特 集 次世代シーケンサーの新展開 ロングリードngs...

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4 日経バイオテク掲載記事の無断転載を禁じます。また無断複写・複製(コピー等)は著作権法上の例外を除き、禁じられています。 https://bio.nikkeibp.co.jp/ 2016.7.11 された生物資源ゲノム解析センターを持つ東京農業大学 は、2016 年 8 月に遺伝研と包括連携協定を結ぶ。農林水 産省が管轄する研究機関が 2016 年 4 月に改組されてゲノ ム解読の新組織が発足した。ロングリードでも実績のあ る沖縄県の沖縄綜合科学研究所(OIAS)は、NGSを活 用した受託解析を 2016 年 4 月から開始した。沖縄科学技 術大学院大学(OIST)ではオキナワモズクなど地元特 産の海産物のゲノム解読でも成果を上げる。植物などの ゲノム解読の中核となっているかずさ DNA 研究所はゲ ノム解析の受託も行っており、NGS の高稼働率を誇る。 3日間で 1500 人分を読めるNGS の普及進む 3Gb(30 億塩基)から成るヒトゲノムを解読する国際 プロジェクトが、30 億ドルの予算で 1990 年に開始され、 2000年にドラフト、 03年に完成版が発表された。その後、 ヒトゲノムの解読費用を 1 人当たり 1000 ドルに低減する プロジェクトが米国で推進され、米Illumina社が2014 年に発売した「HiSeq X」で実現された。 HiSeq X は、圧倒的に多くのリード数を読める超並列 DNAシーケンサー。新しい試薬とナノウエルが規則的 次世代シーケンサー(NGS)の新たな機種が相次いで 登場し、特定のNGSが覇権を握るのはわずか3年ほど。 日本勢の参入にも期待が集まっている。 2016 年 4 月、文部科学省が 6 カ年計画で推進する科学 研究費助成事業「新学術領域研究『学術研究支援基盤形 成』」の「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(先 進ゲノム支援)」(予算額は年10億円規模)が始まった。 2015 年度までの 6 年間に 86 億円余り(間接経費を含む) で実施された「ゲノム支援」の後継施策だ。科研費に採 択された研究課題を対象に、ゲノム解析を支援する。 この先進ゲノム支援では、1リード(解析するために 断片化したDNA鎖)で10kb(1万塩基)を超えるロン グリードを読める NGS の新機種や、1 リードが数百塩基 のショートリードNGSながら塩基配列情報を長くつな げること(アセンブル)ができる新技術の装置の整備が 進む(5ページの表1を参照)。研究支援代表者は、ゲノ ム支援に続いて、情報・システム研究機構(ROIS)傘 下の国立遺伝学研究所(遺伝研)の小原雄治特任教授が 務めている。 私立大学で日本唯一のゲノム解読共同拠点として整備 特 集 米 PacBio 社のロングリード NGSが新規(de novo)のゲノム解読で威力を発揮している。 ヒトゲノム1000ドルを実現した米 Illumina 社のショートリード NGSもロング化の技術革新が進む。 英 Oxford Nanopore 社のモバイル NGS は教室や野外での塩基配列決定を実現する。 ロングリードNGSが威力を発揮 ハイエンドとモバイルの2極化進む 次世代シーケンサーの新展開 情報・システム研究機構(ROIS)戦略企画本部 の藤山秋佐夫副本部長(左)と、国立遺伝学研 究所生命情報研究センター比較ゲノム解析研究 室の豊田敦特任准教授(中央)、ROISデータサ イエンス共同利用基盤施設ゲノムデータ解析支 援センターの野口英樹特任准教授 遺 伝 研 に 2016 年 春 に 設 置 さ れ た 米 Pacific Biosciences社のDNA1分子実時間シーケンサ ー新型機「Sequel」。既存機種の「PacBio RSII」 に比べ塩基の出力は 7 倍。大きさは 3 分の 1、重 量は381kg。遺伝研では試運転を7月から開始 した 2016 年度から文科省が推進する事業、先進ゲノ ム支援の大規模配列解析の5拠点の1つである 九州大学大学院医学研究院基礎医学部門細菌学 分野の小椋義俊准教授(左)と林哲也教授。腸 内などの常在菌叢や環境のメタゲノム解析も実 施している

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日経バイオテク掲載記事の無断転載を禁じます。また無断複写・複製(コピー等)は著作権法上の例外を除き、禁じられています。

https://bio.nikkeibp.co.jp/ 2016.7.11

特集

された生物資源ゲノム解析センターを持つ東京農業大学は、2016年8月に遺伝研と包括連携協定を結ぶ。農林水産省が管轄する研究機関が2016年4月に改組されてゲノム解読の新組織が発足した。ロングリードでも実績のある沖縄県の沖縄綜合科学研究所(OIAS)は、NGSを活用した受託解析を2016年4月から開始した。沖縄科学技術大学院大学(OIST)ではオキナワモズクなど地元特産の海産物のゲノム解読でも成果を上げる。植物などのゲノム解読の中核となっているかずさDNA研究所はゲノム解析の受託も行っており、NGSの高稼働率を誇る。

3日間で1500人分を読めるNGSの普及進む

 3Gb(30億塩基)から成るヒトゲノムを解読する国際プロジェクトが、30億ドルの予算で1990年に開始され、2000年にドラフト、03年に完成版が発表された。その後、ヒトゲノムの解読費用を1人当たり1000ドルに低減するプロジェクトが米国で推進され、米Illumina社が2014年に発売した「HiSeq X」で実現された。 HiSeq Xは、圧倒的に多くのリード数を読める超並列DNAシーケンサー。新しい試薬とナノウエルが規則的

 次世代シーケンサー(NGS)の新たな機種が相次いで登場し、特定のNGSが覇権を握るのはわずか3年ほど。日本勢の参入にも期待が集まっている。 2016年4月、文部科学省が6カ年計画で推進する科学研究費助成事業「新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』」の「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(先進ゲノム支援)」(予算額は年10億円規模)が始まった。2015年度までの6年間に86億円余り(間接経費を含む)で実施された「ゲノム支援」の後継施策だ。科研費に採択された研究課題を対象に、ゲノム解析を支援する。 この先進ゲノム支援では、1リード(解析するために断片化したDNA鎖)で10kb(1万塩基)を超えるロングリードを読めるNGSの新機種や、1リードが数百塩基のショートリードNGSながら塩基配列情報を長くつなげること(アセンブル)ができる新技術の装置の整備が進む(5ページの表1を参照)。研究支援代表者は、ゲノム支援に続いて、情報・システム研究機構(ROIS)傘下の国立遺伝学研究所(遺伝研)の小原雄治特任教授が務めている。 私立大学で日本唯一のゲノム解読共同拠点として整備

特 集

米PacBio社のロングリードNGSが新規(de novo)のゲノム解読で威力を発揮している。ヒトゲノム1000ドルを実現した米Illumina社のショートリードNGSもロング化の技術革新が進む。英Oxford Nanopore社のモバイルNGSは教室や野外での塩基配列決定を実現する。

ロングリードNGSが威力を発揮ハイエンドとモバイルの2極化進む

次世代シーケンサーの新展開

情報・システム研究機構(ROIS)戦略企画本部の藤山秋佐夫副本部長(左)と、国立遺伝学研究所生命情報研究センター比較ゲノム解析研究室の豊田敦特任准教授(中央)、ROISデータサイエンス共同利用基盤施設ゲノムデータ解析支援センターの野口英樹特任准教授

遺 伝 研 に 2016 年 春 に 設 置 さ れ た 米 Pacific Biosciences社のDNA1分子実時間シーケンサー新型機「Sequel」。既存機種の「PacBio RSII」に比べ塩基の出力は7倍。大きさは3分の1、重量は381kg。遺伝研では試運転を7月から開始した

2016年度から文科省が推進する事業、先進ゲノム支援の大規模配列解析の5拠点の1つである九州大学大学院医学研究院基礎医学部門細菌学分野の小椋義俊准教授(左)と林哲也教授。腸内などの常在菌叢や環境のメタゲノム解析も実施している

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次世代シーケンサーの新展開

に整列したフローセルを採用し、DNA鎖の両端を150塩基ずつ読むペアエンドリードで、フローセル1つ当たり900Gb(9000億塩基)の配列情報を3日以内で得られる。フローセルを2つ使えば、この2倍の1.8Tb(1兆8000億塩基)の配列情報を得られる。ヒトゲノムは3Gbなので、1.8Tbは6000人分に相当する。解読する塩基配列の精度を99.9%以上に高めるために40倍で読む場合でも、150人分のゲノムデータを3日間で得られる計算になる。 試薬コストは1Gb当たり7ドルなので、120Gbなら840ドル。装置の減価償却、人件費を加えてもおよそ1000ドルでヒトゲノム1人分を読める計算になるという。 Illumina社はまず2014年にHiSeq Xを10台まとめた

「HiSeq X ten」を発売した。このX tenは1500人分のゲノムデータを3日間で得られる超高性能の装置。装置の価格は HiSeq X の 1 台が 100 万ドルなので、ten は1000万ドル。日本にはtenは導入されていないがHiSeq Xを5台まとめた「HiSeq X five」は少なくとも3セット導入された(6ページの一覧表を参照)。

 そのうちの1台は、韓国Macrogen社の子会社であるマクロジェン・ジャパンが京都大学国際科学イノベーション棟に設置した。Macrogen社は、HiSeq Xを民間企業として初めて導入したことで知られ、現在は世界で20台程度を保有している。同社は京都のHiSeq Xを用いた受託解析を2016年春に開始した。当初は解析対象をヒトゲノムに限定していたが、7月からは全ゲノムシーケンシングに鍵って、全生物種に対象を広げた。 このようにDNAポリメラーゼ反応を超並列で行うショットガンシーケンスとインフォマティクスの進歩によって、ヒトゲノムの1000ドル解読は実現した。 しかし、これはあらかじめゲノムの標準的な塩基配列の並び方が分かっている“リシーケンス”の場合。ショットガンで読んだ塩基配列情報を、先に配列が決定されている地図の上に貼り付ける(マッピング)の作業で全体像を把握するものだ。一方、新たに生物のゲノムを解読する“de novoゲノム解読”では、大本の地図(リファレンス)が無いので、読んだ短い塩基配列情報をつなげ

研究支援代表者小原雄治 国立遺伝学研究所系統生物研究センター特任教授研究支援分担者○社会との接点活動加藤和人 大阪大学大学院医学系研究科教授○大規模配列解析拠点ネットワーク支援活動豊田 敦 国立遺伝学研究所生命情報研究センター特任准教授鈴木 穣 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授三井 純 東京大学医学部附属病院助教林 哲也 九州大学大学院医学研究院教授時野隆至 札幌医科大学医学部教授○高度情報解析支援ネットワーク活動黒川 顕 国立遺伝学研究所生命情報研究センター教授野口英樹 情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設ゲノムデータ解析支援センター特任准教授中村保一 国立遺伝学研究所生命情報研究センター教授高木利久 東京大学大学院理学系研究科教授岩崎 渉 東京大学大学院理学系研究科准教授森下真一 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授浅井 潔 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授笠原雅弘 東京大学大学院新領域創成科学研究科講師伊藤武彦 東京工業大学生命理工学院教授森 宙史 東京工業大学生命理工学院助教山田拓司 東京工業大学生命理工学院准教授小椋義俊 九州大学大学院医学研究院准教授久原 哲 九州大学大学院農学研究院名誉教授高橋弘喜 千葉大学真菌医学研究センター准教授瀬々 潤 産業技術総合研究所人工知能研究センター研究チーム長榊原康文 慶應義塾大学理工学部教授

表 1 文科省科研費新学術研究領域「先進ゲノム支援」(2016 年度から 2021 年度の計画)

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特集

ていく「アセンブル」という作業が必要になる。 NGSが登場する以前のゲノム解読では、制限酵素切断部位やDNAマーカーの位置・距離を基にした物理地図を染色体ごとに作成し、150kb(15万塩基)を含む大腸菌人工染色体(BAC)ライブラリーを作製して読むことにより、全ゲノムの解読を進めるのが常道だった。 しかし、ヒトゲノムの1000ドル・リシーケンスを実現したIllumina社のHiSeqをはじめ、ショートリードで

圧倒的なスループットのあるNGSが実用化したことにより、現在では、ショットガンで読んだリードをつなぎ合わせる作業を積み重ねて全ゲノムの解読に近づけていくという方法が主流になった。全ゲノムショットガン配列決定法(WGS)と呼ばれる方法だ。このWGSでは、ゲノム全体を確定できるまでは“ドラフトゲノム”と呼ばれるが、このドラフトは精度の幅がとても大きい。 物理地図を作らずにショットガンで全ゲノムを読む

沖縄科学技術大学院大学(OIST)マリンゲノミクスユニット(MGU)の佐藤矩行教授(一番左、以降順に右)と西辻光希ポストドクトラルスカラー、有本飛鳥ポストドクトラルスカラー、将口栄一グループリーダー

OISTのDNAシーケンシングセクション(SQC)の藤江学技術主任(左)と新垣奈々博士(農学)。OISTが沖縄県水産海洋技術センターと共同で進めるオキナワモズクのゲノム解読ではMGUグループ(左写真)と共に著者

沖縄綜合科学研究所(OIAS)の平野隆技監・CTO。PacBio社のNGSを用いたロングリード解析の共同研究の成果として、農研機構とアズキや乳酸菌など相次ぎ発表。2016年4月から受託解析も開始した

日本のアカデミア系機関

国立遺伝学研究所 2016年度開始の文科省科研費新学術研究領域「先進ゲノム支援」の中核拠点。リード長10kb超を実現した米Pacfic Biosciences(PacBio)社NGSの新型「Sequel」を2016年春に設置

東京大学柏キャンパス リード長を100kbに伸ばせるロング10X Genomics社の新型装置を鈴木穣教授の研究室に2016年5月に設置。鈴木研究室では6月にOxford Nanopore社製「MinION」で授業

公益財団法人かずさDNA研究所 植物などのゲノム解析の拠点。ショートリード機器の稼働率高い。ロングは韓国企業に委託

沖縄科学技術大学院大学(OIST) マリンゲノミクスユニット(MGU)とDNAシーケンシングセクション(SQC)がショートリード装置で新規ゲノムを解読

一般社団法人沖縄綜合科学研究所 米PacBio社のNGS「RSII」を用いた新規ゲノム解読で実績。2016年4月からは受託も開始

東京農業大学 生物資源ゲノム解析センターは私立大学唯一のゲノム解析共同拠点(共同は2013年から)。2016年8月に国立遺伝学研究所と包括連携協定を締結へ

農業・食品産業技術総合研究機構 (農研機構) 2016年4月の改組で次世代作物開発研究センターが誕生

水産研究・教育機構 2016年4月の改組で中央水産研究所に水産生命情報研究センターが誕生NGSの新装置・新技術

米Illumina社 ヒトゲノムのリシーケンス1000ドル実現のHiSeq Xを製品化。日本ではHiSeq X fiveが京都大学内の韓国Macrogen社日本支社や静岡県立静岡がんセンター、東芝に設置されている

米Pacific Biotechnologies社 リード長10kbの1分子NGSの新型「Sequal」で解析能力6倍に。日本では国立遺伝学研究所、横浜市立大学医学部などが設置

米10X Genomics Technologies社 タグ付けでライブラリー化する前処理によりショートリードNGSでも、100kb規模にアセンブルできる装置を製品化

イスラエルNRgene社 ショートリードをアセンブルする「DeNovoMAGIC」を米Illunina社と連携して事業化。国際小麦コンソーシアムが契約して注目度高まる

英Oxford Nanopore Technologies社 使い切りの1分子ナノポアNGS「MinION」を製品化。解析能力が数百倍の「PromethION」も2016年にアーリーアクセス向けの供給が始まった

英Base4 Innovation社 1分子ナノポアNGSを日立製作所と共同開発クオンタムバイオシステムズ 半導体加工技術を用いた迅速な1分子NGSの製品化を進める水産研究・教育機構

表 2 新規(de novo)ゲノム解読に向けた新世代シーケンサー(NGS)の主な動き

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次世代シーケンサーの新展開

WGSの場合は、リード長に入り切らない長さの繰り返し配列は、つなげられないなどの限界がある。 さらに、ショットガンで全ゲノムを決める場合には、個々のリードをつなぎ合わせるアセンブルという作業に当たり、リード長の長さが大きな意味を持つ。ショートリードでは、ロングリードに比べて個々のリードと繋げるときの組み合わせ数が増え、インフォマティクスの負荷が大きくなる。現在のNGSのリード長は、ショートリードだと長くても300塩基ほど。一方のロングリードは1万塩基なので、つなぎあわせる断片数に30倍の違いが生じる。この数字を基に、つなぐ組み合わせを計算すると、まさに天文学的な違いになるのだ。

ゴリラのゲノム解読でロングリードが威力

 ロングリードの威力は、米University of WashingtonのグループがScience誌2016年4月1日号で発表したゴリラのゲノム解読であらためて示された。リード長が10kb(1万塩基)を超える米Pacific Biosciences(PacBio)社の1分子実時間解読技術であるSMART技術を用いることにより、従来のゴリラのアセンブルでは、ヒトゲノムをレファレンスにしたものでContig(ショートリードを重ね合わせてつなげることができた断片)の数が43万を超えていたが、今回の論文では2万足らずへと、断片化のレベルが96%も減少したのだ。 この論文で用いられたPacBio社のNGSは「PacBio RSII」だったが、PacBio社は解析量を7倍に増やし、しかも大きさを3分の1以下、価格を2分の1以下にした新型機「Sequel」をスイスRoche社と共同で開発し、2015年に製品化した。日本には、文科省の先進ゲノム支援により、遺伝研に1台設置されたのを含め、少なくとも3台が導入されている(6ページの表2を参照)。 PacBio社のNGSは現在、ロングリードNGSの代表格だ。Illumina社などショートリードNGSでは解読する

対象のDNAを固定化しているのに対し、PacBio社のNGSでは塩基の解読に用いるDNAポリメラーゼを固定化している。塩基配列の解読に用いている分子がDNAポ リ メ ラ ー ゼ で あ る こ と は 同 じ だ が、PacBio 社 のSMART技術では、DNAポリメラーゼの反応を停止させる必要が無く、DNAポリメラーゼの寿命を最大限に活用できる。このためリード長は平均で10kb(1万塩基)を超え、最長では80kb(8万塩基)超を達成した。 「2年ほど前から、ゲノムサイズがそれほど大きくない微生物のゲノムは、PacBio社NGSのみで解読するようにしている」と、先進ゲノム支援の大規模配列解析の第1の拠点である遺伝研の豊田敦特任准教授は話す。RSIIに加え、Sequelの試運転を2016年7月から開始した。 ただし、Sequelは先代のRS IIに比べ大幅に小型化されたものの、重量は300kgを超え、手軽な装置ではない。ゲノム解析の集中拠点などに整備する用途が、Illumina社のHiSeq Xなどとともに主流になりそうだ。大型装置は当初の購入費用が億円単位と高価であり、また保守費用も年1000万円ほど掛かる場合があるなど、個々の研究室では運用しにくいからだ。 現在のところ、真核生物などゲノムサイズが大きい場合には、100点満点の完全ゲノム解読に向けて、まずは60点から70点程度まではスループットの大きなショートリードNGSで読み、次いでロングリードNGSと組み合わせて90点超えを目指す、という取り組みが主流のようだ。 ただし、ショートリードとロングリードとを組み合わせてゲノム情報をつないでいくアセンブルの方法はまだ十分に確立されておらず、インフォマティクスの研究者らが試行錯誤で取り組んでいるのが実態という。 ロングリードのスループットがさらに向上すれば、微生物ゲノムと同じように、ロングリードだけで全ゲノムを読むことが現実的になるといえそうだ。

かずさDNA研究所の技術開発研究部ゲノム情報解析グループの平川英樹グループ長(左)と、先端研究部植物ゲノム・遺伝学研究室の磯部祥子研究室長。NGS装置の稼働率が高い

東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻情報生命科学群の鈴木穣教授。鈴木研究室はゲノム先進支援の大規模配列解析の5拠点の1つでもある

2016年5月に東京大学柏キャンパスの鈴木研究室に設置された米10X Genomics社の新型機。Illumina社のNGSのショートリードをロング化できるライブラリー作製などの機能を持つ

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特集

ショートリードNGSでもロングにつなげる新技術

 その一方で、用いる装置はショートリードNGSだが、解析結果をロングにできる革新技術も登場してきた。 米10X Genomics社は、100kb(10万塩基)規模の長さのDNAにあらかじめ14塩基のタグ(バーコード)を付けておいてからショートリードNGS用に断片化するという前処理の工夫により、結果的にロングリードを読めるNGSの前処理装置「GemCode」を2014年に発表した。先進ゲノム支援の大規模配列解析の第2の拠点である東京大学の鈴木穣教授が、この機器を複数台導入しており、2016年5月にはロング化と1細胞DNAシーケンスの両方に使える最新型を設置した。 一方、イスラエルNRgene社は、ショートリードの塩基配列情報をつなぎ合わせてロングにできるソフトウエア「DeNovoMAGIC」を、ショートリードNGSの旗手であるIllumina社と連携して事業化している。2016年6月13日には、05年に結成された国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IWGSC)がNRgeneと連携した成果を発表したことにより、注目度が高まっている。コムギのゲノムサイズはヒトの60倍近くと大きく、異なる3種類のゲノム(A、B、D)で構成されるため、全ゲノムの解読が困難だ。日本は、農業生物資源研究所(生物研、2016年4月に農業・食品産業技術総合研究機構に吸収合併)などの研究グループがコムギの21本の染色体のうちの1本である6Bの解読を担当している。

Oxford社製NGSがHiSeq並みの高出力へ

 ロングリードの1分子NGSでも、HiSeq並みの高出力が実現してきた。2012年に英Oxford Nanopore Tech-nologies 社が製品化した NGS「MinION」は、外付けHD(ハードディスクドライブ)程度の大きさのデバイ

ス。パソコンのUSBポートに差し込んだ後、サンプルをセットするだけで配列を決定できる。デバイスを構成するフローセルは1回限りの使用。価格は900ドル程度だ。 塩基の判別に用いる分子は、“ナノポア”と呼ばれるイオンチャネル蛋白質。チャネル内を1本鎖DNAを通過させて電流値の変化から塩基配列を読み取る。Illumi-na社やPacBio社のNGSがDNAポリメラーゼ反応で生じる光を検出しているのに対し、MinIONは電気信号を検出する方式のため、小型化できた。2016年7月中旬からは、米航空宇宙局(NASA)が、宇宙ステーションでMinIONを用いる実験を行う。 さらにOxford Nanopore社は、MinIONの上位機種である「PromethION」の出荷を2016年2月から開始した。ナノポアの改良により解読速度と精度を大幅に向上させた。解析能力はセル48個を使うと7Tb(7兆塩基)にもなる。Illumina社のHiSeqX tenと同レベルともいえそうだ。東京大の鈴木研究室は既に注文しており、2016年末頃にも届く見通しという。鈴木研究室では、2016年6月の第4週に学部生を対象にした実習でMinIONを使用した(8ページの写真)。鈴木教授らは、MinIONを用いた野外での解析を感染症対策に役立てる実証実験を、シスメックスや理研ジェネシス(シスメックスが2016年6月30日に子会社化を発表)と連携して東南アジアなどで実施している。 電気信号で検出する1分子NGSは、大阪大学発ベンチャーであるクオンタムバイオシステムズでも開発が進む。塩基の認識に半導体素子を用いることで、より迅速で正確に塩基配列を決定できるNGSを目指す。 1分子NGSは、DNAを増幅させないため、メチル化などの塩基のエピジェネティック修飾も直接解析できる。NGSの技術革新は、医療や食糧、環境など人類の課題解決で世界を変えていくのだ。 (河田孝雄)

英Oxford Nanopore Techologies社の使い切り1分子DNAシーケンサー「MinION」。数時間で数Gbp(数十億塩基)以上を解析できる。価格は900ドルと米大学の論文に記載がある。(東京大学柏キャンパスの鈴木研究室にて撮影)

東京大学柏キャンパスで2016年6月第4週に実施されたMinIONの実習授業。新領域創成科学研究科の鈴木穣教授らが東京大学理学部生物情報/生物化学科の3年生30人ぐらいを対象に実施した(提供:鈴木研究室)

超高速DNAシーケンサーの事業化を目指しているクオンタムバイオシステムズの本蔵俊彦CEO。2015年10月から主な活動拠点を大阪から米カリフォルニア州に移した(提供:クオンタムバイオシステムズ)