高温熱処理によるcarbon nanoscrollsの 不純物量変化と構造変化

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231 論  文 炭 素  TANSO 2012[No.255]231-236 高温熱処理による Carbon Nanoscrolls の 不純物量変化と構造変化 Purification and structural evolution of carbon nanoscrolls by heat treatment 東城友都 a), *,徳武輝征 b) ,小宮山啓太 b) ,金 隆岩 c) ,林 卓哉 c) Tomohiro Tojo a), * , Teruyuki Tokutake b) , Keita Komiyama b) , Yoong Ahm Kim c) and Takuya Hayashi c) We performed high temperature heat-treatment to remove metallic impurities from carbon nanoscrolls and evaluated their structures. It was found from elemental analysis that samples heat-treated above 1500 °C have been effectively purified, and became free of metallic species. In addition, the amount of oxygen was reduced to about 2 at.%. Further analysis revealed that interlayer distance became 0.336 nm which is comparable to that of ideal graphite (0.335 nm), at a relatively low tempera- ture such as 1200 °C. It was experimentally and theoretically shown that open-edges started to bond with each other above 2000 °C and mainly transformed into a larger diameter cylindrical structure. Moreover, it was found that the Raman Dband associated with open-edges disappeared above 2000 °C. On the other hand, the Dband was still apparent in samples heat- treated below 1800 °C. The study suggests that metal-free carbon nanoscrolls with active edges can be effectively obtained by heat-treating the pristine sample at 1500-1800 °C. KEYWORDS : Carbon nanoscrolls, Open edges, Molecular dynamics simulation 1.ɹॹ ݴCarbon NanoscrollʢCNSʣ〤ଳঢ়ૉฏ໘ߏ〣そやこア べぽるアʢGraphene Nanoribbon, GNRʣぇרঢ়〠〶〔 ߏ〜⿴〔〶ɼGNR 〝ಉ〠ごひでߏىҼ「〛 CNS తಛมԽ『〈〝ཧܭ〾༧ଌ《ぁ〛⿶ 1) ɻで そづそごひでぇ〷〙 GNR 〣߹ɼごひでঢ়ଶ 2) ݺ〝〥ぁ Ռݱɼぎがわばこぎがごひで〠ൺ〮〛ؾ『〈〝ݧత〠《ぁ〛⿶ 3) ɻ〒〣〔〶ɼ։⿶〔 πܥࢠぇ༗『 CNS GNR 〝ಉ〠ごひでঢ়ଶݧత〠 ݱ『〈〝༧《ぁɻҰɼCNS 〤ཐટঢ়ʹӔרߏ ぇ༗『〔〶ɼごひでԁภ『〟〞తಛじが るアべぽばゔがゅʢCarbon Nanotube, CNTʣ〹 GNR 〽〿〷ಛҟ 〠〟〈〝༧ଌ《ぁ 4) ɻ〳〔ڑՄม〜⿴〔〶ɼ CNS CNT GNR 〽〿〷Մٯత〙ఆత〠ਫૉ〣ٵଂɾ ग़ぇ⿺ߦ〾⿺ߟ5) ɻ〒〣〔〶ɼCNS ޙࠓؾɾ ぶみぐとԠ༻ظ〜 ૉྉ〜⿴ɻ ࡏݱɼCNS 〣߹๏〠〤ɼぎじଐ そやきぐぷ Խ߹ʢGraphite Intercalated Compound, GICʣ〣れろがॏ ߹๏ 6) SiO 2 ج൘〜〣ぎぢがണ๏ 7) 〟〞⿴ɻ「 ɼ⿶』ぁ〣߹๏〷 CNS 〣ऩ。ɼ୯Ұɾみぜ〣 ཧతɾԽతಛぇఆత〠ධՁ『〈〝〜⿴〘〔ɻ〒 〈〜いぁいぁ〤 CNS 〣ऩぇ〶ߴ〔〶〠ɼ〒ぁ〾〣๏ 〾そやきぐぷ〣ுɾ〴〣רԽ〣ଅਐ〠ॏཁ〝 ⿺ߟɼҰとふがで〣 K-GIC 8) ぇろアすアԘԽӷத〜ざね アみゅアそ『〈〝〜 CNS 〣େ߹ぇ〴〔 9) ɻ〈〣 ՌɼCNS 〣େ߹〤ୡ〜 〔ɼ〒〣߹աఔ〜ੜ」〔 MnO x KCl 〟〞〣ଐԽ߹〽〨ૉجɼCNS ߏ෦〳〔〤ද໘〠ଟ〠ଘ『〈〝い〿ɼCNS 〣〴 ߏධՁ〽〨తɾؾతಛධՁぇ⿸ߦ〈〝⿴〘〔ɻճいぁいぁ〤ߴ७〣 CNS ぇಘ〔〶〠ɼߴԹ ॲཧ๏ 10)-14) ぇ༻⿶〛ෆ७আڈ⿶ߦɼCNS ߏධՁぇ ݧɾཧ〣໘〾ߦ〘〔ɻ 2.ɹݧ〠『खॱ 9) CNS ྉ〣߹ぇߦ〘〔ɻAr งғؾ〣そ * Corresponding Author, E-mail: [email protected] (平成 24年 6月 1日受理,平成 24年 8月 15日採択) a) 信州大学大学院総合工学系研究科システム開発工学専攻:〒 380-8553 長野市若里 4-17-1 Department of Mathematics and System Development, Interdisciplinary Graduate School of Science and Technology, Shinshu University: 4-17-1 Wakasato, Nagano 380-8553, Japan b) 信州大学大学院工学系研究科電気電子工学専攻:〒 380-8553 長野市若里 4-17-1 Department of Electrical and Electronic Engineering Graduate School of Science and Technology, Shinshu University: 4-17-1 Wakasato, Nagano 380-8553, Japan c) 信州大学工学部電気電子工学科:〒 380-8553 長野市若里 4-17-1 Department of Electrical and Electronic Engineering, Faculty of Engineering, Shinshu University: 4-17-1 Wakasato, Nagano 380-8553, Japan http://dx.doi.org/10.7209/tanso.2012.231

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論  文 炭 素  TANSO2012[No.255]231-236

高温熱処理によるCarbon Nanoscrollsの不純物量変化と構造変化Purification and structural evolution of carbon nanoscrolls by heat treatment

東城友都a),*,徳武輝征b),小宮山啓太b),金 隆岩c),林 卓哉c)

Tomohiro Tojoa),*, Teruyuki Tokutakeb), Keita Komiyamab), Yoong Ahm Kimc) and Takuya Hayashic)

We performed high temperature heat-treatment to remove metallic impurities from carbon nanoscrolls and evaluated their structures. It was found from elemental analysis that samples heat-treated above 1500 °C have been effectively purified, and became free of metallic species. In addition, the amount of oxygen was reduced to about 2 at.%. Further analysis revealed that interlayer distance became 0.336 nm which is comparable to that of ideal graphite (0.335 nm), at a relatively low tempera-ture such as 1200 °C. It was experimentally and theoretically shown that open-edges started to bond with each other above 2000 °C and mainly transformed into a larger diameter cylindrical structure. Moreover, it was found that the Raman D′ band associated with open-edges disappeared above 2000 °C. On the other hand, the D′ band was still apparent in samples heat-treated below 1800 °C. The study suggests that metal-free carbon nanoscrolls with active edges can be effectively obtained by heat-treating the pristine sample at 1500-1800 °C.

KEYWORDS : Carbon nanoscrolls, Open edges, Molecular dynamics simulation

1. 緒 言

Carbon Nanoscroll(CNS)は帯状炭素平面構造のグラフェンナノリボン(Graphene Nanoribbon, GNR)を巻物状に丸めた構造であるため,GNRと同様にエッジ構造に起因してCNSの電子的特性が変化することが理論計算から予測されている 1)。ジグザグエッジをもつGNRの場合,エッジ状態 2)と呼ばれる量子効果が発現し,アームチェアーエッジに比べて電気伝導性が向上することが実験的に確認されている 3)。そのため,開いたπ電子系を有するCNSもGNRと同様にエッジ状態が実験的に発現することが予想される。一方,CNSは螺旋状=渦巻状構造を有するため,エッジ電子が円偏光するなど光学的特性がカーボンナノチューブ(Carbon Nanotube, CNT)やGNRよりも特異になることが予測される 4)。また層間距離が可変であるため,CNSはCNTやGNRよりも可逆的かつ安定的に水素の吸蔵・放出を行えると考えられる 5)。そのため,CNSは今後の電気・電子デバイス応用が期待できる炭素材料である。現在,CNSの合成法には,アルカリ金属–グラファイト層

間化合物(Graphite Intercalated Compound, GIC)のポリマー重合法 6)やSiO 2基板上でのアルコール剥離法 7)などがある。しかし,いずれの合成法もCNSの収率が低く,単一・バルクの物理的・化学的特性を定量的に評価することが困難であった。そこでわれわれはCNSの収率を高めるために,それらの方法からグラファイト層の拡張・歪みが層の巻物化の促進に重要と考え,第一ステージのK-GIC8)をマンガン塩化物溶液中でオゾンバブリングすることでCNSの大量合成を試みた 9)。この結果,CNSの大量合成は達成できたが,その合成過程で生じたMnOxやKClなどの金属化合物および酸素官能基が,CNSの構造内部または表面に多量に残存することがわかり,CNSのみの構造評価および電子的・電気的特性評価を行うことが困難であった。今回われわれは高純度のCNSを得るために,高温熱処理法 10)-14)を用いて不純物除去を行い,CNSの構造評価を実験・理論の両面から行った。

2. 実験方法

次に示す手順 9)でCNS試料の合成を行った。Ar雰囲気のグ

 * CorrespondingAuthor,E-mail:[email protected] (平成24年6月1日受理,平成24年8月15日採択)a)信州大学大学院総合工学系研究科システム開発工学専攻:〒380-8553長野市若里4-17-1 DepartmentofMathematicsandSystemDevelopment, InterdisciplinaryGraduateSchoolofScienceandTechnology,ShinshuUniversity: 4-17-1Wakasato,Nagano380-8553,Japan

b)信州大学大学院工学系研究科電気電子工学専攻:〒380-8553長野市若里4-17-1 DepartmentofElectricalandElectronicEngineeringGraduateSchoolofScienceandTechnology,ShinshuUniversity:4-17-1Wakasato,Nagano380-8553,Japan

c) 信州大学工学部電気電子工学科:〒380-8553長野市若里4-17-1 DepartmentofElectricalandElectronicEngineering,FacultyofEngineering,ShinshuUniversity:4-17-1Wakasato,Nagano380-8553,Japanhttp://dx.doi.org/10.7209/tanso.2012.231

論 文炭  素  TANSO

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ローブボックス内で,外径15 mm,厚み1.2 mmのPyrexガラス管にカリウム金属(102 mg,Ingot,Aldrich製,純度99.95%)とグラファイト粉末(250 mg,Wako製,強熱残分∼ 20.0%)を真空封入し,これを200 °Cで3日保持することで第一ステージのK-GICが得られた。グローブボックス内で,塩化マンガン(II)–四水和物(250 mg, Aldrich製)を溶解した2-プロパノール(80 mL,関東化学製)溶液中に,得られたK-GIC(300 mg)を入れ,すぐにグローブボックスからこの溶液を取り出した後,オゾン発生装置(KLO-01A,コトヒラ工業株式会社製)を用い,500 mL/minでオゾンバブリングを3時間行った。オゾンバブリング後,この溶液に対し1000 rpmで10 min遠心分離を行い,上澄み液の除去を行った。この工程を溶液のpHが中性になるまで繰り返し行い,中性の溶液を100 °Cで1日乾燥させた。乾燥させたCNS試料(150 mg)を黒鉛化炉(SCC-30/220,

株式会社倉田技研製)に入れ,Ar雰囲気中で熱処理を施すことで金属化合物および酸素官能基の除去を試みた。この際,KClおよびMnOxの除去には,熱分解温度および他物質との反応温度が重要である 11)-14)と考えられる。そのため,熱処理温度(Heat Treatment Temperature, HTT)はKClおよびMnOxの分解および構造変化が始まる温度範囲として,1200,1500,1800,2000,2300,2500 °C11)(試料名;HTT1200,HTT1500,HTT1800,HTT2000,HTT2300,HTT2500)を採用し,昇温速度は目標温度到達まで20 °C/minとした。目標温度到達後30 min保持し,Ar雰囲気中で室温まで自然冷却させた後,試料を回収した。各試料に対し,走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Mi-

croscope, SEM; JSM-6335F,日本電子株式会社製10 kV)および透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope, TEM;

JEM-2100F,日本電子株式会社製80 kV)を用いて表面構造の観察を行い,ラマン分光(Renishaw株式会社製,レーザー波長785 nm)およびX線回折(X-ray Diffraction, XRD; 株式会社理学製,RINT-2200V PC)を用いて結晶性の評価を行った。またX線光電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy, XPS;

Thermo Electron株式会社製,MultiLab2000 Spectrometer MgKα

1253.6 eV)を用いて元素の含有率評価を行った。熱印加時に対するCNSの構造変化を微視的に観察するために,古典分子動力学計算を行った。この際,C–C間の sp2結合や sp3結合の再現性が高く,熱融合計算で頻用されるTersoffポテンシャル 15),16)を用いた。またタイムステップは0.5 fsとし,エネルギー的に平衡状態となる500 psまで計算を行った。このときの温度は,熱融合の活発化と計算時間の短縮を目的として,実験条件よりも高い3000 °Cとした。実験的に得られたCNS試料 9)は束状で存在したため,計算モデルも束状とした。またCNSの巻数は不純物の付着により実験で同定できなかったため,2層CNTと同様の原子数で表現できる1.5巻CNSを採用した(Fig. 1(a))。構造の比較のために,最大巻数として6層CNTに相当する5.5巻CNSを作成した(Fig. 1(b))。この巻数は計算で取り扱える原子数の制限によるものである。いずれのモデルもCNS同士の距離は,CNTと同様の分子間力が働くと考え,CNTの筒間距離(約0.4 nm17))と一致させた。これらのモデルは自作のFortran 90プログラムにより作成した。計算モデルは周期境界条件を適用し,1.5巻CNSはユニットセルを (x, y, z)= (300, 300, 7.36) Åとし,5.5巻CNSはユニットセルを (x, y, z)= (600, 600, 7.36) Åとした。この際,束状構造表面の挙動も観察するために,x,y方向のセル内に真空層を約100 Å設けた。

3. 結果と考察

3.1  電子顕微鏡および分子動力学計算による熱処理試料の構造観察

Fig. 2に熱処理前のCNS(Pristine)および熱処理後のCNS

(HTT1200,HTT1800,HTT2500)のSEM像およびTEM像を示す。TEM像の右上の挿入図は枠線で選択した箇所の高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform, FFT)像を表す。

Fig. 2(a)-(d)のSEM像においてHTT1200,HTT1800はPristine

のような繊維状構造が確認された。一方,HTT2500ではほかの熱処理後のCNSに比べてグラファイトが折り重なった構造(Folded)が多く見られた。それぞれの繊維状構造20本から平均直径を見積もると,Pristineが約20 nm,HTT1200が約72 nm,

Fig. 1 Simulation models of CNS bundle structures. (a) 1.5 rolls, (b) 5.5 rolls.

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HTT1800が約67 nm,HTT2500が約122 nmとなり,熱処理温度の上昇に伴い繊維径が大きくなった。一方,繊維長は熱処理温度によらず,0.8 ∼ 3 µmとなった。ここからアスペクト比を見積もるとPristineが最大で150,HTT1200は42,HTT1800は45,HTT2500は25となり,いずれもCNTの10分の1以下のアスペクト比となった。このため,CNSは分子間力によるCNS同士の絡み合いがCNTよりも少なく,孤立分散が容易であると考えられる。

Fig. 2(e)-(h)のTEM像から熱処理を施した試料の観察を行うと,一次元(One-dimensional)構造の存在を確認できたが,HTT2500においてはグラファイトエッジが融合したような円筒状(Cylindrical)構造が多く観察された。また熱処理後のCNSのFFT像に,炭素六角網面に起因する六回対称スポットが確認されたが,HTT1200にのみ六回対称スポット以外の結晶スポットも多く観察された。このため1200 °C以下の温度ではいまだ多くの金属化合物を有していると考えられる。

Fig. 3に熱印加時の微視的な構造変化を見るために計算した1.5巻および5.5巻CNSの結果を示す。いずれも前のステップに比べて大きく構造が変化した際の結果を表示した。

1.5巻CNSでは,熱印加により2.5 psでほとんどの構造が平面状に開いた(Fig. 3(b))。そしてFig. 3(c)に示すように17.5 ps

付近からエッジがグラフェン側面と融合した閉局面(Closed)や,エッジ同士が融合した円筒状(Cylindrical)構造が形成され,未結合のエッジも多く得られた。また閉局面や円筒状構造の直径は0 psの1.5巻CNS(Fig. 3(a))と同程度のものが多く確認された。200 ps以降は17.5 ps後の結果と比較して構造にほとんど変化が見られなくなった(Fig. 3(d))。

5.5巻CNSでは,35 ps付近から構造が開き始め(Fig. 3(f)),150 psから閉局面の増加が見られた(Fig. 3(g))。また構造が開いた際にシート長が1.5巻よりも長いため,部分的にシート積層の増加が確認された。この際,グラファイトのような積層

構造は見られず,TEM像で見られたFolded構造も観察できなかった。これはTersoffポテンシャルがCNS層間に働くvan der

Waals力を考慮しておらず,積層構造の変化を再現できなかったためであると考えられる。Fig. 3(h)に示すように375 ps付近からは直径の大きな閉局面の形成などが多く確認された。このときの閉局面の直径は,0 psの5.5巻CNS(Fig. 3(e))に比べて最大で約1.5倍となった。このような構造変化は熱処理時のSEM像の直径増加と類似しているため,分子動力学計算で用いたTersoffポテンシャルはC–C間結合の融合現象をうまく表現しているといえる。そのため高温になるほど,エッジ同士で熱融合が促進され,SEM,TEM像で観察されたように高温域(HTT2500)で繊維径の増大とCNTのような円筒状構造への変異が起きていると推察される。3.2 XPSによる熱処理試料の元素分析

Fig. 4に熱処理前と熱処理後のCNSのXPSスペクトルおよび各元素のスペクトルから同定した組成を示す。またそれぞれのピークに元素名と電子軌道名を示した。

Fig. 4(a),(b)より,熱処理温度上昇に伴い,カリウムの存在を示すK 2s(382 eV)およびK 2p(297 eV),塩素の存在を示すCl 2s(279 eV)およびCl 2p(202 eV)のピークが消失した。1500 °C以上からはマンガンの存在を示すMn 2s(786 eV)およびMn 2p(645 eV)のピークも完全に消失した。またCNS

合成時に生じた酸素官能基は,熱処理を施すことで5.84原子(36.5 at.%)から0.1原子(2 at.%)程度に減少し,1500 °C以上からは熱処理温度に関係なくほぼ一定の量となった。これらのことから,CNS合成過程で生じたKCl,MnOx,酸素官能基は1500 °C以上で除去され,1500 °C以上でほぼ炭素のみの構造に分離ができたと考えられる。3.3 XRDおよびラマン分光による熱処理試料の結晶性評価

Fig. 5にそれぞれの温度で熱処理を行ったCNSのXRDスペクトルを示す。またそれぞれのピークにグラファイトの回折面

Fig. 2 (a-d) SEM and (e-h) TEM images with a selected area FFT image shown in the right-upper inset. (a, e) Pristine, (b, f) HTT1200, (c, g) HTT1800, (d, h) HTT2500.

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の名称を示した。さらに (002)回折ピークから同定した,層間距離(d002)および結晶子サイズをTable 1に示す。

Fig. 5(a)より,熱処理を施すことでPristineに確認されたKCl

結晶に起因するピーク(2θ = 24.2, 28.4, 40.5, 58.5, 66.4°)およびMnOx結晶に起因するピーク(2θ = 49.2°)が消失した。熱処理後のCNSはいずれも2θ = 26.5°付近にグラファイト特有の鋭い(002)回折面のピークが見られ,54.5°付近に (004)回折ピークも確認された。またHTT2300,HTT2500ではほかの熱処理後のCNSに比べて2θ = 42.4°付近に (100),44.5°付近に (101),77.5°

付近に (110),83.6°付近に (112)などの回折ピークの増大が確認されたため(Fig. 5(b)),熱処理を施すことで積層規則性の高い構造 18)に変化していることが示唆される。

熱処理温度上昇に伴い,Table 1に示した d002は0.355 nmから六方晶系(AB積層)グラファイトの層間距離:0.335 nm19)に近づいた。これは乱層構造 20)からエネルギー的に安定なAB積層構造に変化したためであると考えられる。熱処理を施したCNSの結晶子サイズ(Table 1)はPristineに比べて5倍以上大きくなった。また結晶子サイズがHTT1800の51.1 nmで最大となり,HTT2500(36.9 nm)まで減少傾向が見られた。これらの結果は円筒面が分断され,部分的にCNS様構造を含む多層CNTの熱処理結果 21)と類似しているため,熱処理に伴いCNS

の直径が大きくなっていると推測される。一方,HTT1200-

1800までは結晶子サイズに減少傾向が見られず,48 ± 3 nmで変動したため,1800 °C以下では直径の変化よりも積層構造の変化が大きいことが予想される。以上より,熱処理温度の上昇に伴い,積層構造および直径の変化が起きていると考えられる。

Fig. 6に熱処理を施したCNSのラマンスペクトルを示す。また sp2炭素結合の欠陥に起因する1350 cm −1付近のDバンドおよび1620 cm−1付近のD′バンド, sp2炭素網面内の伸縮振動に起因する1580 cm−1付近のGバンド,グラフェンの積層数に起因する2700 cm−1付近の2D(G′)バンドのピーク位置 22)をそ

Fig. 3 Results of classical molecular dynamics for (a-d) 1.5 rolls and (e-h) 5.5 rolls. (a, e) 0 ps, (b) 2.5 ps, (c) 17.5 ps, (d) 200 ps, (f) 35 ps, (g) 150 ps, (h) 375 ps.

Fig. 4 XPS wide spectra of heat-treated samples with their com-position. (a) Full spectra, (b) enlarged view from 300 eV to 800 eV.

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れぞれの頭文字で図中に表記した。この際,結晶性や結晶子サイズの評価に利用できるD,Gバンドのピーク強度比 ID/IG

22)も示した。ただしPristineはDバンド付近にKClに起因するピーク(1330 cm−1)を生じたため,ID/IGを示していない。熱処理温度上昇に伴い,Pristineで確認されたMnOx由来のピーク(650 cm−1付近)の消失が確認された。これはXPSの結果と同様に,熱印加によりMnOxが熱分解・放出されたためであるといえる。熱処理によりDバンド(1350 ± 4 cm−1)の

ピーク強度はPristineと比較して低下し,平坦なピークに推移した。またGバンド(1582 ± 2 cm−1)のピーク強度はPristine

と比較して増加し,鋭いピークが得られた。ID/IGを見ると,HTT2500はHTT1200に比べて ID /IGが1/4倍となった。これらにより,炭素六員環網面内の欠陥が熱処理により減少していることがわかる。一方,HTT1800まで確認できた1620 cm−1

付近のD′バンドはHTT2000以上で消失した。この原因としてHTT2000以上では電子顕微鏡像と分子動力学計算結果より,CNSのエッジ同士が融合し,CNTのような円筒状構造を形成したことが考えられる。一方,HTT1800以下ではXRDの結果より,積層構造のみが変化したため,HTT1800以下ではエッジ間の熱融合がほとんど進行せず,ダングリング結合のような露出したエッジ 22),22)を多く有した一次元の巻物状構造であることが予想される。

4. まとめ

Carbon nanoscrollsは活性なエッジを有し,層間距離も可変であるため,平面構造のグラフェンとは異なる光学的・電子的特性を示すことが予測されている。われわれはこの特質を活かし,電気・電子デバイスへの応用を目指すために,carbon na-

noscrollsの大量合成を行ってきた。しかし合成過程で生じた金属化合物や酸素官能基がcarbon nanoscrolls内に存在し,carbon

nanoscrollのみの物性評価が困難であった。そこで今回,高純度のcarbon nanoscrollsを得るために,高温熱処理を施すことで不純物除去を行い,実験・理論の両面からその構造の解析を行った。熱処理の結果,1500 °C以上でKClおよびMnOxなどの金属化合物を完全に除去することができ,酸素官能基を36.5 at.%から約2 at.%に低減することができた。電子顕微鏡像および分子動力学計算から,熱処理に伴い巻物状構造が平面状に開き,エッジ部の融合から直径の大きな円筒状構造に移行することが示唆された。X線回折スペクトルから,熱処理温度上昇により,積層規則性の高いグラファイトに起因する (100),(101),(110),(112)等の回折ピーク強度が増大し,層間距離も

Fig. 5 XRD peaks of heat-treated samples.(a) Full spectra, (b) enlarged view over 30°.

Table 1 Layer distance: d002 and crystallite size calculated from (002) plane.

Sample name 2θ [°] d002 [nm] Crystallite size [nm]

Pristine 25.031 0.355 6.25HTT1200 26.505 0.336 47.1HTT1500 26.542 0.336 45.7HTT1800 26.515 0.336 51.1HTT2000 26.505 0.336 47.1HTT2300 26.581 0.335 39.6HTT2500 26.581 0.335 36.9

Fig. 6 Raman spectra of heat-treated samples.

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0.335 nmに近づいた。1800 °C以下で熱処理を施した試料はラマンスペクトルにエッジの露出に起因する1620 cm−1付近のD′

バンドの存在が確認されたが,2000 °C以上になるとD′バンドの消失が確認された。以上の結果より,2000 °C以上ではエッジ同士が融合し,円筒状構造に移行することが示唆された。一方,1500-1800 °Cで熱処理を施すことで,活性なエッジをもち,かつ不純物のほとんど存在しないcarbon nanoscrollsが残存することが示唆された。

謝 辞

本研究の一部は,日本学術振興会・特別研究員奨励費(22・08434)の助成を受けて行われた。

文 献

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