ゾウリムシの電気走性と行動 - toray-sf.or.jp · 21...

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20 なって見えるとき「継時波線」と呼ぶ(写真2)。刺激 に応じて、繊毛の打ち方が変化すると、継時波線の方 向もその移動方向も変化する 1) 3.膜電気現象と行動 ゾウリムシはなぜ負の電気走性を示すのだろうか。 いくつかの実験を行い、また、文献等も参考にした結 果、『ゾウリムシが電気力線に沿って-極に移動する のは、直流刺激により繊毛膜に分布する Ca 2+ チャネ 目 的 高校生物において、ゾウリムシの電気走性実験は広 く行われているが、ゾウリムシプレパラートを顕微鏡 で観察し、「負の走性」を確認するだけに終わること が多い。この作品は、ゾウリムシをシャーレに入れ、 弱い直流刺激を与えると、「ゾウリムシは電気力線に 沿って-極に移動する」ことを示すのを目的とし、そ のなかに軌跡図の作成、繊毛運動の記録、電気走性の ビデオ制作等も含むことにした。 概 要 Ⅰ.新しい電気走性実験と軌跡図の作成 シャーレにゾウリムシを入れ、2 つの異符号電極の 場合、電極間の距離を変化させて直流刺激したところ、 ゾウリムシの行動は、単に「陽極から陰極に移動する」 という説明では不十分で、「電気力線に沿って移動し ている」と推定できる結果がでた。そこで、ゾウリム シの移動を動画撮影し、パソコンを用いて軌跡図を作 成して、物理学の教科書等に示されている電気力線図 と比較したところ、概ね推定どおりの結果が得られた。 Ⅱ.繊毛運動と行動 1. 繊毛の有効打方向と行動 ゾウリムシ(写真 1)は繊毛運動により行動する。 普通の速さで前向きに泳いでいるときの手前側の繊 毛の有効打方向は 4 時半くらい(時計の文字盤の中心 にゾウリムシの前端が 12 時を指すように置いたと仮 定する 1) )である。障害物にぶつかるような機械刺激 を受けると、有効打方向は 4 時半から 12 時に近い方 向に変化し後退する。このような場合を繊毛逆転と 呼ぶ。 2.繊毛打の継時性 ゾウリムシの繊毛の太さは0.2μmくらいであり、 光学顕微鏡の解像力の限界に近いので、1 本 1 本の繊 毛を区別するのはなかなか難しい。しかし、繊毛の先 端の描く波形、特に繊毛がぶつかり合うところは良く 見える。この波を「継時波」とよび、それがすじと 高校クラブ活動 岡山県立玉野高等学校 宮 崎 武 史 (業績分担者)岡山県立玉野高等学校 高 橋 京 子 ** ゾウリムシの電気走性と行動 写真 1 ゾウリムシの繊毛は細く顕微鏡で拡大しても細か い動きやその構造はわかりにくい。 写真 2 ワタの繊維に触れたときに見られる継時波線 みやざき たけし 岡山県立玉野高等学校 非常勤講師 〒 706-8555 岡山県玉野市築港 3-11-1 (0863) 31-4321 たかはし きょうこ 岡山県立玉野高等学校 実習助手        同 上 E-mail [email protected] **

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Page 1: ゾウリムシの電気走性と行動 - toray-sf.or.jp · 21 ルが活性化され、繊毛逆転が生じるからである。電気 走性の仕組みといわれているラドルフ現象の実態は、

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なって見えるとき「継時波線」と呼ぶ(写真2)。刺激に応じて、繊毛の打ち方が変化すると、継時波線の方向もその移動方向も変化する1)。

3.膜電気現象と行動ゾウリムシはなぜ負の電気走性を示すのだろうか。

いくつかの実験を行い、また、文献等も参考にした結果、『ゾウリムシが電気力線に沿って-極に移動するのは、直流刺激により繊毛膜に分布するCa 2+チャネ

目 的

高校生物において、ゾウリムシの電気走性実験は広く行われているが、ゾウリムシプレパラートを顕微鏡で観察し、「負の走性」を確認するだけに終わることが多い。この作品は、ゾウリムシをシャーレに入れ、弱い直流刺激を与えると、「ゾウリムシは電気力線に沿って-極に移動する」ことを示すのを目的とし、そのなかに軌跡図の作成、繊毛運動の記録、電気走性のビデオ制作等も含むことにした。

概 要

Ⅰ.新しい電気走性実験と軌跡図の作成シャーレにゾウリムシを入れ、2つの異符号電極の

場合、電極間の距離を変化させて直流刺激したところ、ゾウリムシの行動は、単に「陽極から陰極に移動する」という説明では不十分で、「電気力線に沿って移動している」と推定できる結果がでた。そこで、ゾウリムシの移動を動画撮影し、パソコンを用いて軌跡図を作成して、物理学の教科書等に示されている電気力線図と比較したところ、概ね推定どおりの結果が得られた。

Ⅱ.繊毛運動と行動1.繊毛の有効打方向と行動ゾウリムシ(写真1)は繊毛運動により行動する。

普通の速さで前向きに泳いでいるときの手前側の繊毛の有効打方向は4時半くらい(時計の文字盤の中心にゾウリムシの前端が12時を指すように置いたと仮定する1))である。障害物にぶつかるような機械刺激を受けると、有効打方向は4時半から12時に近い方向に変化し後退する。このような場合を繊毛逆転と呼ぶ。2.繊毛打の継時性ゾウリムシの繊毛の太さは0.2μmくらいであり、

光学顕微鏡の解像力の限界に近いので、1本1本の繊毛を区別するのはなかなか難しい。しかし、繊毛の先端の描く波形、特に繊毛がぶつかり合うところは良く見える。この波を「継時波」とよび、それがすじと

高校クラブ活動

岡山県立玉野高等学校 宮 崎 武 史(業績分担者)岡山県立玉野高等学校 高 橋 京 子**

ゾウリムシの電気走性と行動

写真1 ゾウリムシの繊毛は細く顕微鏡で拡大しても細かい動きやその構造はわかりにくい。

写真2 ワタの繊維に触れたときに見られる継時波線

みやざき たけし 岡山県立玉野高等学校 非常勤講師 〒706-8555 岡山県玉野市築港3-11-1 蕁(0863)31-4321

たかはし きょうこ 岡山県立玉野高等学校 実習助手        同 上

E-mail [email protected]

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ルが活性化され、繊毛逆転が生じるからである。電気走性の仕組みといわれているラドルフ現象の実態は、電流によって生じる膜の脱分極による繊毛逆転である。』ことが分かった。

Ⅲ.ビデオ作品の制作電気走性に関するビデオ作品(上映時間27分)を、

部員の協力により制作した。この作品は第47回科学技術映像祭、科学教育部門で文部科学大臣賞を受賞した2)。作品の内容は、①プレパラート使用による従来の電気走性実験②シャーレ使用による4種類の新しい電気走性実験③等電位線と電気力線④軌跡図の作成⑤ラドルフ現象と電気走性⑥静止電位と活動電位⑦イオンチャネルと活動電位 等である。

教材・教具の製作方法

Ⅰ.電気走性実験装置の製作1.材料シャーレ、導線、乾電池、スイッチ炭素棒、針金、

黒紙2.製作方法(1)異符号電極の場合(図1の①)直径9cm、深さ2cmくらいのポリスチレン製シャー

レの適当な位置に、長さ2cmの炭素棒2本を垂直に接着剤で固定する。続いて、炭素棒の先端に導線を巻きつけ、それを9V積層乾電池1個または1.5V乾電池3個(図1、A)に接続する。(2)1つの電極、同符号電極、大きな電極の場合(図1

の②、④、⑤)1つの電極の場合、炭素棒1本をシャーレの中央に

図1の②のように接着剤で固定した後、針金をシャーレの内縁に沿って丸く伸ばして導線につなぐ。同符号電極の場合は炭素棒2本を、大きな電極の場合は針金を楕円形にして、シャーレに固定し導線につなぐ。(3)平行電極の場合(図1の③)炭素棒2本を図1のように平行に並べ、その下部を

接着剤で固定する。その際、炭素棒の外側(図1、③のa、b)の部分にゾウリムシ培養液が流れ出ないように注意深く接着する。

Ⅱ.軌跡図の作成[方法]1.DVカメラで記録された映像を、コンピュータ上に表示する。

2.予め、ソフトウエア上で設定しておいた時間間隔(標準は355ms)で、DVカメラ内に録画された動画から連続した静止画を抽出する(写真3)。

図1 5種類の電気走性実験装置A;装置の全体図①異符号電極の場合 ②1つの電極の場合③平行電極の場合 ④同符号電極の場合⑤大きな電極の場合

写真3 動画から355ミリ秒間隔で連続した静止画25枚を抽出した場合

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3.画像処理ソフトウエアを用いて抽出された静止画から、シャーレの背景部分を一定のRGB色空間を基準として削除し、撮影されたゾウリムシのみが画像上に残る映像を作成する。

4.3において作成された画像を、画像処理ソフトウエアを用いて多層レイヤ状に合成し、ゾウリムシの移動を軌跡として抽出できるよう試みる。

5.合成した画像に人工的にRGB値0,0,0=黒の背景を加え、ゾウリムシの個体を判別し易く処理した後、完成した画像をカラープリンタで印刷する。使用したコンピュータ関係の実験機材は次の通りである。表1の操作①~⑤は、方法1~5に対応する。

[結果と考察]作成された5種類の電気走性実験におけるゾウリム

シの軌跡図を写真4~8に示した。撮影された動画を見ても、ゾウリムシが電気力線に

沿って移動していることは分かる。しかし、パソコンを利用してゾウリムシの行動を、時間軸に沿った連続的な軌跡として、1枚の写真に示すことができれば、より説得力を持ち得るであろうと考え、5種類の実験を行い、ほぼ予測通りの結果が出ることがわかった。

操作① アナログビデオキャプチャボードを有するコンピュータ(PC/AT互換機)

操作② 〃

操作③ アナログキャプチャボード:Elsa EX-Vision 1000TV

操作④ 動画・静止画キャプチャソフトウェア:bitcast.TV Version3.0

操作⑤ 画像処理ソフトウェア:Adobe Photoshop7.0 Japanese

表1 使用した実験装置

写真4 異符号電極の場合の軌跡図

-極 +極

写真8 大きな電極の場合の軌跡図

写真5 1つの電極の場合の軌跡図

-極

外周 +極

写真6 平行電極の場合の軌跡図

写真7 同符号電極の場合の軌跡図

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(実験がうまくいかなかった、実験の目的が良くわからなかった等)が13%、その他(無回答、どちらとも区別できない回答等)が6%であった。

その他補遺事項

1.古くて新しい実験19世紀の終わり頃からゾウリムシの電気走性実験は

行われており、現在でも全国の高校生物の授業で広く実施されている。それ故、我々の周辺でも「いまさら電気走性実験…?」との声もある。しかし、本作品は生物の実験であると共に物理の実験でもあり、サイエンスとしても意義があり、中学・高校生レベルの課題研究のテーマに適していると思う。実際、図1の装置を使って実験してみると、とても面白いし、パソコンを利用して軌跡図を作成し、ゾウリムシの行動を分析してみると、新しい発見もあると思われる。2.謝辞など本研究を行うにあたり、ハワイ大学客員教授・内藤

豊先生、岡山県立岡山操山高校・柴田利明先生、倉敷市立倉敷翔南高校・藤谷良子先生、本校の藤井瑞穂先生に懇切丁寧なご指導および教材化にご協力を賜りました。ここに深く感謝申し上げます。なお、生徒達がまとめた電気走性の論文は、「第48回

日本学生科学賞・岡山県審査で県教育長賞」、「工学院大学第12回全国高等学校理科・科学クラブ研究論文で努力賞」を受賞したことを付記する。

参考文献

1)内藤 豊:単細胞動物の行動 その制御のしくみ,東京大学出版会

2)第47回科学技術映像祭入選作品目録

学習指導方法

教材化の試み(一部のみ記述)[方法]1.シャーレにゾウリムシを多数含んだ培養液(濃縮液)を入れ、その下に黒紙を敷く。

2.異符号電極の実験装置を組み立てた後、直流刺激を与えてゾウリムシを-極に集める。

3.スイッチを切り替えて、ゾウリムシの移動方向を観察し、記録する。その後、再びスイッチを切り替えて観察する。

4.続いて、4種類の実験も異符号電極の場合に準じて実施する。

5.物理学の教科書・参考書から抜粋した電気力線図と、本実験の移動経路図とを比較し、考察する。

[結果と考察]ゾウリムシの移動経路図は概ね、図2のようになる。

図2の④の場合を除いて、教科書等に示されている電気力線図と一致する。しかし、④の同符号電極では移動経路図の一部が交差している。電気力線は交差したり、枝分かれはしない。本実験の交差した部分は、2本の電極間をゾウリムシが移動するとき、個体数が多いための相互作用のせいかも知れない。

実践効果

平成16~17年の2年間、教材化に取り組んだ。その結果を1~2に示した。1.教材化の完成を目指し、他校の先生方にもご協力をお願いした(表2)。

2.研究成果を授業に活用した場合の教育上の効果2年間に授業を受けた合計392名のレポートから、

感想文についてまとめた。全体の81%が本実験を肯定的(実験が良く理解できた、楽しく実験できた、ゾウリムシの動きが良くわかった等)にとらえ、否定的

高校名 生徒数(クラス数) 授業時間数

A高校 110名(1クラス) 2時間

平成16年度 B高校 150名(2クラス) 2時間

C高校 160名(2クラス) 1時間

平成17年度D高校 150名(5クラス) 2時間

E高校 122名(4クラス) 2時間

表2 実験授業を実施した高校名、生徒数、授業時間数

図2 5種類の実験におけるゾウリムシの移動経路図①~⑤は図1の①~⑤に対応する。