを試みると「コー

ルセンタープロセスの標準化」が最も優

先すべき施策だという結果になる。

 判断基準には、顧客経験マップのほか

にも「顧客の重要性」「顧客ニーズ」「顧客

の声のフィードバック」等、顧客を軸に

した項目を採用している。もちろんこの

企業は結果に従い、まず「コールセン

タープロセスの標準化」に取り組んだ。

 この事例から、CEMの導入により企

業の各部門単位であった顧客との接点を、

情報技術を通したものも含めて顧客ライ

フサイクルを基軸に全体で俯瞰し、それ

ぞれの接点でのペイン・ポイントの解消

を図ること、および顧客志向の評価軸で

企業の意思決定にまで影響を与えている

ことが理解できる。

 このCEMの基本的な考え方から、顧

客経験マネジメントをベースにした顧客

へのアプローチを実施していくのが、新

たなビジネス手法として注目されている。

顧客対応部門におけるCEMへの進化

 実務レベルでは、顧客対応部門として、

営業部門、コンタクトセンター部門、

サービス部門、Web部門等で日々さま

ざまな業務を通して顧客への対応を実施

している。

 現在のビジネス環境下では、それらの

部門が一体となって他社よりも顧客を理

解し、顧客に密着し、顧客に感動を与え

る経験を提供し続けていかねばならない。

 よって、従来のような部門予算で施策

を実施するのではなく、企業全体で、

トップマネジメントレベルで、顧客経験

マネジメントに基づく一貫した顧客対応

を、日々の実務で実践していくことが非

常に重要になってきている。

 最後に、実際に当社が支援した産業器

機メーカーでの実例を示す。営業部門で

の検討から始まり、他部門も巻き込んだ

取り組みに発展させたものである。

 ① 顧客のセグメンテーションにより、

重要度別等に顧客の層別を図る

 ② 営業支援システム、コールセンター

システム、サービスシステム等、部

門別・機能別でシステムを検討せず、

Customer Experience Management

顧客ロイヤルティは企業全体で高める――顧客経験マネジメントによる顧客戦略の実践

近年、顧客との関係性を深めていくために、従来のCRMという考え方をさらに進化させ、顧客の経験をマネジメントしていくビジネス手法「CEM(Customer Experience Management)が注目されている。顧客ロイヤルティの度合いが高まるほど、顧客によりよい経験をしてもらう仕掛け・仕組みが必要になってきているのである。

S

顧客情報の利活用を前提にした活

動をサポートする統合顧客データ

ベースを構築する

 ③ 部門間の合同会議体の設置等、当た

り前のようでやれていなかった顧客

に関する情報共有と対応方針等を相

互に確認できる場を設定する

 ④ 営業が常にアカウンタビリティ(説

明責任)を持つよう担当顧客に対す

る責任を明確にし、売ることだけで

なく顧客のライフサイクル全体を俯

瞰・把握し、顧客の自社との接点で

の経験をよりよくするための活動を

展開する

 ⑤ そのための評価制度の改変にも着手

する

 ⑥ 営業機能を抜本的に見直し、常に満

足できるレベルの顧客経験を享受し

ていただけるような組織再編を、営

業部門だけでなく他部門も含めて実

施する

 これからの企業の重要戦略の1つとし

て、組織的に顧客接点活動を推進し、顧

客とのよりよい関係を続けていくことが

重要なことはまちがいない。

 顧客経験マネジメントの推進は、必ず

や企業における収益基盤の強化につなが

り、顧客資産を確固たるものにするマネ

ジメントだと確信している。    I

図表1◉顧客ライフサイクルと企業の顧客接点

中本雅也Masaya Nakamoto

プライスウォーターハウスクーパース株式会社CRMソリューション統括責任者パートナー

PROFILE早稲田大学商学部卒業後、株式会社リコーに入社。システムソリューション販売で4期連続トップ営業として顧客主義の徹底を実践後、社内ベンチャー事業の成功、商品・営業戦略の策定・推進等で活躍。1999年、現在のプライスウォーターハウスクーパース株式会社(旧ベリングポイント)に入社後、金融機関・製造流通サービス業・官公庁に対するCRM戦略の策定と推進、営業改革、マーケティング改革等のコンサルティングに従事。中小企業診断士。

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28 Insight Insight 29

 2010年1月28日、『アジアの世紀にお

ける金融ビジネス』がプライスウォータ

ーハウスクーパース総合研究所(2009

年10月設立)主催、国際金融情報セン

ター共催、全国銀行協会、金融財政事情

研究会協賛で開催された。

 前半の基調講演では、五味廣文・プラ

イスウォーターハウスクーパース総合研

究所理事長(元金融庁長官)が今次金融

経済危機の教訓と展望について、渡辺博

史氏(日本政策金融公庫副総裁、国際協

力銀行経営責任者)がアジア経済の展望

と金融の役割について概観した。

「規制のみに頼るのではなく、市場参加者の自己規律が欠かせない」五味廣文

 今次金融経済危機の要因として、「規

制の空白の存在」と「自己規律の欠如」

が挙げられる。

 サブプライムローン問題が世界的危機

へと発展した原因の1つは、証券化プロ

セスに透明性が欠けていたため、リスク

の所在や規模が把握不能になってしまっ

たことにある。CDS(クレジット・デ

フォルト・スワップ)もリスク発生時の

保証履行体制が十分整備されておらず、

保険機能が十分に発揮されなかった。さ

らに、一部の投資銀行がバーゼル規制の

v e n t

い中国、インド、ブラジル、インドネシ

アでは個人消費が堅調であり、世界経済

を下支えした。昨年後半から、先進国の

景気も回復しつつあるが、失業率は途上

国も含めてあまり改善していない。

 今回の危機では、資金が市場に流れな

いという問題が生じた。これに対して、

中央銀行は大量の資金供給を行い、極め

て低い金利水準とした。それにより設備

投資をはじめ需要は喚起されてきたが、

同時におカネの調達コストが低下し、ビ

ジネスが労働集約型から資本集約型へと

移行しつつある。このため、生産能力の

向上が必ずしも雇用創出に結びつかなく

なっている。雇用拡大を伴わない回復は、

どの国でも大きな政治問題となるだろう。

 一方、アジアの金融セクターにおける

金融危機の影響は軽微であった。これは、

アジア危機等、過去の教訓を踏まえて、

金融機関の慎重な経営姿勢が維持され、

陶酔的な金融商品への投資も限定的だっ

たからだ。しかし、今次危機の影響で外

貨の流入が減少し、それによってアジア

の成長率は2~3%押し下げられた。

 その背後には、少なからぬ欧米の金融

機関が公的資金の注入を受け、彼らのビ

ヘイビアが国内市場優先となり、国際資

本市場を後回しにせざるをえなかった事

情がある。

 多額の外貨準備や貯蓄を持つ日本と中

国は、アジア諸国やその企業に対してス

ワップや資本市場を通じて資金供給する

ことができる。こうした市場整備には、

官民あげた取り組みが必要であろう。

 為替について今後アジアでは、安定維

持と同時に、その変動を通じた経常収支

調整機能の発揮という意味での弾力化も

必要であるという二律背反的な取り組み

が必要となろう。

 投資についても、新規のインフラ整備

と既存インフラの維持・補修の双方が、

また一国に止まるプロジェクトだけでな

くアジア地域全体を視野に入れた案件投

資も必要となろう。

 保有資源や所得等の面で格差が激しい

諸地域をうまく結び付けて、トータルと

してのアジア地域の発展が望めるように

していくことが大切である。

アジア経済の発展を後押しする金融システムの実現を!

 シンポジウム後半は、有吉章氏(国際

通貨基金 アジア太平洋地域事務所長)、

羅平氏(中国銀行業監督管理委員会 人

材研修局長)、内田和人氏(三菱東京

UFJ銀行、企画部経済調査室長)、大山

剛(あらた監査法人 ディレクター)を

迎え、デビッド・エルドン(プライスウ

プライスウォーターハウスクーパース総合研究所主催シンポジウム

『アジアの世紀における金融ビジネス』サブプライム問題やリーマンショックに端を発する金融不安で、一気に落ち込んだ世界経済。その回復の牽引役として、アジア経済が注目されている。だが、アジア諸国は成長段階に大きな相違があり、金融機関の監督規制のあり方やリスク管理手法も一様ではない。外貨依存、所得格差等の問題も立ちはだかる。先進国としての経験、欧米と異なる商慣行の中で培ってきた金融システムとノウハウを持つ日本の金融機関は、今後アジア経済、ひいては世界経済の発展にどのように貢献できるだろうか。

E

の効率性を犠牲にするようなことがあっ

てはならない。

 市場における自由と信認確保の同時達

成のためには、規制のみでの対応では難

しく、市場参加者の規律と自己責任̶

必要な時には利益を犠牲にする覚悟を持

ってリスク管理にあたること̶が大切

である。さらに、ディスクロージャーの

充実によって、市場の規律を通じて適切

なリスクマネジメントが引き出される形

の規制を整備すれば、再発防止効果はよ

り高まるだろう。

「アジア市場への資金量を縮小させないことが重要だ」渡辺博史

 今次金融危機の結果、2009年のGDP

成長率は先進国では大幅なマイナスとな

った。その一方で、新興国にはそれをオ

フセットする力があった。特に人口の多

五味廣文・プライスウォーターハウスクーパース総合研究所理事長(元金融庁長官)

渡辺博史・日本政策金融公庫副総裁、国際協力銀行経営責任者

対象外である間隙をぬって、短期的な利

益の最大化を狙ったハイレバレッジ経営

へと走ったことも、問題を複雑化させた。

 一方、規制当局側も、金融規制の空白

を突いて規律なきビジネスが拡大してい

る実態を把握しきれず、適切な対応を取

れなかった。

 再発を防止するためには、銀行かノン

バンクかを問わず、グローバルでかつ大

規模である金融機関にはしかるべき規制

強化が必要となるだろう。

 ただし、「大きなリスクを取るな」と

いわんばかりの昨今の規制強化論には、

若干違和感を覚える。規制には自由なイ

ノベーションの発揮を阻害するという副

作用が伴うし、そもそも金融機関の役割

はリスクテイクにあるとも言える。

 金融機関がリスクを取っても当局にリ

スクの実態とその管理状況を把握する能

力、そしてその結果に基づく対処能力が

あれば、金融の安定性が損なわれること

はない。政府の都合を優先させて、市場

ォーターハウスクーパース シニア・アド

バイザー)の司会で、アジアから見た今

次危機の影響や、今後の金融に関するビ

ジョンを巡りパネルディスカッションが

行われた。

 アジアでは、過去の危機を教訓とし、

保守的な管理体制下で金融活動が行われ

ていたこともあって、今次金融危機の直

接的な影響は軽微に止まった。

 しかし、外需の落ち込みで実体経済は

大きな影響を受けたが、中国等大規模な

景気刺激策等によりいち早く景気回復軌

道に乗った国と、日本等景気は底を打っ

たものの回復の足取りの鈍い国とが見ら

れる状況にある。

 グローバルな金融監督制度改革の動き

に対しては、今次危機の震源となった欧

米が主導している点に違和感をもち、過

度な規制導入に強い懸念を抱く声も日本

国内にはある。今後アジアの意見をグロ

ーバル・ルールに反映させるために、域

内諸国の協力強化とアジアからの情報発

信が重要である。

 また、アジアの自由貿易を加速させる

には、国際的な資金調達スキームや市場

インフラ等の整備が必要である。アジア

の商習慣に即した金融システム構築にお

いても、日本のノウハウや経験は活かせ

るものと思われる。       I

デビッド・エルドン・プライスウォーターハウスクーパース シニア・アドバイザー(元HSBC会長)

有吉章・国際通貨基金 アジア太平洋地域事務所長

内田和人・三菱東京UFJ銀行 企画部経済調査室長

羅平・中国銀行業監督管理委員会 人材研修局長

大山剛・あらた監査法人 ディレクター パネルディスカッションの詳細はWebにも掲載しています。http://www.pwcjp.com/

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G l o b a l T o p i c s J a p a n T o p i c s

e w s

30 Insight Insight 31

N

 PwCは、Universum社が発表した「最も魅力的な企業トップ50」において、世界第2位を獲得しました。 このランキングは、アメリカ、日本、中国、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、ロシア、スペイン、カナダ、インドにおいて、経営学を専攻する学生に行った調査に基づいたものです。 これは雇用主としての「企業ブランディング」を手がけるUniversum社が、世界

で初めて就職先としての企業の魅力をランキングにしたもので、優秀な人材確保や定職率等の項目で優れた企業がランクインしています。 多くの企業において人材に対する意識が低下している中、PwCではスタッフキャリア形成や潜在能力を最大限に引き出すために、多くの専門的な育成プログラムと国際的に活躍できる機会を提供しています。

 PwCは、WBCSD(The Wor ld Business Council for Sustainable Development/持続可能な開発のための世界経済人会議)による、2050年に持続可能な社会の達成を目指すプロジェクト「Vision 2050」の一環として、2050年までに世界で新たに創出されるサステナビリティ関連ビジネスについて調査しました。 その結果、天然資源および健康・教育セクターにおいては、日常レベルの投資に加えて、世界の投資額が年間3~10兆米ド

ルに達すると予想しています。 調査の分析は、サステナビリティ関連に深い影響を及ぼす天然資源(エネルギー、森林資源、農業と食料、水および鉱物資源)と、健康・教育関連分野に焦点を当てており、天然資源分野では、IEAの2008年度Technology Perspectivesを基に、炭素放出削減に係る投資額について予想しています。 また、健康・教育分野では、新興経済国を基に予測しており、その健康・教育関連

のGDPは2050年までにG7の2005年レベルに達すると見込まれています。

PwC、世界の学生が選ぶ「最も魅力的な企業」第2位に選ばれる

サステナビリティ関連ビジネス、2050年には年間3~10兆米ドル-世界のGDPの1.5~4.5%に──特に天然資源と健康・教育分野における投資が増加

 調査会社のKennedy Information社が定期的に発行するレポート「Kennedy Information Global Crisis and Recovery Consulting Marketplace 2009-2012」において、PwCはグローバル企業の危機対応や事業再生コンサルティング市場でマーケットリーダーとしての評価を獲得しました。 レポートによると、グローバル企業の危

機対応や事業再生市場は、2008年の54億米ドルに対して、2009年は40%増の75億米ドル拡大すると想定しています。 PwCはこの分野の収益において第1位を獲得し、グローバル企業の危機対応や事業再生コンサルティングにおける定性評価「Kennedy Vanguard」では、能力の幅広さと深さでトップに位置づけられています。 PwCのサービスの特徴は、危機対応に

おける豊富な実績(特に破綻企業の再生)と、金融サービスに注力している点であり、この2つの組み合わせによって、景気悪化のあおりを受けた大手銀行等の再生支援において高い評価を得ています。 本レポートとランキングによって、危機対応と事業再生コンサルティングサービスにおける、PwCの盤石なマーケットポジションが示される結果となりました。

PwC、危機対応・事業再生コンサルティング市場でマーケットリーダーに

 常に利益を計上しなければならない企業の宿命を考えれば、中・長期的な視点で日本企業が進むべき道は、需要増加が見込まれる海外市場への進出と低価格生産を目的とした海外生産拠点を求めてのM&A活動となることは容易に想像できます。 また、物理的距離、地域的発展性および文化的親和性を考えると、日本企業にとってアジアは、重要な戦略的地域であると言えます。アジアにおける日本の地位が相対的に低下していく近未来の現実を前にし

て、日本企業がなすべきことは何か、を考えるのに適した1冊。

●目次第1章 総論第2章 中華人民共和国第3章 香港第4章 台湾第5章 大韓民国第6章 タイ王国第7章 マレーシア第8章 シンガポール共和国第9章 ベトナム社会主義共和国第10章 インド第11章 インドネシア共和国第12章 オーストラリア連邦

『アジアM&Aガイドブック』発行プライスウォーターハウスクーパース株式会社/税理士法人プライスウォーターハウスクーパース著

 2010年3月4日、東京国際フォーラムにおいて PwC Japan主催の IFRSセミナー「本格的 IFRSプロジェクトの実務~導入先行国事例に基づいた日本における適用方法~」が開催されました。 本セミナーでは、来るべきIFRS適用に備え、プロジェクトの全体像やその留意点、さらには調査・分析のフェーズから一歩踏み込んで実際の導入フェーズに焦点を当てた、原則主義下における会計方針決定の実務について、実例を交えて解説。また、

IFRS適用を会計処理の変更のみにとどめず業務プロセス・ITシステムの改革等、IFRS導入の効果を最大限に引き出すためのコンバージョンアプローチについても説明しました。 当日は400名を超える方々にご参加いただき、質疑応答のセッションでは、会計マニュアル作成時の論点整理におけるポイントや導入の具体的スケジュール等、より実践的な質問が多く寄せられ、IFRS適用に対する関心の高さが伺えました。

PwC Japan IFRSセミナー「本格的IFRSプロジェクトの実務」開催

世界の学生が選ぶ「最も魅力的な企業」トップ10(ビジネス分野)

1位▶Google 2位▶PricewaterhouseCoopers 3位▶Microsoft 4位▶Goldman Sachs 5位▶Ernst & Young 6位▶Procter & Gamble 7位▶J.P. Morgan 8位▶KPMG 9位▶McKinsey & Company10位▶Deloitte

中央経済社5,800円(税別)2010年2月発行

PwC Japanが提供するIFRS関連の最新情報サービス等の詳細はIFRS プロジェクト室ウェブサイトwww.pwcjp-ifrs.comをご覧ください。

 PwCは日本政府(防衛省)より、在沖米海兵隊グアム移転プロジェクトの家族住宅※Public Private Partnership(PPP)プロジェクトのアドバイザーおよびフィナンシャルアドバイザーに指名されました(契約期間は2010年3月末迄)。 移転プロジェクト全体のうち、PwCの業務対象は家族住宅プロジェクトの事業者選定プロセス策定を含む全体スキーム構

築、日米合意に基づき日本政府の資金を使うこととなる家族住宅プロジェクトおよびインフラプロジェクトのファイナンスのストラクチャリングについてアドバイスを行うこととなります。 PwCの強固なグローバルネットワーク(特に米国・英国のDefenseスペシャリストのサポート)、税務・会計・モデリング・フィナンシャルストラクチャリング・

PPPのプロジェクトストラクチャリング等、広範囲のサービスを求めるクライアントに対し、ワンストップでのサービスを提供するケイパビリティ、日本におけるPwCのPPPアドバイザーとしての実績等を活かし、クライアントのプロジェクトの推進をサポートしていきます。

※ 家族住宅:グアム島北部にあるフィネガヤン地区に3500戸整備するものです。

アメリカ海兵隊のグアム移転に伴う民活事業アドバイザリー業務、PwCが受注

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