【ダイジェスト版】 虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと … ·...

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと 手術術式の選択ガイドライン (2011 年改訂版) Guidelines for the Clinical Application of Bypass Grafts and the Surgical Techniques (JCS 2011) 改訂にあたって…………………………………………………… 2 安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術(PCI/CABG): ステートメント&適応(冠動脈血行再建術協議会)………… 4 Ⅰ.ステートメント……………………………………………… 4 1.冠血行再建術の目的 …………………………………… 4 2冠血行再建術適応決定プロセスにおける内科・外科の協力 4 3PCI の治療効果 ………………………………………… 4 4CABG の治療効果 ……………………………………… 4 5.多枝病変に対する PCI CABG ……………………… 4 6.非保護左主幹部病変に対する PCI CABG ………… 5 目  次 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本冠疾患学会,日本冠動脈外科学会,日本胸部外科学会, 日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会, 日本糖尿病学会 班 長 落   雅 美 日本医科大学心臓血管外科 班 員 浅 井   徹 滋賀医科大学心臓血管外科 天 野   篤 順天堂大学心臓血管外科 荒 井 裕 国 東京医科歯科大学大学院心臓血管外科 一 色 髙 明 帝京大学医学部内科 大 野 貴 之 三井記念病院心臓血管外科 岡 林   均 岩手医科大学付属病院・循環器病センター 岡 村 吉 隆 和歌山県立医科大学第一外科 小 川   聡 国際医療福祉大学三田病院 川 筋 道 雄 熊本大学大学院医学薬学研究部心臓血管外科 木 村   剛 京都大学医学部付属病院循環器内科 小 林 順二郎 国立循環器病研究センター心臓血管外科 坂 田 隆 造 京都大学医学部付属病院心臓血管外科 柴   輝 男 東邦大学医療センター大橋病院糖尿病・代謝内科 須 磨 久 善 心臓血管研究所付属病院心臓血管外科 住 吉 徹 哉 榊原記念病院循環器内科 代 田 浩 之 順天堂大学医学部循環器内科学 髙 本 眞 一 三井記念病院 田 代   忠 福岡大学医学部心臓血管外科学 新 浪   博 埼玉医科大学国際医療センター心臓血管外科 西 垣 和 彦 岐阜大学医学部附属病院第二内科 西 田   博 東京女子医科大学心臓病センター心臓血管外科 藤 原 久 義 兵庫県立尼崎病院 堀 井 泰 浩 香川大学医学部心臓血管外科 桝 田   出 武田病院グループ予防医学・EBMセンター 夜 久   均 京都府立医科大学大学院医学研究科 心臓血管外科学 山 崎   力 東京大学医学部臨床疫学システム講座 山 本 文 雄 秋田大学医学部心臓血管外科 渡 邊   剛 金沢大学第一外科 協力員 北 村 惣一郎 国立循環器病研究センター名誉総長 滋賀医科大学外科学講座心臓血管外科 田 鎖   治 イムス葛飾ハートセンター 田 林 晄 一 東北厚生年金病院 土 井   潔 京都府立医科大学大学院医学研究科 心臓血管外科学 富 田 重 之 金沢大学第一外科学 中 嶋 博 之 埼玉医科大学子国際医療センター心 臓結血管外科 西 見   優 福岡大学医学部心臓血管外科学 羽 生 道 弥 小倉記念病院心臓血管外科 日本医科大学心臓血管外科 外部評価委員 河 内 寛 治 愛媛大学第二外科 小 山 信 彌 東邦大学医学部外科学講座心臓血管外科 永 井 良 三 東京大学大学院医学系研究科循環器内科 平 山 篤 志 日本大学医学部内科学講座循環器内科部門 (構成員の所属は2012 2 月現在) 2012/11/8 更新版 1

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン(2011年改訂版)Guidelines for the Clinical Application of Bypass Grafts and the Surgical Techniques (JCS 2011)

改訂にあたって…………………………………………………… 2安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術(PCI/CABG):ステートメント&適応(冠動脈血行再建術協議会) ………… 4Ⅰ.ステートメント……………………………………………… 41.冠血行再建術の目的 …………………………………… 4

2. 冠血行再建術適応決定プロセスにおける内科・外科の協力 … 43.PCIの治療効果 ………………………………………… 44.CABGの治療効果 ……………………………………… 45.多枝病変に対するPCIとCABG ……………………… 46.非保護左主幹部病変に対するPCIとCABG ………… 5

目  次

合同研究班参加学会: 日本循環器学会,日本冠疾患学会,日本冠動脈外科学会,日本胸部外科学会, 日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会, 日本糖尿病学会

班 長 落   雅 美 日本医科大学心臓血管外科

班 員 浅 井   徹 滋賀医科大学心臓血管外科

天 野   篤 順天堂大学心臓血管外科

荒 井 裕 国 東京医科歯科大学大学院心臓血管外科

一 色 髙 明 帝京大学医学部内科

大 野 貴 之 三井記念病院心臓血管外科

岡 林   均 岩手医科大学付属病院・循環器病センター

岡 村 吉 隆 和歌山県立医科大学第一外科

小 川   聡 国際医療福祉大学三田病院

川 筋 道 雄 熊本大学大学院医学薬学研究部心臓血管外科

木 村   剛 京都大学医学部付属病院循環器内科

小 林 順二郎 国立循環器病研究センター心臓血管外科

坂 田 隆 造 京都大学医学部付属病院心臓血管外科

柴   輝 男 東邦大学医療センター大橋病院糖尿病・代謝内科

須 磨 久 善 心臓血管研究所付属病院心臓血管外科

住 吉 徹 哉 榊原記念病院循環器内科

代 田 浩 之 順天堂大学医学部循環器内科学

髙 本 眞 一 三井記念病院

田 代   忠 福岡大学医学部心臓血管外科学

新 浪   博 埼玉医科大学国際医療センター心臓血管外科

西 垣 和 彦 岐阜大学医学部附属病院第二内科

西 田   博 東京女子医科大学心臓病センター心臓血管外科

藤 原 久 義 兵庫県立尼崎病院

堀 井 泰 浩 香川大学医学部心臓血管外科

桝 田   出 武田病院グループ予防医学・EBMセンター

夜 久   均 京都府立医科大学大学院医学研究科心臓血管外科学

山 崎   力 東京大学医学部臨床疫学システム講座

山 本 文 雄 秋田大学医学部心臓血管外科

渡 邊   剛 金沢大学第一外科

協力員 北 村 惣一郎 国立循環器病研究センター名誉総長

鈴 木 友 彰 滋賀医科大学外科学講座心臓血管外科

田 鎖   治 イムス葛飾ハートセンター

田 林 晄 一 東北厚生年金病院

土 井   潔 京都府立医科大学大学院医学研究科心臓血管外科学

富 田 重 之 金沢大学第一外科学

中 嶋 博 之 埼玉医科大学子国際医療センター心臓結血管外科

西 見   優 福岡大学医学部心臓血管外科学

羽 生 道 弥 小倉記念病院心臓血管外科

藤 井 正 大 日本医科大学心臓血管外科

外部評価委員

河 内 寛 治 愛媛大学第二外科

小 山 信 彌 東邦大学医学部外科学講座心臓血管外科

永 井 良 三 東京大学大学院医学系研究科循環器内科

平 山 篤 志 日本大学医学部内科学講座循環器内科部門

(構成員の所属は2012年2月現在)

2012/11/8 更新版

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

Ⅱ.解説…………………………………………………………… 51.はじめに ………………………………………………… 52. エビデンスの採用基準とレベル付け,解釈および奨励クラス分類 ……………………………………………… 5

3.冠血行再建術の目的(ステートメント1) …………… 64. 冠血行再建術適応決定における内科と外科の協力体制の重要性(ステートメント2) ………………………… 6

5.PCIの治療効果(ステートメント3) ………………… 66.CABGの治療効果(ステートメント4) ……………… 77. PCIとCABGを比較したランダム化試験を解釈する際の留意点 ………………………………………………… 8

8.多枝病変に対するPCIとCABG (ステートメント5) … 99.左主幹部病変に対するPCIとCABG (ステートメント6) … 9

Ⅲ.安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術(PCI/CABG)の適応 …10Ⅰ.術 式…………………………………………………………111. 人工心肺使用心停止下および同非使用心拍動下冠状動脈バイパス手術 …………………………………………11

Ⅱ.グラフト材料…………………………………………………121.左内胸動脈(LITA) ……………………………………122.右内胸動脈(RITA) ……………………………………123.右胃大網動脈(GEA) …………………………………124.下腹壁動脈(IEA) ………………………………………125.橈骨動脈(RA) …………………………………………126.大伏在静脈(SVG) ……………………………………12

Ⅲ.グラフトアレンジメント……………………………………131.in-situ graft ………………………………………………132.Free graft …………………………………………………13

Ⅳ.標的血管に対するグラフト材料の選択……………………131.左前下行枝(LAD) ……………………………………142.左前下行枝(LAD)以外の冠状動脈 …………………14

Ⅴ.術後における問題点…………………………………………141.大伏在静脈に対する抗血小板剤投与 …………………142.橈骨動脈グラフトに対するCa拮抗剤投与 ……………153.バイパスグラフトに対する PCI ………………………154.抗高脂血症の薬理学的管理 ……………………………155.術後の降圧療法 …………………………………………15

6.ホルモン療法 ……………………………………………157.禁煙 ………………………………………………………158.リハビリテーション ……………………………………15

Ⅵ.特殊な患者に対するCABGの術式とグラフト選択 ……151.超高齢者(80歳以上) …………………………………152.女性 ………………………………………………………153.糖尿病 ……………………………………………………154.呼吸機能低下 ……………………………………………165.腎不全 ……………………………………………………166.脳血管障害 ………………………………………………167.Porcelain aorta ……………………………………………168.肝硬変を合併した症例に対する開心術 ………………169.弁膜症 ……………………………………………………1710.左室瘤 …………………………………………………1711.大動脈瘤 ………………………………………………1712.再冠状動脈バイパス術 ………………………………1713.末梢血管病変 …………………………………………1714.低左心機能 ……………………………………………1715.悪性新生物 ……………………………………………1816.急性冠症候群(Acute Coronary Syndromes) ………1817.致死的心室性不整脈 …………………………………18

Ⅶ.患者リスクの評価法…………………………………………181.これまでの患者リスクの評価法 ………………………182.患者リスク評価の問題点 ………………………………183.患者リスク評価法の選択 ………………………………194.グラフト選択に関するリスク評価 ……………………195.ガイドラインにおける現時点での推奨 ………………19

Ⅷ.CABGの経済効率 …………………………………………191.CABG の経済効率ガイドライン化における問題点 …192. 我が国における CABG の医療経済的解析:DPC 全国データから ………………………………………………20

Ⅸ.技術革新………………………………………………………201.自動吻合器 ………………………………………………202.ロボット手術 ……………………………………………203.Awake OPCAB …………………………………………214.レーザーによる経心筋血行再建 ………………………21

(無断転載を禁ずる)

 1960年代に大伏在静脈(SVG)を用いて始まった冠状動脈バイパス術(CABG)は,虚血性心疾患に対する代表的な外科的血行再建法として定着したが,以後現在に至るまでに2つの大きな変革があった. 第一は,動脈グラフトの開発である.SVGの粥状動脈硬化病変の急速な進展による低い長期開存率が明らかになるに従い内胸動脈(ITA)が利用され,特に左前下

行枝(LAD)への ITA吻合が長期予後を改善することが明らかにされた.ITAに続いて,右胃大網動脈(GEA)や橈骨動脈(RA)がグラフトとして臨床応用され,これらの動脈グラフトを多用した動脈グラフトのみによるCABG(total arterial revascularization)への転換である. 第二は,体外循環を使用して心停止下に行うCABG

から,体外循環を使用しない心拍動下CABG,off-pump

改訂にあたって

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

CABG(OPCAB)の登場とその急速な普及である. この2つの流れが合流し,ITA-LAD吻合を基本としな が ら, 左 右 の ITAにGEA,RAを 用 い てT-graft,Y-graft等のcomposite graft,また1本のグラフトで複数枝を再建する sequential graft等様々なグラフト使用法が提唱され,これらを駆使したOPCABが施行されるようになった. OPCABの普及は我が国において急速であり,2010年の日本胸部外科学会年次調査では全CABG手術の60%以上がOPCABで行われ,動脈グラフトのみの使用率も50~60%となっている.これはOPCAB施行率が15%前後でグラフトはLITA-LAD吻合+SVGが広く行われる欧米と比較して顕著な差異である. 一方,動脈グラフトには静脈グラフトには見られない生物学的反応が見られる.バイパスを受ける冠動脈の狭窄病変が緩いと血流競合の結果,グラフトのやせ現象

(string現象)を生じて,血栓化閉塞することがある.これは ITA,GEAのように有茎動脈グラフトの場合は動脈自体の血流供給能の問題として理解される. RAはスパズムを起こしやすくCABGグラフトとして一旦見捨てられたが,カルシウム拮抗剤によりスパズムが防止されることが判り再登場したグラフトである. A-Cバイパスグラフトとして使用されるRAもまた狭窄度の緩い血管と血流競合を生じると容易に閉塞しやすいことが経験的に知られており,どのように扱うべきかについては現在でも議論が続いている. 本ガイドラインは,「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン」作成班が“如何なるグラフトをどのような対象者にどのように用いるか”を内外のエビデンスを集め検討を重ねた結果,「2004-2005年度合同研究班報告」として作成したものを今回部分的に改訂したものである.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

Ⅰ ステートメント

1 冠血行再建術の目的

 安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術の目的は生命予後の改善,心筋梗塞・不安定狭心症の発症予防,狭心症改善による生活の質(QOL)の向上である.

2 冠血行再建術適応決定プロセスにおける内科・外科の協力

 重症安定冠動脈疾患(左主幹部病変,左前下行枝近位部病変を含む多枝病変,特に,低心機能,糖尿病を合併した多枝病変など)に対する冠動脈血行再建方法の選択は,内科医と外科医との共同討議を踏まえて患者に提案することが望ましく,最終的には患者自身の意思決定に委ねるべきである.

3 PCIの治療効果

 最近の初期積極的内科治療と比較してPCI先行治療は狭心症改善効果を有するが,生命予後改善効果,心筋梗塞発症予防効果は有さない[エビデンスレベルA].

 最近の初期積極的内科治療と比較してPCI先行治療は不安定狭心症発症予防効果を有さない[エビデンスレベルB].一方我が国のデータでは予防効果が見られる[エビデンスレベルB]. DESはPOBA,BMSと比較して再血行再建術の頻度が低い[エビデンスレベルA].しかしDESが生命予後,心筋梗塞発症率を改善するという明らかなエビデンスはない.

4 CABGの治療効果

 CABGは狭心症を改善,心筋梗塞発症を予防し長期生命予後を改善する [エビデンスレベルA].生命予後改善効果は内胸動脈グラフトの使用により増大,さらに長期間持続する[エビデンスレベルB].

5 多枝病変に対するPCIとCABG

 DES導入以前に施行された,左主幹部病変を合併しない多枝病変を対象としたランダム化試験ではPCIはCABGと比較して再血行再建率は高いが,生命予後,心

安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術(PCI/CABG):ステートメント&適応(冠動脈血行再建術協議会)

 主 査 小 川   聡 国際医療福祉大学三田病院

 委 員 一 色 髙 明 帝京大学医学部内科

大 野 貴 之 三井記念病院心臓血管外科

落   雅 美 日本医科大学心臓血管外科

木 村   剛 京都大学大学院医学研究科循環器内科学

坂 田 隆 造 京都大学大学院医学研究科心臓血管外科学

柴   輝 男 東邦大学医療センター大橋病院糖尿病・代謝内科

住 吉 徹 哉 榊原記念病院循環器内科

代 田 浩 之 順天堂大学大学院医学部循環器内科

 委 員 髙 本 眞 一 三井記念病院

西 田   博 東京女子医科大学心臓病センター心臓血管外科

藤 原 久 義 兵庫県立尼崎病院・兵庫県立塚口病院

桝 田   出 武田病院グループ予防医学・EBMセンター

山 崎   力 東京大学医学部附属病院臨床研究支援センター

オブザーバー 西 垣 和 彦 岐阜大学医学部第二内科

夜 久   均 京都府立医科大学大学院医学研究科心臓血管外科学

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

筋梗塞発症率に差を認めない[エビデンスレベルA]. DES導入後に施行された最近の比較試験では,左主幹部病変を合併しない3枝病変ではPCIはCABGと比較して生命予後は不良で,心筋梗塞発症率,再血行再建率も高い[エビデンスレベルB].

6 非保護左主幹部病変に対するPCIとCABG

 非保護左主幹部病変は原則CABGの適応とされている.しかしCABGとPCIを比較したレベルの高いエビデンスはない.DES導入後に施行された最近の比較試験では左主幹部病変に対するPCIはCABGと比較して再血行再建率は高いが,生命予後,心筋梗塞発症率に差を認めない.

略語PCI:経皮的冠動脈インターベンションPOBA:経皮的古典的バルーン血管形成術BMS:ベアメタルステントDES:薬剤溶出ステントCABG:冠動脈バイパス術

Ⅱ 解 説

1 はじめに

 冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドラインが2000年に我が国で初めて作成・公表された.それはCABGを含むもので,待機的インターベンションの適応に関するものであった.その後,2006年の「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン」を含めて虚血性心疾患の包括的対策,すなわち虚血性心疾患の一次予防,診断と病態把握,治療法,二次予防の対策-「ガイドライン」-が整備されてきた. 冠動脈疾患治療の一翼を担うインターベンション(CABGを含む)については,2000年の「冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドライン(冠動脈バイパス術を含む)-待機的インターベンション」以来既に10年が経過し,この間の冠血行再建術(PCI,CABG)の急激な変化と進歩の現実に照らして改訂の必

要性が認識され,2009年に日本循環器学会において作業が開始された.その過程で,2006年に公表された「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン」も含めて,冠血行再建術を体系的に再構築したガイドラインを整備することが提案され,次のような構想が合意された.すなわち,総論としての基本的認識として冠血行再建術がもたらす効果と不利益,PCI

とCABGの多面的比較,そこから導かれるPCIとCABG

の選択基準を論じることとし,それぞれの治療法の実際については各論として個別のガイドラインの中で詳述する,というものである.PCIについては2000年のガイドラインの改訂版としての「安定冠動脈疾患ににおける待機的PCIのガイドライン」を,CABGについては2006年版「虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン」の改訂版(2010年度 日本循環器学会)と整合性を十分持たせて充当することとなる.本ガイドラインで取り上げるのは安定冠動脈疾患であり,急性期疾患は除外される. 2010年にESC(European Society of Cardiology)とEACTS(European Association for Cardiothoracic

Surgery)が共同して作成した冠血行再建術のガイドラインでは,冠動脈疾患治療に際しては一般内科医とPCI

施行医,心臓外科医がハートチームとして共同することの重要性が強調されている.今後は我が国でも冠動脈疾患はハートチームによる治療へと進むことが予想される.この潮流に従い,今回のPCI,CABGガイドラインにおける総論部分となるステートメントとその解説文および冠血行再建術適応は,日本循環器学会,日本心臓病学会,日本冠疾患学会,日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓血管外科学会,日本胸部外科学会,日本冠動脈外科学会,日本糖尿病学会から選出された内科医・外科医・糖尿病専門医のメンバーで構成される「冠動脈血行再建協議会」で共同討議し作成した.

2 エビデンスの採用基準とレベル付け,解釈および奨励クラス分類

 本ステートメントはガイドラインの基本骨格を示すものであるので,ステートメントとその解説文の作成にあたり採用したエビデンスは,基本的にレベルの高いもの(レベルA;複数のランダム化試験,あるいはメタ解析の結果によるもの,レベルB;単一のランダム化試験または,多施設・大規模レジストリー研究の結果による)に限定した.また現時点ではCABGとDESを使用した

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

PCIを比較したランダム化試験はSYNTAX試験(www.

syntaxscore.com)しかなく,この試験に限りレベルCのサブ解析結果も採用した.レベルCは専門家および小規模臨床試験,サブ解析結果等で意見が一致しているものである.

奨励クラス分類クラスⅠ: 手技・治療が有効,有用であるというエビデ

ンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.

クラスⅡ: 手技・治療が有効,有用であるというエビデンスがあるか,あるいは見解が一致していない.

Ⅱa: エビデンス,見解から有用,有効である可能性が高い.

Ⅱb: エビデンス,見解から有用性,有効性がそれほど確立されていない.

クラスⅢ: 手技・治療が有効,有用でなく,時に有害であるとのエビデンスがあるか,あるいはそのような否定的見解が広く一致している.

 真の治療効果はランダム試験により評価が可能であるが,実際の臨床現場でのPCIとCABGの適応・治療成績の評価はランダム化試験やメタ解析の結果だけでは困難である.したがって多施設・大規模レジストリー研究も重視した.また我が国の実際の安定冠動脈疾患患者の病態,治療ならびに成績が欧米と異なることは知られているが,レベルの高いエビデンスの多くは欧米のものである.今後は我が国のPCIとCABGのデータベースの構築とその解析から我々のエビデンスを出す必要がある.

3 冠血行再建術の目的(ステートメント1)

 安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術の最も重要な目的は生命予後の改善であり,その目的のために心筋梗塞発症や不安定狭心症の発症を予防することである.また安定冠動脈疾患の初発症状の多くは狭心症であり,狭心症改善による生活の質(QOL)の向上も重要である.

4 冠血行再建術適応決定における内科と外科の協力体制の重要性(ステートメント2)

 PCIとCABGは冠血行再建を共通の目的とする異なるアプローチであり,それぞれに固有の長所と短所を有している.PCIかCABGの選択に関しては,冠血行再建術の治療目的に対する効果を考慮することが基本であり,加えて合併症(脳卒中,感染,造影剤腎症,放射能被爆など)の可能性,手技の安全性・侵襲性,入院期間,医療費,患者の合併疾患も含めて総合的に適応を判断する必要がある. 特に重症安定冠動脈疾患(左主幹部病変,左前下行枝近位部病変を含む多枝病変,特に低心機能,糖尿病を合併した多枝病変など)の患者に対しては,治療方針決定の前に内科医と外科医が協議し,PCI,CABGの短期と長期における治療効果,手技の安全性・侵襲性,再治療の必要性について十分なインフォームド・コンセントの場を持つことが推奨される.また同一施設内で心臓外科医とのハートチームの結成が困難な施設においても医療安全の観点から近隣施設の心臓外科と提携することが望ましい.いずれの治療法も,その成績は術者や医療チームの技量に依存するところが少なくないので治療の選択にあたってはこのことを十分勘案する必要があり,施設ごとの実績(対象数・重症度・初期~長期成績など)を公的に集計して,解析する必要がある.

5 PCIの治療効果(ステートメント3)

 安定冠動脈疾患に対するPCIに関しては,11編のランダム化試験を統合した2,950人のメタ解析の結果から初期内科治療群と比較してPCI先行群に生命予後改善効果・心筋梗塞発症予防効果を認めないことが示されている.また,安定狭心症患者2,287人(左主幹部病変除外,左前下行枝近位部病変31%,1枝病変31%,2枝病変39%,3枝病変30%,糖尿病合併33%)を対象としたCOURAGE試験(ランダム化試験)では全例に至適薬物治療(optimal medical therapy;目標:(1)禁煙,(2)LDL値60~85mg/dL,(3)HDL値40mg/dL以上,(4)triglyceride値150mg/dL未満,中等度の運動30~40分 週5回,BMI25Kg/m2未満,血圧130/85mmHg未満,HbA1C(NGSP値)※7.0%未満)を継続することを前提にした上で,PCI先行治療群と,まず至適薬物治療のみ

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

で治療を開始し,必要に応じてPCIを行う群(初期積極的内科治療群)を比較し,観察期間4.6年で死亡,心筋梗塞,不安定狭心症の発症率に両群間で差がなかった.さらに2009年に発表された糖尿病患者1,605人(左主幹部病変除外,左前下行枝近位部病変10.3%,1枝病変・2枝病変不明,3枝病変20.3%)を対象としたBARI 2D試験(ランダム化試験)でも,初期積極的薬物治療(intensive medical therapy;目標HbA1c(NGSP値)7.0%未満,LDL値100mg/dL未満,血圧130/80mmHg未満)のもとではPCI先行治療群と初期積極的内科治療群(PCI追加治療群)で観察期間5.3年間の生命予後,心筋梗塞発症率は変わらないことが報告されている.生命予後ならびに心筋梗塞発症に影響しない説明としては,(1)急性冠症候群の原因となる不安定プラークの多くは非有意狭窄病変である.狭心症の症状の原因となる有意狭窄は安定プラークからなることが多いため,PCIによる有意狭窄の局所治療は心筋梗塞・死亡率に影響しなかった.(2)COURAGE試験,BARI 2D試験はともに薬物治療群の心事故率が予想されたよりも低かった.これは積極的リスク管理による全身治療が有効であるためと考えられる.(3)初期積極的内科治療群では対象症例の30~40%を占める薬物療法に反応が悪い重症心筋虚血症例の責任冠動脈にPCIを行い,心筋虚血を改善してしまうこと.以上の3点が考えられている.なお,(3)で示すように初期積極的内科治療群では約1/3の症例にPCI

が実施されており,初期積極的内科治療とPCI先行治療との比較はPCIを先にするか,後から症例を選んでするかという治療法の比較であり,両群間に差がないことはPCIに生命予後改善効果や心筋梗塞発症予防効果がないことを意味しない.PCIの生命予後改善効果や心筋梗塞発症予防効果を観察する研究のためには,薬物療法に反応しない症例に対してもPCIをせずに長期間観察する必要があるが,このような研究は倫理的に許されていない. またCOURAGE試験の結果では,狭心症症状,QOL

の改善に関しては初期積極的内科治療と比較し,PCI先行治療で良好であるが,2~3年後には同様であった.この主な理由の1つとして初期積極的内科治療群では内科治療に反応しない症例にPCIを施行することが考えら

れる. 国内の低リスク安定狭心症患者384人(1枝病変67.5%,2枝病変38.5%,糖尿病合併39.6%,左主幹部病変・3枝病変・左前下行枝近位部病変は除外)を対象としたJSAP試験(ランダム化試験)でも,PCI先行治療は初期内科治療(initial medical therapy:投薬は各主治医の判断に任せる)と比較して観察期間3.2年で生命予後改善効果,心筋梗塞発症予防効果は認めなかった.しかしCOURAGE試験の結果とは対照的に不安定狭心症予防効果を認め,狭心症状の改善も3年後でもPCI先行療法の方が良好であった.COURAGE試験と JSAP試験の結果の相違に影響した要因として,両者で病変背景や投与薬物がかなり異なり単純な比較は難しいが,以下の2点考えられる.(1)COURAGE試験ではリスク管理が厳密に計画されているのに対してJSAP試験では経過観察中のスタチンなど薬物治療が各主治医の判断に任されている.(2)PCI施行直後の合併症としての急性冠症候群の頻度が欧米と比較して我が国のPCIでは少ないためである可能性もある. メタ解析の結果からDESはBMSと比較して再血行再建の頻度が有意に低下し,DESの再狭窄抑制効果が証明された.しかしPOBA,BMS,DESとデバイスの進歩とともに再狭窄率は改善したが,生命予後,心筋梗塞発症率は改善していない.この理由として以下の2点が考えられる.(1)再狭窄例に対し再PCIが容易に行われるため,心筋虚血の程度としてはデバイスの種類で差が生じない.(2)デバイスの進歩とともにPCIの適応拡大が行われ,より重症冠動脈疾患に対しPCIが施行されている.

6 CABGの治療効果(ステートメント4)

 1994年Yusufらによる7編のランダム化試験を統合した2,649人のメタ解析の結果から,安定冠動脈疾患患者(左主幹部病変6.6%,左前下行枝近位部病変59.4%,1枝病変10.2%,2枝病変32.4%,3枝病変50.6%,糖尿病合併9.6%)に対するCABGは初期内科治療(37.4%が経過中にCABG施行)と比較して生命予後が良好であり,CABG自体が生命予後改善効果を有することが証明されている.この生命予後改善効果は5年目から顕著になり10年目まで持続する.またサブ解析から,この効果は左前下行枝近位部病変,3枝病変,左主幹部病変,低心機能患者にみられ,左主幹部病変で最もその効果が大きいことが示されている.一方1枝・2枝病変患者で

7

※  NGSP値は2012年4月1日より我が国で新たに施行されるHbA1c検査の標準化法に基づく検査値.これまで我が国で標準化され使用されているHbA1c(JDS値)との関係は,NGSP値(%)=1.02x JDS値(%)+ 0.25%,JDS値5.0~9.9%の実用域ではHbA1c(NGSP値)=HbA1c(JDS値)+ 0.4%となる.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

は効果は見られない. 近年は長期グラフト開存率が良好な内胸動脈グラフト使用によるCABGが‘golden standard’である.米国の多施設・大規模レジストリー試験の結果から,静脈グラフトと比較すると内胸動脈グラフト使用によりCABGの生命予後改善効果が増大することが報告されている.この効果も顕在化に8年必要であるが,長期間(16.8年間)持続する.さらにTaggartらによる観察研究のメタ解析から両側内胸動脈グラフトを使用することにより,さらに生命予後が改善することが報告されている. Yusufらの報告は1970~1980年代に行われたランダム化試験を統合したものであるので,最近の手術手技や現代の各種薬物治療の進歩を反映していない.すなわちYusufらの報告は(1)CABGの30日死亡率3.2%であり最近の成績と比較して不良である.(2)生命予後を改善することが知られている内胸動脈グラフト使用率は10%未満である.(3)近年使用されているスタチン,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)等が用いられていない. 最近の糖尿病患者763人(左前下行枝近位部病変19.4%,1枝病変不明,2枝病変不明,3枝病変52.4%)を対象に行われたBARI 2D試験の結果では,初期積極的薬物治療群(39.7%が経過中に冠血行再建術施行)と比較してCABGは5年間の生命予後に差を認めていない.また多枝病変患者611人(左主幹部病変と低心機能は除く)を対象としたMASS II試験(ランダム化試験)では,薬物治療(39.4%が経過中に冠血行再建術施行)と比較してCABGは5年間の経過観察では全死亡,心臓死に有意差を認めなかった.しかし10年の経過観察で全死亡に差はないものの,CABG群で心臓死が有意に低くなってきたことが報告された.最近の積極的薬物治療下ではCABGの生命予後改善効果の大きさが相対的に小さくなっているか,あるいは治療効果の顕在化に必要な期間が長くなっている可能性があり,CABGの生命予後改善効果の正確な大きさ,持続期間の検証のためには10年以上の長期間のランダム化試験が必要であると考えられる. 心筋梗塞発症予防効果に関してBARI 2D試験でも初期積極的薬物治療群と比較してCABGでは心筋梗塞発症率が低いこと,さらに活動性などQOLもCABG群で良好であることが示されている.またMASS II試験の10年目結果でも薬物治療と比較してCABG群の心筋梗塞発症率は低い.CABGによる心筋梗塞予防メカニズムとしてはプラークが破綻した場合でも破裂部位の遠位にグラフトがバイパスされていれば心筋が保護される

(distal protection)ためと考えられている.また狭心症状の改善に関してはMASS II試験の10年間の経過観察で初期内科治療と比較しCABGで良好であった.

7 PCIとCABGを比較したランダム化試験を解釈する際の留意点

 PCIとCABGを比較したランダム化試験は多くあるが,それらの結果を解釈する場合の留意点として以下の3つが挙げられる.(1)歴史的に左主幹部病変,3枝病変はCABGの適応と考えられてきたため,ランダム化試験の大半で左主幹部病変が除外され,3枝病変の割合も少ない.またエントリー可能な患者はPCIで治療可能な冠動脈狭窄病変に限られ,明らかにPCIではなくCABG

適応と判断される複雑病変はエントリーされない.(2)CABGの治療効果が顕在化するのに必要な期間と考えられている5-10年と比較して観察期間が短い.(3)積極的薬物治療の重要性が認識されているが,PCIとCABGでは経過観察中の薬物治療が異なっている.

 唯一のランダム化試験であるSYNTAX試験は,左冠動脈主幹部病変または3枝病変1,800人(左主幹部病変39%,3枝病変61%,糖尿病合併25%)を対象としてDESのCABGに対する非劣性を証明しようと試みた試験である.1年目の結果から1次評価項目(死亡+脳卒中+心筋梗塞+再血行再建)はCABGよりもDESが高率であったため非劣性を証明することはできなかった.3年目の結果ではCABGと比較してDESは死亡率(CABG vs. DES: 6.7% vs. 8.6%),脳梗塞発症率(3.4%

vs. 2.0%)に有意差を認めなかったが,心筋梗塞発症率(3.6%vs. 7.1%)と再血行再建率(10.7%vs. 19.7%)は高率であった.しかしこのSYNTAX試験においても対象となった3,075人中,PCIとCABGのどちらでも治療可能と判断されたものは1,800人(59%)であり,残り1,275人のうち84%(1,077人)はCABGのみが,16%(198人)はPCIのみが適応があると判断され,ランダム化試験にはエントリーされずレジストリー試験として登録されている.CABGにレジストリーされた主な理由はPCI

による治療困難な複雑病変(70.1%),慢性完全閉塞病変(22.0%),PCIでは合併疾患(70.7%)とグラフト使用困難(9.1%)であった.観察期間は5年間までの予定であり,薬物治療に関してはPCI群と比較してCABG

群では抗血小板薬,スタチン,β遮断薬,ARB,Ca拮抗薬すべてにおいて投与率が低い.

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

8 多枝病変に対するPCIとCABG (ステートメント5)

 Hlatkyらの12編のランダム化試験を統合した7,812人(左前下行枝近位部病変51%,2枝病変63%,3枝病変37%,糖尿病合併16%)のメタ解析の結果では,DES

を使用しないPCIはCABGと比較して観察期間6年間において再血行再建術は高いが,生命予後,心筋梗塞発症率は差を認めていない.しかしSYNTAX試験のサブ解析では,3枝病変患者では生命予後,心筋梗塞発症の予防,再血行再建術の回避のすべてにおいてCABGはDESを使用したPCIよりも良好であった.またSYNTAX scoreの低い3枝病変では,PCIとCABGの間に生命予後,心筋梗塞,脳卒中発症に有意差はなかったのに対し,SYNTAX scoreの高い病変ではCABGの方が良好であった.これらのデータを参考に2010年8月に発表されたESCとEACTS共同のガイドラインではCABGは3枝病変に対し奨励クラスⅠエビデンスレベルAであり,PCIはSYNTAX score22以下では奨励クラスⅡa,23以上の複雑3枝病変は奨励クラスⅢとされている. 実際の臨床現場での左主幹部病変を除いた多枝病変に対するPCIとCABGの成績を比較した観察研究としては国内のCREDO-Kyoto研究,アメリカ・ニューヨーク州レジストリー研究がある.5,420人(左前下行枝近位部病変80%,2枝病変49%,3枝病変51%,糖尿病合併46%,慢性完全閉塞病変40%)を対象としたCREDO-

Kyoto研究の報告では,DESを使用しないPCIはCABG

と比較してリスク補正後の死亡率はCABGと比較して高い傾向にあり,糖尿病患者,低心機能患者においてはPCIの方がリスク補正後の死亡率が有意に高値であった.ただし著者らは75歳以下の患者で検討すれば,両群間に差がなかったと結論している.また17,400人(左前下行枝近位部病変52%,2枝病変56%,3枝病変41%,糖尿病合併38%)を対象としたアメリカ・ニューヨーク州レジストリー研究もDESを使用したPCIと比較してCABGは再血行再建率が低く,リスク補正後の心筋梗塞発症率,死亡率も低かった.また3枝病変,2枝病変,80歳以上の高齢者,低心機能患者のいずれのグループにおいてもCABGの方が心筋梗塞発症率,死亡率は低かった.CREDO-Kyoto研究においても左主幹部病変も含めた多枝病変6,327人で再解析した結果,観察期間3.5年でPCIはCABGと比較してリスク補正後の死亡率,心筋梗塞発症率,再血行再建率が高いことを報告した.糖

尿病患者,低心機能患者,左前下行枝近位部病変,高齢者(75歳以上)に限って解析してもPCIはCABGと比較して死亡率が高かった.一方脳梗塞発症率はPCIの方が低いが,オフポンプ手術に限定して比較すると差を認めなかった.

9 左主幹部病変に対するPCIとCABG(ステートメント6)

 Yusufらの報告から左主幹部病変患者は薬物治療と比較してCABGの生命予後改善効果が最も大きい病変であることが示されている.近年の左主幹部病変を対象とした報告からPCIの適応の可能性が提起されてきたが,これら論文では安定冠動脈疾患に加えて急性冠症候群も含めて解析している.安定冠動脈疾患の非保護左主幹部病変に対する冠血行再建術において,PCIとCABGを比較したレベルの高い観察研究,ランダム化試験は現在までのところ存在しない.このような経緯で左主幹部病変患者に対する冠動脈血行再建方法の選択に関しては歴史的にPCIではなく,CABGの適応であるとされている. A C C F / S C A I / S T S / A AT S / A H A / A S N C 2 0 0 9 Appropriateness Criteria for Coronary Revascularizationでは 非 保 護 左 主 幹 部 病 変 に 対 す るCABGは 適 切(appropriate)と判断されているのに対して,PCIはたとえ単一左主幹部病変であっても不適切(inappropriate)であると判断されている.また2009 Focused Updates:

ACC/AHA Guidelinesでは非保護左主幹部病変に対するPCIについて,高度肺機能障害,胸部手術既往,標的血管が細いなどCABG施行のリスクと不成功の可能性が高く,かつ狭窄病変の解剖学的形態がPCIのリスクの低い患者(左主幹部単独病変,左主幹部病変+1枝病変)では,CABGの代わりとしてPCI施行を考慮してもよいかもしれないが,CABG施行のリスクが低い患者や左主幹部分岐病変,左冠動脈主幹部+多枝病変に対してはCABGが優先されPCIは勧められないと記載している.また我が国の j-Cypherレジストリー(多施設・大規模レジストリー研究)の報告では左主幹部から左前下行枝に1本のステントで治療した症例と比較して分岐部の側枝にもステントを留置するいわゆる2ステント手技が行われた症例は再血行再建率,心臓死の発生率は高かった. SYNTAX試験の3年目のサブ解析結果から,CABG

はDESを使用したPCIと比較して再血行再建率はCABGの方が良好であったが,生命予後,心筋梗塞に差を認めていない.またSYNTAX scoreの低い左主幹部病変患者においてはDESとCABGの間で生命予後,心筋

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

梗塞発症,脳卒中の発症率に差はないが,SYNTAX

scoreの高い左主幹部病変患者ではCABGのほうが死亡率・心筋梗塞発症率が低い傾向であった.しかしここでもランダム化試験の限界は認識しなければならず,SYNTAX試験ではこの点に配慮して,対象となった左主幹部病変患者1,085人中,312人(29%)はCABGのみに適応があると判断され,ランダム化試験にはエントリーされずレジストリー試験として登録されたことを明示している.2010年8月にESC(European Society of

Cardiology)と EACTS(European Association for

Cardiothoracic Surgery)共同のガイドラインが発表された.このガイドラインではSYNTAX試験に基づき左主幹部病変に対するCABGは奨励クラスⅠ,エビデンスレベルAと判断されている.一方,入口部,体部の左主幹部単独病変あるいは左主幹部病変+1枝病変に対するPCIは奨励クラスはⅡaまたはⅡb,エビデンスレベルB

とされたが,左主幹部単独病変あるいは左主幹部病変+1枝病変でも分岐部病変あるいは左主幹部病変+多枝病変は奨励クラスⅡbまたはⅢと判断されている.

Ⅲ 安定冠動脈疾患に対する冠血行再建術(PCI/CABG)の適応

(1) 安定冠動脈疾患に対しては,まず生活習慣の管理と薬物療法が必須であり,症状や予後改善効果がある

と考えられる病変に対しては冠血行再建術を施行する.

(2) LAD近位部病変を含まない1枝あるいは2枝病変はPCIの適応である.LAD近位部病変を含む1枝あるいは2枝病変についてはPCI/CABGともに考慮する.

  ただしLAD入口部病変ではCABGを考慮する.(3)3枝疾患は原則としてCABGの適応である.   ただしCABGのリスクが高い場合や,LAD近位部病変を含まないなどPCIが安全に施行されると判断される場合はPCIも選択可能である.

(4) 非保護左主幹部病変は原則としてCABGの適応である.

   ただしCABGのリスクが高いと判断される場合や,LMT入口部,体部などPCIが安全に施行できると判断される場合はPCIも選択可能である.その場合でも緊急CABGが迅速に行える体制が必須である.

 以上の適応はあくまで基本原則であり,個々の患者の治療方針は,その臨床的背景や解剖学的条件,各施設の成績や体制,長期的課題などすべてを勘案し,特に重症冠動脈疾患では内科医と外科医が共同で討議して,患者に提案する. 可及的早期にPCI/CABGのレジストリーを構築し我が国の臨床エビデンスに基づいたガイドラインの改訂に備える.

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表 PCI,CABG適応解剖学的条件 PCI適応 CABG適応

1枝/2枝病変LAD近位部病変なし ⅠA Ⅱb CLAD近位部(入口部を除く)病変あり ⅠC

Ⅰ A

LAD入口部病変あり Ⅱb C

3枝病変LAD近位部病変なし Ⅱb BLAD近位部病変あり Ⅲ B

非保護左主幹部病変入口部,体部の単独病変あるいは+1枝病変 Ⅱb C分岐部病変の単独病変あるいは+1枝病変 Ⅲ C/Ⅱb C※

多枝病変 Ⅲ C※Ⅱbは回旋枝入口部に病変なくかつ心臓外科医を含むハートチームが承認した症例

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

Ⅰ 術 式

1 人工心肺使用心停止下および同非使用心拍動下冠状動脈バイパス手術

 我が国におけるCABGは,(1)PCIが諸外国に比し突出して普及している,(2)CABGの絶対数に比し施設が多いため,一施設あたりの症例数が少ない,(3)高齢者の比率が高い,(4)OPCABの比率が高い,(5)動脈グラフトの使用割合が多いなどの特徴を有している. このような特徴から,欧米のCABGに関するガイドラインをそのまま適用するには若干の問題があることと,OPCABの適応を広げることに対して留意すべき事項を検討する必要がある.我が国では,日本胸部外科学会における学術調査や日本冠動脈外科学会における全国アンケートが年次報告されており,また,日本心臓血管外科手術データベース機構から,成人部門 JACVSD

によるデータおよびリスク評価などが公開されている.これら我が国の成績と,諸外国からの比較的大規模研究をもとに,検討した.

1 人工心肺使用心停止下冠状動脈バイパス手術;OnCAB(心停止)の適応

■ 血行動態の安定が得られずOPCABができない症例,もしくは既に体外循環が開始されている例【ClassⅠ,evidence level B】.

■ (解剖学的特徴や血行動態的理由から)心拍動下では露出や固定が得られない冠動脈に有意狭窄が存在し,人工心肺を使用することにより完全血行再建が得られる例【ClassⅡa,evidence level B】.

■ (解剖学的特徴や血行動態的理由から)心拍動下での十分な露出や固定が危惧される例【ClassⅡb,evidence level C】.

■ 人工心肺による脳梗塞等早期合併症リスクが高い例【ClassⅢ,evidence level B】. 1. 上行大動脈・弓部大動脈・頚動脈に,有意な石灰

化や粥状硬化を有する例 2.高齢者 3.血糖管理が不良な糖尿病患者

 4.脳梗塞の既往

2 人工心肺使用,非使用による違い■ ローリスク例においては,OPCABはCCABとの比較において,手術死亡(30日),1~2年までの死亡に有意差は認めない【ClassⅠ,evidence level A】.■ ハイリスク例においては,OPCABはCCABと比較し,早期死亡を減少させる【ClassⅠ,evidence level B】.

■ OPCABは,CCABと比較し,周術期合併症の頻度が低い【ClassⅠ,evidence level A】.

■ OPCABは,CCABと比較し,人工呼吸期間,ICUおよび入院期間が短く,出血量,血液製剤の使用が有意に少ない【ClassⅠ,evidence level A】.

3 早期死亡■ 高齢者,人工透析患者等ハイリスク例に対する

OPCABは,CABGにおける早期死亡のリスクを軽減する【ClassⅠ,evidence level B】.

■ OPCABからCCABへの移行は,早期死亡のリスクを増加する【ClassⅡa,evidence level B】.

4 脳障害■ 上行大動脈への手術操作の回避により脳障害のリスクを軽減できる【ClassⅠ,evidence level A】.

■ OPCABは,CCABとの比較において,術後脳障害の発生頻度が低い【ClassⅡa,evidence level A】.

5 深部胸骨感染症(DSWI)・縦隔炎■ OPCABは,DSWIのリスクを軽減する【ClassⅡa,

evidence level B】.■ skeletonization法による内胸動脈(ITA)の採取は,

DSWIのリスクを軽減する【ClassⅡa,evidence level

B】.■ 糖尿病患者において,両側内胸動脈(BITA)の使用は,胸骨治癒遅延の原因となり,DSWIのリスクである【ClassⅡa,evidence level B】.■ 適切な血糖管理は,DSWIのリスクを軽減する【Class

Ⅱa,evidence level B】.

6 腎不全■ 腎機能障害のない患者に対して,OPCABは,術後腎機能障害発症のリスクを軽減する【ClassⅡa,evidence level C】.

■ 中等度以上に腎機能が障害された患者に対しては,OPCABの腎保護効果における優位性は得られない 【ClassⅡa,evidence level B】.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

■ CABG術後遠隔期の腎機能は,術式の違いに影響されない【ClassⅡa,evidence level B】.

7 遠隔成績■ ITAの前下行枝(LAD)へのバイパスは長期開存性に優れ,これにより,遠隔生存率や心事故回避率を向上させる【ClassⅠ,evidence level B】.

■ BITAの使用は,SITA使用例との比較において,遠隔成績を改善する【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 動脈グラフトのみによる血行再建は,静脈グラフト併用例との比較において,遠隔成績を改善する【Class

Ⅱa,evidence level B】.■ 完全血行再建は,中期~遠隔期の生存率,心事故回避率の改善に有効である【ClassⅡa,evidence level B】.■ CABG術中のグラフト開存評価は,遠隔期の開存率を向上させる【ClassⅡa,evidence level C】.

Ⅱ グラフト材料

1 左内胸動脈(LITA)

■ 左前下行枝の血行再建には左内胸動脈を第一選択とするべきである【ClassⅠ,evidence level B】.

■ 左内胸動脈 -回旋枝バイパスは,左内胸動脈⊖前下行枝バイパスより成績が劣る【ClassⅡa,evidence level

B】.■ 左内胸動脈の skeletonizationはグラフト長,流量を増加させる【ClassⅡa,evidence level B】.

2 右内胸動脈(RITA)

■ 両側の使用は術後遠隔期のmortalityおよびmorbidity

をともに低下させる【ClassⅡa,evidence level B】.■ in-situ RITAの吻合部位は左冠状動脈領域を優先するべきである【ClassⅡa,evidence level B】.

3 右胃大網動脈(GEA)

■ 右胃大網動脈は右冠状動脈領域に対する動脈グラフトとして,他の動脈グラフトの成績と比較して概ね遜色はなく,有用である【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 右冠状動脈領域に対するグラフトとして,右胃大網動

脈と大伏在静脈は長期予後の点で同等である【Class

Ⅱa,evidence level B】.

4 下腹壁動脈(IEA)

 下腹壁動脈(IEA)はcomposite graftあるいは free

graftとして用いられる.同側の内胸動脈と同時に採取できないため適応は限定され,十分なevidenceは存在しない.

5 橈骨動脈(RA)

■ 橈骨動脈を左前下行枝以外の冠状動脈に使用した場合の開存率は,内胸動脈等,他の動脈グラフトと同等である【ClassⅡa,evidence level B】.■ 橈骨動脈の血流供給源として中枢側を in-situ ITAと吻合した場合と,大動脈と吻合しA-Cバイパスとした場合のグラフト開存率に有意差はない【ClassⅡa,evidence level B】.

■ A-Cバイパスとして使用した場合,RAはSVGより開存率が高い【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 冠状動脈枝の狭窄が中等度である場合の橈骨動脈グラフトの開存率は不良である【ClassⅡa,evidence level

B】.

6 大伏在静脈(SVG)

 SVGはCABGにおいて,長期の開存性が満足すべきものではないため,現在は動脈グラフトが主流となっているが,最も初期から用いられたグラフトであり,未だに多く用いられているグラフトでもある.採取時に胸部の術野を妨げないため,emergency rescue CABGの際には第一選択となる.■ 大伏在静脈の10年開存率は60%程度であり,左内胸動脈⊖左前下行枝存在下で,第二の標的冠状動脈へのバイパスグラフトとして橈骨動脈の方が大伏在静脈より開存率および成績は優れている【ClassⅡb,evidence level B】.

■ RCAの血行再建で大伏在静脈は胃大網動脈より長期開存率は劣る【ClassⅡb,evidence level B】.

■ 内視鏡的採取により,大伏在静脈の性状および短期的な開存率に影響を及ぼすことなく,従来の採取に比べて創部合併症や感染の頻度を減少させる【ClassⅠ,evidence level A】.

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

Ⅲ グラフトアレンジメント

1 in-situ graft

■ in situ LITAはLADに対する第一選択のグラフトである【ClassⅠ,evidence level B】.

■ in situ RITAもLADに吻合されるとLITAと同等のqualityが期待される【ClassⅠ,evidence level B】.

■ BITAを左冠状動脈系に使用することは single ITAのみと比べてmortality,morbidityを低下させることにより良好な遠隔成績が期待できる【ClassⅡa,evidence level B】.

■ in situ ITAの血流供給能は大動脈に吻合されたSVG

のそれよりは劣るものの,吻合冠状動脈の flow

demandに呼応して流量や内径を増大させる.反面,狭窄の緩い冠状動脈との間では容易に血流競合を生じる【ClassⅠ,evidence level B】.

■ 超音波メスを使用してskeletonizationすることにより,in situ ITAの 到 達 距 離 は よ り 長 く な る.skeletonizationはBITA使用例での胸骨感染の機会を減少させる可能性がある【ClassⅡa,evidence level B】.

■ in situ GEAは症例によってグラフトとしてのサイズを吟味して使うなら主に右冠状動脈領域へのグラフトとして有用である【ClassⅡa,evidence level B】.

2 Free graft

1 上行大動脈吻合■ 上行大動脈に吻合されたSVGの10年開存率はおよそ50%程度であるが,SVGをLADに吻合した場合の開存率は他部位への吻合の場合より高い【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 上行大動脈吻合によって使用されるA-CグラフトとしてのRAの開存性はSVGより良好である【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 高い流量が期待されるA-Cグラフトとして使用される場合でも radial arteryは狭窄の緩い冠状動脈と血流競合を起こして閉塞する可能性がある【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 上行大動脈部分遮断下にグラフト吻合を行う場合は大

動脈壁からのatheromatous emboli発生を回避させる注意が必要である【ClassⅡa,evidence level C】.■ OPCABでは上行大動脈部分遮断を回避するためにいくつかの吻合用器具が開発されている.その有効性と信頼性に関しては今後の検討が必要である【Class

Ⅲ,evidence level C】.

2 Composite graft■ LITA-RITAまたはLITA-RAのY-composite graftとした場合のLITAは吻合冠状動脈の血流需要に応答するだけの血流供給能を有する【ClassⅠ,evidence level

B】.■ LITA-RITAあるいはLITA-RAのcomposite graftは動脈グラフトによる血行再建を可能にし,良好な長期開存率が期待できる【ClassⅠ,evidence level B】.

■ Composite graftでは吻合冠状動脈との血流競合が問題となることがある.標的冠状動脈の狭窄度が緩い場合には注意が必要である【ClassⅡa,evidence level

B】.■ 静脈グラフトは,中枢側を in-situ ITAと吻合した,いわゆるY-composite graftの側枝としての使用は回避するべきである【ClassⅡa,evidence level C】.

Ⅳ 標的血管に対するグラフト材料の選択

 冠状動脈枝別に見たグラフト選択は,それぞれの冠状動脈の重要性,使用可能なグラフト,遠隔期のグラフト開存率などにより総合的決定される.冠状動脈の重要性に関しては,LADは灌流心筋量が最も多いことより最も重要な冠状動脈とされている.冠状動脈別にみた使用可能(到達可能)グラフト材料を,表1に示した.これ

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表1 冠状動脈別使用可能グラフト一般的使用 特殊使用

FAD LITA,RITA,RA,SVGDx LITA,RITA,RA,SVG Composite RA,FITACx LITA,RITA,RA,SVG Composite RA,FITARCA(#1-3) RITA,GEA,RA,SVG Composite RA,FITARCA(#4) GEA,RA,SVG Composite RA,FITA

LAD:left anterior descending artery,Dx:diagonal artery,Co:circumflex artery,RCA:right coronary artery,LITA:left internal thoracic artery,RITA:right internal thoracic artery,RA:radial artery,SVG:saphenous vein graft,GEA:gastro epiproic artery,FITA:free internal thoracic artery

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

らの組み合わせの中からそれぞれの冠状動脈に最適なグラフトを選択使用する必要がある.

1 左前下行枝(LAD)

■ LADは,最も高い遠隔期グラフト開存率を期待できる冠状動脈枝である【ClassⅡa,evidence level B】.

■ LADに ITAを用いることは,SVGを用いる場合に比べ,良好な遠隔期の生存率,心事故回避率を期待できる【ClassⅠ,evidence level B】.

■ LADに,RITAを用いた場合,LITAと同様の遠隔期開存率が期待できる【ClassⅠ,evidence level B】.

2 左前下行枝(LAD)以外の冠状動脈

 LADに対しては ITAを用いて血行再建することが標準的である.残るLAD以外の冠状動脈(Cx,RCA)をどのように血行再建するかの選択がある.LAD以外の冠状動脈に対して使用可能なバイパスグラフトは,ITA,RA,SVGなどがある.■ LADに ITAを用いた場合,もう1本の ITAはRCAよりもCxに用いるべきである【ClassⅡa,evidence

level B】.■ LAD以外の冠状動脈に ITAを用いた場合とRAを用いた場合の遠隔成績はほぼ同等である【ClassⅡa,evidence level B】.

■ LAD以外の冠状動脈に対しても ITAを用いた方がSVGを用いた場合に比べて10年後の遠隔成績が優れている【ClassⅡa,evidence level B】.

■ LAD以外の冠状動脈に対する,RAとSVGの遠隔成績の差は明らかでない【ClassⅡb,evidence level C】.

1 回旋枝(Cx)■ LADに ITAを用いた場合,もう1本の ITAはRCAよりもCxに用いるべきである【ClassⅡa,evidence

level B】.

2 右冠状動脈(RCA)■ すべての冠状動脈のうち,RCA(#1-3)は最も遠隔期グラフト開存率の低い冠状動脈である.RCAに対する吻合は中枢(#1-3)に行うより末梢(#4)に行った方が高い遠隔開存率を期待できる【ClassⅡa,evidence level B】.

■ RCAに対するバイパスの遠隔成績で,GEAのSVGに対する優位性は明らかでない【ClassⅡb,evidence

level B】.

Ⅴ 術後における問題点

1 大伏在静脈に対する抗血小板剤投与

■ アスピリンは静脈グラフトの早期閉塞の防止のために選択されるべき薬剤である.アスピリンの投与は標準治療であり,術後イベントを予防するために継続すべ

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表2 冠状動脈領域別グラフト開存率

文献/報告年 平均術後年数 患者数開存率(%)または閉塞の risk(odds rations)

グラフト LAD Dx Cx RCA(#1-3) RCA(#4)1/2000 5.6 962 RITA¶ 1 2.0 2.8 2.6 3.82/2002 2.3 109 RA Composite 83.3%* 75.2% 70.0%§3/2003 8.3 1339 SVG 1 1.29 1.39 1.63 1.344/2004 6.6 1434 LITA 97.2% 96.4% 91.1%

RITA¶ 96% 93% 90% 79% 87%5/2004 10 369 ITA 85%

SVG 69%* 58% 56%§7/2004 6.4 1408 LITA 97.1%* 91.7% 79.5%§

RITA 94.6%* 84.9% 88.8%§Free RITA 96.2%* 91.9% 88.2%§

RA 87.1%* 91.6% 61.6%§SVG 60.2%* 61.2%

*:LAD+Dx,§:RCA(#1-4),¶:free RITA を含む

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きである【ClassⅠ,evidence level A】.

2 橈骨動脈グラフトに対するCa拮抗剤投与

 CABGのグラフトとしてRAの使用はCarpentierらによって初めて報告されたが,Ca拮抗剤内服に関する比較はなされていない.

3 バイパスグラフトに対するPCI

1 静脈グラフト■ 静脈グラフト病変に対して冠動脈ステントと末梢塞栓保護デバイスが考慮される【ClassⅡa,Evidence

Level B】.

2 動脈グラフト 内胸動脈グラフトに対するステント治療の初期成功率は高いが,遠隔期では再狭窄率がバルーンによる冠状動脈形成術より高い.

4 抗高脂血症の薬理学的管理

■ CABG術後患者は,禁忌がない限り,スタチン療法を受けるべきである【ClassⅠ,evidence level A】.

5 術後の降圧療法

 狭心症を合併する高血圧では,抗狭心症作用を持つCa拮抗薬とβ遮断薬が第一選択となる.CABGの術前においては,過度の降圧が狭心症発作の誘因となるため注意が必要であるが,術後については薬物を組み合わせて,十分な降圧を図ることが心血管イベントの二次予防の観点から重要と思われる. しかしながら,これらの知見は対象にCABG術後患者が占める割合は多くなく,一般的な虚血性心疾患を合併した高血圧患者の管理におけるエビデンスであるので,CABGの術後に限定した降圧療法に関するエビデンスは十分ではない.

6 ホルモン療法

■ ホルモン補充療法の導入はCABG術後の女性患者には推奨されない【ClassⅢ,evidence level B】.

7 禁煙

■ すべての喫煙者はCABGの術後に教育的なカウンセリングを受け,禁煙療法を受けるべきである【ClassⅠ,evidence level B】.

■ ニコチン補充やバレニクリンなどの薬物療法は禁煙しようという意思をもつ患者に対して行われるべきである【ClassⅠ,evidence level B】.

8 リハビリテーション

■ 心臓リハビリテーションはCABG術後のすべての適切な患者に行われるべきである【ClassⅠ,evidence

level B】.

Ⅵ 特殊な患者に対するCABGの術式とグラフト選択

1 超高齢者(80歳以上)

■ LADへバイパスのための片側内胸動脈の使用は超高齢者(80歳以上)の予後を改善する【ClassⅡa,evidence level B】.

■ OPCABは超高齢者(80歳以上)の手術リスクを軽減する【ClassⅡa,evidence level C】.

2 女性

■ 可能な限り,少なくとも片側の内胸動脈を採取し前下行枝バイパスに使用するべきである【ClassⅠ,evidence level B】.

■ OPCABの適応の判断については,性別を考慮する必要はなく,男女で同等に決定するべきである【Class

Ⅱa,evidence level B】.

3 糖尿病

■ 糖尿病患者の多枝病変はCABGが治療の第一選択となる【ClassⅠ,evidence level B】.■ 術後の血糖値は,180mg/dL未満で管理目標することが望ましい【ClassⅠ,evidence level B】.

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4 呼吸機能低下

■ 慢性閉塞性肺疾患例に対しては,人工心肺使用を回避することは手術リスクを軽減する【ClassⅡa,evidence level B】.

■ MIDCABは,慢性閉塞性肺疾患例において,術後呼吸機能保持に有効である【ClassⅡb,evidence level

C】.

5 腎不全

■ 慢性腎不全に対しては,人工心肺使用を回避することは周術期合併症リスクを軽減する【ClassⅡb,evidence level C】.

6 脳血管障害

 術後脳神経障害は2つのタイプに分けられる.タイプ1障害は重篤で,局所症状を伴う脳神経障害,昏迷,昏睡と関連している.タイプ2障害は知的機能,記憶の低下が特徴である.■ 術前脳梗塞の既往は,高齢とともに周術期脳障害発症のリスクであり,特に上行大動脈からの粥腫塞栓を回避できるような術式を選択するべきである【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 術中上行大動脈上エコー,経食道心エコー,あるいは触診によって,上行大動脈に高度な粥状硬化が認められた時は,上行大動脈を遮断しない手術方法に術式を変更することが,術後脳血管障害の発症を防ぐ可能性がある.その術式の中にはOPCABも含まれる【Class

Ⅰ,evidence level C】.■ CABG後の,再発するあるいは24時間以上持続する心房細動では,4週間のワーファリンによる抗凝固療法が適応になる【ClassⅡb,evidence level C】.

■ 最近の前壁心尖部梗塞で,CABG後も壁運動異常が持続する場合は,長期(3~6か月)の抗凝固がおそらく必要である【ClassⅡa,evidence level C】.

■ 左室血栓の有無によって手術方法や手術時期が変わる可能性があるので,最近の前壁梗塞の患者では,心エコーによる左室血栓のスクリーニングが考慮されるべきであろう【ClassⅡb,evidence level C】.

■ 以下のような患者はおそらく頚動脈スクリーニングの適応となる.65歳以上,左主幹部病変,末梢血管病変,喫煙の既往,一過性脳虚血または脳梗塞の既往,頚動

脈雑音の聴取【ClassⅡa,evidence level C】.■ 症状を伴う頚動脈病変がある患者,または症状がなくても片側あるいは両側に80%以上の頚動脈病変がある患者は,CABGの前にあるいは同時にCEAまたはCASを行うことが推奨される【ClassⅡa,evidence

level C】.■ CEAまたはCASは下述の危険性で手技が可能なチームによってされるべきである.

  無症候性頚動脈病変の場合は死亡・脳梗塞合わせた発症率が30日で3%以下

  症候性頚動脈病変の場合は死亡・脳梗塞合わせた発症率が30日で6%以下

 【ClassⅠ,evidence level A】■ 頚動脈血行再建の適応については,神経内科医を含めた多職種チームでここの症例について検討し決定するべきである【ClassⅠ,evidence level C】.

■ CEAは現在でも頚動脈血行再建の標準術式である.しかしながらCEAまたはCASの選択は多職種チームで検討されるべきである【ClassⅠ,evidence level B】.

7 Porcelain aorta

■ OPCABにて,上行大動脈へ近位側吻合を用いない方法【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 上行大動脈への操作を回避した上での人工心肺使用心拍動下手術【ClassⅡa,evidence level C】.■ 上行大動脈への近位側吻合における自動吻合器の使用【ClassⅡb,evidence level C】.■ 通常の上行大動脈への操作を伴う方法【ClassⅢ,

evidence level B】.

8 肝硬変を合併した症例に対する開心術

 不可逆的な肝機能障害,特に肝硬変を合併した症例に対する外科手術はhigh riskであり,しばしば,出血,感染,肝不全,腎不全,長期挿管といった合併症を引き起こすだけでなく,適応を誤れば致死的となることが知られている.■ OPCABは,Child-Pugh分類B,もしくはCの症例の手術リスクを軽減する【ClassⅡb,evidence level C】.

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9 弁膜症

1 大動脈弁狭窄症(AS)■ CABGを行う患者で重度ASを合併する場合大動脈置換 術(AVR) を 施 行 す べ き で あ る【ClassⅠ,evidence level B】.

■ CABGを行う患者で中等度ASを合併し,AVR同時施行しても手術のリスクが低い場合AVRの適応となり得る【ClassⅡa,evidence level C】.

■ CABGを行う患者で軽度ASを合併し,AVR同時施行しても手術のリスクが低い場合AVRの適応となる可能性がある【ClassⅡb,evidence level C】.

2 虚血性僧帽弁閉鎖不全症(MR)に対する僧帽弁手術の適応

■ CABGを行う患者において,重度MRを伴う場合は僧帽弁手術を同時に行うべきである【ClassⅡa,evidence level B】.

■ CABGを行う患者において,中程度MRを伴う場合は僧帽弁手術の同時施行が望ましい【ClassⅡb,evidence level C】.

10 左室瘤

■ CABGに 加 え て 左 室 瘤 切 除 形 成 術【ClassⅠ,evidence level B】.

■ 左室内へパッチを使用した左室形成術【ClassⅡa,evidence level B】.

■瘤切除直線縫合法【ClassⅡb,evidence level B】.

11 大動脈瘤

1 虚血性心疾患を伴う胸部大動脈瘤 高齢者の増加に伴い虚血性心疾患を伴う胸部大動脈瘤患者が増加している.その頻度は胸部大動脈瘤患者の16~30%もあり,弓部大動脈人工血管置換術と冠状動脈バイパス術の同時手術は15~30%に施行されてきた.

2 虚血性心疾患を伴う腹部大動脈瘤 末梢血管手術(腹部大動脈瘤,頚動脈疾患,下肢閉塞性動脈硬化症等)前の冠状動脈病変評価において34%が冠状動脈疾患を合併し,25%の症例が冠状動脈血行

再建(CABGまたはPTCA)を要したと報告されている.

12 再冠状動脈バイパス術

■ 以前CABGを受けた患者で,保存的加療あるいはPCI

によっても続く胸痛を自覚する場合再冠状動脈バイパス術の適応となる.胸痛が典型的でない場合,負荷試験などによって心筋虚血を証明する必要がある【Class

Ⅰ,evidence level B】.■ 以前のバイパスグラフトが閉塞しており,残った冠状動脈病変がCABGの適応となる場合も再手術の対象となる(左主幹部病変,左主幹部と3枝病変)【ClassⅠ,evidence level B】.

■ 以前CABGを受けており,吻合可能な末梢血管が大きな範囲の心筋を還流しており,その部位が虚血に陥っている場合,再手術が勧められる【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 以前のバイパスグラフトの中でLADもしくは大きな範囲の心筋を還流している大伏在静脈が,粥腫硬化により50%以上の狭窄を来たしている場合も再手術を考慮する【ClassⅡa,evidence level B】.

13 末梢血管病変

 冠状動脈疾患と末梢血管病変の合併はよく知られた事実であり,末梢血管病変を手術する患者の37%から78%に冠状動脈病変を合併していると報告されている.■ 末梢血管を病変合併したCABG症例に対しては人工心肺を使用しないほうが,脳合併症のの頻度が低い【ClassⅡa,evidence level B】.

14 低左心機能

■ 低左心機能を伴い,高度心筋虚血が証明されている重症多枝病変に対するCABG【ClassⅠ,evidence level

B】.■ 心筋梗塞後の左室リモデリングによる低左心機能症例に対するCABGに加えて左室形成術【ClassⅡa,evidence level B】.

■ 多領域にわたる心筋梗塞後の高度低左心機能症例に対するCABGおよび左室形成術【ClassⅡb,evidence

level C】.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

15 悪性新生物

 悪性新生物を合併する患者においてCABGを行う場合,問題点はいろいろあるが,現在のところエビデンスとして確立したものがない.

16 急性冠症候群(Acute Coronary Syndromes)

■ 不安定狭心症あるいはST上昇を伴わない心筋梗塞において,安定狭心症と同じ手術適応で冠動脈バイパス術を行う【ClassⅠ,evidence level B】.■ 血行動態的に安定しているST上昇型心筋梗塞において,安定狭心症と同じ手術適応で冠動脈バイパス術を行う【ClassⅠ,evidence level B】.■ 血行動態的な不安定なST上昇型心筋梗塞において,虚血を伴うPCI不成功例および機械的合併症(心室中隔穿孔・自由壁破裂・僧帽弁乳頭筋断烈)を伴う症例に対して,冠動脈バイパス術を行う【ClassⅠ,evidence level B】.

17 致死的心室性不整脈

■ 心肺蘇生などの致死的心室性不整脈による有害事象を有する重症多枝病変患者に対するCABG【ClassⅠ,evidence level B】.

■ 致死的心室性不整脈を伴い,心筋虚血を証明される重症多枝病変患者に対するCABG【ClassⅡa,evidence

level B】.

■ 心筋梗塞後の瘢痕組織を伴う心室頻拍に対する左室形成術【ClassⅡb,evidence level C】.

Ⅶ 患者リスクの評価法

1 これまでの患者リスクの評価法

 これまで,心臓手術に関するリスク評価に関しての報告は数多くなされ,心臓手術を受ける個々の患者のリスク評価のみならず,コスト削減による病院収支の改善,施設間の成績向上への啓発等に多大な役割を果たしてきた.これまで報告されているリスク評価法の主たるものを表2に示した.

2 患者リスク評価の問題点

 リスク評価における問題点として(1)いかなる変量を用いるのか,(2)用いられた変量自体が,患者個人の因子や,医療提供側の因子により変動すること,(3)用いられた変量自体が,時間や医療技術の進歩に伴い刻々変化すること,等が挙げられている.現在では,STS

databaseとEuro SCOREが世界的なスタンダードとされ,多くの外科医がその恩恵に与っていることは日常の臨床活動の中で証明済みであるが,日本独自の,またはその地域独自の特徴を考慮したリスク評価法の確立が重要であり,理想である.

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表3 リスク評価法Parsonnet score Higgins score French score OPR score Pons score Euro SCORE STS risk algorithm

発表年 1989年 1992年 1995年 1995年 1996年 1999年 1994年施設数 single center single center Multi center 42 Multi center 9 Multi center 7 Multi center 128 Multi center国 USA USA France Canada Spein ヨーロッパ8 か国 USA

患者数 3,500人 5,051人 7,181人 13,098人 1,309人 19,030人 728人術前因子 20項目 13項目 11項目 6項目 11項目 23項目 14項目対象 Heart Surgery for CABG Heart Surgery Heart Surgery Heart Surgery Heart Surgery Heart Surgery

評価項目 Mortality MortalityMorbidity

MortalityMorbidity

Mortality MortalityMorbidity

MortalityMorbidity

MortalityMorbidity

統計処理 Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

Univariated and logistic regression analysis

使用法 Score 表で計算過去のdataより推測

Score 表で計算過去のdataより推測

Score 表で計算過去のdataより推測

Score 表で計算過去のdataより推測

Score 表で計算過去のdataより推測

Internet でmortality,morbidity が計算可能

Internet でmortality,morbidity が計算可能

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

3 患者リスク評価法の選択

 現在,我が国においてはデータベースが確立しておらず,患者リスク解析法も検証されていない現状では,前述の方法を各施設の特徴を加味した状況で選択することになるが,世界的にはスタンダードとされるSTS risk

algorithmか,Euro SCOREかに選択の目が注がれる.

4 グラフト選択に関するリスク評価

 CABGにおけるグラフト開存率のリスク評価には,術後中長期に冠状動脈造影を行う大規模前向き研究が不可欠である.CABGにおけるグラフトは様々な種類が報告されているが,研究基金不足があり,未だ正確なリスク因子の同定ができていないのが現状である.

5 ガイドラインにおける現時点での推奨

 我が国においては,日本成人心臓血管外科データベースが発足し,日本独自のデータベース構築が進められている段階で,現時点では世界のスタンダードであるSTS

データベースやEuro SCOREを利用することが現実的であると考える.しかしながら,日本におけるmorbidity

を含む患者リスクの評価を求める場合は,日本人特有のリスク評価を進めることを推奨する.

Ⅷ CABGの経済効率

 CABGは自然科学の一部としてとらえられる点で医学という分野に属する一方,社会科学の一部としてとらえると,医療制度の中で行われる医療と考えることができる.したがって本ガイドラインの中に一定の経済的な評価の尺度を含めるのも自然かつ必要なことであろう.しかし,CABGの経済効率についてガイドライン化を試みる場合,数多くの障害がある.本ガイドラインを標準化のための指標ととらえ,標準的経済効率についてできるだけ公的なデータにもとづいてまとめる.

1 CABGの経済効率ガイドライン化における問題点

1 国による違い CABGの経済効率を考える場合,evidence level Aに属するような論文(例えば欧米におけるCABGとPCIの多施設無作為割付比較試験の論文)から経済効率の比較データを求めることには限界がある.我が国とは保険制度,診療報酬の額,薬剤や医療材料の価格差,doctor’s

fee(surgeon’s fee)の有無,などに極めて大きな違いがあるからである.

2 一国二制度 平成17年度現在,我が国では特定機能病院82病院と一握りの試行的適用病院ではDPCによる包括払い制度が適用されており,出来高払い制度とともに2つの制度が混在している.したがって,経済効率につき一律に論じることは不可能であるが,本ガイドラインではDPC

データの呈示を中心としたい.

3 変化のサイクルの早さ 診療報酬制度は2年に1度改訂が行われる.このガイドラインに記載されるデータも早くも平成18年度改訂により影響を受け大きく変化する可能性が高い.また,PCIに用いられるデバイスの進歩に代表されるように,使用されるデバイスの種類や価格,その位置づけは極めて短期間に更新される.一方,CABGについてはPCIに比べると変化の速度は比較的ゆっくりであり,平成16年の時点で我が国におけるOPCABの割合が60%を超えていることから,CCABとOPCABの経済効率を比較するにはいいタイミングである.

4 データの乏しさ PCIとの比較でCABGの経済効率を論じる場合に必須と思われるDrug eluting stent(平成16年9月導入)の影響のデータも残念ながら公式には得られていない.さらに,病院の経営母体に関し,特定機能病院以外との比較データも不十分にとどまっている.これらに対しては民間の調査機関が独自に集計解析したデータを補足的ではあるが一部呈示するにとどめる.

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循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2010 年度合同研究班報告)

2 我が国におけるCABGの医療経済的解析:DPC全国データから

 平成15年度「急性期入院診療における診断群分類活用に関する研究」班による全国調査データを用いた集計・解析を行った.その結果,実在院日数は35.2±19.9日(中央値29日,変動係数0.56)で,術前11.2±11.2日(中央値7日),術後23.2±14.7日(中央値19日)で,術前のバラツキが大きかった. 出来高換算入院請求額は3,494,900±1,592,000円(中央値3,310,000円,変動係数0.46)であった.

1 人工心肺使用(CCAB)と非使用(OPCAB)との比較

①在院日数

 34.2±20.1日vs. 36.7±19.6日(p=0.01), 術 前11.1±11.3日vs. 10.9±11.1日(NS),術後22.0±14.8日vs.

25.0±14.5日(p<0.001)とOPCABが有意に短かった.

②請求総額

 3,100,000±1,140,000円vs. 4,100,000±1,960,000円(p

<0.001)で有意にOPCABが低額でありその差は約100万円にのぼった. OPCABの経済効率の良さを表しているものの,医師や病院への労働の対価である“手術その他(技術料)”までOPCABには30%加算が設けられているにもかかわらずon-pump CABGよりも20万円以上低額で極めて不合理な結果であることが明らかとなった.

2 技術料における問題点  ま ずon-pump CABGの 技 術 料 は“1本 の も の ”487,000円,“2本以上のもの”813,000円であり,したがってOPCABにおける技術料の“30%加算”分は“1本のもの”で146,100円,“2本以上のもの”で243,900円である. 一方,OPCABで失う技術料としてon-pump CABGにおける“人工心肺技術料”の255,000円と“人工心肺を用い低体温で行う心臓手術麻酔の200%加算”がある.“人工心肺技術料”のみで外科医に対する技術料の加算は吹きとんでいることがわかる.

3 医療材料に関する矛盾 人工心肺という高額の医療材料を使用しないOPCAB

では公的医療費節減に多大なる貢献をしているが,DPC

時代においても手術当日に用いる特定保険医療材料である人工心肺関係のデバイスは出来高請求できるためコスト削減の incentiveは病院側にはほとんど働かない.そればかりか公定価格と購入価格(実勢価格)の差が差益として乏しい技術料に替わる病院の収益源になっているという根本的な矛盾から,OPCAB時代におけるCCAB

ではなおさら経済観念は持ち得ない現状がある. OPCAB用デバイスに関しても実際は本来single useと注意書きのあるデバイスの再使用もされているというのが現状と言われている.

Ⅸ 技術革新

1 自動吻合器

【ClassⅡb一部Ⅲ,evidence level C】 現在,我が国で臨床使用可能な自動吻合器は大伏在静脈(SVG)用の中枢側吻合器のみであり,完全自動型吻合器と半自動型吻合器の2種に大別される.

1 中枢側自動吻合器 中枢側自動吻合器は上行大動脈部分遮断などの鉗子操作により生じる脳梗塞を軽減させ,短時間での確実な吻合を目的として開発されてきた.

2 末梢側自動吻合器 冠状動脈末梢用の自動吻合器に関しては,MVP

system,St Jude Medical ATG coronary connector system

(St Jude Medical Inc, St Paul, Minn)の2種類が臨床治験されている.現段階ではまだ小規模臨床試験しか行われていない.

2 ロボット手術

【ClassⅢ,evidence level C】 手術支援ロボットは大きく2つに大別することができ,ひとつはAESOP(Intuitive Surgical, Inc.Sunnyvale,CA)に代表される内視鏡把持ロボットであり,もうひとつはda Vinci Surgical Systemに代表されるマスター・スレイブシステムを有する手術ロボットである.

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虚血性心疾患に対するバイパスグラフトと手術術式の選択ガイドライン

1 内胸動脈剥離に対する手術支援ロボットの導入

 心拍動下内胸動脈剥離に対しては,内視鏡把持ロボットのガイド下に通常の内視鏡器具を用いて内胸動脈を採取する方法,あるいはマスター・スレイブ方式の手術用ロボットでロボット鉗子を用いて内胸動脈を採取する方法が報告されている.

2 グラフト吻合に対する手術支援ロボットの導入

 心停止下あるいは心拍動下でのマスター・スレイブ方式の手術用ロボットを用いた吻合操作が報告されている. 現在,依然としてロボット支援下冠状動脈バイパス手術を困難にしているのはその吻合技術であり,吻合を容易にすべくスタビライザーを始めとして吻合器具などが開発されている.またその適応に関しては,1枝,多枝あるいは心停止下,心拍動下を含め,いまだ定まるところではなく,今後の技術革新によってその適応が定着,拡大されることが期待される.

3 Awake OPCAB

【ClassⅢ,evidence level C】 高位硬膜外麻酔(High Thoracic epidural anesthesia:TEA)を使用した自発呼吸完全覚醒下による心拍動下冠状 動 脈 バ イ パ ス 術awake off-pump CABG(Awake

OPCAB)は1999年最初に報告されている.Awake

OPCABの利点は全身麻酔を使用しないことから早期の離床,退院が可能であり,手術操作上もTEAを使用することで心拍数が減少し,冠血流が増加する結果不整脈の発生が抑制されることから心拍動下吻合をしやすい環境が得られるとしている.

1 治療適応 Awake OPCABの対象となる患者は,本術式が最初に報告されたときはLAD 1枝病変や,RCAを含め2枝病変に限られていた. Awake OPCABの有用性に関しては,報告例や,その症例数からもまだ問題の多く残るところである.しかしOPCABにおけるTEAの動脈拡張作用,不整脈抑制作用,

さらに挿菅全身麻酔を避けることの利点は大きい.今後さらに臨床研究を重ねてより安全で確実なAwake手術を確立すれば,さらなる低侵襲CABGへの道が開ける可能性がある.

4 レーザーによる経心筋血行再建

【ClassⅡa,evidence level A】 CO2レーザーによる経心筋血行再建術Transmyocardial

surgical laser revascularization(TMLR)は心外膜側から内膜側へ高出力レーザーを照射し,左心室腔と虚血心筋間に新しいチャンネルを作り出すことで,虚血心筋へ血流を導くという手法であるが,現在では修復機転の結果としての血管新生がその主体であると考えられている.

1 治療適応 TMLRの最もよい適応は,薬剤抵抗性の狭心症患者でかつPCIやCABGなどの血行再建術が不可能な症例である.

2 TMLRに使用されるレーザー 現在TMLRに使用されるレーザーは波長,エネルギー特性からCO2レーザーであるHeart LaserTM(PLC

Medical Systems,Milford,MA),Holmium:YAGレ ーザーであるEclipseTM(Cardio Genesis Corp,Sunnyvale,CA)の2種類が一般的である.レーザーの波長,エネルギー特性が異なることからその使用法,効果は若干異なり,CO2レーザーの方がHolmium:YAGレーザーより1パルスのエネルギーが強いために,1パルスで心筋を貫通することが可能である.一方,Holmium:YAGレーザーはCO2レーザーに比べphotoacoustic効果が強く,交感神経求心性繊維ネットワークが遮断されやすいとされている.

3 TMLR後の危険因子 TMLR後の予後を左右する因子は,(1)不安定狭心症,(2)心筋全体の虚血,(3)左室機能低下が挙げられる. TMLRは様々な前向き無作為割付でその有用性が証明され,ガイドラインに従った臨床使用可能な治療法であり,近年のOPCABなどの低侵襲手術や,細胞移植治療や血管新生療法との併用によりさらなる利用効果が見込まれる治療法である.

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