宗像ザビエル聖堂の音響と改修 - 九州大学(kyushu...

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宗像ザビエル聖堂の音響と改修 大場 梨那 1. はじめに カトリック教会の聖堂は,礼拝だけでなく,司祭や神 父の説話を聞く場や,宗教音楽や聖歌を演奏する場と しても使用されてきた。したがって,聖堂の音響は建築 の性能として無視できないと思われる。しかし,適切 な音響設計が施されていることはごくまれであり,説 話の声が聞きにくい,場所によって聞こえ方が異なる などの問題点が指摘されている 1) 2) 3) このような背景を踏まえ,聖堂の音響特性を知るた め,福岡県宗像市に移築された宗像サビエル聖堂 (-1) の調査を行った。調査によって音声の聞きにくさが問 題視されたため,幾何音響シミュレーションを用いて 聞きにくさ改善のための検討を行った。これらの提案 を受け,聖堂に音響改修が講じられた。そこで,改修 後の音響を把握するために実測を行った。更に,改修 後の効果を検証するため単語了解度試験及び文章の聞 きにくさ評価実験を行った。 2. 実測調査 2.1 測定概要 聖堂の断面図,平面図及び測定点を-2 に示す。 聖堂の床面積は 306 m 2 ,表面積は 1,218 m 2 ,室容積 1,846 m 3 である。測定には統合測定システム IMS Ver.2.0 を用いた。音源の位置は会堂前方の説教台 (中の S ) とし,無指向性 12 面体スピーカよりスイー プパルスを発生させ,無指向性マイクロフォン及び双指 向性マイクロフォンを用いてインパルス応答を計測し た。同期加算回数は 8 回とした。音源,測定点は共に床 1.2 m の位置とし,測定点は信者席に 18 点を設けた。 当聖堂は天井に 10 個の換気口を有しており,音響測定 は換気口を閉めた時 (CLOSE) と開けた時 (OPEN) 2 つの条件下で行った。 -1 ザビエル聖堂の外観 S 3 5 (m) P03 P01 P04 P06 P07 P08 P09 P10 P11 P12 P13 P14 P15 P16 P17 P18 P02 P05 -2 平面図 2.2 測定結果及び考察 2.2.1 残響時間 全測定点 (18 ) における測定結果の平均値を,同 程度の室容積を有するカトリック聖堂の最適残響時間 (図中網掛部) と比較して-3 に示す。125 Hz の残響時 間は測定点によって値にばらつきがみられたため,平 均値とともに標準偏差をエラーバーで示した。残響時 間は,換気口を閉めた状態でも開けた状態でも,低音 ほど長く 125 Hz で最大となり,また 1,000 Hz でも長 い。最適残響時間と比較すると,聖堂内の残響時間は, 4,000 Hz 以上を除いて長めという結果となっている。 2.2.2 D 50 各測定点における D 50 -4 に示す。前方ほど値が 大きくなっているものの,最前列でも 0.4 にすぎず,後 方では 0.20.1 と小さい。このように,本聖堂内の音 声明瞭度は,D 50 の値からみて決してよいとは言えな -3 残響時間 S S OPEN CLOSE 0.14 0.17 0.18 0.14 0.21 0.13 0.16 0.17 0.18 0.13 0.20 0.20 0.24 0.23 0.26 0.28 0.34 0.35 0.31 0.19 0.22 0.24 0.24 0.25 0.33 0.30 0.30 0.36 0.43 0.44 0.35 0.37 0.42 0.21 0.20 0.20 -4 D 50 S S OPEN CLOSE 0.41 0.46 0.39 0.40 0.41 0.38 0.38 0.38 0.39 0.37 0.35 0.40 0.35 0.37 0.32 0.39 0.41 0.40 0.44 0.36 0.38 0.39 0.38 0.37 0.38 0.37 0.34 0.32 0.40 0.31 0.37 0.33 0.39 0.38 0.46 0.45 -5 RASTI 37-1

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Page 1: 宗像ザビエル聖堂の音響と改修 - 九州大学(KYUSHU ...宗像ザビエル聖堂の音響と改修 大場 梨那 1. はじめに カトリック教会の聖堂は,礼拝だけでなく,司祭や神

宗像ザビエル聖堂の音響と改修

大場 梨那

1. はじめにカトリック教会の聖堂は,礼拝だけでなく,司祭や神

父の説話を聞く場や,宗教音楽や聖歌を演奏する場としても使用されてきた。したがって,聖堂の音響は建築の性能として無視できないと思われる。しかし,適切な音響設計が施されていることはごくまれであり,説話の声が聞きにくい,場所によって聞こえ方が異なるなどの問題点が指摘されている 1) 2) 3)。このような背景を踏まえ,聖堂の音響特性を知るた

め,福岡県宗像市に移築された宗像サビエル聖堂 (図-1)の調査を行った。調査によって音声の聞きにくさが問題視されたため,幾何音響シミュレーションを用いて聞きにくさ改善のための検討を行った。これらの提案を受け,聖堂に音響改修が講じられた。そこで,改修後の音響を把握するために実測を行った。更に,改修後の効果を検証するため単語了解度試験及び文章の聞きにくさ評価実験を行った。2. 実測調査2.1 測定概要聖堂の断面図,平面図及び測定点を図-2 に示す。

聖堂の床面積は 306m2,表面積は 1,218m2,室容積は 1,846m3 である。測定には統合測定システム IMSVer.2.0を用いた。音源の位置は会堂前方の説教台 (図中の S点)とし,無指向性 12面体スピーカよりスイープパルスを発生させ,無指向性マイクロフォン及び双指向性マイクロフォンを用いてインパルス応答を計測した。同期加算回数は 8回とした。音源,測定点は共に床上 1.2mの位置とし,測定点は信者席に 18点を設けた。当聖堂は天井に 10個の換気口を有しており,音響測定は換気口を閉めた時 (CLOSE)と開けた時 (OPEN)の2つの条件下で行った。

図-1 ザビエル聖堂の外観

S

1 3 5 (m)

P03

P01P04

P06

P07

P08P09

P10

P11

P12P13

P14

P15

P16

P17

P18

P02

P05

図-2 平面図

2.2 測定結果及び考察2.2.1 残響時間全測定点 (18 点) における測定結果の平均値を,同

程度の室容積を有するカトリック聖堂の最適残響時間(図中網掛部)と比較して図-3に示す。125Hzの残響時間は測定点によって値にばらつきがみられたため,平均値とともに標準偏差をエラーバーで示した。残響時間は,換気口を閉めた状態でも開けた状態でも,低音ほど長く 125Hzで最大となり,また 1,000Hzでも長い。最適残響時間と比較すると,聖堂内の残響時間は,4,000Hz以上を除いて長めという結果となっている。2.2.2 D50

各測定点におけるD50を図-4に示す。前方ほど値が大きくなっているものの,最前列でも 0.4にすぎず,後方では 0.2~0.1と小さい。このように,本聖堂内の音声明瞭度は,D50 の値からみて決してよいとは言えな

図-3 残響時間

S

S

OPEN

CLOSE

0.140.170.18

0.14

0.21

0.130.16

0.17

0.18

0.13

0.20

0.200.24

0.23

0.26

0.280.34

0.35

0.31

0.190.22

0.24

0.24

0.250.33

0.30

0.30

0.36

0.43

0.44

0.35

0.37

0.42

0.21

0.20

0.20

図-4 D50

S

S

OPEN

CLOSE

0.41

0.46

0.390.40

0.41

0.38

0.38

0.38

0.39

0.37

0.35

0.40

0.35

0.37

0.32

0.39

0.41

0.40

0.44

0.360.38

0.39

0.38

0.37

0.38

0.37

0.34

0.32

0.40

0.31

0.37

0.33

0.39

0.38

0.46

0.45

図-5 RASTI

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表-1 各部材の材料と吸音率 (推定値)

125Hz 250Hz 500Hz 1kHz 2kHz 4kHz

595.9 0.01 0.01 0.02 0.03 0.03 0.03

335.3 0.08 0.10 0.10 0.10 0.09 0.07

138.0 0.01 0.01 0.02 0.03 0.03 0.03

137.5 0.15 0.25 0.18 0.09 0.15 0.10

46.2 0.01 0.01 0.02 0.03 0.05 0.05

34.4 0.11 0.05 0.04 0.04 0.04 0.03

20.7 0.10 0.10 0.09 0.05 0.05 0.10

11 0.15 0.15 0.12 0.07 0.07 0.12

11.2 0.01 0.01 0.02 0.04 0.05 0.06

62.4 0.14 0.15 0.10 0.08 0.08 0.07

表-2 吸音に用いる材料と吸音率 (想定値)

125Hz 250Hz 500Hz 1kHz 2kHz 4kHz

11.2 0.65 0.70 0.75 0.80 0.75 0.85

77,95 0.05 0.15 0.38 0.65 0.78 0.80

18 0.05 0.15 0.38 0.65 0.78 0.80

い。これは換気口を開けた場合も閉めた場合もほとんど変わらない。2.2.3 RASTI各測定点におけるRASTI を図-5に示す。図中の太

字部分はRASTIの評価がFAIR(0.45以上),それ以外は POOR(0.45未満)となった点である。FAIRとなったのは,天井換気口を開けたときで 2点,閉めたときで 1点である。

3. 幾何音響シミュレーション3.1 シミュレーション概要前項より,ザビエル聖堂は残響時間が長く,音声が

聞きにくいことが示唆された。そこで,響きを抑制して音声の聞きにくさを改善することを目的として,聖堂内の吸音処理について幾何音響シミュレーションを用いて検討した。幾何音響シミュレーションには音線法によるソフト

ウェア (CATT-Acoustics)を用いた。シミュレーションの条件は,放射音線本数 100,000本,音線の追跡打ち切り時間 5,000ms,空気吸収の影響は無いものとした。音源と受音点の位置は実測と同じとし,モデル内の吸音率は,残響時間が実測結果に近い値となるように設定した。各部材の表面積と吸音率を表-1に示す。3.2 聖堂内の吸音聖堂内の吸音処理として,(i)天井換気口の蓋 (室内

側)にポリウール 4)(以下,PWと表記)を貼る,(ii)床にカーペットを敷く,(iii)椅子の座面に座布団を敷く,の 3つを想定した。天井換気口は,図-6に示すように,1個の面積がお

よそ 1.2m2で,合計 10個設けられており,背後に換気口を閉じるため蓋 (金属板)が設置されている。蓋を閉じたときは金属板によって音が反射されるため,蓋の室内側をポリウール (密度 32 kg/m3,厚さ 50mm)で吸音することにした。なお,ポリウールと金属板の間には空気層は設けられないため吸音率は “空気層なし”の値を設定した。カーペットはフェルトカーペットとし,図-7に示す 2ケースの敷き方を想定した。座布団は,図-8に示すように,椅子全面に設置すると想定し,吸音率はフェルトカーペットとした。吸音に用いる材料の吸音率 (想定値)を表-2に示す。現状を Case 0(換気口:CLOSE)とし,上記吸音処理

(i),(ii),(iii)を組み合わせて,次の 3ケースについて幾何音響シミュレーションを行った。Case1 : (i)+(ii)(祭壇のみ)Case2 : (i)+(ii)(祭壇のみ)+(iii)Case3 : (i)+(ii)(祭壇と身廊)+(iii)

図-6 天井換気口 図-7 カーペット位置

2,00040010

単位 :mm

図-8 椅子及び座布団の位置

図-9 EDT

3.3 解析結果及び考察3.3.1 残響時間吸音処理した聖堂について,シミュレーションで得ら

れた EDT (18点の平均値)を実測値 (CLOSE)と比較して図-9に示す。図中の網掛部は最適残響時間を示す。いずれのケースも,低域 (125Hz~500Hz)では依然

として残響時間が長すぎる (吸音が不足している)が,高域 (1,000Hz~4,000Hz)では,3ケースとも適切な残響時間となっている。音声の主成分は 1,000Hz前後であることから,音声の明瞭度に関しては,換気口の吸音と祭壇部分にカーペットを敷く (Case1)程度の吸音をすれば十分であると思われる。3.3.2 D50

D50の結果を表-3に示す。室の位置によって傾向が異なったため,受音点 18点を,前方 (P01~P07),中央(P08~P11),後方 (P12~P18)に分け,それぞれの平均値を示した。吸音処理によって,どの位置においてもD50 の値は上昇しているが,最も吸音処理した Case3においても基準値 (0.5以上)を満たす点はなかった。とはいえ,Case3では,後方においても,現状の前方と同程度のD50の値を確保することができるという結果である。3.3.3 RASTI吸音処理によって残響が抑制され,その結果RASTIの値もよくなると期待される。そこで,特に残響時間に

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表-3 D50

CLOSE Case1 Case2 Case30.36前方

中央後方

0.230.18

0.390.300.27

0.410.320.29

0.430.340.31

Case00.300.210.20

S

S

Case3

Case2

図-10 RASTI

おいて効果の大きい Case2と Case3に着目して検討した。Case2,Case3において,RASTI が FAIRになった点 (図中の●)を図-10に示す。FAIRとなる点は,現状 (CLOSE)では 1点であった

が,Case2で 3点,Case3で 9点となり,吸音処理により音声の聞きにくさが改善されると予測された。ただし,聖堂中方部の側廊側では,最も吸音処理したとき (Case3)でも FAIRとはならない。

4. 音響改修筆者らの提言を受けて,ザビエル聖堂は次の 3つの

音響改修を行った。(a) 天井換気口の吸音換気口の蓋 (室内側)にポリウール 4) を貼った。

(b) 椅子の吸音座面に座布団 (120枚)を敷いた。座布団は移動可能である。

(c) 床の吸音祭壇と身廊にカーペットを敷いた。身廊部のカーペットは移動可能であり,カーペットの位置は前項の図-7と同様である。

5. 改修後の実測調査5.1 測定概要音響改修の効果を確認するために,対策施工後の音

響の実測調査を 2.と同様の方法で行った。実測は次の 3条件で行った。

Case A : (a)+(b)(祭壇のみ)Case B : (a)+(b)(祭壇のみ)+(c)Case C : (a)+(b)(祭壇と身廊)+(c)

5.2 測定結果と考察5.2.1 残響時間全測定点 (18点)における測定結果の平均値を,吸音

対策施工前の換気口を閉めた場合 (CLOSE)と比較して図-11に示す。図中の網掛部は,同程度の室容積を有するカトリック聖堂の最適残響時間である。対策によって残響時間は短くなり,吸音処理が多いほど残響時間は短くなっている。最適残響時間と比較すると,低域と高域では残響時間が短すぎてしまったが,いずれの対策も最適残響時間となる周波数の範囲が広くなった。5.2.2 D50

各測定点におけるD50と推奨値 (図中網掛の範囲)を図-12に示す。どの測定点の値も,施工前よりも大きくなって推奨値に近づいている。対策による差は最大で

図-11 残響時間

Point

図-12 D50

Point

図-13 RASTI

も 0.04程度であり,D50の値からは適切な対策はどれであるかを明確に判断できない。ただし,対策前は推奨値を満たす点は全くみられなかったが,対策によってP02,P03,P07の 3点が推奨値を満たした。聖堂前方の中央付近では音声明瞭度が改善したと言えよう。5.2.3 RASTI各測定点におけるRASTIを図-13に示す。図中に網掛で示している範囲がFAIRの評価である。どの対策でも CLOSEよりも評価が向上しており,Case Cでは 1点を除いてFAIRの評価となり,P09でもほぼFAIRに近い値となった。音声の聞きやすさの観点からは,CaseC(天井換気口の吸音,祭壇と身廊のカーペット,椅子の吸音)の状態が適切であると言えよう。5.2.4 相対音圧レベル吸音対策を行ったことにより音圧レベル分布も変わっ

たと思われる。そこで,最も吸音を施した Case Cの音圧レベル分布を測定した。すなわち,音源位置 (図-2の S)からホワイトノイズを放射したときの各測定点のA特性音圧レベルを測定した。結果を施工前の換気口を閉めた場合 (CLOSE)と比較して図-14に示す (P01,P04,P08,P12,P16の 4点)。音圧レベルが最大値となった点 (P03)を基準とした相対レベルで示している。対策前 (CLOSE)には音圧レベル差は最大 3.8 dBあっ

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Point

図-14 相対音圧レベル

たが,対策後 (Case C)ではレベル差は最大 6.6 dBとなり,音圧レベル分布のバラつきが大きくなった。6.6 dBという差は聴感で感知できる値であり,聖堂の前方と後方で聞こえ方に差が生じるかもしれない。

6. 単語了解度試験と文章の聞きにくさ評価実験6.1 実験の目的と概要聖堂内を吸音対策したことによって,残響時間が短

くなり,D50,RASTI も向上したことを確認した。そこで,聴感的にも聞きにくさが軽減したのかを調べたいと考え,無響室内にザビエル聖堂の模擬音場を構成して,被験者を用いた単語了解度試験及び文章の聞きにくさ評価実験を行った。なお,被験者には正常な聴力を有する 22歳~25歳の男女計 6名を用いた。6.2 試験用音声単語了解度試験には「NTTアドバンステクノロジ株

式会社 親密度別単語了解度試験用音声データベース」5)に収録されている単語の中から,親密度群 3(親密度4.0~5.5)のものを 300語,親密度群 2(親密度 2.5~4.0)のものを 300語の計 600語を用いた。文章の聞きにくさ試験には「NTTアドバンスドテクノロジ株式会社音素バランスデータ」 6)に収録されている音源 1000文から300文を選んで使用した。インパルス応答は,CLOSE,Case A,Case Cの 3条件中から RASTI 値に差のみられた P05(中方),P13(後方)において測定したもの,計 6種類を用いた。それぞれの単語及び文章に上記のインパルス応答のいずれかを畳み込んだ。6.3 実験方法試験音源を 50個ずつに分けてランダムに被験者に提

示した。単語了解度試験では,回答用紙に「聞こえた単語」を記入させ,さらに「聴き取りにくさ」 7)を評価してもらった。文章の聞きにくさ評価実験では,聞きにくさを 10段階で評価してもらった。6.4 実験結果及び考察6.4.1 単語了解度6人の被験者の単語了解度の平均値 (%)を表-4に示

す。P05,P13 のいずれにおいても,吸音するにつれて (CLOSE → CaseA → CaseC) 単語了解度が上昇しており,吸音対策によって音声の聞きにくさが低下したことが確認できた。また,これら全ての結果において,統計学的に有意差 (有意水準 5%)がみられた。単語の親密度別に結果 (表-5)をみると親密度の高い単語は,Case Aと Case Cでほとんど了解度に差がみられなかった。これは,親密度の高い単語では,実際にはよく聞き取れなかった単語も推測で回答して正解となり,一方,親密度の低い単語では普段聞きなれない単語が多いため推測による回答が困難であり,その結果,差がはっきりと出たと考えられる。6.4.2 文章の聞きにくさ文章の聞きにくさの評価結果を,被験者ごとに図-15

に示す。被験者ごとに傾向は異なるが,吸音対策するに

表-4 単語了解度 (%)

CLOSE Case A Case C

P05 59.7 69.0 73.5

P13 47.2 58.7 63.2

53.4 63.8 68.3

表-5 単語了解度 (親密度別)(%)

CLOSE Case A Case C

65.6 77.6 78.6

41.4 50.2 58.2

53.4 63.8 68.3

被験者①被験者②被験者③

被験者④被験者⑤

被験者⑥

文章の聞きにくさ(点)

図-15 文章の聞きにくさ

つれて聞きにくさが軽減されていることがわかる。また,これらの結果には統計学的にも有意差 (有意水準5%)がみられた。

7. むすび聖堂の音響特性を知るため,福岡県宗像市に移築さ

れた宗像サビエル聖堂の音響調査を行ったところ,明瞭度に問題が見られ,また聖堂関係者からも “音が響いて声が聞き取りにくい”という感想を聞いた。これらを解決すべく,幾何音響シミュレーションに基づいて吸音対策案を提示し,実際に改修を行った。改修後に再度実測調査を行った結果,残響時間が低減され,音声の明瞭度を示すD50及びRASTI の向上も確認された。更に,改修後の効果を検証するため無響室内に模擬音場を作成して単語了解度試験及び文章の聞きにくさ評価実験を行ったところ,単語了解度は向上し,聞きにくさも軽減することが確認された。

参考文献1) 大谷知世, 渡智賀, 安岡正人: 教会の音響特性に関する事例研究–日本キリスト教団中目黒教会 (150席)の室内音響特性–, 日本建築学会大会学術講演梗概集, pp.299-300 (2001.9)

2) 向井ひかり, 佐野史郎, 矢野博夫, 橘秀樹: 教会の室内音響特性に対する現状調査, 日本建築学会大会学術講演梗概集, pp.31-32(1995.8)

3) 越智寛高, 藤井広義: 宗教建築の室内音響特性の実測例 日本の教会建築, 日本建築学会大会学術講演梗概集, pp.81-82 (1998.9)

4) 藤本一寿, 穴井謙, 古賀慎一: ポリエステル不織布の吸音率に関する実験的検討, 日本音響学会建築音響研究会資料 AA2004-33(2004.6)

5) 天野成昭, 近藤公久, 坂本修一, 鈴木陽一: 親密度別単語了解度試験音声データベース (FW03), NTTアドバンステクノロジ株式会社 (2003)

6) NTTアドバンステクノロジ: 音素バランスデータ CD-ROM 広帯域版, NTT アドバンステクノロジ株式会社 (1997)

7) 佐藤逸人, 森本政之, 佐藤 洋: “聴き取りにくさ” による音声伝達性能の評価, 日本音響学会誌, 63(5), pp.275-280 (2007)

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